喫茶ルーモア・隻腕のカシマ
鹿島少年と香取先輩
場面が変わる
ワタシは眠っている──まだ、夢を見ている──と自覚している
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
少年時代の鹿島は、所謂やんちゃな子供であった
生家は、古来より伝承される鹿島流という古武術の道場を営み
当然の様に、幼少の頃より鹿島も稽古を積んだ
稽古は厳しく、遊びたい盛りの鹿島には辛い日々
逃げ出して近所の子供たちと遊びまわったことも一度や二度ではない
谷へと落ちて大怪我を負ったこともあれば
山で採った茸を食べて寝込んだこともあった
当然の様に、幼少の頃より鹿島も稽古を積んだ
稽古は厳しく、遊びたい盛りの鹿島には辛い日々
逃げ出して近所の子供たちと遊びまわったことも一度や二度ではない
谷へと落ちて大怪我を負ったこともあれば
山で採った茸を食べて寝込んだこともあった
"道場で稽古をしている小さな子供は自分ひとりだけ"
"どうして自分だけが辛い稽古をしなくてはいけないのか"
"友達と同じ様に遊んでいたい"
"どうして自分だけが辛い稽古をしなくてはいけないのか"
"友達と同じ様に遊んでいたい"
そんなことを思い、姉に泣き付いた事もある
気の強い姉は弟に優しかったが
気の強い姉は弟に優しかったが
"いずれは貴方が道場を継ぐのだから仕方のない事なのですわ"
と言ったあと
"もちろん、わたくしが跡継ぎのお婿さんを貰えれば別のお話ですけれどね"
などとませた事を言う
*
そんな鹿島に転機をもたらした男がいる
後に"先輩"と呼ばれる、香取という名の男である
後に"先輩"と呼ばれる、香取という名の男である
鹿島より3つ年上の香取は、幼い鹿島からすれば十分に大人に見えた
幼少の頃の3歳差は大きく、それは当たり前のことではあったのだが
姉よりも1つ年下ではあるにも関わらず、
そうは感じさせない、姉以上に大人びた印象を受けたこともその一因であり
周囲の大人達も香取の落ち着き振りには関心している様であった
幼少の頃の3歳差は大きく、それは当たり前のことではあったのだが
姉よりも1つ年下ではあるにも関わらず、
そうは感じさせない、姉以上に大人びた印象を受けたこともその一因であり
周囲の大人達も香取の落ち着き振りには関心している様であった
"心と体を鍛えたく思い門戸を叩きました、入門の許可を頂きたい"
それが香取の第一声
"ようこそ、鹿島流道場へ"
道場主の父はそんな彼を喜んで受け入れた
"何でこんな子供が自分からこんな苦しいことをしようと思うのか"
鹿島は不思議なものを見るかの様に香取を見つめていたものである
鹿島が年の近い香取に興味津々であった為だろうか
それとも、稽古に参加させる良い理由と考えたのかは判らないが
鍛錬の基礎は鹿島が教える事と決まった
それとも、稽古に参加させる良い理由と考えたのかは判らないが
鍛錬の基礎は鹿島が教える事と決まった
*
香取はとても聡明で我慢強い男ではあったが
体を動かすのには慣れていない様だった
自分よりも3つも上の香取が教えた事をろくに出来ない
偉そうな事を言っていたが、何だこんなものか
そう思った
苛立ち、不満をぶつける様に厳しく当たった
そんな不満を口にすると、姉は
体を動かすのには慣れていない様だった
自分よりも3つも上の香取が教えた事をろくに出来ない
偉そうな事を言っていたが、何だこんなものか
そう思った
苛立ち、不満をぶつける様に厳しく当たった
そんな不満を口にすると、姉は
"貴方は長く鍛錬を重ねているのですから出来て当然、でも彼は違うのですよ"
"そもそも、貴方の教え方で理解してくれる彼に少しは感謝しなくてはいけません"
"彼はよくやっているじゃないの、もう少し付き合ってあげなさいな"
"そもそも、貴方の教え方で理解してくれる彼に少しは感謝しなくてはいけません"
"彼はよくやっているじゃないの、もう少し付き合ってあげなさいな"
と言って、鹿島をたしなめた
しばらくは我慢して稽古に付き合った鹿島だったが
我慢ならず、以前と同じ様に抜け出して遊びまわる様になった
それでも香取はたった一人で鍛錬を積み続けた
しばらくは我慢して稽古に付き合った鹿島だったが
