●
唐突に、尋常ではない気配も露わに公園内に入って来た二人の男を見て、Tさんは自然と身構えた。
現れた男二人の内、一人は魁偉な白人の初老だった。口髭を生やした彫が深い、目鼻立ちのくっきりした顔をくすんだ灰色の髪が飾っている。
三メートルはあろうかという長身を軍用のコートに包み、そのせいで隠されてはっきりとは分からないが、身長にふさわしい逞しい身体を持っているようだった。
もう一人は、こちらも初老の男よりは低いものの、日本人の基準からすれば背の高い、壮年くらいの、古い騎士の装いをした欧風の男だった。くすんだ金色の短髪に口元には髭をたくわえている。この髭が無ければ幾許か若く見えるかもしれない。
先程声をかけてきた初老が、深みを感じさせる声を連ねてくる。
「突然死霊の反応が消えたので何事かと思ったが、霊を祓ったのかね?」
「その通りだよ爺。やはり憑けたのはお前達か……場所を移動したのにこうも早く見つかるとはな……」
千勢が警戒心も露わに初老の男をねめつける。初老は頷き、
「モニカが移動系の能力者と知り合いだったのは幸いだった。こちらとの接触も早急に計れるものと、そう思っていたのだがな……」
初老は千勢に皮肉めいた笑みを見せ、由実へと視線をやる。
「その移動系都市伝説なら、今はそこの千勢って人に壊されてしばらく使い物にならないわよ」
由実はそう言って初老の横に居る、古い騎士の身なりをした男へ目をやって、警戒したように後じさった。
初老はそれは残念、と首を振った。
「まさか、先に鬼神と接触があったとはな」
「鬼神?」
先程も聞いた言葉だ。どうやら千勢の事を指しているらしい。そう思ってTさんが目を向けると、千勢は手をおざなりに振って、
「んー、どうも大層な渾名を頂いているようだな」
「大層も何も、それだけの事を君はしているのだ」
初老の男の言葉を騎士の装いをした男が継ぐ。
「≪組織≫の驍将。――こちらの内紛に介入して相当に荒らしてくれた」
千勢は騎士の装いをした男の物言いに口を尖らせた。
「これでも女の子だぞ、名前を知らないわけではないだろう? そんな厳つい名で呼んでくれるな」
どこが女の子なのかと呆れながら、Tさんは舞達を庇うために一歩退く。初老は千勢の要求に律義に応えた。
「ではチトセよ。ワタシ達がここに来た意味は分かるな?」
「さてな」
千勢がケウの毛の中から剣を引き抜いた。
無言の内に戦いの気配が満ちていく。
――戦闘になるのだろう。
それも先程のじゃれあいとは違う、本気の戦闘に。
そう思ってTさんは内心で舌打ちする。二人の男の内、初老の方はその正体がいまいち掴めないが、もう一人、騎士の装いの男の正体はその甲冑を見ただけで分かる。
……なるほど、師匠が警戒するわけだ。
上手く切り抜けなければ。
そう考えながら、Tさんは状況を見守る。
現れた男二人の内、一人は魁偉な白人の初老だった。口髭を生やした彫が深い、目鼻立ちのくっきりした顔をくすんだ灰色の髪が飾っている。
三メートルはあろうかという長身を軍用のコートに包み、そのせいで隠されてはっきりとは分からないが、身長にふさわしい逞しい身体を持っているようだった。
もう一人は、こちらも初老の男よりは低いものの、日本人の基準からすれば背の高い、壮年くらいの、古い騎士の装いをした欧風の男だった。くすんだ金色の短髪に口元には髭をたくわえている。この髭が無ければ幾許か若く見えるかもしれない。
先程声をかけてきた初老が、深みを感じさせる声を連ねてくる。
「突然死霊の反応が消えたので何事かと思ったが、霊を祓ったのかね?」
