配置について数時間、息を詰まらせるような静寂がそこにはわだかまっていた。今はこんなにも静かなここがそう遠くは無い未来に戦場になる。
無常だ。Tさんは嵐の前の静けさを体現するその場にて思料にふける。
……高部徹心はああ言っていたが、罠を警戒した≪神智学協会≫が対策を講じ始めたら、下手をしたら数日間の長丁場になることも考えられるな。
入り口を解放して相手に圧力をかける形になる事に成功した現状、心理的な面ではともかく、実際的には開戦のタイミングを決定できる≪神智学協会≫の方が有利な事には変わりは無い。その如何ともしがたい事実に重い物を腑に感じ、しかしTさんは一つ息を吐いてその重みを意識して排除した。
……考え込んでも意味は無いのは分かっているのだがな、いろいろと考え込んでしまうのは習い性か……。
苦笑してTさんは念の為に着こんでいた防寒具のポケットから無線機をとりだした。
呼び出しに相手はすぐに応じた。
「将門公」連絡の相手は平将門だった。
『どうしたぁ? Tさん』
無線機から聞こえる笑みと余裕を失わない声音に対してTさんは淡々と問いかけた。
「他者が司る異界……一応公と首塚本体の繋がりが切断される事のないように配慮してもらっているが、この場で貴公は戦えるか?」
≪平将門の首塚≫はその首塚を核とする首塚から離れると当然彼の存在は薄まる事となり、実際の力も弱まる結果となる。今回のように異界、しかも他の空間を拒絶する事が出来る程のモノの内部に取り込まれている状態で≪平将門の首塚≫の将門は戦えるのか? その事を危惧されて為された連絡は、
『無論だ、貴様が望む程度の働きはしてやろうぞ』
さほど気にした風も無い返事にTさんの言葉は苦笑の響きを得る。
「そうか……これから彼女に≪冬将軍≫に対抗するため、領土拡大の解釈も使用してもらう。おそらく無線機もつながらなくなるだろう。――御武運を」
『相解った。我はこの場では一将、結果を望む通りにしたいのならお前達が尽力する事だ』
「ん、わかっている」
通話が切れる。どうも要らない心配だったようだ。そう思い、Tさんはもう一人の協力者、友人へと通話を繋げた。
『はい』
少女のものと思しき声が応答する。Tさんは第一声としてまず謝罪を述べた。
「わざわざこんな戦いに出向いてもらってすまない。君としても争いごとは好まないだろうが、力を貸してもらいたい」
『気にしないでください』
少女の声は朗らかに響く。
『私は、いいえ、私達は貴方がたの為ならなんだってしますとあの宴の後に約束しましたよ? 貴方がたが困ってらっしゃるのでしたら私達は助力を一切惜しみません』
「ありがとう」
『まだまだ返し足りません。もっと頼ってくださいな』
少しおどけたように返してきた少女の声にTさんは頷く。
「ああ、これから多くの交誼を結んで行こうか。そのためにも互いに生き残らなければな――舞を泣かせたくはない」
『はい! では、私はみんなにいろいろ用意をするように言っておきますね』
明るく答えて通話が切れる。Tさんは苦労をかけると思い、ありがたい事だと感謝する。
「さて、師匠に確認等はいるだろうか……?」
声に出して呟いていると、無線機が呼び出し音を鳴らした。応じると、舞の声がする。
『今、大丈夫か?』
「ああ」
返答にほっとしたような間を置いて、舞が訊いてくる。
『どうだ? 勝てそうか?』
「それが戦う前から明らかになる程度の相手ならば高部徹心や師匠がこうも争いを長期化はさせなかっただろうな」
『そっか……そうだよな』
声からは僅かに不安の色が透けている。本格的な戦いがいよいよ始まるとなって懸念が溢れて来ているのだろう。嘘でも勝てると言っておけばよかったかと思っていると、舞が更に言葉を重ねてきた。
