●
夢子と≪冬将軍≫は互いに動きを止めて道の奥へと意識を向けた。
互いの顔を見合い、共通の見解がとれている事を表情から察して、≪冬将軍≫が口を開く。
「この異界を抜けて行った者がいるな」
「そのようですね……」
空間に強く干渉する能力を持つ二人は、この空間を抜けて別の異界へと抜けて行った存在がある事、そしてそれはかなりの人数である事を正確に感知していた。多くは凍死兵だろうが、その中で一つだけ他を圧して巨大な気配があった。
一体誰が、と呟く夢子に≪冬将軍≫が言う。
「オルコットだろう、≪ジュワユーズ≫を解放した気配がある」
「この強い都市伝説の気配の事ですか?」
「そうだ」
≪冬将軍≫の肯定に夢子は俯く。その面にはありありと心配げな表情が浮かんで、
「余所を心配するのもいいが、ワタシを忘れてしまうのはよくないな」
≪冬将軍≫の片手に握った軍刀の一閃が夢子を断ち切った。
しかし、
――王様は一人しか居ないけどね、世界中のどこにも居るんだよ?
「そして≪夢の国≫では人は死なないのだな?」
≪冬将軍≫の背後に現れた夢子に≪冬将軍≫はもう一方の手に持った猟銃の銃口を突き付けた。
発砲する。
「……ふむ、やはり王はこの国の中に遍在しているのかな?」
≪冬将軍≫は呟きながら≪夢の国≫の住人へと対処している凍死兵達に新たな指示を出しながら呟く。確かに夢子を捉えた筈の刃も銃弾もぎりぎりで避けられたのか、夢子を穿つ事はなかった。夢子の姿は、軍勢同士の戦闘が撒き散らした粉塵に包まれた一瞬で視界から消えてしまった。
手ぶりで王に気を付けるように指示し、≪冬将軍≫はひとりごちる。
「彼女らしい瞬間転移だが……さてどうやって捉えたものか……≪夢の国≫か、一つ試すとしよう」
互いの顔を見合い、共通の見解がとれている事を表情から察して、≪冬将軍≫が口を開く。
「この異界を抜けて行った者がいるな」
「そのようですね……」
空間に強く干渉する能力を持つ二人は、この空間を抜けて別の異界へと抜けて行った存在がある事、そしてそれはかなりの人数である事を正確に感知していた。多くは凍死兵だろうが、その中で一つだけ他を圧して巨大な気配があった。
一体誰が、と呟く夢子に≪冬将軍≫が言う。
「オルコットだろう、≪ジュワユーズ≫を解放した気配がある」
「この強い都市伝説の気配の事ですか?」
「そうだ」
≪冬将軍≫の肯定に夢子は俯く。その面にはありありと心配げな表情が浮かんで、
「余所を心配するのもいいが、ワタシを忘れてしまうのはよくないな」
≪冬将軍≫の片手に握った軍刀の一閃が夢子を断ち切った。
しかし、
――王様は一人しか居ないけどね、世界中のどこにも居るんだよ?
「そして≪夢の国≫では人は死なないのだな?」
≪冬将軍≫の背後に現れた夢子に≪冬将軍≫はもう一方の手に持った猟銃の銃口を突き付けた。
発砲する。
「……ふむ、やはり王はこの国の中に遍在しているのかな?」
≪冬将軍≫は呟きながら≪夢の国≫の住人へと対処している凍死兵達に新たな指示を出しながら呟く。確かに夢子を捉えた筈の刃も銃弾もぎりぎりで避けられたのか、夢子を穿つ事はなかった。夢子の姿は、軍勢同士の戦闘が撒き散らした粉塵に包まれた一瞬で視界から消えてしまった。
手ぶりで王に気を付けるように指示し、≪冬将軍≫はひとりごちる。
「彼女らしい瞬間転移だが……さてどうやって捉えたものか……≪夢の国≫か、一つ試すとしよう」
●
「びっくりしました……」
