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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会決戦-16

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 周囲に吹雪の空間を拡大させていきながら、≪冬将軍≫は夢子を討ち取る為に砲塔群を操っていた。
 放たれる砲弾は≪夢の国≫が用意した戦力を確実に氷の中へと閉じ込め、削っていく。
 同時に≪冬将軍≫自身もまたその身体や砲塔、凍死兵達に多種多様な攻撃を喰らっていた。既に砲塔は何度総入れ替えをしたのか憶えていない。
 同等に見える潰し合いは、しかし≪冬将軍≫の側に状況を傾かせていた。
 ≪夢の国≫の中に巻き起こる吹雪の範囲が少しずつ広がっている事がその証拠であるし、吹雪と兵、そして砲撃を止めようとして動き続けている夢子の顔に疲労が見え始めた事が己の有利を≪冬将軍≫に確信させていた。
「それっ!」
 夢子のかけ声に応えて半ば氷の中に埋まっていた≪夢の国≫のパレードの櫓から、縄やワイヤーやネットが放たれて来た。鉤が付いたものや投網のように先に錘が付いているものまである。どうやら≪冬将軍≫を捕らえようとする心算のようだ。
「邪魔だ!」
 ≪冬将軍≫は砲塔群でそれらを打ち払う。そのまま櫓も砲撃の底に沈め、夢子のこれまでの攻撃や行動から相手の目的を推し量る。
 ……ワタシを削るとは言っていたが、見た限りではワタシを討つ為に有効な武具を持っていないと見える。
 夢子の攻撃は次々に≪冬将軍≫が招きだす武器や兵力を削ってはいくが、≪冬将軍≫そのものを穿つような類の攻撃ではなかった。
 そもそもが≪冬将軍≫は現象だ。彼を殺そうとするのなら単なる物理的な攻撃は大した意味を為さない。かといって≪冬将軍≫の戦力が枯れるまで相手をするとした場合、夢子は≪冬将軍≫が存在した期間中にその身に呑んだ全ての兵力と争う必要が出て来る。その数は膨大だ。今の戦況のままならば、夢子が≪冬将軍≫の内にある兵力を全て破壊し尽くす前に≪夢の国≫が冬に鎖される事になる。
 ……オルコット達が倒されるまでの時間を稼げればそれでいいと思っているのか?
 たしかにオルコットが倒されれば自分はこの戦いを無理に続ける必要もない。オルコットの目的が果たされないのであれば自分は再び虚無と自然と共に在るだけだ。
 しかし敵の目的が時間稼ぎならば一つ合点がいかない事がある。
 それは、
「何故君はこの≪夢の国≫の住人達を遣わせるだけにして、自らは隠れて様子を見守るという事をしない? ワタシを足止めしておく事が目的ならばそれだけで事足りるだろうに、どうにも賢くないな」
 もちろん何らかの手を相手が隠しているという可能性も高い。しかし≪冬将軍≫は夢子の行動の端々に今の疑問と似たような非効率的なものを感じていた。
 ……彼女が彼女であるが故の、≪夢の国≫の王故の不合理さか……?
