●
「――うわっ、やっぱここ相当良いマンションだな。徹心のおっちゃん羽振りいいのか?」
浴室に入ってモニカを風呂椅子に座らせながら、俺は驚きついでに呆れた声を出していた。
風呂は俺とモニカが一緒に入ってもまだ余裕がある程の大きさがある。とても独り暮らしの千勢姉ちゃんが入るような風呂じゃねえ。
しかも、こんないい部屋を何年間も放置してたってんだからとでもねえ話だ。家賃いくらくらいなんだろ?
そんな事を考えながら湯船から手桶で湯を掬う。
「目ぇつぶれー」
返事を待ってから湯をかけて、リカちゃんがとってきた、掃除の時に容器の中身を入れ替えたばかりのシャンプーでモニカの髪を洗う。
最初は緊張していたモニカの体から力が抜けていくのを見て俺は安心した。警戒対象とはみなされてねえってことだもんな。
それに、モニカの身体が、少なくとも見た目には綺麗なのも確認できて良かった……。
研究対象なんて話が出てたから、もしかしたら身体になにか痕でもあるんじゃないかと内心身構えてたのが馬鹿みたいだな。
でも幽霊が憑けられていたし、身体の中はどういじられているのか分かったもんじゃねえ。
不安を煽るような話ばっか聞かされたから心配になるんだよなぁ……。
らしくないなぁと苦笑して、分からない事はとりあえず気にしない事にした。今はモニカと親睦を深める事に集中しよう。
「なげえ髪は手入れとか大変だろ?」
毛先まで丹念に洗って酒の臭いを取ろうと頑張りながら訊く。
「うん、でもフィラちゃんみたいに髪を長くしたかったから」
「フィラちゃん好きなんだ?」
「うん!」
嬉しそうに頷いてモニカは続けた。
「≪首塚≫ではね、わたしみたいな行き場の無い子がいっぱいいるの。だからわがままなんて言っちゃいけないんだ。でもね、フィラちゃんの前でだけは少しだけ言っちゃうの」
親しい人間の事を話すような、どこか悪戯っぽい口調だ。本当にフィラちゃん好かれてんだなぁ……。
「へえ、そりゃまたなんでなんだ?」
「フィラちゃんはね、わたしのお姉ちゃんになってくれるって言ってくれたから」
「お姉ちゃんなの?」
シャンプーボトルを元の場所に戻したリカちゃんの反復にモニカは頷く。
今のお姉ちゃんって言葉に込められた意味は大きなものなんだろうと俺はなんとなく感じる。
今日の話を聞いてる限りだと、モニカは両親を目の前で殺された上にそれをやったのが親しかったあの騎士におっちゃんと来ている。そんな状況を経験してる上でそれでも家族っていう集団を連想させる言葉を使ってるんだから、モニカにとってフィラちゃんはそれだけの存在なんだろう。
「モニカお姉ちゃん。あのね、リカちゃんのお姉ちゃんもね、いい人なの!」
「舞お姉ちゃんの事?」
「うん! モニカお姉ちゃんのお姉ちゃんにもなってもらえばいいの!」
モニカとリカちゃんはお姉ちゃん談義に花を咲かせている。お互い拾われた身ということで分かり合うものがあるらしい。
「そいつはいいな。モニカが気に入るなら俺もお姉ちゃんに立候補するぜ」
モニカは背中越しの声に首を傾げ、やがて頷いた。
「うん! 舞お姉ちゃん!」
ああなんだろうこれかわいいなぁおい!
そう思いながら手桶を手探りでとろうとして、
「あれ?」
手桶がさっき置いた筈の場所から消えていた。
「では私は舞とモニカ、両方の姉になろうか。――目を閉じろ」
「へ?」
頭上から湯が降って来た。
浴室に入ってモニカを風呂椅子に座らせながら、俺は驚きついでに呆れた声を出していた。
風呂は俺とモニカが一緒に入ってもまだ余裕がある程の大きさがある。とても独り暮らしの千勢姉ちゃんが入るような風呂じゃねえ。
しかも、こんないい部屋を何年間も放置してたってんだからとでもねえ話だ。家賃いくらくらいなんだろ?
