修実と久信が逃亡を開始することになる日から数年前。
久信がまだ中学三年だったある日、久信は実家の庭の掃除をしていた。
当時、久信は地元の公立高校へ行くために受験の準備をしている、そんな時期だった。
この頃になると、都市伝説と人間の違いや、都市伝説契約者が一般の人々の間で生きていくことの難しさなどもなんとなく分かってきて、自分と同じように、家系そのものが都市伝説と契約している友人の昌夫が中学卒業と同時に警察の裏部署へ行こうとしていることなどを含めて、自分の将来、などという曖昧模糊としたものもぼんやりと形を成してきたような気がする。そんな時期だった。
とは言っても、久信が将来やることはここ数代前と変わらずに、どこぞの企業相手の拝み屋や、便利屋なのだろうと本人も、そして周囲の一族も考えていた。
憑き物筋は血筋に憑く都市伝説の能力を使って長い間、この世界の中でそれなりに良い地位を得てきた。家系に憑く都市伝説の能力を利用した貢献と、各業界に食い込んでいる他家の憑き物筋同士の付き合いによる特殊な人脈の構築。このような流れがあるため、憑き物筋の人間は、仕事も世襲になっていることが多い。昌夫の見塚家は警察内で、自分たち小野家は民間企業相手に働きかけて、日々の糧を得てきた。
それはこれまでも変わらない。これが都市伝説、蛇神憑きの契約者である小野家の人間の生き方だと、久信自身もそれに不服などなかった。高校に行くのも、世間一般の生活を体験しておくことによって普通の人間社会というものを理解し、企業を相手にした時のコンセンサスを取りやすくするためだ。
自分たちは人の社会においては異物かもしれないが、決して毒物ではない。久信は自分たちをそのように考えていたし、事実、これまでの小野家もそうして生きてきた。
便利に使われるのだとしても、何かしら求められる人材であるというのは決して悪い気分ではない。このまま無難に生きていけば、そこそこの幸せを掴むことができるだろう。そんな自分の人生の中に不満があるとすれば、
修実姉……。
めったに会うことができない姉のことをちらりと考える。
いつの間にか掃除の手が止まって、目は家の門の方を向いていた。
「そろそろかな」
独り言を呟いた数分後。小野家の前に黒塗りの高級車が一台停まった。
「来た」
呟く声は僅かに弾んでいる。
今日は、二か月ぶりに姉が実家に帰ってくる日だった。
車から姉と、1人の目つきがあまりよくはない黒服の男が降りてくる。実家に帰る修実に付くお目付け役だ。久信はこれまで何人かのお目付け役の姿を見てきたが、その誰もがまっとうな職業に就いていなさそうな雰囲気をしていた。
両親の後についていろんな企業の人間に会ったことがある久信は、お目付け役と名乗る監視役の男たちから得るあまりよくはない印象を危険、と判断していた。
男に社交辞令的に挨拶すると、男は慇懃に会釈を返してくる。それらの動作がいちいち信用できず、そんな者たちに姉を任せていることに対して、不安を抱く。
「ただいま、久くん」
後部座席から降りてきた修実は、久信が男に、ひいては姉が預けられている組織全体に対して抱いている不信感を吹き飛ばすように、向こうでの暮らしも悪いものではないのではないかと思わせる笑顔で、帰郷の言葉を久信にくれた。
二か月ぶりに見る姉は、また少しと細くなり、また、疲労しているように見える。
「おかえり。……修実姉、疲れてない?」
久信にはこの一年程の間、姉が実家に帰ってくるたびに少しずつやつれていくように思われた。
いや、実際に会うたびに目に見えて弱っていく修実は、何か問題を抱えているのだろうかと思うのだが、久信がいくら訊ねても、修実は何も話してはくれなかった。
「私は疲れてなんかないわよ、久くん。それより、また蛇に家の掃除をさせているの? あんまり下品な使い方をしてはいけないって前から言っているのに」
久信は眉を上げた。
「分かるんだ」
「ふふ、私も少し、力が上がっているからね」
いたずらっぽく答える修実に吐息交じりに久信は言う。
「おみそれしました。でも、蛇に手伝わせるくらいはいいでしょ。俺自身も掃除はしてるんだし、それにこれも一つの訓練だよ」
「あまり楽ばかりしようとしてはだめよ」
「あーはいはい」
ぞんざいに答えながら久信は質問をはぐらかされた、と内心で思う。
修実は最近、蛇神憑きとしての能力がまた一段と強くなったようだ。
時間が経てば経つほどに力を強めているように思われ、いつかはその力に追いつきたいと思って力を欲している久信には、目標が遠ざかっているようで、あまり面白くはない。
