Next Generation 05
「……いるんだろう?」
静まり返った赤い町の中で、十也は何処へともなく声を掛けると
その声に呼応して、ぼんやりと十也の隣に存在が浮かび上がる
その声に呼応して、ぼんやりと十也の隣に存在が浮かび上がる
「いるよ。でも、一緒にいたら僕も出れなくなっちゃうんだけどね」
「かといって、『ともだち』一人で残っても何もできないだろ?」
「『組織』への通報とかも無理だしね。君のお父さんに遭っちゃったら、それこそ大事だよ」
「かといって、『ともだち』一人で残っても何もできないだろ?」
「『組織』への通報とかも無理だしね。君のお父さんに遭っちゃったら、それこそ大事だよ」
やれやれと、深い溜息を吐いて肩を竦める『ともだち』
「あのおじさんには、葉鳥が生きてた頃に会ってる。こういう無茶をするタイプじゃ無さそうだったし、切っ掛けはやっぱり羽鳥が余計な事をしたせいなんだろうな」
「安芸葉鳥……前の契約者だっけ?」
「契約者じゃないよ、ただの友達さ」
「安芸葉鳥……前の契約者だっけ?」
「契約者じゃないよ、ただの友達さ」
そう呟く『ともだち』の顔は、造形も表情も認識できない
誰でもあり誰でもない『ともだち』
だが、契約まで交わした十也には、なんとなく察しがつく
誰でもあり誰でもない『ともだち』
だが、契約まで交わした十也には、なんとなく察しがつく
「仲、良かったんだな」
「まあ友達だったからね。言葉通りの悪い事を、色々楽しんだ仲さ。だからお互い、ろくな死に方をしなかったわけだけどね」
「そんな友達が仕込むとしたら、どんなやり口か想像はつくか?」
「まあ、大体は個人の破滅なんだろうけどね。無茶な計画の踏ん切りをつけさせて、失敗の末絶望させるのが葉鳥の好きなパターンだけど……今回は、何か違う」
「違う?」
「そもそも十年以上も長い仕掛けは、『バタフライエフェクト』で微調整をしていないと無理なんだ。三年とか五年でもよく手を加えてたからね、葉鳥は」
「じゃあ、彼は実際は無関係なんじゃないか? 昔に出会ってたのもたまたまだったとか」
「いや……あのおじさんに、『バタフライエフェクト』の痕跡があった。葉鳥が契約していたものと同じものが」
「つまり、安芸葉鳥は生きている?」
「葉鳥は死んでいて、『バタフライエフェクト』が別の契約者を得ているパターンもあるかもね。葉鳥本人じゃなくて、彼の遺志を継ぐ者が居る可能性もある」
「でも彼にとって、君が唯一の友達だったんだろ? 都市伝説としての存在を固着させる程度に、絶対的にただ一人の」
「彼の作品や思想の信奉者が居て、それを勝手に引き継ごうとしているなんて事も起こりえる」
「彼にせよその信奉者にせよ、そういった存在の思惑であの黒服のおじさんが動いてるなら、あの計画は絶対に失敗するって事か」
「しかも、あの黒服のおじさんが絶対に望まない形でね」
「まあ友達だったからね。言葉通りの悪い事を、色々楽しんだ仲さ。だからお互い、ろくな死に方をしなかったわけだけどね」
「そんな友達が仕込むとしたら、どんなやり口か想像はつくか?」
「まあ、大体は個人の破滅なんだろうけどね。無茶な計画の踏ん切りをつけさせて、失敗の末絶望させるのが葉鳥の好きなパターンだけど……今回は、何か違う」
「違う?」
「そもそも十年以上も長い仕掛けは、『バタフライエフェクト』で微調整をしていないと無理なんだ。三年とか五年でもよく手を加えてたからね、葉鳥は」
「じゃあ、彼は実際は無関係なんじゃないか? 昔に出会ってたのもたまたまだったとか」
「いや……あのおじさんに、『バタフライエフェクト』の痕跡があった。葉鳥が契約していたものと同じものが」
「つまり、安芸葉鳥は生きている?」
「葉鳥は死んでいて、『バタフライエフェクト』が別の契約者を得ているパターンもあるかもね。葉鳥本人じゃなくて、彼の遺志を継ぐ者が居る可能性もある」
「でも彼にとって、君が唯一の友達だったんだろ? 都市伝説としての存在を固着させる程度に、絶対的にただ一人の」