「その通りだよ爺。やはり憑けたのはお前達か……場所を移動したのにこうも早く見つかるとはな……」
千勢が警戒心も露わに初老の男をねめつける。初老は頷き、
「モニカが移動系の能力者と知り合いだったのは幸いだった。こちらとの接触も早急に計れるものと、そう思っていたのだがな……」
初老は千勢に皮肉めいた笑みを見せ、由実へと視線をやる。
「その移動系都市伝説なら、今はそこの千勢って人に壊されてしばらく使い物にならないわよ」
由実はそう言って初老の横に居る、古い騎士の身なりをした男へ目をやって、警戒したように後じさった。
初老はそれは残念、と首を振った。
「まさか、先に鬼神と接触があったとはな」
「鬼神?」
先程も聞いた言葉だ。どうやら千勢の事を指しているらしい。そう思ってTさんが目を向けると、千勢は手をおざなりに振って、
「んー、どうも大層な渾名を頂いているようだな」
「大層も何も、それだけの事を君はしているのだ」
初老の男の言葉を騎士の装いをした男が継ぐ。
「≪組織≫の驍将。――こちらの内紛に介入して相当に荒らしてくれた」
千勢は騎士の装いをした男の物言いに口を尖らせた。
「これでも女の子だぞ、名前を知らないわけではないだろう? そんな厳つい名で呼んでくれるな」
どこが女の子なのかと呆れながら、Tさんは舞達を庇うために一歩退く。初老は千勢の要求に律義に応えた。
「ではチトセよ。ワタシ達がここに来た意味は分かるな?」
「さてな」
千勢がケウの毛の中から剣を引き抜いた。
無言の内に戦いの気配が満ちていく。
――戦闘になるのだろう。
それも先程のじゃれあいとは違う、本気の戦闘に。
そう思ってTさんは内心で舌打ちする。二人の男の内、初老の方はその正体がいまいち掴めないが、もう一人、騎士の装いの男の正体はその甲冑を見ただけで分かる。
……なるほど、師匠が警戒するわけだ。
上手く切り抜けなければ。
そう考えながら、Tさんは状況を見守る。
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千勢姉ちゃんは突然現れたでっかいじいちゃんと騎士っぽいおっちゃんを相手に言葉を交わしあっている。あまり空気はよく無いのはわかるけど。
うーん…………。
「おい、Tさん」
「どうした舞?」
「異国の言語なんざ俺ゃあさっぱり分かんねえんだけど」
とりあえず日本語と、あと辛うじてたぶんきっと英語じゃないんだろうなぁ……ちがうよ、ね? という事が分かるくらいで、言葉の意味はまったく分かんねえ。いきなりじいちゃんたちが現れた時も何言ってんのか俺にはさっぱりでこう……展開が読めない。
Tさんは首を傾げ、やがてああ、と手を打って会話に割って入って行った。
「すまないが言語が合わない。この場の皆が理解できるよう、日本語で会話をしたいのだが可能か?」
日本語での提案に、騎士のおっちゃんは俺を一度見た後、首を上下に一度振って、
「――これでいいか? 極東の都市伝説よ」
「おお、日本語だ」
「感謝する」
涼しい顔で対応してくる辺りコイツらハイスペックだなチクショウ。なんかむかつく。
「……して、君達は何者だね? そこの、チトセの仲間かな?」
騎士っぽいおっちゃんに続いて日本語を話しだしたでっかいじいちゃんが、Tさんに訊ねる。
「…………」
すぐに答えりゃいいのに何故かTさんが押し黙った。しばらく続いた沈黙を破るように千勢姉ちゃんが口を開く。
「まさか、たまたま巻き込んでしまった一般都市伝説だよ」
って……え?