そんな事を考えながら湯船から手桶で湯を掬う。
「目ぇつぶれー」
返事を待ってから湯をかけて、リカちゃんがとってきた、掃除の時に容器の中身を入れ替えたばかりのシャンプーでモニカの髪を洗う。
最初は緊張していたモニカの体から力が抜けていくのを見て俺は安心した。警戒対象とはみなされてねえってことだもんな。
それに、モニカの身体が、少なくとも見た目には綺麗なのも確認できて良かった……。
研究対象なんて話が出てたから、もしかしたら身体になにか痕でもあるんじゃないかと内心身構えてたのが馬鹿みたいだな。
でも幽霊が憑けられていたし、身体の中はどういじられているのか分かったもんじゃねえ。
不安を煽るような話ばっか聞かされたから心配になるんだよなぁ……。
らしくないなぁと苦笑して、分からない事はとりあえず気にしない事にした。今はモニカと親睦を深める事に集中しよう。
「なげえ髪は手入れとか大変だろ?」
毛先まで丹念に洗って酒の臭いを取ろうと頑張りながら訊く。
「うん、でもフィラちゃんみたいに髪を長くしたかったから」
「フィラちゃん好きなんだ?」
「うん!」
嬉しそうに頷いてモニカは続けた。
「≪首塚≫ではね、わたしみたいな行き場の無い子がいっぱいいるの。だからわがままなんて言っちゃいけないんだ。でもね、フィラちゃんの前でだけは少しだけ言っちゃうの」
親しい人間の事を話すような、どこか悪戯っぽい口調だ。本当にフィラちゃん好かれてんだなぁ……。
「へえ、そりゃまたなんでなんだ?」
「フィラちゃんはね、わたしのお姉ちゃんになってくれるって言ってくれたから」
「お姉ちゃんなの?」
シャンプーボトルを元の場所に戻したリカちゃんの反復にモニカは頷く。
今のお姉ちゃんって言葉に込められた意味は大きなものなんだろうと俺はなんとなく感じる。
今日の話を聞いてる限りだと、モニカは両親を目の前で殺された上にそれをやったのが親しかったあの騎士におっちゃんと来ている。そんな状況を経験してる上でそれでも家族っていう集団を連想させる言葉を使ってるんだから、モニカにとってフィラちゃんはそれだけの存在なんだろう。
「モニカお姉ちゃん。あのね、リカちゃんのお姉ちゃんもね、いい人なの!」
「舞お姉ちゃんの事?」
「うん! モニカお姉ちゃんのお姉ちゃんにもなってもらえばいいの!」
モニカとリカちゃんはお姉ちゃん談義に花を咲かせている。お互い拾われた身ということで分かり合うものがあるらしい。
「そいつはいいな。モニカが気に入るなら俺もお姉ちゃんに立候補するぜ」
モニカは背中越しの声に首を傾げ、やがて頷いた。
「うん! 舞お姉ちゃん!」
ああなんだろうこれかわいいなぁおい!
