●
≪神智学協会≫側が突き進んでいる最前線では、攻め昇ろうと押し寄せる凍死兵と、それを押しとどめようとする≪夢の国≫の住人の激しいせめぎ合いが続いていた。
それを見下ろす上空、巨大な雲竜の上で千勢は戦闘を続けていた。
……なんとも難しいな。
右腕で≪壇ノ浦に没した宝剣≫を横薙ぎに振り抜いて草薙の斬撃を放ちながら、千勢は険しく目を細める。斬撃波が飛ぶ先にはオルコットが居る。しかし彼には正面からの草薙は通用しないだろう。これまでの戦闘で把握した相手の実力からそう判断しながら、
「――ッ!」
宝剣を振り抜いた事で隙ができた左側面を狙ったエレナの≪デリーの鉄柱≫による一撃を避ける。エレナも雲上に上ってオルコットと共に千勢を狙って来ていたのだ。
……いい動きだ。製薬会社で与えたダメージは抜けているようじゃないか!
攻撃を躱されたエレナの頭上へと宝剣を叩きつけようとして、草薙を抜けてきたオルコットが距離を詰めて来ている事に気付く。
一歩退いてオルコットの斬撃の軌道から逃れ、千勢は両者に目を配る。
……手数が足らん。
こちらが一手攻める間にエレナとオルコットは二手も三手も攻撃の手を打って来る。相手の攻撃における連携は見事なものだ。互いに互いの攻撃の隙を埋めるように動いてくるせいでそれぞれの攻撃は重さが十分に乗った思い切りの良い一撃となる。
……それも厄介だが、何よりも危険なのは……。
あの剣だ。そう千勢はオルコットが振るう剣を見て思う。
……折る事が出来る代物だとは流石に思っていなかったが、やはり≪壇ノ浦に没した宝剣≫と打ち合っても折れない業物、ざっと見た感じでは多少装飾のある普通の西洋剣に見えるが……。
そんなわけがない。そう思った時、エレナが≪デリーの鉄柱≫を打ちこんできた。
宝剣で受け止めて蹴りをくれる。蹴り足に骨を砕く感触を得て、しかしエレナは蹴り飛ばされる事なく、距離を詰め、身を震わせて千勢に鉄柱を押しつけて来る。
歯を剥いた聞き迫る表情と鉄柱の圧力に千勢は不味い、と心に思う。
……動きを止められた……!
「千勢……そろそろ休みなさい。私達の相手は疲れたでしょう?」
千勢の表情の微細な変化に気付いたのか、エレナが血液混じりに声を吐き出した。横合いからオルコットが猛進してくる気配を感じながら千勢は笑みを浮かべる。
「いやいや、まだ休むわけにはいかんさ」
答えながら宝剣に意思を伝える。
「喰え!」
言葉に応え、雲竜の首が下方からオルコットに自身の胴体ごと喰らいついた。足元からの突然の襲撃はオルコットに対抗の暇を与えずに彼を飲みこむ。
……殺れたとは思えんが……しかしこれで一人に集中できる。
雲の檻はその質量でもってオルコットを封じている。元来ならばそれだけで人間どころか巨大生物種ですら圧殺可能な代物だ。簡単には抜けだせないだろう。そして、エレナ一人であるならば退ける事は可能だ。ウィリアムが管理していた製薬会社での戦闘においてエレナの戦闘能力は把握している。
だから、とエレナの身体を押し返そうとする千勢にエレナは凄絶な笑みと共に告げる。
「抗うわよ、貴女を倒す為に!」
直後、エレナを光が包みこんだ。清浄に過ぎる光、≪聖痕≫の光だ。彼女の衣服越しにも明るく光を放ってくるそれは、この場において更に変化を見せた。エレナの身体に刻まれている≪聖痕≫が刻まれている範囲を劇的に拡大したのだ。
――何っ!?
