喫茶ルーモア・隻腕のカシマ
鹿島少年と香取先輩
「思い出したか?」
何処からともなく聞こえる声
「誰……だ?……お前は?……ワタシは一体……」
「私……ね……随分、他人行儀だな……いいさ、もう少し付き合おう」
夢が再開される
場面は……
場面は……
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
銀幕に照らし出されているのは、非日常的な光景
観客が息をのむ
歓声や悲鳴が上がり、溜息や嗚咽が漏れる
─終─ が照らし出され、部屋が明るくなっていく
目が痛む
やがて明順応が完了し視界が明瞭になる
"今回の作品は面白かったですね"
"ええ、以前に観た活動写真はひどい作品でしたから"
"今は映画と呼ぶのが通なのだそうですよ?"
"そうなのですか……知りませんでした"
"あら、香取さんでも知らないことがお在りなのね?"
"買い被るのは止めて下さい、鹿島さん"
"ふふふ、楽しくてつい……でも……ええ、そうね……"
"何です?"
"貴方が知らない事も、きっとたくさん在るのでしょうね"
"それはもちろん……オレの知っている事など、ほんの僅かばかりの事です"
"そうね……わたくし、貴方の知らない事を少なくともひとつは知っていてよ?"
"ひとつどころではないと思うのですが……しかし……そうですね……
そうも自信満々といった体で言われると気になりますね"
"教えて差し上げましょうか?"
"可能ならば、是非に"
"やはり、やめておきます……こういった事は、冗談で言う事ではありませんでした"
"ええ、以前に観た活動写真はひどい作品でしたから"
"今は映画と呼ぶのが通なのだそうですよ?"
"そうなのですか……知りませんでした"
"あら、香取さんでも知らないことがお在りなのね?"
"買い被るのは止めて下さい、鹿島さん"
"ふふふ、楽しくてつい……でも……ええ、そうね……"
"何です?"
"貴方が知らない事も、きっとたくさん在るのでしょうね"
"それはもちろん……オレの知っている事など、ほんの僅かばかりの事です"
"そうね……わたくし、貴方の知らない事を少なくともひとつは知っていてよ?"
"ひとつどころではないと思うのですが……しかし……そうですね……
そうも自信満々といった体で言われると気になりますね"
"教えて差し上げましょうか?"
"可能ならば、是非に"
"やはり、やめておきます……こういった事は、冗談で言う事ではありませんでした"
彼女は、その艶めいた形の良い唇をへの字に曲げる
鹿島少年──今ではもう青年と言うべきだろう──の姉は
最近、香取と活動写真──映画──を見に行くことがある
だが、そういう時は大抵、こうやって急にムッとしたり気分が沈む事がある
最近、香取と活動写真──映画──を見に行くことがある
だが、そういう時は大抵、こうやって急にムッとしたり気分が沈む事がある
"何か気に障る事を言ってしまいましたか?"
"いえ、何も言ってはおりませんわ、香取さん"
"では、その……やはり、先日の御見合いの事が?"
"もちろんそれもひとつの理由ですけれど、それだけではないのです"
"ふむ、複雑な事情がお在りの様ですね"
"いえ、何も言ってはおりませんわ、香取さん"
"では、その……やはり、先日の御見合いの事が?"
"もちろんそれもひとつの理由ですけれど、それだけではないのです"
"ふむ、複雑な事情がお在りの様ですね"
年頃の娘である鹿島青年の姉は、御見合いの話が回って来ることも多い
だが、ことごとく断っていると……香取は、そう鹿島青年から聞かされていた
だが、ことごとく断っていると……香取は、そう鹿島青年から聞かされていた
"香取先輩……姉が御見合いから帰って来るたび、食卓が険悪な雰囲気になるのです"
"先輩に力添え頂く事が出来るならば、姉の気分も鎮まると思うのですが……"
"先輩に力添え頂く事が出来るならば、姉の気分も鎮まると思うのですが……"
その結果、香取は鹿島姉と映画を観ることとなったのだった
確かに、家族ではない者が話しを聞いてやることで
気分が晴れることもあるだろうとは香取も思う
確かに、家族ではない者が話しを聞いてやることで
気分が晴れることもあるだろうとは香取も思う
"そもそも、御見合いなどというのは前時代的な制度の様な気がしますわ"
"はぁ……そうなのでしょうか……"
"あら?香取さんは自由恋愛に否定的な立場をとっておられるのかしら?"
