悪の秘密結社 07
地下研究室に繋がる階段から姿を現したのは、重そうな布袋を抱えたメイ
「準備、できた、です。行く、早く、ですよ?」
「メイちゃんが行くのか?」
「私、沙々耶、助ける、です。ドクター、私、任せる、言った、です」
「メイちゃんが行くのか?」
「私、沙々耶、助ける、です。ドクター、私、任せる、言った、です」
その言葉に、有羽はちらりと地下へと続く階段に視線を向ける
メイが上がってきてから、それに続いてドクターが上がってくる気配は全くしない
地下で何か行動を起こすべく待機しているのだろうか
メイが上がってきてから、それに続いてドクターが上がってくる気配は全くしない
地下で何か行動を起こすべく待機しているのだろうか
「まあ私としてはどちらでも構いませんので。それでは行きましょうか」
敵意を全く隠さないメイの視線に、ヴィッキーは心地良さそうに笑みを浮かべる
「あ、道中所々に監視を設置してあります。追跡を察知したり、監視役が排除されたりした時点で交渉は無かった事になりますのでご注意下さい」
「せつめい、いらない、です。はやく」
「せつめい、いらない、です。はやく」
やれやれと肩を竦め、ヴィッキーはリビングを出て玄関へと向かう
そこに待ち構えていたのは、一台のタクシー
血塗れの運転席には乗務員の帽子を被った戦闘員が座っていた
そこに待ち構えていたのは、一台のタクシー
血塗れの運転席には乗務員の帽子を被った戦闘員が座っていた
「遠慮せずに乗って下さいね、料金は掛かりませんから」
信用などこれっぽっちも出来ないその光景に、臆した様子もなく進み
まばらに散った赤黒い染みが残るシートにぽすりと腰を下ろすメイ
まばらに散った赤黒い染みが残るシートにぽすりと腰を下ろすメイ
「有羽さん」
研究資料の入った袋をきゅっと抱き締めながら
「ごめんなさい、です」
何に対しての謝罪なのか
それを問い質そうとする前に、タクシーのドアがばたむと閉じる
それを問い質そうとする前に、タクシーのドアがばたむと閉じる
「取引が成立するよう、余計な真似はせずにお祈りでもしていて下さいね? それでは」
助手席に座ったヴィッキーがぺこりと頭を下げると、タクシーはのんびりと安全運転といった速度で診療所の前を離れていった
そして――それに僅かに送れて、玄関口に駆け出してくるドクター、メアリー、ミツキの三人
ドクターは息を切らせていたが、一呼吸でそれを整えて
彼女のイメージとは程遠い、怒声を吐き出した
そして――それに僅かに送れて、玄関口に駆け出してくるドクター、メアリー、ミツキの三人
ドクターは息を切らせていたが、一呼吸でそれを整えて
彼女のイメージとは程遠い、怒声を吐き出した
「メイは何処だ!?」
「え……今、あの女と車で。どうしたんですか、そんな血相を変えて」
「え……今、あの女と車で。どうしたんですか、そんな血相を変えて」
さしもの有羽も、状況が把握しきれない
ドクターがメイを交渉の場に向かわせるよう言ったのではなかったのか
それに反対しているのであれば、何故メイを止める事が出来なかったのか
戸惑いを見せる有羽に、ドクターは片手で顔を覆い、自らを落ち着かせるように首を振る
ドクターがメイを交渉の場に向かわせるよう言ったのではなかったのか
それに反対しているのであれば、何故メイを止める事が出来なかったのか
戸惑いを見せる有羽に、ドクターは片手で顔を覆い、自らを落ち着かせるように首を振る
「くそっ、ボクとした事が! 迂闊だった!」
「待って下さい……ドクターはメイちゃんが交渉に出る事に反対していたのなら、何で止めなかったんですか。ずっと地下に居ないですぐに上がってくれば」
「ボク達は研究室で大人しくしていたわけじゃない、研究室から出られなくなっていたんだ。資料を運ぶと先に上がったメイが、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』の能力を使ってな」
