夏の夜の 03
追ってくる
追ってくる
撹乱しても、引き離しても、隠れても
それは契約という強い絆で繋がれた故の
そして、それ以上の感情で惹かれあう故の猛追跡
追ってくる
撹乱しても、引き離しても、隠れても
それは契約という強い絆で繋がれた故の
そして、それ以上の感情で惹かれあう故の猛追跡
「追って、こなくて、いいのに」
風を切って夜空を駆ける繰の唇から漏れる、心からの声
今、自分の中に渦巻く衝動が、ディランにとって良くないものであると思っているから
繰の中に渦巻く性衝動は、繰の知る性行為で解放されようとしている
口付け
キス
接吻
言葉は色々あれど、行為として認識できる唯一の手段
それは契約を交わしたあの日以来、繰からもディランからも求めた事は無かった
ディランは己の力の過多故に
そして繰は、その理由を知る事なくただディランが望まない故に
好き、だから迷惑を掛けたくない
その思考を愚直なまでにお互いが堅守しており
お互いに好意は充分以上に寄せ合っている
だがそれ故に、それ以上を求められない
生々しく
痛々しい
ハリネズミのジレンマとでも言うべき関係が続いていた
今、自分の中に渦巻く衝動が、ディランにとって良くないものであると思っているから
繰の中に渦巻く性衝動は、繰の知る性行為で解放されようとしている
口付け
キス
接吻
言葉は色々あれど、行為として認識できる唯一の手段
それは契約を交わしたあの日以来、繰からもディランからも求めた事は無かった
ディランは己の力の過多故に
そして繰は、その理由を知る事なくただディランが望まない故に
好き、だから迷惑を掛けたくない
その思考を愚直なまでにお互いが堅守しており
お互いに好意は充分以上に寄せ合っている
だがそれ故に、それ以上を求められない
生々しく
痛々しい
ハリネズミのジレンマとでも言うべき関係が続いていた
《逃げっ、逃げなくて! 止まって!? これ以上あれこれ騒ぎになると、もう落としどころがなくなっちゃうー!?》
そんな繰の心の中で、行き場の無い性欲の海に溺れながら必死でもがくサキュバス
どうにか繰の中から逃れようと足掻くが、飲み込まれ取り込まれてしまわないよう堪えるだけで精一杯である
どうにか繰の中から逃れようと足掻くが、飲み込まれ取り込まれてしまわないよう堪えるだけで精一杯である
《どうにかして止めないと! 何かこう、切っ掛けみたいなのがあれば……》
既に欲望のダムが決壊した繰の思考の中で、それを探すのは容易ではない
そうは思っていたのだが
そうは思っていたのだが
《……あれね!》
それは渦巻き暴れる欲望全てが、傷つけまい汚すまいと避けているかのような、宝石のような結晶にも見えるもの
契約者と都市伝説を繋ぐ契約の絆が、この繰の内側の世界でそう認識されている
契約者と都市伝説を繋ぐ契約の絆が、この繰の内側の世界でそう認識されている
《うっわ、あんな綺麗なの初めて見た……とりあえずアレに触れば契約してる相手と対話できるはず。問題は……どうやってあそこに辿り着くかよね》
巨大な水の竜巻を編み込んだように荒れ狂う欲望の渦の中で、サキュバスは死にそうな顔で苦笑いを浮かべていた
―――
傷付けたくない
守りたい
そして、誰にも汚させたくない
必死に繰を追うディランだが、繰の身を案じる余りにどうしても詰めが甘くなる
結果として、何度も簡単な目眩ましに引っ掛かってしまい、その度に彼女の身柄を取り押さえ損ねていた
守りたい
そして、誰にも汚させたくない
必死に繰を追うディランだが、繰の身を案じる余りにどうしても詰めが甘くなる
結果として、何度も簡単な目眩ましに引っ掛かってしまい、その度に彼女の身柄を取り押さえ損ねていた
「すぐに誰かに接触しようとするから、見つけるのは楽なんだけど」
最初の一人、『組織』の契約者らしい少女という被害はあったものの、それ以降はなんとか未遂に抑えてはいる
