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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会-51

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 ≪冬将軍≫がオルコットの前から退出した後。そのタイミングを見計らったかのようにエレナはオルコットの部屋へと訪れた。
 彼女は毅然とした表情でオルコットのもとへと無言で歩を進める。
 ブルネットの髪に飾られたエレナの表情には幾分かの疲労の色は残っているものの、戦闘で得た傷はその大半が治癒している。オルコットの眼前へと辿りついたエレナは、床にひざをついて頭を垂れた。
「オルコット様…………お願いします」
 何を、とは言わないその懇願に対して、オルコットは長く沈黙を保った。
 エレナが何を願っているのかが分からないのではない。彼女の意志を試すための無言の威圧だ。
 やがてエレナが退く気がない事を悟ると、オルコットは重々しく息を吐いた。
「これ以上は無茶だと、これまでも何度かそう伝えた筈なのだがな?」
「いいえ、私はまだやれます。この≪聖痕≫も体に馴染んでいます。元々傷とは相性が良いんです。だって私は――」
 エレナは僅かに言葉を詰まらせた。口の中で小さく呟く。
 ……そう、だって私は…………。
「貴方に拾って頂くまで、ずっと傷が増え続ける生活を送ってきたのですから」
 その身に宿す≪聖痕≫の、更に下に深く刻まれた虐待の痕は消えはしない。この傷が彼女、エレナ・サヴァレーゼが≪神智学協会≫――オルコットに仕える理由だった。


