●
千勢とエレナの戦闘は、時間が経つごとにその激しさを増していた。
双方共に既に埃をかぶり、汚れと傷が目立つ状態だ。それでも容易に触れる事を躊躇わせる程の美しさが二人にはあった。
何度目か分からない激突を果たして距離を置き、エレナは荒く息をする。
彼女は≪聖痕≫の過剰な発現によって引き上げられた力の代償が自分を蝕み始めている事に気付き始めていた。
傷だらけの体に痛みはなく、疲労もほとんど感じていない。体に限界がないかの如く動く事が出来るし、相手の全ての戦闘技術を知っているかのように動きを予見する事ができる。
しかしこの戦争の後に自分は≪聖痕≫に喰われてしまうだろうとエレナは悟っていた。
≪聖痕≫の刻印が既に骨にまで達しているのだ。
……元々無理を押しているのだし、仕方ない事よ。
諦めはついていた。千勢という、本来の自分の技量では決して止める事ができない相手と対等以上に渡り合う事ができているのだ。これほどの力に代償が無いわけはないだろう。
……でも、少なくともこの戦闘が終わるまでは呑まれはしない……!
目の前の絶大な力の使い手を決してオルコットのもとへは行かせない。
その強い想念と共に振るわれる力は、千勢の≪壇ノ浦に没した宝剣≫によって受け止められる。
一時期は確かに圧倒していたはずの腕力ですら、今の千勢はエレナについてきて対抗していた。
エレナは千勢がここまで持ち直した原因の事を考える。
……Tさん……。
千勢とは親子のような関係だと零れ聞いた。それはエレナにとっては羨ましいと言う事のできる関係性で、親子のうちの親である千勢が今のエレナの敵だ。
……私が得る事のできなかったもの……。
ちらと彼等の関係を聞いた限りでは、Tさんと千勢の関係はエレナとオルコットのそれとどことなく似ていた。
片や両親を殺され、それを拾われた者。片や両親に虐げられ、それを憐れまれて拾われた者。それぞれ拾われた子供は拾った者から戦いを学び、力を得た。
……羨ましいと思うという事は、私はきっとオルコット様に父親の影を求めているんでしょうね。
曖昧ながら自覚のあった事だ。それをこの瞬間になってはっきりと理解して、エレナは苦笑する。
オルコットを主と仰ぎ、捨て身でオルコットに尽くすのは、そうすることでしか理想に向かって全てを捨てて突き進むオルコットと共に居られる手段を知らないからだし、父親との正しい接し方などというものも分からないからだ。
不器用だ。そう思いながらエレナは千勢に食ってかかる。
……Tさんはユーグを倒してオルコット様を止めに行った。
妙な不安を感じる。先程の「いつの間にか越えられてしまった」という千勢の言葉が心に引っかかるのだ。
漠然と、しかし不気味な生々しさをもってエレナはオルコットが危ないのではないかと思う。
……子が親を越えてゆくものだというのなら――
そんな文言を不安材料と思う自分はやはり彼女等に自分達を重ねていると思いながら、≪デリーの鉄柱≫を振りかぶる。
「私は貴女を越えなければならないの!」
叩きつけられた≪デリーの鉄柱≫はやはり宝剣に止められる。
「私もお前を倒していかねばならん!」
押し返されそうになる力により強く対抗しようとして、エレナは≪聖痕≫を自身により強く刻みつけた。
≪聖痕≫が内臓にまで達する。
正気を奪われそうになる衝撃と力の中、エレナは口を開け放ち、叫ぶ。
「ギッ、ァ――――ッ!」
≪デリーの鉄柱≫を押しこみながら、同時に千勢に拳をぶち込んだ。
手応えと同時に吹き飛んでいく千勢に追撃の一撃を加えようと駆け出したエレナに、千勢が飛んで行った方向から草薙の風刃が飛来してきた。
直撃する。
≪聖痕≫や両親からの虐待痕を隠すための長衣が、風刃を受けた腹の辺りから切り裂かれて風刃が内包する暴風に攫われる。
しかしエレナの体は全身に刻みこまれた≪聖痕≫が守りきった。
腹の辺りに生じた打撲痕のような風刃の痕に、いけると判断してエレナは千勢を強引に追撃する。体勢を立て直した千勢が追撃を邪魔しながら言葉を放って来る。
「それ以上≪聖痕≫を刻めばお前は呑まれるぞ!」
「それでも、構わない……ッ! 私は――」
言葉と共に千勢を蹴りつける。蹴飛ばされた勢いで石畳を滑る千勢は最も深い傷――≪ジュワユーズ≫によってつけられた脇腹の傷をわずかにかばうようにしながらエレナを見据える。その戦意は衰える事はない。
