ともだち 04
目を開ければ、そこには見知らぬ天井
自分がベッドに横たわっている事に気がついて、繰はがばりと身を起こす
いや、起こそうとしたところで身体に力が入らず、ベッドから転げ落ちそうになった
その身体を優しく支えたのは、心配そうな顔をしたディランだった
自分がベッドに横たわっている事に気がついて、繰はがばりと身を起こす
いや、起こそうとしたところで身体に力が入らず、ベッドから転げ落ちそうになった
その身体を優しく支えたのは、心配そうな顔をしたディランだった
「繰ちゃん、まだ寝ていた方がいいよ」
改めて、そっとベッドに横たえられながら
繰は不安げに呟いた
繰は不安げに呟いた
「……菊花、は?」
その言葉に、言いあぐねて押し黙るディラン
「消滅しました」
あっさりとそう告げたのは、ディランの傍らで書類にペンを走らせていた、A-No.18782
「な、んで……」
ただでさえ顔色の悪い繰の顔から、更に血の気が引いていく
「あなたと、そのお友達を助けるためですよ」
繰に視線も向けずに淡々と述べるA-No.18782の肩を、ディランがぐっと掴む
「事実確認はいずれ必要かと思いますが?」
「今でなくても、いいでしょう?」
「先生、大丈夫……私は大丈夫だから、教えて」
「今でなくても、いいでしょう?」
「先生、大丈夫……私は大丈夫だから、教えて」
大丈夫とはお世辞にも言えない、震えた声
虚勢であると誰にでも判る様子にも関らず、A-No.18782はペンを止めて繰に向き直る
虚勢であると誰にでも判る様子にも関らず、A-No.18782はペンを止めて繰に向き直る
「あなたは『八尺様』に、文字通りの意味で命を握られていました。契約者でなければあっさり持っていかれていたでしょうが、そこは流石の耐久力といったところでしょうか」
「あの子は、それから私を助けるために? でも『八尺様』は、倒すための能力を持った人をあなたが手配していたはずじゃ」
「確かに、我々は容易に『八尺様』と『くねくね』を倒せる状況にはありました。ですがあの状況で『八尺様』を倒した場合、握ったままのあなたの命もまた、それに引き摺られて持っていかれていたでしょうね」
「あの子は、それから私を助けるために? でも『八尺様』は、倒すための能力を持った人をあなたが手配していたはずじゃ」
「確かに、我々は容易に『八尺様』と『くねくね』を倒せる状況にはありました。ですがあの状況で『八尺様』を倒した場合、握ったままのあなたの命もまた、それに引き摺られて持っていかれていたでしょうね」
ぐ、と
繰が息を呑む
繰が息を呑む
「ついでに言えば『くねくね』は本体を直視するのは難しいので、憑いている人間を狙っていました。菊花さんの判断が無ければ、宮定さんとそちらのお友達の命を拾うのは難しかったでしょう」
そちらという言葉に促され、繰はA-No.18782の視線の先、すぐ隣のベッドの方を見る
そこには確かに生きている顔色の弥依が、すうすうと穏やかな寝息を立てていた
そこには確かに生きている顔色の弥依が、すうすうと穏やかな寝息を立てていた
「『八尺様』と『くねくね』の業を肩代わりする事で、宮定さんの命を取り戻し、そちらのお友達の正気を取り戻し狙撃を回避し、更には『八尺様』に捕らわれていたもう一人のお友達の魂も解放しました。これ以上は無い完璧なお仕事でしたよ」
そう賞賛しながらも、A-No.18782は呆れたように肩を竦める
「彼女のような実力を持った都市伝説を失うのは、我々にとっても相当の痛手でしたが」
「そう思うのなら! 何か手を打ってくれれば!」
「そう思うのなら! 何か手を打ってくれれば!」
悲痛な声を上げる繰に、A-No.18782は軽く首を振る
「狙撃をすれば、『八尺様』ごと宮定さんが死にます。他の手を打とうと時間を掛ければ、あの状況ならそのまま殺されます。菊花さんを確保するためにあなたを捨て駒にする手もありましたが」
ちらりとディランに視線を向けて、ふうと溜息を吐き