そう思いながら手桶を手探りでとろうとして、
「あれ?」
手桶がさっき置いた筈の場所から消えていた。
「では私は舞とモニカ、両方の姉になろうか。――目を閉じろ」
「へ?」
頭上から湯が降って来た。
●
心構えが足りなかったせいで、降って来た湯に盛大にむせながら、いつの間にか浴室に入って来ていた人に向かって俺は声を上げた。
「千勢姉ちゃん!?」
「ああ、モニカと仲良くなったみたいでよかったよ」
豊満な身体を惜しげも無く晒しながら浴室に入って来た千勢姉ちゃんは、手桶にもう一杯湯を掬った。
「千勢お姉ちゃん?」
湯で流しきれなかったシャンプーで目が見えないモニカの問いに、千勢姉ちゃんは頷いて湯をかける。
シャンプーが洗い流されてモニカはぷはー、と息を吐き、目元を擦った。
微笑んで千勢姉ちゃんはシャンプーの容器を手にする。
「さて、次は舞だな」
「じゃあわたしが千勢お姉ちゃんのお背中流すね!」
「私も手伝うの!」
一気に風呂の中が賑やかになった。
順番をモニカと入れ替わって先頭を俺、その後ろに千勢姉ちゃんでモニカがその後ろ、リカちゃんがボディーソープをつけたスポンジを装備してモニカの後ろに並ぶ。
「俺は一人でやるからいいって」
「ふふふ、そう遠慮するな。私としても若い娘の肌をたまには触っておかねばな」
「言い方が危ない人みてえだぞ?」
「気にするな」
そう言って千勢姉ちゃんの手が頭でリズムよく動き始める。
最初は拒否ったけど、他人に髪を洗ってもらうというのはこれでなかなか気持ちいいもんだ。思わず体の力が抜けていく。
後ろの方でもモニカとリカちゃんが楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえてきて、平和だなーと思ってると、千勢姉ちゃんが髪を洗う手を止めずに話しかけてきた。
「舞、モニカの気分を持ち直させてくれたようだな、感謝する」
「いや、俺なんか何にもしてねえぞ? モニカがポジティブシンキングだったんだって」
「そうかそうか」
その声には笑みの気配が感じられる。楽しそうに人の髪洗うなぁ千勢姉ちゃん。
「舞も今日一日にいろいろとあって疲れたろう」
「まあな」
「馬鹿弟子に聞いた。あまり血生臭い事には慣れてないそうだな?」
「そうだなー、慣れねえな」
これから先もそんな事に慣れようとは思わねえ。
「≪冬将軍≫が喚んだ兵」
「――っ」
勝手に背筋が粟立った。緊張が伝わったのか千勢姉ちゃんがすまない、と小声で言う。
「凍死体、グロテスクだったろう。嫌なものを見せたな」
「……まあ、確かに肉が残ってたり、なんか模様が浮き出てたりで、ちょっと見た目あれだったけど、大丈夫だよ。俺は何を見ても潰れたりはしねえって」
まあちょっと覚悟がいるから、いきなり風呂場でくつろぎタイム満喫してる時に言われるとビビるけど。
「そうか……。――湯をかける」
「おう」
堅く目を閉じる。湯がかけられてシャンプーが洗い流されていった。
顔の滴を拭って目を開けようとしていると、
「さて、次は」
千勢姉ちゃんが仕切り直すようにやけに楽し気にそう口にしたので、俺は危機感からすぐさま口を開いた。
「や、体は自分で――」
「問答無用」
いきなり胸を鷲掴みにされて口から悲鳴が漏れた。
「千勢姉ちゃん!?」
「ああ、モニカと仲良くなったみたいでよかったよ」
豊満な身体を惜しげも無く晒しながら浴室に入って来た千勢姉ちゃんは、手桶にもう一杯湯を掬った。
「千勢お姉ちゃん?」
湯で流しきれなかったシャンプーで目が見えないモニカの問いに、千勢姉ちゃんは頷いて湯をかける。
シャンプーが洗い流されてモニカはぷはー、と息を吐き、目元を擦った。
微笑んで千勢姉ちゃんはシャンプーの容器を手にする。
「さて、次は舞だな」
「じゃあわたしが千勢お姉ちゃんのお背中流すね!」
