ドクター99
無数の鳥が、トライレスの視界を埋め尽くす
鋭い嘴や爪が迫る
その全てに怒りを、怨嗟を、殺意を込めて
だが
「ねえ」
つい、と
白い指先が踊ると、ぼんと空気が破裂するような音と共に
クラリッサの視界が白いガスで遮られてしまう
「くっ……!」
幸いにも風上に立っていたせいで、クラリッサまではガスは届かない
だがトライレス目掛けて放った鳥の群れは、ガスが晴れると全てが地面に横たわっていた
「この程度?」
勝てるはずがない
そんな嘲りの言葉が、頭の中で繰り返される
「大丈夫よ、この鳥達は死んでない。ただ眠らせているだけ」
何故、鳥達の気遣いなんかする
私の先祖は鳥達以下の存在だとでも言いたいのか
「起きろ」
鳥を操る力が、強制的にその意識を覚醒させる
びくりと跳ね起きた鳥達が、改めて中空へと舞い上がりトライレスを取り囲む
「私を、馬鹿にしているのか」
「ええ、そうよ?」
鳥の籠に閉じ込められたまま、嘲るような笑みを浮かべるトライレス
「この群れが例え獅子であろうと虎であろうと、呼吸をする生命体なら私のガスは突破できない……他に方策が無い限りは、ね?」
ぎり、と歯を食い縛りながら
鳥達の包囲を先程見たガスの効果範囲ぎりぎりで維持する
「そして、私の能力は一つではない」
首筋に走る冷たい感触
がちんと音を立てて、瞬きする程度の間に現れた首輪がクラリッサの首に嵌り込む
そしてその首輪から伸びた腐りは、トライレスの手に握られていた
「ありとあらゆる拘束具と拷問具の召喚と操作。この鳥達が攻めあぐねている間に、私はいつでも貴女を殺せるわ」
じゃらりと音を立てて地面を這う鎖
それがまるで自分の命を繋ぐもので、それを仇敵に握られている、そんな恐怖が背筋を這い上がる
「さて、と」
トライレスの唇を、ちろりと赤い舌が湿らせるように蠢く
「殺せ……殺せぇっ!」
悲鳴のような命令を受けて、鳥達が一斉に動く
それは先程のようにガスに阻まれて落ちる、事は無く
憎らしい妖しい輝きを湛えたその瞳を、嘴が抉り
首輪と鎖はすぐに消えて無くなってしまった
「……え?」
届くとは思っていなかった、その攻撃が
あっさりと届いた
視界を失いぐらりと傾いたトライレスの身体に、鳥達は一斉に群がっていく
絹のようなその白い柔肌を引き裂き鮮血で染め上げ
赤く染まった薄桃色の肉を食い千切り
引き裂いた腹から除く臓物を啄み挽肉へと変えて喰い散らかしていく
「は、はは……こんな、ものか」
つい先程まで、全く勝てる気がしなかった化物が
目の前で骨を覗かせた肉塊へと成り果てていく姿に
もっと無残に
もっと苦痛を
もっと永らく
「その程度か! 私の仇敵は、祖先の仇はその程度なのか!」
「これだけやって満足しないの? 案外と残酷な性格なのね……流石の私もちょっと引くわ」
全身を鳥に纏わり付かれたまま、トライレスがゆっくりと立ち上がる
流れ出た鮮血がその肉体を伝うと、そこには食い散らかされた肉の跡も轢き潰された内臓も無く、ただ血の色に染め上げられた柔肌が元通りにあるだけだった
「実際、あなたの祖先が死んだ原因は私にあるわけだから」
その身体を啄まれながら
「素直に仇という事で殺されてあげても良かったのだけれど」
引き裂かれ食い千切られる傍から肉体を再生し
「私を殺したいというのが、あなたの意思でないのなら」
銀糸のような髪も絹布のような肌も全てを鮮血で染めながら
「私は、殺されてあげるわけにはいかないし」
その威圧感に、クラリッサは一歩、二歩と後退り
「あなたが、あの優しい人の子孫であるのなら」
血塗れの手が、そっとその頬に触れ
「あなたの手を汚させるわけにはいかないわ」
血塗れの唇が、愛欲ではなく親愛を込めて、頬にそっと触れる
「何を……言って、いる」