「ディランさんが既に現場に向かっていましたので。あの状況で宮定さんが人質に取られたら……ディランさん、どうにかできる自信はありますか?」
繰の命を盾にされていたら
ディランの沈黙は、その返答となっていた
ディランの沈黙は、その返答となっていた
「でも、何でっ……あの子が、そこまで!」
「それだけ、菊花さんはあなたが大事だったのでしょう」
「でも、私は菊花に犠牲になってもらってまで!」
「そちらで寝ているお友達や、逢瀬さんに同じ事を言われたら、あなたは彼女達を守るために戦う事を放棄できますか?」
「それだけ、菊花さんはあなたが大事だったのでしょう」
「でも、私は菊花に犠牲になってもらってまで!」
「そちらで寝ているお友達や、逢瀬さんに同じ事を言われたら、あなたは彼女達を守るために戦う事を放棄できますか?」
その言葉に、繰は何も言えず
その目にじわりと涙を浮かべて俯いてしまう
その目にじわりと涙を浮かべて俯いてしまう
「そういう事です。さて……後程で結構ですので。気持ちが落ち着いたら、そちらの書類に目を通しておいて下さい」
「……書類?」
「私が担当していたのは、菊花さんと契約していた宮定さんですので。あなたが菊花さんとの契約を失った以上、私は担当を外れますのでその手続きを」
「……書類?」
「私が担当していたのは、菊花さんと契約していた宮定さんですので。あなたが菊花さんとの契約を失った以上、私は担当を外れますのでその手続きを」
菊花との契約を失い、黒服の後ろ盾を失う
自らが置かれたその状況を理解して、繰は背中に冷たいものが走るのを感じる
自らが置かれたその状況を理解して、繰は背中に冷たいものが走るのを感じる
「わた、し……もう、たたかえ、ない?」
「そうですね。ディランさんとの契約は仮契約だそうで。体力や耐性は以前と同じかそれ以上かとは思いますが、対都市伝説の戦闘能力は無いに等しいでしょう?」
「そうですね。ディランさんとの契約は仮契約だそうで。体力や耐性は以前と同じかそれ以上かとは思いますが、対都市伝説の戦闘能力は無いに等しいでしょう?」
これまでの繰を知っている者ならば、挑発にも等しいA-No.18782の言葉に激昂する様を想像しただろう
だが、今の繰は違う
だが、今の繰は違う
「ひっ……ぃ、嫌……」
身を竦めてがたがたと震えながら、焦点の定まらない目で慌ただしく周囲を見回している
「死っ……殺され……やだ……怖、いっ……」
「繰ちゃん!?」
「先生……わたっ、私っ……死ぬ……死んじゃうよぉ……都市伝説に、ころ、ころされっ……」
「繰ちゃん!?」
「先生……わたっ、私っ……死ぬ……死んじゃうよぉ……都市伝説に、ころ、ころされっ……」
これまでの、気丈さを通り越して高圧的ですらある様子からは想像もできない、錯乱したかのような有様
すぐさま肩を抱いたディランに縋りつき、真っ青な顔でぼろぼろと涙を流す
すぐさま肩を抱いたディランに縋りつき、真っ青な顔でぼろぼろと涙を流す
「繰ちゃんに、何を」
「元々、ちょっとした怪談でも悲鳴を上げて逃げ出すような性分だったようですから。恐怖の対象に対抗できる力を失って、パニックを起こしているんでしょうね」
「元々、ちょっとした怪談でも悲鳴を上げて逃げ出すような性分だったようですから。恐怖の対象に対抗できる力を失って、パニックを起こしているんでしょうね」
厳しい視線を向けてくるディランに、A-No.18782はやれやれと肩を竦める
「ともあれ、宮定さんは我々の管轄から外れますので。落ち着いたらそちらの書類に目を通して、署名の上で提出するようお伝え下さい」
事務的にそれだけを伝え、あっさりと部屋から出て行ってしまうA-No.18782
「待って下さい、まだ話は終わっては」
思わずそれを追おうとしたディランだったが
「せん、せ……やだ……置いて、いかないで」
縋り付く繰を振り解くわけにもいかず、仕方なくベッドに腰を下ろす
「わかってるよ、繰ちゃん。僕は何処にも行かないから」