だからエレナはより深い傷を与える為に≪聖痕≫を解放し続け、千勢を殴りに行く。
蹴りで崩された体勢を立て直すより早いエレナの攻撃に、千勢が対応しきれない。その時、解放され続けてエレナを侵食する≪聖痕≫が、≪デリーの鉄柱≫に異常をきたした。
四桁の年月を不変のままに閲してきたと言われる鉄柱に傷が生まれたのだ。
ただの傷ではない。刻みこまれた傷の名は、
「≪聖痕≫、どこまで――っ」
傷と共に聖光を纏った≪デリーの鉄柱≫が千勢を強かに殴打した。
宝剣ごと飛ばされた千勢を追い、エレナは彼女が地面に足を着けるより早く追撃を加える。頭部を狙って振り下ろした一撃は、僅かに首を逸らした千勢の鎖骨を砕く手応えをエレナに返してくる。
振り下ろしの一撃は、千勢を地面に叩き付けた。
地面に半ば埋まった状態になった千勢に止めの一撃を見舞おうとエレナは≪聖痕≫に更に身を捧げる。
光を放つ≪デリーの鉄柱≫の先端を千勢の体へと突き刺そうとして、
「――ッ喰らえ!」
千勢の呼号に応えて天から降って来た叢雲が、千勢とエレナをその巨体の下敷きにした。
直後、聖光と烈風が吹き荒れて雲を吹き払う。
二人は健在だった。叢雲の散華と共に距離を大きく取った二人は、細かい傷や身に被った泥こそ増えてはいるものの、そこに弱々しさや脆弱さは一切ない。
骨の様子を確かめ、軽く顔をしかめた千勢を正面において、エレナは憎しみに近い焦燥感を抱く。
……だめだっ!
エレナは自分が自分自身を保っていられる時間がそう長くは残っていない事を感覚として把握する。千勢を倒す為に刻みつけた≪聖痕≫の侵食がエレナの手を離れ、勝手に進行しているのだ。
脳にまで≪聖痕≫が達すればエレナも正気を保ってはいられないだろう。≪聖痕≫に呑まれて意識が消滅する事になる。かといって≪聖痕≫とその契約を無理にでも破棄しようなどとは考えられなかった。エレナの体は今、≪聖痕≫のおかげで動く事が出来ている状態だ。≪聖痕≫の影響が体から消えてしまえばボロボロになった身体は二度と戦えなくなるだろう。
……どちらにしても、もうオルコット様のために戦う事ができなくなるのなら……!
今更力を惜しむ必要はない。この場で燃え尽きる覚悟で力を振るう。
そう思いを定めてエレナは千勢を見やる。風の中で長い髪を振り乱している千勢も既に血と泥にまみれている。脇腹の傷も放っておけば致命となる程に血を流し続けている。千勢も既に長く戦闘を行う事は出来ないはずだ。
ならば、
……この一戦は絶対に勝つ……!
内心の叫びと共にエレナは力を解放した。骨や内臓だけでなく、髪や目に至るまで≪聖痕≫を発現させる。
≪聖痕≫の拡大によって焼かれ、赤熱する意識の中でエレナは千勢がこちらが勝負を決める為の一撃を放とうとしているのを悟ったのか、≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃を立てて迎え撃つ体勢をとるのを見る。
理性だけは≪聖痕≫に喰われぬように集中しながら、エレナは≪聖痕≫を限界まで解放し尽くした。
「――――ッ!」
体や≪デリーの鉄柱≫だけでなく、足元、地面にまで≪聖痕≫の侵食が波及していく。
しかし地面は刻みつけられた≪聖痕≫が付与する力の圧に耐えきれずに紋様ごと自壊していく。
その地面の破片、石や土の塊が≪デリーの鉄柱≫へと吸収された。鉄柱は持ち手となる中央部一メートル程を残して吸収した土塊によって肥大化し、≪聖痕≫がそこに刻まれて硬度を高める。十メートルを越える巨大な一本の杭を形作った≪デリーの鉄柱≫をエレナは軽々と振り回した。
巨杭化した≪デリーの鉄柱≫を手挟み、エレナは姿勢を低く、身体中の力を溜めこむように構えを取る。
彼女の全てが意識し集中する先は敵、千勢だ。
彼女は静かに宝剣を構えてエレナの一挙手一投足を睨み据えてくる。負傷している彼女だが、そこには当然隙はなく、
……だからどうした!
どのような鉄壁の守りだろうと穿つ。その意志と共にエレナは攻撃の初動として体をほんのわずか、更に前方へと傾けた。
千勢を決して逃がさない為の、獲物を定め、照準する動き。
傷を負っている千勢では今のエレナの攻撃を避ける事などできはしない。
だから、
――貫き穿つ!