"いえ、そういうわけではありません……ただ、出会いの場がない者達もいるでしょうから"
"わたくしは、出会いに不自由はしておりませんわ"
"そうなのでしょうね"
"何故、そうお思いになられるのかしら?"
"貴女はとても社交的であり、教養もあれば人望もある……これでは出会いが無い方が不自然だ"
"香取さん……貴方……"
"はい、なんでしょうか?"
"女性を褒める時には少しくらいは服飾の嗜好性や仕草についても触れて差し上げた方がよろしくてよ"
"……すみません"
"いえ……何も、わたくしの事を褒めろと言っているのではありませんが……"
"失礼……では、出会いに不自由していないはずの貴女が何故、自由恋愛をしないのですか?"
"していないわけではありませんのよ?"
"では、既にお相手がおられたのですね?"
"そうなのですが……その相手の方が少々問題なのですわ"
"ほう……問題が……では、師範もお許しになられないと?"
"いえ、父上はその方をとても気に入っておりますの"
"?……では一体何が問題なのですか?そのお相手は貴女のことを好きではないのですか?"
"嫌われてはいない……と思うのですが……"
"いや、失礼……貴女の様な方を嫌いな者は稀でしょう……ふむ、やはりオレには全く想像がつきません"
"鈍感なのです"
"鈍感?"
"ええ、その方はとても鈍感な方で……わたくしの想いに気付いてくれないのです"
"気持ちの伝え方に問題はないのですか?"
"ふたりきりで出掛けて、娯楽を楽しむというのは……気持ちあっての事と気付くものでは?"
"はぁ……そうなのでしょうか……"
"あら?香取さんは自由恋愛に否定的な立場をとっておられるのかしら?"
"いえ、そういうわけではありません……ただ、出会いの場がない者達もいるでしょうから"
"わたくしは、出会いに不自由はしておりませんわ"
"そうなのでしょうね"
"何故、そうお思いになられるのかしら?"
"貴女はとても社交的であり、教養もあれば人望もある……これでは出会いが無い方が不自然だ"
"香取さん……貴方……"
"はい、なんでしょうか?"
"女性を褒める時には少しくらいは服飾の嗜好性や仕草についても触れて差し上げた方がよろしくてよ"
"……すみません"
"いえ……何も、わたくしの事を褒めろと言っているのではありませんが……"
"失礼……では、出会いに不自由していないはずの貴女が何故、自由恋愛をしないのですか?"
"していないわけではありませんのよ?"
"では、既にお相手がおられたのですね?"
"そうなのですが……その相手の方が少々問題なのですわ"
"ほう……問題が……では、師範もお許しになられないと?"
"いえ、父上はその方をとても気に入っておりますの"
"?……では一体何が問題なのですか?そのお相手は貴女のことを好きではないのですか?"
"嫌われてはいない……と思うのですが……"
"いや、失礼……貴女の様な方を嫌いな者は稀でしょう……ふむ、やはりオレには全く想像がつきません"
"鈍感なのです"
"鈍感?"
"ええ、その方はとても鈍感な方で……わたくしの想いに気付いてくれないのです"
"気持ちの伝え方に問題はないのですか?"
"ふたりきりで出掛けて、娯楽を楽しむというのは……気持ちあっての事と気付くものでは?"
この時代、男女がふたりきりで出掛けるとなれば相応の仲という事だ
"なるほど、そういう事をされる仲ならば……それは確かに鈍感と言えましょう"
"……"
"どうかしましたか?"
"……ふふふ……本当に鈍感ですわ"
"?……何かおかしな事を言ってしまいましたか?"
"いえ、何でもありませんわ"
"……"
"どうかしましたか?"
"……ふふふ……本当に鈍感ですわ"
"?……何かおかしな事を言ってしまいましたか?"
"いえ、何でもありませんわ"
彼女は楽しげに笑う
何故、急に気分が晴れたのか……香取には分からなかった
何はともあれ、鹿島姉は会話を楽しんでくれている
そう思い、香取はたわいの無い話しを続けてるのであった
何故、急に気分が晴れたのか……香取には分からなかった
何はともあれ、鹿島姉は会話を楽しんでくれている
そう思い、香取はたわいの無い話しを続けてるのであった
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ひとつの物語が終わり
場面が変わる……
場面が変わる……
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戦争が近づいていた
人々の顔からは笑顔が奪われ、ぴりぴりとした空気が世界を包み込んでいる
人々の顔からは笑顔が奪われ、ぴりぴりとした空気が世界を包み込んでいる
だがそんな中、鹿島は喜びを押さえ切れずにいる
何故なら───
何故なら───
ある日の夕食での出来事だった
"見合いの事なのだがな……"
"お断りしますわ"
"お断りしますわ"
父の一言にすぐさま返す姉
一刀を持って切り裂かれた様な形で父が唸る
一刀を持って切り裂かれた様な形で父が唸る
"では、今回はお断りしましょうね……いいですね、あなた?"