 ならばそこにつけこんで滅ぼすまで。そう思う≪冬将軍≫に夢子は言葉を返してきた。
「わたし達は罪を償って生きて行くと決めました。わたしはみんなの王様として、あの罪の実行者として、みんなと一緒に矢面に立ちます」
 夢子の真剣な言葉に悪いと思いながら、つい笑いが零れ出る。彼女の言通りだとしたならば、彼女の行動には特に裏というものはないのだろう。
 しかしそれは、
「くだらない感傷だと思うがね!」
「王様の矜持です!」
 意思の強い敵だ。声に含まれる威厳に、やはり戦いづらいと思いながら≪冬将軍≫は砲塔を夢子の方へと向ける。
「ではその驕りと共に消えるといい」
「償うんです、わたし達の全てで、だから簡単には消えてあげない。冬には屈しない!」
 両者が用意した砲がそれぞれの意志を反映するように高らかに吠えた。


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 ≪冬将軍≫に啖呵を切った夢子は、≪冬将軍≫から加えられ続ける猛攻に焦りを浮かべていた。
 いくら夢子であろうと≪冬将軍≫が放つ砲弾の直撃を喰らえばどうなるかは分からない。そのまま凍結、睡眠させられる事になれば、≪夢の国≫は王権の所有者を失ってその防衛能力を著しく喪失する事になる。
 ……そうなったら≪夢の国≫は≪冬将軍≫に呑みこまれてしまいます。
 長い間砲撃戦を続けているせいで夢子も疲労を覚えていた。≪夢の国≫の住人達にも動く事ができなくなった者達が多く存在する。なんとかして早く≪冬将軍≫を沈黙させる必要があった。
 しかし、
 ……さっきからみんなの攻撃が≪冬将軍≫に当たっている筈なのにダメージを与えているようには見えない。
 凍死兵や砲ならば≪夢の国≫の住人達の攻撃で削る事が出来るが、事前にTさんに聞いた≪冬将軍≫の情報を鑑みると、砲や兵を削る事によって≪冬将軍≫の戦力を失わせるにはとんでもなく長い時間がかかりそうだった。
 砲や兵が枯れるのを期待するのは現実的ではない。
 ……やはり≪冬将軍≫本人を討つしかない。
 だが≪冬将軍≫に有効打を浴びせるには物理的な攻撃では難しいだろう。物理的な攻撃で≪冬将軍≫にダメージを与えようとすれば、冬そのものを吹き払う事ができる天災規模の力をぶつけるしかない。しかし夢子にはそれほどの破壊力を持った攻撃はない。
 ……それなら、やっぱり…………。
 先程から幾度か脳裏に昇り、そのたびに使用を否定しようとする力をはっきりと思い浮かべる。
「うん、そうだよね……過去を受け容れて生きていくんだもん」
 自らに言い聞かせるように言い、夢子は≪夢の国≫の住人達に指示を出す。
「みんな……そろそろ土足で踏み込んでくる無遠慮な冬には退場してもらおう」


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 ≪冬将軍≫は≪夢の国≫の住人達が動きのパターンを僅かに変えたのを察知した。
 これまでは≪冬将軍≫の正面にあたる位置から櫓を幾重にも連ねて、各櫓ごとに攻撃と防御を割り振っては≪冬将軍≫と凍死兵達に応戦してきた≪夢の国≫の住人達だったが、今は櫓は全方位から≪冬将軍≫を囲むように展開していた。≪冬将軍≫を逃がさないよう、そしてそれ以上に≪冬将軍≫の冬の中で大樹の枝のように無数に展開している砲群を一息に潰そうとでもいうような全方位攻撃の布陣だ。
 そして≪冬将軍≫はもう一つ気付く。
 ……王が居ない。
 つい先ほどまでマスコット達と共に先頭に立って≪冬将軍≫に向かって攻撃をしかけては≪冬将軍≫の砲撃を避け、すぐに冬の範囲外の物陰からひょっこりと姿を現わしては付かず離れずに再び攻撃に移っていた夢の姿が≪冬将軍≫の視界から完全に消えていた。
 ……あれほどの啖呵を切っておいて逃げたとも考えづらい……何か仕掛けて来るつもりなのか……。
 防御重視の構えから攻撃重視の構えに布陣を変えた≪夢の国≫のパレードと住人達、そして姿を一時的に消した夢子の様子からそう判断し、≪冬将軍≫は砲塔群を包囲陣を敷く敵に向けて展開した。
 ……応じようではないか王よ、そろそろ決めよう。
 オルコットが徹心の異界へと渡った後に凍死兵以外にも更にいくつかの強力な気配が徹心の異界へと渡っていくのを気取った。気配からしておそらくユーグとTさんだろう。
 ……オルコットのもとへと届ける兵力は多い方がいい。これで決着をつけて助力に向かおうではないか。
 徹心の契約都市伝説は≪桃源郷≫だと聞く。桃が生い茂る理想郷を冬に沈めた時自分は何か感慨を得るだろうか。そう思いながら全方位に向けた砲塔から≪夢の国≫内部を完膚なきまでに破壊し凍結し尽くすために砲火を放つ。
 砲弾の着弾と共に氷柱が生え、崩されていなかった建物内から≪冬将軍≫を狙っていた≪夢の国≫の住人が砲弾に体を引きちぎられて、冷気に体の断片ごと凍結される。
 櫓が応戦として砲の類を放って来るが、近代兵器を主に操作している≪冬将軍≫のほうが直接的な砲撃戦では分がある。≪夢の国≫の住人の攻撃によって破壊された砲をすぐさま入れ換え、凍死兵達に地上から櫓の移動機構を破壊するように命じた。
 徐々に砕かれ凍りついていく櫓と、一気に勢力範囲を広げる自身の冬に≪冬将軍≫はこのまま畳みかける事ができると思う。
 その≪冬将軍≫の真正面、目と鼻の先に夢子が忽然と現れた。
 ≪冬将軍≫は懐から拳銃を抜いてすかさず彼女を撃ち抜く。
 拳銃が火を噴いた瞬間、わずかな硝煙に紛れて夢子が消え失せた。
 ――背後!