エレナは全霊を込めて千勢へと突撃した。
双方共に既に埃をかぶり、汚れと傷が目立つ状態だ。それでも容易に触れる事を躊躇わせる程の美しさが二人にはあった。
何度目か分からない激突を果たして距離を置き、エレナは荒く息をする。
彼女は≪聖痕≫の過剰な発現によって引き上げられた力の代償が自分を蝕み始めている事に気付き始めていた。
傷だらけの体に痛みはなく、疲労もほとんど感じていない。体に限界がないかの如く動く事が出来るし、相手の全ての戦闘技術を知っているかのように動きを予見する事ができる。
しかしこの戦争の後に自分は≪聖痕≫に喰われてしまうだろうとエレナは悟っていた。
≪聖痕≫の刻印が既に骨にまで達しているのだ。
……元々無理を押しているのだし、仕方ない事よ。
諦めはついていた。千勢という、本来の自分の技量では決して止める事ができない相手と対等以上に渡り合う事ができているのだ。これほどの力に代償が無いわけはないだろう。
……でも、少なくともこの戦闘が終わるまでは呑まれはしない……!
目の前の絶大な力の使い手を決してオルコットのもとへは行かせない。
その強い想念と共に振るわれる力は、千勢の≪壇ノ浦に没した宝剣≫によって受け止められる。
一時期は確かに圧倒していたはずの腕力ですら、今の千勢はエレナについてきて対抗していた。
エレナは千勢がここまで持ち直した原因の事を考える。
……Tさん……。
千勢とは親子のような関係だと零れ聞いた。それはエレナにとっては羨ましいと言う事のできる関係性で、親子のうちの親である千勢が今のエレナの敵だ。
……私が得る事のできなかったもの……。
ちらと彼等の関係を聞いた限りでは、Tさんと千勢の関係はエレナとオルコットのそれとどことなく似ていた。
片や両親を殺され、それを拾われた者。片や両親に虐げられ、それを憐れまれて拾われた者。それぞれ拾われた子供は拾った者から戦いを学び、力を得た。
……羨ましいと思うという事は、私はきっとオルコット様に父親の影を求めているんでしょうね。
曖昧ながら自覚のあった事だ。それをこの瞬間になってはっきりと理解して、エレナは苦笑する。
オルコットを主と仰ぎ、捨て身でオルコットに尽くすのは、そうすることでしか理想に向かって全てを捨てて突き進むオルコットと共に居られる手段を知らないからだし、父親との正しい接し方などというものも分からないからだ。
不器用だ。そう思いながらエレナは千勢に食ってかかる。
……Tさんはユーグを倒してオルコット様を止めに行った。
妙な不安を感じる。先程の「いつの間にか越えられてしまった」という千勢の言葉が心に引っかかるのだ。
漠然と、しかし不気味な生々しさをもってエレナはオルコットが危ないのではないかと思う。
……子が親を越えてゆくものだというのなら――
そんな文言を不安材料と思う自分はやはり彼女等に自分達を重ねていると思いながら、≪デリーの鉄柱≫を振りかぶる。
「私は貴女を越えなければならないの!」
叩きつけられた≪デリーの鉄柱≫はやはり宝剣に止められる。
「私もお前を倒していかねばならん!」
押し返されそうになる力により強く対抗しようとして、エレナは≪聖痕≫を自身により強く刻みつけた。
≪聖痕≫が内臓にまで達する。
正気を奪われそうになる衝撃と力の中、エレナは口を開け放ち、叫ぶ。
「ギッ、ァ――――ッ!」
≪デリーの鉄柱≫を押しこみながら、同時に千勢に拳をぶち込んだ。
手応えと同時に吹き飛んでいく千勢に追撃の一撃を加えようと駆け出したエレナに、千勢が飛んで行った方向から草薙の風刃が飛来してきた。
直撃する。
≪聖痕≫や両親からの虐待痕を隠すための長衣が、風刃を受けた腹の辺りから切り裂かれて風刃が内包する暴風に攫われる。
しかしエレナの体は全身に刻みこまれた≪聖痕≫が守りきった。
腹の辺りに生じた打撲痕のような風刃の痕に、いけると判断してエレナは千勢を強引に追撃する。体勢を立て直した千勢が追撃を邪魔しながら言葉を放って来る。
「それ以上≪聖痕≫を刻めばお前は呑まれるぞ!」
「それでも、構わない……ッ! 私は――」
言葉と共に千勢を蹴りつける。蹴飛ばされた勢いで石畳を滑る千勢は最も深い傷――≪ジュワユーズ≫によってつけられた脇腹の傷をわずかにかばうようにしながらエレナを見据える。その戦意は衰える事はない。
だからエレナはより深い傷を与える為に≪聖痕≫を解放し続け、千勢を殴りに行く。
蹴りで崩された体勢を立て直すより早いエレナの攻撃に、千勢が対応しきれない。その時、解放され続けてエレナを侵食する≪聖痕≫が、≪デリーの鉄柱≫に異常をきたした。
四桁の年月を不変のままに閲してきたと言われる鉄柱に傷が生まれたのだ。
ただの傷ではない。刻みこまれた傷の名は、
「≪聖痕≫、どこまで――っ」
傷と共に聖光を纏った≪デリーの鉄柱≫が千勢を強かに殴打した。
宝剣ごと飛ばされた千勢を追い、エレナは彼女が地面に足を着けるより早く追撃を加える。頭部を狙って振り下ろした一撃は、僅かに首を逸らした千勢の鎖骨を砕く手応えをエレナに返してくる。
振り下ろしの一撃は、千勢を地面に叩き付けた。
地面に半ば埋まった状態になった千勢に止めの一撃を見舞おうとエレナは≪聖痕≫に更に身を捧げる。
光を放つ≪デリーの鉄柱≫の先端を千勢の体へと突き刺そうとして、
「――ッ喰らえ!」
千勢の呼号に応えて天から降って来た叢雲が、千勢とエレナをその巨体の下敷きにした。
直後、聖光と烈風が吹き荒れて雲を吹き払う。
二人は健在だった。叢雲の散華と共に距離を大きく取った二人は、細かい傷や身に被った泥こそ増えてはいるものの、そこに弱々しさや脆弱さは一切ない。
骨の様子を確かめ、軽く顔をしかめた千勢を正面において、エレナは憎しみに近い焦燥感を抱く。
……だめだっ!