「待って下さい……ドクターはメイちゃんが交渉に出る事に反対していたのなら、何で止めなかったんですか。ずっと地下に居ないですぐに上がってくれば」
「ボク達は研究室で大人しくしていたわけじゃない、研究室から出られなくなっていたんだ。資料を運ぶと先に上がったメイが、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』の能力を使ってな」
そう言われて考えれば、ドクターが女性であり子供であるメイを危険の矢面に立たせるはずがない
だが、メイを止めに現れないという状況が、彼女に任せる事に何らかの意味があると誤認してしまっていた
そして、大人しく素直な子という印象だったメイが、ドクター達を閉じ込め、嘘を吐いてまでにこんな無茶をするとは、想像すらしていなかったのだ
だが、メイを止めに現れないという状況が、彼女に任せる事に何らかの意味があると誤認してしまっていた
そして、大人しく素直な子という印象だったメイが、ドクター達を閉じ込め、嘘を吐いてまでにこんな無茶をするとは、想像すらしていなかったのだ
「今から追うのは……あの女の口振りからすると、無理ですね」
追えば交渉は決裂となる
それは沙々耶の身柄の安全が保証されなくなるのと同時に、メイの身柄もまた敵の手に落ちる事となる
ヴィッキーの性格を鑑みれば、人質が二人になれば一人は見せしめのためにあっさりと殺しかねないのだから
それは沙々耶の身柄の安全が保証されなくなるのと同時に、メイの身柄もまた敵の手に落ちる事となる
ヴィッキーの性格を鑑みれば、人質が二人になれば一人は見せしめのためにあっさりと殺しかねないのだから
―――
通勤通学で賑わう駅や学校方面と違い、北区の朝の道路はのんびりしたものだった
窓の外を流れていく、どこかのどかさすら感じる風景を背に、メイはじっとヴィッキーを睨みつけていた
窓の外を流れていく、どこかのどかさすら感じる風景を背に、メイはじっとヴィッキーを睨みつけていた
「どうしました? あの子を攫った私がそんなに憎いですか?」
「当たり前」
「当たり前」
低く、威嚇するように
隙あらば喉笛に喰らいついてきそうな殺気を込めて、ぼそりと呟くメイ
隙あらば喉笛に喰らいついてきそうな殺気を込めて、ぼそりと呟くメイ
「沙々耶、友達、とても大事。酷い事する、許さない……絶対」
「でも、あなたが持ってきてくれたそれが本物なら、あの子は無事に返してあげますとも。私は約束は守る主義なんですよ?」
「あなた、約束する、関係、ない。私、沙々耶、無事、連れて、帰るです、絶対」
「そうですか」
「でも、あなたが持ってきてくれたそれが本物なら、あの子は無事に返してあげますとも。私は約束は守る主義なんですよ?」
「あなた、約束する、関係、ない。私、沙々耶、無事、連れて、帰るです、絶対」
「そうですか」
殺意も気迫もさらりと受け流し、ヴィッキーは笑う
「ところで……それ、先に渡してもらえませんかね? 現場に着いてから中身を確認してたら、時間が掛かると思うので」
「ダメ」
「ダメ」
即答
「沙々耶、先」
それだけ言うと、袋をしっかりと抱えて身体を丸めるメイ
「……まあ、約束は守る主義ですから。交換という約束ですし、仕方無いですね」
ヴィッキーはぷいと正面を向いて、シートにぽすりと身を預け
「うん、仕方無いです、ね?」
にたりと浮かべた気味の悪い笑顔は、メイには見せなかった
―――
何処にでもあるような雑居ビルの前で、タクシーはゆっくりと停車する
後部座席のドアを開けた運転役の戦闘員は、メイに何をするでもなくその場でじっとしている
後部座席のドアを開けた運転役の戦闘員は、メイに何をするでもなくその場でじっとしている