『じゃあさ、死ぬなよ、絶対だ。いいな?』
心配され、無事を祈られている。舞の言葉にTさんは帰る場所という言葉を連想した。
……帰る場所か……。
あのまま家の中で朽ちていては決して得られなかったものだ。自分は幸せだ。そう思いながらTさんは返事をする。
「こちらにどれだけの者達がいると思っている、決して死にはしないよ。そして、負けもしない」
『よし、じゃあせいぜい頑張れ』
「頑張るよ」
安請け合いだと思うが、それでも心からTさんはそう言う。
「頑張る。だから安心して待っていろ。そちらにも≪神智学協会≫の者が侵攻するかもしれない事を決して忘れずにな」
『おう、皆に言われたからな。いい加減耳にタコができるぜ』
「皆……?」
『皆だ。あの将門ですら言うんだぜ? ってかあの人意外に優しくてびっくりだ。で、皆二言目にはTさんに応援の一つでもしてやれって言ってくんだよ。なんか恥ずかしいよなぁ。それでつぎつぎにTさんへの連絡を後回しにしていったんだ』
顔を赤くした舞が自分で自分の顔を煽っている様が目に浮かぶようで、Tさんは思わず表情を緩める。
「それで俺は最後になったわけか?」
『おう、けど皆似たような事言うせいで結局恥ずかしいまんまっていうな』
「それは残念だったな」
笑いながら答えて、Tさんは気を引き締めた。
「……では舞、モニカやリカちゃん、高部徹心にあまり迷惑をかけないよう大人しくしているように」
『うるせえな、俺はいつだって大人しいよ――』
軽口で答えかけた舞の口調が窺うようなものになる。
『もしかして……来た、のか?』
「ああ」
『そっか……分かった。無理しても無茶しても良いけど帰ってこいよ。俺はTさん達が皆生きて帰ってきてくれたらすっごく幸せだ』
そう言葉を残して通信が切れる。
Tさんは目を細め、微かに頷いた。
そのTさんが立つ位置に震動が来ている。異界の入り口を強制的に抜けてこようとするがための空間の震動だ。
そして、その震動が臨界に達した時、全チャンネル通話で無線機から先程の少女の声が短く告げた。
『来ます』
直後、改造によって全長200メートル超にまで長大化した幽霊船、≪ベイチモ号≫が虚空より現れ、陸上を滑走する轟音が異界全体に怒涛の如く響き渡った。
無常だ。Tさんは嵐の前の静けさを体現するその場にて思料にふける。
……高部徹心はああ言っていたが、罠を警戒した≪神智学協会≫が対策を講じ始めたら、下手をしたら数日間の長丁場になることも考えられるな。
入り口を解放して相手に圧力をかける形になる事に成功した現状、心理的な面ではともかく、実際的には開戦のタイミングを決定できる≪神智学協会≫の方が有利な事には変わりは無い。その如何ともしがたい事実に重い物を腑に感じ、しかしTさんは一つ息を吐いてその重みを意識して排除した。
……考え込んでも意味は無いのは分かっているのだがな、いろいろと考え込んでしまうのは習い性か……。
苦笑してTさんは念の為に着こんでいた防寒具のポケットから無線機をとりだした。
呼び出しに相手はすぐに応じた。
「将門公」連絡の相手は平将門だった。
『どうしたぁ? Tさん』
無線機から聞こえる笑みと余裕を失わない声音に対してTさんは淡々と問いかけた。
「他者が司る異界……一応公と首塚本体の繋がりが切断される事のないように配慮してもらっているが、この場で貴公は戦えるか?」
≪平将門の首塚≫はその首塚を核とする首塚から離れると当然彼の存在は薄まる事となり、実際の力も弱まる結果となる。今回のように異界、しかも他の空間を拒絶する事が出来る程のモノの内部に取り込まれている状態で≪平将門の首塚≫の将門は戦えるのか? その事を危惧されて為された連絡は、
『無論だ、貴様が望む程度の働きはしてやろうぞ』