瞠目する千勢の眼前、丈の長い衣服に包まれてほとんど見えない手や足、ブルネットの髪を揺らす顔にさえも≪聖痕≫が刻まれる。
全身を覆い尽くした≪聖痕≫の聖光と共に、エレナは≪デリーの鉄柱≫に込める力を強めた。
「――――ッ!」
叫びにも似た大音声で押し込まれる鉄柱に千勢は歯を食いしばって耐える。エレナの突然の変化を前にしても力負けしない千勢に、エレナはすぐさま次の行動に出た。新たに≪聖痕≫が刻まれた顔を後方に反らして、
「ッ!」
打ちつける。
「っぐ!」
≪聖痕≫による強化を受けた頭突きの強力な衝撃に、千勢の視界は揺らされる。同時に≪デリーの鉄柱≫を受け止めていた宝剣が鉄柱に加えられた力の中心点からずれた。
剣と鉄柱が噛みあわなくなり、押し込む力を込められていた鉄柱が千勢の右肩を打撃する。
――く、そッ!
千勢は咄嗟に雲の上を数メートル跳びのいて頭突きと肩への一撃で生じた意識と身体の感覚のずれを纏め上げる。
右肩のダメージはまだ許容範囲だ。そう確認しながら追撃の為に接近してくるエレナへと宝剣の切っ先を向けて迎撃態勢を取る。
その時、左方向、ついさっきオルコットが叢雲の首に飲みこまれた位置で雲が弾けた。咄嗟に注意を向ける先、周囲にまとわりつく雲の残滓を払って現れたのはオルコットだ。
彼の身体は不思議な色合いのオーラに包まれていた。身体の各部ごとで、いや、僅かに見る角度を変えるたびに彩度・色相・明度をめまぐるしく変化させているオーラだ。それはどうやら彼が手にしている剣から与えられている加護のようだった。
……あれは――っ!
剣とそれが発する加護を確認した千勢は、剣の正体を理解すると同時にエレナの一撃を受け止める。速さも重さも≪聖痕≫が刻まれる範囲を拡大する以前までとは段違いのそれに抗しながら、剣の正体に至って抱いた危機感に従って千勢は叢雲へと命令を下す。
「叢雲!」
反応した叢雲の、残った七つの首が胴体ごと今度こそオルコットを喰らおうと上下左右から襲いかかり、
「この剣の名を晒す事になるとは……久しい強敵だ――歓喜せよ!」
オルコットの言葉に応じるように、剣が色彩をめまぐるしく変化させる光を放つ。
そこから伸びた色彩の刃に最も先行していた首の一つが剣に斬り裂かれた。そして他の首がその顎をオルコットに届かせるよりも早く、オルコットは千勢へと駆けた。
その速度もまた速く、千勢へと向けられる剣の意気は比類なく鋭い。
「――ッ、喰らいて散じろ!」
エレナの打撃を受け止める事に力を集中している千勢はオルコットの攻撃に対処する手段が無く、しかし彼女が出した指示によって攻撃の足は乱される事になった。
オルコットを逃した雲竜がそのまま自身の胴体を喰らい、自身の身体を維持する事ができなくなって崩壊したのだ。
足場を失った三人は眼下の戦場へと落下していく。
「切り裂け!」
その寸前、崩壊し、水蒸気へと変じて霧散していく雲竜の上で振るわれたオルコットの一撃、剣身に沿って伸長した色彩の煌めきが千勢を捉えた。
それを見下ろす上空、巨大な雲竜の上で千勢は戦闘を続けていた。
……なんとも難しいな。
右腕で≪壇ノ浦に没した宝剣≫を横薙ぎに振り抜いて草薙の斬撃を放ちながら、千勢は険しく目を細める。斬撃波が飛ぶ先にはオルコットが居る。しかし彼には正面からの草薙は通用しないだろう。これまでの戦闘で把握した相手の実力からそう判断しながら、
「――ッ!」
宝剣を振り抜いた事で隙ができた左側面を狙ったエレナの≪デリーの鉄柱≫による一撃を避ける。エレナも雲上に上ってオルコットと共に千勢を狙って来ていたのだ。
……いい動きだ。製薬会社で与えたダメージは抜けているようじゃないか!
