●
オルコットの剣が振るわれる直前で、騎士のおっちゃんとTさんが黒い馬に乗って乱入してきた。オルコットの攻撃を止めたTさんがそのままオルコットの前に撹乱攻撃をぶっ放す間に騎士のおっちゃんは俺達の前までやってくる。
黒い馬から降りて騎士のおっちゃんは歩み寄って来る。
モニカが息を呑んでいる。
緊張してるっぽいなぁ。ちょっと気持ちを整えてやる時間を上げた方がよさそうだ。
そう思い、俺は騎士のおっちゃんの前に立って訊ねてみた。
「何? Tさんにのされてやっとモニカと正面から話す気にでもなったのか?」
おっちゃんはいろいろと複雑そうな表情をした。
「……そうだ、Tさんの契約者」
「伏見舞」
「舞、その通りだ」
「モニカとは古い知り合いだったんだろ? なんでいままで何度も顔合わせてたくせに話し合わなかったんだ?」
「必要を感じなかったからだ」
「……モニカの思ってる事も聞かずにモニカを眠らせる気だったのか?」
「それまでのお嬢様を見て、眠らせる事こそがお嬢様にとって最善だと判断したのだ。それにお嬢様の両親を斬った私がどのような顔をしてお嬢様に会えばいい」
「んだよそりゃ、モニカの気持ちも知らねえで」
喧嘩腰で詰め寄って俺は右手を振りかぶった。
「話す前にちったぁ反省しろ!」
平手をぶち込む。
黒い馬から降りて騎士のおっちゃんは歩み寄って来る。
モニカが息を呑んでいる。
緊張してるっぽいなぁ。ちょっと気持ちを整えてやる時間を上げた方がよさそうだ。
そう思い、俺は騎士のおっちゃんの前に立って訊ねてみた。
「何? Tさんにのされてやっとモニカと正面から話す気にでもなったのか?」
おっちゃんはいろいろと複雑そうな表情をした。
「……そうだ、Tさんの契約者」
「伏見舞」
「舞、その通りだ」
「モニカとは古い知り合いだったんだろ? なんでいままで何度も顔合わせてたくせに話し合わなかったんだ?」
「必要を感じなかったからだ」
「……モニカの思ってる事も聞かずにモニカを眠らせる気だったのか?」
「それまでのお嬢様を見て、眠らせる事こそがお嬢様にとって最善だと判断したのだ。それにお嬢様の両親を斬った私がどのような顔をしてお嬢様に会えばいい」
「んだよそりゃ、モニカの気持ちも知らねえで」
喧嘩腰で詰め寄って俺は右手を振りかぶった。
「話す前にちったぁ反省しろ!」
平手をぶち込む。
●
ユーグは舞の平手を首を捻って躱した。反射的なもので、悪かっただろうかと思っていると、舞の平手がめげずに往復してきた。
復路をたどる手は何故か力強く握りこまれていて形としては裏拳になっている。だからついまた反射的に回避してしまい、
「…………」
ユーグの目の前で舞はにっこりと笑んだ。
彼女は拳を固く固く握りしめて腰を落とし、完璧なフォームで右ストレートを入れて来る。
ユーグは若干殺気の乗った一撃を避け、反射的にカウンターを舞に入れそうになり、
――む、
Tさんがいる方から向けられてきた、より強い殺気で思いとどまる。その間に踏み込んできた舞のアッパーが見事にユーグの顎を捉えた。
……なかなか筋がいい。
受けた一撃を評してそう思っていると、満足したのか舞はうん、と一つ頷いて、
「反省したか?」
「君のような友人がいるのだからモニカお嬢様も少しは現世に慰めを見いだせるのではないかと思えるな」
舞は首をかしげた。
「褒めてんの?」
「まあな」
言いながらモニカがこちらを見て来ているのを確認する。どうやら覚悟は決まったようだ。そう思い、ユーグは舞に告げる。
「では、そろそろ行ってもいいかな?」
「おう、モニカの準備もよさそうだしな」
ではあの突然の打撃はモニカの準備が整うまでの時間稼ぎだったのかと舞の意外な気配りのよさにユーグは感心する。
そのまま舞の横を抜けて歩いていく途中で、由実とすれちがった。
「二人きりにしてもいいのか?」
「モニカがそう望んだわ。ユーグおじさんは卑怯な事はしないそうよ」
「なるほど」