「私も手伝うの!」
一気に風呂の中が賑やかになった。
順番をモニカと入れ替わって先頭を俺、その後ろに千勢姉ちゃんでモニカがその後ろ、リカちゃんがボディーソープをつけたスポンジを装備してモニカの後ろに並ぶ。
「俺は一人でやるからいいって」
「ふふふ、そう遠慮するな。私としても若い娘の肌をたまには触っておかねばな」
「言い方が危ない人みてえだぞ?」
「気にするな」
そう言って千勢姉ちゃんの手が頭でリズムよく動き始める。
最初は拒否ったけど、他人に髪を洗ってもらうというのはこれでなかなか気持ちいいもんだ。思わず体の力が抜けていく。
後ろの方でもモニカとリカちゃんが楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえてきて、平和だなーと思ってると、千勢姉ちゃんが髪を洗う手を止めずに話しかけてきた。
「舞、モニカの気分を持ち直させてくれたようだな、感謝する」
「いや、俺なんか何にもしてねえぞ? モニカがポジティブシンキングだったんだって」
「そうかそうか」
その声には笑みの気配が感じられる。楽しそうに人の髪洗うなぁ千勢姉ちゃん。
「舞も今日一日にいろいろとあって疲れたろう」
「まあな」
「馬鹿弟子に聞いた。あまり血生臭い事には慣れてないそうだな?」
「そうだなー、慣れねえな」
これから先もそんな事に慣れようとは思わねえ。
「≪冬将軍≫が喚んだ兵」
「――っ」
勝手に背筋が粟立った。緊張が伝わったのか千勢姉ちゃんがすまない、と小声で言う。
「凍死体、グロテスクだったろう。嫌なものを見せたな」
「……まあ、確かに肉が残ってたり、なんか模様が浮き出てたりで、ちょっと見た目あれだったけど、大丈夫だよ。俺は何を見ても潰れたりはしねえって」
まあちょっと覚悟がいるから、いきなり風呂場でくつろぎタイム満喫してる時に言われるとビビるけど。
「そうか……。――湯をかける」
「おう」
堅く目を閉じる。湯がかけられてシャンプーが洗い流されていった。
顔の滴を拭って目を開けようとしていると、
「さて、次は」
千勢姉ちゃんが仕切り直すようにやけに楽し気にそう口にしたので、俺は危機感からすぐさま口を開いた。
「や、体は自分で――」
「問答無用」
いきなり胸を鷲掴みにされて口から悲鳴が漏れた。
●
「…………あー、なんというか……うん、別に馬鹿弟子は胸が大きい方が好きというタイプの人間ではないし、そんなに気にする事はないと……思うぞ?」
「嫌な気の遣われ方だな……ってかTさんの好みってなにさ?」
一通り揉まれた後湯船に放り込まれた俺は、千勢姉ちゃんとそんな会話をしていた。
千勢姉ちゃんは首を捻り、
「さて、私にもよく分からん。個人的には舞の悲鳴は耳に心地よかったが」
「びっくりしたの」
「でも可愛かった!」
そんな事を言いながら、リカちゃんにとって来てもらったタオルで髪をまとめた俺達は湯船に浸かっている。……しかし千勢姉ちゃん、手を何度も握ったり開いたりしては首を傾げているのはセクハラじゃねえか? 目の前に大きなのを見せつけられてるのも考えるとパワハラかもしれん。くそう、胸囲的な胸だ。とか親父ギャグに走るぞ?
「舞お姉ちゃん? おおきくしたいの?」
モニカの頭のタオルの上で水分を吸って潰れ気味のリカちゃんが、モニカ共々首を傾げて問いかけてきた。
「いや、別にあんまり気にしやしねえけど」
こう、話題に出されると若干気にせざるを得ないからなあ……。持たざる者としては。
「舞お姉ちゃんも千勢お姉ちゃんみたいにおっきくなるよ!」
「モニカはいい子だなぁ」
心安らかにそう思っていると、千勢姉ちゃんもうんうん、と首を上下に振った。
「希望は無くしちゃいかんな、うん」
……なんだろう、いじる対象として千勢姉ちゃんにロックオンされちまった気がする。
