●
一瞬の間に雪と凍気に侵食された公園を見て、Tさんは顔を顰める。
俺自身にも加護を付与していなかったら危なかった……。
千勢を見ると、彼女は彼女で剣から風を吹き出して身を護っている。
『こっちにも加護、ヘイカマン! カマン!』とでも言いたげな視線が来たので加護を付与すると「よし……」と頷いてこの凍気の主であろう初老の男を千勢は睨んだ。
「随分と強攻じゃないか≪冬将軍≫閣下。徹心の話ではモニカは大事な目標ということだったと思うんだが? 殺す気か?」
「君ならばモニカのような子を絶対に守ると信用しているのだよチトセ。そこの青年、彼の力もまた油断ならないようだ」
向けられた視線、その凍て付くような眼光を受け止めながら、Tさんは思考する。
≪冬将軍≫……。
ロシアに対する諸外国からの侵略行為が行われた時、ロシアは冬の厳しい気候によってこれらの侵略行為から護られて来た歴史がある。いつしかその冬には人格が与えられ、≪冬将軍≫と呼びならわされるようになった。
……これがその、冬を都市伝説化した存在だったとしたならば、この冬の結界、危険だな。
今こうして加護を纏っていても肌寒さを感じる。加護が無ければ瞬時に凍気によって殺されてしまうだろう。
……が、これだけならば問題無い。
そう思い、Tさんが掌に光弾を現した時、Tさんの戦意を察した≪冬将軍≫が薄く笑った。
「青年、冬山で息絶えた者達が彷徨う話を聞いたことはないかな?」
≪冬将軍≫の周囲、公園内を席巻している冬の発生源から、突如湧いて来たかのように人影が現れた。
≪冬将軍≫を守るような動きを作るそれを見て、千勢が鋭い声で注意を促した。
「気を付けろ! その≪冬将軍≫、自身の冬に囚えた兵を使役してくるぞ!」
言われた直後、≪冬将軍≫の前方に人影の壁が出来上がった。
それは甲冑を着た、白い肌に一種凄烈な美しささえ感じさせる紅い死斑を浮かべた、凍死体達で出来た壁だった。
――先に言え……!
「破ぁっ!」
内心の文句と共に放った光弾は、≪冬将軍≫の前方に展開された十人からの兵士に阻まれてしまい、≪冬将軍≫までは届かない。
光弾が激突した後も、≪冬将軍≫の姿が分からない程に次々展開されていく兵士の壁に舌打ちしながら、Tさんは何故≪冬将軍≫が兵士を使役するのか考えを巡らせる。
≪冬将軍≫と他のなんらかの都市伝説の多重契約者かとも思うが、彼は、見た目は人の形をしているが、≪ケサランパサラン≫の加護を借りて視るかぎり都市伝説そのものだ。人間では無い。
と言う事は……。
Tさんは≪冬将軍≫という存在と、先程の彼の言葉を勘案して出した答えを、白光を兵士に撃ち出しがてら叩きつける。
「都市伝説同士の習合かっ!」
「そんな、できるの?!」
ケウの毛に巻かれ、Tさんの幸せの加護を付与されて尚、寒そうに震える由実の声が疑問を放つ。
不可能事では無い……。
極寒の冬への畏れが都市伝説化した≪冬将軍≫と、その冬によって閉ざされた山に囚われた死者達が彷徨い歩くという目撃談。あの≪冬将軍≫はこれらが習合した存在なのだろう。
≪夢の国≫のように、自身の類話を集合した存在とは趣が異なり、全く違う都市伝説を≪冬将軍≫という圧倒的な都市伝説が力技で習合させたものだ。地面をみるみる凍結させていく≪冬将軍≫の強大な気配から察するに、冬の都市伝説を彼が取り込むことは不可能では無いとTさんは判断する。
多重契約者を相手にしているようなものか……。
Tさんは光弾を次々現れる凍死体の群れに叩き込む。
凍死体は数もさることながら、その種類も実に豊富だ。
甲冑に槍や剣を持って弓を構える兵隊がいる一方で、近代的な装備に身を固めたままギクシャクと体を動かして銃を構える兵士が居るし、黒服や契約者と思しき現代の装いの者達の姿も散見された。銃も矢もそれを構える兵隊も、全て凍りついているにも関わらず、それぞれの弾はそんな事とは無関係に飛び出してくる。
狙いはどうやらTさんと千勢の二人に絞られているようだった。
Tさんは舞達に危害が及ばないように意識して弾を誘導するように立ち回る。
千勢も同様に動きまわりながら、自身を狙う弾を剣で打ち払い、石畳を弾丸その他で抉り取りながら指示を出した。
「ケウ、皆をしっかり冷気から護っておけ! ――馬鹿弟子!」
「なんだ!」
「薙ぐ! ≪冬将軍≫を狙え!」
Tさんの返事を待たず、千勢は腰だめに構えた剣を横薙ぎに振るった。
俺自身にも加護を付与していなかったら危なかった……。
千勢を見ると、彼女は彼女で剣から風を吹き出して身を護っている。
『こっちにも加護、ヘイカマン! カマン!』とでも言いたげな視線が来たので加護を付与すると「よし……」と頷いてこの凍気の主であろう初老の男を千勢は睨んだ。
「随分と強攻じゃないか≪冬将軍≫閣下。徹心の話ではモニカは大事な目標ということだったと思うんだが? 殺す気か?」