答えて進みかけ、ふと思いたって由実を振り返る。
「――私を殴らなくていいのか?」
「≪テンプル騎士団≫総長相手に舞ちゃんみたいな大胆な事はできないわ」
由実の言葉に舞がおかしいのか、とユーグは納得し、そういえばTさんもなかなかおかしかったし千勢はアレだ。結論としては、
「……似たもの親子に似たもの夫婦か」
「え?」
「いや……」
首を振ってなんでもない、と答え、ユーグはモニカの前に至った。
落ち着いた状態で近くで顔を合わせてみると、やはり自分が面倒を見ていた頃から随分と成長しているとはっきり感じる。
背も、綺麗な蜂蜜色の髪も伸び、顔も研究所で働く両親を待ち続けていた頃と比べて明るいものになったように思う。
「ユーグおじさん……」
モニカが会話の口火を切った。それに応じる形でユーグはモニカに声をかける。
「モニカお嬢様、こうして話しをするのはもう何年ぶりになりますでしょうか」
騎士との対話を願った少女と、少女の安寧を望んだ騎士との会話が始まる。
復路をたどる手は何故か力強く握りこまれていて形としては裏拳になっている。だからついまた反射的に回避してしまい、
「…………」
ユーグの目の前で舞はにっこりと笑んだ。
彼女は拳を固く固く握りしめて腰を落とし、完璧なフォームで右ストレートを入れて来る。
ユーグは若干殺気の乗った一撃を避け、反射的にカウンターを舞に入れそうになり、
――む、
Tさんがいる方から向けられてきた、より強い殺気で思いとどまる。その間に踏み込んできた舞のアッパーが見事にユーグの顎を捉えた。
……なかなか筋がいい。
受けた一撃を評してそう思っていると、満足したのか舞はうん、と一つ頷いて、
「反省したか?」
「君のような友人がいるのだからモニカお嬢様も少しは現世に慰めを見いだせるのではないかと思えるな」
舞は首をかしげた。
「褒めてんの?」
「まあな」
言いながらモニカがこちらを見て来ているのを確認する。どうやら覚悟は決まったようだ。そう思い、ユーグは舞に告げる。
「では、そろそろ行ってもいいかな?」
「おう、モニカの準備もよさそうだしな」
ではあの突然の打撃はモニカの準備が整うまでの時間稼ぎだったのかと舞の意外な気配りのよさにユーグは感心する。
そのまま舞の横を抜けて歩いていく途中で、由実とすれちがった。
「二人きりにしてもいいのか?」
「モニカがそう望んだわ。ユーグおじさんは卑怯な事はしないそうよ」
「なるほど」
答えて進みかけ、ふと思いたって由実を振り返る。
「――私を殴らなくていいのか?」
「≪テンプル騎士団≫総長相手に舞ちゃんみたいな大胆な事はできないわ」
由実の言葉に舞がおかしいのか、とユーグは納得し、そういえばTさんもなかなかおかしかったし千勢はアレだ。結論としては、
「……似たもの親子に似たもの夫婦か」
「え?」
「いや……」
首を振ってなんでもない、と答え、ユーグはモニカの前に至った。
落ち着いた状態で近くで顔を合わせてみると、やはり自分が面倒を見ていた頃から随分と成長しているとはっきり感じる。
背も、綺麗な蜂蜜色の髪も伸び、顔も研究所で働く両親を待ち続けていた頃と比べて明るいものになったように思う。
「ユーグおじさん……」
モニカが会話の口火を切った。それに応じる形でユーグはモニカに声をかける。
「モニカお嬢様、こうして話しをするのはもう何年ぶりになりますでしょうか」
騎士との対話を願った少女と、少女の安寧を望んだ騎士との会話が始まる。
●
光弾を数発叩き込んで敵陣を撹乱し、Tさんは徹心の所へと移動していた。
……まずは状況を確認したい。
≪キョンシー≫達から情報を受け取ってはいるので自陣の状態はある程度把握できてはいるが、それもそれぞれの≪キョンシー≫達が現場で見た主観的な情報だ。全体を俯瞰した情報を得る為には≪キョンシー≫達を指揮する軍師のもとへと行く必要があった。
「Tさん、ごくろうさま。そしてユーグを連れて来てくれた事、感謝するよ」