そっと震える肩を抱き、落ち着かせるように頭を撫でる
ディランに抱かれて幾分か落ち着きを取り戻したようだが、それでも物音や気配に敏感に反応し、悲鳴を上げて身を竦ませる
凶悪な都市伝説に対して臆する事なく戦いを挑んでいたのは、力を奮い打ち倒そうとする攻撃的な意思で誤魔化していただけだったのだと
繰の本来の、弱々しく脆い様を見せ付けられ
ディランは、今はただ
抱き締める事しかできなかった
ディランに抱かれて幾分か落ち着きを取り戻したようだが、それでも物音や気配に敏感に反応し、悲鳴を上げて身を竦ませる
凶悪な都市伝説に対して臆する事なく戦いを挑んでいたのは、力を奮い打ち倒そうとする攻撃的な意思で誤魔化していただけだったのだと
繰の本来の、弱々しく脆い様を見せ付けられ
ディランは、今はただ
抱き締める事しかできなかった
―――
「おはようございます、先生!」
玄関の扉を開けた途端に飛び込んできた元気な声に、葉鳥はやや辟易した様子で微妙な表情を浮かべる
「君、いつも元気だね」
「そりゃあもう! 先生とお会いできる機会はいつも元気です!」
「そりゃあもう! 先生とお会いできる機会はいつも元気です!」
ショートカットの黒髪と大きめの眼鏡
小柄な体躯をぱりっとしたビジネススーツで包み、きびきびとした動きで頭を下げる
次々と事故死する葉鳥の担当に自ら立候補した、今年大学を出たばかりの新卒の変わり者である
小柄な体躯をぱりっとしたビジネススーツで包み、きびきびとした動きで頭を下げる
次々と事故死する葉鳥の担当に自ら立候補した、今年大学を出たばかりの新卒の変わり者である
「さて、本日が締め切りの原稿を戴きに参りました!」
「ほいほい、出来てるよー」
「ほいほい、出来てるよー」
辞書ほどの厚さになった紙束と、その上にちょこんと乗った小さなUSBメモリを、担当の女性が座ったソファの前にどすんと置く
「この間、いい感じのものが見れてさ。まあそこそこ調子良く書けたよ」
「それでは内容をチェックさせていただきます」
「それでは内容をチェックさせていただきます」
くいと眼鏡の位置を直し、鼻息を荒く原稿を読み耽る担当の女性
「熱心だねぇ。編集部に持って帰ってから、何人かで誤字脱字の添削するんでしょ?」
「先生の原稿を最初に読めるなら、熱心になろうってなもんです!」
「先生の原稿を最初に読めるなら、熱心になろうってなもんです!」
手にした紙束を抱き締めて、興奮を隠さずに頬を染める担当の女性
「面白い子だね、君」
「はっ、光栄です!」
「はっ、光栄です!」
笑顔でそう応える担当の女性の顔を眺めながら、葉鳥の内心にうずうずといつもの気持ちが湧き上がってくる
彼女の世界が終わるのを見てみたい、と
彼女の世界が終わるのを見てみたい、と
「そういえば先生!」
ほぼ原稿を読み終えた担当の女性が、唐突に顔を上げる
「ん、なに?」
「この原稿、私以外が見たりしました?」
「んー、特に誰かと相談したり、取材に行ったりしてるわけじゃないしね。僕と君以外はまだ見てないけど?」
「そうですか!」
「この原稿、私以外が見たりしました?」
「んー、特に誰かと相談したり、取材に行ったりしてるわけじゃないしね。僕と君以外はまだ見てないけど?」
「そうですか!」
そう言うと担当の女性は、ハンドバッグをごそごそと探り
「私ですね、先生のデビュー作である『一人の世界と独りの世界』が大好きでして!」
「ああ、僕の性分をなんとなく書いたら本になっちゃったアレ?」
「ええ! 人はそれぞれの世界を持っていて、命の灯が消え果るという事は世界が滅びるに等しい事だという! あれに私は感動しました!」
「ふぅん、そうなんだ」
「ああ、僕の性分をなんとなく書いたら本になっちゃったアレ?」
「ええ! 人はそれぞれの世界を持っていて、命の灯が消え果るという事は世界が滅びるに等しい事だという! あれに私は感動しました!」
「ふぅん、そうなんだ」
そう言ってくる輩は、いつも『命は世界に等しいほどに重い』と勘違いしている