「君ならばモニカのような子を絶対に守ると信用しているのだよチトセ。そこの青年、彼の力もまた油断ならないようだ」
向けられた視線、その凍て付くような眼光を受け止めながら、Tさんは思考する。
≪冬将軍≫……。
ロシアに対する諸外国からの侵略行為が行われた時、ロシアは冬の厳しい気候によってこれらの侵略行為から護られて来た歴史がある。いつしかその冬には人格が与えられ、≪冬将軍≫と呼びならわされるようになった。
……これがその、冬を都市伝説化した存在だったとしたならば、この冬の結界、危険だな。
今こうして加護を纏っていても肌寒さを感じる。加護が無ければ瞬時に凍気によって殺されてしまうだろう。
……が、これだけならば問題無い。
そう思い、Tさんが掌に光弾を現した時、Tさんの戦意を察した≪冬将軍≫が薄く笑った。
「青年、冬山で息絶えた者達が彷徨う話を聞いたことはないかな?」
≪冬将軍≫の周囲、公園内を席巻している冬の発生源から、突如湧いて来たかのように人影が現れた。
≪冬将軍≫を守るような動きを作るそれを見て、千勢が鋭い声で注意を促した。
「気を付けろ! その≪冬将軍≫、自身の冬に囚えた兵を使役してくるぞ!」
言われた直後、≪冬将軍≫の前方に人影の壁が出来上がった。
それは甲冑を着た、白い肌に一種凄烈な美しささえ感じさせる紅い死斑を浮かべた、凍死体達で出来た壁だった。
――先に言え……!
「破ぁっ!」
内心の文句と共に放った光弾は、≪冬将軍≫の前方に展開された十人からの兵士に阻まれてしまい、≪冬将軍≫までは届かない。
光弾が激突した後も、≪冬将軍≫の姿が分からない程に次々展開されていく兵士の壁に舌打ちしながら、Tさんは何故≪冬将軍≫が兵士を使役するのか考えを巡らせる。
≪冬将軍≫と他のなんらかの都市伝説の多重契約者かとも思うが、彼は、見た目は人の形をしているが、≪ケサランパサラン≫の加護を借りて視るかぎり都市伝説そのものだ。人間では無い。
と言う事は……。
Tさんは≪冬将軍≫という存在と、先程の彼の言葉を勘案して出した答えを、白光を兵士に撃ち出しがてら叩きつける。
「都市伝説同士の習合かっ!」
「そんな、できるの?!」
ケウの毛に巻かれ、Tさんの幸せの加護を付与されて尚、寒そうに震える由実の声が疑問を放つ。
不可能事では無い……。
極寒の冬への畏れが都市伝説化した≪冬将軍≫と、その冬によって閉ざされた山に囚われた死者達が彷徨い歩くという目撃談。あの≪冬将軍≫はこれらが習合した存在なのだろう。
≪夢の国≫のように、自身の類話を集合した存在とは趣が異なり、全く違う都市伝説を≪冬将軍≫という圧倒的な都市伝説が力技で習合させたものだ。地面をみるみる凍結させていく≪冬将軍≫の強大な気配から察するに、冬の都市伝説を彼が取り込むことは不可能では無いとTさんは判断する。
多重契約者を相手にしているようなものか……。
Tさんは光弾を次々現れる凍死体の群れに叩き込む。
凍死体は数もさることながら、その種類も実に豊富だ。
甲冑に槍や剣を持って弓を構える兵隊がいる一方で、近代的な装備に身を固めたままギクシャクと体を動かして銃を構える兵士が居るし、黒服や契約者と思しき現代の装いの者達の姿も散見された。銃も矢もそれを構える兵隊も、全て凍りついているにも関わらず、それぞれの弾はそんな事とは無関係に飛び出してくる。
狙いはどうやらTさんと千勢の二人に絞られているようだった。
Tさんは舞達に危害が及ばないように意識して弾を誘導するように立ち回る。
千勢も同様に動きまわりながら、自身を狙う弾を剣で打ち払い、石畳を弾丸その他で抉り取りながら指示を出した。
「ケウ、皆をしっかり冷気から護っておけ! ――馬鹿弟子!」
「なんだ!」
「薙ぐ! ≪冬将軍≫を狙え!」
Tさんの返事を待たず、千勢は腰だめに構えた剣を横薙ぎに振るった。
●
千勢の剣が振り抜かれた瞬間、周囲一帯の空気が静まり返った。
「え、何……?」
由実が疑問を発した時には、大気をかき乱す斬撃が横一線に宙を薙ぎ払い疾駆していた。
斬撃は周囲の矢や銃弾を、冷気ごと鎮圧しながら兵士の群れへと翔ける。
兵士の群れへと至った斬撃は、広範に渡って彼等を横一線に薙ぎ払った。
首が腕が胴が、一直線の高さで綺麗に切り裂かれ、武装や甲冑の切断音が凄烈に重奏する。
まるで草でも戯れに刈り取ってしまおうかと言わんばかりの圧倒的な攻撃を追うように走りながら、Tさんは呟く。
「草薙、相変わらずだな」
加護を全力で足に付与して風の斬撃に追いすがり、千勢が振り抜いた剣を思う。
飾り気の無い一振りの剣。その名は、
≪壇ノ浦に没した宝剣≫……。
とある合戦において水中に没してしまったと言われている神器だ。現在〝本物〟とされる物はさる神社にて祀られているという代物だが、千勢は川床からこの剣を拾い上げたと言う。