 思いざま、≪冬将軍≫は軍刀を振るう。硬い手応えが返り、≪冬将軍≫の勘の通りに背後に現れていた夢子が≪冬将軍≫の軍刀を剣で防いでいる姿が映る。
 ≪冬将軍≫は力任せに剣を押して軍刀に対抗する夢子に対して、力を抜いた。
「――!?」
 ≪冬将軍≫の引きに対応できずにガクンと体勢を崩して前、≪冬将軍≫の方へとつんのめった夢子へと≪冬将軍≫は拳銃の先を向ける。
「技量がまだまだ足らんな」
 銃撃はすんでのところで夢子の頭を撃ち抜く事は出来なかった。
「また転移かね、つれない」
 そう言いながら、≪冬将軍≫はおかしいと心に思う。
 今≪冬将軍≫の周囲には彼を中心にして冬が展開されている。夢子といえども長時間この冬の範囲にとどまる事は賢い選択とはいえなかった。これまでの付かず離れずの戦闘でも彼女は冬の範囲外に一度逃れてから攻撃を仕掛けて来ていたのだ。それなのに今夢子は≪冬将軍≫の手が届く範囲をまとわりつくように立ち回り始めた。
 また背後から剣を振り下ろしてくる夢子の気配がして、≪冬将軍≫は地面から生やした砲の一つを指運一つで操作して気配を撃つ。
 次の瞬間には夢子は別の場所にある砲身に座って先込め式の銃を向けてきていた。
 それを払っても更にすぐ近くに王は転移してくる。まるで踊りを踊らされているようにめまぐるしく対応させられている事に、≪冬将軍≫は何らかの意図が存在するのだろうと予想する。
 警戒しなければなるまい。そう思う≪冬将軍≫に夢子の声が届く。
「今だよ!」
 言葉と同時に夢子が覆いかぶさるように上空から現れた。剣を突き込んできた夢子に対して≪冬将軍≫は反射的に軍刀を突き刺す。
 ≪冬将軍≫の一撃に対して夢子は転移を行わなかった。
 手に少女の腹を突き刺す軽い手応えが返る。
 どういうことだと疑問するよりも早く、夢子は腹を貫かれた状態で剣を手放し、≪冬将軍≫の顔を抱きしめた。
 視界を封じられた。背筋に寒いものを感じて彼女を引きはがそうとすると同時に≪冬将軍≫の吹雪の中に新たな巨大物が侵入してきた。吹雪に閉ざされ、夢子に視界を封じられていようとも、≪冬将軍≫は己の冬の中に侵入してきた巨大物体を冬の主として空間を通して感知する。侵入してきたのは≪夢の国≫の櫓では無い。それは、
「……っ、突貫工事、です、けど……地面の上も走れるようになってるんですよ? あなた方が乗りこんできた、船」
 腹を貫かれ、そしてその体に≪冬将軍≫によって冷気を流し込まれている事でとぎれとぎれになる夢子の声に合わせるかのように、吹雪を突き破って≪ベイチモ号≫が現れた。その先端、異界の入り口をこじ開けた衝角が≪冬将軍≫を貫こうと迫って来る。≪ベイチモ号≫の衝角は異界を割り開く。それを喰らえば≪冬将軍≫であろうとダメージを受けるだろう。
「しかし当たりはしない! 視界を封じようと無駄だ、王よ!」
 ≪冬将軍≫は視界の不調を意に介さず、砲塔群を全て正確に≪ベイチモ号≫へと向けた。
「放て!」
 全ての砲が巨大な≪ベイチモ号≫を止める為に放たれる。
 轟音と鋼鉄が砕ける耳障りな音が連鎖し、ものの数秒で≪ベイチモ号≫は氷の棺の中へと埋められた。
 防いだ。あとは軍刀の先の王を凍らせて終わりだ。そう思いかけた≪冬将軍≫に対して夢子は更に一つの行動を起こした。
 彼女は体の半ば以上を≪冬将軍≫の手によって送り込まれる冷気に侵されながら、苦しげな声で叫ぶ。
「撃って!」
 直後、≪ベイチモ号≫に向けてその全ての砲門を向けていた≪冬将軍≫と彼を中心とする要塞のごとき砲塔群、そして夢子へと≪夢の国≫からの砲撃が加えられた。


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「……く、自分ごと撃たせるとは……」
 全方位からの射撃をまともに受け、展開していた砲が全て破壊された。指揮する凍死兵が向かっているため一応≪冬将軍≫に対する射撃はひと段落をつけたが、油断はできない。
「……だが、ただの砲撃ではワタシは殺せんよ」
 ≪ベイチモ号≫の衝角は既に氷の中で封じられている。この場に≪冬将軍≫に対して有効な武器はもう存在しない。
「さぁ、終わりだ」
 ≪冬将軍≫は≪夢の国≫の櫓へと攻撃を仕掛けている凍死兵達の援護の為に砲塔を呼び出して砲撃対象を示そうとして、体が動かない事に気付いた。
 ――何ッ!?
