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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会決戦-12

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 エレナが指揮を任されていた凍死兵の最後の一人を打ち倒し、≪夢の国≫の住人達は自分達の指揮を執っていた千勢に心配気な視線を送っていた。
 エレナが指揮していた凍死兵達はオルコットが進軍し、エレナが千勢の相手をし始めた頃から指示を与えられず、各自の判断によって戦闘を行わされていた。エレナは千勢の相手に全力で打ち込むために指揮を放棄したのだ。対する千勢は力を増したエレナに押されながらも的確な指示を出し続けた。それゆえに得る事ができた≪夢の国≫の住人達の勝利だ。
 手伝いに行きたい。オルコットの侵攻を許してしまった以上、せめてそれくらいはしてのけたいと彼等は思うが、それが叶わない事もまた知っていた。
 建物が破壊される轟音がまた一つ響き、応じる形で烈風が街路を洗い流していく。
 彼等には及びもつかない領域の力を振るう者達の戦闘は、その苛烈さを更に増していた。


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 明らかに戦闘に関する能力を上昇させているエレナの猛攻に、千勢は目前の戦闘に勝利した≪夢の国≫の住人達を労う余裕も無い程に押されていた。
 ……上昇したのは単純な腕力や身体能力だけではないな……ッ。
 数百に及ぶぶつかり合いで読みとった限り、視力や反応速度のような肉体面の強化と同時に、戦闘における先読みや勘のような、経験によって身につくような能力も上がっている。≪聖痕≫とはそこまで能力を補う事が出来るものなのかと思い、同時にエレナの身体を覆いつくす≪聖痕≫の様子に、よく呑みこまれないものだと感心する。
 ……侵食とも言える段階にまで達した≪聖痕≫に耐える精神力、それも愛か。
 そう考えながら顔を僅かにしかめる。戦闘の邪魔をしてくる左脇腹の傷が激しい戦闘のせいで広がっているのだ。徐々に自分が追い込まれている事を察して、千勢は血の臭気に悩まされながら息を吐き出す。
 ……血を、流し過ぎた。
 傷そのものは熱を帯びているかのように熱いが、その周囲は震える程に冷たくなっている。あがり始めた息に不利を自覚しつつ、千勢は正面のエレナへと口を開いた。
「兵を失ってしまっているが、大丈夫なのか?」
「貴女を行かせなければ大勢に影響するような事はないわ」
「随分と、私を高く買うじゃないか」
 光栄だよ、と言葉を続けながら千勢は冷静だ、と相手を評価する。
 ……目的に対してどう行動することが最善なのかを正しく判断している。私一人に集中している分、どうしても後方が気になる私よりも有利に立っているな。
 状況は不利、それでも戦いに勝つ。
 そう己に定めて、千勢は徹心のもとへとこれ以上兵力を送らせない為に≪夢の国≫の住人達へと≪夢の国≫に散らばっている他の凍死兵の排除を命令して、戦闘の動きを再開した。
 一太刀目は勢いの乗った突進からの一撃だった。危なげなく受け止めたエレナに千勢は言葉を放つ。
「あれがそこまでして尽くす程の男か! お前に傷を刻み、このような殺伐とした世界にまでお前を導いたオルコットが!」
「望んで賜った傷よ! それにオルコット様は私に奇跡をくれたの! 地獄から抜け出す事が出来る奇跡を! そして私は自分自身でオルコット様の傍で生きて行くと決めた。過去の私に救いを施してくれたオルコット様のもとで、全てを捧げてあの人の目的を手伝うと決めた!」
 ≪壇ノ浦に没した宝剣≫が強引に≪デリーの鉄柱≫から弾かれた。単純な腕力ではもはや負けている。その事実に舌打ちして千勢は距離を置いた。
 ……オルコットへの信頼は揺らがないか……――!