攻撃を躱されたエレナの頭上へと宝剣を叩きつけようとして、草薙を抜けてきたオルコットが距離を詰めて来ている事に気付く。
一歩退いてオルコットの斬撃の軌道から逃れ、千勢は両者に目を配る。
……手数が足らん。
こちらが一手攻める間にエレナとオルコットは二手も三手も攻撃の手を打って来る。相手の攻撃における連携は見事なものだ。互いに互いの攻撃の隙を埋めるように動いてくるせいでそれぞれの攻撃は重さが十分に乗った思い切りの良い一撃となる。
……それも厄介だが、何よりも危険なのは……。
あの剣だ。そう千勢はオルコットが振るう剣を見て思う。
……折る事が出来る代物だとは流石に思っていなかったが、やはり≪壇ノ浦に没した宝剣≫と打ち合っても折れない業物、ざっと見た感じでは多少装飾のある普通の西洋剣に見えるが……。
そんなわけがない。そう思った時、エレナが≪デリーの鉄柱≫を打ちこんできた。
宝剣で受け止めて蹴りをくれる。蹴り足に骨を砕く感触を得て、しかしエレナは蹴り飛ばされる事なく、距離を詰め、身を震わせて千勢に鉄柱を押しつけて来る。
歯を剥いた聞き迫る表情と鉄柱の圧力に千勢は不味い、と心に思う。
……動きを止められた……!
「千勢……そろそろ休みなさい。私達の相手は疲れたでしょう?」
千勢の表情の微細な変化に気付いたのか、エレナが血液混じりに声を吐き出した。横合いからオルコットが猛進してくる気配を感じながら千勢は笑みを浮かべる。
「いやいや、まだ休むわけにはいかんさ」
答えながら宝剣に意思を伝える。
「喰え!」
言葉に応え、雲竜の首が下方からオルコットに自身の胴体ごと喰らいついた。足元からの突然の襲撃はオルコットに対抗の暇を与えずに彼を飲みこむ。
……殺れたとは思えんが……しかしこれで一人に集中できる。
雲の檻はその質量でもってオルコットを封じている。元来ならばそれだけで人間どころか巨大生物種ですら圧殺可能な代物だ。簡単には抜けだせないだろう。そして、エレナ一人であるならば退ける事は可能だ。ウィリアムが管理していた製薬会社での戦闘においてエレナの戦闘能力は把握している。
だから、とエレナの身体を押し返そうとする千勢にエレナは凄絶な笑みと共に告げる。
「抗うわよ、貴女を倒す為に!」
直後、エレナを光が包みこんだ。清浄に過ぎる光、≪聖痕≫の光だ。彼女の衣服越しにも明るく光を放ってくるそれは、この場において更に変化を見せた。エレナの身体に刻まれている≪聖痕≫が刻まれている範囲を劇的に拡大したのだ。
――何っ!?
瞠目する千勢の眼前、丈の長い衣服に包まれてほとんど見えない手や足、ブルネットの髪を揺らす顔にさえも≪聖痕≫が刻まれる。
全身を覆い尽くした≪聖痕≫の聖光と共に、エレナは≪デリーの鉄柱≫に込める力を強めた。
「――――ッ!」
叫びにも似た大音声で押し込まれる鉄柱に千勢は歯を食いしばって耐える。エレナの突然の変化を前にしても力負けしない千勢に、エレナはすぐさま次の行動に出た。新たに≪聖痕≫が刻まれた顔を後方に反らして、
「ッ!」
打ちつける。
「っぐ!」
≪聖痕≫による強化を受けた頭突きの強力な衝撃に、千勢の視界は揺らされる。同時に≪デリーの鉄柱≫を受け止めていた宝剣が鉄柱に加えられた力の中心点からずれた。
剣と鉄柱が噛みあわなくなり、押し込む力を込められていた鉄柱が千勢の右肩を打撃する。
――く、そッ!