どれが〝本物〟かは大した問題では無い。高坂千勢という遣い手が扱って剣が砕けないのならばそれでいい。そう以前千勢が言っていたのを思い出して半ば呆れながら思う。
あれも質実剛健とでも言うのだろうか……。
草薙の斬撃はその切断力を≪冬将軍≫へと届かせようとしていた。Tさんは≪冬将軍≫に対する追撃を用意して、
「ユーグ!」
「ああ!」
≪冬将軍≫の呼号に応えて割りこんできた騎士風の男が構えた盾に、表情を厳しくした。
斬撃が騎士風の男の盾に激突する。
兵士の列を容赦なく薙ぎ払う一閃は騎士風の男が両手で構えた盾に激突し、耳を聾する破砕音とともに砕けてはじけ飛んだ。
顔をしかめて草薙を受け止めた騎士風の男の背後には黒い異形の影がある。
由実と共に恐る恐ると言った体で一連の流れを覗き込んでいた舞は、その異形の姿を見て、以前関わった事件で遭遇した悪魔の名を口にした。
「≪悪魔の囁き≫?!」
いや、違う……。
内心で首を振り、Tさんは砕かれた斬撃の余波が暴風を伴う切断力の嵐となって凍て付いた公園内を切り裂いていくのに目を細めながら、≪ケサランパサラン≫に幸福を祈願。
改めて標的に定めた騎士風の男を見据えた。
いや、騎士〝風〟ではないな……。
男が身につけているのは白の上衣に白外套。背後にあった、今や男の身に溶け加護として黒い靄となっている異形は、カラスの翼に山羊の頭と下半身、そして人間の女性の体をもっている。そんな容姿の異形――悪魔。
その名は、
バフォメット……。
あのような存在と縁の深い騎士など限られている。
加えて、あの装備の各所に配された末広がりの赤十字、あれは――
「テンプル十字――やはり≪テンプル騎士団≫か!」
吼声を上げるや、Tさんは草薙を受け止めて傷んだ盾へと蹴りをぶち込んだ。
「え、何……?」
由実が疑問を発した時には、大気をかき乱す斬撃が横一線に宙を薙ぎ払い疾駆していた。
斬撃は周囲の矢や銃弾を、冷気ごと鎮圧しながら兵士の群れへと翔ける。
兵士の群れへと至った斬撃は、広範に渡って彼等を横一線に薙ぎ払った。
首が腕が胴が、一直線の高さで綺麗に切り裂かれ、武装や甲冑の切断音が凄烈に重奏する。
まるで草でも戯れに刈り取ってしまおうかと言わんばかりの圧倒的な攻撃を追うように走りながら、Tさんは呟く。
「草薙、相変わらずだな」
加護を全力で足に付与して風の斬撃に追いすがり、千勢が振り抜いた剣を思う。
飾り気の無い一振りの剣。その名は、
≪壇ノ浦に没した宝剣≫……。
とある合戦において水中に没してしまったと言われている神器だ。現在〝本物〟とされる物はさる神社にて祀られているという代物だが、千勢は川床からこの剣を拾い上げたと言う。
どれが〝本物〟かは大した問題では無い。高坂千勢という遣い手が扱って剣が砕けないのならばそれでいい。そう以前千勢が言っていたのを思い出して半ば呆れながら思う。
あれも質実剛健とでも言うのだろうか……。
草薙の斬撃はその切断力を≪冬将軍≫へと届かせようとしていた。Tさんは≪冬将軍≫に対する追撃を用意して、
「ユーグ!」
「ああ!」
≪冬将軍≫の呼号に応えて割りこんできた騎士風の男が構えた盾に、表情を厳しくした。
斬撃が騎士風の男の盾に激突する。
兵士の列を容赦なく薙ぎ払う一閃は騎士風の男が両手で構えた盾に激突し、耳を聾する破砕音とともに砕けてはじけ飛んだ。
顔をしかめて草薙を受け止めた騎士風の男の背後には黒い異形の影がある。
由実と共に恐る恐ると言った体で一連の流れを覗き込んでいた舞は、その異形の姿を見て、以前関わった事件で遭遇した悪魔の名を口にした。
「≪悪魔の囁き≫?!」
いや、違う……。
内心で首を振り、Tさんは砕かれた斬撃の余波が暴風を伴う切断力の嵐となって凍て付いた公園内を切り裂いていくのに目を細めながら、≪ケサランパサラン≫に幸福を祈願。
改めて標的に定めた騎士風の男を見据えた。
いや、騎士〝風〟ではないな……。
男が身につけているのは白の上衣に白外套。背後にあった、今や男の身に溶け加護として黒い靄となっている異形は、カラスの翼に山羊の頭と下半身、そして人間の女性の体をもっている。そんな容姿の異形――悪魔。
その名は、
バフォメット……。
あのような存在と縁の深い騎士など限られている。
加えて、あの装備の各所に配された末広がりの赤十字、あれは――
「テンプル十字――やはり≪テンプル騎士団≫か!」
吼声を上げるや、Tさんは草薙を受け止めて傷んだ盾へと蹴りをぶち込んだ。
●
盾は蹴り足を中心に砕かれたが、ユーグは既に盾から手を離していた。
バフォメットの影の中から十字を模った剣を引き抜いて、カウンター気味にTさんへと突き出す。
――軸足一本で体を跳ね上げられたら幸せだ!