「いや、俺達は――」
「やめておきなさい」
姉ちゃんの発言を訂正しようとしたら、フィラちゃんに小声で止められた。なんでだよ? 小声で訊くと、フィラちゃんも小声で、
「このままなら上手くすればあなた達はこのゴタゴタから身を退く事が出来るわ。あんなのと敵対するものじゃないわよ」
フィラちゃんがでっかいじいちゃんとその横の騎士っぽいおっちゃんを睨みつけながら言う。その顔はこの時期の寒さのせいだけじゃ説明できない程に蒼白になっていた。発言ぶりからして、おっちゃん達の正体を何だか分かってるんだろうか? そんなにヤバい相手なのか? それで、そんな奴らを相手にして、
「俺達がここから身を退いてさ、姉ちゃんとかモニカとかはどうなんだよ?」
「……なんとかするわよ」
言ってる本人が信じてない声音だった。
「一般、か……我々も部外者を相手にしている程暇ではない。今ここであった事を全て忘れるというのならば、君達はこのまま解放しようと思うが」
「ああ、そうしてくれ。お前達も巻き込まれて災難だったな」
いつの間にか話が進んでいて、でっかいじいちゃんの提案に千勢姉ちゃんが応じている。Tさんは体の横に垂らした腕の、その先の拳だけを強く握ったまま黙っていた。
「おいおい、姉ちゃんもじいちゃんも待てって!」
だから俺はTさんが何か行動に移るより早く、口を動かした。
瞬間的に集まる視線に俺は早まったか!? と思いながら、勢い任せに口を動かし続ける。
「俺もTさんもリカちゃんも、こっちの――モニカとフィラちゃんとは知り合いでさ。そんでもってそっちの千勢姉ちゃんはTさんの師匠なんだ」
確かに巻き込まれ方はたまたま偶然っぽいけどさ。
「無関係じゃねえし、もし皆に手を出そうってんなら殴って止めるぞ?」
胸を張って断言。リカちゃんも頭の上で同じポーズを決めてるのを感じて笑みが浮かぶ。
「馬鹿……っ」
フィラちゃんの焦ったような声と千勢姉ちゃんの唖然とした顔。
そして、
「……まあ確かに馬鹿だが、だからこそ舞は聡いと、そう思うよ」
俺が全幅の信頼を置ける人の笑みがあった。
「そういうわけだ。当然目の前で知り合いが攻撃される所を見過ごすことはできん」
じいちゃん達に向き直ったTさんの声が背中越しに聞こえる。その声は少し喜色が混ざっているように聞こえた。
――うん、俺は間違っちゃいねえみたいだ。
「揃って馬鹿者が」
「すまんな師匠」
師弟の短い会話が聞こえる。千勢姉ちゃんの口調は少し怒ってるっぽいけど、同じくらい少しだけ、笑いの気配が見える。
「……分かった。かの鬼神の弟子とあっては無視も出来まい」
じいちゃんが重々しく答えて、コートの中から剣を取り出した。
金属製の鞘で地面を強く打つ。公園の石畳を穿つ鈍い打音が公園内に響いた。
瞬間、俺達は胃が凍りつくかのような冷気に唐突に見舞われた。
「モニカを渡さないと言うのなら、力づくでいかせてもらう他ないな」
うーん…………。
「おい、Tさん」
「どうした舞?」
「異国の言語なんざ俺ゃあさっぱり分かんねえんだけど」
とりあえず日本語と、あと辛うじてたぶんきっと英語じゃないんだろうなぁ……ちがうよ、ね? という事が分かるくらいで、言葉の意味はまったく分かんねえ。いきなりじいちゃんたちが現れた時も何言ってんのか俺にはさっぱりでこう……展開が読めない。
Tさんは首を傾げ、やがてああ、と手を打って会話に割って入って行った。
「すまないが言語が合わない。この場の皆が理解できるよう、日本語で会話をしたいのだが可能か?」
日本語での提案に、騎士のおっちゃんは俺を一度見た後、首を上下に一度振って、
「――これでいいか? 極東の都市伝説よ」
「おお、日本語だ」
「感謝する」
涼しい顔で対応してくる辺りコイツらハイスペックだなチクショウ。なんかむかつく。
「……して、君達は何者だね? そこの、チトセの仲間かな?」
騎士っぽいおっちゃんに続いて日本語を話しだしたでっかいじいちゃんが、Tさんに訊ねる。
「…………」
すぐに答えりゃいいのに何故かTさんが押し黙った。しばらく続いた沈黙を破るように千勢姉ちゃんが口を開く。
「まさか、たまたま巻き込んでしまった一般都市伝説だよ」
って……え?
