ドクター94
ホルマリンが湛えられた広いプール
そこに沈む数多の死体
それは今まで、この能力者が沈めてきた者達
老若男女、人畜妖魔問わずに保存されたそれらが、浮いてこないように棒で突き沈めているのは、かつて死体をこのプールに沈めていた張本人達
都市伝説『死体洗いのアルバイト』に呑み込まれた契約者達である
そんな呑み込まれた契約者達が、じっとこっちを見ている
表情も声も動作も無いのに、まるで新しい人員を歓迎するかのような雰囲気だけは感じられる
「呑まれた方が、確かにずっと一緒に居られるんだろうけどな」
折り重なって水底に沈む死体達の中に、片手が無く胸に矢傷のある彼女の姿が見えた
眠っているようだとはお世辞にも言えない、保存された死体としか言いようの無い姿
「本当に……お前はそれで良かったのか?」
死体は何も答えない
「何でそう簡単に生きる事を諦められたんだ?」
死体は何も答えない
「俺は」
死体は何も答えない
「諦められない」
死体が
「自分の命も」
何か
答えるように
「何より、お前の事を」
ごぼりと
口から
泡が漏れ
水面に
ぷかりと
弾けて
消えた
そこに沈む数多の死体
それは今まで、この能力者が沈めてきた者達
老若男女、人畜妖魔問わずに保存されたそれらが、浮いてこないように棒で突き沈めているのは、かつて死体をこのプールに沈めていた張本人達
都市伝説『死体洗いのアルバイト』に呑み込まれた契約者達である
そんな呑み込まれた契約者達が、じっとこっちを見ている
表情も声も動作も無いのに、まるで新しい人員を歓迎するかのような雰囲気だけは感じられる
「呑まれた方が、確かにずっと一緒に居られるんだろうけどな」
折り重なって水底に沈む死体達の中に、片手が無く胸に矢傷のある彼女の姿が見えた
眠っているようだとはお世辞にも言えない、保存された死体としか言いようの無い姿
「本当に……お前はそれで良かったのか?」
死体は何も答えない
「何でそう簡単に生きる事を諦められたんだ?」
死体は何も答えない
「俺は」
死体は何も答えない
「諦められない」
死体が
「自分の命も」
何か
答えるように
「何より、お前の事を」
ごぼりと
口から
泡が漏れ
水面に
ぷかりと
弾けて
消えた
―――
カーテン越しに差し込む朝日と雀の鳴き声
時計を見れば、朝の6時といった頃合だった
傍らには布団の中で腕にしがみつき丸くなっているコンスタンツェの姿
「私と一緒に寝てると落ち着かないみたいです。しばらく預かって下さい」
と、深夜にデリアが押し付けてきたのである
有羽がアンネローゼと死別した折、この姉妹も大変だったらしい
『アメリカ政府の陰謀論』に操作されたデリアを、姉妹合意の上で殺すところだったという話を聞いた時は流石に驚いた
殺される側だったデリアは割と飄々としていたものの、殺す側だったコンスタンツェは相当に思い詰めていたようで
寝ている間も悪い夢を見ていたのか、抱き枕にされた腕は涙で湿っていた
「……こんな調子じゃ、出ていくのはしばらく無理そうだな」
都市伝説を人間にするという無茶すらやってのけたドクターだが、死者の蘇生については触れようともした事はないらしい
「古今東西、死者を蘇らせる話は得てして悪い結果を招く。都市伝説が関わる以上、既にある伝承の影響は免れないものだしな」
そんな事を言った後に、ドクターは付け加えるように語る
「あとこれはボクの個人的な感覚だがね。死者を容易に蘇らせる事ができる世界は、生きている価値を貶めるものだと思うのだよ。コンピューターゲームを例にすれば、数分の戦闘で稼ぎ出せる金銭で蘇る命と、イベントで失われて還らない命。より避けたいのはどちらか……といったところかな」
言いたい事はなんとなく理解できる
だからといって諦められる訳でもない
様々な神話や御伽噺で、恋人を黄泉の国から取り戻そうと画策した者達がどういう末路を辿ったかぐらいは知っている
例えどんな悲惨な末路が待っていようとも、手段があるならば試さなければ気が済まない
そして、それがドクターの思想に相反するものである以上、この診療所に居たままでは為す事はできないと考えていた
「頃合を見て、か」
少なくとも、腕にしがみつき震えながら眠るこの少女が立ち直るぐらいまでは
恋人を蘇らせる手段を探す事も、それが見つからなかった時に復讐の戦いへ身を投じる事も、先延ばしにしておこうと
己の能力の中に封じた恋人に胸中でそっと告げた
時計を見れば、朝の6時といった頃合だった
傍らには布団の中で腕にしがみつき丸くなっているコンスタンツェの姿
「私と一緒に寝てると落ち着かないみたいです。しばらく預かって下さい」
と、深夜にデリアが押し付けてきたのである
有羽がアンネローゼと死別した折、この姉妹も大変だったらしい
『アメリカ政府の陰謀論』に操作されたデリアを、姉妹合意の上で殺すところだったという話を聞いた時は流石に驚いた
殺される側だったデリアは割と飄々としていたものの、殺す側だったコンスタンツェは相当に思い詰めていたようで
寝ている間も悪い夢を見ていたのか、抱き枕にされた腕は涙で湿っていた
「……こんな調子じゃ、出ていくのはしばらく無理そうだな」
都市伝説を人間にするという無茶すらやってのけたドクターだが、死者の蘇生については触れようともした事はないらしい
「古今東西、死者を蘇らせる話は得てして悪い結果を招く。都市伝説が関わる以上、既にある伝承の影響は免れないものだしな」
そんな事を言った後に、ドクターは付け加えるように語る
「あとこれはボクの個人的な感覚だがね。死者を容易に蘇らせる事ができる世界は、生きている価値を貶めるものだと思うのだよ。コンピューターゲームを例にすれば、数分の戦闘で稼ぎ出せる金銭で蘇る命と、イベントで失われて還らない命。より避けたいのはどちらか……といったところかな」
言いたい事はなんとなく理解できる
だからといって諦められる訳でもない
様々な神話や御伽噺で、恋人を黄泉の国から取り戻そうと画策した者達がどういう末路を辿ったかぐらいは知っている
例えどんな悲惨な末路が待っていようとも、手段があるならば試さなければ気が済まない
そして、それがドクターの思想に相反するものである以上、この診療所に居たままでは為す事はできないと考えていた
「頃合を見て、か」
少なくとも、腕にしがみつき震えながら眠るこの少女が立ち直るぐらいまでは
恋人を蘇らせる手段を探す事も、それが見つからなかった時に復讐の戦いへ身を投じる事も、先延ばしにしておこうと
己の能力の中に封じた恋人に胸中でそっと告げた
『ゆーくんのあほー、蘇りとか復讐とかそういうのはいーらーなーいー。死ぬ前に言ったでしょー、私はゆーくんが幸せに長生きしてくれればそれでいいのー』
弾けた泡から微かに聞こえたかのようなそれは、ざぶりざぶりとホルマリンが波立つ音に紛れて届く事は無かった