夢子は≪冬将軍≫からは死角になる建物の陰で胸を撫で下ろしていた。先程の≪冬将軍≫の動きを思い出す。
……私が移動する位置が悟られていましたね。
軍勢の指揮を執りながらの短い戦闘の間にこちらの動きを見抜いて来たということだろうかと思い、≪冬将軍≫の悟性に感服する。
……どうしましょう。
夢子としてはとりあえず冬の侵食とこれ以上の凍死兵達の進軍を食い止める事さえできればそれで問題はない。後はTさん達がオルコットの進軍を止める事ができれば≪神智学協会≫の目的を阻止でき、≪冬将軍≫も退くしかなくなるだろう。
……オルコットの進軍を皆さんが止めてくれるまでの間、この場に彼を釘づけにするためには……。
地の利はこちらにある。いくつか手も存在するだろう。そう考えた時、夢子のもとへ≪冬将軍≫の凍死兵と戦闘を行っていた≪夢の国≫の住人から異常事態を伝える連絡が入った。
「……え?」
その内容に夢子はまずいと思い、事実を確認しようと≪冬将軍≫の方を窺う。≪冬将軍≫の軍刀に貫かれた≪夢の国≫の住人が内側から身体を凍らされている光景を。
腹を貫かれたその≪夢の国≫の住人は、動きを止めていた。
≪冬将軍≫はその結果に興味深げに頷いて、銃口を彼に襲いかかろうとしていた≪夢の国≫の黒服に向けた。銃弾が黒服の、異常に伸びた奇形の左腕を穿った。首を落とされても動く事が可能な≪夢の国≫の住人にとっては絶命の一撃には大抵成りえない一発。しかし、
「やはり……か」
その黒服は動きを鈍くし、やがて動きを停止した。彼の身体からは冷気が立ち昇っている。
続いて放たれた銃弾によって≪冬将軍≫に撃ち倒された≪夢の国≫の住人達が動きを止めるのを視界に収め、夢子は息を詰めた。
気付かれた。そう悟る夢子の目の先、≪冬将軍≫は周囲一帯に聞こえ渡るように大きな声で悠然と告げる。
「焼いても電気を通してもこたえないが、どうやら冷気には対応しきれないと見えるな、王よ」
……病める身体を冷凍保存した≪夢の国≫の創始者……!
元々は延命の為の手段だが、それを逆手に取られた。創始者を欠いた現在の≪夢の国≫だが、夢子は元契約者だ。王となった彼女の下にある住人達にも夢子を通して能力は影響を与えている。
……それでも、普通の冷気では参ってしまう事もないはずなのに……。
どうやら≪冬将軍≫は攻撃を打ち込み、内部から完全に凍らせているらしい。乱暴な、と不満を抱くがここは戦場で≪冬将軍≫は敵だ。どうしようもないと諦めて指示を出す。
「みんな! 凍った子を連れていってあげて! フロートを前面に出して彼と直接戦う事は避けよう!」
そうしながら夢子は≪冬将軍≫の前に現れた。≪冬将軍≫の今の攻撃の成功は≪夢の国≫の住人が保持する、死にづらいという特性を覆してしまう可能性を持っている。見ている限りでは、どうやら今のような攻撃は≪冬将軍≫以外の者はできないようだ。しかし≪冬将軍≫にここから先に進まれては≪夢の国≫の住人を次々行動不能にされ、全体の情勢すら変わる事にもなりかねない。
何としても止める。そう決意する夢子に≪冬将軍≫が言葉をかける。
「あのような攻撃をワタシが行使できると知った上でワタシの前に現れてもいいのかね?」
「ええ、あなたを進ませるわけにはいきませんから」
答える夢子に≪冬将軍≫は薄く笑って見せた。
「王よ、別に凍気で≪夢の国≫の住人を倒しやすくなったとて、ワタシ一人しかそれができないのではあまり意味はないと思わないかね? どちらにせよ大規模攻撃で滅するしかないのだから、敵は結果として砕ける。凍気の存在もそれではあまり意味がなかろう?」
