●
目を開いた時にはもうハンニバルのおっちゃんはどこにもいなかった。ただ新しい血の流れが床に広がっているだけだ。
さっき床に落ちた≪エクスカリバー≫を鞘を持ってったのと同じ白い手が回収していく。それを最後まで見届けて、俺は深く深く息を吐き出した。
「あー、疲れた……」
どうも緊張していたらしい。疲労に襲われて床に座り込む。
「……恵、怪我はないか」
「ない……でも、父さん、怪我……」
「…………問題ない」
≪爆発する携帯電話≫の姉ちゃんが父親だっていう朝比奈のおっちゃんを心配している。おっちゃんのほうも結構いい感じに斬られてたみたいだけど、足取りは全然しっかりしてる。姉ちゃんが≪ジャッカロープ≫に治療薬の精製を頼んでいるし、本当に大丈夫だろう、たぶん。
「お前ら、怪我ないか?」
髪の伸びる黒服さんもこっちにきた……なんというか、あれだ。磯臭いのと血生臭いのが合わさってひでえ臭い。
「……こっちは、問題ないが」
顔をしかめた俺を見て苦笑でTさんが髪の伸びる黒服さんに答える。
「……お前が、満身創痍だろうが」
逆に辰也の兄ちゃんが言い返す。髪の伸びる黒服さんは身体中切り傷だらけで怪我だって全然治って行かねえ。
大変だったんなぁ。
そう思っていると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
おいおい……。
「まさかここにきて≪ダンピール≫とか言わねえよな」
「さて……」
Tさんが階段を警戒する。
けど、
「あれ?」
階段を下って来たのはこの施設に来る前に病院でちらりとみた兄ちゃんだった。
「祐樹? 上は、片付いたのか?」
「あぁ…………こっちも、片付いたんだな?」
祐樹と呼ばれた兄ちゃんは直希の兄ちゃんと知り合いみたいだ。
「まあ誰にせよ敵さんじゃ」
「ないの」
頭のリカちゃんと頷き合う。祐樹の兄ちゃんは、いつの間にかぶっ倒れて直希の兄ちゃんの膝で安らかに眠っている天地の兄ちゃんを見て、
「…………にい、さん…………?」
「安心しろ、安静にしていれば、命に別状はない」
そんな会話を交わしていた。
「……ん?」
つまりどういう事だ?
「三人いた門条晴海の最後の遺児だろう」
「あー」
そう言われるとこの兄ちゃんも辰也の兄ちゃんに似ているかもしれない。兄弟無事再会出来てよかったじゃねえか。
うんうんと頷いていると朝比奈のおっちゃんが声をかけてきた。
「……祐樹は、それと気づいていないが。≪組織≫の者が、共に行動してきている」
Tさんが嫌そうな顔をする。
「……何?」
「………過激派や、強行派ではないようだが…………関わりあいたくないのならば、今のうちに、退いておけ」
どうもこっちの事情を見ておっちゃんは心配してくれてるみたいだ。
「大樹から、話を聞いた事がある。あまり、≪組織≫とは関わりあいたくないのだろう?」
「お気遣い感謝する……そうか、あの黒服さんとも、あの後さほど悪い関係ではないようだな」
「……翼の、家族だからな」
仏頂面でおっちゃんは言った。
その一言は俺にとっては結構驚きだった。朝比奈のおっちゃんは人のなりをした都市伝説を随分と毛嫌いしていたのになあ、変われば変わるもんだ。
「……ん~? おたくら、≪組織≫に関わりたくねぇの?」
胡散臭い声が聞こえた。振り返ると生首のおっちゃんが近付いて来るところだった。
ニヤリとした笑みが血だらけになった服と相まって、ついでにあの生首まで思い出させて気色悪いことこの上ない。
「何だったら、俺が一気に、外まで送ってやろうか?」
「は? おっちゃん、そう言う事できんのか?」
俺の疑問におっちゃんが「ああ」と答えて笑った。次いで手を振るとおっちゃんの後ろの空気が歪む。
「……異界か」
Tさんの呟きにおっちゃんは「よく知ってるな」と言い、
「俺も、≪組織≫にゃあんまり関わりあいたくなくてねぇ? あちらさんと顔合わせずに外出たい訳よ。ついでだし、送ってやるぜ?」
「……信じても、良いんだな?」