その声に、その瞳の輝きに、その吐息に呑まれるように、その身体も心も動かない
「私は、自衛のためにしか殺してはいない。あなたの祖先は、捕えた魔女を弄び責め殺す事を悦ぶような下種だったのかしら?」
「そんなわけがあるか! 私の祖先はそのような――」
そのような、何だ
魔女の言葉を信じるのか
自衛のためにしかなどという戯言を
「あなたの祖先が殺されたのを伝えたのは誰?」
エイブラハム様だ
「あなたの祖先が殺された現場にいたのは誰?」
エイブラハム様だ
「あなたの祖先を殺したのが私だと伝えたのは誰?」
エイブラハム様だ
「そのエイブラハム様は」
黙れ
「本当に」
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
「信じていいのかしら?」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
こいつは魔女ではない
神の使徒を堕落させる悪魔だ
その甘言に耳を貸すな
その嘘に騙されるな
「私があの時逃げていなければ」
思い切り突き飛ばしたその身体は
「あなたは、こんな事にはならなかったのに」
見た目と同じでとても軽く
「本当に、ごめんなさ――」
その言葉を最後まで聞いてしまったら
何かが揺らぎ壊れてしまう気がして
「殺せぇっ!!!」
再び、鳥の群れがトライレスに襲い掛かった
鋭い嘴や爪が迫る
その全てに怒りを、怨嗟を、殺意を込めて
だが
「ねえ」
つい、と
白い指先が踊ると、ぼんと空気が破裂するような音と共に
クラリッサの視界が白いガスで遮られてしまう
「くっ……!」
幸いにも風上に立っていたせいで、クラリッサまではガスは届かない
だがトライレス目掛けて放った鳥の群れは、ガスが晴れると全てが地面に横たわっていた
「この程度?」
勝てるはずがない
そんな嘲りの言葉が、頭の中で繰り返される
「大丈夫よ、この鳥達は死んでない。ただ眠らせているだけ」
何故、鳥達の気遣いなんかする
私の先祖は鳥達以下の存在だとでも言いたいのか
「起きろ」
鳥を操る力が、強制的にその意識を覚醒させる
びくりと跳ね起きた鳥達が、改めて中空へと舞い上がりトライレスを取り囲む
「私を、馬鹿にしているのか」
「ええ、そうよ?」
鳥の籠に閉じ込められたまま、嘲るような笑みを浮かべるトライレス
「この群れが例え獅子であろうと虎であろうと、呼吸をする生命体なら私のガスは突破できない……他に方策が無い限りは、ね?」
ぎり、と歯を食い縛りながら
鳥達の包囲を先程見たガスの効果範囲ぎりぎりで維持する
「そして、私の能力は一つではない」
首筋に走る冷たい感触
がちんと音を立てて、瞬きする程度の間に現れた首輪がクラリッサの首に嵌り込む
そしてその首輪から伸びた腐りは、トライレスの手に握られていた
「ありとあらゆる拘束具と拷問具の召喚と操作。この鳥達が攻めあぐねている間に、私はいつでも貴女を殺せるわ」
じゃらりと音を立てて地面を這う鎖
それがまるで自分の命を繋ぐもので、それを仇敵に握られている、そんな恐怖が背筋を這い上がる
「さて、と」
トライレスの唇を、ちろりと赤い舌が湿らせるように蠢く
「殺せ……殺せぇっ!」
悲鳴のような命令を受けて、鳥達が一斉に動く
それは先程のようにガスに阻まれて落ちる、事は無く
憎らしい妖しい輝きを湛えたその瞳を、嘴が抉り
首輪と鎖はすぐに消えて無くなってしまった
「……え?」
届くとは思っていなかった、その攻撃が
あっさりと届いた
視界を失いぐらりと傾いたトライレスの身体に、鳥達は一斉に群がっていく
絹のようなその白い柔肌を引き裂き鮮血で染め上げ
赤く染まった薄桃色の肉を食い千切り
引き裂いた腹から除く臓物を啄み挽肉へと変えて喰い散らかしていく