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 エレナが生まれたのはイタリアの片隅、あまり裕福では無い層が住む一角だった。
 家にはそれでも父と母とエレナの三人が質素に生活していく分には決して少なすぎるというわけではない程度には金があった。
 その金の稼ぎ手は他でもないエレナであり、その事が端的な意味において彼女の悲劇の全てだった。
 彼女は物ごころが付いた頃には既に働かされており、最初は働いていた父親も、やがてエレナの体が商品価値を持ちだすと働かなくなってしまった。10とそこらにしては規格外と言っていい程に稼ぐエレナだったが、所詮は子供、稼ぐ事が出来る金額には限りがあり、しかし両親は質素な生活をする気は無く、エレナの稼ぎは全て酒や遊びに浪費されていった。
 両親の浪費で生活する金が無くなった場合も、両親はエレナにその責任の是非を問うた。
 ――お前の稼ぎが足りないせいで生活する金にも困るんだ! 何のための体だ! もっとうまく使え!
 両親はそう口汚くエレナを罵ると共に、折檻の手も決して止めるような事はしなかった。
 当初の折檻の方法は一目見ただけでは分からないように工夫を凝らしたものであったと、後になってエレナは理解する。
 天井から下げた縄で手を縛られ吊り下げられた状態で、普段は衣服の下になる部分への殴打、鞭打ち、焼けたコテを押しつけられた事もあった。
 それらをエレナの両親は観劇し、やがてそれすらも商売となる事が分かると、一切の躊躇い無くエレナの虐待をショーとして売りだした。
 ショーを観劇に来る客の中には上流階級の人間も居て、その客の需要に応える形で徐々にショーの内容は過激さを増していった。
 そんなある時だった。酒を強引に飲まされた上でナイフで体の部位を削げ落とされるショーをさせられている時、あまりの苦痛に悶えていると、全体重を支え続けて無理な負荷がかかっていた手の骨が砕け、拘束から落下という形でエレナは解放された。
 縛めから解放されたエレナは、アルコールに歪む視界で必死にステージから逃げだした。
 どうせすぐに捕まってしまうだろう。今までどこに逃げ込んでもだれも救ってはくれなかったばかりでなく、助けてくれようとした人にも迷惑がかかった。それを頭の片隅で理解しながらもこの状態から抜け出したい一心で路地をまろび駆けていると、不意に角を曲がって来た男と衝突した。
「――っ! ご……、ごめんなさい! ごめんなさい!」
 虐げられる日々にすっかり卑屈になっていたエレナは砕けた手の事も、傷だらけの身体の事も、自分が身に付けているのが自らの血に濡れた下着しかない事も忘れて、衝突した男に必死に謝った。
 衝突された男は無言でエレナの様態を一瞥し、その惨状に目を細めた。
「――っ!」
 その目が自分を責めているようにエレナには感じられた。息を飲み、咄嗟に震える身で男に使い慣れた誘い文句を放つ。
「わ、わたしを、買いませんか? おわびですから、ただで……わたし、どんなことでもたえられますよ?」
 男はエレナの言葉に眉を寄せ、着ていた上着をエレナへと被せた。
 その行為の意味を汲み取りかねて困惑しているエレナを眺めやって、男は空を見上げた。
 小さな声で呟く。
「これが世界の姿だ、徹心……早く改めねばこのような些細な悲劇はいくらでも世界に満ちる」
 エレナがその言葉の意味を考えている間に、男はエレナへと視線を戻した。いつの間にかその手には槍の穂先のようなものが握られている。
 エレナはその刃物で何か――おそらくショーと同じような行為――をされるのだろうと身構えた。しかし、男はエレナの予想に反してこんな事を訊いてきた。
「≪聖痕≫というものを知っているか?」
「え……?」
 聞いた事がある。何年か昔、まだエレナが教会に通う事を両親に許されていた時、常にエレナの事を気にかけてくれていた神父が話したお話の中にそれは出てきた。
「救世主様や聖なる人たちのからだにある、聖なる傷、信仰の証のこと、ですよ……ね?」
「そうでもあるが……一方でそうではないとも言えるな」
 ――どういう事だろう?
 答えを探そうと、せめて相手の不興を買わないような返答を用意しようと忙しなく動く瞳の動きに気が付いたのか、男はエレナが取り繕う前に答えを告げた。
「そう書物や伝承に語られるものは確かに実在するが、しかしそれは信仰の証というわけでは無いということだ」
「それってどういう……?」
 男は答えず、問いかけた。
「お前をそのようにしたのは、一体誰だ?」
「っ……」
 言えない。以前助けを求めて教会に行った時、両親に直訴しに行ってくれた神父はもう居なくなってしまった。ショーを観劇に来る上流階級の観客にはそういう力があるらしい。
 その過去を思い出して頑なに口を開こうとしないエレナを憐れみ、男は頷いた。
「言いづらいのならそれも良いだろう」
 そう言って男は手にしていた槍の穂先でエレナを軽く突いた。
「――――?」
 エレナは咄嗟に身を固めたが、軽く突き出されただけの穂先では身体を傷つける事はできなかった。なんとなく拍子抜けしながら、エレナは思う。
 ――この人は一体何をしたいのだろう?
 疑問を頭で転がしていると、突然身体中に尋常ではない熱が発生した。
「ッ!?」
 咄嗟に身体を抱きすくめて熱のショックを抑え込む。パニックになりかけのエレナに男の声が降って来た。
「我が願いへと至る鍵の一つ。今のまま、この不完全な≪聖槍≫のままで扱える能力はキリストの聖なる傷を再現する程度の力だ……しかし、お前には必要な力だろう」
 男の言葉がよく理解できないエレナはただ身を焼くような、初めて感じる種類の熱に怯える。
「な……何? これ……?」
「これが≪聖痕≫だ。私が制御しているから飲まれる事はない。怯えずに受け容れろ。この傷はお前を虐げるものではない」
 エレナはショーの一環として熱い湯を飲まされる時を思い出す。始めは焼けるように熱く、口や喉や胸を焼いてゆくそれも、数秒後には身体の熱に馴染んでいるではないか。これはそれと同じ類の熱なのだ。そう思い、熱をやり過ごすうちに熱さが引いていく。そして気が付くと、不思議な事に無理矢理に飲まされた酒の影響も抜けていた。
 アルコールが抜けて思考がクリアになるのと同時に、エレナはいままでに無い程力が体に溢れているのを感じた。
 ――いったい……!?
 不思議な状態になった自分の身体を見回して、エレナは気付く。身体に未だ残る熱の中心点、槍の穂先で突かれた部分を中心にして、光を放つ紋様が刻まれていたのだ。
「――!?」
 驚き、思わず地面に座り込んだエレナに男は言う。
「≪聖痕≫とは奇跡を行う力の証なのだそうだ」
「きせき……」
 なんとなく、分かる。この傷痕が、≪聖痕≫が教えてくれるのだ。この力は何なのか。そう、この力は――
「……虐げる者に、神罰を……?」
 男は首肯する。
「お前が望む奇跡はそれか」
 エレナは数瞬を迷い、しかし頷いた。
「ならば行くといい」
 男はエレナの背を押すようにそっと告げた。