 距離を測りながら次の行動を考えていると、後方で大きな破裂音が聞こえた。水蒸気を含んだ風が吹き流れて来る。
 ……叢雲が破壊された……っ。
 オルコットの手によるものだろう。これで徹心の異界への侵入を止める事が出来る者は誰一人居なくなった。
 ……急いで戻らなければ、流石にアレの相手は徹心にはきつい。
 焦り、注意を僅かでも逸らしたのがまずかったのだろうか、エレナが目前まで迫る一瞬前まで千勢は彼女の接近に反応できなかった。
「――っ」
 胴体を打ち貫こうとする≪デリーの鉄柱≫の先端を避ける。突きを避けられたエレナは腰を落として制動をかけた。≪デリーの鉄柱≫を持つ両手のうち、尻側を持っていた右手が手刀の形に構えられる。まずいと思った時にはエレナの、≪聖痕≫が精緻に刻まれた手が千勢の左脇腹の傷に入っていた。
 千勢は身体を後方に跳ばして貫通を避けようとするが、千勢の挙動を読んでいたエレナは手を鉤状に曲げて退く千勢の身体から肉をこそぎとっていく。
「――――ッ!」
 苦悶の声を噛み殺した千勢に≪デリーの鉄柱≫による追撃が迫っていた。
 ≪壇ノ浦に没した宝剣≫で≪デリーの鉄柱≫の先端を防ぐ。しかし≪聖痕≫で底上げされた膂力による一撃は防御の構えをとった千勢の身体をいともたやすく打ち飛ばした。
 宙を飛ばされた千勢の身体は背から建物の壁に激突し、反動で建物を倒壊させる事によってようやく止まった。
 さらなる追撃を予防する為に建物の残骸を草薙で払ってエレナに対する障害物にしながら立ち上がった千勢は、血を吐き捨て、衝撃にふらつく身体で≪壇ノ浦に没した宝剣≫を構え直した。
 残骸があらかた吹き払われ、開けた視界で見る正面からは、エレナが千勢を砕こうと≪デリーの鉄柱≫を振り上げて迫って来ている。
 満身創痍で意識が半ば完全に状況を認識しないままに、反射的に迎撃の構えをとる千勢を叩き潰そうとするエレナ。
 その両者の間を一条の光が駆け抜けた。
「――ッ!?」
「……この、光」
 動きを止めて両者は通りの先へと視線を送った。それぞれの視線に含まれるのは驚きと、片や警戒、片や呆れ交じりの安堵だ。
 その視線が送られる先には影色の騎馬が一頭、そしてそれを操る騎士が一人と、その後ろで馬の上に器用に立ち、光弾を飛ばしてきた青年が一人、Tさんだ。
 彼は口を開く。
「もう二人も失ったんだ。これ以上、親を亡くしたくはない」


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 家を襲ってきた強盗達を殺してからもう随分と時が経った。自分がほとんど飲まず食わずで生きていられるのはこの≪ケサランパサラン≫のおかげだろう。そう思いながら少年は徐々に弱っていく自分を自覚していた。このままではいずれ死ぬだろうという事も理解して、その上でこの≪赤いクレヨン≫で閉じられた家から出る気も起きなかった。
 ある時、不意にこの家全体を囲んでいた不可視の力場のようなものが消失する感覚があった。この何カ月かの間全く起こらなかった現象だ。不思議に思っていると、やがて家の中へと足を踏み入れてくる物音がし、その足音の主達はそう時間をかけずに彼の前に現れた。
 現れたのは大きな白い獣を連れた長い髪の、きれいな女だった。
 女はこちらの様子を見ただけで状況を察したのか一つ頷き、
「何があったのかと訊いてもかまわないか?」
 答える気はないので黙っていると、彼女は強気そうな顔に困ったような笑みを浮かべた。
「だんまりか、子供のクセにひどい目をしている」
 少し自覚はあったので黙っていた。
「庭にあった墓、あれはお前がこしらえたものだな?」
 これもまた覚えがあった。≪ケサランパサラン≫との契約によって過去に≪ケサランパサラン≫が経験してきた記憶を見せられたが、その記憶内の知識で人は死ぬと腐っていくのだという事を知った。父と母をそのままにしておくなど少年にはできなかったし、両親を殺した賊であっても流石に死んだ後も放置するのは無体に過ぎるだろうと埋めたのだ。
 ロクに反応しない少年に女は更に言葉を続けた。
「いくつかある墓、そのうち二つが他の墓から遠ざけてあった。……お前の両親だな?」
 女の言葉に面を上げた。随分と久しぶりに心が反応したような気がする。墓を暴かれたのだろうか。そう思い、女へと敵意交じりの視線を向けるが、女は肩を竦めて、
「暴いてなどいないさ。ただ、この家に張られた結界を壊した時にいろいろと推測はついた」
 そう言って、白い獣を示した。
「こいつはケウ、≪ケサランパサラン≫の一つの姿だと思ってくれればいい。お前の≪ケサランパサラン≫の匂いを嗅ぎ分けたらしくてな、お前をこうして見つけられたわけだ」
 ――≪ケサランパサラン≫……!