我慢ならず、以前と同じ様に抜け出して遊びまわる様になった
それでも香取はたった一人で鍛錬を積み続けた
香取が基礎を修める頃には、3年以上の歳月が流れており
鹿島は、やっとまともに竹刀を振るえる様になったのかと
内心で馬鹿にしていたものである
鹿島は、やっとまともに竹刀を振るえる様になったのかと
内心で馬鹿にしていたものである
*
更に2年が経った頃だろうか、鹿島が14歳の時の話である
町に野犬による被害が出ていた事があった
狂犬病に罹った野犬で、噛まれた者は体から徐々に脳へと犯されいき、確実に死に至る
発症まで、顔を噛まれたとして2週間、手など脳から遠い部分で数ヶ月以上と
潜伏期間が長かった事が被害を拡大させてしまってもいたこともあり
狂犬病と判った頃には既に遅く、人々は混乱していた
町に野犬による被害が出ていた事があった
狂犬病に罹った野犬で、噛まれた者は体から徐々に脳へと犯されいき、確実に死に至る
発症まで、顔を噛まれたとして2週間、手など脳から遠い部分で数ヶ月以上と
潜伏期間が長かった事が被害を拡大させてしまってもいたこともあり
狂犬病と判った頃には既に遅く、人々は混乱していた
そんな折、鹿島の友人は何を思ったか
野犬退治をするなどという無謀な事を考えていた
町を救い、英雄にでもなろうとしたのだったか
今となっては理由は判らない
野犬退治をするなどという無謀な事を考えていた
町を救い、英雄にでもなろうとしたのだったか
今となっては理由は判らない
鹿島は稽古に出る様にと再三に亘り注意されて、ムシャクシャしていた所でもあり
日頃の憂さを晴らそうと、その誘いに乗る事とした
日頃の憂さを晴らそうと、その誘いに乗る事とした
野犬を追い、ねぐらを突き止めた後
木刀や鉄パイプ、手製の槍などを準備し、野犬を仕留めんと襲い掛かった
相手は野犬の極一部であり、たった3匹ではあったが
野生の動物の恐ろしさを理解していなかっと、鹿島たちは身をもって知ることとなる
まずは早さが違った
素行が悪く、喧嘩慣れしていた彼らだったが
人間の動きとは異質な動きでもあり、全く捉えることが出来ない
野犬に組み伏せられ、喉笛に食いつかれそうになる
蹴り飛ばし、木刀を叩き込む鹿島
だが、野犬はひるまない
効いていないのか、効いていても倒すには足りないのか
表情も読めない
木刀や鉄パイプ、手製の槍などを準備し、野犬を仕留めんと襲い掛かった
相手は野犬の極一部であり、たった3匹ではあったが
野生の動物の恐ろしさを理解していなかっと、鹿島たちは身をもって知ることとなる
まずは早さが違った
素行が悪く、喧嘩慣れしていた彼らだったが
人間の動きとは異質な動きでもあり、全く捉えることが出来ない
野犬に組み伏せられ、喉笛に食いつかれそうになる
蹴り飛ばし、木刀を叩き込む鹿島
だが、野犬はひるまない
効いていないのか、効いていても倒すには足りないのか
表情も読めない
次第に彼らは勝てないことを悟り始めていた
一人が逃げ出す
二人目が逃げ出す
三人目が逃げ出すが途中で転び、鉄パイプを落とす
四人目が槍で牽制してから逃げ出す
鹿島も逃げる
が、倒れた友人を引き起こそうと肩を貸す
それでも友人は自分で立つことが出来ない
恐怖から完全に腰を抜かしている
一人が逃げ出す
二人目が逃げ出す
三人目が逃げ出すが途中で転び、鉄パイプを落とす
四人目が槍で牽制してから逃げ出す
鹿島も逃げる
が、倒れた友人を引き起こそうと肩を貸す
それでも友人は自分で立つことが出来ない
恐怖から完全に腰を抜かしている
野犬は、既に背後まで迫っていた
犬特有の荒い息遣いが聞こえる
犬特有の荒い息遣いが聞こえる
友人を肩から下ろし
振り向き様に木刀を振るう
頭部に当たり、"どう" と倒れる野犬
偶然だった
だが、泡を吹いて倒れている野犬を見て他の二匹が警戒する様に距離をとる
一定の距離を保ち、二人の周りをぐるぐると回る
汗がじっとりと肌を濡らし、時間がゆっくりと流れる
恐怖がゆっくりと首を絞めるかの様で、息が苦しくなる
次に飛び掛られれば終いだ
10分が経っただろうか、それとも3分か
時間の感覚が無くなり、永遠に続くかの様な非現実的な感覚
振り向き様に木刀を振るう
