久信を切断しようとしていた手斧の一撃が、鱗が浮かんだ女性の手によって止められた。
「なんだと?!」
一方的に攻撃を加えていた郭は、自分の一撃が止められるとは予期していなかったのだろう。驚いた顔で止められた手斧を眺めている。そして、そんな彼を更に驚愕させる事態が起きた。
斧を押しとどめている二本の腕、それに続いて更に二本の腕が伸びて、手斧の柄の部分を掴んだのだ。
それだけではなかった。
追加で、更にもう二本の腕が、今度は未だ手斧に狙われている久信の体を掴んで、彼の体を腕の主の元へと引き寄せた。
郭の結界を破壊し、また彼の武器を封じて久信を引き寄せた腕の数は都合三対、六本だった。
そして、それらの腕の主は、
「なんだ、それは……?」
「一体何だと思います?……郭さん?」
小野修実だった。
「なんだと?!」
一方的に攻撃を加えていた郭は、自分の一撃が止められるとは予期していなかったのだろう。驚いた顔で止められた手斧を眺めている。そして、そんな彼を更に驚愕させる事態が起きた。
斧を押しとどめている二本の腕、それに続いて更に二本の腕が伸びて、手斧の柄の部分を掴んだのだ。
それだけではなかった。
追加で、更にもう二本の腕が、今度は未だ手斧に狙われている久信の体を掴んで、彼の体を腕の主の元へと引き寄せた。
郭の結界を破壊し、また彼の武器を封じて久信を引き寄せた腕の数は都合三対、六本だった。
そして、それらの腕の主は、
「なんだ、それは……?」
「一体何だと思います?……郭さん?」
小野修実だった。
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修実のもとに引き寄せられた久信は、驚きで動きを止めている郭を見て、まあ、そういう反応になるだろうと内心で頷く。
今、郭の前には、先程までダルマ状態で失われていたはずの腕を肩から六本も生やした修実の姿があるはずなのだから。
郭の口が再び「何だ?」と動く。それに被せるように、修実が告げる。
「郭さん。私、あの封印の中で、たくさんの呪いを受けたんです」
「呪いだと?」
郭は何を言っているのかいまいち分からない、といった様子で掴まれている手斧から手を離して、新たな手斧を抜いた。
「町の連中の中には呪いに関する都市伝説の契約者はいなかったはずだ!」
修実をにらみつけて声を荒げる郭を見て、久信は確信した。
……あいつは修実姉がどうやってあの封印の中で生き残って、結果的に町を叩き潰したのかを分かっていない。
先程、郭は弟、つまり久信と一緒になって町を潰したのだろうといった感じの事を言っていた。
修実がたった1人の手で結界の中の生き物を皆殺しにしたということも、その方法も分かっていないのだ。それは同時に、今の修実の身に起こっている劇的な変化がどのような原理で起こっているのかも分かっていないということでもある。
修実は自分がどのような状況にあるのかを説明するように、言葉を連ねていく。
「郭さん。貴方が私を封印した時、貴方は私と一緒にあの時あの町にいた契約者も都市伝説も、それ以外の生き物も、それ以外の生き物も、まとめて封印しましたよね」
「それがどうした」
郭は手斧を振りかぶって、もう一度唄を口にした。かごめかごめの唄に合わせて結界が形成され、久信を二本の腕で背からしっかりと抱きしめている修実ごと閉じ込める形で、籠の結界が出現していく。
「後ろの正面――」
「あの時、あの封印の中で生きていた人も、封印が完成する前に死んでしまっていた人も、皆あの籠の中で恨みを抱いて、その矛先はまず彼らが封印されるきっかけになった半狂乱の私に対して様々な形での攻撃として集中しました」
語りながら、修実は下半身をもぞりと動かした。その動きによって、彼女の失われていたはずの下半身が――いつの間にか新たに生えた、蛇そのものの下半身が、結界を殴打して、割り砕いた。