エレナは自分が自分自身を保っていられる時間がそう長くは残っていない事を感覚として把握する。千勢を倒す為に刻みつけた≪聖痕≫の侵食がエレナの手を離れ、勝手に進行しているのだ。
脳にまで≪聖痕≫が達すればエレナも正気を保ってはいられないだろう。≪聖痕≫に呑まれて意識が消滅する事になる。かといって≪聖痕≫とその契約を無理にでも破棄しようなどとは考えられなかった。エレナの体は今、≪聖痕≫のおかげで動く事が出来ている状態だ。≪聖痕≫の影響が体から消えてしまえばボロボロになった身体は二度と戦えなくなるだろう。
……どちらにしても、もうオルコット様のために戦う事ができなくなるのなら……!
今更力を惜しむ必要はない。この場で燃え尽きる覚悟で力を振るう。
そう思いを定めてエレナは千勢を見やる。風の中で長い髪を振り乱している千勢も既に血と泥にまみれている。脇腹の傷も放っておけば致命となる程に血を流し続けている。千勢も既に長く戦闘を行う事は出来ないはずだ。
ならば、
……この一戦は絶対に勝つ……!
内心の叫びと共にエレナは力を解放した。骨や内臓だけでなく、髪や目に至るまで≪聖痕≫を発現させる。
≪聖痕≫の拡大によって焼かれ、赤熱する意識の中でエレナは千勢がこちらが勝負を決める為の一撃を放とうとしているのを悟ったのか、≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃を立てて迎え撃つ体勢をとるのを見る。
理性だけは≪聖痕≫に喰われぬように集中しながら、エレナは≪聖痕≫を限界まで解放し尽くした。
「――――ッ!」
体や≪デリーの鉄柱≫だけでなく、足元、地面にまで≪聖痕≫の侵食が波及していく。
しかし地面は刻みつけられた≪聖痕≫が付与する力の圧に耐えきれずに紋様ごと自壊していく。
その地面の破片、石や土の塊が≪デリーの鉄柱≫へと吸収された。鉄柱は持ち手となる中央部一メートル程を残して吸収した土塊によって肥大化し、≪聖痕≫がそこに刻まれて硬度を高める。十メートルを越える巨大な一本の杭を形作った≪デリーの鉄柱≫をエレナは軽々と振り回した。
巨杭化した≪デリーの鉄柱≫を手挟み、エレナは姿勢を低く、身体中の力を溜めこむように構えを取る。
彼女の全てが意識し集中する先は敵、千勢だ。
彼女は静かに宝剣を構えてエレナの一挙手一投足を睨み据えてくる。負傷している彼女だが、そこには当然隙はなく、
……だからどうした!
どのような鉄壁の守りだろうと穿つ。その意志と共にエレナは攻撃の初動として体をほんのわずか、更に前方へと傾けた。
千勢を決して逃がさない為の、獲物を定め、照準する動き。
傷を負っている千勢では今のエレナの攻撃を避ける事などできはしない。
だから、
――貫き穿つ!
