学校町を流れる川を縦断した次の日、町が動きだす少し前の時間帯に、久信は目を覚ました。
朝食にインスタントの味噌汁を流し込み、食パンを、耳を切り取ってから食べる。
多少モソモソしているが、昨日の乾パンと比べたら、まだ日常の食料としての趣がある。
「さあ、お前も食え」
そう言って窓を開け、久信は食パンの耳を窓の外に放り投げた。
昨日軒下に泊めた犬は、パンの耳が自分に与えられた食料であると察して起き上がると、それを粛々と食べ始めた。
尻尾を振っているところを見ると、喜んでくれているのだろう。
「おはよう久くん。わんちゃんも、おはよう」
「おはよう、修実姉」
犬は、久信がさもしい朝食を終え、起き上がった姉と挨拶をしているところを見ると一つあくびをして、敷地の外に向かって歩きだした。
「もう行くのか?」
「二食もお世話になったし、あと昌夫くんに指示された仕事の時間もあるからもう行くんだって」
「そうなのか……」
心なしか、犬の方が自分よりまっとうに人間社会に適合した生活をしている。そんなことを思って少し切ない思いをしながら、久信は去っていこうとする犬を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ」
呼びかけに足を止めた犬へ近寄って、久信は昨日から持ち歩いていたビニール袋から細長いものを取り出した。
一匹の蛇だ。
無抵抗にびろんと伸びている蛇を数秒見つめた後、犬は、食べてもいいの? と言わんばかりの目を久信に向けた。
蛇は伸びたまま硬直している。諦めの境地に達しているようだ。
部屋の中から修実がくすくすと笑っている声が聞こえる。
「食べちゃだめだ。悪いがこいつを一緒に連れて行ってくれ」
久信は苦笑すると、犬の首に蛇を巻き付けた。
「お前も、首を絞めるとかしちゃだめだぞ。今日からしばらく、お前は首輪だ。そして協力して調査をしてきてほしい。俺も警察の方の情報が欲しいからな」
言い聞かせると、犬は首に巻かれた蛇を気にしたような若干奇妙な歩き方で隠れ家から去って行った。
二匹を見送りながら、久信は呟く。
「お互いに対して少しかわいそうだったかな」
あの犬も、久信が首輪にした蛇も、自然界に元々居た普通の動物を使役している。そのため、あまり無謀なことを頼むと、犬がしていた奇妙な歩き方のように、命令の遂行にどうしても無理が出てきてしまう。動物としての本能があの二匹に居心地の悪さを与えてしまっているのだ。
そこは悪いけど……我慢してもらうしかないな。
都市伝説で生み出した特殊な蛇を使役したほうがいろいろと無理が利いていいのだが――
この町の中ではなあ……。
普通の町の中ならばいざ知らず、この町の中で特殊な出自を持った蛇を大量にばらまいたりなどしたら、どこで誰にかぎつけられるか分かったものではない。
自分たちもまた追われる立場にあることを考えたら、できるだけ目立つ行動は避けなければならないだろう。
あまり勝手をすると昌夫に怒られるしな。
そのようなわけで、久信は自分の指示を下した蛇を町の中に数十匹放っていた。先程の一匹は警察の調査状況を知るためにくっつけた最後の一匹だった。
もちろん数を揃えたところでただの蛇では人による捜索には遠く及ばない。
それでも、誰にも怪しまれずに町の中を調べてもらえるというのは大きなアドバンテージだ。広い範囲や、しっかりとした組織だった捜索は警察の方がやってくれるだろう。彼らがやってくれることを久信が無理してやることはない。久信が蛇に任せていたのはより絞った、狭い範囲での捜索だった。
そう、捜させるのは川の周囲。
その場所は、昨日、久信と修実が歩いてざっと見てきた範囲だった。
郭正吾は川を伝って脱出を図るだろうという考えを、久信は捨てていなかった。
昨日は普通の動物が行動する範囲では郭正吾の影が見つからなかったというだけだ。だから、というわけではないが、今日からは特に野生の動物が行きたがることがなさそうな、騒音や強烈な臭いがあるだろう、町の地図でいう川に面した西方面。工業地帯のあたりを探してもらっている。
目標は工場の周辺にある、今は人の出入りの無いような建物や使われていない地下施設などだ。
そこで見つかればいいし、この捜索が的外れだったとしたら、後は昌夫たちの行う広い範囲への捜索にかけるしかない。
こればっかりは答えが出るまでは何ともいえない。気持ちは焦るが、焦ってもどうしようもない。
また、下手に動いて自分だちが、見つかっても話にならない。だからこそ、今は、
「ドンと構えて待つことにしようか」
