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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会-50

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 異界の扉をこじ開ける為の改造が施された特殊な衝角を出現させた≪ベイチモ号≫の艦首。
 水線下で淡く輝く衝角を見下ろす位置で、ユーグと弘蔵は遠くに霞む永取市の景色を眺めていた。
 弘蔵は自身の身体の調子が元の状態である事を確認する。ウィリアムが根城にしていた製薬会社での戦闘で彼自身が受けた傷は軽微だ。
 製薬会社から帰還した後、≪神智学協会≫の面々は、重傷のエレナを除いて、すぐさま次の戦闘――徹心が保持する異界へとモニカを奪いに行くという強襲作戦の為の準備を始めていた。
 ほぼ完全に治癒が完了している自身の傷にこんなものだろうと弘蔵は満足して、少し離れた位置で包帯を解いているユーグへと声をかける。
「傷はどうだ? ユーグ」
「問題無い。千勢の斬撃はそれなりに堪えはしたが、癒す事ができない程の傷でもなかった。私も、それに麾下の者達もだ」
「それはよかった。君等≪テンプル騎士団≫は大きな戦力だ。それにせっかくの戦の大一番、儂等も全力で挑みたい所でもある。向こうから開戦の布告がなされたことでもあるしな」
 先程艦内放送を通してオルコットから知らされた布告に、弘蔵は体がざわめくような高揚感を得ていた。決戦が近い。その予感が彼を楽しませるのだ。
「弘蔵が求めていた自らの死地になりうる戦場。次の戦場がそうなるとお前は思うのか?」
「ああ、思う」
 答え、弘蔵は何の根拠も無くそう思える自分に気付いた。
 ……予感しているという事か。次の戦場は儂が満足のいく戦を得られる地であると。
 確かに昨日、あの製薬会社で見えた者達は十分な実力を持っていた。次にやり合う時は戦場に出る者は誰もかれも全力を出して相手の主張を叩き折ろうとするだろう。
 ……心地よい戦場になるといい。
 笑みが顔に出ていたのか、ユーグが苦笑する。
「上機嫌だな」
「そうだな、永く探していた場所を見つける事が出来るかもしれないという期待がある。モニカ嬢の保護者やその協力者――Tさんの契約者と製薬会社でしばし同道したが、彼女等も面白い人間だった。千勢やTさん、徹心もまた面白い――強いと言える……。日本に入ってからTさんが現れたように、まだ彼等は何らかの手を残しているのかもしれない。これほどの敵だ。期待し、高揚せずにはいられないさ」
「それが武人というものか?」
「騎士殿には分からぬかな?」
「いや……ただ風変わりだとは思う」
「言ってくれるな。自覚はしている」
 苦笑して、弘蔵はふと、この戦の要素の一つであり、すぐ傍にいる騎士が気にかけている少女の事を思った。
「……ユーグよ、モニカ嬢は良い娘であったな。ただ血の資質のみで≪杞憂≫を、そしてゆくゆくは≪聖槍≫をその身に宿らせる事になるだけのつまらぬ器の娘だと思っていたが、暴走した≪杞憂≫を、他人の助けを借りたとはいえ鎮めてみせた。それだけの強さを持っているということだ。鍛錬次第では相当な能力者になるだろう」
「随分とお嬢様を高く買っているな」
「君にとってのモニカ嬢は儂とは違う意味で尊いのだろうな」
 弘蔵は口許を歪めた。一息の後にユーグを見据えて、
「が、まだ子供だ」
 訝しげな顔をするユーグに弘蔵は言葉を放り投げた。
「本当にモニカ嬢を世界の機構として供するのか?」
「どういう意味だ……?」
 僅かに険呑な目つきで睨んでくるユーグに弘蔵は答える。
「言葉のままだ、ユーグ。あの娘を一人永い眠りにつかせることを騎士は是とするのかと、そう訊いている」
 ユーグは今度は意外そうな顔をする。こちらがいきなりこのような問いを重ねた事に少なからず驚いているのだろう。
 弘蔵は窺うように弘蔵を見ながら返答する。
「お嬢様を永遠の安らぎの眠りにつかせ、世界のシステムを改める。これが私の出した結論だ」
 言葉を重ねる。
「両親を私の手によって喪い、祖父を両親の手によって亡くし、知らぬ場所で生きて行く事を余儀なくされ、その身は手を入れられていて、誰かがお嬢様が持つ希有な才能を知ればそれを巡って争いは絶えることはないだろう。こんな世界はお嬢様が生きて行くにはあまりにも非道だ」
「モニカ嬢を部品として扱う自分達は非道では無いと?」
「それも含めた上で非道なのだ」
「……エルマーと同じような事を言う。アレは最期に君に自由に動くようにと言っていたはずだが」
「故に、私は自身で考えて決断した。私が思う最善をだ」
「彼女に悪と思われようとも君は行うのだろうな。モニカ嬢の両親、レニーとトリシアも色々と葛藤に苦しんでいた。儂にはよく分かりはしないが、家族とは難儀なものだな――まあその在り方は君達らしいのかもしれん」
「結局何を言いたいのだ?」
 思案に余ったユーグの言葉に軽く笑って弘蔵は淡い笑みをもって応じる。
「あわよくばここで君と戦うのも一興かと思ったのだ。
 挑発の一つでもすれば引っかかるのではないかと思ったのだが、やはり君の心は複雑すぎる。儂のような者では理解が難しい。これでは挑発のしようもないな」
 そう言い置いて、弘蔵はユーグに背を向けて歩きだす。
 彼は後ろ手に手を振りながら言葉を残した。
「よい戦争を」