Tさんは片足で跳ね飛んで剣の切っ先を回避した。
斬撃の余波で砕かれた噴水から溢れていた水が既に凍りついている。その光景にTさんは彼等は強敵だという感想を抱き、眼下へと光弾を叩き込んだ。
≪冬将軍≫を狙って放たれたそれは、≪冬将軍≫が携えていたサーベルの一閃によって砕かれる。
同時にサーベルも破砕し、その隙を突いて千勢が宝剣の切っ先を突き刺そうと迫った。
その剣先を、割り込んだユーグの黒い加護を纏った剣が受け止めに入る。
重い金属音が響いた。
「――っ、なかなか上手くは行かんな、ユーグ……っ!」
「そう簡単に私達を倒せると思うな、千勢!」
両者は数秒つばぜり合いをし、弾かれるように距離を取る。
地面へと着地して千勢と合流したTさんは、千勢に労いの言葉をかけつつ内心でため息を吐いた。
≪冬将軍≫自身も戦闘能力は有る、か……。
簡単にはいかないものだ。そう思いながら横に跳んできた千勢を横目で窺う。彼女は苦笑して、
「なかなかの相手だろう?」
「あまり敵対したくは無い相手だな」
「あの≪テンプル騎士団≫、その核であるユーグは騎士団総長だ。≪冬将軍≫程無制限ではないが、一部隊の騎兵を喚ぶ」
「中世最強とまで謳われた騎兵をか……冗談であって欲しいものだ」
Tさんのぼやきもむなしく、ユーグを包む黒い加護が一瞬膨れ上がった。
彼は剣先を上にして剣を捧げ持ち、告げる。
「……私の麾下一隊200騎、戦うならともかく、我等を相手にして彼女らまで護りきる事はできまい」
言葉と共にユーグの背後に膨大な気配が顕現した。彼と同じような装備に身を固め、顔を覆う兜を被った騎士の群れが現れたのだ。
彼等は一糸乱れぬ動きで剣を掲げる。
あまりに揃った動きのせいで身動きの際に甲冑が擦れる音が一つの音に聞こえた事に目を眇め、次いで一人一人の騎士達の背にバフォメットの姿を認めてTさんは顔を顰めた。
「サバトでも始める気か?」
「バフォメットは力の具現にすぎない。これに意志は無いし、元より我々は都市伝説にあるような悪魔崇拝もしてはいない」
ユーグの言葉を示すかのように、騎兵達の背のバフォメットは彼等の身に黒い影となって溶けた。
騎士たちには意思があるようで、それぞれユーグの言葉に頷いたり無言を貫いていたりしている。
「おい、Tさん。なんだ? そこの騎士のおっちゃん。冬のじいちゃんみたいにいっぱい出してきたけど」
「彼等は≪テンプル騎士団≫。神の名のもとに侵略や略奪、破壊や殺戮を繰り返してはその非道を恥じる事無く、あまつさえ己の戦果を誇った狂信者の群れだ」
「言葉も無いな」
そう苦笑気味に答えるユーグからは噂で悪し様に語られる都市伝説、≪テンプル騎士団≫とは違うものを感じる。
その感想のままにTさんはユーグに訊ねた。
「強硬な手であのような幼い娘を連れて行こうとする理由はなんだ?」
ユーグは答えずに剣で背後の騎士たちに何事か指示を出した。
騎士たちは応え、その戦列の一番外側に居る者達が黒い加護を一つの動物の形に成さしめる。
「え……? 馬?」
舞の言葉通り、騎士達の横には黒い、影そのもののような色をした馬が現れていた。
騎士達はその影の中へと手を入れて槍を引き抜く。武器を持ちかえた彼等はそのまま流れるような動作で騎乗し、矛先をTさんと千勢へと定めた。
続いて内側の一列が、次の一列が、順番に、信じられない早さで影の馬へと騎乗していく。
今や公園の面積はほとんど≪テンプル騎士団≫と≪冬将軍≫の凍死体達で埋められてしまっている。それら物量の威圧を持って、≪冬将軍≫とユーグが迫って来た。
「モニカを渡してもらおうか。いかにチトセとその弟子であろうとも、そこの者達を護りながら戦うのは無謀だと思うが?」
「モニカを引き渡せば少なくともそこの思い切りのいい娘――舞と言ったか。彼女とフィラという女は無傷で返そう」
「藤宮由実よ」
≪冬将軍≫が頷く。
「フジミヤの身の安全も保障しよう」
「そんな後味の悪ぃ結果お断りだ!」
舞が歯を剥いて断固阻止の構えを見せる。
その様子に小気味よく笑って、千勢が小声でTさんへと言う。
「――落とす。目くらましを。将軍は間に合わないだろうが騎乗した騎士が危険だ。頼む」