「それでも止めます。異界への道が通じてしまい、オルコットが行ってしまった以上、誰一人後ろに通すわけにはいきません。向こうには大事な友達がいるんですから」
それに、と夢子は言葉を続ける。
「将軍さまは凍気ではなくって、冬で私たちを包もうとしているよね?」
≪冬将軍≫は、うむ、と頷いた。
「……戦闘を重ねて諒解したことがある」
≪冬将軍≫の周囲に変化が訪れる。彼の周りに雪がちらつき始めたのだ。
雪はその量を増し、時を置かずに吹雪になる。≪夢の国≫が強引に干渉してくる冬を排除しようと能力を発動させるが、≪冬将軍≫を中心とした球形の小規模な吹雪は≪夢の国≫に呑まれる事なくわだかまった。
「この国に対して冬を招くのは至難の業ではあるが、決して不可能ではないとな」
じわじわと国を侵そうとする吹雪の、そして冬の結界の中心で≪冬将軍≫は更に告げる。
「君達が用意した防衛の構えも抜けられ、オルコットはタカベのもとへと至った。そろそろ斜陽の時だよ、王」
言葉の後を引きとる形で冬の結界の内部から重々しい動作音が聞こえてきた。何事かと目を向ける≪夢の国≫の住人の中、夢子は咄嗟に叫ぶ。
「だめ! みんな早く逃げて! 砲撃が来るよ!」
直後、地面を揺るがす大音と共に砲火の音がこだまし、≪夢の国≫の櫓が複数爆散した。
夢子は≪冬将軍≫からは死角になる建物の陰で胸を撫で下ろしていた。先程の≪冬将軍≫の動きを思い出す。
……私が移動する位置が悟られていましたね。
軍勢の指揮を執りながらの短い戦闘の間にこちらの動きを見抜いて来たということだろうかと思い、≪冬将軍≫の悟性に感服する。
……どうしましょう。
夢子としてはとりあえず冬の侵食とこれ以上の凍死兵達の進軍を食い止める事さえできればそれで問題はない。後はTさん達がオルコットの進軍を止める事ができれば≪神智学協会≫の目的を阻止でき、≪冬将軍≫も退くしかなくなるだろう。
……オルコットの進軍を皆さんが止めてくれるまでの間、この場に彼を釘づけにするためには……。
地の利はこちらにある。いくつか手も存在するだろう。そう考えた時、夢子のもとへ≪冬将軍≫の凍死兵と戦闘を行っていた≪夢の国≫の住人から異常事態を伝える連絡が入った。
「……え?」
その内容に夢子はまずいと思い、事実を確認しようと≪冬将軍≫の方を窺う。≪冬将軍≫の軍刀に貫かれた≪夢の国≫の住人が内側から身体を凍らされている光景を。
腹を貫かれたその≪夢の国≫の住人は、動きを止めていた。
≪冬将軍≫はその結果に興味深げに頷いて、銃口を彼に襲いかかろうとしていた≪夢の国≫の黒服に向けた。銃弾が黒服の、異常に伸びた奇形の左腕を穿った。首を落とされても動く事が可能な≪夢の国≫の住人にとっては絶命の一撃には大抵成りえない一発。しかし、
「やはり……か」
その黒服は動きを鈍くし、やがて動きを停止した。彼の身体からは冷気が立ち昇っている。
続いて放たれた銃弾によって≪冬将軍≫に撃ち倒された≪夢の国≫の住人達が動きを止めるのを視界に収め、夢子は息を詰めた。
気付かれた。そう悟る夢子の目の先、≪冬将軍≫は周囲一帯に聞こえ渡るように大きな声で悠然と告げる。
「焼いても電気を通してもこたえないが、どうやら冷気には対応しきれないと見えるな、王よ」
……病める身体を冷凍保存した≪夢の国≫の創始者……!