徹心は疲労の色の濃い表情でTさんを迎えた。髪は乱れ、息も上がっている。
≪桃源郷≫ほどの異界、それに結界の管理に≪キョンシー≫達の使役もある。疲労は当然だろう。
Tさんとユーグが≪夢の国≫から≪桃源郷≫に渡った際、≪魔除けの桃≫の影響を受けなかったのも彼の精密な結界制御のおかげだ。だから、と第一声はTさんも感謝の言葉から入った。
「俺とユーグを≪魔除けの桃≫で祓わずにいてくれた事にまずは感謝だな」
「それを言ったら僕は君達にどれだけ感謝をしなければならないだろうね」
苦笑して徹心は単刀直入に訊いて来た。
「≪夢の国≫はどうだい?」
「俺が知っている限りでは、作戦通りに≪冬将軍≫の冬の侵略は阻止、その後の進軍も分断してそれぞれに砕いていく動きに移行する事に成功した。ただ、師匠がエレナ・オルコットの両名と戦闘して負傷、オルコットを逃がした。今オルコットがここにいることからそれは分かるか」
「高坂君は……」
「エレナと戦闘を続けている。冗談を言う元気はあったようだし、師匠なら……母さんなら大丈夫だろう」
Tさんの発言に徹心は少し嬉しそうに頷く。
「そうだね、信じよう。
高坂君は君を、息子の事をずっと気にかけていたよ。自分が引き込んでしまったこの戦いに満ちた世界は君にとって≪赤いクレヨン≫で閉ざされた家とどちらが地獄なのかとね」
「気にし過ぎだ。らしくもない」
口許を歪めて返答し、Tさんも彼の本題を簡潔に訊ねる。
「状況は?」
「オルコットは正直僕の手には負えない。≪キョンシー≫達では凍死兵達の相手とオルコットの足止め、時間稼ぎが精いっぱいだ。Tさん、≪テンプル騎士団≫達を相手にしてきて疲れているところ悪いけど、≪キョンシー≫達と一緒に彼を止めてほしい」
「了解した」
そう言う眼前、戦場では≪キョンシー≫達がオルコットの剣から伸びる複雑な、名状しがたい色彩の刃を受けて両断されていく。続く動作で桃木が根元から鋤き返され、結界が斬り進められていった。
「オルコットのあの刃も加護も、≪ジュワユーズ≫のものか」
「ああ、僕が見た限りでは100以上の色彩をあの≪ジュワユーズ≫は放っている。使いこなすなんていう域を越えているよ、あれは。――彼に溜めの時間を作らせてはいけない。周囲一帯が桃園ごと吹き飛ばされてしまう」
「なるほど」
なかなか難しい事を注文すると思いながらTさんは加護を全身に纏う。
……やはりユーグから受けた傷は治癒しないか。
バフォメットの呪いはいまだにTさんの治癒能力を阻害している。それでなくても疲労を蓄積させている状態だ。あまり無茶はできない。
そう思うTさんに徹心が木剣を一本差し出した。
「これを」
「これは?」
「桃木から削りだした木剣だ。≪魔除けの桃≫の力を持っているからそこら辺の武器よりは仕えるはずだよ。君の加護とも相性がいいはずだ。持って行くといい。オルコットの≪ジュワユーズ≫相手に無手では辛いだろう。必要なら他の形状の武器も用意するけど」
「いや、いい。師匠の訓練で一番扱い慣れているのは剣だ」
「分かった。正念場だ。頼む」
頷き、Tさんは駆けだす。徹心の指示に従いオルコットの陽動と牽制を行う≪キョンシー≫達に紛れるようにして近付く。
十数メートルにまで距離を詰めたところでオルコットが≪ジュワユーズ≫をTさんに向けて振るってきた。
「作戦は立てられたかね? Tさん!」
「さてな!」
伸長した色彩の刃を加護を付与された桃木の剣で受け止め、Tさんは気合いの言葉を放った。
「破ぁ!」
……まずは状況を確認したい。
≪キョンシー≫達から情報を受け取ってはいるので自陣の状態はある程度把握できてはいるが、それもそれぞれの≪キョンシー≫達が現場で見た主観的な情報だ。全体を俯瞰した情報を得る為には≪キョンシー≫達を指揮する軍師のもとへと行く必要があった。
「Tさん、ごくろうさま。そしてユーグを連れて来てくれた事、感謝するよ」
徹心は疲労の色の濃い表情でTさんを迎えた。髪は乱れ、息も上がっている。