「彼の作品や思想の信奉者が居て、それを勝手に引き継ごうとしているなんて事も起こりえる」
「彼にせよその信奉者にせよ、そういった存在の思惑であの黒服のおじさんが動いてるなら、あの計画は絶対に失敗するって事か」
「しかも、あの黒服のおじさんが絶対に望まない形でね」
荒療治をしようとはいえ、望むのは町の平和を望む男
そんな男を絶望させる結果となれば、想像するのは容易い
そんな男を絶望させる結果となれば、想像するのは容易い
「きみが、黒服のおじさんに説明してあげれば良かったんじゃないか? 過去に君の友達が何か仕込んでるって」
「既に自分なりの正義で動いちゃってる以上、切っ掛けに悪意があったところで止まってくれないよ」
「既に自分なりの正義で動いちゃってる以上、切っ掛けに悪意があったところで止まってくれないよ」
契約者である十也を嘲笑しているのか、それとも様々な都市伝説絡みの事件を起こしてきたが故に自嘲しているのか
笑みを浮かべているという事が、十也には伝わってくる
笑みを浮かべているという事が、十也には伝わってくる
「こういう事はね、動き出したら止まらないものさ。君の両親が所属した『組織』の内乱の時も。真兎ちゃんの両親が世界に喧嘩を売った時も。菊花ちゃんの両親が絶望に苛まれた時も」
語り部という属性を持つが故に
楽しげに、朗々と語りあげる『友達』
楽しげに、朗々と語りあげる『友達』
「止めるにはね? 物理的にせよ精神的にせよ戦略的にせよ、正面切ってぶつかってぶん殴って止めなきゃいけないんだ。十也にはそれができるかい?」
挑発じみたその言葉に、十也は笑うでもなく怒るでもなく
「この町を、ひいては俺が関わる人達を護りたいって考える以上は、何だってやるさ。だから手伝ってくれ。契約した『ともだち』である以上に、友達だろ?」
「そう言われると弱いな、僕は。でも実際問題として、僕達じゃこの空間をどうにもできないよ」
「そう言われると弱いな、僕は。でも実際問題として、僕達じゃこの空間をどうにもできないよ」
都市伝説に関する無数の知識を持つ『ともだち』だが、『時空のおっさん』が作り出す世界からの脱出方法は知り得ない
そもそも『時空のおっさん』という都市伝説の主は、異世界ではなくそこで出会う何者かであり、それと出会う事で元の世界に戻れたというのが物語の主軸なのである
そもそも『時空のおっさん』という都市伝説の主は、異世界ではなくそこで出会う何者かであり、それと出会う事で元の世界に戻れたというのが物語の主軸なのである
「僕が完全に力を取り戻していれば、別の『時空のおっさん』を喚び出して対応できるんだけど。そこまで力を取り戻すほど深い契約を結べば、そもそも十也が持たないしね」
一度殺され消滅したはずの『ともだち』が、こうして存在する理由もそこにある
この『ともだち』は、契約により膨大な力を行使する代償として、契約者を『ともだち』の一部として取り込んでしまう
そして取り込んだ無数の何処かの誰かの知識、人格、交友関係、とにかくあらゆるものが、誰でもあり誰でもない『ともだち』の礎となっているのだ
主人格であり核となっていた一つが死んだ事により統制を失い、力を行使する術を失っている現状を打破するためには、契約者を取り込んで核を作り出さなければならない
都市伝説を自由自在に召喚するような強力な力を行使するという事は、十也という人間の消失を意味しているのだ
この『ともだち』は、契約により膨大な力を行使する代償として、契約者を『ともだち』の一部として取り込んでしまう
そして取り込んだ無数の何処かの誰かの知識、人格、交友関係、とにかくあらゆるものが、誰でもあり誰でもない『ともだち』の礎となっているのだ
主人格であり核となっていた一つが死んだ事により統制を失い、力を行使する術を失っている現状を打破するためには、契約者を取り込んで核を作り出さなければならない
都市伝説を自由自在に召喚するような強力な力を行使するという事は、十也という人間の消失を意味しているのだ