元々は延命の為の手段だが、それを逆手に取られた。創始者を欠いた現在の≪夢の国≫だが、夢子は元契約者だ。王となった彼女の下にある住人達にも夢子を通して能力は影響を与えている。
……それでも、普通の冷気では参ってしまう事もないはずなのに……。
どうやら≪冬将軍≫は攻撃を打ち込み、内部から完全に凍らせているらしい。乱暴な、と不満を抱くがここは戦場で≪冬将軍≫は敵だ。どうしようもないと諦めて指示を出す。
「みんな! 凍った子を連れていってあげて! フロートを前面に出して彼と直接戦う事は避けよう!」
そうしながら夢子は≪冬将軍≫の前に現れた。≪冬将軍≫の今の攻撃の成功は≪夢の国≫の住人が保持する、死にづらいという特性を覆してしまう可能性を持っている。見ている限りでは、どうやら今のような攻撃は≪冬将軍≫以外の者はできないようだ。しかし≪冬将軍≫にここから先に進まれては≪夢の国≫の住人を次々行動不能にされ、全体の情勢すら変わる事にもなりかねない。
何としても止める。そう決意する夢子に≪冬将軍≫が言葉をかける。
「あのような攻撃をワタシが行使できると知った上でワタシの前に現れてもいいのかね?」
「ええ、あなたを進ませるわけにはいきませんから」
答える夢子に≪冬将軍≫は薄く笑って見せた。
「王よ、別に凍気で≪夢の国≫の住人を倒しやすくなったとて、ワタシ一人しかそれができないのではあまり意味はないと思わないかね? どちらにせよ大規模攻撃で滅するしかないのだから、敵は結果として砕ける。凍気の存在もそれではあまり意味がなかろう?」
「それでも止めます。異界への道が通じてしまい、オルコットが行ってしまった以上、誰一人後ろに通すわけにはいきません。向こうには大事な友達がいるんですから」
それに、と夢子は言葉を続ける。
「将軍さまは凍気ではなくって、冬で私たちを包もうとしているよね?」
≪冬将軍≫は、うむ、と頷いた。
「……戦闘を重ねて諒解したことがある」
≪冬将軍≫の周囲に変化が訪れる。彼の周りに雪がちらつき始めたのだ。
雪はその量を増し、時を置かずに吹雪になる。≪夢の国≫が強引に干渉してくる冬を排除しようと能力を発動させるが、≪冬将軍≫を中心とした球形の小規模な吹雪は≪夢の国≫に呑まれる事なくわだかまった。
「この国に対して冬を招くのは至難の業ではあるが、決して不可能ではないとな」
じわじわと国を侵そうとする吹雪の、そして冬の結界の中心で≪冬将軍≫は更に告げる。
「君達が用意した防衛の構えも抜けられ、オルコットはタカベのもとへと至った。そろそろ斜陽の時だよ、王」
言葉の後を引きとる形で冬の結界の内部から重々しい動作音が聞こえてきた。何事かと目を向ける≪夢の国≫の住人の中、夢子は咄嗟に叫ぶ。
「だめ! みんな早く逃げて! 砲撃が来るよ!」
直後、地面を揺るがす大音と共に砲火の音がこだまし、≪夢の国≫の櫓が複数爆散した。
●
砲音の残響が微かに空間を震わせている。≪冬将軍≫は砲塔からたち昇る煙を吹雪の冷風で吹き流し、粉砕された≪夢の国≫の街並みに問いかけの言葉を放った。
「さて王よ、どうだね」
≪冬将軍≫の周囲、吹雪が包む冬の結界からは何重にも重なる砲塔の群れが突き出ていた。地上に設置するための大砲や、戦車や戦艦に付属しているような超大型の砲まである。
石畳から、そして吹雪吹きすさぶ宙空から生え出て来ているそれらの砲塔は鈍く冷たい輝きを秘め、そして、
「ワタシ自身の操作が必要なため進軍には同行させられなかったが、なかなかのものだろう?」
粉砕された≪夢の国≫の街並み、その砲弾が着弾した箇所からは氷柱が生えていた。
氷柱の中に巻き込まれた≪夢の国≫の住人達が氷の中に身体を砕かれた状態で閉じ込められている。
……あれならば、氷を壊さないかぎり、住人も出ては来られまい……。
砲を躱した夢子が唇を噛んでいる姿を視界に収める。彼女は砲塔の群れを展開する≪冬将軍≫へと訊ねた。
「冷気の砲ですか?」
「ああ、ワタシが呑みこんだ艦船の砲だ。人間が生み出した血の通わぬ冷たいモノ同士、波長が合うらしい」
もはや拡大解釈の域だ。大量の都市伝説を取り込んだが故の能力だろうか。≪冬将軍≫がそう考えを巡らせる間にも砲塔は増え続け、時を置かずに彼を中心に据えた、一個の要塞が完成した。
砲の森が全ての枝の照準を夢子に合わせる。
「穏やかな冬の訪れを受け容れない王には少し厳しく当たるとしよう。蹂躙を始める、盛大にな」
眉を下げた困り顔で夢子は応じた。
「あまり激しい踊りは好まないのですけれど」