エレナは全霊を込めて千勢へと突撃した。
●
真摯なまでにひたむきな、そして小手先の細工の一切を食い破る一直線の突撃は、その一歩目から最高速度に達した。
≪聖痕≫が放つ清浄な光がエレナの突進の軌跡を描きだす。エレナと千勢の間にあった数十メートルの距離は瞬時に詰められた。
エレナから侵食した≪聖痕≫が刻まれて巨杭化した≪デリーの鉄柱≫、その先端が千勢の体を貫こうとして、千勢は足を開いて落ちるように素早く、そして深く体を沈めてそれを避けた。
巨杭の先端が千勢の体の動作を追い切れなかった長い髪を途中で裁断する。巨杭の周囲を戦場の埃にまみれても尚艶のある髪が宙に舞うが、それだけだ。
千勢はエレナが突撃の勢いのまますれ違い、仕切り直すのを阻止するかのように巨杭の下からエレナの突撃の軌道と刃が噛みあう軌道で右手の≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振るってきた。
……まだ――!
エレナは左下方から迫り、そして自身からも接近していく刃を視界に入れ、急制動をかけた。
前進する力を発散していた足を地面に打ち付けてブレーキとしたのだ。
猛烈な突進を行う為に費やされていたエネルギーを強引に制動した足から不気味な音が鳴り響き、エレナの体は止まった。
だがエレナから刃に向かって行く動きは止められても、エレナを狙って振るわれてくる宝剣の動きは止まらない。
宝剣は≪デリーの鉄柱≫の一撃を避け、間合いの内側に侵入された状態で振るわれてくる。長大な間合いの内側に入られている今、≪デリーの鉄柱≫を防御には使えない。
その状況に、エレナは≪聖痕≫によって肥大化した≪デリーの鉄柱≫の余剰部分を排除して対応した。
爆砕音にも似た音と共に元の三メートル程の長さに戻った≪デリーの鉄柱≫の先端は千勢に至っていない。制動をかけた状態のエレナから見て一歩の距離がある。
その一歩を壊れた足でエレナは構わず踏み込んだ。同時に振るわれる≪デリーの鉄柱≫が狙うのは一歩の踏み込みでより体に迫った宝剣の刃ではなく、その使い手である千勢の、エレナを斬る動きに合わせて伸びあがって来る頭部だ。
≪デリーの鉄柱≫は宝剣の刃がエレナに届くよりも早く千勢の頭部を粉砕する事ができる。己の体が果たす最大限の動きにそう確信を込め、エレナは叫んだ。
「終わりよ!」
どこか祈るように発せられた言葉は必死の響きに迎え撃たれた。
「終わるわけにはいかん!」
≪デリーの鉄柱≫がエレナの手に硬い衝撃を返してくる。千勢の頭部を砕いた手応えではない。これは、
――≪壇ノ浦に没した宝剣≫を防御に回した……っ!
エレナを狙って振るわれていたはずの≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃が、いつの間にかエレナではなく千勢の頭上を守る庇となっていた。
……いつの間に方向を――
敵の行動の変化に気付けなかった事に憤りに近い驚きを得るエレナへと、千勢の左手の五指が突きこまれた。
「――ッ!」
鋭く突きこまれた五指は、いかに千勢の力であっても精緻に≪聖痕≫が刻まれて硬度を増すエレナの肌を貫く事は出来ない。それでも体の中心めがけて放たれた五指はエレナの≪デリーの鉄柱≫に込められた力の方向をブレさせ、鉄柱を宝剣の刃の上で滑らせる。
千勢は更に宝剣の刃を傾斜させ、≪デリーの鉄柱≫を左肩へと受け流した。
――ッ!
エレナは宝剣の刃の庇を伝って流された≪デリーの鉄柱≫を強引に千勢の左肩へとぶち当てた。
エレナを突いた五指が伸びていた左肩の骨を≪デリーの鉄柱≫が砕いていく。そのまま身を捻って千勢の体を弾き飛ばそうとするエレナに千勢は抗った。
≪聖痕≫によってもたらされた超常的な膂力に対して腰を深く落とした千勢は、砕けた肩で≪デリーの鉄柱≫を受け止め、その状態で一歩を踏みこんだ。
強引に踏み込む為の獣じみた唸りと共に、右手に固く握られた宝剣が突き出される。
「約束があるんだ!」
神剣を欠けさせた逸話を持つ宝剣の刃は、エレナの腹を貫通した。
≪聖痕≫が放つ清浄な光がエレナの突進の軌跡を描きだす。エレナと千勢の間にあった数十メートルの距離は瞬時に詰められた。
エレナから侵食した≪聖痕≫が刻まれて巨杭化した≪デリーの鉄柱≫、その先端が千勢の体を貫こうとして、千勢は足を開いて落ちるように素早く、そして深く体を沈めてそれを避けた。
巨杭の先端が千勢の体の動作を追い切れなかった長い髪を途中で裁断する。巨杭の周囲を戦場の埃にまみれても尚艶のある髪が宙に舞うが、それだけだ。
千勢はエレナが突撃の勢いのまますれ違い、仕切り直すのを阻止するかのように巨杭の下からエレナの突撃の軌道と刃が噛みあう軌道で右手の≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振るってきた。
……まだ――!