「分かった」
久しぶりに会ったというのによくもここまで呼吸が合うものだと思いながら応え、Tさんは光弾を幾つも生みだす。威力よりも閃光弾として、目くらましになるよう≪ケサランパサラン≫に祈祷して敵陣へと放ち、
「破ぁああああっ!」
次々と飛んでいく光弾の光に紛れるように、Tさん自身も騎乗したユーグへと駆けた。
「数も撃てるのか」
「生憎とな!」
Tさんは槍を持ったユーグでは無く、黒い影で模られた馬を殴る。勢いの乗った一撃に、苦悶の呻きじみたいななきが上がって馬が消滅していく。ユーグは馬の不調によってバランスを崩すことなく、手にしていた槍を投擲してTさんへの牽制とすると、消えかかる馬の体の中から槌を取り出した。
その挙措からは光弾で目を潰された様子はうかがえない。
バフォメットの加護か……。
ユーグはバフォメットを力の具現だと言っていた。接近しながら≪ケサランパサラン≫の能力で視た限りでは、彼の発言に嘘は無い。面識があるらしい千勢からも注意が無い事を勘案するに、あれは別個の生き物ではなく、加護の表象なのだろう。
周りの騎士や兵に閃光の光が残る中、更に光弾を振りまきながらTさんはユーグに拳で打ちかかる。
「その武器を振るう理由は神への献身か?」
「お前達も知っているだろう? 神など所詮は人の被造物――我々と同じだ」
だから、と消えかかる馬から地面へと降りたユーグは槌を振りかぶる。
「少なくとも今の私が祈る程の価値は神には無い。私は私の意志で戦っている!」
振り下ろされた槌を避け、Tさんは問いかけた。
「神を捨てたか?」
「たかだか神を理由にする愚を捨てたのだ!」
「そうして信仰の狂気から逃れた末にやる事は幼子の誘拐とはな!」
「モニカは元々私達の許にいた! それを手元に戻そうというだけだ!」
……なに?
疑問を抱いた時、千勢の合図が聞こえてきた。
昂然と謳われるのは古い詩の一節、
「八雲立つってな!」
「――っ!」
薄く積もった雪の地面を思いっきり蹴立て、Tさんはユーグから離れる。
それを確認するかしないかの際どいタイミングで、白の塊が空から降って来た。
バフォメットの影の中から十字を模った剣を引き抜いて、カウンター気味にTさんへと突き出す。
――軸足一本で体を跳ね上げられたら幸せだ!
Tさんは片足で跳ね飛んで剣の切っ先を回避した。
斬撃の余波で砕かれた噴水から溢れていた水が既に凍りついている。その光景にTさんは彼等は強敵だという感想を抱き、眼下へと光弾を叩き込んだ。
≪冬将軍≫を狙って放たれたそれは、≪冬将軍≫が携えていたサーベルの一閃によって砕かれる。
同時にサーベルも破砕し、その隙を突いて千勢が宝剣の切っ先を突き刺そうと迫った。
その剣先を、割り込んだユーグの黒い加護を纏った剣が受け止めに入る。
重い金属音が響いた。
「――っ、なかなか上手くは行かんな、ユーグ……っ!」
「そう簡単に私達を倒せると思うな、千勢!」
両者は数秒つばぜり合いをし、弾かれるように距離を取る。
地面へと着地して千勢と合流したTさんは、千勢に労いの言葉をかけつつ内心でため息を吐いた。
≪冬将軍≫自身も戦闘能力は有る、か……。
簡単にはいかないものだ。そう思いながら横に跳んできた千勢を横目で窺う。彼女は苦笑して、
「なかなかの相手だろう?」
「あまり敵対したくは無い相手だな」
「あの≪テンプル騎士団≫、その核であるユーグは騎士団総長だ。≪冬将軍≫程無制限ではないが、一部隊の騎兵を喚ぶ」
「中世最強とまで謳われた騎兵をか……冗談であって欲しいものだ」
Tさんのぼやきもむなしく、ユーグを包む黒い加護が一瞬膨れ上がった。
彼は剣先を上にして剣を捧げ持ち、告げる。
「……私の麾下一隊200騎、戦うならともかく、我等を相手にして彼女らまで護りきる事はできまい」
言葉と共にユーグの背後に膨大な気配が顕現した。彼と同じような装備に身を固め、顔を覆う兜を被った騎士の群れが現れたのだ。
彼等は一糸乱れぬ動きで剣を掲げる。
あまりに揃った動きのせいで身動きの際に甲冑が擦れる音が一つの音に聞こえた事に目を眇め、次いで一人一人の騎士達の背にバフォメットの姿を認めてTさんは顔を顰めた。