 驚きを心に生み、≪冬将軍≫は咄嗟に自身の状態を確認して原因に見当をつける。≪冬将軍≫が着ている軍用コートや顔、軍刀に至るまでにこびりついている血や肉片がその原因だ。
 ……王の血肉――――ッ!
 それらが意思を持つかのように絡みつき、≪冬将軍≫の動作を縛り付けていた。
 ……死なない王、血肉もまたしかりか……これが先程の一連の攻撃の目的!
 血も肉片も冬の影響を受けて次々に凍りついていく。≪冬将軍≫を長く縛りつけておく事はできない。夢子の肉体が全て凍りつけば≪冬将軍≫の勝ちだ。
 しかし血や肉片が全て凍りつくよりもさらに早く行動するものがあった。
 細く白い手だ。
 手首から先だけで浮遊するそれは、たおやかな指で一本のナイフを掴んでいた。
 手は吸い込まれるようにスルリと≪冬将軍≫の胸にナイフを突き刺す。
「諦めが悪い王だ!」
 驚きの残滓を引きながら、しかし≪冬将軍≫は呆けず周囲に喚び出した砲の先を己へと向けた。冬の影響で肉体が凍りつくまで待つまでも無い。砲撃で凍らせてしまえばいいのだ。
「忘れたのかね王よ、ワタシに普通の刃物は何の意味もなしはしないのだよ?」
 ――うん、でもね?
 背後から声がした。夢子の声だ。
 彼女の長い髪がこちらの頭に触れる。いつの間にか胸を刺していたナイフを握っていた手には腕と肘が付き、その先は≪冬将軍≫の背へと回されている。≪冬将軍≫を包んでいた血と肉片は忽然と消え失せていた。
 声は≪冬将軍≫の耳元で囁くように冷たく告げる。
「≪夢の国≫には内臓をとっちゃう人がいるんだよ?」
「――なに?」
 ≪冬将軍≫は自身を襲い始めた異常事態に瞠目した。
 ――ワタシの存在が削り取られている……?
 自身を都市伝説として確立し、この世界に存在させている大元、その力が付き刺された胸のナイフを伝うようにして失われていくのだ。内臓を奪うという≪夢の国≫に語られる都市伝説のうちの一つの能力が、内臓という形ある物ではなく、≪冬将軍≫の存在という不定形な代物を削り取るように機能する原因は、
 ――拡大解釈……ッ!