≪桃源郷≫ほどの異界、それに結界の管理に≪キョンシー≫達の使役もある。疲労は当然だろう。
Tさんとユーグが≪夢の国≫から≪桃源郷≫に渡った際、≪魔除けの桃≫の影響を受けなかったのも彼の精密な結界制御のおかげだ。だから、と第一声はTさんも感謝の言葉から入った。
「俺とユーグを≪魔除けの桃≫で祓わずにいてくれた事にまずは感謝だな」
「それを言ったら僕は君達にどれだけ感謝をしなければならないだろうね」
苦笑して徹心は単刀直入に訊いて来た。
「≪夢の国≫はどうだい?」
「俺が知っている限りでは、作戦通りに≪冬将軍≫の冬の侵略は阻止、その後の進軍も分断してそれぞれに砕いていく動きに移行する事に成功した。ただ、師匠がエレナ・オルコットの両名と戦闘して負傷、オルコットを逃がした。今オルコットがここにいることからそれは分かるか」
「高坂君は……」
「エレナと戦闘を続けている。冗談を言う元気はあったようだし、師匠なら……母さんなら大丈夫だろう」
Tさんの発言に徹心は少し嬉しそうに頷く。
「そうだね、信じよう。
高坂君は君を、息子の事をずっと気にかけていたよ。自分が引き込んでしまったこの戦いに満ちた世界は君にとって≪赤いクレヨン≫で閉ざされた家とどちらが地獄なのかとね」
「気にし過ぎだ。らしくもない」
口許を歪めて返答し、Tさんも彼の本題を簡潔に訊ねる。
「状況は?」
「オルコットは正直僕の手には負えない。≪キョンシー≫達では凍死兵達の相手とオルコットの足止め、時間稼ぎが精いっぱいだ。Tさん、≪テンプル騎士団≫達を相手にしてきて疲れているところ悪いけど、≪キョンシー≫達と一緒に彼を止めてほしい」
「了解した」
そう言う眼前、戦場では≪キョンシー≫達がオルコットの剣から伸びる複雑な、名状しがたい色彩の刃を受けて両断されていく。続く動作で桃木が根元から鋤き返され、結界が斬り進められていった。
「オルコットのあの刃も加護も、≪ジュワユーズ≫のものか」
「ああ、僕が見た限りでは100以上の色彩をあの≪ジュワユーズ≫は放っている。使いこなすなんていう域を越えているよ、あれは。――彼に溜めの時間を作らせてはいけない。周囲一帯が桃園ごと吹き飛ばされてしまう」
「なるほど」
なかなか難しい事を注文すると思いながらTさんは加護を全身に纏う。
……やはりユーグから受けた傷は治癒しないか。
バフォメットの呪いはいまだにTさんの治癒能力を阻害している。それでなくても疲労を蓄積させている状態だ。あまり無茶はできない。
そう思うTさんに徹心が木剣を一本差し出した。
「これを」
「これは?」
「桃木から削りだした木剣だ。≪魔除けの桃≫の力を持っているからそこら辺の武器よりは仕えるはずだよ。君の加護とも相性がいいはずだ。持って行くといい。オルコットの≪ジュワユーズ≫相手に無手では辛いだろう。必要なら他の形状の武器も用意するけど」
「いや、いい。師匠の訓練で一番扱い慣れているのは剣だ」
「分かった。正念場だ。頼む」
頷き、Tさんは駆けだす。徹心の指示に従いオルコットの陽動と牽制を行う≪キョンシー≫達に紛れるようにして近付く。
十数メートルにまで距離を詰めたところでオルコットが≪ジュワユーズ≫をTさんに向けて振るってきた。
「作戦は立てられたかね? Tさん!」
「さてな!」
伸長した色彩の刃を加護を付与された桃木の剣で受け止め、Tさんは気合いの言葉を放った。
「破ぁ!」
●
モニカは正面に来て相対したユーグに言葉を届ける。
「ユーグおじさん、こうやって話すの、ほんとうに久しぶりだね」
「二度とこのような機会は訪れないと思っておりましたが、分からないものです」
ユーグの表情は公園やウィリアムの研究所、そして両親を彼が斬った場でモニカが見たような厳しいものではなく、穏やかな、昔のままの表情だ。
やっぱりユーグは変わっていない。そう思い、モニカは言葉を連ね、重ねていく。