「まずは九衛と八澄を探す」
「この広い世界で?」
「『時空のおっさん』は物語の上では感知能力には長けていないだろ」
「まあね。突然の来訪者に驚くって反応が大半だ」
「それなら、所在を把握しておかなければいけない人質は、広範囲には分散させない。黒服のおじさんの生活圏とさほど変わりない範囲にいるはずだ」
「それでも相当広いと思うけど」
「あとは、この世界には……音が無い。本来人間が生活する空間にあるはずの音が、一切合財な」
「この広い世界で?」
「『時空のおっさん』は物語の上では感知能力には長けていないだろ」
「まあね。突然の来訪者に驚くって反応が大半だ」
「それなら、所在を把握しておかなければいけない人質は、広範囲には分散させない。黒服のおじさんの生活圏とさほど変わりない範囲にいるはずだ」
「それでも相当広いと思うけど」
「あとは、この世界には……音が無い。本来人間が生活する空間にあるはずの音が、一切合財な」
その言葉を待っていたかのように、何処か程近くでガラスが割れるような音が響く
「人質の事を丁寧に説明してくれたあのおじさんの事だ、九衛にも大人しくしているように事細かに状況を教えてくれてるだろう。状況が理解できればチャンスを待って動く。そういう奴だよ、俺の妹は」
「実際のところは?」
「あいつは八澄にベタ甘だからな。一秒でも早く不安を取り除いてやろうと全力で動くだろうとは想定していた。あのブラコンめ」
「実際のところは?」
「あいつは八澄にベタ甘だからな。一秒でも早く不安を取り除いてやろうと全力で動くだろうとは想定していた。あのブラコンめ」
マザコンの君が言うかい、という言葉を飲み込んで
『ともだち』は駆け出す十也を追いかけて、音がした方へと向かうのだった
『ともだち』は駆け出す十也を追いかけて、音がした方へと向かうのだった
―――
中学校の校舎が遠目に見える、学生で賑わう通学路
そのど真ん中で、真兎は百華を庇うように黒服の男と対峙していた
そのど真ん中で、真兎は百華を庇うように黒服の男と対峙していた
「何やねん、兄ちゃん。繰さんの元担当と同じ顔しとる割りに、雰囲気全然ちゃうなぁ……殺る気満々かい」
「まーそうだな。用があるのはそっちの娘だ。お前はいらないから殺っても別にいいか」
「まーそうだな。用があるのはそっちの娘だ。お前はいらないから殺っても別にいいか」
物騒な会話を交わす二人の様子を、周囲の学生達は気にもしない
この町の一般人は、自分が巻き込まれる事態でなければ、異質異形は認識しにくいのだ
当然ながらこの物騒な会話も、周囲の雑踏雑音に紛れて耳には届きにくくなっている
この町の一般人は、自分が巻き込まれる事態でなければ、異質異形は認識しにくいのだ
当然ながらこの物騒な会話も、周囲の雑踏雑音に紛れて耳には届きにくくなっている
「ドンパチやるなら他所いくで? ここじゃあ目立ち過ぎるやろ」
「いや、別に?」
「いや、別に?」
何を気にした様子も無く、朝の通学路で鬼火を浮かび上がらせるA-No.37564
「なっ……!?」
「言っとくけど、俺は黒服だけど『組織』に従ってるわけじゃないし。むしろ俺を分割封印なんぞしてくれやがった『組織』は、とっととぶっ潰したい所存だぜ?」
「言っとくけど、俺は黒服だけど『組織』に従ってるわけじゃないし。むしろ俺を分割封印なんぞしてくれやがった『組織』は、とっととぶっ潰したい所存だぜ?」
意識の向きを引き付ける鬼火に、周囲の学生達が気付いてざわめき始める
「アホか。そっちの狙いがモカちゃんやっちゅーんならな……逃げるだけや!」
「はわわっ!?」
「はわわっ!?」
真兎はひょいと百華の身体を抱き上げて、くるりと踵を返して脱兎の如く逃げ出した
学校へ向かう人の流れをすり抜けて、小柄とはいえ同世代の少女一人を抱えているとは思えない速度でA-No.37564から離れていく真兎
学校へ向かう人の流れをすり抜けて、小柄とはいえ同世代の少女一人を抱えているとは思えない速度でA-No.37564から離れていく真兎