頼みの結界を砕かれた郭は、上ずった声で修実に詰問する。
「その体はなんだ?! 女相手にはより強力になるはずのかごめかごめの結界を何故そんなに簡単に砕ける?!」
「それは、この体に呪詛が染みついているから、ですよ」
修実は退こうとしていた郭に、蛇の下半身で這いずって近づいた。地面を滑るような動きに対して郭が何らかの反応をするよりも早く、修実は郭が持つ手斧を、両腕を、両足を、胴体を。六本の腕でそれぞれ握り、そして絞める。
割れ砕けて散った結界の代わりに、外からの月の光が窓枠だけとなった窓から入ってくる。
月光に照らされてはっきりと浮かび上がった修実の姿は、人の上半身に六臂を備え、蛇の下半身を持つ異形のそれだった。
「なんだこれは! 蛇の能力は体に鱗を生やして硬化するのが精一杯だったはずだ。こんな異形の体……都市伝説に呑まれたか!?」
「いいえ」
修実は冷厳な眼差しで郭を見据え、己の罪業を詠み上げる。
「恨みと怨嗟と呪いと毒気が充満するあの閉じられた籠の中で、私は発狂しかけた頭で向かってくる全てを、生き残るために殺し尽くしたんです。
そうして私の手によって殺し尽くされた生き物の怨念は、唯一の生者であり、彼らの攻撃の標的だった私に集中して、この身を喰らおうとしました。
ですが、瀕死だった私は、これらも全て生き残るために喰らい返して利用し、失った血や体の欠損を繋ぎ止めました」
無理やり口端を曲げたような、痛々しい微笑みを浮かべて、修実は言葉を重ねる。
「そうやって、私は見苦しく、生きようとしたんです」
絞り出すように言葉を吐き出した修実の腕を久信は強く握りしめる。
力が入りすぎていた修実の体から少し力が抜け、一息と共に、彼女の言葉が続く。
「感謝します。私にはそれだけのことを為してでも、もう一度会いたいと想って、執着できる人がいたことに気付くことができたのですから」
一息。
「そして、赦しません。私の大事な人を、久くんを傷つけようとしたことを、私たちに全てを押し付けて逃げようとしたことを」
「殺した者を利用しただと……蛇神憑きに何故そんなことができる……化け物め」
「貴方の封印に巻き込まれて囚われた人たちは皆貴方のこともそう言っていましたよ」
「私が封印をしなくても、あの町の人間は独り残らずお前に殺されていただろう!」
「そうですね。あの時の私は自分の命が尽きるまで、目に映る全てを殺そうとしたでしょう。あの場で死なずにこうしてまた郭さん、貴方に相まみえることができたのは貴方の封印のおかげでもあります。その点でも私は貴方に感謝するべき、なのかもしれませんね」
「私の封印が……?」
「ええ、私がこんな体になって生き延びることができたのは貴方が形作った籠の中に出来上がった異界のおかげです」
「異界……?」
合点がいかない、といった風の郭に修実が応じる。
「蠱毒、という呪術をご存知ですか?」
「巫蠱の類だな。それがいったいなんの関係がある」
「そうですね……では蠱毒を作る方法をご存じでしょうか?」
「作り方だと……?」
呟く郭。
久信は蠱毒という呪法について簡単に概要を思い出す。
毒虫や、動物を箱に閉じ込めて、狭い空間で喰らい合わせ、最後に生き残ったモノを使って呪いを行使する呪術を蠱毒という。
「生き物を一つの閉鎖された空間に詰め込んで、殺し合わせることで作る呪詛。それが蠱毒です。
まるで私が置かされた状況のようではないですか?」
「まさか……っ」
半狂乱で蛇を這い回らせた修実と町中にはびこる蛇をまるごと封印するために展開された巨大な結界の内部は、害意を持つモノたちがひしめきあう悪意の坩堝と化していた。
その閉鎖された特殊な空間は、蠱毒というある種の異界を、町一つの規模に拡大したものとして機能した。それが、瀕死の状態であった修実を生かした絡繰りだった。
「状況を元にしてあの場で都市伝説が生まれたのか、町の住人の誰かが蠱毒の都市伝説と契約していたのかは分かりません。ですが、私は、その呪術の最後の生き残りの生物になったのです」