「あの時、お父さんとお母さんを殺したのって……やっぱり、おじさんなの?」
「はい、そしてエルマーはあの時、父君と母君に殺害されました」
「そう……だよね」
その光景を成し遂げたのがユーグではないと思いたい思考が粉砕される。沈みそうになる気持ちを抑えるモニカにユーグが言った。
「お嬢様、お嬢様の家族を全て奪ったのは間違いなく私です。そんな私に一体何をお話になられると?」
「ちがう、おじいちゃんはお父さんとお母さんが――」
「それも全て私という戦いの為の力が存在したからです。契約者として出張る必要のあったエルマーは家族殺しを自ら望みました。思えば、あの時既にエルマーは死ぬ気でいたのでしょう」
ユーグは皮肉な笑みを浮かべる。
「結局≪テンプル騎士団≫などというのは受け入れられず、忌まれる、そういう存在なのです。血を引く末裔にもこのような不幸しかもたらすことしかできない。
故に私は一人になってしまわれたモニカお嬢様をオルコットの計画に捧げてしまう事を決めました。私達を受け入れることのない世界を壊してしまう為にお嬢様を利用しようとしたのです」
「うそだよ」
む、と言葉を止めるユーグにモニカは言う。
「ユーグおじさんはそんなことしないよ。わたし、聞いたもん。ウィリアムの所で、ご無事なようでって言ってくれたこと」
「……あれは器としてのお嬢様が無事だったから言っただけの事です」
「どんな形でも、わたしの事を心配してくれたって事だよね?」
物扱いするユーグの発言をものともせず、モニカは続ける。
「それに、お姉ちゃん達が言ってたの。ユーグおじさんはわたしに永遠のねむりをくれるつもりなんだって」
「…………ええ、改変された世界で世界のシステムとして機能するお嬢様は永い眠り、安眠を得る事ができます。邪魔される事も、悲しみを抱く事もない絶対の安寧です」
「それでわたしが世界のシステムになれば、世界は変わってよくなるかもしれないんだよね? さっきオルコットが言ってたよ」
「ええ、そうですよ」
肯定するユーグに、モニカはやっぱりみんなすごい、と思う。
……世界なんて大きなものの事をかんがえて、みんな自分の幸せを捨ててまで……。
「でも、やっぱり今のこの世界をこわしちゃうのはよくないよ……わたしね、まだまだ子供だけど、それでも、ちっぽけで素敵な世界を見てきたんだよ? 受け入れられないなんてことはないよ。不幸なんてこともないんだよ。わたしね……やっぱりみんなが居るこの世界が好きなの」
「……そうですか」
反論も何もなく、ユーグは頷いた。
「本当に素晴らしい人たちに拾われ、立派に成長されたようだ。見違えます。御両親もエルマーも、さぞ喜ばれる事でしょう」
籠手を外してモニカの頭に手を置いてユーグは髪を撫でる。
昔と変わらない、暖かい手だ。そう思うモニカにユーグは告げた。
「では、ご決断を、私の処断をお願いします」
「ユーグおじさん、こうやって話すの、ほんとうに久しぶりだね」
「二度とこのような機会は訪れないと思っておりましたが、分からないものです」
ユーグの表情は公園やウィリアムの研究所、そして両親を彼が斬った場でモニカが見たような厳しいものではなく、穏やかな、昔のままの表情だ。
やっぱりユーグは変わっていない。そう思い、モニカは言葉を連ね、重ねていく。
「あの時、お父さんとお母さんを殺したのって……やっぱり、おじさんなの?」
「はい、そしてエルマーはあの時、父君と母君に殺害されました」
「そう……だよね」
その光景を成し遂げたのがユーグではないと思いたい思考が粉砕される。沈みそうになる気持ちを抑えるモニカにユーグが言った。
「お嬢様、お嬢様の家族を全て奪ったのは間違いなく私です。そんな私に一体何をお話になられると?」
「ちがう、おじいちゃんはお父さんとお母さんが――」
「それも全て私という戦いの為の力が存在したからです。契約者として出張る必要のあったエルマーは家族殺しを自ら望みました。思えば、あの時既にエルマーは死ぬ気でいたのでしょう」