「えー、このおっちゃんに送ってもらうのか?」
嫌な顔をして言うと、おっちゃんは三つ編みに編んだ白髪を跳ねさせながら笑い、
「なぁに、ちょこっととは言え、一緒に戦った仲だろ?」
「うさんくせえんだよ」
「このザン・ザウィアー。共に戦った相手を無闇に騙したりしねぇよ」
俺はTさんの背に回った。
「Tさん、判断してくれ。俺、あのおっちゃん苦手だ」
ふむ、とTさんは考え込み始めた。階段の上とおっちゃんを見比べ、上の足音が結構な数なのを確認すると「すまんな舞」と俺の頭に手を置いた。
「それでは……俺達は、ここで退散させていただく」
生首のおっちゃんに「よろしく頼む」と言う。
髪の伸びる黒服さんは険の抜けた表情で、
「あぁ…………ありがとうな。今度、礼に何か奢ってやるよ」
可愛いウェイトレスがいる店でな、と、そう言った。
俺は確信する。ああ、こりゃ大丈夫だ、うん。
「俺には何か酒でも持ってきてくれればいい」
そう苦笑気味に応えてTさんは俺の手をとり、生首のおっちゃんの後ろの空間に飛び込んだ。
歪んだ空間の先、そこにあったのはどこまでも広がる、暗い海と、そこに浮かぶ大きな木の船だった。
んー、≪赤い靴≫のおっちゃんとか夢子ちゃんの国の中みたいなもんか。
なんとなく状況を把握しているとおっちゃんが言う。
「さぁて、この海は世界中に繋がっている、どこにだって彷徨える……ご希望の場所はあるかな?」
素直に部屋を答えようとしてTさんの手が割って入った。
「学校町内、南区のスーパー。そうだな……番地は××―×××だ。出来るか?」
「お安い御用だ」
そう言われた次の瞬間には南区のスーパーの前に来ていた。
「……へ?」
「……?」
驚いている俺とリカちゃんを尻目にTさんが歪んだ空気に向かって言う。
「ありがとう、すまないな。舞もリカちゃんも荒事には慣れていない。あんたが苦手なようだ」
「いんや、別にいいさ」
答えてザンとかいう生首のおっちゃんは空気の歪みの中に消えた。
さっき床に落ちた≪エクスカリバー≫を鞘を持ってったのと同じ白い手が回収していく。それを最後まで見届けて、俺は深く深く息を吐き出した。
「あー、疲れた……」
どうも緊張していたらしい。疲労に襲われて床に座り込む。
「……恵、怪我はないか」
「ない……でも、父さん、怪我……」
「…………問題ない」
≪爆発する携帯電話≫の姉ちゃんが父親だっていう朝比奈のおっちゃんを心配している。おっちゃんのほうも結構いい感じに斬られてたみたいだけど、足取りは全然しっかりしてる。姉ちゃんが≪ジャッカロープ≫に治療薬の精製を頼んでいるし、本当に大丈夫だろう、たぶん。
「お前ら、怪我ないか?」
髪の伸びる黒服さんもこっちにきた……なんというか、あれだ。磯臭いのと血生臭いのが合わさってひでえ臭い。
「……こっちは、問題ないが」
顔をしかめた俺を見て苦笑でTさんが髪の伸びる黒服さんに答える。
「……お前が、満身創痍だろうが」
逆に辰也の兄ちゃんが言い返す。髪の伸びる黒服さんは身体中切り傷だらけで怪我だって全然治って行かねえ。
大変だったんなぁ。
そう思っていると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
おいおい……。
「まさかここにきて≪ダンピール≫とか言わねえよな」
「さて……」
Tさんが階段を警戒する。
けど、
「あれ?」
階段を下って来たのはこの施設に来る前に病院でちらりとみた兄ちゃんだった。
「祐樹? 上は、片付いたのか?」
「あぁ…………こっちも、片付いたんだな?」
祐樹と呼ばれた兄ちゃんは直希の兄ちゃんと知り合いみたいだ。
「まあ誰にせよ敵さんじゃ」
「ないの」
頭のリカちゃんと頷き合う。祐樹の兄ちゃんは、いつの間にかぶっ倒れて直希の兄ちゃんの膝で安らかに眠っている天地の兄ちゃんを見て、
「…………にい、さん…………?」
「安心しろ、安静にしていれば、命に別状はない」
そんな会話を交わしていた。
「……ん?」
つまりどういう事だ?