千勢は咄嗟に雲の上を数メートル跳びのいて頭突きと肩への一撃で生じた意識と身体の感覚のずれを纏め上げる。
右肩のダメージはまだ許容範囲だ。そう確認しながら追撃の為に接近してくるエレナへと宝剣の切っ先を向けて迎撃態勢を取る。
その時、左方向、ついさっきオルコットが叢雲の首に飲みこまれた位置で雲が弾けた。咄嗟に注意を向ける先、周囲にまとわりつく雲の残滓を払って現れたのはオルコットだ。
彼の身体は不思議な色合いのオーラに包まれていた。身体の各部ごとで、いや、僅かに見る角度を変えるたびに彩度・色相・明度をめまぐるしく変化させているオーラだ。それはどうやら彼が手にしている剣から与えられている加護のようだった。
……あれは――っ!
剣とそれが発する加護を確認した千勢は、剣の正体を理解すると同時にエレナの一撃を受け止める。速さも重さも≪聖痕≫が刻まれる範囲を拡大する以前までとは段違いのそれに抗しながら、剣の正体に至って抱いた危機感に従って千勢は叢雲へと命令を下す。
「叢雲!」
反応した叢雲の、残った七つの首が胴体ごと今度こそオルコットを喰らおうと上下左右から襲いかかり、
「この剣の名を晒す事になるとは……久しい強敵だ――歓喜せよ!」
オルコットの言葉に応じるように、剣が色彩をめまぐるしく変化させる光を放つ。
そこから伸びた色彩の刃に最も先行していた首の一つが剣に斬り裂かれた。そして他の首がその顎をオルコットに届かせるよりも早く、オルコットは千勢へと駆けた。
その速度もまた速く、千勢へと向けられる剣の意気は比類なく鋭い。
「――ッ、喰らいて散じろ!」
エレナの打撃を受け止める事に力を集中している千勢はオルコットの攻撃に対処する手段が無く、しかし彼女が出した指示によって攻撃の足は乱される事になった。
オルコットを逃した雲竜がそのまま自身の胴体を喰らい、自身の身体を維持する事ができなくなって崩壊したのだ。
足場を失った三人は眼下の戦場へと落下していく。
「切り裂け!」
その寸前、崩壊し、水蒸気へと変じて霧散していく雲竜の上で振るわれたオルコットの一撃、剣身に沿って伸長した色彩の煌めきが千勢を捉えた。
●
地面に降り立った千勢は、周囲を≪夢の国≫の住人に囲まれている事を確認して膝をついた。
左脇腹に手をやる。衣服を濡らす湿り気に手が触れ、舌打ちする。オルコットが振るった一撃によってできた傷だ。
……致命では無いが……厳しいな。
湿り気から手を離すと掌に赤黒い血がべっとりと付いている。その事に再度舌打ちして千勢は心配そうな気配を見せる≪夢の国≫の住人達に気にするな、と手を振った。
……エレナとオルコット、二人があそこまで隠し玉を保持していたとはな……。予想外だが、泣き言も言ってはいられん……。
千勢は敵によって引き倒された大砲の上に跳び、高い位置から同じように地上に落下しているだろう敵の姿を探す。
敵陣の最前にその目立つ姿はあった。
千勢は彼等の前へと跳ぶ。
全身に刻まれた≪聖痕≫の光を煌々と放つエレナと、身体中を不思議な色彩を放つ加護で鎧ったオルコットの姿に気を呑まれたのか、≪夢の国≫の住人も凍死兵達もその周囲だけは一時的に戦闘を停止していた。
身体がまだ存分に動く事を確認して千勢はオルコットに皮肉な笑みを向ける。
「業物だとは思っていたが、そうか、どうりで≪壇ノ浦に没した宝剣≫をぶつけても刃こぼれ一つ起こさないわけだ。名剣も名剣、≪デュランダル≫や≪クルタナ≫と同じ材質、同じ製法で生み出されたという剣なのだから当然か。予想ぐらいしておくべきだったのかもしれんな」
そう言って千勢はオルコットが持つ剣をつぶさに観察する。
黄金の柄頭を持つ西洋剣、オルコットを鎧う加護は虹を想起させるものである一方で、虹を遥かに超える色彩を輝かせていた。その色の数は30程だろうと思いながら千勢は問う。