ユーグは皮肉な笑みを浮かべる。
「結局≪テンプル騎士団≫などというのは受け入れられず、忌まれる、そういう存在なのです。血を引く末裔にもこのような不幸しかもたらすことしかできない。
故に私は一人になってしまわれたモニカお嬢様をオルコットの計画に捧げてしまう事を決めました。私達を受け入れることのない世界を壊してしまう為にお嬢様を利用しようとしたのです」
「うそだよ」
む、と言葉を止めるユーグにモニカは言う。
「ユーグおじさんはそんなことしないよ。わたし、聞いたもん。ウィリアムの所で、ご無事なようでって言ってくれたこと」
「……あれは器としてのお嬢様が無事だったから言っただけの事です」
「どんな形でも、わたしの事を心配してくれたって事だよね?」
物扱いするユーグの発言をものともせず、モニカは続ける。
「それに、お姉ちゃん達が言ってたの。ユーグおじさんはわたしに永遠のねむりをくれるつもりなんだって」
「…………ええ、改変された世界で世界のシステムとして機能するお嬢様は永い眠り、安眠を得る事ができます。邪魔される事も、悲しみを抱く事もない絶対の安寧です」
「それでわたしが世界のシステムになれば、世界は変わってよくなるかもしれないんだよね? さっきオルコットが言ってたよ」
「ええ、そうですよ」
肯定するユーグに、モニカはやっぱりみんなすごい、と思う。
……世界なんて大きなものの事をかんがえて、みんな自分の幸せを捨ててまで……。
「でも、やっぱり今のこの世界をこわしちゃうのはよくないよ……わたしね、まだまだ子供だけど、それでも、ちっぽけで素敵な世界を見てきたんだよ? 受け入れられないなんてことはないよ。不幸なんてこともないんだよ。わたしね……やっぱりみんなが居るこの世界が好きなの」
「……そうですか」
反論も何もなく、ユーグは頷いた。
「本当に素晴らしい人たちに拾われ、立派に成長されたようだ。見違えます。御両親もエルマーも、さぞ喜ばれる事でしょう」
籠手を外してモニカの頭に手を置いてユーグは髪を撫でる。
昔と変わらない、暖かい手だ。そう思うモニカにユーグは告げた。
「では、ご決断を、私の処断をお願いします」
●
「え?」
突然の事に息を詰めるモニカに構わず、ユーグは続ける。
「お嬢様がこの世界と、友人たちと離れたくないという気持ちはしっかりと理解しました。しかし私はお嬢様を眠りに導き、世界を改める事を目指したいのです。この世界はやはり駄目だと、≪テンプル騎士団≫として永く世界を見て生きた私は思うのですよ」
短剣を影の中から取り出してモニカの目の前に刺す。
「それで私を終わらせてください」
「そんな……っ」
「一度はTさんに敗れた身、今のお嬢様に殺されるのならそれも本望です」
「ちがう……こんなの」
「今の状況、Tさんと徹心はオルコット様相手に苦戦しています。この上私が敵として彼等に立ちはだかればどうなるか、おわかりですね?」
圧力をかけているようだと思うが、これで終わる事が出来るだろう。
舞達がこちらの不穏な様子を不審に思ったのか緊張している気配を見せている。
……急がねばならないな。
ユーグは頭を振るモニカの前に膝をつき、首を差し出すように頭を垂れる。
モニカは立派に成長した。暴走した≪杞憂≫を押さえる程の精神力を持ち、両親を斬った本人に考えを断固として告げる意志も持っている。どれもユーグには眩しい。この後、オルコットが目的を果たす事になってモニカが眠りについても、彼女の揺り籠を守る騎士など必要ないだろう。きっと≪杞憂≫や≪聖槍≫の方が契約者を守るために動く。
モニカはもはやただの器などではない。≪杞憂≫や≪聖槍≫が積極的に護ろうとするほどの存在だ。
……ならば何も後に憂うこともない。
必要とされない騎士は消えるのみだ。死を自分が望んだ者から賜れるというのならそれもまたよし。そう思っていると、ユーグの頭を暖かいものが包んだ。
……?