「それに付き合うのが社交だ」
≪冬将軍≫の軍刀の一振りを合図に砲塔が吠えた。
氷壁を築き上げる弾幕の成果を確認しながら、彼は言葉を紡ぐ。
「……そして、隷属を強制して相手の意志を粉砕する事が武力の真髄だ」
この調子で≪夢の国≫を完全に氷に封じてしまえば≪夢の国≫の機能を封じる事が出来るだろう。
……そうなればワタシの冬でこの異界全てを覆い尽くす事ができる。
≪夢の国≫を冬に沈めた場合、この国も≪冬将軍≫の一部となるだろう。
「モニカが永遠に眠る事を阻止しようとする君達は、やはりワタシの中で眠りにつく事は望まないかね?」
――そうですね、皆に夢を与える事が私達の目的ですから、自由も意思も奪われてしまう事は望みません。
ずいぶんと反響が激しく、出所の掴めない声がする。やはり先の一撃では彼女を捉える事は出来なかったようだ。そう思いながら≪冬将軍≫は周囲、特に今の自分からは死角になっている部分に気を配った。彼女は死角から人を驚かすように現れる癖があるようだと≪冬将軍≫は掴んでいた。その様子は悪戯好きの少女のようであり、また恐ろしい暗殺者のようでもある。
幼さと老獪さが相反する事なく混ざった不気味。彼女の戦闘様式をそう評して、≪冬将軍≫は構えた。
すると突如背後に気配を感じた。
やはり、と思い反射的に軍刀を振るう。手応えを得ると共に気配の主が視界に入った。
それは笑みを浮かべたネズミのマスコットだった。両手には彼が穿く赤い釣りズボンよりも赤く揺らめく火が灯った火炎瓶が一杯に握られている。
≪冬将軍≫の吹雪の中にあっても灯り続ける灯りに照らされながら内側から凍結させられていくネズミのマスコットは、ハハッ、と軽快に笑う。
火炎瓶が落下した。
砲の音と比べたらあまりにもささやかな破裂音と共に火が≪冬将軍≫を包んだ。
炎を吹雪の余波で吹き払って≪冬将軍≫は呆れたように言う。
「まったく、こんなにも砲があるというのに火気を持ちこむとは」
通常の使用法以外の使用方法で使用されるこの砲には火気など意味がない。多少の炎に炙られてもびくともしない砲塔群に少し目を遣っている間にマスコットの姿は軍刀の先から消えていた。どうやら火炎瓶の破裂に紛れて遁走したらしい。
……素早い。
流石ネズミを模しただけはあると思った瞬間、≪冬将軍≫の背から心臓の位置めがけて刃が突き刺さった。
――!?
背から胸へと抜ける衝撃に打たれて≪冬将軍≫はわずかに息を詰める。
……ネズミも火炎瓶も王の転移後の気配を隠す為のおとり……。
今まで≪夢の国≫の住人達を気遣っているような戦い方をしてきた夢子の突然の行動に微かに驚きを覚える。あのネズミはそれをさせられる程に信頼関係があるマスコットなのだろうかと思い、声が聞こえた。
「王様はね? 一人しかいないけど、どこにもいるんだよ?」
背後からの声だ。刃の主はやはり夢子だろう。そう思いながら≪冬将軍≫は笑みを浮かべる。
「驚いたが、しかし残念だね」
そして彼は手にした軍刀を自身の腹越しに背の気配へと突き刺した。
「え――?」
背後からの驚愕の気配を感じながら≪冬将軍≫は冷気を注ぎ込む。
「王よ、ワタシは元来気象という現象なのだ。気象を殺すには刃物一本では荷が重いとは思わないかね?」
オルコットや千勢ですらも、めまぐるしく状況が変わる戦場においては≪冬将軍≫を殺し切る事が出来なかったのだ。到底不可能な事だろうと考えながら≪冬将軍≫は自身の腹から軍刀を引き抜く。軍刀の先には既に王を突き刺した感触は消えていた。
腹から引き抜かれた軍刀には血が凍りきらずに伝っている。血が通わない≪冬将軍≫のものではない。夢子のものだろう。
自分が≪夢の国≫の内部に作成した吹雪の外へと目をやる。≪夢の国≫と冬の境界、互いの干渉で嵐のような様相を呈しているそこで夢子は腹に手を添えて佇んでいた。彼女の周囲を護るようにいくつかの≪夢の国≫の住人が居て、凍死兵の相手をしている。
夢子の白い衣服には血が滲んでおり、傷口の付近は氷りついていた。
一太刀をいれる事には成功した。同時に仕留めそこなったとも思いながら、≪冬将軍≫は今の一瞬の交差で分かった事を確認する。
……どうやら瞬時に冷凍する、というわけにはいかないようだ。
≪夢の国≫という大量の都市伝説を取り込んだ王は自分と似た存在だ。その事を念頭に置いておけば下手を打つ事もないだろう。そう思いながら砲塔と、それらが作り上げる要塞を拠点として凍死兵達を展開させる。夢子も櫓や住人達を動かして≪冬将軍≫の砲撃に備えるように陣を築く。彼女が着ている服はいつの間にか真新しい白のワンピースに代わっていた。
