三面鏡の少女 69
今日も今日とて討伐すべき淫魔を探し、邪悪な気配を探りつつ町を放浪するニーナの姿
「あのぅ……」
そんな彼女が、何やら微妙な表情で隣を歩く少年に声を掛ける
「なに?」
黒いスーツ姿にサングラスという典型的黒服の出で立ちの、外見は15、6歳ほどの少年
春より少し前に都市伝説に飲まれた、『組織』所属の新人黒服である手塚星である
もっともその名前の存在は既にこの世界から抹消されているので、目下新しい名前を考え中である
「何でいつも、私についてくるのデスか?」
公園でからあげ弁当を食べたあの日から数日、探索活動を始めるとほぼ確実に遭遇しこうして暢気に後を付いてくるのだ
「何でって、一緒にご飯食べるから」
真顔でしれっと言い放つ星を、ニーナは足を止めて困った顔で見詰めてくる
「デスが、いつも食事の代金はあなたが支払っています。私はその恩に酬いる事が出来ません」
いつも何だかんだで言いくるめられて、昼食、時には夕食も奢って貰っている
飢えて倒れては任務を果たせない、そう自分に言い聞かせて神と少年に感謝しながらお腹を満たしていたのだが
「先日のお食事の代金は、神の与えたもうた食物が100本近く買えるものでした。ただお世話になるばかりでは心苦しいデス」
「ただお世話してるつもりは無いけどね。だってさ、一人飯って気楽だけど寂しいじゃん」
両親が共働きで、夕食を一人で過ごす事が多かった
不満は無かったが、ただ満たされる事も無かった
「あ、やっぱ俺って胡散臭い? 食事で懐柔して何か企んでるように見える?」
「い、いえ! 決してそんな事はないデスよ!」
「実は企んでるんだけどね」
ぴしり、とニーナの表情が固まった
「あ、いや、変な意味じゃなくってさ。人手を探してるんだよ」
「人手デスか?」
「うん。俺さ、仕事の時間が長くて不定期なんだ。それで部屋の掃除とか全然出来ないんだよ」
「お掃除デスか……」
『教会』でも、ただ寝るだけの部屋だからとかこの方が落ち着くからとかで、とっ散らかしている男性は多少なりとも存在していた
大体の場合は押しの強いシスター達がどかどかと乗り込んで、神の名の下に大掃除という名のハルマゲドンを起こしていたのを思い出す
「デスが、私にはやらなくてはいけない使命が……」
やや渋るように、ニーナが視線を伏せる
出した言葉に偽りは無い
一分一秒でも早く神の与えたもうた使命を果たさねばならない身の上である
「そっか……そりゃご飯奢っただけの男の家に上がり込むとか嫌だよね。やっぱり胡散臭いよねー」
ほとほと困り果てたという顔で、大きな溜息を漏らしがっくりと項垂れる星
「やっぱり専門の業者に頼まないと駄目かなー」
「本職の方々に頼むと、何か問題でも?」
「まー予算の問題かな? ちなみにこれ、見積もり」
ぺらりと出てきた紙切れに書かれた諸経費の数々を見て、ニーナは狼狽したようすで星に詰め寄る
「ど、どどどどどどういう額デスかこれは!? 桁がおかしくはありませんか、掃除だけで!」
「本職だからね。本格的にやっちゃうんだよ、やっぱり。日々の簡単なお掃除ってだけだと頼めないんだよね。まあそのうち頼まなきゃいけないけど」
「……いけません」
見積書を見ながらぷるぷる震えていたニーナが、小さく呟いた
「神は浪費を嫌いマス! わかりました、お腹を満たされたご恩に酬いさせていただきマス!」
「本当に?」
「神の使徒は嘘を吐きません!」
胸を張ってそう答えるニーナに、星は思わず苦笑い
「……なんか逆に心配になってくるなぁ、こんだけ想定通りのリアクションだと」
すげぇ簡単に騙されそう、というか現在進行形で騙されてるなと、内心で心配しつつ
「何か言いましたか?」
