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「愛されてるわね」
「ありがたい事にな」
半目で見てくる由実にさらりと答え、Tさんは声が聞こえてきた方に目をやった。
脱衣所への扉は開かれたまま、そこから声が漏れ聞こえていた。
おそらく風呂に入っていった千勢がワザと開けたままにしておいたのだろう。
……悪戯半分、あの問答を聞かせる為というのが半分といったところか。
舞やモニカの精神状態を知るのに有益ではあるが、本人達が知ったらどう思うだろうか?
気にするのは舞だけか……。
そう思い、浮かんでくる苦笑を噛み殺してTさんは由実に言う。
「この機械は藤宮由実、お前が持っていた方がいいだろう。なんなら破壊してしまっても構わない」
携帯電話程の大きさの機械が机に上には置かれている。千勢が持っていた、モニカの中にある居場所やバイタルサインを通知する機械の信号を受信している受信機だ。
「いいの?」
「構わないさ。だからこそ師匠もこれを置いて行ったのだろう。この受信機は複製がきかないように拵えてあるらしい。これをお前が持って隠れておけば、≪神智学協会≫側に補足される可能性は格段に下がる」
それに、藤宮由実が千勢や徹心に対して抱く不審感を拭う目的もある……。
Tさんの内心の言葉を聞いたわけでもないだろうが、由実は数瞬受信機を受け取るかどうか悩むそぶりを見せ、
「……じゃあもらっておくわ」
そう断って手に取った受信機をためつすがめつした。
「一体誰がこんなものをモニカにとりつけたんでしょうね?」
「モニカが風呂に入っている今もその機械が動いている所を見るに、発信機はモニカの身体の中にあるのだろうな」
そしてその機械は何年もの間手入れ無しで動き続けている。
「そのような物を取り付ける事ができるのは、おそらく契約者……」
「≪神智学協会≫所属の?」
「ああ」
そう答え、Tさんは話を続ける。
「今まではそれでモニカを高部徹心が見守って――監視してきていたようだな」
「そうね」
言葉尻に微かな嫌悪感が透けている。妹のように思う娘の監視をされていたためだろう。
「彼にモニカの身を任せる事は出来ないか?」
「その方が安全なんでしょうね。あんな異界と契約しているくらいなんですもの。でも、まだ少し信用するには足りないわ」
「そうか」
ここでごり押ししても事態は良くはならないだろう。Tさんは話題を変えた。
「ではこれからお前達はどうする? このマンションで日を過ごすのも良いと思うが」
「≪首塚≫がこの街周辺に持っている別荘に行くわ」
「別荘……?」
「≪首塚≫は人里から離れた所に隠れ家にもなる別荘をいくつか所有しているのよ。携帯も壊れて≪首塚≫には連絡がつけられないし、しばらくはそこで隠れてるわ」
以前ルーモアを襲った魔術師が居た山荘のようなところか、とTさんは内心で想起する。
「誰か、≪首塚≫構成員の携帯の番号は憶えていないのか?」
「アドレス帳機能があると覚える気にならないのよね」
壊れた携帯が悔やまれるといった風情の由実。
「リカちゃんの能力で知り合いに連絡を試みてみるか?」
「どっちにしても≪フィラデルフィア計画≫が使えないんじゃ安全に戻るなんて不可能よ。奴等の探査網に引っかかってまた≪冬将軍≫みたいなのに狙われて、迎えに来た≪首塚≫の構成員だけじゃなく周りの一般人も巻き込む事になるのは避けたいわ。今までだって能力で旅行したことも結構あるし、数日連絡が付かない程度のことなら、下手に連絡して不安を煽るよりも黙ってた方が良いでしょう」
そう言って由実はため息を吐いた。
「隠れ家に隠れて、私の≪フィラデルフィア計画≫が修復するのを待つわ。修復さえ済めば≪首塚≫に一発で戻れるしね。流石に≪首塚≫の奥なら安全でしょう」
「≪フィラデルフィア計画≫の修復にはどれほど時間がかかる?」
「誰かさん達が派手に壊してくれたおかげで……一週間と言ったところかしら」
Tさんはごく自然な動作で頷く。
……師匠が悪い。
そう思った上で、
「そうか」
返事には再度のため息が返って来た。
「まあ仕方なかったのだけどね、あのまま千勢を無視して転移してしまっていたら、結局≪冬将軍≫と≪テンプル騎士団≫に捕まっていたんでしょうし」
と、そこまで言って由実は眉を微かに寄せて不安そうな顔をした。
「≪首塚≫の島が襲われたりはしないかしら?」
「≪道案内する死霊≫の件で≪首塚≫の所有する島の位置は≪神智学協会≫側に割れているかもしれんが、公園での戦闘で≪フィラデルフィア計画≫が現在使用不可能な事は向こうも分かっている。島にいきなり襲撃をかける事はしないだろう」