まあ、と前置きして千勢姉ちゃんは流し目気味に俺を見て続けた。
「いざとなれば馬鹿弟子が大きくするだろう」
「お兄ちゃんが?」
「Tさんってそんな事もできるの?」
リカちゃんとモニカの言葉に神妙に千勢姉ちゃんは頷く。
「それはもう、――揉めば大きくなるという話も聞くからな」
「千勢姉ちゃん、相手は子供だ」
あんまりアダルティな話をしちゃいけないと思う。
しかし千勢姉ちゃんはわざとらしく怪訝な表情になって更に会話の年齢制限を上げてきた。
「もしかして……まだなのか?」
「何がだよ!? ってかそれガチにセクハラじゃね?!」
千勢姉ちゃんはさらりと無視した。
「契約してからそのまま一緒に暮らしていたのではないのか?」
「そうだけど?」
元々Tさんは実体にならなくても大丈夫だったし、そもそも俺は特にそこら辺意識してなかったからなぁ。
告白してからもTさん相手だと妙な信頼感があって特に何もないな。時が来たらなるようになるんだろうさ。
千勢姉ちゃんはほうほう、と感心したように呟き、
「身持ちが堅いのだな」
「それぞれのペースでいいじゃねえか。リカちゃんだっているんだしな」
「そうかそうか」
そう何度も頷きながら千勢姉ちゃんは小気味よく笑った。
疑問符を頭上に浮かべているリカちゃん達に適当に言葉をかけてごまかし、千勢姉ちゃんに呆れる。
でも、きっとこの騒ぎもモニカの様子を心配しての事なんだと思う…………たぶん。
だったら多少のセクハラにだって耐えてやろう。そんなふうに決意していると、モニカにガーゼで空気を溜めて風船を作る遊びを教えていた千勢姉ちゃんが俺を見てきた。
不意に名前を呼ばれる。
「……舞」
声のトーンがさっきとは違う。
思わず、俺も湯船の中で姿勢を正した。
「なに? 千勢姉ちゃん」
千勢姉ちゃんは難しい顔で眉間に皺をよせて数秒考えるようにした後、おもむろに口を開いた。
「舞は、あの馬鹿弟子になにやら騙されてないかとか、まあそんなふうに思ってな」
「嫌な気の遣われ方だな……ってかTさんの好みってなにさ?」
一通り揉まれた後湯船に放り込まれた俺は、千勢姉ちゃんとそんな会話をしていた。
千勢姉ちゃんは首を捻り、
「さて、私にもよく分からん。個人的には舞の悲鳴は耳に心地よかったが」
「びっくりしたの」
「でも可愛かった!」
そんな事を言いながら、リカちゃんにとって来てもらったタオルで髪をまとめた俺達は湯船に浸かっている。……しかし千勢姉ちゃん、手を何度も握ったり開いたりしては首を傾げているのはセクハラじゃねえか? 目の前に大きなのを見せつけられてるのも考えるとパワハラかもしれん。くそう、胸囲的な胸だ。とか親父ギャグに走るぞ?
「舞お姉ちゃん? おおきくしたいの?」
モニカの頭のタオルの上で水分を吸って潰れ気味のリカちゃんが、モニカ共々首を傾げて問いかけてきた。
「いや、別にあんまり気にしやしねえけど」
こう、話題に出されると若干気にせざるを得ないからなあ……。持たざる者としては。
「舞お姉ちゃんも千勢お姉ちゃんみたいにおっきくなるよ!」
「モニカはいい子だなぁ」
心安らかにそう思っていると、千勢姉ちゃんもうんうん、と首を上下に振った。
「希望は無くしちゃいかんな、うん」
……なんだろう、いじる対象として千勢姉ちゃんにロックオンされちまった気がする。
まあ、と前置きして千勢姉ちゃんは流し目気味に俺を見て続けた。
「いざとなれば馬鹿弟子が大きくするだろう」
「お兄ちゃんが?」
「Tさんってそんな事もできるの?」
リカちゃんとモニカの言葉に神妙に千勢姉ちゃんは頷く。
「それはもう、――揉めば大きくなるという話も聞くからな」
「千勢姉ちゃん、相手は子供だ」
あんまりアダルティな話をしちゃいけないと思う。