油断ができない相手だ。再度心に刻み、≪冬将軍≫は訊ねる。
「さて、どうするのかな? 王」
返答はしっかりとした、どこか決意を秘めたような声で返って来た。
「あなたが存在できなくなるまであなたを削ります。将軍」
そうか、と答えて、よい宣言だ、と思う。
「やってみるといい。だが急がねば君の国は冬に沈むぞ?」
徐々に冬の気配は広がっている。砲撃による氷界の出現がこちらの情勢を有利に運んでいるのだ。
夢子は頷いて指示を出す。
「みんな、お願い!」
「凍兵よ、侵略するぞ!」
単なる殺し合いを越えた、存在の削り合いが始まった。
「さて王よ、どうだね」
≪冬将軍≫の周囲、吹雪が包む冬の結界からは何重にも重なる砲塔の群れが突き出ていた。地上に設置するための大砲や、戦車や戦艦に付属しているような超大型の砲まである。
石畳から、そして吹雪吹きすさぶ宙空から生え出て来ているそれらの砲塔は鈍く冷たい輝きを秘め、そして、
「ワタシ自身の操作が必要なため進軍には同行させられなかったが、なかなかのものだろう?」
粉砕された≪夢の国≫の街並み、その砲弾が着弾した箇所からは氷柱が生えていた。
氷柱の中に巻き込まれた≪夢の国≫の住人達が氷の中に身体を砕かれた状態で閉じ込められている。
……あれならば、氷を壊さないかぎり、住人も出ては来られまい……。
砲を躱した夢子が唇を噛んでいる姿を視界に収める。彼女は砲塔の群れを展開する≪冬将軍≫へと訊ねた。
「冷気の砲ですか?」
「ああ、ワタシが呑みこんだ艦船の砲だ。人間が生み出した血の通わぬ冷たいモノ同士、波長が合うらしい」
もはや拡大解釈の域だ。大量の都市伝説を取り込んだが故の能力だろうか。≪冬将軍≫がそう考えを巡らせる間にも砲塔は増え続け、時を置かずに彼を中心に据えた、一個の要塞が完成した。
砲の森が全ての枝の照準を夢子に合わせる。
「穏やかな冬の訪れを受け容れない王には少し厳しく当たるとしよう。蹂躙を始める、盛大にな」
眉を下げた困り顔で夢子は応じた。
「あまり激しい踊りは好まないのですけれど」
「それに付き合うのが社交だ」
≪冬将軍≫の軍刀の一振りを合図に砲塔が吠えた。
氷壁を築き上げる弾幕の成果を確認しながら、彼は言葉を紡ぐ。
「……そして、隷属を強制して相手の意志を粉砕する事が武力の真髄だ」
この調子で≪夢の国≫を完全に氷に封じてしまえば≪夢の国≫の機能を封じる事が出来るだろう。
……そうなればワタシの冬でこの異界全てを覆い尽くす事ができる。
≪夢の国≫を冬に沈めた場合、この国も≪冬将軍≫の一部となるだろう。
「モニカが永遠に眠る事を阻止しようとする君達は、やはりワタシの中で眠りにつく事は望まないかね?」
――そうですね、皆に夢を与える事が私達の目的ですから、自由も意思も奪われてしまう事は望みません。
ずいぶんと反響が激しく、出所の掴めない声がする。やはり先の一撃では彼女を捉える事は出来なかったようだ。そう思いながら≪冬将軍≫は周囲、特に今の自分からは死角になっている部分に気を配った。彼女は死角から人を驚かすように現れる癖があるようだと≪冬将軍≫は掴んでいた。その様子は悪戯好きの少女のようであり、また恐ろしい暗殺者のようでもある。
幼さと老獪さが相反する事なく混ざった不気味。彼女の戦闘様式をそう評して、≪冬将軍≫は構えた。
すると突如背後に気配を感じた。
やはり、と思い反射的に軍刀を振るう。手応えを得ると共に気配の主が視界に入った。
それは笑みを浮かべたネズミのマスコットだった。両手には彼が穿く赤い釣りズボンよりも赤く揺らめく火が灯った火炎瓶が一杯に握られている。
≪冬将軍≫の吹雪の中にあっても灯り続ける灯りに照らされながら内側から凍結させられていくネズミのマスコットは、ハハッ、と軽快に笑う。
火炎瓶が落下した。
砲の音と比べたらあまりにもささやかな破裂音と共に火が≪冬将軍≫を包んだ。
炎を吹雪の余波で吹き払って≪冬将軍≫は呆れたように言う。
「まったく、こんなにも砲があるというのに火気を持ちこむとは」
通常の使用法以外の使用方法で使用されるこの砲には火気など意味がない。多少の炎に炙られてもびくともしない砲塔群に少し目を遣っている間にマスコットの姿は軍刀の先から消えていた。どうやら火炎瓶の破裂に紛れて遁走したらしい。
……素早い。
流石ネズミを模しただけはあると思った瞬間、≪冬将軍≫の背から心臓の位置めがけて刃が突き刺さった。
――!?