さほど気にした風も無い返事にTさんの言葉は苦笑の響きを得る。
「そうか……これから彼女に≪冬将軍≫に対抗するため、領土拡大の解釈も使用してもらう。おそらく無線機もつながらなくなるだろう。――御武運を」
『相解った。我はこの場では一将、結果を望む通りにしたいのならお前達が尽力する事だ』
「ん、わかっている」
通話が切れる。どうも要らない心配だったようだ。そう思い、Tさんはもう一人の協力者、友人へと通話を繋げた。
『はい』
少女のものと思しき声が応答する。Tさんは第一声としてまず謝罪を述べた。
「わざわざこんな戦いに出向いてもらってすまない。君としても争いごとは好まないだろうが、力を貸してもらいたい」
『気にしないでください』
少女の声は朗らかに響く。
『私は、いいえ、私達は貴方がたの為ならなんだってしますとあの宴の後に約束しましたよ? 貴方がたが困ってらっしゃるのでしたら私達は助力を一切惜しみません』
「ありがとう」
『まだまだ返し足りません。もっと頼ってくださいな』
少しおどけたように返してきた少女の声にTさんは頷く。
「ああ、これから多くの交誼を結んで行こうか。そのためにも互いに生き残らなければな――舞を泣かせたくはない」
『はい! では、私はみんなにいろいろ用意をするように言っておきますね』
明るく答えて通話が切れる。Tさんは苦労をかけると思い、ありがたい事だと感謝する。
「さて、師匠に確認等はいるだろうか……?」
声に出して呟いていると、無線機が呼び出し音を鳴らした。応じると、舞の声がする。
『今、大丈夫か?』
「ああ」
返答にほっとしたような間を置いて、舞が訊いてくる。
『どうだ? 勝てそうか?』
「それが戦う前から明らかになる程度の相手ならば高部徹心や師匠がこうも争いを長期化はさせなかっただろうな」
『そっか……そうだよな』
声からは僅かに不安の色が透けている。本格的な戦いがいよいよ始まるとなって懸念が溢れて来ているのだろう。嘘でも勝てると言っておけばよかったかと思っていると、舞が更に言葉を重ねてきた。
『じゃあさ、死ぬなよ、絶対だ。いいな?』
心配され、無事を祈られている。舞の言葉にTさんは帰る場所という言葉を連想した。
……帰る場所か……。
あのまま家の中で朽ちていては決して得られなかったものだ。自分は幸せだ。そう思いながらTさんは返事をする。
「こちらにどれだけの者達がいると思っている、決して死にはしないよ。そして、負けもしない」
『よし、じゃあせいぜい頑張れ』
「頑張るよ」
安請け合いだと思うが、それでも心からTさんはそう言う。
「頑張る。だから安心して待っていろ。そちらにも≪神智学協会≫の者が侵攻するかもしれない事を決して忘れずにな」
『おう、皆に言われたからな。いい加減耳にタコができるぜ』
「皆……?」
『皆だ。あの将門ですら言うんだぜ? ってかあの人意外に優しくてびっくりだ。で、皆二言目にはTさんに応援の一つでもしてやれって言ってくんだよ。なんか恥ずかしいよなぁ。それでつぎつぎにTさんへの連絡を後回しにしていったんだ』
顔を赤くした舞が自分で自分の顔を煽っている様が目に浮かぶようで、Tさんは思わず表情を緩める。
「それで俺は最後になったわけか?」
『おう、けど皆似たような事言うせいで結局恥ずかしいまんまっていうな』
「それは残念だったな」
笑いながら答えて、Tさんは気を引き締めた。
「……では舞、モニカやリカちゃん、高部徹心にあまり迷惑をかけないよう大人しくしているように」
『うるせえな、俺はいつだって大人しいよ――』
軽口で答えかけた舞の口調が窺うようなものになる。
『もしかして……来た、のか?』
「ああ」