エレナは左下方から迫り、そして自身からも接近していく刃を視界に入れ、急制動をかけた。
前進する力を発散していた足を地面に打ち付けてブレーキとしたのだ。
猛烈な突進を行う為に費やされていたエネルギーを強引に制動した足から不気味な音が鳴り響き、エレナの体は止まった。
だがエレナから刃に向かって行く動きは止められても、エレナを狙って振るわれてくる宝剣の動きは止まらない。
宝剣は≪デリーの鉄柱≫の一撃を避け、間合いの内側に侵入された状態で振るわれてくる。長大な間合いの内側に入られている今、≪デリーの鉄柱≫を防御には使えない。
その状況に、エレナは≪聖痕≫によって肥大化した≪デリーの鉄柱≫の余剰部分を排除して対応した。
爆砕音にも似た音と共に元の三メートル程の長さに戻った≪デリーの鉄柱≫の先端は千勢に至っていない。制動をかけた状態のエレナから見て一歩の距離がある。
その一歩を壊れた足でエレナは構わず踏み込んだ。同時に振るわれる≪デリーの鉄柱≫が狙うのは一歩の踏み込みでより体に迫った宝剣の刃ではなく、その使い手である千勢の、エレナを斬る動きに合わせて伸びあがって来る頭部だ。
≪デリーの鉄柱≫は宝剣の刃がエレナに届くよりも早く千勢の頭部を粉砕する事ができる。己の体が果たす最大限の動きにそう確信を込め、エレナは叫んだ。
「終わりよ!」
どこか祈るように発せられた言葉は必死の響きに迎え撃たれた。
「終わるわけにはいかん!」
≪デリーの鉄柱≫がエレナの手に硬い衝撃を返してくる。千勢の頭部を砕いた手応えではない。これは、
――≪壇ノ浦に没した宝剣≫を防御に回した……っ!
エレナを狙って振るわれていたはずの≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃が、いつの間にかエレナではなく千勢の頭上を守る庇となっていた。
……いつの間に方向を――
敵の行動の変化に気付けなかった事に憤りに近い驚きを得るエレナへと、千勢の左手の五指が突きこまれた。
「――ッ!」
鋭く突きこまれた五指は、いかに千勢の力であっても精緻に≪聖痕≫が刻まれて硬度を増すエレナの肌を貫く事は出来ない。それでも体の中心めがけて放たれた五指はエレナの≪デリーの鉄柱≫に込められた力の方向をブレさせ、鉄柱を宝剣の刃の上で滑らせる。
千勢は更に宝剣の刃を傾斜させ、≪デリーの鉄柱≫を左肩へと受け流した。
――ッ!
エレナは宝剣の刃の庇を伝って流された≪デリーの鉄柱≫を強引に千勢の左肩へとぶち当てた。
エレナを突いた五指が伸びていた左肩の骨を≪デリーの鉄柱≫が砕いていく。そのまま身を捻って千勢の体を弾き飛ばそうとするエレナに千勢は抗った。
≪聖痕≫によってもたらされた超常的な膂力に対して腰を深く落とした千勢は、砕けた肩で≪デリーの鉄柱≫を受け止め、その状態で一歩を踏みこんだ。
強引に踏み込む為の獣じみた唸りと共に、右手に固く握られた宝剣が突き出される。
「約束があるんだ!」
神剣を欠けさせた逸話を持つ宝剣の刃は、エレナの腹を貫通した。
●
エレナの腹へと剣を突き刺した千勢は、尚も衰えない左肩からの衝撃に耐え、刃を横、右側へと振り抜いた。
≪壇ノ浦に没した宝剣≫がエレナの腹を裂き、≪聖痕≫が刻まれた臓器と、それらが発する聖光とがエレナの体を動かそうと凄烈に輝く。
それらに衝き動かされるかのように千勢に叩きつけられている≪デリーの鉄柱≫に新たな力がこもろうとして、
「――――草薙」
エレナを裂いた宝剣の一振りによって発生した暴風の刃が、聖光も≪聖痕≫も≪デリーの鉄柱≫もエレナも、全てを巻き込んで吹き荒れた。
長く感じられた一瞬の交差の末、千勢とエレナ、二人の衝突は終結した。
≪壇ノ浦に没した宝剣≫がエレナの腹を裂き、≪聖痕≫が刻まれた臓器と、それらが発する聖光とがエレナの体を動かそうと凄烈に輝く。
それらに衝き動かされるかのように千勢に叩きつけられている≪デリーの鉄柱≫に新たな力がこもろうとして、
「――――草薙」
エレナを裂いた宝剣の一振りによって発生した暴風の刃が、聖光も≪聖痕≫も≪デリーの鉄柱≫もエレナも、全てを巻き込んで吹き荒れた。
長く感じられた一瞬の交差の末、千勢とエレナ、二人の衝突は終結した。
●
千勢は所々痛む体を引きずってエレナのもとへと近付いていった。
広く大きな通路上に横たわるエレナの衣服はほぼ消し飛び、体は≪聖痕≫と戦闘、そして古い虐待の痕にまみれ、腹部が横に左半分裂かれて傷口からは内臓が零れ出ていた。内臓にまで刻印されている≪聖痕≫の輝きがなんとかエレナの命を繋いでいるように見受けられた。