「モカちゃん、何か狙われるような事について身に覚えがあったりせぇへん?」
「わ、わかんないよぅ……あたしに出来る事って、自分の死期の確認ぐらいだよ? というかそれもまともに扱えてなくて、お喋りするのが関の山なのに」
「うーん……佳奈美さんとか宏也さんに相談した方がええかなぁ。こんな時におらへんとか、十也も間が悪いっちゅーかなんちゅーか」
「わ、わかんないよぅ……あたしに出来る事って、自分の死期の確認ぐらいだよ? というかそれもまともに扱えてなくて、お喋りするのが関の山なのに」
「うーん……佳奈美さんとか宏也さんに相談した方がええかなぁ。こんな時におらへんとか、十也も間が悪いっちゅーかなんちゅーか」
そう言って、ちらりと後方を確認する真兎
どうやら黒服の男は追ってきてはいないようだ
そう思った次の瞬間、一つ先の曲がり角からひょいと黒服の男が姿を現す
どうやら黒服の男は追ってきてはいないようだ
そう思った次の瞬間、一つ先の曲がり角からひょいと黒服の男が姿を現す
「なっ!?」
慌ててぐるりと身体の向きを変え、黒服の男から身を隠すように反対側の曲がり角を曲がる
「どうやって先回りしよった! くっそ!」
いくつかの通りを駆け抜け、路地を曲がって視界が開けると、またしてもそこに立つ黒服の姿
「ど……どういうこっちゃ!?」
「どうもこうも……真兎ちゃん、さっきから同じとこに戻ってきてるだけだよ!」
「そういう事。『ウィル・オー・ウィスプ』は沼地への案内役。視界に入れば気付かないうちに、意識は引き寄せられるのさ」
「どうもこうも……真兎ちゃん、さっきから同じとこに戻ってきてるだけだよ!」
「そういう事。『ウィル・オー・ウィスプ』は沼地への案内役。視界に入れば気付かないうちに、意識は引き寄せられるのさ」
前を向いて走っていた真兎は、曲がり角毎に配置された鬼火に引き寄せられ、A-No.37564の元へと戻ってきてしまっていた
お姫様抱っこで真兎にしがみついていた百華は、鬼火を視界に入れる事無くただ周囲の景色だけを確認していたために、それに気付く事ができていた
お姫様抱っこで真兎にしがみついていた百華は、鬼火を視界に入れる事無くただ周囲の景色だけを確認していたために、それに気付く事ができていた
「ふぅん……手の内バラすっちゅー事は、随分その能力に自信あるって事やな」
抱きかかえた百華を降ろし
「モカちゃん、ちょい離れとき」
ぐい、と
頭に引っ掛けていたガスマスクで顔を覆うと、竹刀袋を片手に居合いの構えを取る真兎
頭に引っ掛けていたガスマスクで顔を覆うと、竹刀袋を片手に居合いの構えを取る真兎
「おいおい、その程度で視界を制限したつもりか? どんなに視界が狭かろうと、目を開いてりゃ見えるもんは見えるんだぜ?」
「そこまで判っとんのやったら、ウチが何するかぐらい考えつくやろ?」
「そこまで判っとんのやったら、ウチが何するかぐらい考えつくやろ?」
身を屈め、地を這うようにA-No.37564へと駆け出す真兎の行く手を阻むように、大量の鬼火が浮かび上がる
だが、その尽くをすり抜けるように避けて、一気にA-No.37564へと肉薄し
抜き放たれた竹刀の剣先がアスファルトに喰らいつき、巻き上げるように身体を捻る
弓のようにしなった竹刀が、次の瞬間に凄まじい速度で剣先を跳ね上げた
だが、その尽くをすり抜けるように避けて、一気にA-No.37564へと肉薄し
抜き放たれた竹刀の剣先がアスファルトに喰らいつき、巻き上げるように身体を捻る
弓のようにしなった竹刀が、次の瞬間に凄まじい速度で剣先を跳ね上げた
「あ、ぶなっ!?」
正確に顎目掛けて飛んできた一撃を辛うじて避け、たたっとよろめくように後退するA-No.37564
「どうやって俺の能力の支配から逃れた?」
「見ぃひんかったらええんやろ? 簡単やん、目ぇ閉じてりゃええんやから」
「よくもまあ、簡単に言ってのけるね」