「サバトでも始める気か?」
「バフォメットは力の具現にすぎない。これに意志は無いし、元より我々は都市伝説にあるような悪魔崇拝もしてはいない」
ユーグの言葉を示すかのように、騎兵達の背のバフォメットは彼等の身に黒い影となって溶けた。
騎士たちには意思があるようで、それぞれユーグの言葉に頷いたり無言を貫いていたりしている。
「おい、Tさん。なんだ? そこの騎士のおっちゃん。冬のじいちゃんみたいにいっぱい出してきたけど」
「彼等は≪テンプル騎士団≫。神の名のもとに侵略や略奪、破壊や殺戮を繰り返してはその非道を恥じる事無く、あまつさえ己の戦果を誇った狂信者の群れだ」
「言葉も無いな」
そう苦笑気味に答えるユーグからは噂で悪し様に語られる都市伝説、≪テンプル騎士団≫とは違うものを感じる。
その感想のままにTさんはユーグに訊ねた。
「強硬な手であのような幼い娘を連れて行こうとする理由はなんだ?」
ユーグは答えずに剣で背後の騎士たちに何事か指示を出した。
騎士たちは応え、その戦列の一番外側に居る者達が黒い加護を一つの動物の形に成さしめる。
「え……? 馬?」
舞の言葉通り、騎士達の横には黒い、影そのもののような色をした馬が現れていた。
騎士達はその影の中へと手を入れて槍を引き抜く。武器を持ちかえた彼等はそのまま流れるような動作で騎乗し、矛先をTさんと千勢へと定めた。
続いて内側の一列が、次の一列が、順番に、信じられない早さで影の馬へと騎乗していく。
今や公園の面積はほとんど≪テンプル騎士団≫と≪冬将軍≫の凍死体達で埋められてしまっている。それら物量の威圧を持って、≪冬将軍≫とユーグが迫って来た。
「モニカを渡してもらおうか。いかにチトセとその弟子であろうとも、そこの者達を護りながら戦うのは無謀だと思うが?」
「モニカを引き渡せば少なくともそこの思い切りのいい娘――舞と言ったか。彼女とフィラという女は無傷で返そう」
「藤宮由実よ」
≪冬将軍≫が頷く。
「フジミヤの身の安全も保障しよう」
「そんな後味の悪ぃ結果お断りだ!」
舞が歯を剥いて断固阻止の構えを見せる。
その様子に小気味よく笑って、千勢が小声でTさんへと言う。
「――落とす。目くらましを。将軍は間に合わないだろうが騎乗した騎士が危険だ。頼む」
「分かった」
久しぶりに会ったというのによくもここまで呼吸が合うものだと思いながら応え、Tさんは光弾を幾つも生みだす。威力よりも閃光弾として、目くらましになるよう≪ケサランパサラン≫に祈祷して敵陣へと放ち、
「破ぁああああっ!」
次々と飛んでいく光弾の光に紛れるように、Tさん自身も騎乗したユーグへと駆けた。
「数も撃てるのか」
「生憎とな!」
Tさんは槍を持ったユーグでは無く、黒い影で模られた馬を殴る。勢いの乗った一撃に、苦悶の呻きじみたいななきが上がって馬が消滅していく。ユーグは馬の不調によってバランスを崩すことなく、手にしていた槍を投擲してTさんへの牽制とすると、消えかかる馬の体の中から槌を取り出した。
その挙措からは光弾で目を潰された様子はうかがえない。
バフォメットの加護か……。
ユーグはバフォメットを力の具現だと言っていた。接近しながら≪ケサランパサラン≫の能力で視た限りでは、彼の発言に嘘は無い。面識があるらしい千勢からも注意が無い事を勘案するに、あれは別個の生き物ではなく、加護の表象なのだろう。
周りの騎士や兵に閃光の光が残る中、更に光弾を振りまきながらTさんはユーグに拳で打ちかかる。
「その武器を振るう理由は神への献身か?」
「お前達も知っているだろう? 神など所詮は人の被造物――我々と同じだ」
だから、と消えかかる馬から地面へと降りたユーグは槌を振りかぶる。
「少なくとも今の私が祈る程の価値は神には無い。私は私の意志で戦っている!」
振り下ろされた槌を避け、Tさんは問いかけた。
「神を捨てたか?」
「たかだか神を理由にする愚を捨てたのだ!」
「そうして信仰の狂気から逃れた末にやる事は幼子の誘拐とはな!」
「モニカは元々私達の許にいた! それを手元に戻そうというだけだ!」
……なに?