 その言葉に、徐々にこの家と共に朽ちる気でいた少年の肩に留った自身の都市伝説を見る。姿形は著しく違うようだが都市伝説はその核となる話によって大きく姿を変えるものもある。そう契約時に流れ込んできた知識によって理解していたので姿にこだわることなく、少年は気になる事を訊いてみた。
「その≪ケサランパサラン≫には幸福を……」
「招く力は無い。せいぜいかくれんぼが上手なくらいだな」
「そうか……」
 先を引きとった女の言葉に、知らず身を乗り出していた少年は、妙に脱力して床へと力なく座り込む。そこに女は声をかけてきた。
「≪ケサランパサラン≫を恨んではいないのか?」
 どこか不思議そうな色を含んだ言葉に少年は頷いた。
「同情はしてる……契約の時、いろいろ視たから」
 そうか、と女は答え、しばらく考え深げに考えに沈んだ後、何かを決めたように声をかけてきた。
「どうだ少年、私と一緒にこないか? 生きていく術を教えてやろう。どちらにせよこのままここにいてもいつか衰弱するぞ」
「……それでもいい」
 契約時に見せられた≪ケサランパサラン≫の記憶には≪ケサランパサラン≫のこれまでの契約者達が見てきた人々の欲望が渦巻いていた。その渦に巻き込まれて命を落とした両親の事を思う。
 ……もう、生きているのも疲れる……。
 そんな思いと共に少年が諦観混じりに息を吐くと、女が苦笑する気配があった。
「随分とひどいものを見たようだな」
 女は≪ケサランパサラン≫との契約時に自分が見たものをいくらか予測できているようだった。
「……おかげで悟ったよ」
「それでもう自分の命もどうでもいいと?」
「あまり自分の命に執着はない」
「そう言うな、私はお前を引っ張り出してしまいたい。そういう性分なんだ」
「そうして≪ケサランパサラン≫を、幸せを要求するの?」
 皮肉を込めて言った言葉には即座の否定が返ってきた。
「興味は無いな。この家に結界を張った連中と一緒にしてくれるな」
 女は続ける。
「私はお前に生きる術を、戦う方法を、不幸を招く幸せを使いこなす意志の持ちようを、そしてそれを繰る責任を教えよう。見返りは私の自己満足と、あとはまあ、飲み仲間にでもなってくれればいい。――ついて来い」
 手が伸ばされてきた。視界の真ん中に映るそれをぼんやりと見つめる。
 こんな力でも、何か使い道があるんだろうか……。
 思い、女を見上げる。
 手を差し伸ばしてくれる女には亡くしてしまった者達に、親に通じる何かがあった。
 ……寂しいと思っているのだろうか……。子供だな……。
 そう自分に対して思いながら口を開く。
「じゃあ、利用させてもらう。あんたからいろいろ習って、そして――」
 そして、どうすればいいのだろう。もう自分は他の同年代の子供達のように人生が送れるとも思わない。ならばこれからどう生きて行ったらいいものだろうか。そう考えて続ける言葉を悩んでいると、女が笑んだ。
「ああ、そして幸せを見つけてみるのも一興だろう」
 手が更に伸びて来ていつの間にか伸ばしかけていた手を掴まれる。
 久しぶりに感じる他者の温もりはひどく暖かかった。
 少年はこの時になってまだ女の名前を聞いていなかった事に気付いた。
「あんた、名前は?」
 女はんー? と呟き、答える。
「私は高坂千勢。少年、君の名前は?」
「俺は――」
 少年の答えに千勢は頷き、いい名だ、と言い、頭を撫でながら悪戯っぽく彼に言葉をかける。
「さて、××。これからは私がお前の師匠で、育ての親だ。――まずはその衰弱した身体をどうにかしなければな」


            ●


「貴女に拾われた、あの出会いのおかげで俺は幸せを見つける事ができたよ」
 騎馬から降り、エレナを警戒しながら千勢の方へと歩み寄ったTさんは、少し照れたように笑んだ。
「貴女に俺が得る事が出来た幸せを見て欲しい。そして貴女にも幸せに浴してもたいたい。こうして幸せを俺が見つける事ができたのは、貴女のおかげなのだから――母さん」
