正体不明 05
逃がした獲物を追う時は、つい力が入るものである
姿を忍ばせたり気配を消したり、そんな事には慣れていないせいもあるが
「あ、逃げた」
真夜中に笑顔で駆け寄ってくる少女というのは、絵面的には結構恐いので当然のリアクションかもしれない
つい先週ぐらいに取り逃がしたはずの獲物、旗上詩卯の姿を見つけ嬉々として追いかけたのは良いのだが、その姿を見た途端に詩卯は駆け出していた
当の詩卯はというと、その状況よりも少女の笑顔の下に潜む得体の知れない何かを察して逃げ出したのだが
「やばいなぁ、あの子はこないだのアレと同じ気配でやんの」
前回は居合わせたZ-No.999の能力でギリギリ逃れる事が出来たが、今回彼は報告や仕事があるという事で早々に駅で別れてしまっている
つまり、逃げ切るのは不可能だという事
「都合良くまた助けがくれば別だけど」
やや諦め気味に、ちらりと後ろを振り返る
立て板に水を流すような勢いで迫る『ブロブ』
そして、その向こう
遠くに立つ少女の呟きが、まるで目の前の不定形生物が囁いたように詩卯の耳に届いた
「いただきます」
喰われる
そう感じた瞬間、圧倒的な恐怖と絶望が思考を塗り潰した
「諦めるな、走れ!」
いつかと同じような
だが違う男の声
視線を前に戻すと、そこにはやはりZ-No.999ではない見知らぬ青年が立っていた
「鞘甲亜網!」
男が拳を地面に叩きつけると、そこから地面が白く染まる
スナック菓子を磨り潰すような音と共に、白い物体が詩卯の足元を駆け抜けるように広がり、道路を塞ぐかのように白い壁となって『ブロブ』を受け止めた
「長くは持たない! 逃げるぞ!」
「え、あ、うん」
男に手を引かれて、何が起きているか判らないまま駆け出す詩卯
その背後では白い壁に食むように纏わりつく『ブロブ』が蠢く姿があった
姿を忍ばせたり気配を消したり、そんな事には慣れていないせいもあるが
「あ、逃げた」
真夜中に笑顔で駆け寄ってくる少女というのは、絵面的には結構恐いので当然のリアクションかもしれない
つい先週ぐらいに取り逃がしたはずの獲物、旗上詩卯の姿を見つけ嬉々として追いかけたのは良いのだが、その姿を見た途端に詩卯は駆け出していた
当の詩卯はというと、その状況よりも少女の笑顔の下に潜む得体の知れない何かを察して逃げ出したのだが
「やばいなぁ、あの子はこないだのアレと同じ気配でやんの」
前回は居合わせたZ-No.999の能力でギリギリ逃れる事が出来たが、今回彼は報告や仕事があるという事で早々に駅で別れてしまっている
つまり、逃げ切るのは不可能だという事
「都合良くまた助けがくれば別だけど」
やや諦め気味に、ちらりと後ろを振り返る
立て板に水を流すような勢いで迫る『ブロブ』
そして、その向こう
遠くに立つ少女の呟きが、まるで目の前の不定形生物が囁いたように詩卯の耳に届いた
「いただきます」
喰われる
そう感じた瞬間、圧倒的な恐怖と絶望が思考を塗り潰した
「諦めるな、走れ!」
いつかと同じような
だが違う男の声
視線を前に戻すと、そこにはやはりZ-No.999ではない見知らぬ青年が立っていた
「鞘甲亜網!」
男が拳を地面に叩きつけると、そこから地面が白く染まる
スナック菓子を磨り潰すような音と共に、白い物体が詩卯の足元を駆け抜けるように広がり、道路を塞ぐかのように白い壁となって『ブロブ』を受け止めた
「長くは持たない! 逃げるぞ!」
「え、あ、うん」
男に手を引かれて、何が起きているか判らないまま駆け出す詩卯
その背後では白い壁に食むように纏わりつく『ブロブ』が蠢く姿があった
―――
「んもー、目の前のものから食べる癖は直らないんだから」
少女は白い壁をぐずぐずと溶かし取り込もうとするブロブをぺたぺたと叩く
「ていうか、これ食べれるの? 美味しい?」
白い壁は近くで見るとごつごつとしており、小さな貝のようなものの集合体である事が判る
「なんだっけこれ……えーと、フジツボ?」
少女は白い壁をぐずぐずと溶かし取り込もうとするブロブをぺたぺたと叩く
「ていうか、これ食べれるの? 美味しい?」
白い壁は近くで見るとごつごつとしており、小さな貝のようなものの集合体である事が判る
「なんだっけこれ……えーと、フジツボ?」
―――
「追っては来ないようだな」
息一つ切らさずに辺りを警戒する青年
対して詩卯は、完全に息が上がってその場にへたり込んでいた