「本来なら、それを渡していただいてからここにご案内するつもりでしたが。今回はあなたを信用させていただく事にします」
廃ビルといった風体ではない、やや古めかしいだけの雑居ビル
だがその入り口から漂う、錆びた水のような嫌な臭い
だがその入り口から漂う、錆びた水のような嫌な臭い
「さ、こちらへどうぞ」
あちこちに見える赤黒い染み
だがそれを残したであろう『もの』は、何処にも見当たらない
だがそれを残したであろう『もの』は、何処にも見当たらない
「エレベーターで最上階まで。まあ最上階と言っても五階なんですけどね?」
警戒の色こそ隠さないものの、メイはそれに従いヴィッキーと共にエレベーターへ乗り
何の仕掛けも無く、あっさりとそこへと辿り着いた
本来はいくつもの部屋に仕切られていたはずの空間が、乱雑に壁を破壊され大きな一つの部屋となっている
そして壁を壊した瓦礫が押し退けられた、やや広い空間に
拘束されたまま床に転がされた沙々耶の姿があった
何の仕掛けも無く、あっさりとそこへと辿り着いた
本来はいくつもの部屋に仕切られていたはずの空間が、乱雑に壁を破壊され大きな一つの部屋となっている
そして壁を壊した瓦礫が押し退けられた、やや広い空間に
拘束されたまま床に転がされた沙々耶の姿があった
「さて、約束通り人質の元までご案内しましたよ? そちらも約束を守っていただけますかね」
「これ、渡す、すぐ、捕まえる、しない。約束、する?」
「……約束しましょう」
「これ、渡す、すぐ、捕まえる、しない。約束、する?」
「……約束しましょう」
その言葉に、メイはじりとヴィッキーから間合いを取り、足元にどさりと紙束の入った袋を置く
「いただいてもよろしいですか?」
ヴィッキーの問いに、メイはこくりと頷き
すぐさま転がされた沙々耶の元へと駆け寄った
すぐさま転がされた沙々耶の元へと駆け寄った
「沙々耶、無事?」
手早く目隠しと猿轡を解き、どこかぼんやりとしている沙々耶を揺さ振るメイ
「……メイ? あなた、何でこんなところに」
「助ける、きた、です。交換、しました」
「ばっ……馬鹿っ! あんな頭のおかしい奴にあの研究資料渡したら、何やらかすかわかったもんじゃないでしょ!?」
「でも」
「助ける、きた、です。交換、しました」
「ばっ……馬鹿っ! あんな頭のおかしい奴にあの研究資料渡したら、何やらかすかわかったもんじゃないでしょ!?」
「でも」
後ろに回した沙々耶の腕に、ぐるぐると巻かれたビニールテープを剥がしながら
「いつ、おこる、わからないこと、より、沙々耶、大事、です。友達、いなくなる、嫌、です」
攫われてから今まで拘束されたままで、ようやく解放された両手
それが最初にしたのは、ただメイを抱き締める事だった
それが最初にしたのは、ただメイを抱き締める事だった
「沙々耶、足、まだ、です。動ける、ない、ですよ?」
「あ、ごめん……でも手が動かせるようになったし、これぐらい自分で」
「あ、ごめん……でも手が動かせるようになったし、これぐらい自分で」
そう言って、ビニールテープが巻かれた両足に手を伸ばす沙々耶
だが
だが
「なるほど、資料は本物のようで。これで私の研究も、そして『悪の秘密結社』の野望もまた一歩前進するというものです」
紙束をぱしんと叩き、満足そうに袋へ詰め直すヴィッキー
「さて、交渉はこれにて完了です。沙々耶ちゃんは無事メイちゃんに返却され、解放後にすぐ捕えるような真似もしないと約束しました」
傍らの戦闘員に袋を預け、ヴィッキーはぱちんと指を鳴らす
それと同時に、部屋のあちこちから現れたのは、外見の年齢が様々な十数人のヴィッキー達
それと同時に、部屋のあちこちから現れたのは、外見の年齢が様々な十数人のヴィッキー達
「なので、私達は速やかに撤収する事にします。なお、解放後の捕縛はしないと約束したので」