「いや別に? ああそうだ、俺が居ない時は部屋は好きに使って良いよ。狭いけど使ってない部屋一つあるし。はいこれ部屋の住所」
「教会での奉仕活動を思い出しマス」
ぶんぶんと腕を振りながら張り切るニーナに、星は借りたばかりの部屋の住所を書いたメモ用紙を渡す
「荷物とかあったら突っ込んじゃって良いし、寝泊りしても平気だから。俺も寝る時以外はあんま居ないし」
住む場所が同じであれば、何かと見張るのも楽になる
何より野宿をされるよりは、トラブルの元になる可能性はずっと低いというものだ
「さて、後はもう一仕事かな」
「あのぅ……」
そんな彼女が、何やら微妙な表情で隣を歩く少年に声を掛ける
「なに?」
黒いスーツ姿にサングラスという典型的黒服の出で立ちの、外見は15、6歳ほどの少年
春より少し前に都市伝説に飲まれた、『組織』所属の新人黒服である手塚星である
もっともその名前の存在は既にこの世界から抹消されているので、目下新しい名前を考え中である
「何でいつも、私についてくるのデスか?」
公園でからあげ弁当を食べたあの日から数日、探索活動を始めるとほぼ確実に遭遇しこうして暢気に後を付いてくるのだ
「何でって、一緒にご飯食べるから」
真顔でしれっと言い放つ星を、ニーナは足を止めて困った顔で見詰めてくる
「デスが、いつも食事の代金はあなたが支払っています。私はその恩に酬いる事が出来ません」
いつも何だかんだで言いくるめられて、昼食、時には夕食も奢って貰っている
飢えて倒れては任務を果たせない、そう自分に言い聞かせて神と少年に感謝しながらお腹を満たしていたのだが
「先日のお食事の代金は、神の与えたもうた食物が100本近く買えるものでした。ただお世話になるばかりでは心苦しいデス」
「ただお世話してるつもりは無いけどね。だってさ、一人飯って気楽だけど寂しいじゃん」
両親が共働きで、夕食を一人で過ごす事が多かった
不満は無かったが、ただ満たされる事も無かった
「あ、やっぱ俺って胡散臭い? 食事で懐柔して何か企んでるように見える?」
「い、いえ! 決してそんな事はないデスよ!」
「実は企んでるんだけどね」
ぴしり、とニーナの表情が固まった
「あ、いや、変な意味じゃなくってさ。人手を探してるんだよ」
「人手デスか?」
「うん。俺さ、仕事の時間が長くて不定期なんだ。それで部屋の掃除とか全然出来ないんだよ」
「お掃除デスか……」
『教会』でも、ただ寝るだけの部屋だからとかこの方が落ち着くからとかで、とっ散らかしている男性は多少なりとも存在していた
大体の場合は押しの強いシスター達がどかどかと乗り込んで、神の名の下に大掃除という名のハルマゲドンを起こしていたのを思い出す
「デスが、私にはやらなくてはいけない使命が……」
やや渋るように、ニーナが視線を伏せる
出した言葉に偽りは無い
一分一秒でも早く神の与えたもうた使命を果たさねばならない身の上である
「そっか……そりゃご飯奢っただけの男の家に上がり込むとか嫌だよね。やっぱり胡散臭いよねー」
ほとほと困り果てたという顔で、大きな溜息を漏らしがっくりと項垂れる星
「やっぱり専門の業者に頼まないと駄目かなー」
「本職の方々に頼むと、何か問題でも?」
「まー予算の問題かな? ちなみにこれ、見積もり」
ぺらりと出てきた紙切れに書かれた諸経費の数々を見て、ニーナは狼狽したようすで星に詰め寄る
「ど、どどどどどどういう額デスかこれは!? 桁がおかしくはありませんか、掃除だけで!」
「本職だからね。本格的にやっちゃうんだよ、やっぱり。日々の簡単なお掃除ってだけだと頼めないんだよね。まあそのうち頼まなきゃいけないけど」
「……いけません」