いつもは、そうなのだが
いつもは、そうなのだが
「人の命を奪うという事は、世界を滅ぼすに等しいという事ですよね! 消え逝く一つの世界の最期を見届けるというのは、それを己の手に収めるに等しい行為だと!」
「へぇ、そんな事を言ってきた人間は、君が初めてだ」
「へぇ、そんな事を言ってきた人間は、君が初めてだ」
人間は、である
これを初めて葉鳥に語ったのは、かつての親友である『友達』である
これを初めて葉鳥に語ったのは、かつての親友である『友達』である
「あれ、もしかして先生の考えとは違ってました?」
「いや、大体そんな感じ。珍しいリアクションだったから、ちょっとびっくりしただけ」
「いや、大体そんな感じ。珍しいリアクションだったから、ちょっとびっくりしただけ」
もっとも葉鳥は、そんな世界の一つ一つが不意に無意味に突然に滅び行く様を観察するのが好きなだけなのだが
「そうですか! じゃあ!」
原稿の束を抱えたまま、担当の女性はソファから立ち上がり
葉鳥の胸に、飛び込んだ
葉鳥の胸に、飛び込んだ
「私は、先生が大好きです! 愛していると言っても過言ではありません!」
葉鳥の胸元から、満面の笑顔で見上げてくる愛くるしい笑顔
その笑顔の下に視線を落とすと、そこには抱き抱えた原稿の束に隠した、折り畳み式のナイフが握られており
それは葉鳥の腹に深々と突き刺さっていた
その笑顔の下に視線を落とすと、そこには抱き抱えた原稿の束に隠した、折り畳み式のナイフが握られており
それは葉鳥の腹に深々と突き刺さっていた
「先生、知っていますか? トラックに轢かれて死んだ前任の担当。あれ、実は私の姉なんです」
ぐり、と
刃を握る手に力が篭る
刃を握る手に力が篭る
「仇討ち、とか、そういう……つもり?」
「まさか!」
「まさか!」
本当に、心の底から否定するように声を荒げる担当の女性
「姉が先生の担当だったから、私は先生の本に興味を持ち出会う事ができたんです! そして姉が死んで担当の座が空いたのは、最早運命でしかないと思いました!」
ずるりと引き抜かれたナイフから、綺麗なフローリングの床に赤い点がぱたぱたと落ちる
「私は、先生の世界を独り占めしたいと思いました! まだ世に出ていない、誰も読んでいない作品を私だけが読み! 先生の世界を終わらせて、誰もが触れ得ないものにしたいと!」
「はは、監禁とかして、自分だけの作品を書かせたりとか、そういうんじゃないんだ」
「監禁なんてすぐ露見するじゃないですか! そうしたら全て台無しです! 私だけの世界を先生に創り上げてもらっても、すぐにデリカシーの無いマスメディアに食い散らかされるのが落ちです!」
「はは、監禁とかして、自分だけの作品を書かせたりとか、そういうんじゃないんだ」
「監禁なんてすぐ露見するじゃないですか! そうしたら全て台無しです! 私だけの世界を先生に創り上げてもらっても、すぐにデリカシーの無いマスメディアに食い散らかされるのが落ちです!」
血塗れの腹を抑えて崩れ落ちる葉鳥
霞む視界の中で、改めてソファに座りじっくりと原稿を読み返している編集の女性
霞む視界の中で、改めてソファに座りじっくりと原稿を読み返している編集の女性
「残念、だなぁ……君、とは、良い友達に……なれそ、う、だったのに」
「でもただの友達じゃ、先生を自分だけのものにはできませんから!」
「でもただの友達じゃ、先生を自分だけのものにはできませんから!」
ああそうか
手段が直接的かつ短絡的なだけで、この子は自分と良く似ている
そんな事を思いながら、葉鳥は重たくなった瞼を下ろし
その分の体力で、肺と、喉と、舌を動かす
手段が直接的かつ短絡的なだけで、この子は自分と良く似ている
そんな事を思いながら、葉鳥は重たくなった瞼を下ろし
その分の体力で、肺と、喉と、舌を動かす
「でも、ね? 君がいくら自分だけのものとしようとしても……君の記憶の中にある限り、日常のほんの些細な事で少しずつ少しずつ漏れ出していって、いつか君だけのものではなくなるんだよ」