 その言葉に千勢は衝撃のような印象を受けた。
 ……そうか、私はお前の親である事ができたか。……こんな、戦いが日常の世界にお前を引きこんだ私が……。
 自然に込み上げて来る笑みを隠しようが無い。Tさんは千勢の傷を見て小声で訊ねる。
「大丈夫か?」
「大丈夫だな? と、そう言え。馬鹿――」
 一瞬言いよどみ、
「馬鹿息子」
 口許の血を拭って言い直す。Tさんは微笑んでエレナの状態を確認して彼女への警戒を強め、背中越しに千勢に訊ねた。
「傷の手当ては?」
「≪聖痕≫の影響を受けた武具で受けた傷だ。お前の左腕の矢傷のようなバフォメットの呪詛程ではないが、すぐに治るような甘いものではない。私はいいからお前達は先に徹心の所へ行ってオルコットを止めろ。徹心一人では凍死兵共はともかく、剣を携えたオルコットの相手は到底不可能だ」
「剣……≪ジュワユーズ≫か?」
「察していたか、その通りだ」
 Tさんはやはりそうか、と呟いて黙り込む。
 ……舞が気になって仕方ないくせに。
 千勢の今の状態を見てこのまま行っていいものか迷っているのだろう。優しい子になった。そう思っていると、Tさんが言葉を寄越してきた。
「母さんは大丈夫――だな?」
「負うた子に負われる程には耄碌してはいない」
「負われた記憶は一切ないが……分かった、師匠、死ぬなよ」
「うむ、やはり親しんだ呼称の方が照れが出なくていいな。馬鹿弟子」
 ……不思議なものだ。まだまだやれる気になる。……これも愛か。いかんな、どれほど長く生きても人生は面白いと、そう思ってしまう。
 そう思いながら、Tさんにからかいの言葉を放る。
「死にはしない。まだ孫の顔を見ていないのだしな」
 そう言って千勢は自信に満ちた強気な笑みを浮かべた。


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 会話を続けながらも隙を見せないTさんに対してエレナは攻めあぐねていた。
「やはりオルコット様を先に進めさせたか……」
 そんなエレナに声をかける者があった。ユーグだ。
「全てを捧げてあの方に理想の先へと進んで頂く事が私の生き方ですもの」
 そう答えて、エレナはユーグの様子に苦笑した。
「ひどい傷ね」
「美しい傷だな」
 騎士は切り返しが上手い。そう感想を抱きながらエレナは≪聖痕≫を、その中心である下腹部を軽く撫で、誇らしく答える。
「オルコット様の邪魔をする者を打ち倒す為の力だもの。当然よ」
「君は変わらないな」
「貴方も相当頑固だと思うのだけれど――」
 そう言いかけて、エレナはユーグがTさんを乗せてここまで来たという状況を思い出した。
「宗旨替えをしたのかしら?」
「いや、しかし、モニカお嬢様が話し合いを所望だと聞いた」
「あの子が……?」
 ウィリアムの製薬会社での戦闘で暴走させられた≪杞憂≫を抑え込んだというユーグと縁の深い少女の事を思い出す。彼女の両親をその手で殺した事や≪聖槍≫の契約に捧げる事等が合わさってユーグは彼女と距離を置いていたようだったが、
「そう……話を聞きに行く気になったのね?」
「ああ、私と居る時は終ぞ聞く事が無かったモニカお嬢様のわがままだからな。それに、Tさんに負けた分、彼の言い分を聞かねばならん」
「貴方が、負けたの?」
「そうでなくては話を聞きに行こうなどとも思わないし、こんなざまにもなってはいない」
 そう言ってしかめ面で言うユーグを目の当たりにしてすら。エレナにはユーグの敗北はにわかに信じられるものではなかった。≪テンプル騎士団≫の総長に苦杯をなめさせる程に敵は強力なのかと思い、
 ……彼から隙を窺えないのも道理ね。
 Tさんを睨みつけ、ユーグに訊ねる。
「オルコット様の邪魔をするの?」
 問いかけに、ユーグはいや、と首を振った。
「少なくとも私はオルコット様の信じる世界の改変を支持する。Tさんと共にお嬢様に会いに行くのはお嬢様の話を聞きに行くためだけだ。それからは……どうなるのかは分からん」