『そっか……分かった。無理しても無茶しても良いけど帰ってこいよ。俺はTさん達が皆生きて帰ってきてくれたらすっごく幸せだ』
そう言葉を残して通信が切れる。
Tさんは目を細め、微かに頷いた。
そのTさんが立つ位置に震動が来ている。異界の入り口を強制的に抜けてこようとするがための空間の震動だ。
そして、その震動が臨界に達した時、全チャンネル通話で無線機から先程の少女の声が短く告げた。
『来ます』
直後、改造によって全長200メートル超にまで長大化した幽霊船、≪ベイチモ号≫が虚空より現れ、陸上を滑走する轟音が異界全体に怒涛の如く響き渡った。
●
≪ピリ・レイスの地図≫が見つけ出した異界への入り口をこじ開けて侵入した、水の残滓を纏う≪ベイチモ号≫は、その船底に水を掴む事無く、代わりにカラフルな石畳を抉って数メートルを進み、やがて道の端に並ぶ建物にぶつかって停止した。
甲板に立っていた≪神智学協会≫の面々は自分達が降り立った異界の光景を確認して共通見解としてこう結論した。
「徹心の異界ではないな……」
彼等が船から見下ろす視界に映るのは色彩豊かな石畳に、舗装された呆れるほどに広い道、そしてその道の両側に流れる煉瓦作りや鉄筋作り、藁ぶきの屋根すら散見される妙に雑多な建築物群だった。その建築物群の片側に突っ込んで停止している≪ベイチモ号≫の下、そして道のもう片方の端にある建築物群の下にも子供が遊ぶような小さく浅い水路があるが、船は浮かべる事など到底不可能だろう。
オルコットはそれらの光景を一巡り確認し、改めて言う。
「たしかに、これは徹心の異界ではなく、全く別の異界だ」
「罠に嵌められたのだろうか?」
≪冬将軍≫の言葉にオルコットは首を振った。
「モニカを探すように、と命令してある≪ピリ・レイスの地図≫がこの道の先を示している。元より≪ピリ・レイスの地図≫は徹心の異界の入り口として私達が突き破って来た異界の入り口を指し示した。この異界は徹心の異界と繋がっているという事だろう」
オルコットは手に持った≪ピリ・レイスの地図≫を皆に見せる。
白紙の図面には徐々にこの異界の大まかな地形が浮かび上がって来ており、その地図の中の一点を一つの光点がこの異界の外で異界の入り口を発見した時と同じように瞬いていた。その光点はオルコット達は今居る地点から更に道の奥を示している。
「この光点の位置がおそらく徹心の異界への入り口、そしてモニカの居場所へと通じる唯一の道だ」
光点の位置を確認したユーグが実際の光景と照らし合わせる。
「この道の先、道の脇に流れている水路の上流側に目的地があるという事か」
道の幅は相当のものだ。まるで大規模な行列が常に通る事を前提にして作られたかのような、車線や分離帯の無い石畳の道。それは人間ならば100や200程度横隊を組んで歩いても問題ない程だ。そんな道が延々と続いている。
「そうなるとこの異界は別人が用意したダミーと言う事になるわね、この規模の異界同士を繋げるなんて一体どんな術を使っているのかしら」
エレナが呆れとも感嘆ともつかない調子で言う。
異常な空間同士を繋げるという事は簡単にできる事ではない。ましてや徹心が保有する異界は他界に対する拒絶能力が極めて高い事でも有名な代物で、それ故に出たエレナの言葉だ。オルコットも、そしておそらくこの場の全員が同じような感想を抱いた事だろう。
……徹心の多重契約……いや、あれ以上に異界と契約できるとは到底思えん。ただでさえあの男は三つの都市伝説と多重契約を結んでいる……別人、協力者に異界の保持者、それも相当の手練が居るのか。
徹心はそう当たりを付け、息を吐き出した。≪ピリ・レイスの地図≫をかざす。