背から胸へと抜ける衝撃に打たれて≪冬将軍≫はわずかに息を詰める。
……ネズミも火炎瓶も王の転移後の気配を隠す為のおとり……。
今まで≪夢の国≫の住人達を気遣っているような戦い方をしてきた夢子の突然の行動に微かに驚きを覚える。あのネズミはそれをさせられる程に信頼関係があるマスコットなのだろうかと思い、声が聞こえた。
「王様はね? 一人しかいないけど、どこにもいるんだよ?」
背後からの声だ。刃の主はやはり夢子だろう。そう思いながら≪冬将軍≫は笑みを浮かべる。
「驚いたが、しかし残念だね」
そして彼は手にした軍刀を自身の腹越しに背の気配へと突き刺した。
「え――?」
背後からの驚愕の気配を感じながら≪冬将軍≫は冷気を注ぎ込む。
「王よ、ワタシは元来気象という現象なのだ。気象を殺すには刃物一本では荷が重いとは思わないかね?」
オルコットや千勢ですらも、めまぐるしく状況が変わる戦場においては≪冬将軍≫を殺し切る事が出来なかったのだ。到底不可能な事だろうと考えながら≪冬将軍≫は自身の腹から軍刀を引き抜く。軍刀の先には既に王を突き刺した感触は消えていた。
腹から引き抜かれた軍刀には血が凍りきらずに伝っている。血が通わない≪冬将軍≫のものではない。夢子のものだろう。
自分が≪夢の国≫の内部に作成した吹雪の外へと目をやる。≪夢の国≫と冬の境界、互いの干渉で嵐のような様相を呈しているそこで夢子は腹に手を添えて佇んでいた。彼女の周囲を護るようにいくつかの≪夢の国≫の住人が居て、凍死兵の相手をしている。
夢子の白い衣服には血が滲んでおり、傷口の付近は氷りついていた。
一太刀をいれる事には成功した。同時に仕留めそこなったとも思いながら、≪冬将軍≫は今の一瞬の交差で分かった事を確認する。
……どうやら瞬時に冷凍する、というわけにはいかないようだ。
≪夢の国≫という大量の都市伝説を取り込んだ王は自分と似た存在だ。その事を念頭に置いておけば下手を打つ事もないだろう。そう思いながら砲塔と、それらが作り上げる要塞を拠点として凍死兵達を展開させる。夢子も櫓や住人達を動かして≪冬将軍≫の砲撃に備えるように陣を築く。彼女が着ている服はいつの間にか真新しい白のワンピースに代わっていた。
油断ができない相手だ。再度心に刻み、≪冬将軍≫は訊ねる。
「さて、どうするのかな? 王」
返答はしっかりとした、どこか決意を秘めたような声で返って来た。
「あなたが存在できなくなるまであなたを削ります。将軍」
そうか、と答えて、よい宣言だ、と思う。
「やってみるといい。だが急がねば君の国は冬に沈むぞ?」
徐々に冬の気配は広がっている。砲撃による氷界の出現がこちらの情勢を有利に運んでいるのだ。
夢子は頷いて指示を出す。
「みんな、お願い!」
「凍兵よ、侵略するぞ!」
単なる殺し合いを越えた、存在の削り合いが始まった。