「そうなの」
 表情が緩むのが自覚できる。自分より、そしてオルコットよりも遥かに長い時を生きているであろうユーグが道に迷っているらしい事に新鮮な驚きと共に女の強さというものを感じる。
 ……オルコット様も私のしつこい頼みに根負けして私を傍に置いてくれるようになったのですものね。
 ユーグはやはり敵になってしまうのではないだろうか。ウィリアムの製薬会社での戦闘でモニカが見せたという意思の強さを知るエレナはそう思いながら、しかし言う。
「モニカ嬢に免じて通してあげるわ。貴方が持つ憂いが世界を呑もうとする憂いを抑え込んだあの子によってどう変わるのか、とても興味あるものね……また会えたなら是非とも答えを聞きたいわ」
「ああ、そうだな」
 頷いた騎士は影色の馬に既に話しを終えたらしいTさんと共に乗る。どうやら今の彼には影色の馬を一頭喚び出すだけで精いっぱいのようだ。手ひどくやられたのだろうと思いながら、その下手人であろうTさんにエレナは声をかける。
「いいの? チトセと二人がかりでこれば、私も流石に倒されてしまうかもしれないわよ?」
「足止めを成功させたら結局はお前達の思うツボだ。師匠はアレでしぶといし、強い。悪いがオルコットを追わせてもらう」
 そう言ってユーグを促し、影色の馬を走らせる。それを見送る千勢とエレナは短く言葉を交わした。
「構わないのか? あの騎士はモニカの説教を喰らうぞ? 昔から騎士は少女のお願いというやつに敵わないものと相場は決まっているものだ」
「いいのよ、私にだってわがままを言うチャンスがあったんだから、これから大いなる犠牲になるあの子にもそういうチャンスは与えられるべきだわ」
 発言に対して疑問顔をする千勢に「こっちの話よ」と答え、エレナは内心で重い息を吐く。
 ……それに、私にはチトセとTさんの二人を相手にして勝てる自信が無いわ。
 一人ずつを確実に仕留めて行く。そう心に決めながらエレナは千勢に先程のTさんと千勢との会話で気になっていた事を訊ねてみた。
「Tさんは……彼は貴女の子供なの?」
 千勢は一瞬虚を衝かれたような顔になり、いや、と首を振った。
「実子ではないよ。……両親が賊に殺されてな、それを拾った。本当に親と思ってくれるなどとは思わなかったが、な」
「そう……」
 ……私の両親が彼の両親のようであったなら……。
 ≪聖痕≫を授けられた後、ステージに戻った時、両親の笑顔に一瞬でも何かを期待して、だからこそ涙を流したのだろうと過去の自分の行動に得心する。
 もしもを今思い浮かべてもしょうがない。それでも羨んでしまうのは自分にも普通の家族への憧れがあるからだろう。
 ……でも、両親がああでなかったら、オルコット様との出会いも無かった。
 そしてこんなに尽くしたい人を見つける事も無かっただろう。
 ならば悪い事ばかりでも無い。そう自身に結論付けてエレナは千勢に言う。
「彼は良い親に拾われたのね」
「アレは勝手に立派になったよ。いつの間にか私も越えられてしまったようだ」
 照れ隠しなのか、乱暴に言って千勢は≪壇ノ浦に没した宝剣≫の切っ先を向けた。
 後方を気にする必要が無くなったためか、他の理由からか、彼女の表情に余裕が戻っている。一度追い詰めた筈の彼女がここまで再起したのは十中八九Tさんの介入のせいだ。
 ……家族。
 彼等の関係は師弟ではなくそんなところなのだろう。その言葉から連想するのは忌まわしい傷の記憶が大半だが、一方で今は別の人の影を脳裏に浮かべる事ができる。
 ならば、と意気を込め、エレナは言う。
「貴女が家族の為にがんばろうとするのなら、私もオルコット様の為に全てを尽くす覚悟があるわ」
「私も、息子とその嫁にいい所を見せておきたいのでな、まだまだいくぞ」
 二人だけの戦場で、女二人は武器を振り上げた。



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