「大丈夫か?」
「あ……あんまり……」
汗だくになりぜいぜいと荒い息を吐く詩卯を、青年は軽々と抱き上げる
「人気の無いところに留まっているのはまずい。どこか落ち着ける場所まで送ろう」
「や、流石に、歩けないほどじゃ」
「歩けてないだろう? 気にするな、身体は鍛えてるから人間の一人や二人なら余裕で運べる」
「えっと、そういう意味じゃなくて」
流石に汗だくで異性に密着するのは女としては気まずいものなのだが、相手は全く気にした様子は無い
「しかし……あれはヤバいな。俺みたいなフリーランスじゃどうにもならない。『組織』の方で動いてくれると良いんだが」
「あ、それなら大丈夫だと思いますよ。その『組織』とかってのの人が報告するって言ってましたから」
「ん? 都市伝説の類については知識はあるのか」
「諸事情により一週間ばかりレクチャーされましたとも」
「そうか」
青年はやや顔を顰めて詩卯を見詰める
「人間と都市伝説の関係は、縁であり絆である。一度何かしらに遭遇すると、都市伝説を引き付けやすくなるんだ」
「うへ。危ないのにしょっちゅう遭遇するようになるのはヤダなぁ」
「多少なりとも都市伝説について知っているのなら、何かしら都市伝説との契約を考えた方がいい。身を守る手段にもなるし、強く引かれ合う都市伝説が居れば他の都市伝説をあまり引き付けなくなる場合もある」
「なるほどねぇ。ところでお兄さんは人間? 都市伝説?」
「悪いが俺は人間だ。契約できる都市伝説を探すなら、レクチャーしてくれた奴に相談したらどうだ?」
「んー、どっかなー? 一応連絡先は聞いてあるけど……あんまり深く関らない方が良いって言ってたし」
「まあ物騒な業界であるのは確かだ。強い奴は際限なく強いし、どれだけ強くても相性一つで倒される事もある」
青年は何か嫌な思い出でもあるかのように、溜息を一つ漏らす
「ともかくだ。しばらくは町を離れるか、やばい奴相手でも対応できる奴に匿ってもらうといい」
「んー、一週間ばかし学校無断で休んじゃったしなぁ」
「命とどっちが大事なんだ?」
「両方」
「おい」
「そりゃ命は大事だけどね。私が私として生きていく背骨っていうの? これが折れちゃったら、それはそれで命を失うのに等しいと思うのよ」
「とんだ我侭女だな……だったら早いところ護衛してくれる存在でも見つけろよ。また出会ったら今度は逃げきれるとは思えないぞ」
「守ってくんないの? フリーなんでしょ?」
「さっきは不意打ちで、しかも逃げに徹したからどうにかなっただけだ。アレは俺じゃどうにもならん」
「相性ってやつ?」
「ああ。俺は格闘、物理攻撃専門だがあいつにはそれが全く効かない」
「そっかー、残念」
人通りのめっきり少なくなった駅前通り
お姫様抱っこという姿を衆人環視に晒さなくて済んだのは幸いかもしれない
青年は詩卯を下ろすと、そのままくるりと背を向ける
「後は好きにするといい。俺は町の見回りを続ける」
「どうにもできない相手がうろついてるのに?」
「それでも、襲われてる誰かを助けるぐらいならできるからな」
「そっか……気をつけてね。えーと、名前は」
「いいさ、契約者である俺と深く関ると都市伝説との関りも深くなる」
背を向けたまま手を振って、夜闇の中へと消えていった
「さってと、それじゃあ私はどうしようかな」
しばらく実家や友人を頼ってこの町から離れるのも良いのかもしれない
だが、脳裏に浮かぶのは化物と共に現れた少女の顔
「……やっぱ、最後まで関った方がいいのかな」
そう一人呟くと、詩卯は夜を明かすべく漫画喫茶の入り口をくぐるのであった
息一つ切らさずに辺りを警戒する青年
対して詩卯は、完全に息が上がってその場にへたり込んでいた
「大丈夫か?」
「あ……あんまり……」
汗だくになりぜいぜいと荒い息を吐く詩卯を、青年は軽々と抱き上げる
「人気の無いところに留まっているのはまずい。どこか落ち着ける場所まで送ろう」
「や、流石に、歩けないほどじゃ」
「歩けてないだろう? 気にするな、身体は鍛えてるから人間の一人や二人なら余裕で運べる」
「えっと、そういう意味じゃなくて」
流石に汗だくで異性に密着するのは女としては気まずいものなのだが、相手は全く気にした様子は無い
「しかし……あれはヤバいな。俺みたいなフリーランスじゃどうにもならない。『組織』の方で動いてくれると良いんだが」