しかし、
……もう長くはないか……。
千勢が見つめる先、接近に気付いたエレナが首をこちらに傾けて目を合わせる。茫洋として力を失いつつある≪聖痕≫の宿る目が千勢をなんとか、といった体で捉える。
彼女は観念したように言葉を寄越してきた。
「ま……さか、あの攻撃が、全て、しのがれるなんて……思わなかった……」
「一歩間違えば倒れていたのは私の方だった」
最初の突進の折、≪デリーの鉄柱≫を正面から受け止めようとしていたら、≪デリーの鉄柱≫の余剰分を排除して間合いを調整し直した二手目に対して防御行為を取らなかったら、左肩を砕かれた時にこちらを吹き飛ばそうとする力をこらえる事ができなかったら、そして最後の草薙を僅かでも躊躇っていたら、そのどれもが勝敗の逆転に直結していただろう。
千勢の実感のこもった言葉にエレナは力無く答える。
「それで、も、負けて、しまったのでは……意味が無いわ……≪聖痕≫も、私を喰らう事よりも、まずは宿主の私を……延命しようと必死みたい」
言葉と共に血がエレナの口から零れる。それは命そのものが吐き出されているかのようだった。
エレナの手に握られている≪デリーの鉄柱≫に刻まれていた≪聖痕≫がその輝きを失う。その光景を目にしてエレナは唇を噛んだ。
「……結局、オルコット様のお役には、たてなかった…………」
残りの時間は刻一刻と短くなっている。そんなエレナに千勢は小さく否定を呟いた。
「お前はあの男の役に立ったよ」
「……?」
ほんのわずかに首を傾けたエレナに千勢は言葉を続ける。
「お前のせいでオルコットと、奴についていた軍勢が徹心の所へ行くのを止める事ができなかった。その上、私は徹心の所へと助力に行く事もできずに……このザマだ」
そう言って千勢は自身の体を示す。
千勢も全身に傷を負っていた。髪はざんばらになってしまったし、左肩が動かない。≪ジュワユーズ≫の一撃を受け、その後の戦闘で開いた左脇腹の傷は放っておくと危険だし、鎖骨も折られ、≪壇ノ浦に没した宝剣≫を提げる右の肩も違和感を感じていた。
「お前は私をまともに戦えなくなるまで痛めつけてくれた。たしかに私とお前の勝負はお前の負けだが、この戦争という、大局的な目で見ればエレナ、お前は私に勝って、オルコットの目的に貢献したよ。――道をつけたのだからな」
「そう……」
エレナは吐息するように弱く答え、やがて千勢の言葉に納得したのか、体から力を抜いて、≪デリーの鉄柱≫を手放した。喘鳴混じりに訊ねる。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「わたし……わたしは、オルコット様の、おじさんの役に立てた……かな?」
「ああ、お前は用を立派に果たしてオルコットの役に立ったよ。悔しいがな。実際に戦った私が保障してやる」
「そっか……」
エレナは光を映さなくなった目を閉じた。
「それならいい、のかな……がんばって、気を付けてください、オルコット様……」
でも、とエレナは言葉を漏らす。残念だ、という口調で、
「でも、もっと一緒にいたかった……な。オルコット様、おじさん……」
はにかみ、確かめるような恐る恐るといった調子で小さく、
「おとうさんと…………」
広く大きな通路上に横たわるエレナの衣服はほぼ消し飛び、体は≪聖痕≫と戦闘、そして古い虐待の痕にまみれ、腹部が横に左半分裂かれて傷口からは内臓が零れ出ていた。内臓にまで刻印されている≪聖痕≫の輝きがなんとかエレナの命を繋いでいるように見受けられた。
しかし、
……もう長くはないか……。
千勢が見つめる先、接近に気付いたエレナが首をこちらに傾けて目を合わせる。茫洋として力を失いつつある≪聖痕≫の宿る目が千勢をなんとか、といった体で捉える。
彼女は観念したように言葉を寄越してきた。
「ま……さか、あの攻撃が、全て、しのがれるなんて……思わなかった……」
「一歩間違えば倒れていたのは私の方だった」
最初の突進の折、≪デリーの鉄柱≫を正面から受け止めようとしていたら、≪デリーの鉄柱≫の余剰分を排除して間合いを調整し直した二手目に対して防御行為を取らなかったら、左肩を砕かれた時にこちらを吹き飛ばそうとする力をこらえる事ができなかったら、そして最後の草薙を僅かでも躊躇っていたら、そのどれもが勝敗の逆転に直結していただろう。
千勢の実感のこもった言葉にエレナは力無く答える。
「それで、も、負けて、しまったのでは……意味が無いわ……≪聖痕≫も、私を喰らう事よりも、まずは宿主の私を……延命しようと必死みたい」