それにそもそも先の徹心の話では、≪神智学協会≫の頭目であるオルコットは徹心と因縁が深く、モニカもどちらかと言えば今回の事件にまつわる関係性では徹心や千勢の方が深い。
「先の戦闘で高部徹心率いるT№がモニカを守っている所を相手に見せつけた。T№の庇護下にモニカは入ったと、そうみなされているだろう。モニカの捜索も≪首塚≫の線ではなく仇敵であるT№、高部徹心や師匠を当たる線で動くはずだ」
「じゃあ雲隠れは有効なのね」
「おそらくは」
「少し気がひけるわね……利用するみたいで」
「それでも構わないさ」
そう答えたのは、いつの間にか風呂から出てきていた千勢だった。由実は跳び上がって千勢を見るが、千勢は由実のその様子に口許を微かに笑みに歪める。
「今日会ったばかりなのだし、信用しろと言う方が無理というものだろう。利用する気でいてくれればいい。
≪神智学協会≫が私や徹心を狙ってくる間にフィラちゃんは≪フィラデルフィア計画≫を修復して≪首塚≫の防御が堅い場所にでも逃げていてくれ」
「そう、ね」
聞かれていたのが気まずいのか、目線を逸らした由実に微笑みかけ、千勢は言葉を重ねる。
「なんならこんな危険な事案からは身を引いてもいいんだぞ?」
「嫌よ、モニカはこの数年間私が見てきたの。大事な妹分を置いていけるものですか」
即座に反駁した由実に表情を緩め、Tさんは話を結ぶ。
「ではまあそのように明日からは動くとして、――師匠」
「なんだ?」
「裸で何をしに来た」
千勢は全裸だった。気にした風も無く彼女はあーそうだ、とのたまう。
「私の部屋から着替えを全員分とってこなければと思ってな。あと脱衣所の扉も閉めなければ」
「着替え? 藤宮由実や舞がスーパーで買って来ていただろう? 何故師匠の服が必要なんだ?」
「それが明日の朝の着替えは買ったようなのだが、寝巻を買っていないらしい」
あ、と由実がどこか抜けた声を発した。千勢は苦笑して、
「なんだかんだで皆疲れていたのだろうな。下着は≪壇ノ浦に没した宝剣≫で風でも呼んで明日の朝には乾くようにしておこう」
盗むなよ。と言う千勢を鼻であしらい、Tさんは呆れ気味に苦情を述べた。
「いいからさっさとタオルぐらいは巻いて来い」
「ありがたい事にな」
半目で見てくる由実にさらりと答え、Tさんは声が聞こえてきた方に目をやった。
脱衣所への扉は開かれたまま、そこから声が漏れ聞こえていた。
おそらく風呂に入っていった千勢がワザと開けたままにしておいたのだろう。
……悪戯半分、あの問答を聞かせる為というのが半分といったところか。
舞やモニカの精神状態を知るのに有益ではあるが、本人達が知ったらどう思うだろうか?
気にするのは舞だけか……。
そう思い、浮かんでくる苦笑を噛み殺してTさんは由実に言う。
「この機械は藤宮由実、お前が持っていた方がいいだろう。なんなら破壊してしまっても構わない」
携帯電話程の大きさの機械が机に上には置かれている。千勢が持っていた、モニカの中にある居場所やバイタルサインを通知する機械の信号を受信している受信機だ。
「いいの?」
「構わないさ。だからこそ師匠もこれを置いて行ったのだろう。この受信機は複製がきかないように拵えてあるらしい。これをお前が持って隠れておけば、≪神智学協会≫側に補足される可能性は格段に下がる」
それに、藤宮由実が千勢や徹心に対して抱く不審感を拭う目的もある……。
Tさんの内心の言葉を聞いたわけでもないだろうが、由実は数瞬受信機を受け取るかどうか悩むそぶりを見せ、
「……じゃあもらっておくわ」
そう断って手に取った受信機をためつすがめつした。
「一体誰がこんなものをモニカにとりつけたんでしょうね?」
「モニカが風呂に入っている今もその機械が動いている所を見るに、発信機はモニカの身体の中にあるのだろうな」
そしてその機械は何年もの間手入れ無しで動き続けている。
「そのような物を取り付ける事ができるのは、おそらく契約者……」
「≪神智学協会≫所属の?」
「ああ」
そう答え、Tさんは話を続ける。
「今まではそれでモニカを高部徹心が見守って――監視してきていたようだな」
「そうね」
言葉尻に微かな嫌悪感が透けている。妹のように思う娘の監視をされていたためだろう。
「彼にモニカの身を任せる事は出来ないか?」
「その方が安全なんでしょうね。あんな異界と契約しているくらいなんですもの。でも、まだ少し信用するには足りないわ」
