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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 正体不明-08

最終更新:

Elfriede

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正体不明 08


 ずっと離れた位置に立つ少女の身体から、じわりと溢れ出す赤い物体
 それは鞭のように
 空中を泳ぐ蛇のように
 凄まじい速度で迫ってきた
 触れれば溶かされ喰われるという『ブロブ』
 それを避ける事も、逃げる事も、もうできない
 詩卯はぎゅっと目を閉じて
 ただ信じるだけだった

―――

 獲物を即座に、確実に捉えるはずだったその一撃は、その軌道を大きく逸らす
 いや、逸らしただけではない
 押し戻されるように戻ってきてしまう
「……あれ?」
 少女は首を傾げて、二度、三度と『ブロブ』を放つ
 だがそのどれもが同じ方向にくにゃりと曲がり、大きく弧を描いて少女の周りをくるくる回っていく
「これ……風?」
 疑問に思って、ようやく感じ取れるほどの風圧
 だが『ブロブ』が弾かれた辺りにまで近寄り、そこに触れようとすると
 指先が触れただけで身体がひっくり返りそうになるほどの暴風が吹き荒れていた
 周囲をくるくると舞い踊る『ブロブ』の姿を見て、少女はぼそりと呟いた
「閉じ込められちゃった?」

―――

「そういう事」
 遥か上空で黒い翼を羽ばたかせた黒羽が、手にした八手の団扇で口元を隠し、ふふと微笑む
「まあ大陸産の『芭蕉扇』ほどじゃないけど……天狗の必須アイテムだし、大きな葉は魔を払う、ってね?」
 手首を返し扇を振るうと、少女を囲む風はさらに勢いを増す
 風の大渦に閉じ込められた少女は、既に黒羽の存在には気付いていたのだろう
 真上に向けて『ブロブ』を放とうとするが、黒羽の居る高さまでは到底届かない
「風に乗せても無駄無駄。というかここまで風に乗せて届いちゃうぐらい吹き荒れさせたら、こっちまで吹っ飛んじゃうからね」
 それでも念のためか、ばさりと翼を広げて更に高く高く舞い上がる黒羽
「さて、あとはせっちゃんときゅーちゃんのお仕事だ、任せたよー?」

―――

 風の渦は視界を遮ってはいない
 何処にあるかは触れるまで判らず、今は放った『ブロブ』が翻弄される事で辛うじて位置が判る状態だ
 そんな風の渦が、徐々にその姿をはっきりと浮かび上がらせる
 風に白いものが混じり始め、渦の様子がしっかりと見えるようになってきたのだ
「砂……じゃないよね?」
 それが何なのかは、すぐに知る事となる
 軟体のまま風の渦に舞い上げられていた『ブロブ』が、徐々にその動きを鈍らせて
 やがて放り出されるように少女の足元にごろごろと転げ落ちる
 軟体であるはずのその身体を、冷たく硬く凍らせて
「……雪?」
 それは正しくもあり、間違ってもいた
 正確には冷気そのものであり、風の渦と合流したそれはダイヤモンドダストを巻き起こし、触れたものを凍りつかせるブリザードと化していた

―――

「これで『ブロブ』は封じさせてもらいました」
 その全身から冷たく輝く冷気を放ち、雪華が静かにそう告げる
「引き返せないところまで来てしまったからには……せめて安らかな最期を」
 哀れみと、慈しみを込めた冷たい視線
『隠れ蓑』で姿を消した雪華が風の渦のすぐ傍に居る事は、少女には見えていない
「斬九郎さん、止めを」
 無線でそう告げた、その時
「……ぎっ!?」
 雪華からやや離れた後方に居た梨々が、頭を押さえてその場に蹲る
「梨々さん!?」
「やばっ……中止っ! 作戦中止! 囮の子かっさらって逃げるっス!」
「それって、どういう」
「肉を食べられなかった子が! 可哀想だなんて言ってた子が! 何でも食べられるようになった言葉が! 母親の言葉が!」
 悲鳴じみた声を上げる梨々
 吹雪の渦の中で、凍りつきながらもどんどん少女の身体から溢れ出す『ブロブ』
「あの子……喰ったもん、全部取り込んで! 意識も、能力も! 全部! 混線してたんじゃない、全部あの子の中から聞こえてた!」

―――

「ちょ、りっちゃん? もちっと落ち着いて話なさいってば。きゅーちゃん、とりあえず目標の拘束は続けるから囮の子を逃がして……?」
 黒羽の眼下、冷気の暴風の中心で
 赤色の物体が爆発的に膨れ上がった
「げ、凍ってもいいから無理矢理こっちまで伸ばす気? 流石にそこまでの体積は無いはずだけど」
 中空の塔でも作るかのように、螺旋状に絡み合う『ブロブ』
 下から押し上げるようにぎちぎちとその高さを増して、黒羽に向かって大きく高くなっていくその姿に、やや不安を覚えたのだが
「あ、無理そう。自重で持たないね」
 上空から見ていても不安定なそれは、バキバキと音を立てて下部が崩壊する
 どん、と
 凍結により重量感の増したそれが崩れ、真下へと落下した
「え?」
 螺旋状の中空の塔
 それはあたかもライフルの銃身のようで
 崩れ落ちる直前まで、その下には何故か凍結する様子の無い、まだ柔らかい『ブロブ』が満ち満ちており
 落下の勢いと重量により押し込まれた柔らかい『ブロブ』が、内部の空気を圧縮して
 内側に握り込まれていた、凍結した『ブロブ』の破片を、弾丸のように撃ち出した
 その一撃は正確に黒羽の腹部を捉え
 ただ凍っただけではありえない、流線型をした握り拳ほどの大きさのそれは、易々と触れたもの全てをもぎ取っていった
「くう、き、圧縮……砲……? そんな……のに、使え、る……の……凍って……は、ず……」
 赤い血飛沫と黒い羽を撒き散らし
 闇夜の烏は夜空から町へと墜ちていった