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 エレナが先程まで見世物にされていたステージに戻ると、両親は逃げ出したエレナを捉える為の従業員の選別と、新たなショーを行う為の準備にいそしんでいた。
 帰って来たエレナを見て両親は心底嬉しそうに下卑た笑みを浮かべた。
 ――ああ、お帰り、次からは逃げないようにしっかりと鉄の腕環をきつく嵌めてあげよう。
 そう言ってエレナを探させていた従業員に両腕を掴まれ、再びエレナは吊り下げられた。
 ――さあ、ちょっとした混乱はありましたが次のショーと参りましょう。
 その言葉を合図に、熱された刃物がエレナに向かって突き出されて来た。
 刃が体に触れる。しかし何ともない。奇跡の顕現の前に、ただの刃物は役には立たない。
 ショーをとり行っている両親が不審げな顔になり、観客達がざわめく。
 それらを眺めながら、エレナは呟いた。
「≪聖痕≫」
 下腹部から胸にかけて、既に刻まれていた傷を覆い隠すように光り輝く傷が顕現する。
 新たなショーだろうかと手を打って喜ぶ観客へと無感動に目をやり、次いで両親へと視線を放った。
 両親は娘に起きた異常事態に目を見開いている。
 ――なんだそれは!? その傷は……っ!?
 ……こんなの、今までやられて来た傷に比べたら大したことないのに……。
 口許を歪めて、エレナは自身の両腕を拘束し、天井からつるしている鉄の腕環を力任せに引きちぎった。
 愕然とし、取り乱した両親の様を見た観客達が、ステージで起きている異常に気付いて色めき立つ。
「ねえ、お父さん、お母さん……」
 そんなざわめきの中で、エレナは腕を振りかぶる。まずは一番手近な、そして全ての元凶である彼等二人から。
「わたし、もうつかれたよ」
 なぜか、涙が流れた。


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 全てを終わらせ先程男と出会った通りまで行くと、エレナに≪聖痕≫を刻んだ男が佇んでいた。
「おじさん」
 声をかけると、男は静かに訊いた。
「終わったのか?」
「うん」
 エレナの答えに、男は≪聖槍≫を翳した。
「ではその力はもう必要あるまい。回収しよう」
「まって」
 咄嗟にエレナは目の前の男の行動を制止していた。男は白い肌に訝しげな皺を刻む。
「おじさん、何か目標があるの?」
「そんなもの有りはしない」
「うそ、わたし、言われたことはおぼえておいて、しっかりやらないとぶたれたから耳も、ものおぼえもいいんだから。しっかり覚えてるもん。願いにいたるためのカギがさっきのナイフなんでしょ?」
「……あれは≪聖槍≫、槍の穂先だ」
 ほさき……? と頭の中で言葉を転がす。
 ともかくにも、あの刃物は大事な鍵で、目の前の男には目的があるのだという事を理解したエレナは男に言った。
「わたしね、おじさんに付いてく」
 男は首を横に振る。
「このままその≪聖痕≫の契約を解除してやろう。ユーグか弘蔵辺りならばその状態の≪聖痕≫ならばまだ問題無く切り離せる」
「やだ」
 エレナは身を抱いた。傷を守るように両腕で身体を抱きかかえ、
「せっかく助けてくれた人の……プレゼントなんだもん」
「それはお前が思う程ありがたい物では無い。それに私の道にお前のような者は必要ない」
 そう言って、だが男は≪聖槍≫を懐に収めた。与えられた物を奪われなかった事に意外な感謝の念を抱きながら、エレナは背を向け歩きだした男を小走りに追いかけ、問う。
「おじさん、わたしエレナって言うの。おじさんの名前は?」
「…………オルコットだ」
「おるこっと……」
 オルコット様――。
 エレナはその名前を深く心に刻みつける。
 その名は、エレナにとって救世主の名前となった。