「あ、それなら大丈夫だと思いますよ。その『組織』とかってのの人が報告するって言ってましたから」
「ん? 都市伝説の類については知識はあるのか」
「諸事情により一週間ばかりレクチャーされましたとも」
「そうか」
青年はやや顔を顰めて詩卯を見詰める
「人間と都市伝説の関係は、縁であり絆である。一度何かしらに遭遇すると、都市伝説を引き付けやすくなるんだ」
「うへ。危ないのにしょっちゅう遭遇するようになるのはヤダなぁ」
「多少なりとも都市伝説について知っているのなら、何かしら都市伝説との契約を考えた方がいい。身を守る手段にもなるし、強く引かれ合う都市伝説が居れば他の都市伝説をあまり引き付けなくなる場合もある」
「なるほどねぇ。ところでお兄さんは人間? 都市伝説?」
「悪いが俺は人間だ。契約できる都市伝説を探すなら、レクチャーしてくれた奴に相談したらどうだ?」
「んー、どっかなー? 一応連絡先は聞いてあるけど……あんまり深く関らない方が良いって言ってたし」
「まあ物騒な業界であるのは確かだ。強い奴は際限なく強いし、どれだけ強くても相性一つで倒される事もある」
青年は何か嫌な思い出でもあるかのように、溜息を一つ漏らす
「ともかくだ。しばらくは町を離れるか、やばい奴相手でも対応できる奴に匿ってもらうといい」
「んー、一週間ばかし学校無断で休んじゃったしなぁ」
「命とどっちが大事なんだ?」
「両方」
「おい」
「そりゃ命は大事だけどね。私が私として生きていく背骨っていうの? これが折れちゃったら、それはそれで命を失うのに等しいと思うのよ」
「とんだ我侭女だな……だったら早いところ護衛してくれる存在でも見つけろよ。また出会ったら今度は逃げきれるとは思えないぞ」
「守ってくんないの? フリーなんでしょ?」
「さっきは不意打ちで、しかも逃げに徹したからどうにかなっただけだ。アレは俺じゃどうにもならん」
「相性ってやつ?」
「ああ。俺は格闘、物理攻撃専門だがあいつにはそれが全く効かない」
「そっかー、残念」
人通りのめっきり少なくなった駅前通り
お姫様抱っこという姿を衆人環視に晒さなくて済んだのは幸いかもしれない
青年は詩卯を下ろすと、そのままくるりと背を向ける
「後は好きにするといい。俺は町の見回りを続ける」
「どうにもできない相手がうろついてるのに?」
「それでも、襲われてる誰かを助けるぐらいならできるからな」
「そっか……気をつけてね。えーと、名前は」
「いいさ、契約者である俺と深く関ると都市伝説との関りも深くなる」
背を向けたまま手を振って、夜闇の中へと消えていった
「さってと、それじゃあ私はどうしようかな」
しばらく実家や友人を頼ってこの町から離れるのも良いのかもしれない
だが、脳裏に浮かぶのは化物と共に現れた少女の顔
「……やっぱ、最後まで関った方がいいのかな」
そう一人呟くと、詩卯は夜を明かすべく漫画喫茶の入り口をくぐるのであった
―――
「元Z-No.1以下二名の協力を要請する」
「うるせぇ、帰れ」
音門金融の社長室で向かい合う、元Z-No.0のサロリアスと現Z-No.0の斬九郎が、びりびりと殺気じみたものを漂わせながら睨み合っていた
「俺んとこに来る前に、他の部署の連中に協力を仰げ。何のための『組織』だ」
「そのしがらみが嫌で逃げたお前なら良く判っているだろう? 部下の立場を守るためには他所の部署になど頼ってはいられん」
「π-Noの二人には頼ってたじゃねぇか」
「あいつらは完全な独立愚連隊だった上に、必要な時には居ない事の方が多かっただろう。『組織』内の力関係に影響はしない」
「……相変わらず面倒臭ぇままか、あの『組織』は」
「自我のある者が集まれば自然とそうなる」
ぎちりと椅子を軋ませ、斬九郎はサロリアスを睨む
「『組織』の体質の話は後だ。今も『ブロブ』とその契約者による被害がこれ以上広がる前に片を付ける」
「梨々は俺んとこに居るが、あと二人はとっくに引退して地元で暮らしてる。たまに近況報告をするぐらいで大した縁も残っちゃいねぇよ」
サロリアスがそう言った途端
ばたむと社長室のドアが豪快に開け放たれる
「やっほう、さっちゃん元気してたー? 京都くんだりから久々に遊びに来てやったよー」
「忙しいとは思ったんですが、ご無沙汰していたところを誘われたのでつい……すいません」
現れたのは、どこかのんびりとした雰囲気の二人の女性
「ん、どったのさっちゃん?」