「力は強くなっても体が変化できても、本体の方はあくまで生身の人間なんだから。体は大事にしてくれよ」
「うん……分かってる」
微笑んで返す修実。絶対に分かっていないと久信は思うが、あの微笑を浮かべる修実にはこれ以上何をつっこんでも望んだ返答を得ることはできないだろう。
それにしても……。
姉は年をとるごとにどんどん綺麗になっている。疲労が浮かんでいる今ですら、むしろそのやつれた感じが彼女の美しさを引き立たせているようにすら感じる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
久信は、自分の中で、自分自身の内心がはっきりと把握できてきていた。姉のことが気になってしかたないのだ。彼女が持っている力に嫉妬しているというのともまた違う。
純粋に相手を心配していてもつい思考が別にずれてしまい、不必要と分かっていても、相手の全てに関心を向けないではいられない気持ちや、徐々に変わっていく相手に対するわずかな苛立ち。
自分があずかり知らないところで姉が変化していくのを見るのが悔しいと思っているということなのだろう。
そういう風に姉を認識していると認めるのは照れを感じる。
これ以降、高校を卒業してあの事件が起こるまでの間、嫉妬や羨望を感じたこともあるが、結局のところ、久信は幼い頃からずっと変わることなく、ずっと姉のことを好いていた。
姉を好いているというのも、普通の学校に通っていた当時の久信には常識的におかしいということは分かってはいた。が、それも高校生活も半分を過ぎて、自分の中のもやもやした気持ちの正体を認められるようになるころには、憑き物筋の家は血を濃く保つことを推奨されていることもあって、好意を素直に姉へと向けられるようになりつつある、この当時はそんなふうに気持ちが移行していく途中だった。
「じゃあ、私、お父さんとお母さんに挨拶してくるね」
ただじっと見つめて何か言いたそうにしている弟の様子に首を傾げながら、修実は母屋に向かって歩き出した。この後の家族の情景を想像して、久信は複雑な気分になる。
久信と修実の両親は一族の中で抜きんでた力を持った娘にどのように接したらよいのかわからないようで、彼女の事を都市伝説に愛された子と呼んでは基本的に接触を避け、仮に接触の機会を得たとしても、ぎこちない対応になってしまうことが常だった。
邪険にしているとかではなく、ただ単にぎこちないとしか言いようのない状態になってしまうのは、両親の根底に自分たちで娘の力を制御することができずに、里子に出して家の中から追放する形をとる事でしか彼女を生き延びさせることができなかった事に対する負い目もあるのだろう。
大きすぎる、そして制御が利かない力を持っていて、それが家族にとっていつ爆発するとも分からない爆弾であり、そしてまた、里子に出されて訓練の機会に恵まれなければ自分の命が危なかったということを理解している修実は折に触れて「気にしなくてもいいのに」と漏らしている。
それでも両親はぎこちないままだ。
姉も両親も互いに負い目を感じていて、そしてお互いが相手を慮ることができるからこそ、ここまでこじれてしまえば、もう普通の親子の関係を再構成することはできないのではないのかと諦め交じりに久信は思っていた。
全部、一人だけ飛び抜けてしまった力のせいだ。
大きな力を持ちすぎた姉は、家族の中で生きていくことができずに孤立して、今も家に居ることができない。里子の先での生活を、姉は多くを語ってはくれない。
山奥の組織で訓練を受けているということ。そしてその組織の中で仕事ももらっているらしいことは聞いたことがあるが、詳しいことはいくら訊いてもやはり微笑ってはぐらかされるだけだ。
少しずつ疲弊していく姉を見るに、もしかしたら危ないことをさせられているのかもしれない。
言ってくれれば手伝いにだって行くのに。
姉が自分のことを久信に話してくれないのは、久信の力が足りないからだろう。
久信に姉が信頼して厄介ごとを押し付ける事ができるだけの力があれば、きっと姉は久信を頼ってくれて、
そして独りにならずにすんだんだ……。
久信が自分自身に対して不満があるとしたら、力がないこと。その一点だった。
力を付けて、いつか姉を独りにしないでよくなるようになりたい。
母屋に向かう姉を追いかけながら、久信は強く思った。
久信がまだ中学三年だったある日、久信は実家の庭の掃除をしていた。
当時、久信は地元の公立高校へ行くために受験の準備をしている、そんな時期だった。