見届けられないドミノ倒しのために、牌を一つ並べ足し
葉鳥の身体から溢れた『バタフライ・エフェクト』は、その命と共に次々と崩れ落ちていくが、その羽ばたきは小さな小さな揺らぎを残していく
葉鳥の身体から溢れた『バタフライ・エフェクト』は、その命と共に次々と崩れ落ちていくが、その羽ばたきは小さな小さな揺らぎを残していく
「大丈夫ですよ、そんな事をしなくても」
そして
まるでその行為に気付いたかのように
羽ばたき消えていく蝶を慈しむように手を空中に差し伸べて
まるでその行為に気付いたかのように
羽ばたき消えていく蝶を慈しむように手を空中に差し伸べて
「もう全て読み終わって、全部私の頭の中に入りましたから」
先程ナイフが出てきたハンドバッグから、ペンケースほどの大きさの缶が取り出し
積み上げられた原稿の束とUSBメモリにその中身、ライター用のオイルをぶちまける
積み上げられた原稿の束とUSBメモリにその中身、ライター用のオイルをぶちまける
「最初から、そのつもりです」
濡れた原稿用紙の一枚を摘み上げ、安物の100円ライターで火を点ける
炎はオイルで濡れた紙を瞬く間に燃やし、その指から落ちて
一瞬で原稿用紙の束をテーブルごと燃え上がらせた
炎はオイルで濡れた紙を瞬く間に燃やし、その指から落ちて
一瞬で原稿用紙の束をテーブルごと燃え上がらせた
「先生の作品を抱いて、私も逝きますから」
倒れ伏した葉鳥の傍らに傅いて、葉鳥を刺した血に塗れたナイフの先端を、ぴたりと己の首筋に当て
赤い、赤い蝶が舞うように
血飛沫の赤と、炎の赤が、舞い躍った
赤い、赤い蝶が舞うように
血飛沫の赤と、炎の赤が、舞い躍った
―――
「大変でした」
「なう」
「なう」
泣き疲れてディランの胸に抱かれたまま寝ている繰を尻目に、ダミアを抱いたサキュバスが憔悴した顔で囁いた
「えっと……どういう、事?」
「繰さんの部屋、燃えました」
「繰さんの部屋、燃えました」
サキュバスの話によると、ディランの部屋とは反対の隣側、二つ下のフロアで火災が発生
そこそこに延焼し繰の部屋を焼いた辺りで消し止められたという
そこそこに延焼し繰の部屋を焼いた辺りで消し止められたという
「とりあえず持ち出せるサイズのものは、片っ端から部屋の外に放り出して無事だったんですが。ベッドとか家具類は軒並み全滅だと思われます。放水も景気良くぶち込まれましたので」
幾分かしっとりとした髪が張り付く頬で、ダミアのふかふかした毛並に頬擦りをするサキュバス
「空き部屋があればそっちを借せたんだけどって、大家さんに言われました。丁度、一緒に焼けたところにしか無かったそうで」
はふうと大きく溜息を吐くサキュバス
「繰さんがこんな時に、こんな事が起きなくてもいいのに……」
「それなら」
「それなら」
ディランは、何かを決意するかのように頷き
「僕の部屋に、一緒に住もうと思うんだ」
「やっと仲がそれなりに進展しましたか」
「やっと仲がそれなりに進展しましたか」
ちょっと期待に満ちた笑顔を浮かべるサキュバスに、ディランは苦笑を浮かべて首を振る
「本当の契約をするのは、繰ちゃんの気持ちが落ち着いてからじゃないと」
「まあ、確かにそうですね。今の状態で契約の話なんかしたら、なんか繰さんの境遇と感情に付け込んでるみたいな感じになっちゃいますし」
「まあ、確かにそうですね。今の状態で契約の話なんかしたら、なんか繰さんの境遇と感情に付け込んでるみたいな感じになっちゃいますし」
そうは言いながらも、サキュバスはディランの顔を上目遣いでじっと見詰める
「それでも、契約をしちゃった方が繰さんには良いんじゃないですか? 聞いた限りの様子だと、恐怖で潰れちゃいますよ?」
「僕が、守るから」
「僕が、守るから」
泣き腫らした繰の顔を見詰めながら、ディランは宣言する
「繰ちゃんの心も、身体も、命も、全て僕が守るから」
「守るのも良いですけど、もうちょっとがっつかないと本当に進展しませんよ? お互い、そういう事では押しが弱いんですから」