ヴィッキーのうちの一人が、部屋の片隅にあった仰々しいレバーをがちんと引いた
それと同時に、沙々耶の背後に鎮座していた洗車機もどきが、耳障りな金属の擦れ合う音を上げ無数の刃を大回転させる
それと同時に、沙々耶の背後に鎮座していた洗車機もどきが、耳障りな金属の擦れ合う音を上げ無数の刃を大回転させる
「無事に返し終わったところでミンチにしておこうと思います」
沙々耶の両足に巻き付けられたビニールテープの下に、簡素な足枷が嵌め込まれていた
その足枷から伸びたワイヤーは瓦礫にカモフラージュされ、洗車機もどきの向こう側へと繋がっている
その足枷から伸びたワイヤーは瓦礫にカモフラージュされ、洗車機もどきの向こう側へと繋がっている
「なっ……!?」
そして
そのワイヤーが、ずるりと
だが確実に沙々耶の身体を洗車機もどきへと引き摺り寄せる
そのワイヤーが、ずるりと
だが確実に沙々耶の身体を洗車機もどきへと引き摺り寄せる
「これっ、外れないっ!?」
ビニールテープを剥がし、足枷をぐいぐいと引っ張る沙々耶だが、簡素な造りとはいえただの女の子がどうこうできるものではない
「約束、違う、です!」
エレベーターへと向かうヴィッキーにメイが怒鳴りつけるが
「沙々耶ちゃんは無事にあなたに引渡しました。そして、その後に捕縛はしません。約束はそれだけですよね?」
ちん、と音を立ててエレベーターの扉が開き
ヴィッキー達はぞろぞろとエレベーターに乗り込んでいく
ヴィッキー達はぞろぞろとエレベーターに乗り込んでいく
「では、ごきげんよう」
深々と一礼するヴィッキーの姿を覆い隠すように、エレベーターのドアが閉じ
「ワイヤー、切る、ダメ、ですか!?」
「どうやって!? あそこで回ってる刃物で切れるかもしれないけど……あの女がそんなヤワな素材使うわけがない! 逆にワイヤーを巻き込んであっという間に引き込まれるわ!」
「どうやって!? あそこで回ってる刃物で切れるかもしれないけど……あの女がそんなヤワな素材使うわけがない! 逆にワイヤーを巻き込んであっという間に引き込まれるわ!」
二人掛かりであれこれ足枷とワイヤーを弄り回すが、ただじりじりと刃の竜巻に引き寄せられるばかり
「メイ、もういいから離れて……あんたまで巻き込まれるでしょうが」
「嫌、です! 沙々耶、助ける、絶対!」
「ここまで来てくれただけで、私は充分嬉しかったから。使い捨ての雑魚都市伝説の最後としちゃ、上等この上ないわ」
「嫌、です! 沙々耶、助ける、絶対!」
「ここまで来てくれただけで、私は充分嬉しかったから。使い捨ての雑魚都市伝説の最後としちゃ、上等この上ないわ」
沙々耶はそう言うと
足枷に縋りつくメイの手を取り
洗車機もどきから突き放すように、その身体を突き飛ばした
足枷に縋りつくメイの手を取り
洗車機もどきから突き放すように、その身体を突き飛ばした
「ありがと、ばいばい」
すぐ足元に迫り来る刃の音を感じながら
それでも沙々耶は、笑顔だった
それでも沙々耶は、笑顔だった
―――
一階のエレベーター前
まだその場を離れずに腕時計を見ていたヴィッキー
まだその場を離れずに腕時計を見ていたヴィッキー
「5、4、3、2、1……ゼロ」
楽しげな声のカウントダウン
そして響くのは、エレベーターシャフトを通して響いてくる、芝刈り機に小枝でも巻き込んだかのような耳障りな音
そして響くのは、エレベーターシャフトを通して響いてくる、芝刈り機に小枝でも巻き込んだかのような耳障りな音
「ん~……これにてお仕事完了っと。それじゃ帰還しましょうか、私達」
満足げな顔でそう告げたのは、年長者の容貌をしたヴィッキー
同じ容貌の不気味な集団は、ぞろぞろとビルの出口へと向かって歩いていったのだった
同じ容貌の不気味な集団は、ぞろぞろとビルの出口へと向かって歩いていったのだった