蠱毒によって生まれる呪いの中核は、それが犬を使ったものならば犬蠱、蛇を使ったものならば蛇蠱といい、仮に、もしも仮に人を蠱毒の呪術に使ったのであるのならば、それは人蠱といわれるものとなる。
蛇蠱として、そして人蠱として、蠱毒化した異界の内部で結実した異形の怪物。
それが、現在の小野修実の正体だった。
幽霊船の結界を吹き飛ばすことができたのも、蠱毒の強力な呪詛を利用したからに他ならない。
今の修実は、それだけの事ができる新たな力を抱えていた。
「これが今の私。
なんとしても生き残ろうと足掻いて、足掻いて、足掻いた末に全ての毒を平らげて異形と化した化け物。
蛇蠱にして人蠱でもある、蠱毒の澱――」
修実は「そうですね」と呟き、自身の今の姿をこう定義した。
「姦姦蛇螺。そう呼んでください」
今、郭の前には、先程までダルマ状態で失われていたはずの腕を肩から六本も生やした修実の姿があるはずなのだから。
郭の口が再び「何だ?」と動く。それに被せるように、修実が告げる。
「郭さん。私、あの封印の中で、たくさんの呪いを受けたんです」
「呪いだと?」
郭は何を言っているのかいまいち分からない、といった様子で掴まれている手斧から手を離して、新たな手斧を抜いた。
「町の連中の中には呪いに関する都市伝説の契約者はいなかったはずだ!」
修実をにらみつけて声を荒げる郭を見て、久信は確信した。
……あいつは修実姉がどうやってあの封印の中で生き残って、結果的に町を叩き潰したのかを分かっていない。
先程、郭は弟、つまり久信と一緒になって町を潰したのだろうといった感じの事を言っていた。
修実がたった1人の手で結界の中の生き物を皆殺しにしたということも、その方法も分かっていないのだ。それは同時に、今の修実の身に起こっている劇的な変化がどのような原理で起こっているのかも分かっていないということでもある。
修実は自分がどのような状況にあるのかを説明するように、言葉を連ねていく。
「郭さん。貴方が私を封印した時、貴方は私と一緒にあの時あの町にいた契約者も都市伝説も、それ以外の生き物も、それ以外の生き物も、まとめて封印しましたよね」
「それがどうした」
郭は手斧を振りかぶって、もう一度唄を口にした。かごめかごめの唄に合わせて結界が形成され、久信を二本の腕で背からしっかりと抱きしめている修実ごと閉じ込める形で、籠の結界が出現していく。
「後ろの正面――」
「あの時、あの封印の中で生きていた人も、封印が完成する前に死んでしまっていた人も、皆あの籠の中で恨みを抱いて、その矛先はまず彼らが封印されるきっかけになった半狂乱の私に対して様々な形での攻撃として集中しました」
語りながら、修実は下半身をもぞりと動かした。その動きによって、彼女の失われていたはずの下半身が――いつの間にか新たに生えた、蛇そのものの下半身が、結界を殴打して、割り砕いた。
頼みの結界を砕かれた郭は、上ずった声で修実に詰問する。
「その体はなんだ?! 女相手にはより強力になるはずのかごめかごめの結界を何故そんなに簡単に砕ける?!」
「それは、この体に呪詛が染みついているから、ですよ」
修実は退こうとしていた郭に、蛇の下半身で這いずって近づいた。地面を滑るような動きに対して郭が何らかの反応をするよりも早く、修実は郭が持つ手斧を、両腕を、両足を、胴体を。六本の腕でそれぞれ握り、そして絞める。
割れ砕けて散った結界の代わりに、外からの月の光が窓枠だけとなった窓から入ってくる。
月光に照らされてはっきりと浮かび上がった修実の姿は、人の上半身に六臂を備え、蛇の下半身を持つ異形のそれだった。
「なんだこれは! 蛇の能力は体に鱗を生やして硬化するのが精一杯だったはずだ。こんな異形の体……都市伝説に呑まれたか!?」
「いいえ」