頭部に当たり、"どう" と倒れる野犬
偶然だった
だが、泡を吹いて倒れている野犬を見て他の二匹が警戒する様に距離をとる
一定の距離を保ち、二人の周りをぐるぐると回る
汗がじっとりと肌を濡らし、時間がゆっくりと流れる
恐怖がゆっくりと首を絞めるかの様で、息が苦しくなる
次に飛び掛られれば終いだ
10分が経っただろうか、それとも3分か
時間の感覚が無くなり、永遠に続くかの様な非現実的な感覚
*
土を蹴って近づく足音
人の立てる足音
手製の槍を手に持ち、走って来る男
手に持つ槍は友人のそれだが、持っているのは友人ではない
人の立てる足音
手製の槍を手に持ち、走って来る男
手に持つ槍は友人のそれだが、持っているのは友人ではない
犬たちは男を警戒して片側に集まっていた
ザザッと靴が地面を擦る音がして鹿島の横に男が立ち止まる
ザザッと靴が地面を擦る音がして鹿島の横に男が立ち止まる
野犬が男に刺激を受けたのか飛び掛って来る
男は槍を器用に回し、流れる様に打ち据える
そしてそのまま体を捻り、勢いを殺さず、えぐる様に
鹿島の方へと迫るもう1匹の野犬の腹へと槍を突き立てた
男は槍を器用に回し、流れる様に打ち据える
そしてそのまま体を捻り、勢いを殺さず、えぐる様に
鹿島の方へと迫るもう1匹の野犬の腹へと槍を突き立てた
打ち据えられた野犬が立ち上がり、咆哮する
野犬に突き立てた槍から手を放し、息を鋭く吸い込む
地にしゃがみ、落ちた鉄パイプを拾い上げる男
地を蹴る野犬
男の喉笛へと迫る牙
野犬の喉笛へと迫る鉄パイプ
野犬に突き立てた槍から手を放し、息を鋭く吸い込む
地にしゃがみ、落ちた鉄パイプを拾い上げる男
地を蹴る野犬
男の喉笛へと迫る牙
野犬の喉笛へと迫る鉄パイプ
そして
立つは男
倒れるは野犬
唖然として見上げる鹿島
立つは男
倒れるは野犬
唖然として見上げる鹿島
"あんたは……"
その男は、かつて自分よりも弱かった香取であった
香取は鉄パイプを捨て置き
カランカラーンという甲高い響きが収まると、穏やかな口調で話しかけた
香取は鉄パイプを捨て置き
カランカラーンという甲高い響きが収まると、穏やかな口調で話しかけた
"狂犬に噛まれるといずれは死ぬ、腕を噛まれれば腕を切らねばならないかもしれん"
"死ぬ覚悟、片腕になる覚悟があってここへ来たのか?"
"師範はそれを許してくれたのか?キミの姉上はそれを許してくれたのか?"
"死ぬ覚悟、片腕になる覚悟があってここへ来たのか?"
"師範はそれを許してくれたのか?キミの姉上はそれを許してくれたのか?"
鹿島はただ首を振る事しかできない
"ならば、覚えておきたまえ"
"事を起こすには踏まねばならない手順と、周りを想う気持ちが必要なのだと"
"事を起こすには踏まねばならない手順と、周りを想う気持ちが必要なのだと"
頷く
"さて、帰ろうか"
拍子抜けした
説教はこれで終いなのかと問う
説教はこれで終いなのかと問う
"聞きたいならば続けよう、だが……"
"説教をされる必要があるという自覚があるならば、後はキミ自身の反省に任せる"
"説教をされる必要があるという自覚があるならば、後はキミ自身の反省に任せる"
鹿島の友人も助かったことに安堵したのか、自分で立ち上がる
こうして何事もなく、皆が無事に家路へとつく事ができた
こうして何事もなく、皆が無事に家路へとつく事ができた
*
帰路の途中、香取が助けに来てくれたのは
先に逃げた友人たちと遭遇し、事態を知ったからだったと聞いた
先に逃げた友人たちと遭遇し、事態を知ったからだったと聞いた
家に帰り着くと、疲れと緊張が解けたせいか
あっという間に眠りに落ちていた
翌朝、いつも通り食卓へと向かう
家族といつも通りに挨拶を交わし、食事を摂り始める
父も姉も叱り付けてこない
母はいつも通りに配膳していく
鹿島は不思議に思ったが、反省は自分でする様にと言った香取の言葉を思い出し
あれは本当に、全てを自分に任せられたのだと理解した
あっという間に眠りに落ちていた
翌朝、いつも通り食卓へと向かう
家族といつも通りに挨拶を交わし、食事を摂り始める
父も姉も叱り付けてこない
母はいつも通りに配膳していく
鹿島は不思議に思ったが、反省は自分でする様にと言った香取の言葉を思い出し