「は、はは……こんな、ものか」
つい先程まで、全く勝てる気がしなかった化物が
目の前で骨を覗かせた肉塊へと成り果てていく姿に
もっと無残に
もっと苦痛を
もっと永らく
「その程度か! 私の仇敵は、祖先の仇はその程度なのか!」
「これだけやって満足しないの? 案外と残酷な性格なのね……流石の私もちょっと引くわ」
全身を鳥に纏わり付かれたまま、トライレスがゆっくりと立ち上がる
流れ出た鮮血がその肉体を伝うと、そこには食い散らかされた肉の跡も轢き潰された内臓も無く、ただ血の色に染め上げられた柔肌が元通りにあるだけだった
「実際、あなたの祖先が死んだ原因は私にあるわけだから」
その身体を啄まれながら
「素直に仇という事で殺されてあげても良かったのだけれど」
引き裂かれ食い千切られる傍から肉体を再生し
「私を殺したいというのが、あなたの意思でないのなら」
銀糸のような髪も絹布のような肌も全てを鮮血で染めながら
「私は、殺されてあげるわけにはいかないし」
その威圧感に、クラリッサは一歩、二歩と後退り
「あなたが、あの優しい人の子孫であるのなら」
血塗れの手が、そっとその頬に触れ
「あなたの手を汚させるわけにはいかないわ」
血塗れの唇が、愛欲ではなく親愛を込めて、頬にそっと触れる
「何を……言って、いる」
その声に、その瞳の輝きに、その吐息に呑まれるように、その身体も心も動かない
「私は、自衛のためにしか殺してはいない。あなたの祖先は、捕えた魔女を弄び責め殺す事を悦ぶような下種だったのかしら?」
「そんなわけがあるか! 私の祖先はそのような――」
そのような、何だ
魔女の言葉を信じるのか
自衛のためにしかなどという戯言を
「あなたの祖先が殺されたのを伝えたのは誰?」
エイブラハム様だ
「あなたの祖先が殺された現場にいたのは誰?」
エイブラハム様だ
「あなたの祖先を殺したのが私だと伝えたのは誰?」
エイブラハム様だ
「そのエイブラハム様は」
黙れ
「本当に」
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
「信じていいのかしら?」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
こいつは魔女ではない
神の使徒を堕落させる悪魔だ
その甘言に耳を貸すな
その嘘に騙されるな
「私があの時逃げていなければ」
思い切り突き飛ばしたその身体は
「あなたは、こんな事にはならなかったのに」
見た目と同じでとても軽く
「本当に、ごめんなさ――」
その言葉を最後まで聞いてしまったら
何かが揺らぎ壊れてしまう気がして
「殺せぇっ!!!」
再び、鳥の群れがトライレスに襲い掛かった
―――
全身を鳥達に引き裂かれ啄まれながら、トライレスは思案する
死にはしないものの、流石に痛いし苦しいし、長く続けば血も足りなくなるから動けなくはなる
自分としては説得をしているつもりなのだが、怪しく見えるのかエイブラハムの信頼がよほどのものなのか、それともその両方なのか
せめて話し合いが可能なぐらいには信用されたいものだ
自分の言動や行動をほんの少しだけ反省しつつ、クラリッサを無力化するタイミングを
トライレスは静かに、静かに待っていた
死にはしないものの、流石に痛いし苦しいし、長く続けば血も足りなくなるから動けなくはなる
自分としては説得をしているつもりなのだが、怪しく見えるのかエイブラハムの信頼がよほどのものなのか、それともその両方なのか
せめて話し合いが可能なぐらいには信用されたいものだ
自分の言動や行動をほんの少しだけ反省しつつ、クラリッサを無力化するタイミングを
トライレスは静かに、静かに待っていた