それでも繰の裸体を見知らぬ誰か、時折男性にすら晒してしまうという事は、ディランの内側に何かもやもやしたものを蓄積させ続けていた
それでも繰の裸体を見知らぬ誰か、時折男性にすら晒してしまうという事は、ディランの内側に何かもやもやしたものを蓄積させ続けていた
「淫魔や夢魔の類が憑いてるだけなら……いっそ」
いっそ、ディランがその力と手管を以ってすれば、触れる距離まで近づければ容易に堕とす事は可能である
ただそれは繰の身体を通しての行為で
ただそれは繰の身体を通しての行為で
「……いや、ダメだ。とにかく捕まえて、憑依を解除できる都市伝説か契約者に協力を頼もう」
自分の力を使う事に必要以上に慎重で
繰の身を守る事に必要以上に過保護で
繰の身を守る事に必要以上に過保護で
「今はとにかく……捕まえなきゃ!」
マンションからほど近い繁華街を離れ、明かりの少ない住宅地の上空を越え、人気も明かりも少ない町外れの方角へと追い詰めていく
欲望を向ける人も身を隠して飛ぶ建物も無い場所なら、後は純粋に力量での勝負となる
そうなれば、有象無象の淫魔夢魔程度なら、手加減していてもどうにでもなるはず
闇色の夜の帳に、じわりと朝日の輝きが染み込む、黄昏時とはまた違う時間の狭間
ディランは繰を追う速度をぐんと上げる
己の契約者を
愛しい人を
取り戻すために
欲望を向ける人も身を隠して飛ぶ建物も無い場所なら、後は純粋に力量での勝負となる
そうなれば、有象無象の淫魔夢魔程度なら、手加減していてもどうにでもなるはず
闇色の夜の帳に、じわりと朝日の輝きが染み込む、黄昏時とはまた違う時間の狭間
ディランは繰を追う速度をぐんと上げる
己の契約者を
愛しい人を
取り戻すために
―――
「……なんであたし、こんな目に遭ってるんだろ」
なんとか性的欲求の濁流から脱出し、身から滴るほどの欲望の残滓を舐め取り、もう充分と言わんばかりにけぷりと喉を鳴らす
そんな彼女の顔色は顔色真っ青、無理矢理浮かべた恐怖で引き攣っていた
なんとか性的欲求の大洪水からその身を翻し、ようやく多少の自由を確保した彼女は、強力な淫魔であろう契約存在と連絡を取るべく、その絆の結晶へと近付いた
その途端、それまで無秩序に垂れ流されて渦巻いていただけの性的欲求が、意思を持つ生物のようにサキュバスの行く手を遮り、人間のようなかたちと化す
その双眸は敵対心でぎらぎらと輝いており、渦を巻いて逆立つ髪は無数の巨大な龍のようで、気分は八岐大蛇の生贄である
そんな彼女の顔色は顔色真っ青、無理矢理浮かべた恐怖で引き攣っていた
なんとか性的欲求の大洪水からその身を翻し、ようやく多少の自由を確保した彼女は、強力な淫魔であろう契約存在と連絡を取るべく、その絆の結晶へと近付いた
その途端、それまで無秩序に垂れ流されて渦巻いていただけの性的欲求が、意思を持つ生物のようにサキュバスの行く手を遮り、人間のようなかたちと化す
その双眸は敵対心でぎらぎらと輝いており、渦を巻いて逆立つ髪は無数の巨大な龍のようで、気分は八岐大蛇の生贄である
「性的欲求の使い方、間違ってね?」
そんなサキュバスの呟きを無視して、人型の欲望の塊は繰の声で吠えた
「先生に……触るなぁっ!!!」
心の中の世界という状況下、その力は意思力とイコールである
その咆哮だけでサキュバスはばらばらに消し飛びそうになったものの
その咆哮だけでサキュバスはばらばらに消し飛びそうになったものの
「エネルギー補給がおかわり自由で死ねるに死ねないのに、滅茶苦茶痛いとかマジ勘弁してー!?」
周囲に未だ渦巻く性的欲求はサキュバスの力の源となり、そのダメージを癒していく
だがその器の容量を越えて力を得られるわけでなし、相手にペースを持っていかれれば、吹っ飛ばされてボコられて粉々にされて癒されるという地獄の無限ループが待っている