 ≪夢の国≫の王は元は人間、契約者だ。その彼女が≪夢の国≫に呑まれた結果≪夢の国≫の王になったというのなら、拡大解釈は適用されるだろう。
 背後から抱きつかれている状態では軍刀を腹越しにまた突き刺したところで引きはがす事は叶わない。
 しかし、
「砲群よ! ワタシごと王を撃て! 今度こそ凍らせる!」
 声に応じて≪冬将軍≫へと方向を向けていた砲が一斉に弾丸を発射した。
 更に≪冬将軍≫は腹越しに軍刀を突き刺し、平行して冬の侵略を全力で侵攻させる。
「凍て付き果てるといい! 一度は凋落した国の主よ!」
「お黙りなさい、将軍」
 重い言葉と共に炎が周囲を包んだ。
 ≪ベイチモ号≫から抜き取られた燃料がまかれ、≪夢の国≫の住人によって火をつけられたのだ。
 火勢は冬の吹雪の前に目に見えて衰えていくが、周囲の温度はつかの間上がる事になる。
 王は未だ凍り付かない。軍刀の先で刺された夢子の感触が消失した。
「あなたの目の前に居るのは仮にも≪夢の国≫の王様ですよ?」
 彼女は自らの血と放たれた火によって彩りを添えられたワンピースをドレスのようになびかせて≪冬将軍≫の前に現れた夢子は、両の手を広げ、無邪気な笑みで≪冬将軍≫の胸にもたれかかる。
 同時に先程まで無手であった筈の手には再びナイフが握られ、≪冬将軍≫を穿った。
「――何故、この力を今まで使わなかった……?」
「先王は病んだ身体の臓器を健康なものと入れ換える為に多くの人を殺し、臓器を奪いました。その悪行の証……わたしが疎んだ力、わたしたちの……わたしの罪の証」
 夢子が言葉を重ねる間にも≪冬将軍≫の存在は削られていく。既に凍死兵を喚び出す能力も喚び出している砲を遠隔で操る能力も奪われていた。
 でも、と彼女は言葉を続ける。
「どうです? あなたのような現象をこの世に留めている臓器(噂による存在の力)も奪えるでしょう?」
 そう言って≪冬将軍≫の顔を胸元から見上げて来る夢子へと≪冬将軍≫は軍刀を突き刺した。
 夢子は体を内側から凍らされるより早く転移し≪冬将軍≫から距離を取る。
 血を一度吐き出し、湯気を放つ血に身震いする彼女を見ながら、≪冬将軍≫は彼女が一皮剥けたという事かと理解する。
 ……成長速度は子供のそれ、ワタシを削る為に力を転用するその発想の着眼は大人の狡猾さか……。
 歪で恐ろしい。そう相手の脅威性を再認識して腹に刺さった二本のナイフを抜きとり放り捨て、≪冬将軍≫は夢子に告げる。
「どちらが存在をより長く保っていられるか、確かめ、競い合おうではないか!」
 ≪冬将軍≫に残された彼自身の能力、冬の結界が、全てを包みこもうと≪夢の国≫へと雪崩れ込んだ。


            ●


 時間が経ち、冷気が周囲に濃密に滞っていた。
 そんな中、≪冬将軍≫は砕けた石畳の上に佇んでいた。
 その魁偉な風貌を飾る軍用のコートは所々ほつれ、軍刀は刃が欠けている。表情には濃い疲労の色があった。
 彼は跡かたも無く吹き飛んだ周囲の≪夢の国≫の街並みに視線を沿わせ、やがて目的の姿を見つけられず、深く息を吐いて呼びかけた。
「王よ、存在しているのだろう? 出てきたらどうだね?」
「……はい」
 ≪冬将軍≫の呼びかけに応じて姿を現わした夢子もまた≪冬将軍≫と同じようにひどく疲労の色を浮かべていた。
 顔は青白く、衣服はもう替える為に力を割くのも面倒なのか、泥や血で汚れ、元の色が何なのか分からなくなってしまっている。
 ≪冬将軍≫は夢子の様子に苦笑して、己のボロボロになった軍用コートを新品同様に再構成して夢子へと放り投げた。
「着るといい。その服ではいささか不憫だ」
 そう言う≪冬将軍≫の身体からは淡い光が立ち昇っている。都市伝説としての存在が消滅する予兆だった。
「ありがとうございます」
 汚れた衣服を脱ぎ捨てて軍用コートを肌の上に直接着込む夢子に≪冬将軍≫は「もう少し羞恥心を持ちたまえ」と小言を言い、ふと呟く。
「国を護る存在として語られてきたワタシが国を滅ぼそうとした時点で勝負は決まっていたのだろうか」
 自分の存在が希薄になっていくのを感じる。もう長くはあるまい。そう思い、消滅が自分の末路かと感慨にふける≪冬将軍≫に夢子は「分かりません」と小さく答えた。