疑問を抱いた時、千勢の合図が聞こえてきた。
昂然と謳われるのは古い詩の一節、
「八雲立つってな!」
「――っ!」
薄く積もった雪の地面を思いっきり蹴立て、Tさんはユーグから離れる。
それを確認するかしないかの際どいタイミングで、白の塊が空から降って来た。
●
空から降って来たそれは、八岐に分かれた巨大な雲の柱だった。
よくよく見ればその柱の一つ一つの先端からは、竜にも似た造形の顔らしきものが見てとれる。
≪壇ノ浦に没した宝剣≫。それをその身に収めていたという巨大な蛇の頭上には、常に雲気が有ったという。大蛇の体内から取り出された宝剣自身にもその性質は受け継がれ、宝剣が持ち主と認めた者の意に従って雲気を御し、かつての大蛇を再現する。
その雲竜、≪壇ノ浦に没した宝剣≫へと刻まれた銘に曰く――
「叢雲ォ!」
顎を大きく開いて落下してきた雲竜は、凍死体達も騎士達も等しく巻き込んで噛み砕き、身体ごと彼等を下敷きにした。
地面に落ちると共に雲は味方を巻き込まぬよう質量を失くして、膨大な水蒸気の塊になる。
その水蒸気を冬の結界の冷気が冷やし、辺り一面に生じた氷晶が雲の落下によって刺し込んできた陽の光を反射させる。
Tさんは絶句して何も言えない舞達を背にしながら千勢に訊いた。
「どれほど削れたと思う?」
「すぐに雲に戻してしまったからな……≪冬将軍≫の喚んでいた兵はほとんど潰せた筈だ。しかし≪テンプル騎士団≫は一割も削れていないとみていい」
千勢の答えに頷いて、Tさんは手に光を宿す。
「この雲の残滓を吹き飛ばす事が出来れば、幸せだ」
そう言って放たれた光弾は中空で破裂して一陣の風を巻き起こす。
雲の残滓が取り払われた先には数が随分と減った凍死体の兵士達と、騎馬こそ消え失せてはいるがほとんど無傷の騎士団がいた。
数秒無言で睨み合い、やがて≪冬将軍≫が嘆息混じりに言う。
「チトセの今の雲でそこの獣が張っていた人避けも我々が使用した隠蔽術も吹き飛ばされた。敏い者はすぐに駆けつけてくるだろう」
「ではどうする? それでも戦いを続けるか?」
千勢の問いに、ユーグが首を振る。
「いや、やめておこう。事を荒立てることはあまりしたくない」
騎士団の姿がユーグの影に溶けるようにして消えていく。
Tさんがその様子を油断なく見守っていると、ユーグが言葉を投げて寄越してきた。
「この場は退こう」
「構わないのか?」
たしか≪テンプル騎士団≫の戒律では敵前逃亡には厳しい条件を満たす必要があったはずだ。そう思ってのTさんの問いかけには苦笑が返って来た。
「適切な状況で撤退を指示できない指揮官程無能な者はいない」
「なるほど、在り方も≪テンプル騎士団≫から乖離しているようだ」
「称賛と受け取っておこう」
≪冬将軍≫とユーグが背を向ける。
その背に声がかけられた。幼い少女の声だ。
「ユーグおじさん……? ユーグおじさんだよね?!」
モニカだ。この戦闘の間に目覚めたのだろう。彼女は加護とケウの毛の中からユーグに向かって必死に声を投げかけている。
知り合い、なのか……?
先程ユーグも自分達の許にモニカが居たと言っていた。千勢が彼等が現れる直前までしていた話では、彼等は数年前には既にモニカを追い始めていたという。
……話がいまいち見えんな。
モニカが飛ばす声は届いている筈なのに、ユーグも≪冬将軍≫も振り返らない。
「次は最初から、敵と判断して行動する」
その言葉を最後に、≪冬将軍≫の気配もユーグの気配も遠ざかって行った。千勢とTさんはそれでも数分の間、彼等が去って行った方向を見据え、やがてそろそろと息を吐き出した。
冬の結界が冬の主の不在によって解かれ、舞と、ついさっき目を覚ましたらしいモニカと由実がTさんと千勢の所に走りよって来る。
口々に舞達が何か質問をしようとしているらしい気配を感じ取り、その機先を制する形で千勢が先に口を開いた。
「色々と訊きたい事があるだろうが今ここで、というわけにもいかなくなった。ここに張っていた結界ももう用を為さない。早くここから離脱しよう」
そう言って千勢は舞達にケウに乗るように言う。
「どこに行く気だ?」
Tさんが問いかけると、千勢は≪壇ノ浦に没した宝剣≫にケウから切り取った毛を面倒くさそうに巻いて完全に覆ってしまい、それを長い艶やかな黒髪の邪魔にならないよう、器用に背負いながら答える。
「そうだな……、この街に彼等の手が伸びているのならば、一度距離を離してしまう必要があるだろうな」
千勢は現在の状況に戸惑っているらしいモニカの様子を見て口許を緩め、
「こちらも訊きたい事がある。腰を落ち着ける場所が必要だろう」
Tさんの背を叩いて一先ず落ち着いた。と言うように破顔した。