だがその器の容量を越えて力を得られるわけでなし、相手にペースを持っていかれれば、吹っ飛ばされてボコられて粉々にされて癒されるという地獄の無限ループが待っている
「あーもー! こんな事なら自重しないでうら若い少年少女とキャッキャウフフしとくんだったー!」
心の外、契約というリンクを通じたディランとの接触を求めて、サキュバスが飛ぶ
だが実戦経験皆無なサキュバスは、一瞬で大蛇の群れに食いつかれ、粉々に引き千切られていく
だが実戦経験皆無なサキュバスは、一瞬で大蛇の群れに食いつかれ、粉々に引き千切られていく
「死ぬほど痛い!? というか死んだよ今!?」
あっという間に再構築されたサキュバスは果敢に挑んでいくが、近付くどころか前に進もうとしただけで粉微塵にされる事を繰り返す
それでもそれを繰り返し、隙を見て突破するしか道は無い
突破できるか死の感覚に心が折れるかの二択かと思われたその特攻は、意外な効果をもたらす事となる
それでもそれを繰り返し、隙を見て突破するしか道は無い
突破できるか死の感覚に心が折れるかの二択かと思われたその特攻は、意外な効果をもたらす事となる
―――
ぐらり、と
繰の身体が空中で揺らぐ
心の内側でリンクしたサキュバスの力を利用し飛び回っていた繰なのだが
サキュバスが何度も殺されては生き返りという状況に、そのリンクが不安定になっているのだ
繰の身体が空中で揺らぐ
心の内側でリンクしたサキュバスの力を利用し飛び回っていた繰なのだが
サキュバスが何度も殺されては生き返りという状況に、そのリンクが不安定になっているのだ
「なに、こ、れ」
翼が引き攣ったように上手く動かない
そう感じた時には、既にふらふらと地面近くまで降りており、墜落の危険は無かったのだが
そう感じた時には、既にふらふらと地面近くまで降りており、墜落の危険は無かったのだが
「繰ちゃん!」
繰がその動きを鈍らせた時には、ディランは既に無茶な加速をして
地面に激突するか否かという勢いで繰の身体を捉え抱き留める
地面に激突するか否かという勢いで繰の身体を捉え抱き留める
「先生……今の私に、近付いちゃダメ……何か、変……なの」
「大丈夫」
「大丈夫」
ディランは既に、繰の中にいるものの気配は察知している
繰を傷つけずにその欲望を満たし、引き離そうと
まず、切なげな吐息を漏らすその唇へ、その唇を重ねようとした
のだが
繰を傷つけずにその欲望を満たし、引き離そうと
まず、切なげな吐息を漏らすその唇へ、その唇を重ねようとした
のだが
「ぷはーっ!? 生きてるっていいなー!?」
状況が変わり、そのまま脱出できそうと判断したサキュバスは、ディランに事情を伝える事を避け
契約の絆を地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようによじ登り、自力での脱出に成功したのだが
契約の絆を地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようによじ登り、自力での脱出に成功したのだが
「………………あれ?」
サキュバスが抜けた事により、理性と言うダムの穴は塞がれて正気を取り戻した繰
助ける名目とはいえ、事に及ぶ寸前の邪魔をされて、繰は大事にできたけど何か微妙な感情が残るディラン
繰の顔が真っ赤になったのは、怒りか羞恥か両方か
次の瞬間、繰の髪の毛が拳を形作り、サキュバス目掛けて叩きつけられる
すんでのところでディランが繰を抱き寄せ、その一撃は頬を掠めるに留まったのだが
助ける名目とはいえ、事に及ぶ寸前の邪魔をされて、繰は大事にできたけど何か微妙な感情が残るディラン
繰の顔が真っ赤になったのは、怒りか羞恥か両方か
次の瞬間、繰の髪の毛が拳を形作り、サキュバス目掛けて叩きつけられる