「あ、うん……でもね、やっぱり繰ちゃんが高校を卒業しておかないと。教師と生徒っていう間柄だと、やっぱり、ほら」
「ホント、強いんだか弱いんだかよくわかんないですね、二人とも……ん、これ何です?」
「守るのも良いですけど、もうちょっとがっつかないと本当に進展しませんよ? お互い、そういう事では押しが弱いんですから」
「あ、うん……でもね、やっぱり繰ちゃんが高校を卒業しておかないと。教師と生徒っていう間柄だと、やっぱり、ほら」
「ホント、強いんだか弱いんだかよくわかんないですね、二人とも……ん、これ何です?」
サキュバスがふと目に留めたのは、A-No.18782が置いていった書類だった
「それは……繰ちゃん、菊花ちゃんが居なくなっちゃったから、『組織』の構成員を解任されるって」
「そんな事、書いてませんよ?」
「え?」
「ほら、解任じゃなくて転属です。Aナンバーの担当が外れるので、Dナンバー預かりでディランさんが担当になるって」
「そんな事、書いてませんよ?」
「え?」
「ほら、解任じゃなくて転属です。Aナンバーの担当が外れるので、Dナンバー預かりでディランさんが担当になるって」
そう言えばA-No.18782は、自分が繰の担当を外れるとしか言っていなかった
―――
「宮定繰は戦闘成果は相当なものだった。我々の抱える都市伝説と契約させ、引き続き手元に置いていくべきではなかったのかね?」
A-No.18782の直接の上司、と言っても当然ながらNo.0などではなく、数ある派閥のうちの一つの長でしかない男、は不機嫌そうに問い掛ける
「都市伝説との結び付き、能力の習熟や信頼関係の構築にはかなりの時間を要したと前任であるA-No.11110から引き継いでおりましたので。こちらから用意した都市伝説と契約させたところで、充分な戦力にはならないと判断しました」
直立したまま表情一つ変えずに、A-No.18782は語る
「また、彼女はディラン・ドランスフィールドとの仮契約関係でもあります。繋がりの薄い都市伝説をあてがったところで、契約が上手くいくとは思えません」
「だからといって、みすみすDナンバーに手駒をくれてやるわけにもいかんだろう」
「使えない手駒を置いておくぐらいなら、Dナンバーの内部に我々に通じる可能性を残しておくのも手ではありませんかね」
「だからといって、みすみすDナンバーに手駒をくれてやるわけにもいかんだろう」
「使えない手駒を置いておくぐらいなら、Dナンバーの内部に我々に通じる可能性を残しておくのも手ではありませんかね」
もっとも、通じるような縁にならないように悪印象を残してきたのだが、とA-No.18782は内心で舌を出す
「それに、こちらが抱えたまま彼女に何かがあれば、それこそ我々の責任を問われる形になりますが。Dナンバーからの追求を受ければ、A-No.0も我々一派に大きく介入してくる可能性があります」
下っ端であるが故に、面倒事は御免だといった様相で、僅かに表情を崩すA-No.18782
無論、表情は演技でしかない
無論、表情は演技でしかない
「なるほど。面倒事を避けるのも長生きのコツか」
「ご理解いただけたようでなによりです。では私は報告書の作成や各種手続きがありますので」
「ご理解いただけたようでなによりです。では私は報告書の作成や各種手続きがありますので」
深々と頭を下げて、上司の部屋を出ていくA-No.18782
こきこきと首を鳴らし、肩を回しながら溜息を吐く
こきこきと首を鳴らし、肩を回しながら溜息を吐く
「A-No.11110、押し付けられた面倒事はまあ片付きましたよ。まったく……日頃から後輩に『私に何かあったら』なんて語る先輩は、持つものじゃありませんね」
かつて繰の担当をしていた女黒服の顔を思い出しながら
「まあ、律儀に付き合う私も私なんでしょうけど。全く、難儀な性分です」
A-No.18782はもう一度深い溜息を吐いて、こつこつと廊下を歩いて行ったのだった