            ●


 去っていく弘蔵を見つめてユーグは小さく零す。
「私は……」
 思い出すのはモニカの事だ。
 元々研究の為に面倒を見る事が出来ない両親に代わって、ユーグはモニカの面倒を見る事になった。
 当初は親の姿を求めて泣き続けるだけの娘であったが、研究班の解析や調整作業に頻繁に通わされていくうちに自分や両親の置かれた立場を子供なりに理解できるようになっていたようで、不満を零す事は次第に無くなっていった。
 やがて常に傍にいるユーグをおじさんと慕うようになり、ユーグの方でも契約者の孫に当たる存在に家族として接していた。その時の気持ちは穏やかなものであったと彼は記憶している。
 月日は流れ、レニーとトリシアはモニカを≪杞憂≫と≪聖槍≫の器にした場合、彼女の精神は永く眠りに付く事を理解した。娘の身を案じた彼等は、娘を連れて≪神智学協会≫を出奔する事を決断した。
 彼等が逃亡先に選んだのは極東、そこには≪太平天国≫をオルコットと共に潰した高部徹心が居た。彼を頼っての逃亡だろうという事はすぐに見当がついた。
 意見の相違からオルコットと袂を分かった彼の許への逃亡を許せば事態は不利に働く。それを悟った≪神智学協会≫上層部は早急に手を打つ事にした。
 当時まだ諸々の実験を継続する為にできるだけ怪しい動きを悟られるわけにはいかなかった≪神智学協会≫の名を出さず、それでいて≪神智学協会≫の意を汲む事ができ、逃亡者を大人数で追討できる方法――≪テンプル騎士団≫の派遣だ。
 そもそもその追討計画を立案したのは逃亡者立ちの縁者に当たるエルマー自身だった。
 ≪神智学協会≫の創立メンバーとして果たすべき責務だと、そう残してオルコットの許をユーグと共に発った彼は、結局戻る事は無かった。
 極東にてレニーとトリシアを追い詰めた折、エルマーは彼等に殺されたのだ。
 主に戦闘を主任務とするエルマーを研究班の彼等が戦闘で殺す事が出来るわけがない。おそらくワザと殺されたのではないかとユーグは思う。彼をしても、肉親殺しは心を痛める事だったのだろう。心を痛めた彼のせめてもの贖罪が、ユーグに殺害を指示した自身の死であったのだと、そうユーグは理解している。
 結局モニカはその時の混乱で徹心の許ではなく、偶然居合わせた≪フィラデルフィア計画≫の能力者に保護された。
 ≪ピリ・レイスの地図≫の地図の改造が果たせておらず≪フィラデルフィア計画≫での移動を探知する事が出来なかった当時のユーグ達は、モニカの存在を一時保留する事を余儀なくされた。
 ユーグが当時最後に見たモニカは絶望に染まりきった表情をしていた。
 親しい者を親しい者に奪われた悲哀。その心情は察して余りある。ウィリアムによって暴走させられた≪杞憂≫とは、それらの象徴なのだろう。
 モニカが幸福に生きて行くには既にこの世界は彼女に対して穢れ過ぎている。
 だから、
「迷いなど無いさ……世界を改め、そして現世で不遇を被るお嬢様に永遠の夢の揺り籠を」
 そして、
「この戦で生き残る事が出来たのならば、私はその揺り籠を守り続ける騎士となりましょう」
 緋の十字を染め抜いた外套が夜闇にはためく。
 その瞳が見つめる先、戦場は近いようで、遠い。



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