この頃になると、都市伝説と人間の違いや、都市伝説契約者が一般の人々の間で生きていくことの難しさなどもなんとなく分かってきて、自分と同じように、家系そのものが都市伝説と契約している友人の昌夫が中学卒業と同時に警察の裏部署へ行こうとしていることなどを含めて、自分の将来、などという曖昧模糊としたものもぼんやりと形を成してきたような気がする。そんな時期だった。
とは言っても、久信が将来やることはここ数代前と変わらずに、どこぞの企業相手の拝み屋や、便利屋なのだろうと本人も、そして周囲の一族も考えていた。
憑き物筋は血筋に憑く都市伝説の能力を使って長い間、この世界の中でそれなりに良い地位を得てきた。家系に憑く都市伝説の能力を利用した貢献と、各業界に食い込んでいる他家の憑き物筋同士の付き合いによる特殊な人脈の構築。このような流れがあるため、憑き物筋の人間は、仕事も世襲になっていることが多い。昌夫の見塚家は警察内で、自分たち小野家は民間企業相手に働きかけて、日々の糧を得てきた。
それはこれまでも変わらない。これが都市伝説、蛇神憑きの契約者である小野家の人間の生き方だと、久信自身もそれに不服などなかった。高校に行くのも、世間一般の生活を体験しておくことによって普通の人間社会というものを理解し、企業を相手にした時のコンセンサスを取りやすくするためだ。
自分たちは人の社会においては異物かもしれないが、決して毒物ではない。久信は自分たちをそのように考えていたし、事実、これまでの小野家もそうして生きてきた。
便利に使われるのだとしても、何かしら求められる人材であるというのは決して悪い気分ではない。このまま無難に生きていけば、そこそこの幸せを掴むことができるだろう。そんな自分の人生の中に不満があるとすれば、
修実姉……。
めったに会うことができない姉のことをちらりと考える。
いつの間にか掃除の手が止まって、目は家の門の方を向いていた。
「そろそろかな」
独り言を呟いた数分後。小野家の前に黒塗りの高級車が一台停まった。
「来た」
呟く声は僅かに弾んでいる。
今日は、二か月ぶりに姉が実家に帰ってくる日だった。
車から姉と、1人の目つきがあまりよくはない黒服の男が降りてくる。実家に帰る修実に付くお目付け役だ。久信はこれまで何人かのお目付け役の姿を見てきたが、その誰もがまっとうな職業に就いていなさそうな雰囲気をしていた。
両親の後についていろんな企業の人間に会ったことがある久信は、お目付け役と名乗る監視役の男たちから得るあまりよくはない印象を危険、と判断していた。
男に社交辞令的に挨拶すると、男は慇懃に会釈を返してくる。それらの動作がいちいち信用できず、そんな者たちに姉を任せていることに対して、不安を抱く。
「ただいま、久くん」
後部座席から降りてきた修実は、久信が男に、ひいては姉が預けられている組織全体に対して抱いている不信感を吹き飛ばすように、向こうでの暮らしも悪いものではないのではないかと思わせる笑顔で、帰郷の言葉を久信にくれた。
二か月ぶりに見る姉は、また少しと細くなり、また、疲労しているように見える。
「おかえり。……修実姉、疲れてない?」
久信にはこの一年程の間、姉が実家に帰ってくるたびに少しずつやつれていくように思われた。
いや、実際に会うたびに目に見えて弱っていく修実は、何か問題を抱えているのだろうかと思うのだが、久信がいくら訊ねても、修実は何も話してはくれなかった。
「私は疲れてなんかないわよ、久くん。それより、また蛇に家の掃除をさせているの? あんまり下品な使い方をしてはいけないって前から言っているのに」
久信は眉を上げた。
「分かるんだ」
「ふふ、私も少し、力が上がっているからね」
いたずらっぽく答える修実に吐息交じりに久信は言う。
「おみそれしました。でも、蛇に手伝わせるくらいはいいでしょ。俺自身も掃除はしてるんだし、それにこれも一つの訓練だよ」
「あまり楽ばかりしようとしてはだめよ」
「あーはいはい」
ぞんざいに答えながら久信は質問をはぐらかされた、と内心で思う。
修実は最近、蛇神憑きとしての能力がまた一段と強くなったようだ。
時間が経てば経つほどに力を強めているように思われ、いつかはその力に追いつきたいと思って力を欲している久信には、目標が遠ざかっているようで、あまり面白くはない。
「力は強くなっても体が変化できても、本体の方はあくまで生身の人間なんだから。体は大事にしてくれよ」
「うん……分かってる」