―――

 無線から聞こえてきた梨々の悲鳴と、突然断絶した黒羽の通信に、斬九郎の足が止まる
 斬九郎の契約能力である『日本刀』は、数多の伝承や創作から成る日本刀のイメージで構成されたもの
 折れず、曲がらず、鉄をも斬り、魔力を秘め、弾丸を弾き、水や炎すら裂き、その刀身よりも遥かに巨大なものを一刀両断にする
 汎用性も何も無い、ただ『斬る』事だけに特化したその能力
 本来なら斬ったところですぐに元に戻ってしまう『ブロブ』を、凍りつかせる事でその刃を契約者本体にまで届かせる
 契約者を潰せば、自我を持たない都市伝説は自壊消滅するか、最悪でも元の単細胞生物並の思考しかできなくなり容易に処分が可能となる
 それを中止するという事は、『ブロブ』の凍結が解除されてるという事である
 何故、どうやって
 斬九郎がそう疑問に思った瞬間
 白い冷気の渦の内側で、凄まじい炎が舞い上がった
 その炎に、斬九郎は見覚えがある
『物体X』を退治するべく出動していた、契約者
『泣く少年の絵』の契約者が使っていた能力だ
「馬鹿な……喰った相手の能力を、そのまま丸ごと使えるだと!?」
 低温で凝固し活動を停止する
 それが『ブロブ』の唯一にして絶対の弱点である
 炎、熱を操るようになってしまえば、その能力を使う間も無く全てを凍らせてしまうしかない
 だが相応に質量がある状態では、表面はともかく内部まで一瞬で、という訳にはいかないだろう
 目の前で渦を巻いてきた風が解け、冷気が春の夜風に乗って散っていく
「状況が変わった。逃げたまえ」
 ただ立ち尽くす詩卯に、斬九郎はそう告げる
「Z-No.999のところまで戻ればなんとかなるだろう。それまでの時間ぐらいは、稼ぐ」
 炎に炙られて、役目を終えたと言わんばかりに聳え立つ崩れた塔を融解させていく
 霜で白くなりかけていたそれは、徐々に赤く艶やかな軟体を取り戻しつつあった

―――

「さて、どうしたものかしらね」
 煌々と燃え上がる炎を前に、雪華の頬を冷や汗が伝う
『ブロブ』が一気に溶け落ちないのは、未だ雪華が全力で冷やし続けているからだ
 だが、吹雪では大火事は消える事はない
 炎の勢いを弱める事はできず、ただ目の前の化物が解放されるまでの時間を先延ばしにする事しかできない
「梨々ちゃん、とりあえず黒羽ちゃんを探して撤収して」
「……雪華は?」
「とりあえず打開策があるかもしれないし、時間も稼がなきゃいけないから。それより連絡が途絶えた黒羽ちゃんの方が心配だわ」
「で、でも……」
「行きなさいって言ってるの」
 思考が読める梨々は、雪華の考えている事が判る
 足止めに徹すれば時間は稼げるが、それは押し切られた時には確実に逃げられない
「ほら、私が心配なら急いで頂戴ね? 全員集まれば次の手が考え付くかもしれないじゃない」
「……判ったっス。速攻戻ってくるっスからね!?」
 納得はしていないものの、説得は無理と判断しその場を駆け出す梨々
 そして残った雪華は、風と冷気の渦が取り払われ、『ブロブ』に囲まれて立つ少女と対峙する
『隠れ蓑』で姿が見えないはずの雪華を、『ブロブ』のように赤い瞳がじっと見据えていた
「悪いけど、もう少し付き合ってもらうわよ、お嬢ちゃん?」
 熱量で押しているとはいえ、未だ冷気で固められた『ブロブ』の動きは鈍い
「そこかな?」
 少女が、ぼそりとそう呟いた
 雪華の周りで、あちこちに火柱が吹き上がる
 だが熱に敏感であり冷気も操れる雪華は、その全てを避け、防ぐ
『隠れ蓑』で姿を見せない以上は正確な位置は把握できないはずで、姿を見せたとしても今程度の炎なら防ぎ切る自信もあった
 だが、その『隠れ蓑』を炎が掠め焼かれた瞬間
 少女の視線が雪華を正確に捉え
「見つけた」
 己の放つ冷気よりも冷たいものが、その背筋を駆け巡る
『ブロブ』の動きを封じる事を忘れずに、それでも最大級の冷気を周囲に張り巡らせ炎に備えた
 だが、炎は
 雪華の身体そのものから吹き上がる
「なっ!?」
『物体X』の討伐隊で、『ブロブ』に喰われたのは『泣く少年の絵』の契約者だけではなかった
『人体発火現象』
 そんな都市伝説の契約者もまた、『ブロブ』に喰われて少女の糧となっていたのだった
 そして、雪華の身体は炎に包まれた


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