            ●


 その後、≪神智学協会≫で戦闘とは関係のない部署を紹介されたエレナは≪デリーの鉄柱≫と自身で契約し、≪神智学協会≫の妨害を行う小組織をいくつか壊走させた果てに、やっと≪神智学協会≫でオルコットの傍にいる事を認められた。
 長かったと、そう思う。
 オルコットにしてみれば偶然助けただけの子供の内の一人なのだろう。事実、虐げられる立場に居る者へと一時的に≪聖痕≫を貸し与えるオルコットの姿をエレナは何度か見てきた。
 オルコットにとってはいくらでもいるかつて助けた者。しかしエレナにとってオルコットは唯一で絶対な存在だ。
「傷が増えて行く生活から解放してくださった貴方の為になれればと、全力を注いできました」
 ≪デリーの鉄柱≫と契約し、それを扱うに足る技術を身に付け、その上でエルマーや弘蔵に対して戦いを挑んだ。いくら挑んでも敵う事は出来なかったが、いまではオルコットも傍に置いてくれている。その意味をエレナは信頼と取る。宿願を果たす為に役に立つ駒であると認識されているのだと。
「しかし、今の私の全力では足りないんです……」
 昨日の製薬会社での戦闘、徹心が重用している者、千勢。
 彼女に対してエレナは明らかに敗北していた。今こうして生きていられる事は偶然に過ぎない。
 それでは駄目なのだ。今度の戦いは正しい意味で決戦だろう。先程≪ベイチモ号≫内部のスピーカーを通して伝え聞いた徹心側からの布告はそれを示唆するものだった。
 ならば、
「新たな傷を賜りたいのです。オルコット様の手で」
 それが、エレナ自身が生きる目的を果たす為に最も望む事だった。
「……≪聖痕≫は人体に直接刻まれるという性質もある。過剰な力の供給はお前自身の身を危険にするものでもある」
「チトセを倒す為には私の力はこの程度では足りません」
 沈黙。この場で≪神智学協会≫から去れ、と言われないのは自分の覚悟が、この十数年の努力と生き方を理解され、認められているという事だろう。
「オルコット様が扱う≪聖槍≫が施す事が出来る全ての力を、私に注いでください」
 最初に≪聖痕≫を刻まれてから、≪聖痕≫は段階的にエレナの身体にその刻印範囲を広げていった。その症状を聞いたウィリアムは、≪聖痕≫を上手く扱えるようになって行っているからだろうと言っていた。しかしエレナが今オルコットに望んでいるのは段階的な≪聖痕≫の慣れを無視したものだ。重い負荷がかかる事は間違いない。
 それでもエレナはその行為を躊躇する気にはならなかった。
 オルコットはしばらく無言でエレナを見下ろし、やがて傍らの剣を手にした。
「分かった、≪聖痕≫を刻もう。私の為にその全力を役立ててくれ」
「――はいっ!」
 頭を垂れるエレナへと刃を向けながら、オルコットが訊ねる。
「≪ハムサ≫が破壊されてしまったな……必要ならユーグに作らせるが?」
「いいんですおじさん。この傷は……私の誇りですから」
 隠す事などない。
 両親から受けた傷を覆い尽くし、清浄な光を放つ≪聖痕≫はエレナの誇りだ。自身の惨めな運命を打開した、そして――
 ……おじさんがわたしを助けてくれたあかしだから。



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