「オカンに習っとるんは漫画剣術やからな。虎眼流のついでに、無明逆流れぐらい嗜んどるわ」
「でもまあ、鬼火を見てくれないってんならこっちも色々やりようがあるけどね」
「はん、逆流れを初見で避けたんは褒めたるけどな。その程度の足捌きやったら、すぐ見切って止め入れたるわ」
「ま、確かに俺自身はそんな強くないけど」
「見ぃひんかったらええんやろ? 簡単やん、目ぇ閉じてりゃええんやから」
「よくもまあ、簡単に言ってのけるね」
「オカンに習っとるんは漫画剣術やからな。虎眼流のついでに、無明逆流れぐらい嗜んどるわ」
「でもまあ、鬼火を見てくれないってんならこっちも色々やりようがあるけどね」
「はん、逆流れを初見で避けたんは褒めたるけどな。その程度の足捌きやったら、すぐ見切って止め入れたるわ」
「ま、確かに俺自身はそんな強くないけど」
A-No.37564が、真兎の周囲にぽつりぽつりと鬼火を浮かび上がらせる
「能力ってのはまあ、使いようだよな」
「真兎ちゃん、後ろ!」
「真兎ちゃん、後ろ!」
百華が叫ぶ
だが、戦いに不慣れな百華の反応では、それは警告足りえなかった
だが、戦いに不慣れな百華の反応では、それは警告足りえなかった
「え」
百華の脇を掠め、真兎に直撃したのは
真兎の背後に浮かんだ鬼火に引き寄せられた、アクセル全開の軽乗用車だった
真兎の背後に浮かんだ鬼火に引き寄せられた、アクセル全開の軽乗用車だった
―――
『組織』の施設へ堂々と姿を現した芦屋昭彦に、A-No.18782は警戒を露にした態度で対峙していた
「あなたが『組織』を裏切るというのは、完全に想定外でしたよ」
「別に裏切ったわけじゃないんだけどね。『組織』じゃやれない道を模索してるだけだよ」
「それで……要求は、我々『組織』のあなたへの不干渉と」
「まあ、ほんの一週間ぐらいになると思うよ。多少大事にはなると思うけど、悪いようにはしないから」
「言いたい事はそれだけか?」
「別に裏切ったわけじゃないんだけどね。『組織』じゃやれない道を模索してるだけだよ」
「それで……要求は、我々『組織』のあなたへの不干渉と」
「まあ、ほんの一週間ぐらいになると思うよ。多少大事にはなると思うけど、悪いようにはしないから」
「言いたい事はそれだけか?」
のんびりとコーヒーを啜る昭彦に、A-No.18782の隣に座っていた広瀬宏也が静かに声を発した
「人ん家の子供を総棚攫いしといて、言いたい事はそれだけか?」
「事が済んだらきちんと返すよ。それに、むしろあっちの世界にいた方が事態としては安全ではあるよ」
「うちの嫁の心労はプライスレスなんだよ。学校は誤魔化してあるから、下校時間までに家に帰せ。俺ができる譲歩はそこまでだ」
「無茶を言うねぇ。そっちが『リンフォン』と『リョウメンスクナ』をちゃんと管理しておいてくれれば、私も時間稼ぎとかは必要なかったんだがね」
「……『ハッカイ』を持ち出してる時点で、問答無用で処分されてもおかしくないんだぜ?」
「勘弁して欲しいね。私が死んで、私が管理する世界が崩壊したら……あなたのお子さんの安全は保障しかねる事になるから」
「あんたが信用に値する輩なら、死ぬ直前に子供達ぐらいは助けてくれるもんじゃないのか?」
「まあ、割とそのつもりはあるけどね。不意打ちで殺られたらどうしようもないよ、流石に」
「事が済んだらきちんと返すよ。それに、むしろあっちの世界にいた方が事態としては安全ではあるよ」
「うちの嫁の心労はプライスレスなんだよ。学校は誤魔化してあるから、下校時間までに家に帰せ。俺ができる譲歩はそこまでだ」
「無茶を言うねぇ。そっちが『リンフォン』と『リョウメンスクナ』をちゃんと管理しておいてくれれば、私も時間稼ぎとかは必要なかったんだがね」
「……『ハッカイ』を持ち出してる時点で、問答無用で処分されてもおかしくないんだぜ?」
「勘弁して欲しいね。私が死んで、私が管理する世界が崩壊したら……あなたのお子さんの安全は保障しかねる事になるから」
「あんたが信用に値する輩なら、死ぬ直前に子供達ぐらいは助けてくれるもんじゃないのか?」