「そうね」
修実が静かに同意した。
朝食にインスタントの味噌汁を流し込み、食パンを、耳を切り取ってから食べる。
多少モソモソしているが、昨日の乾パンと比べたら、まだ日常の食料としての趣がある。
「さあ、お前も食え」
そう言って窓を開け、久信は食パンの耳を窓の外に放り投げた。
昨日軒下に泊めた犬は、パンの耳が自分に与えられた食料であると察して起き上がると、それを粛々と食べ始めた。
尻尾を振っているところを見ると、喜んでくれているのだろう。
「おはよう久くん。わんちゃんも、おはよう」
「おはよう、修実姉」
犬は、久信がさもしい朝食を終え、起き上がった姉と挨拶をしているところを見ると一つあくびをして、敷地の外に向かって歩きだした。
「もう行くのか?」
「二食もお世話になったし、あと昌夫くんに指示された仕事の時間もあるからもう行くんだって」
「そうなのか……」
心なしか、犬の方が自分よりまっとうに人間社会に適合した生活をしている。そんなことを思って少し切ない思いをしながら、久信は去っていこうとする犬を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ」
呼びかけに足を止めた犬へ近寄って、久信は昨日から持ち歩いていたビニール袋から細長いものを取り出した。
一匹の蛇だ。
無抵抗にびろんと伸びている蛇を数秒見つめた後、犬は、食べてもいいの? と言わんばかりの目を久信に向けた。
蛇は伸びたまま硬直している。諦めの境地に達しているようだ。
部屋の中から修実がくすくすと笑っている声が聞こえる。
「食べちゃだめだ。悪いがこいつを一緒に連れて行ってくれ」
久信は苦笑すると、犬の首に蛇を巻き付けた。
「お前も、首を絞めるとかしちゃだめだぞ。今日からしばらく、お前は首輪だ。そして協力して調査をしてきてほしい。俺も警察の方の情報が欲しいからな」
言い聞かせると、犬は首に巻かれた蛇を気にしたような若干奇妙な歩き方で隠れ家から去って行った。
二匹を見送りながら、久信は呟く。
「お互いに対して少しかわいそうだったかな」
あの犬も、久信が首輪にした蛇も、自然界に元々居た普通の動物を使役している。そのため、あまり無謀なことを頼むと、犬がしていた奇妙な歩き方のように、命令の遂行にどうしても無理が出てきてしまう。動物としての本能があの二匹に居心地の悪さを与えてしまっているのだ。
そこは悪いけど……我慢してもらうしかないな。
都市伝説で生み出した特殊な蛇を使役したほうがいろいろと無理が利いていいのだが――
この町の中ではなあ……。
普通の町の中ならばいざ知らず、この町の中で特殊な出自を持った蛇を大量にばらまいたりなどしたら、どこで誰にかぎつけられるか分かったものではない。
自分たちもまた追われる立場にあることを考えたら、できるだけ目立つ行動は避けなければならないだろう。
あまり勝手をすると昌夫に怒られるしな。
そのようなわけで、久信は自分の指示を下した蛇を町の中に数十匹放っていた。先程の一匹は警察の調査状況を知るためにくっつけた最後の一匹だった。
もちろん数を揃えたところでただの蛇では人による捜索には遠く及ばない。
それでも、誰にも怪しまれずに町の中を調べてもらえるというのは大きなアドバンテージだ。広い範囲や、しっかりとした組織だった捜索は警察の方がやってくれるだろう。彼らがやってくれることを久信が無理してやることはない。久信が蛇に任せていたのはより絞った、狭い範囲での捜索だった。
そう、捜させるのは川の周囲。
その場所は、昨日、久信と修実が歩いてざっと見てきた範囲だった。
郭正吾は川を伝って脱出を図るだろうという考えを、久信は捨てていなかった。
昨日は普通の動物が行動する範囲では郭正吾の影が見つからなかったというだけだ。だから、というわけではないが、今日からは特に野生の動物が行きたがることがなさそうな、騒音や強烈な臭いがあるだろう、町の地図でいう川に面した西方面。工業地帯のあたりを探してもらっている。
目標は工場の周辺にある、今は人の出入りの無いような建物や使われていない地下施設などだ。
そこで見つかればいいし、この捜索が的外れだったとしたら、後は昌夫たちの行う広い範囲への捜索にかけるしかない。
こればっかりは答えが出るまでは何ともいえない。気持ちは焦るが、焦ってもどうしようもない。
また、下手に動いて自分だちが、見つかっても話にならない。だからこそ、今は、
「ドンと構えて待つことにしようか」
「そうね」
修実が静かに同意した。