「この空間の性質を知らなければなるまい。敵が何らかの罠をこの空間そのものに仕掛けている可能性もある。≪ピリ・レイスの地図≫がこの異界の地図を測量し終えるまで待つと――?」
オルコットの言葉は途中で止まった。訝しげに身体中に身に付けた刀剣類が鳴る音をさせながら顔を向けてきた弘蔵に向けて、オルコットは苦笑する。
「なるほど、≪ピリ・レイスの地図≫を殺すような性質を持つ異界か……面白い」
そう言って再び示された≪ピリ・レイスの地図≫は白紙に戻されていた。≪神智学協会≫の面々が僅かながら驚いている間に、≪ピリ・レイスの地図≫は先程まで徹心の異界の位置を示していた光点を中心にして発火し、燃え尽きた。
甲板に立っていた≪神智学協会≫の面々は自分達が降り立った異界の光景を確認して共通見解としてこう結論した。
「徹心の異界ではないな……」
彼等が船から見下ろす視界に映るのは色彩豊かな石畳に、舗装された呆れるほどに広い道、そしてその道の両側に流れる煉瓦作りや鉄筋作り、藁ぶきの屋根すら散見される妙に雑多な建築物群だった。その建築物群の片側に突っ込んで停止している≪ベイチモ号≫の下、そして道のもう片方の端にある建築物群の下にも子供が遊ぶような小さく浅い水路があるが、船は浮かべる事など到底不可能だろう。
オルコットはそれらの光景を一巡り確認し、改めて言う。
「たしかに、これは徹心の異界ではなく、全く別の異界だ」
「罠に嵌められたのだろうか?」
≪冬将軍≫の言葉にオルコットは首を振った。
「モニカを探すように、と命令してある≪ピリ・レイスの地図≫がこの道の先を示している。元より≪ピリ・レイスの地図≫は徹心の異界の入り口として私達が突き破って来た異界の入り口を指し示した。この異界は徹心の異界と繋がっているという事だろう」
オルコットは手に持った≪ピリ・レイスの地図≫を皆に見せる。
白紙の図面には徐々にこの異界の大まかな地形が浮かび上がって来ており、その地図の中の一点を一つの光点がこの異界の外で異界の入り口を発見した時と同じように瞬いていた。その光点はオルコット達は今居る地点から更に道の奥を示している。
「この光点の位置がおそらく徹心の異界への入り口、そしてモニカの居場所へと通じる唯一の道だ」
光点の位置を確認したユーグが実際の光景と照らし合わせる。
「この道の先、道の脇に流れている水路の上流側に目的地があるという事か」
道の幅は相当のものだ。まるで大規模な行列が常に通る事を前提にして作られたかのような、車線や分離帯の無い石畳の道。それは人間ならば100や200程度横隊を組んで歩いても問題ない程だ。そんな道が延々と続いている。
「そうなるとこの異界は別人が用意したダミーと言う事になるわね、この規模の異界同士を繋げるなんて一体どんな術を使っているのかしら」
エレナが呆れとも感嘆ともつかない調子で言う。
異常な空間同士を繋げるという事は簡単にできる事ではない。ましてや徹心が保有する異界は他界に対する拒絶能力が極めて高い事でも有名な代物で、それ故に出たエレナの言葉だ。オルコットも、そしておそらくこの場の全員が同じような感想を抱いた事だろう。
……徹心の多重契約……いや、あれ以上に異界と契約できるとは到底思えん。ただでさえあの男は三つの都市伝説と多重契約を結んでいる……別人、協力者に異界の保持者、それも相当の手練が居るのか。
徹心はそう当たりを付け、息を吐き出した。≪ピリ・レイスの地図≫をかざす。
「この空間の性質を知らなければなるまい。敵が何らかの罠をこの空間そのものに仕掛けている可能性もある。≪ピリ・レイスの地図≫がこの異界の地図を測量し終えるまで待つと――?」
オルコットの言葉は途中で止まった。訝しげに身体中に身に付けた刀剣類が鳴る音をさせながら顔を向けてきた弘蔵に向けて、オルコットは苦笑する。