「まあ、割とそのつもりはあるけどね。不意打ちで殺られたらどうしようもないよ、流石に」
たはは、と
髪の薄い頭を掻きながら、昭彦はじっと宏也を見つめる
髪の薄い頭を掻きながら、昭彦はじっと宏也を見つめる
「お子さんを返したら、『組織』が不干渉の立場になってくれるとか無い?」
「それはマイナスがゼロになるだけで交渉にはならねぇよ。精々、俺が手出しをしない事を約束する程度だ。また攫われちゃたまらんからな」
「それはマイナスがゼロになるだけで交渉にはならねぇよ。精々、俺が手出しをしない事を約束する程度だ。また攫われちゃたまらんからな」
呆れたように首を振る宏也
「俺が止めてくれって言ったところで、止まるもんじゃないだろ『組織』は」
「まあ、あなたの人脈を考えたら半分ぐらいは止まりますけどね、多分。そうなれば結果として、内部の意見調整という形で全部止まるのは避けられません」
「……俺が言うのも難だが、それって組織としてどうなんだ。いや『組織』って固有名としてでなく一つの活動団体としての意味で」
「あなたや、あなたの上司やお友達関連が枝葉のようにあちこちに広がり過ぎてるんですよ。ちゃんと立ち位置を定めておかないと、そのうちトップに担ぎ出されますよ?」
「Aナンバーがあるうちはそれは無いだろ。それはともかくとして、『組織』としてあんたを見逃す事は無い」
「まあ、あなたの人脈を考えたら半分ぐらいは止まりますけどね、多分。そうなれば結果として、内部の意見調整という形で全部止まるのは避けられません」
「……俺が言うのも難だが、それって組織としてどうなんだ。いや『組織』って固有名としてでなく一つの活動団体としての意味で」
「あなたや、あなたの上司やお友達関連が枝葉のようにあちこちに広がり過ぎてるんですよ。ちゃんと立ち位置を定めておかないと、そのうちトップに担ぎ出されますよ?」
「Aナンバーがあるうちはそれは無いだろ。それはともかくとして、『組織』としてあんたを見逃す事は無い」
すぱっと言い放つ宏也に、昭彦は困ったように苦笑いを浮かべる
「お子さんの身柄は、いいのかい?」
「腹いせに殺すか? そうしたら……俺一人すら止まらなくなるぜ?」
「腹いせに殺すか? そうしたら……俺一人すら止まらなくなるぜ?」
部屋そのものどころか、『組織』の施設が凍りつきそうになる程の、強烈な殺気
コーヒーのお代わりを持ってきた女黒服が、小さく詰まるような悲鳴を上げてその場でぺたんと座り込んでしまう
コーヒーのお代わりを持ってきた女黒服が、小さく詰まるような悲鳴を上げてその場でぺたんと座り込んでしまう
「いや、私の判断が正しかった。君一人、止めておければ御の字だよ」
そう言って昭彦は、カップを置いてすいと片手を上げる
「『リンフォン』と『リョウメンスクナ』が私の手元に揃う事を期待していてくれ。全てが揃えば、危険は最小限に留められる」
ぱちん、と指を鳴らすと同時に昭彦の姿が掻き消える
その様子を見守ってから、A-No.18782は大きく溜息を吐く
その様子を見守ってから、A-No.18782は大きく溜息を吐く
「宏也さん、交渉とかする気無いでしょうあなた」
「相手が交渉のつもりが無いからしょうがないだろ。止めれりゃ御の字って感じで、誘拐は体面だけだなあれは」
「体面だけって……」
「まあ、多少の抑止力は期待してただろ。実際、こんなところにノコノコ顔を出しても問答無用で処分されない程度には抑止力になってたわけだ」
「そりゃまあ、宏也さんが同席してる場で、当事者以外が人質の安否無視して無茶はできませんよ」
「つまりはそういう事だ。やりたい事を伝えにきただけで、交渉するつもりは全く無いんだよ、あのおっさん」
「……では、『リンフォン』や『リョウメンスクナ』を我々が先に回収・封印してしまえば」
「封印なんてセコい事言わないで破壊なり浄化なり考えとけよ。そもそも封印してあった『ハッカイ』を盗られてる時点でな」