「ただ将軍様は進軍の為にお力をかなりお使いになられておられましたし、そも、わたしの≪夢の国≫の中で≪夢の国≫側からの影響を常に受けておられましたから」
「その条件を呑んだ上で君と戦ったのだ。言い訳にもならんよ」
 ≪冬将軍≫は苦笑する。
「……敗れはしたが、悪い気はしないものだな」
「…………一つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だね?」
「何故、オルコットの手伝いをしようなどと? 失礼ですがあなたは人の世界の在り方に興味を示すような方には見えないのですが」
 なかなか正鵠を得ていると思いながら≪冬将軍≫は答える。
「強いて言うのならば、オルコットはただの現象であったワタシに意志をしめしてくれた存在だからだな。あの理想に邁進する姿はワタシには眩しく映ったのだ。人の噂から生まれた存在なればこそ、ワタシも人と関わらずにはいられなかったのかもしれん」
「そうですか……すみません」
「何を謝る? これは戦争だ。殺し、殺されるのが常で当たり前なのだよ。それにワタシという存在は究極的には死にはしない。≪冬将軍≫はその伝承からして多くの個体を生みだす事は無い。また冬が巡れば人々がワタシを再構成するだろう。それがワタシと同じ記憶を保持しているのかは分かりはしないがな」
「では、もしあなたが、あなたの記憶を持つ個体が現れたのならば是非とも≪夢の国≫へとお越しください。その時に今回の顛末をお話しましょう」
 夢子の発言に≪冬将軍≫は笑みを浮かべた。夢子の今の発言は自分達が勝ち、生き残る事を宣言しているに他ならない。
「ふふ、自分達が勝つと思い、疑っておらんか」
 戦場においてはその自信は戦況を動かす一要素にもなるだろう。≪冬将軍≫を倒した程の者ならばその自信に足元を掬われる事もあるまい。
 半ば呆れる≪冬将軍≫に夢子は笑顔で応じた。
「はい。あの人たちが……わたしを悪夢から救ってくださった王子様たちが戦っているのですから、負ける事はぜったいにありません!」
「フ、ク、ハハ――――」
 そうきたか、と≪冬将軍≫はこらえきれない笑いを零す。
 ……まるで夢見る少女のようだ。
 思い、≪冬将軍≫はその思いのまま、不思議そうな顔をしている夢子に最後の言葉をかける。
「では、また縁があったら会おう――お嬢ちゃん」
 体が消滅する。
 ……オルコットの目的が成っても潰えても、もしワタシがワタシとしてもう一度世界に存在を得る事があるのなら、彼女のような者と友誼を結ぶのもまた一興かもしれんな……。
 その時は虚無を抱えて生きる事もないだろう。
 それはとても幸せな事に思えた。


            ●


 消滅した≪冬将軍≫を見送り、夢子は背後に控えている≪夢の国≫の住人達に振り返った。
 眉をハの字に、少し困った顔をして、
「最後、お嬢ちゃんって呼ばれちゃったね」
 先王の罪の証と言うべき力も扱う事ができた。自分は王としてまた一つ成長できたと思っていたがまだまだ甘いという事だろうか。
 王の道は難しい。そう彼女は思うが、しかし、
「でも、きっと悪い意味だけじゃないよね」
 笑みを浮かべ、夢子をお嬢ちゃんと言った≪冬将軍≫を思い出す。
 何か明るい意味もあの言葉には秘められていたんだろう。そう思い、よし、と顔を上げ、眉に力を入れる。
「まだ、将軍様がのこしていった兵隊さん達がいっぱいいるね」
 本当は≪桃源郷≫へとTさん達を助けに生きたいが既に夢子は疲労困憊状態だ。無理はできない。
「まずは≪夢の国≫の中にいる兵隊さん達をやっつけちゃおう。そうすれば≪桃源郷≫に侵入する兵隊さんも減るもんね」
 ≪夢の国≫の住人が俄然やる気を出す。Tさんのもとに居た子も、千勢のもとにいた子もそこには居た。彼等も勝利をくれたTさん達に報いたいのだろう。そう思い、がんばれと声をかけ、夢子は号令する。
「さあみんな、お片付けの時間だよ!」
 それぞれ移動していく≪夢の国≫の住人達を見送りながら夢子はコートを掻き抱く。
 ……がんばってください、皆さん。
 冬は去り、陽光がまぶしく輝いていた。









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