「なるほど、≪ピリ・レイスの地図≫を殺すような性質を持つ異界か……面白い」
そう言って再び示された≪ピリ・レイスの地図≫は白紙に戻されていた。≪神智学協会≫の面々が僅かながら驚いている間に、≪ピリ・レイスの地図≫は先程まで徹心の異界の位置を示していた光点を中心にして発火し、燃え尽きた。
●
≪ベイチモ号≫が滑りこんできた時に発生した体中を揺さぶるような轟音の残響が収まった頃、≪ベイチモ号≫が侵入してきたあたりを見据えながら、Tさんは呟く。
「≪ピリ・レイスの地図≫で目的地の大まかな位置は確認したか? オルコット」
薄く笑みを浮かべ、
「しかしそこまでだ。詳細な地図はやれんよ、なにせ王が許してはいないのだからな。――ここは彼女の領域だ」
「≪ピリ・レイスの地図≫で目的地の大まかな位置は確認したか? オルコット」
薄く笑みを浮かべ、
「しかしそこまでだ。詳細な地図はやれんよ、なにせ王が許してはいないのだからな。――ここは彼女の領域だ」
●
燃え落ちた≪ピリ・レイスの地図≫を諦め、オルコットはすぐに次の判断を下す。
「こうなってしまっては私達がここに長時間居るのは敵にこちらの位置を教えているだけ、意味が無いな。動くとしよう。敵が何を用意していようともその全てを蹂躙し、モニカを奪う」
了解の返事を受けてオルコットは指示を出した。
「将軍、ここは徹心の異界とは別の空間だ。先程≪ピリ・レイスの地図≫がモニカの位置を徹心の異界内であると捉えた事から見ても、モニカはこの異界内には居ないと見ていいだろう。ここで陣を構えて冬を解放しろ。私達はいつも通りそれぞれの加護で自身を護る。この地を冬で覆いつくせ」
「分かった。一息にやってしまおう。兵も必要だな? 進軍の為にワタシが抱え込んでいる全ての凍死者達を解放しよう」
「頼む」
この状況に合った侵攻の為の段取りが急速に決められていく。そんな中、弘蔵とエレナが鋭く叫んだ。
「船から降りろ!」
「雷撃が来るわ!」
言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、≪ベイチモ号≫めがけて数条の雷が落下した。
「こうなってしまっては私達がここに長時間居るのは敵にこちらの位置を教えているだけ、意味が無いな。動くとしよう。敵が何を用意していようともその全てを蹂躙し、モニカを奪う」
了解の返事を受けてオルコットは指示を出した。
「将軍、ここは徹心の異界とは別の空間だ。先程≪ピリ・レイスの地図≫がモニカの位置を徹心の異界内であると捉えた事から見ても、モニカはこの異界内には居ないと見ていいだろう。ここで陣を構えて冬を解放しろ。私達はいつも通りそれぞれの加護で自身を護る。この地を冬で覆いつくせ」
「分かった。一息にやってしまおう。兵も必要だな? 進軍の為にワタシが抱え込んでいる全ての凍死者達を解放しよう」
「頼む」
この状況に合った侵攻の為の段取りが急速に決められていく。そんな中、弘蔵とエレナが鋭く叫んだ。
「船から降りろ!」
「雷撃が来るわ!」
言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、≪ベイチモ号≫めがけて数条の雷が落下した。
●
「――ッ派手な出迎えだ!」
地面に降りて雷から間一髪逃れた弘蔵はそう唸りながら体中に用意した複数の刃物の中から鞘入りの太刀を一本構えた。抜き打ちざま、彼は太刀の銘を叫ぶ。
「〝雷切〟!」
放たれた刃はかつて雷を斬ったという言い伝え通り、≪ベイチモ号≫に続いてオルコット達を狙ってきた追撃の雷を斬り裂いた。裂かれた雷を伝って〝雷切〟の切断力が天へと駆けあがっていく。
弘蔵は斬撃の行方を目で追い、空を見上げたまま舌打ちした。
