郭正吾が持っていた長物は、修実の腕だった。
他の三つの長物も全て修実の腕と脚だろう。
地面に転がっている腕を見せつけられ、理解が及ぶに至って、久信は組織も何もかも失った郭正吾に対して何故体裁を整えた船が迎えに来たのかが理解できた。
……奴らにとってあの野郎はまだ上客なわけだ。
郭正吾は自分の迎えの代価として、修実の腕と脚を売り渡すつもりだったのだろう。
今目の前にある修実の腕には蛇の鱗が浮かんでいる。おそらく、能力を発動している時に切断され、そのまま持っていかれたものだ。
この腕は、元々が強力な契約者である修実の能力で変化させた人体の一部であり、また、修実は代々蛇神憑きという都市伝説を受け継ぐ一族の末裔だ。
個人ではなく、血筋として契約が継続している都市伝説とその能力者の貴重なサンプルとしての価値も持っている。
「船賃どころかその後の生活の支度金にはなるんじゃないか? 腹が立つ」
「私の腕……こんなところにあったんだね」
毒づく久信の背で修実がしょうがない、といった口調で呟く。
腕も脚も、既に修実とは完全に切り離されてしまっている。それに、事件から数週間経っているにもかかわらず、転がっている腕には傷みが見られない。その様子からすると、都市伝説か薬品かでなんらかの防腐処理が施されている可能性が高い。
このような状態になってしまっては、再びくっつけてはいおしまい。というわけにはいかない。
もう二度とこの四肢は修実の体の一部として機能することはなくなった。
「……あとで だび に ふそう」
「そうね。しっかり焼いてくれると私は嬉しいわ」
犬の提案に頷き、今はこれ以上この腕の感傷に時間を割くわけにはいかないとばかりに、修実は久信を促す。
「さあ、行きましょう。ここで郭さんを捕まえないと、昌夫くんとの連携が取れているところ以外の警察も呼んでしまった以上、もう私たちも後はないのだから」
「そうだな」
船からは叫び声が聞こえてくる。完全な奇襲を仕掛けた形だ。密輸船ならば多少の装備はあるだろうが、こちら側の攻撃が相手の不意をついた形であること。そして船の狭い通路で相手は蛇の対処しなければならないという状況は次々と侵入していく蛇たちにとって有利に働くだろう。久信の気持ちが荒れているため這い進んで行く蛇たちも攻撃的だ。このまま放っておけば足止めくらいは十分出来る。止めは警察なり幽霊船を見つけた他の組織の奴にでも任せておけばいい。
一方で、郭正吾が居るクラブからは不気味な沈黙しか返ってこなかった。
「先に行ってもらってた仔たちはもう全滅してる……」
「あれだけ おくりこんだ へび がか?」
周囲の状況を確認していた修実が険のある表情で言う。
「郭さん本人も契約者で、相当強いわ。硬化した私の腕を切ったのはあの人だから」
「もっと くわしく やつ の のうりょく は わからないのか?」
久信も依然した問いだ。吉井は当時と同じように首を横に振って、
「その時、私は手足を切られたばかりで頭の中がぐちゃぐちゃになってたから分からないの」
「……すまない」
犬が失言を認めて俯いた。
「ごめんね。肝心なところが分からなくて」
苦笑気味に言う修実の後を引き継ぐ形で久信が続ける。
「それでも分かってることはある」
それは、
「郭の主な武器は、硬化した修実の手足を切断するだけの力。それに強力な結界を張ることができる能力。能力の規模自体も大きいから、たぶん蛇を送り込むだけじゃ――」
口にする間に新たに送り込んだ蛇が殺されたのだろう。修実が小さく「蛇が……」と呟く。
「やっぱり、蛇だけじゃ形成は不利か」
クラブ跡の、暗く狭い場所で蛇の群れによるほぼ全方位からの攻撃を受けても対処できるということは、たいていの状況では、蛇を送り込んだだけでは郭正吾は倒せないということだ。
……せめて郭正吾をこのまま建物の中に押し込めることができればいいんだけど。
郭正吾は結界を張る事ができる。このままでは蛇が途切れた隙をついて自分と蛇たちを分断する結界を張って、あのクラブ跡から脱出してしまうのかもしれない。
建物の壁。という障害物は修実の手足を切断できるだけの膂力があるのならば障害物たりえない。
「やっぱり、直接行って足止めかけるしかないか」
気合を入れるように言って、久信はクラブ跡の窓枠に足をかけた。
「ひさ」
犬が半ば分かっている口調で咎めてきた。
だから、久信も分かれ。という口調で言う。
「蛇じゃ郭正吾は止められない」