「そういう事にしちゃうと、私の身が色々と危ういもので」
「どういう事だ?」
「『ハッカイ』『リンフォン』『リョウメンスクナ』の他に、どうやら私の半身が封印から開放されてしまっているようでして」
「お前さん半分だったのか」
「ええ、私も調べて初めて知りました。どうやら素行に相当な問題があったようで」
「何かと上手く立ち回るお前さんの半身な割にか?」
「保身に努めてるだけですよ。ともかく、私が存在を知って力を取り戻そうなんて思ってしまうとまずいという判断だったようで。丸ごと封印してくれれば、私も存在せずこんな苦労しなくて済んだでしょうに」
「地味に破滅願望でもあるのかお前」
「まさか。最初から存在しないのと、自己を確立してから消滅するのでは天と地の差ですよ。ともかく、昭彦さんより早く『リンフォン』と『リョウメンスクナ』を回収したいところです」
「うちの子の安全が掛かってる以上、俺は手出しはしないぞ? 『首塚』や『第三帝国』への口利きもな」
「そりゃまあAナンバー内での管理責任の問題ですから。出来るだけこちらで片付けるよう、前向きに善処しますよ」
「相手が交渉のつもりが無いからしょうがないだろ。止めれりゃ御の字って感じで、誘拐は体面だけだなあれは」
「体面だけって……」
「まあ、多少の抑止力は期待してただろ。実際、こんなところにノコノコ顔を出しても問答無用で処分されない程度には抑止力になってたわけだ」
「そりゃまあ、宏也さんが同席してる場で、当事者以外が人質の安否無視して無茶はできませんよ」
「つまりはそういう事だ。やりたい事を伝えにきただけで、交渉するつもりは全く無いんだよ、あのおっさん」
「……では、『リンフォン』や『リョウメンスクナ』を我々が先に回収・封印してしまえば」
「封印なんてセコい事言わないで破壊なり浄化なり考えとけよ。そもそも封印してあった『ハッカイ』を盗られてる時点でな」
「そういう事にしちゃうと、私の身が色々と危ういもので」
「どういう事だ?」
「『ハッカイ』『リンフォン』『リョウメンスクナ』の他に、どうやら私の半身が封印から開放されてしまっているようでして」
「お前さん半分だったのか」
「ええ、私も調べて初めて知りました。どうやら素行に相当な問題があったようで」
「何かと上手く立ち回るお前さんの半身な割にか?」
「保身に努めてるだけですよ。ともかく、私が存在を知って力を取り戻そうなんて思ってしまうとまずいという判断だったようで。丸ごと封印してくれれば、私も存在せずこんな苦労しなくて済んだでしょうに」
「地味に破滅願望でもあるのかお前」
「まさか。最初から存在しないのと、自己を確立してから消滅するのでは天と地の差ですよ。ともかく、昭彦さんより早く『リンフォン』と『リョウメンスクナ』を回収したいところです」
「うちの子の安全が掛かってる以上、俺は手出しはしないぞ? 『首塚』や『第三帝国』への口利きもな」
「そりゃまあAナンバー内での管理責任の問題ですから。出来るだけこちらで片付けるよう、前向きに善処しますよ」
そう言いながらも、A-No.18782は悪びれた様子もなく言葉を続ける
「私のやれる範囲で手に負えないようでしたら、手伝って下さいね。お子さんのためですし」
「十年近く管理職やってるとまあ、本当に図太くなるな。それじゃあ交換条件で……そっちで腰抜かしてる娘、貰ってってもいいか」
「奥様に密告しますよ?」
「連絡役と情報提供役だよ。お前さんが忙しく動かなきゃいかんなら、細かい話は別の奴に聞かなきゃならん。この娘はお前さんの補佐官で、事情は大体把握してるんだろ?」
「ああ、そういう事で」
「判ってて言ってたろお前」
「ええまあ。それではこちらはAナンバー内での統制を取るために各所へ頭下げて回ってきますので」
「中間管理職は大変だな」
「トップと現場よりは、命のやり取りが少ない分マシですよ」
「十年近く管理職やってるとまあ、本当に図太くなるな。それじゃあ交換条件で……そっちで腰抜かしてる娘、貰ってってもいいか」
