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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - コドクノオリ03

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 湯を淹れたカップラーメンを持ってちゃぶ台に引き返しながら、久信が軽く袖を振ると、振られた服の袖からは細長い生き物――蛇が飛びだした。
 いい勢いで飛び出した蛇は、その勢いのままダンボールの中へ飛び込んだ。
 蛇は久信がちゃぶ台に辿り着くまで箱の中でゴソゴソ動いていたが、久信が腰を下ろすと同時に、箱の中から折り畳まれた一枚の紙を咥えて出てくる。
「よし、よくやったぞ」
「久くん? あまり下品な使い方は感心しないわよ」
「これも蛇使いとしての訓練だって」
 姉に適当な返事を返して久信は蛇から紙を受け取る。
 この蛇は今日追っ手から逃れるために使った蛇や修実を背に縛っていたものと同じで、蛇神憑きとして、久信が使役しているものだ。
 久信たち小野家は、友人である昌夫の見塚家と似たような系統の家で、血筋そのものに都市伝説が契約されている。憑かれているといってもいい。
 主に動物に類するモノが付いているその家系群を総称して憑き物筋といい、見塚家には犬が、そして小野家には蛇が憑いている。
 縄とびの縄ほどの太さの蛇は、髪を渡し終わると、床へと降りて行った。
 それを目の端で見送りながら久能は折り畳まれていた紙を広げた。
 ちゃぶ台の上に広げられたそれは、この町の地図だ。
 さて……。
 地図上北にある山のあたりにカップラーメンを置いて、ラーメンが食べごろになるだけの時間をかけながら町の地図の内容をおおざっぱに頭の中へ入れていく。
 今日どこかの組織の黒服に追いかけられて逃げ回っていたのは駅の周囲、地図においては南の方面にあたる。
 地図記号からみても、一番この町の中で賑やかなのはこのあたりだろう。
 ……この町の中で逃げ隠れしている奴を探すとしたら。
 考えながら、まだ少し硬さが残るラーメンをすする。
「どう? どこか怪しそうな所はあった?」
「……新幹線を使ってさっさと遠くに逃げずにわざわざこの町で下りたってことは、この町からどこか遠くに行くことができる手段を用意しているってこと……だと思うんだけど、転移系の能力ならわざわざこの町まで来る意味もないし、修実姉もあの組織にはそういう能力の契約者はいないって言ってたよね。だとしたら、移動系の能力と考える、と……そうだな、ちょっと考えがあるから明日あたり少し調べてみよう」
 昌夫にばれたら怒られそうだけど。
 内心でそうつぶやいて、地図から目を話し、修実に目をやる。
 先程ちゃぶだいを降りた蛇はいつの間にか修実のところへ移動していた。
 じゃれつくように姉の胸元を這い回っている蛇は、使役者である久信の動きにも気付いていないように見える。
「やっぱり蛇は修実姉によく懐くな」
「この子たち、久くんと同じで優しいし、それに私が久くんを好きなのを分かってるから安心してるんだよ。それと、ほら、私は力が少し強いから……ね」
 蛇を慈しむように眺めていた修実は、力を抜いた笑みを浮かべた。
 たしかに、蛇神憑きが使役する蛇はその使役者の性格を多少なりとも反映する。
 ならば蛇が修実に懐くのも道理だ。加えて、修実の場合はそういう性格上の問題以上に純粋な力関係がかかわってくる。
 同じ蛇神憑きでも、久信と修実とでは大きな力の差がある。
 修実は小野家の歴代の誰よりも大きな力があった。その飛び抜けた力は保持者である修実自身でも制御できなかったほどのものであり、そのせいで修実はずっと家族と離れて暮らすことになった。
 あんなことになると知ってたら、離れて暮らすようなことは絶対にしなかったのに。
 久信は何故姉、小野修実が町一つを壊滅させたモノとして追われるに至ったのかについて思いを馳せた。

     @