しかし千勢姉ちゃんはわざとらしく怪訝な表情になって更に会話の年齢制限を上げてきた。
「もしかして……まだなのか?」
「何がだよ!? ってかそれガチにセクハラじゃね?!」
千勢姉ちゃんはさらりと無視した。
「契約してからそのまま一緒に暮らしていたのではないのか?」
「そうだけど?」
元々Tさんは実体にならなくても大丈夫だったし、そもそも俺は特にそこら辺意識してなかったからなぁ。
告白してからもTさん相手だと妙な信頼感があって特に何もないな。時が来たらなるようになるんだろうさ。
千勢姉ちゃんはほうほう、と感心したように呟き、
「身持ちが堅いのだな」
「それぞれのペースでいいじゃねえか。リカちゃんだっているんだしな」
「そうかそうか」
そう何度も頷きながら千勢姉ちゃんは小気味よく笑った。
疑問符を頭上に浮かべているリカちゃん達に適当に言葉をかけてごまかし、千勢姉ちゃんに呆れる。
でも、きっとこの騒ぎもモニカの様子を心配しての事なんだと思う…………たぶん。
だったら多少のセクハラにだって耐えてやろう。そんなふうに決意していると、モニカにガーゼで空気を溜めて風船を作る遊びを教えていた千勢姉ちゃんが俺を見てきた。
不意に名前を呼ばれる。
「……舞」
声のトーンがさっきとは違う。
思わず、俺も湯船の中で姿勢を正した。
「なに? 千勢姉ちゃん」
千勢姉ちゃんは難しい顔で眉間に皺をよせて数秒考えるようにした後、おもむろに口を開いた。
「舞は、あの馬鹿弟子になにやら騙されてないかとか、まあそんなふうに思ってな」
●
「……どういう事だ?」
いまいち話が掴めない。千勢姉ちゃんは続ける。
「アレの契約都市伝説とその能力は知っているな?」
「おう、≪ケサランパサラン≫で、幸せの可能性を招くんだろ?」
そうだ、と応じて千勢姉ちゃんは低く呟いた。
「そしてその幸せは他者の幸せを踏みつけにだってする」
言って、姉ちゃんは俺の目を覗き込んでくる。リカちゃん達には聞こえないように小声で、
「そう……馬鹿弟子の幸せはそれを履行する行程で他者を蹂躙することもある。そして馬鹿弟子はそれを行う事を躊躇わない。まあそんな風に育ったのにもそれなりの下地があるわけだが、なんにせよ、アレも相当悪い――」
言い差して口を閉ざし、言葉を探すように目を泳がせて、だけどすぐに千勢姉ちゃんは言葉を継いだ。
「――そう、舞、君の中の倫理に照らし合わせて、相当悪い事をやってきた人間だ。殺人だってやってきたような、な。
君がアレと契約する前に居た場所とアレが居た場所は、住む世界が違うと言ってもいい」
だから、
「これからもあの馬鹿弟子は必要なら殺すだろう。舞、君はあの馬鹿弟子と契約した時に助けられた。そしてその事でアレを信用しているから、だからアレの綺麗な部分だけを見て、好意を寄せているのではないのかと思って少し心配になってな」
「つまり?」
「クーリングオフするなら今だぞ。ちょうど引き取り手もここに居る」
仄かに笑って自分を手のひらで示す姉ちゃん。
あー、なるほど……。
俺はつい声を上げて笑ってしまった。
「……一応、真剣な話なのだがな」
「うん、分かってる分かってる」
そう答え、不思議そうな顔をしているモニカとリカちゃんの頭をタオル越しに軽く叩く。
「なんつーかさ、やっぱりTさんは姉ちゃんの弟子だな」
「? ……どういう事だ?」
「似たような事言われたんだよ、告白した時に」
あの時、Tさんは自分の存在が俺の負担になるようなら自分はどっかに去るとか抜かしてたな。心配性め。
「俺は大丈夫、Tさんの人となりを知ってるし、Tさんの過去も――幸福が招く不幸も知ってるし、Tさんが人を、まあ……そうしたのも見てるから」
それでも、
「俺の気持ちは変わらねえ。罪だって一緒に背負ってさ、それでずっと一緒に在ろうって決めたんだ」