微笑んで返す修実。絶対に分かっていないと久信は思うが、あの微笑を浮かべる修実にはこれ以上何をつっこんでも望んだ返答を得ることはできないだろう。
それにしても……。
姉は年をとるごとにどんどん綺麗になっている。疲労が浮かんでいる今ですら、むしろそのやつれた感じが彼女の美しさを引き立たせているようにすら感じる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
久信は、自分の中で、自分自身の内心がはっきりと把握できてきていた。姉のことが気になってしかたないのだ。彼女が持っている力に嫉妬しているというのともまた違う。
純粋に相手を心配していてもつい思考が別にずれてしまい、不必要と分かっていても、相手の全てに関心を向けないではいられない気持ちや、徐々に変わっていく相手に対するわずかな苛立ち。
自分があずかり知らないところで姉が変化していくのを見るのが悔しいと思っているということなのだろう。
そういう風に姉を認識していると認めるのは照れを感じる。
これ以降、高校を卒業してあの事件が起こるまでの間、嫉妬や羨望を感じたこともあるが、結局のところ、久信は幼い頃からずっと変わることなく、ずっと姉のことを好いていた。
姉を好いているというのも、普通の学校に通っていた当時の久信には常識的におかしいということは分かってはいた。が、それも高校生活も半分を過ぎて、自分の中のもやもやした気持ちの正体を認められるようになるころには、憑き物筋の家は血を濃く保つことを推奨されていることもあって、好意を素直に姉へと向けられるようになりつつある、この当時はそんなふうに気持ちが移行していく途中だった。
「じゃあ、私、お父さんとお母さんに挨拶してくるね」
ただじっと見つめて何か言いたそうにしている弟の様子に首を傾げながら、修実は母屋に向かって歩き出した。この後の家族の情景を想像して、久信は複雑な気分になる。
久信と修実の両親は一族の中で抜きんでた力を持った娘にどのように接したらよいのかわからないようで、彼女の事を都市伝説に愛された子と呼んでは基本的に接触を避け、仮に接触の機会を得たとしても、ぎこちない対応になってしまうことが常だった。
邪険にしているとかではなく、ただ単にぎこちないとしか言いようのない状態になってしまうのは、両親の根底に自分たちで娘の力を制御することができずに、里子に出して家の中から追放する形をとる事でしか彼女を生き延びさせることができなかった事に対する負い目もあるのだろう。
大きすぎる、そして制御が利かない力を持っていて、それが家族にとっていつ爆発するとも分からない爆弾であり、そしてまた、里子に出されて訓練の機会に恵まれなければ自分の命が危なかったということを理解している修実は折に触れて「気にしなくてもいいのに」と漏らしている。
それでも両親はぎこちないままだ。
姉も両親も互いに負い目を感じていて、そしてお互いが相手を慮ることができるからこそ、ここまでこじれてしまえば、もう普通の親子の関係を再構成することはできないのではないのかと諦め交じりに久信は思っていた。
全部、一人だけ飛び抜けてしまった力のせいだ。
大きな力を持ちすぎた姉は、家族の中で生きていくことができずに孤立して、今も家に居ることができない。里子の先での生活を、姉は多くを語ってはくれない。
山奥の組織で訓練を受けているということ。そしてその組織の中で仕事ももらっているらしいことは聞いたことがあるが、詳しいことはいくら訊いてもやはり微笑ってはぐらかされるだけだ。
少しずつ疲弊していく姉を見るに、もしかしたら危ないことをさせられているのかもしれない。
言ってくれれば手伝いにだって行くのに。
姉が自分のことを久信に話してくれないのは、久信の力が足りないからだろう。
久信に姉が信頼して厄介ごとを押し付ける事ができるだけの力があれば、きっと姉は久信を頼ってくれて、
そして独りにならずにすんだんだ……。
久信が自分自身に対して不満があるとしたら、力がないこと。その一点だった。
力を付けて、いつか姉を独りにしないでよくなるようになりたい。
母屋に向かう姉を追いかけながら、久信は強く思った。
@
久信は窓から差し込む光を顔に浴びて、目を覚ました。
ああ、昔の夢を見たな……。
体を起こしながら思う。あの日以降、姉が実家に帰ってくる頻度は更に下がってしまった。おそらく、組織から回される仕事に忙殺されていたのだろう。暗殺を行う一方で、組織のお膝元の町を守る任務もあったという話だから、優しい修実はうかつに町を離れることができなかったのだ。町に拘束することで、組織の秘密が外部に漏れないよう、体よく利用されていたのだろう。