 今でこそ両腕両足を無くした不具の状態だが、元々の小野修実は生まれた家は代々蛇神憑きであり、生まれた子はその瞬間から契約者であるという、そういう家系であることだけが特殊ではあったが、それ以外については五体満足な普通の人間だった。
 小野家に生まれる子は皆蛇神憑きの契約者ではあるが、その能力自体には個人差がある。久信は家系的に見れば、歴代の中でもごくごく平凡な力を持って生まれた。その一方で、姉は規格外の力を持って生まれていた。
 それが彼女にとっての悲劇だったと言っていい。
 生まれたその時から家族の誰よりも大きな力を持っていた修実の力は、成長すると共にその力を段々と強力なものにしていった。
 自分自身でも力の制御がままならなくなるほどに。
 ――当時八歳。そのままでは、修実は蛇神憑きの力に飲まれてしまう。そういう運命にあった。
 修実自身のことは大事にしてはいても、彼女が持つ力をもてあまし気味にしていた両親は、小野の家が蛇神憑きの家系として何度か仕事の協力をしたことがある、封印技術に長けている都市伝説系組織へと修実を預け、その組織が持つ技術をもって、修実の大きすぎる力を封印、あるいは安定化させてもらえるよう頼んだ。
 寂しくはあったが、姉がこの咲も生きていくためだと思って久信は姉が里子に出されるのを見送ったのを覚えている。
 家を出て行った後も、里子に出された先の組織で厳しい修練を積んで、力を制御できるようになっていった姉を月に一度あるかないかの帰郷の折に久信は見てきた。
 月日が流れ、久信の方が修実より背が高くなる頃には、もうよっぽどのことが無い限りは修実は自分の蛇神憑きの力に飲まれるようなことはないだろうほどに、力を安定させていた。
 ただ、その代わりとでもいうように、修実の心と身体の安定は崩れていっているように久信には見えた。
 あの頃は全部うまくいっていると思ったんだ。
 しかしそれは勘違いだったと、全てが終わった今になら分かる。両親も、他、組織と懇意にしていた者たちも知らなかったことだが、修実が里子に出されていた組織は、あまりまっとうな組織というわけではなく、裏では都市伝説の力を使って密売や殺しを請け負っていた。
 修実も、争い事を好まない修実自身の性格は無視され、あるいは全てが嘘というわけではなかったようだが、殺人を行うことによって誰かが救われる。というように言いくるめられて利用されていた。
 力の制御を行えるようになるまでは外の世界には出すことができないという名目で、組織と、そのお膝元の町、そして実家の間を往復する事しか許されない閉鎖された環境の中、普通の義務教育を終えた者ならば誰もが持つような現代の常識に触れる機会もなかなか与えられないまま、組織はお膝元の町を守る警備役として、そして暗殺のための道具として修実に力を振るわせた。
 蛇神憑きの力で蛇を使役して行う殺人は、見た目がただの咬傷に見えるため、都市伝説絡みの殺人として扱われることも少なく、暗殺に向いた能力だったことも、彼女の人生に災いしたのだろう。暗殺を繰り返すうちに、修実は心の方が参ってしまったのか、里帰りの度に、やつれていった。
 久信が何かあったのかと尋ねても修実は何も話してはくれなかった。久信は姉は自分のような凡俗には分からないようなストレスのかかる生活を送っているんだろうと考えて一人ひねくれもしたものだ。
 しかし、そんな妬みも収まってきた高校生活も終わろうという頃、姉の疲弊が見た目にも顕著になり、久信も、そして幼少の頃はどう扱ったものか困って、まるで腫物を扱うように関係して里子に出してからはほとんど我関せずだった両親も、実家に帰ってくるよう勧めた。
 そして、そのついでとばかりに修実に対して久信は告白をしたのだ。
 離れたくない。そんな顔をしなきゃいけない生活からは離れて、帰って来てくれ。
 我ながら赤面ものの女々しい告白だが、そう言われた時の姉の嬉しそうな顔を、久信は覚えている。そしておそらく、一生忘れない。
 十数年も実家から放り出されて、やっと家族にかけてもらえた、帰ってきて欲しいという言葉。二十歳になろうかという姉が童女のように喜んでいた。それほど、姉は帰りたがっていたのだと、その時になってようやく解った。