「だからって おまえ が ちょくせつ いって なにが できる」
犬が言うように久信の能力は直に相手に向き合って行う戦闘には向いていない。
「おれたち が つく まで もうすこし だ それまで」
「だめだ。このままだと逃げられる。俺が足を止めてくる」
蛇製造器である自分が近づけば、量で郭正吾を足止めできるだろうと判断して、久信は窓枠の奥、建物内に侵入した。
クラブ跡の中に侵入した久信は窓の外に向き直ると、地面に蛇を絨毯のように敷き詰めた。その上に修実を置こうと背に声をかける。
「修実姉、少しの間、ここで待っててくれ」
「嫌よ。久くん」
即答で拒否し、修実は続ける。
「久くんが行くなら、私も一緒に連れて行って」
「でも……」
「私は足手まといにはならないわ。それに、郭さんには私も言いたいことがあるの」
相手の能力がわからない以上、姉を連れて危険地帯に行くのは出来るだけ避けたい。
だが、と打消しの言葉を思い、久信は頷いた。
「……わかった」
今の修実は集団で襲われて敗北した時とは状況が大いに違う。
おそらく、今の姉ならば町ぐるみで襲われたところで退けることもできるだろうし、彼女を伴えば、久信1人で行くよりもはるかに生存確率は上がる。
足止めだけじゃなく、捕縛もできるかもしれない。
「行こう、修実姉」
「ええ」
頷き合って、窓枠の向こうに消えていく姉弟に、犬が声を投げる。
「おまえら! すぐに つくからな! いいか あぶない と おもった ときは すぐに もどってこいよ!」
犬は背を向け、蛇の間を抜けて走っていく。仲間を迎えに行くんだろう。
「また、心配ばっかりかけてるね」
どうしてこうなってしまうのかと困惑した調子で修実が言い、久信は心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「苦労性の星の下に生まれたとしか思えないな」
「たしかにそうかもしれないわ……」
言う間にも、蛇を這わせ続け、久信はクラブの奥に侵入する。部屋の中は光源もなく、打ち捨てられた椅子やテーブルの向こうが廊下に続いていた。
蛇に先導を任せ、久信は郭に逃げられないうちに姿を見つけ出そうと急いた調子で足を踏み出して、廊下へ抜ける。
その瞬間。
――クラブ跡全体が結界に包み込まれた。
他の三つの長物も全て修実の腕と脚だろう。
地面に転がっている腕を見せつけられ、理解が及ぶに至って、久信は組織も何もかも失った郭正吾に対して何故体裁を整えた船が迎えに来たのかが理解できた。
……奴らにとってあの野郎はまだ上客なわけだ。
郭正吾は自分の迎えの代価として、修実の腕と脚を売り渡すつもりだったのだろう。
今目の前にある修実の腕には蛇の鱗が浮かんでいる。おそらく、能力を発動している時に切断され、そのまま持っていかれたものだ。
この腕は、元々が強力な契約者である修実の能力で変化させた人体の一部であり、また、修実は代々蛇神憑きという都市伝説を受け継ぐ一族の末裔だ。
個人ではなく、血筋として契約が継続している都市伝説とその能力者の貴重なサンプルとしての価値も持っている。
「船賃どころかその後の生活の支度金にはなるんじゃないか? 腹が立つ」
「私の腕……こんなところにあったんだね」
毒づく久信の背で修実がしょうがない、といった口調で呟く。
腕も脚も、既に修実とは完全に切り離されてしまっている。それに、事件から数週間経っているにもかかわらず、転がっている腕には傷みが見られない。その様子からすると、都市伝説か薬品かでなんらかの防腐処理が施されている可能性が高い。
このような状態になってしまっては、再びくっつけてはいおしまい。というわけにはいかない。
もう二度とこの四肢は修実の体の一部として機能することはなくなった。
「……あとで だび に ふそう」
「そうね。しっかり焼いてくれると私は嬉しいわ」
犬の提案に頷き、今はこれ以上この腕の感傷に時間を割くわけにはいかないとばかりに、修実は久信を促す。
「さあ、行きましょう。ここで郭さんを捕まえないと、昌夫くんとの連携が取れているところ以外の警察も呼んでしまった以上、もう私たちも後はないのだから」
「そうだな」
船からは叫び声が聞こえてくる。完全な奇襲を仕掛けた形だ。密輸船ならば多少の装備はあるだろうが、こちら側の攻撃が相手の不意をついた形であること。そして船の狭い通路で相手は蛇の対処しなければならないという状況は次々と侵入していく蛇たちにとって有利に働くだろう。久信の気持ちが荒れているため這い進んで行く蛇たちも攻撃的だ。このまま放っておけば足止めくらいは十分出来る。止めは警察なり幽霊船を見つけた他の組織の奴にでも任せておけばいい。