「三人いた門条晴海の最後の遺児だろう」
「あー」
そう言われるとこの兄ちゃんも辰也の兄ちゃんに似ているかもしれない。兄弟無事再会出来てよかったじゃねえか。
うんうんと頷いていると朝比奈のおっちゃんが声をかけてきた。
「……祐樹は、それと気づいていないが。≪組織≫の者が、共に行動してきている」
Tさんが嫌そうな顔をする。
「……何?」
「………過激派や、強行派ではないようだが…………関わりあいたくないのならば、今のうちに、退いておけ」
どうもこっちの事情を見ておっちゃんは心配してくれてるみたいだ。
「大樹から、話を聞いた事がある。あまり、≪組織≫とは関わりあいたくないのだろう?」
「お気遣い感謝する……そうか、あの黒服さんとも、あの後さほど悪い関係ではないようだな」
「……翼の、家族だからな」
仏頂面でおっちゃんは言った。
その一言は俺にとっては結構驚きだった。朝比奈のおっちゃんは人のなりをした都市伝説を随分と毛嫌いしていたのになあ、変われば変わるもんだ。
「……ん~? おたくら、≪組織≫に関わりたくねぇの?」
胡散臭い声が聞こえた。振り返ると生首のおっちゃんが近付いて来るところだった。
ニヤリとした笑みが血だらけになった服と相まって、ついでにあの生首まで思い出させて気色悪いことこの上ない。
「何だったら、俺が一気に、外まで送ってやろうか?」
「は? おっちゃん、そう言う事できんのか?」
俺の疑問におっちゃんが「ああ」と答えて笑った。次いで手を振るとおっちゃんの後ろの空気が歪む。
「……異界か」
Tさんの呟きにおっちゃんは「よく知ってるな」と言い、
「俺も、≪組織≫にゃあんまり関わりあいたくなくてねぇ? あちらさんと顔合わせずに外出たい訳よ。ついでだし、送ってやるぜ?」
「……信じても、良いんだな?」
「えー、このおっちゃんに送ってもらうのか?」
嫌な顔をして言うと、おっちゃんは三つ編みに編んだ白髪を跳ねさせながら笑い、
「なぁに、ちょこっととは言え、一緒に戦った仲だろ?」
「うさんくせえんだよ」
「このザン・ザウィアー。共に戦った相手を無闇に騙したりしねぇよ」
俺はTさんの背に回った。
「Tさん、判断してくれ。俺、あのおっちゃん苦手だ」
ふむ、とTさんは考え込み始めた。階段の上とおっちゃんを見比べ、上の足音が結構な数なのを確認すると「すまんな舞」と俺の頭に手を置いた。
「それでは……俺達は、ここで退散させていただく」
生首のおっちゃんに「よろしく頼む」と言う。
髪の伸びる黒服さんは険の抜けた表情で、
「あぁ…………ありがとうな。今度、礼に何か奢ってやるよ」
可愛いウェイトレスがいる店でな、と、そう言った。
俺は確信する。ああ、こりゃ大丈夫だ、うん。
「俺には何か酒でも持ってきてくれればいい」
そう苦笑気味に応えてTさんは俺の手をとり、生首のおっちゃんの後ろの空間に飛び込んだ。
歪んだ空間の先、そこにあったのはどこまでも広がる、暗い海と、そこに浮かぶ大きな木の船だった。
んー、≪赤い靴≫のおっちゃんとか夢子ちゃんの国の中みたいなもんか。
なんとなく状況を把握しているとおっちゃんが言う。
「さぁて、この海は世界中に繋がっている、どこにだって彷徨える……ご希望の場所はあるかな?」
素直に部屋を答えようとしてTさんの手が割って入った。
「学校町内、南区のスーパー。そうだな……番地は××―×××だ。出来るか?」
「お安い御用だ」
そう言われた次の瞬間には南区のスーパーの前に来ていた。
「……へ?」
「……?」
驚いている俺とリカちゃんを尻目にTさんが歪んだ空気に向かって言う。
「ありがとう、すまないな。舞もリカちゃんも荒事には慣れていない。あんたが苦手なようだ」
「いんや、別にいいさ」
答えてザンとかいう生首のおっちゃんは空気の歪みの中に消えた。
●
得体のしれない男の気配が完全に消えた。自宅にも行かせなかったし、これで舞も不服はないだろう。
巨大な蛇を退治した時はまだ陽もあったものだが、いつのまにか夜を跨いで現れた新しい陽の光に目を細めながらもそう思い、Tさんが舞を見ると、