言葉と共に血がエレナの口から零れる。それは命そのものが吐き出されているかのようだった。
エレナの手に握られている≪デリーの鉄柱≫に刻まれていた≪聖痕≫がその輝きを失う。その光景を目にしてエレナは唇を噛んだ。
「……結局、オルコット様のお役には、たてなかった…………」
残りの時間は刻一刻と短くなっている。そんなエレナに千勢は小さく否定を呟いた。
「お前はあの男の役に立ったよ」
「……?」
ほんのわずかに首を傾けたエレナに千勢は言葉を続ける。
「お前のせいでオルコットと、奴についていた軍勢が徹心の所へ行くのを止める事ができなかった。その上、私は徹心の所へと助力に行く事もできずに……このザマだ」
そう言って千勢は自身の体を示す。
千勢も全身に傷を負っていた。髪はざんばらになってしまったし、左肩が動かない。≪ジュワユーズ≫の一撃を受け、その後の戦闘で開いた左脇腹の傷は放っておくと危険だし、鎖骨も折られ、≪壇ノ浦に没した宝剣≫を提げる右の肩も違和感を感じていた。
「お前は私をまともに戦えなくなるまで痛めつけてくれた。たしかに私とお前の勝負はお前の負けだが、この戦争という、大局的な目で見ればエレナ、お前は私に勝って、オルコットの目的に貢献したよ。――道をつけたのだからな」
「そう……」
エレナは吐息するように弱く答え、やがて千勢の言葉に納得したのか、体から力を抜いて、≪デリーの鉄柱≫を手放した。喘鳴混じりに訊ねる。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「わたし……わたしは、オルコット様の、おじさんの役に立てた……かな?」
「ああ、お前は用を立派に果たしてオルコットの役に立ったよ。悔しいがな。実際に戦った私が保障してやる」
「そっか……」
エレナは光を映さなくなった目を閉じた。
「それならいい、のかな……がんばって、気を付けてください、オルコット様……」
でも、とエレナは言葉を漏らす。残念だ、という口調で、
「でも、もっと一緒にいたかった……な。オルコット様、おじさん……」
はにかみ、確かめるような恐る恐るといった調子で小さく、
「おとうさんと…………」
●
薄らと涙を浮かべて静かに息を引き取ったエレナを前に、千勢は沈痛な面持ちで届かない言葉をかける。
「……馬鹿な娘だよ。お前は」
……オルコットの役に立ちたいのなら、他にいくらでも方法があっただろうに。
それでも望んで己に刻んだ≪聖痕≫でオルコットの剣となって道を切り開く道を選んだのは、それが彼の一番近くに居る事ができる方法だと思ったからなのだろうか。
……わかりなどしない。
答えを得る機会が訪れる事はもうない。だから千勢は感傷を振り払う為に、中途半端に切られてしまった自分の髪にほとんど思うように動かない左手をやった。右手の≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃で適当に肩口で切りそろえる。
やがてよろめく体で宝剣を切断した髪を縒り合わせて作ったひもで腰に縛りつけ、≪デリーの鉄柱≫を拾い上げて、それを杖代わりに歩き始めた。
「私は行かせてもらうぞ……悪いがな」
――馬鹿息子とそのかわいい嫁たちに心配をかけてばかりもいられん。
前に進むのは勝者の特権で、よろめく歩みはひたと前を見据えている。
しかして戦場には小さな墓が残され、≪夢の国≫の戦況は決した。
「……馬鹿な娘だよ。お前は」
……オルコットの役に立ちたいのなら、他にいくらでも方法があっただろうに。
それでも望んで己に刻んだ≪聖痕≫でオルコットの剣となって道を切り開く道を選んだのは、それが彼の一番近くに居る事ができる方法だと思ったからなのだろうか。
……わかりなどしない。
答えを得る機会が訪れる事はもうない。だから千勢は感傷を振り払う為に、中途半端に切られてしまった自分の髪にほとんど思うように動かない左手をやった。右手の≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃で適当に肩口で切りそろえる。
やがてよろめく体で宝剣を切断した髪を縒り合わせて作ったひもで腰に縛りつけ、≪デリーの鉄柱≫を拾い上げて、それを杖代わりに歩き始めた。
「私は行かせてもらうぞ……悪いがな」
――馬鹿息子とそのかわいい嫁たちに心配をかけてばかりもいられん。
前に進むのは勝者の特権で、よろめく歩みはひたと前を見据えている。
しかして戦場には小さな墓が残され、≪夢の国≫の戦況は決した。