あれは本当に、全てを自分に任せられたのだと理解した
何をもって反省とするのか、その時の鹿島には判らなかった
今までは、父から厳しい鍛錬を言い渡されたり
姉の説教を正座で長時間聞いたりと
誰かに与えられたものを受けるだけであったからだ
今までは、父から厳しい鍛錬を言い渡されたり
姉の説教を正座で長時間聞いたりと
誰かに与えられたものを受けるだけであったからだ
そして、ふと香取のことを考える
"香取はどうしてあんなにも強くなっていたのか"
"香取はどういう人物なのか"
直接聞くわけにもいかず、かといって父に聞くのも躊躇われ
結局、姉に訊くこととした
"香取はどうしてあんなにも強くなっていたのか"
"香取はどういう人物なのか"
直接聞くわけにもいかず、かといって父に聞くのも躊躇われ
結局、姉に訊くこととした
姉、曰く
"絵に描いたような真面目なひとね"
"鍛錬は毎日欠かさず、勉学にも勤しみ、品も良い"
"ガラの悪い男たちに絡まれたところを助けられたという女学生の話もあったかしら"
"女学校でも彼のことを私に尋ねてくる方々が何人かおられるわ"
"堅苦しくはあるけれど、お話をしていると……とても……いえ……そうね、為になるわ"
"鍛錬は毎日欠かさず、勉学にも勤しみ、品も良い"
"ガラの悪い男たちに絡まれたところを助けられたという女学生の話もあったかしら"
"女学校でも彼のことを私に尋ねてくる方々が何人かおられるわ"
"堅苦しくはあるけれど、お話をしていると……とても……いえ……そうね、為になるわ"
そんな話を聞いていると
鹿島が稽古をつけていた頃の香取とは別人の様に感じてしまう
鹿島が稽古をつけていた頃の香取とは別人の様に感じてしまう
"何でも卒なくこなすひとの様に聞こえるかしら?"
"でも、貴方は知っているでしょう?彼が最初から何でも出来たわけではないと"
"彼は努力のひとよ、その努力がどこから来ているのかは知りませんけれどね"
"でも、貴方は知っているでしょう?彼が最初から何でも出来たわけではないと"
"彼は努力のひとよ、その努力がどこから来ているのかは知りませんけれどね"
"後は自分で訊きなさいな"
"訊いたら、わたくしにも教えてね、彼の話を聞きたがる方々も中々諦めてはくれないのよ"
"訊いたら、わたくしにも教えてね、彼の話を聞きたがる方々も中々諦めてはくれないのよ"
そう言って、姉はふふふと朗らかに笑った
*
それからというもの、鹿島は香取の後をつけて様子を伺ったが
香取のする事といえば
鍛錬、読書、家の手伝い、鍛錬、読書、家の手伝い、ひと助け、鍛錬……
ただひたすらに、それの繰り返しであった
こんな事の繰り返しの何が楽しいというのか
鹿島には判らない
香取のする事といえば
鍛錬、読書、家の手伝い、鍛錬、読書、家の手伝い、ひと助け、鍛錬……
ただひたすらに、それの繰り返しであった
こんな事の繰り返しの何が楽しいというのか
鹿島には判らない
ある日、香取が公園で本を読んでいるところに遭遇し
声を掛けられた
この本を読んでみないか、と
毎日の様に後をついて回っていたことを気付かれていたのだろう
声を掛けられた
この本を読んでみないか、と
毎日の様に後をついて回っていたことを気付かれていたのだろう
本の内容は星座にまつわる話をまとめた物で
船乗りが目印にしている星の話だとか
星の名の由来だとか、地球から星への距離の推測値だとか
一言でいうならば、一貫性のない雑多な内容である
一つ一つの話は短く読みやすい
それでいて、星を多角的な方向から見ている内容からは
筆者の星への好奇心が見て取れる様だった
船乗りが目印にしている星の話だとか
星の名の由来だとか、地球から星への距離の推測値だとか
一言でいうならば、一貫性のない雑多な内容である
一つ一つの話は短く読みやすい
それでいて、星を多角的な方向から見ている内容からは
筆者の星への好奇心が見て取れる様だった
読み終わる頃には2時間以上が経過し
顔を上げると、香取も自身の手にした本を読み終えた様だった
顔を上げると、香取も自身の手にした本を読み終えた様だった
恥ずかしさからか、無言で本をつき返し
そのまま何も言わず、場を去った