修実は冷厳な眼差しで郭を見据え、己の罪業を詠み上げる。
「恨みと怨嗟と呪いと毒気が充満するあの閉じられた籠の中で、私は発狂しかけた頭で向かってくる全てを、生き残るために殺し尽くしたんです。
そうして私の手によって殺し尽くされた生き物の怨念は、唯一の生者であり、彼らの攻撃の標的だった私に集中して、この身を喰らおうとしました。
ですが、瀕死だった私は、これらも全て生き残るために喰らい返して利用し、失った血や体の欠損を繋ぎ止めました」
無理やり口端を曲げたような、痛々しい微笑みを浮かべて、修実は言葉を重ねる。
「そうやって、私は見苦しく、生きようとしたんです」
絞り出すように言葉を吐き出した修実の腕を久信は強く握りしめる。
力が入りすぎていた修実の体から少し力が抜け、一息と共に、彼女の言葉が続く。
「感謝します。私にはそれだけのことを為してでも、もう一度会いたいと想って、執着できる人がいたことに気付くことができたのですから」
一息。
「そして、赦しません。私の大事な人を、久くんを傷つけようとしたことを、私たちに全てを押し付けて逃げようとしたことを」
「殺した者を利用しただと……蛇神憑きに何故そんなことができる……化け物め」
「貴方の封印に巻き込まれて囚われた人たちは皆貴方のこともそう言っていましたよ」
「私が封印をしなくても、あの町の人間は独り残らずお前に殺されていただろう!」
「そうですね。あの時の私は自分の命が尽きるまで、目に映る全てを殺そうとしたでしょう。あの場で死なずにこうしてまた郭さん、貴方に相まみえることができたのは貴方の封印のおかげでもあります。その点でも私は貴方に感謝するべき、なのかもしれませんね」
「私の封印が……?」
「ええ、私がこんな体になって生き延びることができたのは貴方が形作った籠の中に出来上がった異界のおかげです」
「異界……?」
合点がいかない、といった風の郭に修実が応じる。
「蠱毒、という呪術をご存知ですか?」
「巫蠱の類だな。それがいったいなんの関係がある」
「そうですね……では蠱毒を作る方法をご存じでしょうか?」
「作り方だと……?」
呟く郭。
久信は蠱毒という呪法について簡単に概要を思い出す。
毒虫や、動物を箱に閉じ込めて、狭い空間で喰らい合わせ、最後に生き残ったモノを使って呪いを行使する呪術を蠱毒という。
「生き物を一つの閉鎖された空間に詰め込んで、殺し合わせることで作る呪詛。それが蠱毒です。
まるで私が置かされた状況のようではないですか?」
「まさか……っ」
半狂乱で蛇を這い回らせた修実と町中にはびこる蛇をまるごと封印するために展開された巨大な結界の内部は、害意を持つモノたちがひしめきあう悪意の坩堝と化していた。
その閉鎖された特殊な空間は、蠱毒というある種の異界を、町一つの規模に拡大したものとして機能した。それが、瀕死の状態であった修実を生かした絡繰りだった。
「状況を元にしてあの場で都市伝説が生まれたのか、町の住人の誰かが蠱毒の都市伝説と契約していたのかは分かりません。ですが、私は、その呪術の最後の生き残りの生物になったのです」
蠱毒によって生まれる呪いの中核は、それが犬を使ったものならば犬蠱、蛇を使ったものならば蛇蠱といい、仮に、もしも仮に人を蠱毒の呪術に使ったのであるのならば、それは人蠱といわれるものとなる。
蛇蠱として、そして人蠱として、蠱毒化した異界の内部で結実した異形の怪物。
それが、現在の小野修実の正体だった。
幽霊船の結界を吹き飛ばすことができたのも、蠱毒の強力な呪詛を利用したからに他ならない。
今の修実は、それだけの事ができる新たな力を抱えていた。
「これが今の私。
なんとしても生き残ろうと足掻いて、足掻いて、足掻いた末に全ての毒を平らげて異形と化した化け物。
蛇蠱にして人蠱でもある、蠱毒の澱――」
修実は「そうですね」と呟き、自身の今の姿をこう定義した。
「姦姦蛇螺。そう呼んでください」