 もっと早くに気付けていたなら、と今でも思う。もっと早くに気付いていたのなら、あるいは結末は変わっていたのかもしれない、と。
 姉は、実家に戻るようにという誘いに頷いて、これまで組織から受けてきた恩を、最後に組織を長年苦しめているという都市伝説を退治することで返したら戻ってくると言った。
 これが最後の往復だと言って、組織の監視役と一緒に実家を出て行った姿。それが、久信が知っている五体満足な姉の最後の姿だった。
 いつまで経っても帰ってこない修実を心配して探しに行った際、壊滅した町のありさまと、ようやく発見した変わり果てた姉自身から聞かされたことだが、修実が離脱すると知った組織は、内部の情報を知りすぎている修実を危険と判断して、罠にかけ、殺害しようとしたらしかった。
 この組織は山奥の町の中にあり、長い年月をかけてお膝元の町に根差していた。裏で行っていた様々な犯罪行為も表沙汰になることがなかったのは、町全てが組織の一部として彼らが行うことを黙認し、彼らにとって有益であるように組織の噂を歪曲して周囲の町へと伝えていたという、そのような下地があったためだった。
 修実という、いわば組織の後ろ暗い仕事の代表格になりつつあった者の離脱は組織にとっても、そしてその組織と共犯関係にあった町の人々にとっても脅威となることだったのだ。
 自分たちの悪事が露見することを恐れた彼らは、結局、町ぐるみで修実を殺しにかかった。
 組織が手こずっていたという討伐対象の都市伝説は組織側が用意した都市伝説であり、これの討伐に向かっていた修実は、その都市伝説と、そしてともに討伐に向かった仲間だったはずの組織の構成員の手によって攻撃された。
 何とか抗って町まで逃げた姉はこれまで警備役として町を守ってくる過程で決して知らない仲でもないという程度には関係を重ねてきたはずの町の人々に騙され、捕えられてしまい、逃亡ができないように修実の両手足は切断され、その上で組織の契約者たちが攻撃を仕掛けた。
 裏切りに対してショックを受けて両手足まで落とされた状態で尚、修実は組織の契約者たちを退けたが、最後には疲弊したところに封印を受けてしまい、あとは衰弱して死ぬのを待つばかりにされてしまった。
 その封印の中で、修実は否応なく自分が全てに裏切られてしまったのだということを納得させられ、ついに力を暴れさせた。
 封印の中で荒れ狂った力は封印を綻ばせ、その綻びからは瘴気が溢れだした。
 毒と瘴気は町ごと組織を壊滅させ、修実を探しに行った久信が封印を見つけた時には、町は元々人間だったと思われるものたちの残骸を残してゴーストタウン化しており、修実は半ば都市伝説のような存在となって、意識も朧な状態だった。

     @

 修実姉に正気を取り戻してもらって、一体何があったのかを訊いて……。
 数週間の時間が経ってもなお、鮮明に思い返すことができる町の惨状とひどい状態だった姉を思い浮かべていると、横から当の姉の声が飛んできた。
「久くん?」
 呼びかけに顔を上げると、彼女は眉を寄せ、
「難しそうな顔してたよ?」
「なんでもないよ」
 修実の過去のことを考えていたとも言えず、久信はあたりさわりのない言葉を返す。修実は何かを察したように、力なく言葉を零した。
「……ごめんね」
「……」
 何か言葉を返した方がよかったのだろうが、久信は応じる言葉を持たなかった。たとえ何か言ったとしても、この姉には気遣いであると瞬時に察されてしまうだろう。昔からそうだった。里子にだされてからは月に一度、会えるか会えないかという関係だったのに、姉は久信が昌夫とケンカした時や、言いづらい悩みを抱えていた時、見事に見抜いてきた。
 裏切られようとしていることには気づかなかったくせに。
 妙なところで鋭いことのある姉だ。こういう時、姉弟というのは一緒に過ごした時間の量ではないのだろうと思いもする。
 ああ、もう可愛いなぁ。
 そんなことを思っていると、口元ににやついた笑みが出かかる。