そのまま何も言わず、場を去った
次の日も、その次の日も香取は本を用意してくれていた
時には人間の心理について、時には経済の流れについて
時には心踊る剣術譚、時には涙流るるほどの悲哀
その何もかもが鹿島に充実した時間を与えた
二人は何も語ることなく
同じ時を共有し、同じ知識を共有していった
時には人間の心理について、時には経済の流れについて
時には心踊る剣術譚、時には涙流るるほどの悲哀
その何もかもが鹿島に充実した時間を与えた
二人は何も語ることなく
同じ時を共有し、同じ知識を共有していった
そんなことが2ヶ月くらい続いた頃だっただろうか
香取が口を開いた
稽古に付き合わないか、と
長らく稽古から離れていた鹿島からすれば、それは受け難い言葉であった
少なくとも2ヶ月前ならば断っていたはずだろう
だが、この時は抵抗なく受け入れることが出来ていた
不思議な気分だった
香取が口を開いた
稽古に付き合わないか、と
長らく稽古から離れていた鹿島からすれば、それは受け難い言葉であった
少なくとも2ヶ月前ならば断っていたはずだろう
だが、この時は抵抗なく受け入れることが出来ていた
不思議な気分だった
道着に着替えて稽古場へと顔を出すと
門下生たちの驚いた顔に迎え入れられた
一番驚いていたのは師範である父だったのかもしれない
だが、一礼し入る鹿島を見て師範は大きく頷くと
鹿島には何も言わず、手の止まった皆に続けなさいと促すだけであった
門下生たちの驚いた顔に迎え入れられた
一番驚いていたのは師範である父だったのかもしれない
だが、一礼し入る鹿島を見て師範は大きく頷くと
鹿島には何も言わず、手の止まった皆に続けなさいと促すだけであった
体をほぐし、素振りを行う
打ち込みを香取に受けてもらい
香取の打ち込みを受けさせてもらう
そして、師範も門下生も手を止め、見守る中
実戦を模した乱取り稽古を行うこととなった
打ち込みを香取に受けてもらい
香取の打ち込みを受けさせてもらう
そして、師範も門下生も手を止め、見守る中
実戦を模した乱取り稽古を行うこととなった
いざ香取と竹刀を向き合わせると
泰然とした雰囲気とその懐の深さに飲まれそうになる
たゆまぬ鍛錬により得たのであろう力強さと彼の持つ冷静な眼差しが
今はただ恐ろしく感じる
恐怖を振り払い、自身の持ちえる力を振り絞り、竹刀を振りかざす
泰然とした雰囲気とその懐の深さに飲まれそうになる
たゆまぬ鍛錬により得たのであろう力強さと彼の持つ冷静な眼差しが
今はただ恐ろしく感じる
恐怖を振り払い、自身の持ちえる力を振り絞り、竹刀を振りかざす
"はぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!"
気合とともに、右足が前へと出る
"せいッ!"
己の右足が地の感触を得るよりも先に、ダンッとういう音が聞こえ
一瞬後には頭上でぴたりと止められた竹刀があった
勢いを殺せずに前へと出るが、それを予測していたであろう香取は
そこには既におらず、鹿島の左へと回り込んでいた
一瞬後には頭上でぴたりと止められた竹刀があった
勢いを殺せずに前へと出るが、それを予測していたであろう香取は
そこには既におらず、鹿島の左へと回り込んでいた
*
音無しの太刀
鹿島流の教えの一つに、音無しの太刀というものがある
これは、刀を打ち合う事なく、鍔迫り合う事なく
すなわち音を立てない、初撃必殺の太刀の事を指す
これは、刀を打ち合う事なく、鍔迫り合う事なく
すなわち音を立てない、初撃必殺の太刀の事を指す
*
普段穏やかであった香取から受けた実戦的な苛烈な太刀に
鹿島は己の中に残っていた瑣末なモノ全てを削ぎ落とされた様な、清々しい様な
そんな感覚を得ていた
鹿島は己の中に残っていた瑣末なモノ全てを削ぎ落とされた様な、清々しい様な
そんな感覚を得ていた
そして、師範へと向き直ると自然とひざを折り、言葉が出ていた
"これまでの行いを恥じ、心と体を鍛え直したく思います"
"これより先、この場での鍛錬の許可を願います"
"これより先、この場での鍛錬の許可を願います"
張り詰めた静寂
師範はただ一言で応える、いつもと同じ様に
"ようこそ、鹿島流道場へ"