「モニカに契約させるという≪聖槍≫……正確にはその穂先か――その中か?」
柄頭を指しての問いにオルコットは頷いた。
「御名答。≪拝上帝会≫に居た時も、≪太平天国≫を叩き潰そうと動いていた時も使う事がなかった剣の真価、その目で見る事が出来る事を誇るといい」
「押しつけがましいじゃあないか」
軽口を叩きつつ、千勢は先程受けた傷から血が流れて行く感触に顔を顰める。
「しかし、まぁ、確かに世界を改変しようなどと言う人間には似合いの剣だ。私の愛剣のように質素さが無いあたり、私は持つ気はしないが」
言いつつ剣を構える。戦闘再開の合図だ。相手も応じるのを見て千勢は告げる。
「シャルルマーニュより更に上、国よりも世界を望むその意志に≪ジュワユーズ≫も応えたのだろうが、まかり通らせはしない!」
かつて大国を統治した王の佩剣の名を真名として宣言する千勢に、オルコットは称賛交じりの言葉を返す。
「お前はよくやった。しかしここまでだ、高坂千勢!」
剣――≪ジュワユーズ≫で斬りかかるオルコットに向けて千勢は≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振り抜いた。
風を孕んだ巨大な斬撃波、草薙が空間を斬り裂く。
千勢は剣を振り抜くと同時に自身も斬撃の後を追うように走った。
草薙と千勢、両方が狙うのは≪ジュワユーズ≫を翳すオルコットだ。
二つの斬撃は一直線にオルコットへと進み、
「――!」
≪デリーの鉄柱≫を構えてオルコットの前に盾になるようにして介入してきたエレナにその両方を防がれた。
砕かれた草薙の余波が衣服やエレナの身体を撫で切って行く。その時、更に異常な現象が発生した。
エレナに刻まれた≪聖痕≫の侵食する範囲に続き、その密度までもが高まったのだ。
草薙の衝撃力を利用して押し切ろうとしていた千勢が、精緻な紋様を刻み続けて行く≪聖痕≫によって突如膨れ上がったエレナの力に押しとどめられる。
……≪聖痕≫、たしかそれを与えてエレナを両親のもとから救ったというのはオルコットだったな……。
脇腹に時折走る痛みを黙殺しながらウィリアムが管理していた製薬会社で聞いた言葉を思い出し、千勢は確認する。
「その≪聖痕≫は≪聖槍≫の穂先で刻まれた傷か!?」
「ええそうよ! 私の求めにオルコット様が応えてくれた、愛しい傷!」
エレナの力が千勢を押し返した。千勢とエレナはそれぞれの得物をぶつけ合わせた状態で動きを止める。額をぶつけんばかりに近付けながら、エレナはオルコットに告げた。
「オルコット様、先に進んでください! チトセは私が引き受けます! テッシンも私達にぶつける事が出来るような強力な戦力をそう大量に用意できているとも思えません。最も重用していたチトセがここで出てきたという事はこの先にはもう戦力は用意されていない可能性も高い!」
エレナの介入によって歩を止めていたオルコットが向きを変えて走り出す。向かう先は道の奥、徹心の異界の入り口だ。千勢はエレナを無理にひきはがし、オルコットに向けて回転ざま草薙を放つ。
「――ッ!」
放たれた一撃はオルコットに向かう事はなく、彼の近くの建物を斬り飛ばしただけだった。
その結果に悔しげな表情を浮かべながら、千勢は己の一撃を邪魔したエレナに目を向ける。
「邪魔はさせないわ、分かってるわね?」
その体に刻まれる≪聖痕≫の密度は刻一刻と深まり、精緻なその痕は一種崇高な芸術の域にまで達している。総身から溢れる烈気は千勢やオルコットのそれに等しく、
――背を向ける事の出来る相手ではない。
そう直感して千勢はオルコットを追う事を断念する。しかし視界の端、≪夢の国≫の住人達がオルコットの進路を阻もうと動いている。