首にくすぐったい感触がくる。これは、
……髪?
次いで頭に雫が落ちる感触がきた。
「モニカお嬢様……?」
「ちがう……もん」
強く抱きしめられているのだと状況を理解するのに数秒を要した。短剣は地面に刺さったままだ。
「殺す、とか……そんなことを望んで、ユーグおじさんを連れて来てもらったんじゃない……わけもわからないままに別れちゃったから、しっかり仲直りしようってそう思っただけで……こんなの、ちがう……っ!」
頭を全身を使って抱えられているため、下手に動くとモニカが転ぶ。動けないユーグはやがてモニカに頭を撫でられ始めた。
「……おじさんは、優しいね。世界を見わたして、みんなをだいじにしてるから、だから今の世界に絶望しちゃったんだよ、でもね、どんなに強い人だってそんなんじゃこわれちゃうよ。
それに、みんな一度こわしちゃった世界はきっとさびしいよ。だから、できる所から始めよう? 手の届く所から助けていこう? 続けていけばきっとユーグおじさんが願っているような世界になるから……わたしは、そうするって、みんなで仲良く生きるって決めたの」
そう言ってモニカはユーグの頭を離し、顔を上げたユーグと正面、間近で目を合わせる。彼女は涙が流れる頬を拭い、
「だから、手伝ってください。ユーグおじさん。わたしの、最後の家族……」
……家族、か。
「御両親を斬った私を未だにそう呼ぶのですか?」
「お父さんたちにも考えがあって、おじさんたちにも考えがあって、それでああなちゃったんだもん、みんなが悲しかったはずだよ。それに、ユーグおじさんが殺したのかもしれないけど、原因はわたしだよ」
「それは――」
「ちがうかもしれないけどちがわないの」
物事の見方の問題だということだろうか? そうモニカの発言を解釈しているユーグにモニカは告げた。
「ユーグおじさん、わたしはおじさんの中の理想を殺します。殺すから、かわりにわたしの生き方を手伝ってください」
つたない言葉遊びだ。そう思いながらユーグは警告する。
「その生き方は私やオルコットのような者が目指そうとして、一向に救われない現実に挫折した道です。つらいものとなりますよ?」
「でも、わたしは、やる」
強情だ。そう思い、その通りにユーグは言う。
「……しばらく会わない内にわがままになられたようで」
「しかってくれる家族がほしいな、おじさん」
「由実がいるでしょう、彼女がウィリアムの研究所で見せた張り手は見事でした」
「フィラちゃんはわたしにもっとわがままになれって言うよ?」
自分は何を言っているのだと思いながらユーグはモニカが歩もうとする道について考える。
モニカの言う道は長い。その果てに目的のものがあるのか、途中でどれだけの血が流れるのを見ていかなければならないのか。何もかもが分からない道だ。歩き始めれば間違いなく苦難と苦悩が待ち構えている。
……しかし、≪杞憂≫を御したお嬢様ならば……。
歩みきれるかもしれないと思うのは身贔屓というものだろう。実際には世界の悪意の前に膝を屈する事になるかもしれない。それでも、
「ねぇ、おじさん」
……いかんな、次代というものについ期待を抱いてしまう。
このような少女に説き伏せられるとはヤキが回ったのかもしれないと思いながら、
「つらいわたしの道を守る、わたしの騎士になってください」
「…………拝命いたします」
契約が成立した。
突然の事に息を詰めるモニカに構わず、ユーグは続ける。
「お嬢様がこの世界と、友人たちと離れたくないという気持ちはしっかりと理解しました。しかし私はお嬢様を眠りに導き、世界を改める事を目指したいのです。この世界はやはり駄目だと、≪テンプル騎士団≫として永く世界を見て生きた私は思うのですよ」
短剣を影の中から取り出してモニカの目の前に刺す。
「それで私を終わらせてください」
「そんな……っ」
「一度はTさんに敗れた身、今のお嬢様に殺されるのならそれも本望です」
「ちがう……こんなの」
「今の状況、Tさんと徹心はオルコット様相手に苦戦しています。この上私が敵として彼等に立ちはだかればどうなるか、おわかりですね?」
圧力をかけているようだと思うが、これで終わる事が出来るだろう。
舞達がこちらの不穏な様子を不審に思ったのか緊張している気配を見せている。
……急がねばならないな。
ユーグは頭を振るモニカの前に膝をつき、首を差し出すように頭を垂れる。
モニカは立派に成長した。暴走した≪杞憂≫を押さえる程の精神力を持ち、両親を斬った本人に考えを断固として告げる意志も持っている。どれもユーグには眩しい。この後、オルコットが目的を果たす事になってモニカが眠りについても、彼女の揺り籠を守る騎士など必要ないだろう。きっと≪杞憂≫や≪聖槍≫の方が契約者を守るために動く。
モニカはもはやただの器などではない。≪杞憂≫や≪聖槍≫が積極的に護ろうとするほどの存在だ。
……ならば何も後に憂うこともない。
必要とされない騎士は消えるのみだ。死を自分が望んだ者から賜れるというのならそれもまたよし。そう思っていると、ユーグの頭を暖かいものが包んだ。
……?