すんでのところでディランが繰を抱き寄せ、その一撃は頬を掠めるに留まったのだが
「全部、全部ぶちのめして今日の夜は無かった事にしてやるーっ!?」
「繰ちゃん、落ち着いて! お願いだから落ち着いて!」
「にゃー!? 折角生きて帰れたのにまた死ぬー!? 殺されるぅー!?」
「繰ちゃん、落ち着いて! お願いだから落ち着いて!」
「にゃー!? 折角生きて帰れたのにまた死ぬー!? 殺されるぅー!?」
空はとうに白み始める中、繰の大暴れはしばらく止まる事は無かったのだった
―――
「というわけで」
包帯や絆創膏で身体のあちこちを覆ったサキュバスが、繰の部屋のフローリングの上で正座をさせられていた
「改めまして、今回の騒動の責任を取る形で、宮定繰さんの家庭教師となりましたサキュバスです」
「家庭教師って何よ」
「家庭教師って何よ」
訝しげに訊ねる繰に、傍にいたディランが苦笑いを浮かべる
「えっとね、今回の原因になった繰ちゃんの無自覚のストレスの発散について、ちゃんと知っておくのは、その……女の子同士の方がいいかなと思って」
「無自覚のストレス?」
「無自覚のストレス?」
本気で理解していない繰の様子に、ディランは困ったようにサキュバスを見る
「はー……今時良家のお嬢様でもここまでの子はいませんね。今までよく無事でしたねぇ……ひぃっ!?」
呆れるやら感心するやらのサキュバスを、馬鹿にされているのかと繰が睨みつける
怯えてディランの陰に隠れたりするのだが、それはそれで逆効果だったりするのだが
怯えてディランの陰に隠れたりするのだが、それはそれで逆効果だったりするのだが
「と、ともあれ、このままほっといたらあたしみたいな有象無象が寄ってきて、昨晩みたいな事がまた起こりかねないので、僭越ながら色々と基礎教育の伝授をと」
「ふーん……でも何でこいつなの? 先生が教えてくれればいいじゃない」
「その……えっと……繰ちゃん、女の子だから。教えるなら同じ女の子の方が、その……何かと、ね?」
「ふーん……でも何でこいつなの? 先生が教えてくれればいいじゃない」
「その……えっと……繰ちゃん、女の子だから。教えるなら同じ女の子の方が、その……何かと、ね?」
言葉を濁すディランをよそに、サキュバスがいきなり直球を放つ
「繰さん、セックスって知ってます?」
「子作り行為でしょ? だから何?」
「子作り行為でしょ? だから何?」
全くのノーリアクションでそう返す繰に、サキュバスは生暖かい笑顔を浮かべてディランを見る
「……押し倒しちゃった方が早くないですか?」
「その、ね? えっと……意味も知らないうちに身体が覚えちゃったら、それはそれで大変だし……そういう事と、本人の気持ちがわからないのに、するのは……あと、僕はちょっとそういう力が強過ぎるから」
「本当に淫魔の類なんですか、あんた」
「らしくないって、よく言われるかな」
「その、ね? えっと……意味も知らないうちに身体が覚えちゃったら、それはそれで大変だし……そういう事と、本人の気持ちがわからないのに、するのは……あと、僕はちょっとそういう力が強過ぎるから」
「本当に淫魔の類なんですか、あんた」
「らしくないって、よく言われるかな」
とんでもないものに関ってしまった
サキュバスはそんな事を思いながら、大きく溜息を吐いて、気を取り直すように顔を上げる
サキュバスはそんな事を思いながら、大きく溜息を吐いて、気を取り直すように顔を上げる
「とにかく、性と愛と行為の関連性について、実地以外は教えれる限り教えますんで!」
「何よ、実地があるならさっさとやった方が早くない?」
「だからぁ、そういうもんじゃないんですよ!?」
「何よ、実地があるならさっさとやった方が早くない?」
「だからぁ、そういうもんじゃないんですよ!?」
かくして繰は、ようやく大人の階段を昇る準備のための勉強の、一歩目を踏み出したのであったとさ