"……"
"……"
母がすぐさま場を取り持つ
"ですが……あまりお断りしてばかりだと悪評が立つのでは?"
鹿島も余計な事とは思いつつも、つい言ってしまう
"……"
姉もその点は重々承知している
"では、そろそろ香取さんへ頭を下げに行きましょうか……いいですね?貴方"
"なッ?!お母様?!"
"……むぅ……こういう状況では仕方あるまい"
"お父様まで?!……弟子に頭を下げるなど!……"
"俺も賛成です……いつまでも、『行かず』では何か問題でもあるのではと思われかねない"
"頭を下げる事など、どうでも良い……お前の気持ちはどうなのだ?"
"……"
"なッ?!お母様?!"
"……むぅ……こういう状況では仕方あるまい"
"お父様まで?!……弟子に頭を下げるなど!……"
"俺も賛成です……いつまでも、『行かず』では何か問題でもあるのではと思われかねない"
"頭を下げる事など、どうでも良い……お前の気持ちはどうなのだ?"
"……"
うつむく姉
"俺達は皆、香取先輩の事が好きだ……そうだろ?"
鹿島の言葉に、父も母も頷く
"ですが、あの方は……わたくしの事など……"
"だから頭を下げようと言うのです"
"香取先輩は崇高で、鈍感で、ある意味どうしようもない人だから"
"お前のせいではないさ……香取が鈍いのがいけないのだ"
"だから頭を下げようと言うのです"
"香取先輩は崇高で、鈍感で、ある意味どうしようもない人だから"
"お前のせいではないさ……香取が鈍いのがいけないのだ"
皆が笑う
"では、良いですね?"
"……少しばかり、お時間を……わたくしが直接、お話しして参ります"
"出来るのですね?"
"……少しばかり、お時間を……わたくしが直接、お話しして参ります"
"出来るのですね?"
母の問いに無言で頷く姉
"では、今後の御見合いはお断りしていきましょう"
*
いつもの様に、映画を見た帰りのふたり
"香取さん……また、映画を観に参りましょう"
"ええ、喜んで"
"来月も……"
"ええ"
"来年も……"
"ええ……まぁ……"
"10年後も……"
"可能であれば……"
"可能にして頂きたいのです"
"……"
"お判り頂けますか?この意味を……"
"……"
"お慕いしていると申し上げているのです!"
"……"
"……何かおっしゃって下さい"
"オレなどで……良いのですか?"
"貴方でなければ良くはないのです!"
"……そうか……オレは何と……"
"鈍感過ぎますわ!"
"……すみません"
"ええ、喜んで"
"来月も……"
"ええ"
"来年も……"
"ええ……まぁ……"
"10年後も……"
"可能であれば……"
"可能にして頂きたいのです"
"……"
"お判り頂けますか?この意味を……"
"……"
"お慕いしていると申し上げているのです!"
"……"
"……何かおっしゃって下さい"
"オレなどで……良いのですか?"
"貴方でなければ良くはないのです!"
"……そうか……オレは何と……"
"鈍感過ぎますわ!"
"……すみません"
*
───この日、この時をもって
憧れであり、目標でもある香取が鹿島の兄となると決まった
この時まで、全ては巧く運んでいた
この時まで、全ては巧く運んでいた
祝言を挙げるふたり
これ程似合いの夫婦もいまいと、鹿島は思う
何もかもが幸せで包まれていた
これ程似合いの夫婦もいまいと、鹿島は思う
何もかもが幸せで包まれていた
だが、戦争という嵐が近づいてきている
彼らの運命を引き裂き、何もかもを奪い去ろうと牙を剥き出しにして
避けられぬ運命が、悲しい現実が、この先に待っている事をこの時の彼らはまだ知らない
彼らの運命を引き裂き、何もかもを奪い去ろうと牙を剥き出しにして
避けられぬ運命が、悲しい現実が、この先に待っている事をこの時の彼らはまだ知らない