首にくすぐったい感触がくる。これは、
……髪?
次いで頭に雫が落ちる感触がきた。
「モニカお嬢様……?」
「ちがう……もん」
強く抱きしめられているのだと状況を理解するのに数秒を要した。短剣は地面に刺さったままだ。
「殺す、とか……そんなことを望んで、ユーグおじさんを連れて来てもらったんじゃない……わけもわからないままに別れちゃったから、しっかり仲直りしようってそう思っただけで……こんなの、ちがう……っ!」
頭を全身を使って抱えられているため、下手に動くとモニカが転ぶ。動けないユーグはやがてモニカに頭を撫でられ始めた。
「……おじさんは、優しいね。世界を見わたして、みんなをだいじにしてるから、だから今の世界に絶望しちゃったんだよ、でもね、どんなに強い人だってそんなんじゃこわれちゃうよ。
それに、みんな一度こわしちゃった世界はきっとさびしいよ。だから、できる所から始めよう? 手の届く所から助けていこう? 続けていけばきっとユーグおじさんが願っているような世界になるから……わたしは、そうするって、みんなで仲良く生きるって決めたの」
そう言ってモニカはユーグの頭を離し、顔を上げたユーグと正面、間近で目を合わせる。彼女は涙が流れる頬を拭い、
「だから、手伝ってください。ユーグおじさん。わたしの、最後の家族……」
……家族、か。
「御両親を斬った私を未だにそう呼ぶのですか?」
「お父さんたちにも考えがあって、おじさんたちにも考えがあって、それでああなちゃったんだもん、みんなが悲しかったはずだよ。それに、ユーグおじさんが殺したのかもしれないけど、原因はわたしだよ」
「それは――」
「ちがうかもしれないけどちがわないの」
物事の見方の問題だということだろうか? そうモニカの発言を解釈しているユーグにモニカは告げた。
「ユーグおじさん、わたしはおじさんの中の理想を殺します。殺すから、かわりにわたしの生き方を手伝ってください」
つたない言葉遊びだ。そう思いながらユーグは警告する。
「その生き方は私やオルコットのような者が目指そうとして、一向に救われない現実に挫折した道です。つらいものとなりますよ?」
「でも、わたしは、やる」
強情だ。そう思い、その通りにユーグは言う。
「……しばらく会わない内にわがままになられたようで」
「しかってくれる家族がほしいな、おじさん」
「由実がいるでしょう、彼女がウィリアムの研究所で見せた張り手は見事でした」
「フィラちゃんはわたしにもっとわがままになれって言うよ?」
自分は何を言っているのだと思いながらユーグはモニカが歩もうとする道について考える。
モニカの言う道は長い。その果てに目的のものがあるのか、途中でどれだけの血が流れるのを見ていかなければならないのか。何もかもが分からない道だ。歩き始めれば間違いなく苦難と苦悩が待ち構えている。
……しかし、≪杞憂≫を御したお嬢様ならば……。
歩みきれるかもしれないと思うのは身贔屓というものだろう。実際には世界の悪意の前に膝を屈する事になるかもしれない。それでも、
「ねぇ、おじさん」
……いかんな、次代というものについ期待を抱いてしまう。
このような少女に説き伏せられるとはヤキが回ったのかもしれないと思いながら、
「つらいわたしの道を守る、わたしの騎士になってください」
「…………拝命いたします」
契約が成立した。