一方で、郭正吾が居るクラブからは不気味な沈黙しか返ってこなかった。
「先に行ってもらってた仔たちはもう全滅してる……」
「あれだけ おくりこんだ へび がか?」
周囲の状況を確認していた修実が険のある表情で言う。
「郭さん本人も契約者で、相当強いわ。硬化した私の腕を切ったのはあの人だから」
「もっと くわしく やつ の のうりょく は わからないのか?」
久信も依然した問いだ。吉井は当時と同じように首を横に振って、
「その時、私は手足を切られたばかりで頭の中がぐちゃぐちゃになってたから分からないの」
「……すまない」
犬が失言を認めて俯いた。
「ごめんね。肝心なところが分からなくて」
苦笑気味に言う修実の後を引き継ぐ形で久信が続ける。
「それでも分かってることはある」
それは、
「郭の主な武器は、硬化した修実の手足を切断するだけの力。それに強力な結界を張ることができる能力。能力の規模自体も大きいから、たぶん蛇を送り込むだけじゃ――」
口にする間に新たに送り込んだ蛇が殺されたのだろう。修実が小さく「蛇が……」と呟く。
「やっぱり、蛇だけじゃ形成は不利か」
クラブ跡の、暗く狭い場所で蛇の群れによるほぼ全方位からの攻撃を受けても対処できるということは、たいていの状況では、蛇を送り込んだだけでは郭正吾は倒せないということだ。
……せめて郭正吾をこのまま建物の中に押し込めることができればいいんだけど。
郭正吾は結界を張る事ができる。このままでは蛇が途切れた隙をついて自分と蛇たちを分断する結界を張って、あのクラブ跡から脱出してしまうのかもしれない。
建物の壁。という障害物は修実の手足を切断できるだけの膂力があるのならば障害物たりえない。
「やっぱり、直接行って足止めかけるしかないか」
気合を入れるように言って、久信はクラブ跡の窓枠に足をかけた。
「ひさ」
犬が半ば分かっている口調で咎めてきた。
だから、久信も分かれ。という口調で言う。
「蛇じゃ郭正吾は止められない」
「だからって おまえ が ちょくせつ いって なにが できる」
犬が言うように久信の能力は直に相手に向き合って行う戦闘には向いていない。
「おれたち が つく まで もうすこし だ それまで」
「だめだ。このままだと逃げられる。俺が足を止めてくる」
蛇製造器である自分が近づけば、量で郭正吾を足止めできるだろうと判断して、久信は窓枠の奥、建物内に侵入した。
クラブ跡の中に侵入した久信は窓の外に向き直ると、地面に蛇を絨毯のように敷き詰めた。その上に修実を置こうと背に声をかける。
「修実姉、少しの間、ここで待っててくれ」
「嫌よ。久くん」
即答で拒否し、修実は続ける。
「久くんが行くなら、私も一緒に連れて行って」
「でも……」
「私は足手まといにはならないわ。それに、郭さんには私も言いたいことがあるの」
相手の能力がわからない以上、姉を連れて危険地帯に行くのは出来るだけ避けたい。
だが、と打消しの言葉を思い、久信は頷いた。
「……わかった」
今の修実は集団で襲われて敗北した時とは状況が大いに違う。
おそらく、今の姉ならば町ぐるみで襲われたところで退けることもできるだろうし、彼女を伴えば、久信1人で行くよりもはるかに生存確率は上がる。
足止めだけじゃなく、捕縛もできるかもしれない。
「行こう、修実姉」
「ええ」
頷き合って、窓枠の向こうに消えていく姉弟に、犬が声を投げる。
「おまえら! すぐに つくからな! いいか あぶない と おもった ときは すぐに もどってこいよ!」
犬は背を向け、蛇の間を抜けて走っていく。仲間を迎えに行くんだろう。
「また、心配ばっかりかけてるね」
どうしてこうなってしまうのかと困惑した調子で修実が言い、久信は心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「苦労性の星の下に生まれたとしか思えないな」
「たしかにそうかもしれないわ……」
言う間にも、蛇を這わせ続け、久信はクラブの奥に侵入する。部屋の中は光源もなく、打ち捨てられた椅子やテーブルの向こうが廊下に続いていた。
蛇に先導を任せ、久信は郭に逃げられないうちに姿を見つけ出そうと急いた調子で足を踏み出して、廊下へ抜ける。
その瞬間。
――クラブ跡全体が結界に包み込まれた。