「いや、俺達は――」
「やめておきなさい」
姉ちゃんの発言を訂正しようとしたら、フィラちゃんに小声で止められた。なんでだよ? 小声で訊くと、フィラちゃんも小声で、
「このままなら上手くすればあなた達はこのゴタゴタから身を退く事が出来るわ。あんなのと敵対するものじゃないわよ」
フィラちゃんがでっかいじいちゃんとその横の騎士っぽいおっちゃんを睨みつけながら言う。その顔はこの時期の寒さのせいだけじゃ説明できない程に蒼白になっていた。発言ぶりからして、おっちゃん達の正体を何だか分かってるんだろうか? そんなにヤバい相手なのか? それで、そんな奴らを相手にして、
「俺達がここから身を退いてさ、姉ちゃんとかモニカとかはどうなんだよ?」
「……なんとかするわよ」
言ってる本人が信じてない声音だった。
「一般、か……我々も部外者を相手にしている程暇ではない。今ここであった事を全て忘れるというのならば、君達はこのまま解放しようと思うが」
「ああ、そうしてくれ。お前達も巻き込まれて災難だったな」
いつの間にか話が進んでいて、でっかいじいちゃんの提案に千勢姉ちゃんが応じている。Tさんは体の横に垂らした腕の、その先の拳だけを強く握ったまま黙っていた。
「おいおい、姉ちゃんもじいちゃんも待てって!」
だから俺はTさんが何か行動に移るより早く、口を動かした。
瞬間的に集まる視線に俺は早まったか!? と思いながら、勢い任せに口を動かし続ける。
「俺もTさんもリカちゃんも、こっちの――モニカとフィラちゃんとは知り合いでさ。そんでもってそっちの千勢姉ちゃんはTさんの師匠なんだ」
確かに巻き込まれ方はたまたま偶然っぽいけどさ。
「無関係じゃねえし、もし皆に手を出そうってんなら殴って止めるぞ?」
胸を張って断言。リカちゃんも頭の上で同じポーズを決めてるのを感じて笑みが浮かぶ。
「馬鹿……っ」
フィラちゃんの焦ったような声と千勢姉ちゃんの唖然とした顔。
そして、
「……まあ確かに馬鹿だが、だからこそ舞は聡いと、そう思うよ」
俺が全幅の信頼を置ける人の笑みがあった。
「そういうわけだ。当然目の前で知り合いが攻撃される所を見過ごすことはできん」
じいちゃん達に向き直ったTさんの声が背中越しに聞こえる。その声は少し喜色が混ざっているように聞こえた。
――うん、俺は間違っちゃいねえみたいだ。
「揃って馬鹿者が」
「すまんな師匠」
師弟の短い会話が聞こえる。千勢姉ちゃんの口調は少し怒ってるっぽいけど、同じくらい少しだけ、笑いの気配が見える。
「……分かった。かの鬼神の弟子とあっては無視も出来まい」
じいちゃんが重々しく答えて、コートの中から剣を取り出した。
金属製の鞘で地面を強く打つ。公園の石畳を穿つ鈍い打音が公園内に響いた。
瞬間、俺達は胃が凍りつくかのような冷気に唐突に見舞われた。
「モニカを渡さないと言うのなら、力づくでいかせてもらう他ないな」
●
「なんだ?」
俺はあまりの寒さにコートの襟を掻き合せた。
そうしている間に千勢姉ちゃんはケウを軽く叩いた。
ケウは心得たとでも言うように小さく吼えて俺とフィラちゃんの所まで来て、毛で俺達をグルグル巻きにする。
「おおっ?!」
千勢姉ちゃんはそれを見届けもせずにTさんに叫ぶ。
「馬鹿弟子! モニカ達に結界を!」
「承知した!」
短い返事とほぼ同時に俺達の周りに光の壁っぽいものが現れた。
「なんなの一体――……!?」
フィラちゃんの抗議の声が途中でしぼんだ。俺も愕然として声が止まる。
「凍って、る?」
目の前にあった公園の景色全てが、いつの間にか薄く雪化粧されて、凍り付いていた。
俺はあまりの寒さにコートの襟を掻き合せた。
そうしている間に千勢姉ちゃんはケウを軽く叩いた。
ケウは心得たとでも言うように小さく吼えて俺とフィラちゃんの所まで来て、毛で俺達をグルグル巻きにする。
「おおっ?!」
千勢姉ちゃんはそれを見届けもせずにTさんに叫ぶ。
「馬鹿弟子! モニカ達に結界を!」
「承知した!」
短い返事とほぼ同時に俺達の周りに光の壁っぽいものが現れた。
「なんなの一体――……!?」
フィラちゃんの抗議の声が途中でしぼんだ。俺も愕然として声が止まる。
「凍って、る?」
目の前にあった公園の景色全てが、いつの間にか薄く雪化粧されて、凍り付いていた。