「そうか」
ここでごり押ししても事態は良くはならないだろう。Tさんは話題を変えた。
「ではこれからお前達はどうする? このマンションで日を過ごすのも良いと思うが」
「≪首塚≫がこの街周辺に持っている別荘に行くわ」
「別荘……?」
「≪首塚≫は人里から離れた所に隠れ家にもなる別荘をいくつか所有しているのよ。携帯も壊れて≪首塚≫には連絡がつけられないし、しばらくはそこで隠れてるわ」
以前ルーモアを襲った魔術師が居た山荘のようなところか、とTさんは内心で想起する。
「誰か、≪首塚≫構成員の携帯の番号は憶えていないのか?」
「アドレス帳機能があると覚える気にならないのよね」
壊れた携帯が悔やまれるといった風情の由実。
「リカちゃんの能力で知り合いに連絡を試みてみるか?」
「どっちにしても≪フィラデルフィア計画≫が使えないんじゃ安全に戻るなんて不可能よ。奴等の探査網に引っかかってまた≪冬将軍≫みたいなのに狙われて、迎えに来た≪首塚≫の構成員だけじゃなく周りの一般人も巻き込む事になるのは避けたいわ。今までだって能力で旅行したことも結構あるし、数日連絡が付かない程度のことなら、下手に連絡して不安を煽るよりも黙ってた方が良いでしょう」
そう言って由実はため息を吐いた。
「隠れ家に隠れて、私の≪フィラデルフィア計画≫が修復するのを待つわ。修復さえ済めば≪首塚≫に一発で戻れるしね。流石に≪首塚≫の奥なら安全でしょう」
「≪フィラデルフィア計画≫の修復にはどれほど時間がかかる?」
「誰かさん達が派手に壊してくれたおかげで……一週間と言ったところかしら」
Tさんはごく自然な動作で頷く。
……師匠が悪い。
そう思った上で、
「そうか」
返事には再度のため息が返って来た。
「まあ仕方なかったのだけどね、あのまま千勢を無視して転移してしまっていたら、結局≪冬将軍≫と≪テンプル騎士団≫に捕まっていたんでしょうし」
と、そこまで言って由実は眉を微かに寄せて不安そうな顔をした。
「≪首塚≫の島が襲われたりはしないかしら?」
「≪道案内する死霊≫の件で≪首塚≫の所有する島の位置は≪神智学協会≫側に割れているかもしれんが、公園での戦闘で≪フィラデルフィア計画≫が現在使用不可能な事は向こうも分かっている。島にいきなり襲撃をかける事はしないだろう」
それにそもそも先の徹心の話では、≪神智学協会≫の頭目であるオルコットは徹心と因縁が深く、モニカもどちらかと言えば今回の事件にまつわる関係性では徹心や千勢の方が深い。
「先の戦闘で高部徹心率いるT№がモニカを守っている所を相手に見せつけた。T№の庇護下にモニカは入ったと、そうみなされているだろう。モニカの捜索も≪首塚≫の線ではなく仇敵であるT№、高部徹心や師匠を当たる線で動くはずだ」
「じゃあ雲隠れは有効なのね」
「おそらくは」
「少し気がひけるわね……利用するみたいで」
「それでも構わないさ」
そう答えたのは、いつの間にか風呂から出てきていた千勢だった。由実は跳び上がって千勢を見るが、千勢は由実のその様子に口許を微かに笑みに歪める。
「今日会ったばかりなのだし、信用しろと言う方が無理というものだろう。利用する気でいてくれればいい。
≪神智学協会≫が私や徹心を狙ってくる間にフィラちゃんは≪フィラデルフィア計画≫を修復して≪首塚≫の防御が堅い場所にでも逃げていてくれ」
「そう、ね」
聞かれていたのが気まずいのか、目線を逸らした由実に微笑みかけ、千勢は言葉を重ねる。
「なんならこんな危険な事案からは身を引いてもいいんだぞ?」
「嫌よ、モニカはこの数年間私が見てきたの。大事な妹分を置いていけるものですか」
即座に反駁した由実に表情を緩め、Tさんは話を結ぶ。
「ではまあそのように明日からは動くとして、――師匠」
「なんだ?」
「裸で何をしに来た」
千勢は全裸だった。気にした風も無く彼女はあーそうだ、とのたまう。
「私の部屋から着替えを全員分とってこなければと思ってな。あと脱衣所の扉も閉めなければ」
「着替え? 藤宮由実や舞がスーパーで買って来ていただろう? 何故師匠の服が必要なんだ?」
「それが明日の朝の着替えは買ったようなのだが、寝巻を買っていないらしい」
あ、と由実がどこか抜けた声を発した。千勢は苦笑して、
「なんだかんだで皆疲れていたのだろうな。下着は≪壇ノ浦に没した宝剣≫で風でも呼んで明日の朝には乾くようにしておこう」
盗むなよ。と言う千勢を鼻であしらい、Tさんは呆れ気味に苦情を述べた。
「いいからさっさとタオルぐらいは巻いて来い」