「アレには手を出すな!」
警告するが、≪夢の国≫の住人達は敢えて命令を無視し、≪神智学協会≫の者を後方に通さないという当初の命令に従って動く。
「邪魔をするか――」
現場に残っていた兵の半数程を引き連れたオルコットは、多様な色彩を輝かせる加護を煌めかせ、≪ジュワユーズ≫を振るった。
剣身に沿って伸びた色彩の巨大な刃による斬撃によってなすすべなく斬り進められていく≪夢の国≫の住人達を見て、千勢はエレナと睨み合いながら≪壇ノ浦に没した宝剣≫を天に翳した。
「≪夢の国≫の住人よ、オルコットの相手は諦めろ、格が違う! お前達は凍死兵達の進行を抑えろ!」
それでも凍死兵達が通りぬける事は止められまい。エレナのもとに残った凍死兵達の相手がせいぜい限界だろう。下手に戦力を割けば部隊全体が完全に瓦解する。
そう考えながら千勢は叢雲を喚んだ。
再構成された雲竜が、天からオルコット一人に向かってその巨体による一槌を下す。
≪夢の国≫の住人達をオルコットからひきはがす意味も込めた一撃だ。住人達の意地も分かるが無駄死にでは意味が無い。
叢雲をもってしてもオルコット相手には時間稼ぎにしかならないだろう。そう覚悟しながら千勢は防衛線が抜けられた事を理解する。食い止める事が叶わなかった敵を見送るしかない自分をふがいないと思いながら、千勢は道の端を流れる水路に浮かぶ花弁を見る。
……まだだ、頼むぞ徹心。
短く祈り、千勢は目の前で敵いを漲らせている女へと意識を集中させた。自分たちの周りにいる≪夢の国≫の住人と凍死兵は自分達の動静を確認するまで動けないらしい。妙に緊張した気配を滲ませている兵達に眉を立てた笑みで応え、全身を≪聖痕≫の清浄な光で彩った状態になっているエレナに言葉を作る。
「その姿、≪聖痕≫に呑みこまれたか?」
「いいえ……オルコット様の邪魔をする者を食い止めるまで、私は、私の意志は死なないわ……」
エレナは≪デリーの鉄柱≫を軽く振って健在をアピールする。
「貴女こそ、そろそろ出血がつらいのではないの?」
「いや、まだまださ。若い者には負けられん」
応じて千勢も≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振るう。その額を汗が一筋伝った。
≪ジュワユーズ≫の一撃によって受けた傷は千勢の体力を確実に削いでいた。
……愛は人を強くするとは馬鹿弟子に言ったが、敵にそれをやられるとは……どうやら先程砕いてやった骨も再生しているようだし、さて、まいったな。
そう思いつつ、しかし表に見せる表情は常の強気の笑みで千勢は言う。
「改めて名乗るぞ。私は高坂千勢、義と縁と信条によって貴様らを討つ!」
一閃。
草薙の斬撃が戦闘再開の合図となった。
「……エレナ、エレナ・サヴァレーゼ。オルコット様の駒であり、この場においてはタカサカ=チトセ、貴女を穿つ聖釘よ!」
≪デリーの鉄柱≫が斬撃波を砕く為に叩きつけられた。
左脇腹に手をやる。衣服を濡らす湿り気に手が触れ、舌打ちする。オルコットが振るった一撃によってできた傷だ。
……致命では無いが……厳しいな。
湿り気から手を離すと掌に赤黒い血がべっとりと付いている。その事に再度舌打ちして千勢は心配そうな気配を見せる≪夢の国≫の住人達に気にするな、と手を振った。
……エレナとオルコット、二人があそこまで隠し玉を保持していたとはな……。予想外だが、泣き言も言ってはいられん……。
千勢は敵によって引き倒された大砲の上に跳び、高い位置から同じように地上に落下しているだろう敵の姿を探す。
敵陣の最前にその目立つ姿はあった。
千勢は彼等の前へと跳ぶ。