「雷の主までは届かなかったか。――しかしこの手応え、雷の主は相応の霊格をもっていそうだ」
太刀を鞘に収めて弘蔵は雷の直撃を受けた≪ベイチモ号≫を見た。
「こうまで見事に撃たれていてはこの船ももう使い物になりそうにないな」
船体全体から煙を噴き出している≪ベイチモ号≫は、既に航行不能の状態に陥ってしまっているだろう。その様子をどこか面白そうに弘蔵は見やる。
「引き返せないという事だな」
「構わん、どちらにせよ目的を果たすまでは退くことも無い」
オルコットはそう言うと≪冬将軍≫を促す。≪冬将軍≫は頷き、
「では進む為の力を解放しよう」
冬が≪冬将軍≫の内部から解放された。同時に彼の周囲に姿を現し始めた凍死体の兵達が隊列を組んでいく。次々と並んで行く生きていた年代も性別も種族すらも違う兵の先頭に立ち、オルコットは告げた。
「往くぞ! この一戦に各々の全てをかけよ!」
地面に降りて雷から間一髪逃れた弘蔵はそう唸りながら体中に用意した複数の刃物の中から鞘入りの太刀を一本構えた。抜き打ちざま、彼は太刀の銘を叫ぶ。
「〝雷切〟!」
放たれた刃はかつて雷を斬ったという言い伝え通り、≪ベイチモ号≫に続いてオルコット達を狙ってきた追撃の雷を斬り裂いた。裂かれた雷を伝って〝雷切〟の切断力が天へと駆けあがっていく。
弘蔵は斬撃の行方を目で追い、空を見上げたまま舌打ちした。
「雷の主までは届かなかったか。――しかしこの手応え、雷の主は相応の霊格をもっていそうだ」
太刀を鞘に収めて弘蔵は雷の直撃を受けた≪ベイチモ号≫を見た。
「こうまで見事に撃たれていてはこの船ももう使い物になりそうにないな」
船体全体から煙を噴き出している≪ベイチモ号≫は、既に航行不能の状態に陥ってしまっているだろう。その様子をどこか面白そうに弘蔵は見やる。
「引き返せないという事だな」
「構わん、どちらにせよ目的を果たすまでは退くことも無い」
オルコットはそう言うと≪冬将軍≫を促す。≪冬将軍≫は頷き、
「では進む為の力を解放しよう」
冬が≪冬将軍≫の内部から解放された。同時に彼の周囲に姿を現し始めた凍死体の兵達が隊列を組んでいく。次々と並んで行く生きていた年代も性別も種族すらも違う兵の先頭に立ち、オルコットは告げた。
「往くぞ! この一戦に各々の全てをかけよ!」
●
落雷が幾筋か下されたのを確認して、Tさんは「そろそろか」とひとりごちる。
Tさんの周囲には先程から異常な程の冷気がわだかまっていた。≪冬将軍≫が解放した冷気だ。おそらくこの異界全てがこの冬の侵食を受けているのだろう。
見下ろす視界に映る道の両側を流れている水路は既に凍り付いてしまい、その流れを止めている。
≪ケサランパサラン≫による加護が無ければTさん自身、水路の中の水のように瞬時に凍らされてしまっていただろう。それほどに容赦のない冷気だ。
寒さに白く凍る息を吐き出しながら、Tさんは無線機を取り出した。
短く要請する。
「頼む」
受理の言葉もまた短かった。
『はい』
瞬間、無線機にノイズが走り、使い物にならなくなった。
Tさんの周囲には先程から異常な程の冷気がわだかまっていた。≪冬将軍≫が解放した冷気だ。おそらくこの異界全てがこの冬の侵食を受けているのだろう。
見下ろす視界に映る道の両側を流れている水路は既に凍り付いてしまい、その流れを止めている。
≪ケサランパサラン≫による加護が無ければTさん自身、水路の中の水のように瞬時に凍らされてしまっていただろう。それほどに容赦のない冷気だ。
寒さに白く凍る息を吐き出しながら、Tさんは無線機を取り出した。
短く要請する。
「頼む」
受理の言葉もまた短かった。
『はい』
瞬間、無線機にノイズが走り、使い物にならなくなった。