 修実に見咎められて今の考えを話すことになるのは照れ臭い。久信は少し麺が伸びたラーメンを、カップにのめり込むようにして食べながら、先程までの物思いに思考を引き戻す。
 壊滅した町。毒と瘴気でひどい有様になったそこで、修実以外にただひとり、生き残った男がいる。その男こそ、久信たちが自分たちが追われる立場にありながら、こうして危険を冒してまで探している相手であり、修実を封印した男であり、組織の主に黒い部分を統括していた重鎮だった。
 壊滅した町から力を使い果たして仮死状態で封印されていた修実を助けた後、実家に姉を連れ帰ろうとしていた久信は、修実にことのあらましを聞きながらの道中で、修実は都市伝説に飲み込まれて町を滅ぼした化け物として、久信は封印処理されていたはずの化け物を解放した極悪人として、それぞれ捕獲対象に指定されているという事実を昌夫に聞かされた。この情報の発生源は、当時都市伝説界隈で話題になっていた事件の町から唯一生き残った男として噂になっていた男。姉の殺害指示を出した張本人。
 名は、郭正吾(くるわ せいご)という。
 おかげで今や俺たちがお尋ね者だ。
 とは言っても、町を滅ぼしたのは姉であるというのは確かだ。そう見ると町を壊滅させた化け物、という姉弟が追われる理由は正しい。だが、それでも彼女は被害者である。
 いや被害者は修実姉1人で、他のは皆まとめて自業自得だ。
 憤りながらそう言った時は、さすがに姉にも昌夫にも苦笑された。
 それでも全ての責任を修実に押し付けて自分はのうのうと逃げている郭正吾を許せないというのは共通した思いだった。
 郭正吾も追っ手がかかっているということは気付いているらしく、町が壊滅した情報とその犯人について広めた後は、この町に雲隠れしているようだ。隠れている彼を追って捕え、実家を通し〝組織〟と呼ばれる超巨大な都市伝説集団に連絡を取って読唇系の能力者を使って真相を明らかにすることが久信たち姉弟の目的だった。
「逃げられる前に、絶対に郭正吾を捕まえて、俺たちの濡れ衣を全部とっぱらう」
「うん」
 修実が頷く。彼女の足元ではいつの間にか蛇が掛布団を広げていた。布団の中に半ば埋もれるようになりながら修実は言う。
「いつまでも難しいことばかり考えていてもしかたないわ。今日はもう疲れたでしょう」
「ああ、まあ」
「うん、だから、ね? もう寝ましょう?」
 そう言って、修実は自分の体の下にある、部屋に一つしかない布団に誘ってきた。
 いくらダルマ状態になって食事が要らなくなったとはいえど、睡眠が必要なくなったわけではない。布団が一つということは、一緒に寝ることを前提にしているのだろう。
 昌夫の奴……。
 部屋の手配をした友人に口の中でぶつぶつ言いながらも、実は少し嬉しいのは秘密だ。
 小さく咳払いをして、
「あーうん。そうだな。今日は追われて疲れたし、寝ようか」
 蛇を部屋の外に追い払い、姉を抱き上げる。外からは蛇と犬が戯れる鳴き声が聞こえてくる。デバガメ役の犬でも用意していたんだろうか。今更隠すような関係でもないし、気にすることでもないだろう。
 そう割り切って、久信は昔には抱きしめられた記憶のある姉を、今は久信が抱きしめる。
 修実は悲しくなるくらいに軽く、だが、泣きたくなるほど温かい。
 危うく失ってしまいそうになった温もり。絶対にこれを失わない。布団を頭まで引き上げ、修実の温もりを感じながら、その胸に頬を押しあてる。
 肉付きがよくなって、顔が埋まってしまう胸の奥で、確かに心臓の鼓動が聞こえる。優しい匂いも昔と変わらない。この人は確かに生きている。その事に暗視して、久信は一日中張りつめていた気を緩めた。
 頭を、ほとんどない腕が軽く叩く感触がある。
 深く呼吸するように、大きく息をする音が修実の肺から聞こえる。
 今、彼女はどんな顔をしているのだろうか。
「おやすみ」
 優しくかけられた声に促されるように、久信は眠りに落ちた。




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