全身に刻まれた≪聖痕≫の光を煌々と放つエレナと、身体中を不思議な色彩を放つ加護で鎧ったオルコットの姿に気を呑まれたのか、≪夢の国≫の住人も凍死兵達もその周囲だけは一時的に戦闘を停止していた。
身体がまだ存分に動く事を確認して千勢はオルコットに皮肉な笑みを向ける。
「業物だとは思っていたが、そうか、どうりで≪壇ノ浦に没した宝剣≫をぶつけても刃こぼれ一つ起こさないわけだ。名剣も名剣、≪デュランダル≫や≪クルタナ≫と同じ材質、同じ製法で生み出されたという剣なのだから当然か。予想ぐらいしておくべきだったのかもしれんな」
そう言って千勢はオルコットが持つ剣をつぶさに観察する。
黄金の柄頭を持つ西洋剣、オルコットを鎧う加護は虹を想起させるものである一方で、虹を遥かに超える色彩を輝かせていた。その色の数は30程だろうと思いながら千勢は問う。
「モニカに契約させるという≪聖槍≫……正確にはその穂先か――その中か?」
柄頭を指しての問いにオルコットは頷いた。
「御名答。≪拝上帝会≫に居た時も、≪太平天国≫を叩き潰そうと動いていた時も使う事がなかった剣の真価、その目で見る事が出来る事を誇るといい」
「押しつけがましいじゃあないか」
軽口を叩きつつ、千勢は先程受けた傷から血が流れて行く感触に顔を顰める。
「しかし、まぁ、確かに世界を改変しようなどと言う人間には似合いの剣だ。私の愛剣のように質素さが無いあたり、私は持つ気はしないが」
言いつつ剣を構える。戦闘再開の合図だ。相手も応じるのを見て千勢は告げる。
「シャルルマーニュより更に上、国よりも世界を望むその意志に≪ジュワユーズ≫も応えたのだろうが、まかり通らせはしない!」
かつて大国を統治した王の佩剣の名を真名として宣言する千勢に、オルコットは称賛交じりの言葉を返す。
「お前はよくやった。しかしここまでだ、高坂千勢!」
剣――≪ジュワユーズ≫で斬りかかるオルコットに向けて千勢は≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振り抜いた。
風を孕んだ巨大な斬撃波、草薙が空間を斬り裂く。
千勢は剣を振り抜くと同時に自身も斬撃の後を追うように走った。
草薙と千勢、両方が狙うのは≪ジュワユーズ≫を翳すオルコットだ。
二つの斬撃は一直線にオルコットへと進み、
「――!」
≪デリーの鉄柱≫を構えてオルコットの前に盾になるようにして介入してきたエレナにその両方を防がれた。
砕かれた草薙の余波が衣服やエレナの身体を撫で切って行く。その時、更に異常な現象が発生した。
エレナに刻まれた≪聖痕≫の侵食する範囲に続き、その密度までもが高まったのだ。
草薙の衝撃力を利用して押し切ろうとしていた千勢が、精緻な紋様を刻み続けて行く≪聖痕≫によって突如膨れ上がったエレナの力に押しとどめられる。
……≪聖痕≫、たしかそれを与えてエレナを両親のもとから救ったというのはオルコットだったな……。
脇腹に時折走る痛みを黙殺しながらウィリアムが管理していた製薬会社で聞いた言葉を思い出し、千勢は確認する。
「その≪聖痕≫は≪聖槍≫の穂先で刻まれた傷か!?」
「ええそうよ! 私の求めにオルコット様が応えてくれた、愛しい傷!」
エレナの力が千勢を押し返した。千勢とエレナはそれぞれの得物をぶつけ合わせた状態で動きを止める。額をぶつけんばかりに近付けながら、エレナはオルコットに告げた。
「オルコット様、先に進んでください! チトセは私が引き受けます! テッシンも私達にぶつける事が出来るような強力な戦力をそう大量に用意できているとも思えません。最も重用していたチトセがここで出てきたという事はこの先にはもう戦力は用意されていない可能性も高い!」