「あら、そちらは斬九郎さん……という事は『組織』のお仕事?」
その間の悪さにサロリアスは思わず頭を抱える
「直接交渉する分には構わんだろう?」
「……勝手にしろ」
この二人の人の良さはサロリアスも良く知っている
そして押しの強さも
二人が斬九郎の要請を引き受ければ、梨々も引っ張り出されるのはほぼ間違い無い
「相変わらず難しい顔してるねー。八つ橋食べる? お土産だよー」
「こちらのお土産で、お煎餅もありますよ。仕事中はダメですけど日本酒も」
「暢気なもんだな、お前ら」
溜息を吐きながら、サロリアスは二人をソファへと招く
「言っておくが、巻き込む以上は危険な目には遭わせるなよ」
「危険でないはずがない。だがやらなければいけないのが、『組織』の仕事だ」
「そうやって割り切れる辺りが、お前の嫌いなところだ」
「被害が拡大して身内に迫るまで、割り切れずにぐずぐずしているのが、お前の嫌いなところだ」
睨み合うサロリアスと斬九郎
その雰囲気を察してか、それとも空気を全く読まずにか
「はいはい、恐い顔してないでちゃっちゃと仕事を終わらせよー。折角遊びに来たんだしねー」
「そういう事だ。早急に片付けるためにも、もう一人呼び出してもらおう」
「お前が指図するな……ったく」
渋々といった様子で、梨々に呼び出しの電話をかけるサロリアス
かくして駒は揃ったものの、それを動かす手腕が問われる事となる
借り物の駒で指す一手は、吉と出るか凶と出るか
「うるせぇ、帰れ」
音門金融の社長室で向かい合う、元Z-No.0のサロリアスと現Z-No.0の斬九郎が、びりびりと殺気じみたものを漂わせながら睨み合っていた
「俺んとこに来る前に、他の部署の連中に協力を仰げ。何のための『組織』だ」
「そのしがらみが嫌で逃げたお前なら良く判っているだろう? 部下の立場を守るためには他所の部署になど頼ってはいられん」
「π-Noの二人には頼ってたじゃねぇか」
「あいつらは完全な独立愚連隊だった上に、必要な時には居ない事の方が多かっただろう。『組織』内の力関係に影響はしない」
「……相変わらず面倒臭ぇままか、あの『組織』は」
「自我のある者が集まれば自然とそうなる」
ぎちりと椅子を軋ませ、斬九郎はサロリアスを睨む
「『組織』の体質の話は後だ。今も『ブロブ』とその契約者による被害がこれ以上広がる前に片を付ける」
「梨々は俺んとこに居るが、あと二人はとっくに引退して地元で暮らしてる。たまに近況報告をするぐらいで大した縁も残っちゃいねぇよ」
サロリアスがそう言った途端
ばたむと社長室のドアが豪快に開け放たれる
「やっほう、さっちゃん元気してたー? 京都くんだりから久々に遊びに来てやったよー」
「忙しいとは思ったんですが、ご無沙汰していたところを誘われたのでつい……すいません」
現れたのは、どこかのんびりとした雰囲気の二人の女性
「ん、どったのさっちゃん?」
「あら、そちらは斬九郎さん……という事は『組織』のお仕事?」
その間の悪さにサロリアスは思わず頭を抱える
「直接交渉する分には構わんだろう?」
「……勝手にしろ」
この二人の人の良さはサロリアスも良く知っている
そして押しの強さも
二人が斬九郎の要請を引き受ければ、梨々も引っ張り出されるのはほぼ間違い無い
「相変わらず難しい顔してるねー。八つ橋食べる? お土産だよー」
「こちらのお土産で、お煎餅もありますよ。仕事中はダメですけど日本酒も」
「暢気なもんだな、お前ら」
溜息を吐きながら、サロリアスは二人をソファへと招く
「言っておくが、巻き込む以上は危険な目には遭わせるなよ」
「危険でないはずがない。だがやらなければいけないのが、『組織』の仕事だ」
「そうやって割り切れる辺りが、お前の嫌いなところだ」
「被害が拡大して身内に迫るまで、割り切れずにぐずぐずしているのが、お前の嫌いなところだ」
睨み合うサロリアスと斬九郎
その雰囲気を察してか、それとも空気を全く読まずにか
「はいはい、恐い顔してないでちゃっちゃと仕事を終わらせよー。折角遊びに来たんだしねー」
「そういう事だ。早急に片付けるためにも、もう一人呼び出してもらおう」
「お前が指図するな……ったく」
渋々といった様子で、梨々に呼び出しの電話をかけるサロリアス
かくして駒は揃ったものの、それを動かす手腕が問われる事となる
借り物の駒で指す一手は、吉と出るか凶と出るか