「今なら、分かるんだ」
組織が修実にやらせていた仕事も、それをこなしていくうちに姉が肉体的にも精神的にも参っていたことも、姉が向こうでの生活を詳しく語れなかったのは、あの監視役に強く言い含められていたからだということも、終わってしまった今ならば、分かる。
そして、それらは全て、久信に修実から頼られるだけの力があれば、何とかなったかもしれないことだった。
「力が欲しい」
全てを失う寸前で、何とか拾い集めることができた大切なものを今度こそ離してしまわないように、
「さしあたってはこのピンチを乗り越えたいんだけど……」
窓からコンコン、と小さな音がする。
窓を開けると、一匹の蛇と犬がいた。
「お、どうだ? 何か見つかった?」
訊ねると、犬と蛇のコンビは仲良く首を左右に振った。犬の首から伸びている蛇がシュールだ。
「わ、かわいい」
いつの間にか起きていた修実が歓声を上げる。犬と蛇のとりあわせは修実には受けがいいようで、なによりだ。
そんなことを思っていると、敷地内にもう一匹、蛇がやってきた。
町の西方面にある工場の辺りを探してもらっている蛇の内の一匹だ。
「どう? 見つかった?」
訊ねると、蛇はこちらもまた首を左右に振った。
「駄目か……」
「でも、この仔たちの捜索範囲は少しずつ狭めているんだよね?」
「蛇の皆で全体を囲んで少しずつ包囲の輪を狭めていく感じで探してもらってるよ」
こちらは久信の本命ということもありかなり力を入れて探してもらっている。時間はかかるんだろうが、一度完成された包囲網は蛇を殺せばそれだけで判明するし、抜けようとしても圧倒的な数がそれを許さない。悟られずに崩すのは不可能だ。故に、
あと少し……かな。
犬と蛇を相手に戯れている姉を見る。今はこんなところで、いつ破局を迎えるかわからない生活しかできない。しかし、
そう遠くない未来に修実が本当に安心して笑って生活できるようにしてやる。
日が昇って来た。今日も、ひたすら耐える日になりそうだった。
ああ、昔の夢を見たな……。
体を起こしながら思う。あの日以降、姉が実家に帰ってくる頻度は更に下がってしまった。おそらく、組織から回される仕事に忙殺されていたのだろう。暗殺を行う一方で、組織のお膝元の町を守る任務もあったという話だから、優しい修実はうかつに町を離れることができなかったのだ。町に拘束することで、組織の秘密が外部に漏れないよう、体よく利用されていたのだろう。
「今なら、分かるんだ」
組織が修実にやらせていた仕事も、それをこなしていくうちに姉が肉体的にも精神的にも参っていたことも、姉が向こうでの生活を詳しく語れなかったのは、あの監視役に強く言い含められていたからだということも、終わってしまった今ならば、分かる。
そして、それらは全て、久信に修実から頼られるだけの力があれば、何とかなったかもしれないことだった。
「力が欲しい」
全てを失う寸前で、何とか拾い集めることができた大切なものを今度こそ離してしまわないように、
「さしあたってはこのピンチを乗り越えたいんだけど……」
窓からコンコン、と小さな音がする。
窓を開けると、一匹の蛇と犬がいた。
「お、どうだ? 何か見つかった?」
訊ねると、犬と蛇のコンビは仲良く首を左右に振った。犬の首から伸びている蛇がシュールだ。
「わ、かわいい」
いつの間にか起きていた修実が歓声を上げる。犬と蛇のとりあわせは修実には受けがいいようで、なによりだ。
そんなことを思っていると、敷地内にもう一匹、蛇がやってきた。
町の西方面にある工場の辺りを探してもらっている蛇の内の一匹だ。
「どう? 見つかった?」
訊ねると、蛇はこちらもまた首を左右に振った。
「駄目か……」
「でも、この仔たちの捜索範囲は少しずつ狭めているんだよね?」
「蛇の皆で全体を囲んで少しずつ包囲の輪を狭めていく感じで探してもらってるよ」
こちらは久信の本命ということもありかなり力を入れて探してもらっている。時間はかかるんだろうが、一度完成された包囲網は蛇を殺せばそれだけで判明するし、抜けようとしても圧倒的な数がそれを許さない。悟られずに崩すのは不可能だ。故に、
あと少し……かな。
犬と蛇を相手に戯れている姉を見る。今はこんなところで、いつ破局を迎えるかわからない生活しかできない。しかし、
そう遠くない未来に修実が本当に安心して笑って生活できるようにしてやる。
日が昇って来た。今日も、ひたすら耐える日になりそうだった。