「奥様に密告しますよ?」
「連絡役と情報提供役だよ。お前さんが忙しく動かなきゃいかんなら、細かい話は別の奴に聞かなきゃならん。この娘はお前さんの補佐官で、事情は大体把握してるんだろ?」
「ああ、そういう事で」
「判ってて言ってたろお前」
「ええまあ。それではこちらはAナンバー内での統制を取るために各所へ頭下げて回ってきますので」
「中間管理職は大変だな」
「トップと現場よりは、命のやり取りが少ない分マシですよ」
―――
後ろの百華、前のA-No.37564
その間に立つ真兎だけを、正確に狙って突っ込んできた軽乗用車
ブロック塀をあっさりとぶち抜いて、その向こうにある住宅の壁面にめり込んだその運転席は、ひしゃげ潰れて見る影も無い
その間に立つ真兎だけを、正確に狙って突っ込んできた軽乗用車
ブロック塀をあっさりとぶち抜いて、その向こうにある住宅の壁面にめり込んだその運転席は、ひしゃげ潰れて見る影も無い
「うわ、よく避けたな」
軽自動車と住宅の壁面でサンドイッチにされる事なく、路上に転がっていた真兎の背中を、A-No.37564はぐりぐりと踏みつける
「ギリギリでボンネットに飛び乗ってそのまま転がり抜けるなんて、スタントマン紛いの事がよくできたもんだよ」
「やかまし……汚い足、退けぇや」
「やかまし……汚い足、退けぇや」
荒い息を隠せずに、僅かに首を曲げて睨みつけるので精一杯といった様子だ
「嫌いじゃないぜ、お前みたいな奴。まあ殺すけど」
真兎の周囲に浮かべた鬼火を、じりじりと近づけていくA-No.37564
が、その鬼火の一つが突然、ふつりと消える
が、その鬼火の一つが突然、ふつりと消える
「ん?」
首を傾げるA-No.37564の目の前で、次々と消え去る無数の鬼火
鬼火で揺らめいていた視界が晴れたその向こうには、ピンポン玉ほどの大きさの小箱をいくつも両手に持った女黒服、愛木未来の姿があった
鬼火で揺らめいていた視界が晴れたその向こうには、ピンポン玉ほどの大きさの小箱をいくつも両手に持った女黒服、愛木未来の姿があった
「誰だよあんた」
「あなたと同じ目的の者です。そちらの少女を戴きに参りました」
「そっちのだろ? じゃあこいつは助けなくてもいいじゃん」
「あなたと同じ目的の者です。そちらの少女を戴きに参りました」
「そっちのだろ? じゃあこいつは助けなくてもいいじゃん」
百華に視線を送りながら、ぐいと真兎に乗せた足に体重を掛けるA-No.37564
「そうは言われましても、邪魔者は排除しなければなりません」
未来は鬼火を封じた箱を手元から消し、新たな箱をいくつも出現させる
「あなたから『リョウメンスクナ』の気配がします。引き渡してもらいましょうか」
「おや、そういう事なら私も混ぜてもらわなきゃな」
「おや、そういう事なら私も混ぜてもらわなきゃな」
その声は、どこからともなくではなく
はっきりとA-No.37564と未来から等間隔に離れた場所に、突然現れた
はっきりとA-No.37564と未来から等間隔に離れた場所に、突然現れた
「確かに『リョウメンスクナ』の気配がするね。お嬢さん、悪いがそれはこっちが貰っていくよ」
昭彦はにやりと笑い、誰にも見えない『異世界』への入り口をあちこちに展開する
不用意に踏めば、昭彦の無敵領域に引きずり込まれる最悪のトラップである
不用意に踏めば、昭彦の無敵領域に引きずり込まれる最悪のトラップである
「お前らさ、何勝手な事言ってんだ。つーかそっちの女、俺をナメ過ぎだろ」
A-No.37564が、苛立たしげに未来を睨みつける
「俺の能力は鬼火の召喚や操作であって、能力の核が鬼火ってわけじゃねーよ。いくつか封じたぐらいで調子に乗んなよ?」
ぶわりと渦を巻くように溢れ出す無数の鬼火
主義主張、思想思惑がそれぞれ違う三人の黒服の、己が必要とするものを奪い取るための戦いが、今始まろうとしていた
主義主張、思想思惑がそれぞれ違う三人の黒服の、己が必要とするものを奪い取るための戦いが、今始まろうとしていた