「案内しよう。T№0の許へ」
数分後、公園には斬撃と射撃と打撃で砕けた石畳の跡と、ようやく溶け始めた雪を纏う氷の風景だけがあった。
よくよく見ればその柱の一つ一つの先端からは、竜にも似た造形の顔らしきものが見てとれる。
≪壇ノ浦に没した宝剣≫。それをその身に収めていたという巨大な蛇の頭上には、常に雲気が有ったという。大蛇の体内から取り出された宝剣自身にもその性質は受け継がれ、宝剣が持ち主と認めた者の意に従って雲気を御し、かつての大蛇を再現する。
その雲竜、≪壇ノ浦に没した宝剣≫へと刻まれた銘に曰く――
「叢雲ォ!」
顎を大きく開いて落下してきた雲竜は、凍死体達も騎士達も等しく巻き込んで噛み砕き、身体ごと彼等を下敷きにした。
地面に落ちると共に雲は味方を巻き込まぬよう質量を失くして、膨大な水蒸気の塊になる。
その水蒸気を冬の結界の冷気が冷やし、辺り一面に生じた氷晶が雲の落下によって刺し込んできた陽の光を反射させる。
Tさんは絶句して何も言えない舞達を背にしながら千勢に訊いた。
「どれほど削れたと思う?」
「すぐに雲に戻してしまったからな……≪冬将軍≫の喚んでいた兵はほとんど潰せた筈だ。しかし≪テンプル騎士団≫は一割も削れていないとみていい」
千勢の答えに頷いて、Tさんは手に光を宿す。
「この雲の残滓を吹き飛ばす事が出来れば、幸せだ」
そう言って放たれた光弾は中空で破裂して一陣の風を巻き起こす。
雲の残滓が取り払われた先には数が随分と減った凍死体の兵士達と、騎馬こそ消え失せてはいるがほとんど無傷の騎士団がいた。
数秒無言で睨み合い、やがて≪冬将軍≫が嘆息混じりに言う。
「チトセの今の雲でそこの獣が張っていた人避けも我々が使用した隠蔽術も吹き飛ばされた。敏い者はすぐに駆けつけてくるだろう」
「ではどうする? それでも戦いを続けるか?」
千勢の問いに、ユーグが首を振る。
「いや、やめておこう。事を荒立てることはあまりしたくない」
騎士団の姿がユーグの影に溶けるようにして消えていく。
Tさんがその様子を油断なく見守っていると、ユーグが言葉を投げて寄越してきた。
「この場は退こう」
「構わないのか?」
たしか≪テンプル騎士団≫の戒律では敵前逃亡には厳しい条件を満たす必要があったはずだ。そう思ってのTさんの問いかけには苦笑が返って来た。
「適切な状況で撤退を指示できない指揮官程無能な者はいない」
「なるほど、在り方も≪テンプル騎士団≫から乖離しているようだ」
「称賛と受け取っておこう」
≪冬将軍≫とユーグが背を向ける。
その背に声がかけられた。幼い少女の声だ。
「ユーグおじさん……? ユーグおじさんだよね?!」
モニカだ。この戦闘の間に目覚めたのだろう。彼女は加護とケウの毛の中からユーグに向かって必死に声を投げかけている。
知り合い、なのか……?
先程ユーグも自分達の許にモニカが居たと言っていた。千勢が彼等が現れる直前までしていた話では、彼等は数年前には既にモニカを追い始めていたという。
……話がいまいち見えんな。
モニカが飛ばす声は届いている筈なのに、ユーグも≪冬将軍≫も振り返らない。
「次は最初から、敵と判断して行動する」
その言葉を最後に、≪冬将軍≫の気配もユーグの気配も遠ざかって行った。千勢とTさんはそれでも数分の間、彼等が去って行った方向を見据え、やがてそろそろと息を吐き出した。
冬の結界が冬の主の不在によって解かれ、舞と、ついさっき目を覚ましたらしいモニカと由実がTさんと千勢の所に走りよって来る。
口々に舞達が何か質問をしようとしているらしい気配を感じ取り、その機先を制する形で千勢が先に口を開いた。
「色々と訊きたい事があるだろうが今ここで、というわけにもいかなくなった。ここに張っていた結界ももう用を為さない。早くここから離脱しよう」
そう言って千勢は舞達にケウに乗るように言う。
「どこに行く気だ?」
Tさんが問いかけると、千勢は≪壇ノ浦に没した宝剣≫にケウから切り取った毛を面倒くさそうに巻いて完全に覆ってしまい、それを長い艶やかな黒髪の邪魔にならないよう、器用に背負いながら答える。
「そうだな……、この街に彼等の手が伸びているのならば、一度距離を離してしまう必要があるだろうな」
千勢は現在の状況に戸惑っているらしいモニカの様子を見て口許を緩め、
「こちらも訊きたい事がある。腰を落ち着ける場所が必要だろう」
Tさんの背を叩いて一先ず落ち着いた。と言うように破顔した。
「案内しよう。T№0の許へ」
数分後、公園には斬撃と射撃と打撃で砕けた石畳の跡と、ようやく溶け始めた雪を纏う氷の風景だけがあった。