「んー……」
眉間に皺を寄せて更にその皺に指を当てている舞にTさんは小さく噴き出した。
「なんだよ?」
不満そうな舞にいや、と答えて目の前を指さす。
「何か腹に入れるものを買いに行こうか?」
指の先、24時間スーパーを見た舞は「はああぁぁ……」と息を盛大に吐き出し、
「……どうも非日常から一気に日常に戻された気がして色々と整理がつかねえ」
「整理するチャンスは近いうちにあるさ。あの髪の伸びる黒服さんが全部話してくれるだろう」
「そうかな?」
頷いてやりながら歩き出す。
「去年、中央高校の時からあった疑問も晴れるだろう」
「ん、そうか……なあTさん」
「どうした?」
振り向くと舞の顔が近くにあった。
「Tさんは怪我、してねえだろうな?」
目を見つめられる。
嘘は、つけんか……。
顔にかかる舞の息をくすぐったいと感じながらそう考え、
「多少の擦過傷はあるが俺は大丈夫だ。≪ケサランパサラン≫があるからな」
「……ん、そうか」
顔が離れる。舞は背を向け、
「やっぱ寺生まれはすげえや」
そう言って踊るようなステップで数歩を歩く。
Tさんはその背に言う。
「舞とリカちゃんは大丈夫だったか?」
「誰が俺達を護ったと思ってるんだ?」
「だいじょーぶなの!」
当然! と言われた言葉に「そうか」と頷く。
舞はまた数歩、リカちゃんの歌う歌に合わせてステップを踏むようにすると、
「それはそうとTさん。ひどい臭いだぞ、帰ったら風呂な」
早口で言った。
臭いなら舞もリカちゃんもあの場に居たのだし大して変わらん。
そう思いながらも口には出さず、口の端を笑みの形に歪めて、逃げ水を追いかけるように前を行く舞を追う。
「さて、何を食おうか……」
肉の類は勘弁願いたいな……。
スーパーの自動ドアが開く。涼しい風が身を包む。
先に店に居た舞が言った。
「Tさん、今日の俺は肉はノーセンキューな気分だ」
「奇遇だな、俺もだ」
両者の顔に困ったような笑いが浮かんだ。
巨大な蛇を退治した時はまだ陽もあったものだが、いつのまにか夜を跨いで現れた新しい陽の光に目を細めながらもそう思い、Tさんが舞を見ると、
「んー……」
眉間に皺を寄せて更にその皺に指を当てている舞にTさんは小さく噴き出した。
「なんだよ?」
不満そうな舞にいや、と答えて目の前を指さす。
「何か腹に入れるものを買いに行こうか?」
指の先、24時間スーパーを見た舞は「はああぁぁ……」と息を盛大に吐き出し、
「……どうも非日常から一気に日常に戻された気がして色々と整理がつかねえ」
「整理するチャンスは近いうちにあるさ。あの髪の伸びる黒服さんが全部話してくれるだろう」
「そうかな?」
頷いてやりながら歩き出す。
「去年、中央高校の時からあった疑問も晴れるだろう」
「ん、そうか……なあTさん」
「どうした?」
振り向くと舞の顔が近くにあった。
「Tさんは怪我、してねえだろうな?」
目を見つめられる。
嘘は、つけんか……。
顔にかかる舞の息をくすぐったいと感じながらそう考え、
「多少の擦過傷はあるが俺は大丈夫だ。≪ケサランパサラン≫があるからな」
「……ん、そうか」
顔が離れる。舞は背を向け、
「やっぱ寺生まれはすげえや」
そう言って踊るようなステップで数歩を歩く。
Tさんはその背に言う。
「舞とリカちゃんは大丈夫だったか?」
「誰が俺達を護ったと思ってるんだ?」
「だいじょーぶなの!」
当然! と言われた言葉に「そうか」と頷く。
舞はまた数歩、リカちゃんの歌う歌に合わせてステップを踏むようにすると、
「それはそうとTさん。ひどい臭いだぞ、帰ったら風呂な」
早口で言った。
臭いなら舞もリカちゃんもあの場に居たのだし大して変わらん。
そう思いながらも口には出さず、口の端を笑みの形に歪めて、逃げ水を追いかけるように前を行く舞を追う。
「さて、何を食おうか……」
肉の類は勘弁願いたいな……。
スーパーの自動ドアが開く。涼しい風が身を包む。
先に店に居た舞が言った。
「Tさん、今日の俺は肉はノーセンキューな気分だ」
「奇遇だな、俺もだ」
両者の顔に困ったような笑いが浮かんだ。