そう、俺はそう決めた。迷いなんてない。
だから姉ちゃんに言ってやる。
「Tさんは返品しねえぜ。――俺んだ」
「……む」
目を丸くした千勢姉ちゃんに笑いかけ、湯船で身体を伸ばす。
「それに、信用つってもしっかり信じた分の責任は負うつもりだぜー」
Tさんに全てを依存してTさんの荷物にだけはなりたくないからな。
千勢姉ちゃんは力を抜いた笑みを浮かべた。からかうような調子で言う。
「舞、本当にあの馬鹿弟子を好きなんだな」
「――う、うるさい! 何か文句あっか!?」
「いや……」
千勢姉ちゃんは小さく首を振って俺を抱き寄せた。
「ありがとう」
その声はとても情味溢れるもので、小さい頃のTさんはこの人に救われたんだろうなと、あったかくてでっかい胸の間に挟まれながら感じた。
いまいち話が掴めない。千勢姉ちゃんは続ける。
「アレの契約都市伝説とその能力は知っているな?」
「おう、≪ケサランパサラン≫で、幸せの可能性を招くんだろ?」
そうだ、と応じて千勢姉ちゃんは低く呟いた。
「そしてその幸せは他者の幸せを踏みつけにだってする」
言って、姉ちゃんは俺の目を覗き込んでくる。リカちゃん達には聞こえないように小声で、
「そう……馬鹿弟子の幸せはそれを履行する行程で他者を蹂躙することもある。そして馬鹿弟子はそれを行う事を躊躇わない。まあそんな風に育ったのにもそれなりの下地があるわけだが、なんにせよ、アレも相当悪い――」
言い差して口を閉ざし、言葉を探すように目を泳がせて、だけどすぐに千勢姉ちゃんは言葉を継いだ。
「――そう、舞、君の中の倫理に照らし合わせて、相当悪い事をやってきた人間だ。殺人だってやってきたような、な。
君がアレと契約する前に居た場所とアレが居た場所は、住む世界が違うと言ってもいい」
だから、
「これからもあの馬鹿弟子は必要なら殺すだろう。舞、君はあの馬鹿弟子と契約した時に助けられた。そしてその事でアレを信用しているから、だからアレの綺麗な部分だけを見て、好意を寄せているのではないのかと思って少し心配になってな」
「つまり?」
「クーリングオフするなら今だぞ。ちょうど引き取り手もここに居る」
仄かに笑って自分を手のひらで示す姉ちゃん。
あー、なるほど……。
俺はつい声を上げて笑ってしまった。
「……一応、真剣な話なのだがな」
「うん、分かってる分かってる」
そう答え、不思議そうな顔をしているモニカとリカちゃんの頭をタオル越しに軽く叩く。
「なんつーかさ、やっぱりTさんは姉ちゃんの弟子だな」
「? ……どういう事だ?」
「似たような事言われたんだよ、告白した時に」
あの時、Tさんは自分の存在が俺の負担になるようなら自分はどっかに去るとか抜かしてたな。心配性め。
「俺は大丈夫、Tさんの人となりを知ってるし、Tさんの過去も――幸福が招く不幸も知ってるし、Tさんが人を、まあ……そうしたのも見てるから」
それでも、
「俺の気持ちは変わらねえ。罪だって一緒に背負ってさ、それでずっと一緒に在ろうって決めたんだ」
そう、俺はそう決めた。迷いなんてない。
だから姉ちゃんに言ってやる。
「Tさんは返品しねえぜ。――俺んだ」
「……む」
目を丸くした千勢姉ちゃんに笑いかけ、湯船で身体を伸ばす。
「それに、信用つってもしっかり信じた分の責任は負うつもりだぜー」
Tさんに全てを依存してTさんの荷物にだけはなりたくないからな。
千勢姉ちゃんは力を抜いた笑みを浮かべた。からかうような調子で言う。
「舞、本当にあの馬鹿弟子を好きなんだな」
「――う、うるさい! 何か文句あっか!?」
「いや……」
千勢姉ちゃんは小さく首を振って俺を抱き寄せた。
「ありがとう」
その声はとても情味溢れるもので、小さい頃のTさんはこの人に救われたんだろうなと、あったかくてでっかい胸の間に挟まれながら感じた。