見積書を見ながらぷるぷる震えていたニーナが、小さく呟いた
「神は浪費を嫌いマス! わかりました、お腹を満たされたご恩に酬いさせていただきマス!」
「本当に?」
「神の使徒は嘘を吐きません!」
胸を張ってそう答えるニーナに、星は思わず苦笑い
「……なんか逆に心配になってくるなぁ、こんだけ想定通りのリアクションだと」
すげぇ簡単に騙されそう、というか現在進行形で騙されてるなと、内心で心配しつつ
「何か言いましたか?」
「いや別に? ああそうだ、俺が居ない時は部屋は好きに使って良いよ。狭いけど使ってない部屋一つあるし。はいこれ部屋の住所」
「教会での奉仕活動を思い出しマス」
ぶんぶんと腕を振りながら張り切るニーナに、星は借りたばかりの部屋の住所を書いたメモ用紙を渡す
「荷物とかあったら突っ込んじゃって良いし、寝泊りしても平気だから。俺も寝る時以外はあんま居ないし」
住む場所が同じであれば、何かと見張るのも楽になる
何より野宿をされるよりは、トラブルの元になる可能性はずっと低いというものだ
「さて、後はもう一仕事かな」
―――
深夜、ニーナが住み着いていた空き地
そこからは既にテントも荷物も引き払われており、僅かな野営の痕跡が残っているだけだった
そこに集っていたいくつかの黒い影に、星はぴしりと人差し指を突きつける
「残念、そこにはもうあの子は住んでないんだな、これが」
その言葉に、黒い影達はすぐさま蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出してしまう
「『臓器密売組織のホームレス狩り』さん達、一手遅かったね? まあ俺も割とギリギリだったわけだけど」
逃げる黒い影達の背に向けて、星は突き付けた指で狙いを定め
「『くたばれ、地獄で懺悔しろ』」
指先から放たれた、言霊を込めた黄金色の光が黒い影達をあっという間に絡め取り、そのまま地面へと引きずり込むように諸共に消えていった
「そういや地獄って実在すんのかな? まあこの町には割とありそうだけど」
星はさして気にした様子も無く、むしろニーナの今後について思いを馳せる
「つーかあの子、マジでこの町に何しに来てるんだろ。人探しっぽいけど……手伝ってあげた方が良いかな」
よもや自分が世話になっている『組織』の関係者を討伐対象にしているとも知らず、のんびりと欠伸をしながら新しく確保した寝床へと帰って行ったのだった
そこからは既にテントも荷物も引き払われており、僅かな野営の痕跡が残っているだけだった
そこに集っていたいくつかの黒い影に、星はぴしりと人差し指を突きつける
「残念、そこにはもうあの子は住んでないんだな、これが」
その言葉に、黒い影達はすぐさま蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出してしまう
「『臓器密売組織のホームレス狩り』さん達、一手遅かったね? まあ俺も割とギリギリだったわけだけど」
逃げる黒い影達の背に向けて、星は突き付けた指で狙いを定め
「『くたばれ、地獄で懺悔しろ』」
指先から放たれた、言霊を込めた黄金色の光が黒い影達をあっという間に絡め取り、そのまま地面へと引きずり込むように諸共に消えていった
「そういや地獄って実在すんのかな? まあこの町には割とありそうだけど」
星はさして気にした様子も無く、むしろニーナの今後について思いを馳せる
「つーかあの子、マジでこの町に何しに来てるんだろ。人探しっぽいけど……手伝ってあげた方が良いかな」
よもや自分が世話になっている『組織』の関係者を討伐対象にしているとも知らず、のんびりと欠伸をしながら新しく確保した寝床へと帰って行ったのだった