エレナの介入によって歩を止めていたオルコットが向きを変えて走り出す。向かう先は道の奥、徹心の異界の入り口だ。千勢はエレナを無理にひきはがし、オルコットに向けて回転ざま草薙を放つ。
「――ッ!」
放たれた一撃はオルコットに向かう事はなく、彼の近くの建物を斬り飛ばしただけだった。
その結果に悔しげな表情を浮かべながら、千勢は己の一撃を邪魔したエレナに目を向ける。
「邪魔はさせないわ、分かってるわね?」
その体に刻まれる≪聖痕≫の密度は刻一刻と深まり、精緻なその痕は一種崇高な芸術の域にまで達している。総身から溢れる烈気は千勢やオルコットのそれに等しく、
――背を向ける事の出来る相手ではない。
そう直感して千勢はオルコットを追う事を断念する。しかし視界の端、≪夢の国≫の住人達がオルコットの進路を阻もうと動いている。
「アレには手を出すな!」
警告するが、≪夢の国≫の住人達は敢えて命令を無視し、≪神智学協会≫の者を後方に通さないという当初の命令に従って動く。
「邪魔をするか――」
現場に残っていた兵の半数程を引き連れたオルコットは、多様な色彩を輝かせる加護を煌めかせ、≪ジュワユーズ≫を振るった。
剣身に沿って伸びた色彩の巨大な刃による斬撃によってなすすべなく斬り進められていく≪夢の国≫の住人達を見て、千勢はエレナと睨み合いながら≪壇ノ浦に没した宝剣≫を天に翳した。
「≪夢の国≫の住人よ、オルコットの相手は諦めろ、格が違う! お前達は凍死兵達の進行を抑えろ!」
それでも凍死兵達が通りぬける事は止められまい。エレナのもとに残った凍死兵達の相手がせいぜい限界だろう。下手に戦力を割けば部隊全体が完全に瓦解する。
そう考えながら千勢は叢雲を喚んだ。
再構成された雲竜が、天からオルコット一人に向かってその巨体による一槌を下す。
≪夢の国≫の住人達をオルコットからひきはがす意味も込めた一撃だ。住人達の意地も分かるが無駄死にでは意味が無い。
叢雲をもってしてもオルコット相手には時間稼ぎにしかならないだろう。そう覚悟しながら千勢は防衛線が抜けられた事を理解する。食い止める事が叶わなかった敵を見送るしかない自分をふがいないと思いながら、千勢は道の端を流れる水路に浮かぶ花弁を見る。
……まだだ、頼むぞ徹心。
短く祈り、千勢は目の前で敵いを漲らせている女へと意識を集中させた。自分たちの周りにいる≪夢の国≫の住人と凍死兵は自分達の動静を確認するまで動けないらしい。妙に緊張した気配を滲ませている兵達に眉を立てた笑みで応え、全身を≪聖痕≫の清浄な光で彩った状態になっているエレナに言葉を作る。
「その姿、≪聖痕≫に呑みこまれたか?」
「いいえ……オルコット様の邪魔をする者を食い止めるまで、私は、私の意志は死なないわ……」
エレナは≪デリーの鉄柱≫を軽く振って健在をアピールする。
「貴女こそ、そろそろ出血がつらいのではないの?」
「いや、まだまださ。若い者には負けられん」
応じて千勢も≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振るう。その額を汗が一筋伝った。
≪ジュワユーズ≫の一撃によって受けた傷は千勢の体力を確実に削いでいた。
……愛は人を強くするとは馬鹿弟子に言ったが、敵にそれをやられるとは……どうやら先程砕いてやった骨も再生しているようだし、さて、まいったな。
そう思いつつ、しかし表に見せる表情は常の強気の笑みで千勢は言う。
「改めて名乗るぞ。私は高坂千勢、義と縁と信条によって貴様らを討つ!」
一閃。
草薙の斬撃が戦闘再開の合図となった。
「……エレナ、エレナ・サヴァレーゼ。オルコット様の駒であり、この場においてはタカサカ=チトセ、貴女を穿つ聖釘よ!」
≪デリーの鉄柱≫が斬撃波を砕く為に叩きつけられた。