修実を諦めろと言わんばかりの昌夫の言葉を受けて、久信は押し黙った。
制御することができない程の大きな力を不安定なままで自分の中に収めている修実の傍にいるのは、誰であろうと危険。
たしかに、蠱毒を制御できない修実は、毒を再現なく吐き出す危険な存在だ。また、気を抜くと瘴気が漏れ出すというのも、程度によるが、久信が目覚めるまでの時間すら待っていなかったことを考えると、一時たりとも気を抜くことができない――つまり、睡眠も急速すらもとれなくない程切迫しているということだろう。
そうなれば、そう遠くない未来。遅くとも数日後には、修実は蠱毒の制御どころか自分の生命の維持すらも難しくなる。
そして、修実が衰弱すれば、蠱毒は修実を飲む込みにかかる。
蠱毒に飲み込まれて瘴気ををまき散らすだけの化け物になれば、修実は――修実であっただけのモノになったそれは、討伐対象として滅されるしかなく、蠱毒に乗っ取られずに修実が修実であることを貫くには、自分で自分を決着するしかない。
結局のところ、修実には生き残る道はない。そして、選べる数少ない道の中からならば、修実は迷わず自決する道を選ぶ。その程度には久信は修実を理解している。今こうして彼女が出て行ったのも、自分の死に場所を見定めるためだろう。
それが分かるから、久信は奥歯を強く噛んだ。
また同じだ、と久信は思う。
諦めろ。
過去、修実が実家から里子に出される時、小野の一族は、久信と、そして彼らの両親を納得させるためにあらゆる理由を付けて、諦めを強要してきた。
結果として、家族では誰も修実を救うことはできず、修実は生まれ持った力のせいで実家を追放されることになった。
新しい居場所でやっと自分の力を御せるようになっても、その場所で裏切りを受けて独りを体験する羽目になって、そんなボロボロの修実がやっと再開できた久信に対しても、今度は体内に憑りついた蠱毒が彼女の居場所を奪い去る。
……また同じだ。
姉が遠くに離れて行ってしまう。
何とかしようにも、今の久信では修実の体内にある蠱毒をどうこうすることはできないし、修実から溢れる瘴気は、久信を毒するには十分すぎる。
……あの毒を凌駕できるだけの力が欲しい。
もう二度と、修実を独りにしないで済むだけの力が。
……そうしないと、修実は死んで、きっと俺も朽ちる。
修実が里子に出された組織が、それが所在していた町ごと消滅してしまったと聞いた時、久信は姉を喪ってしまったのかもしれないと思い、発狂してしまうのではないかというほどの喪失感を感じた。
じっとしていられなくなった久信は、事の真偽を確かめるために、矢も楯もたまらずに家を飛び出してきたのだ。
喪うかもしれない。そう思っただけでこれなのだ。本当に死に別れてしまえば、久信は自分がまともでいられる自信がない。
異常だと自分でも思う。ここまで執拗なのは蛇神憑きという都市伝説を継いできた蛇の一族の性なのかもしれない。
……じゃあ、これも性なんだろう。
半ば吹っ切る思いで、久信は内心で呟いた。
制御することができない程の大きな力を不安定なままで自分の中に収めている修実の傍にいるのは、誰であろうと危険。
たしかに、蠱毒を制御できない修実は、毒を再現なく吐き出す危険な存在だ。また、気を抜くと瘴気が漏れ出すというのも、程度によるが、久信が目覚めるまでの時間すら待っていなかったことを考えると、一時たりとも気を抜くことができない――つまり、睡眠も急速すらもとれなくない程切迫しているということだろう。
そうなれば、そう遠くない未来。遅くとも数日後には、修実は蠱毒の制御どころか自分の生命の維持すらも難しくなる。
そして、修実が衰弱すれば、蠱毒は修実を飲む込みにかかる。
蠱毒に飲み込まれて瘴気ををまき散らすだけの化け物になれば、修実は――修実であっただけのモノになったそれは、討伐対象として滅されるしかなく、蠱毒に乗っ取られずに修実が修実であることを貫くには、自分で自分を決着するしかない。
結局のところ、修実には生き残る道はない。そして、選べる数少ない道の中からならば、修実は迷わず自決する道を選ぶ。その程度には久信は修実を理解している。今こうして彼女が出て行ったのも、自分の死に場所を見定めるためだろう。
それが分かるから、久信は奥歯を強く噛んだ。
また同じだ、と久信は思う。
諦めろ。
過去、修実が実家から里子に出される時、小野の一族は、久信と、そして彼らの両親を納得させるためにあらゆる理由を付けて、諦めを強要してきた。
結果として、家族では誰も修実を救うことはできず、修実は生まれ持った力のせいで実家を追放されることになった。
新しい居場所でやっと自分の力を御せるようになっても、その場所で裏切りを受けて独りを体験する羽目になって、そんなボロボロの修実がやっと再開できた久信に対しても、今度は体内に憑りついた蠱毒が彼女の居場所を奪い去る。
……また同じだ。
姉が遠くに離れて行ってしまう。
何とかしようにも、今の久信では修実の体内にある蠱毒をどうこうすることはできないし、修実から溢れる瘴気は、久信を毒するには十分すぎる。
……あの毒を凌駕できるだけの力が欲しい。
もう二度と、修実を独りにしないで済むだけの力が。
……そうしないと、修実は死んで、きっと俺も朽ちる。
修実が里子に出された組織が、それが所在していた町ごと消滅してしまったと聞いた時、久信は姉を喪ってしまったのかもしれないと思い、発狂してしまうのではないかというほどの喪失感を感じた。
じっとしていられなくなった久信は、事の真偽を確かめるために、矢も楯もたまらずに家を飛び出してきたのだ。
喪うかもしれない。そう思っただけでこれなのだ。本当に死に別れてしまえば、久信は自分がまともでいられる自信がない。
異常だと自分でも思う。ここまで執拗なのは蛇神憑きという都市伝説を継いできた蛇の一族の性なのかもしれない。
……じゃあ、これも性なんだろう。
半ば吹っ切る思いで、久信は内心で呟いた。
@
しばらくの間黙り込んで何事かを考えていた久信は、やおらベッドを降りると、医務室の扉に向かって歩き出した。
ベッドから降りて自分の足で立ってみてようやく気付いたが、体が驚く程に重い。瘴気自体はユニコーンの角の粉末で抜けてはいても、体の疲労が抜けているわけではないようだ。
ふらつく体を引きずっていく久信の肩を、昌夫が掴んで止めた。
「まだ安静にしていたまえ。体中が瘴気に蝕まれていたのだぞ」
「そうだ! それに、お前、そんな体で何をしに行くつもりだ?」
諭す医者と怒鳴る昌夫を押しのけ、久信は医務室の扉に手をかけた。
扉を開けると、廊下に一匹の蛇がいた。
主である久信の護衛についていた、おそらくは密輸船に放っていた蛇の生き残りだ。昌夫から離れていたために、瘴気の影響を受けずに生き残れた一体だろう。蛇は、人語とは異なる言語を通して久信に一つの情報を伝えてきた。
「……そうか」
それを受けて小さく頷く久信に、昌夫が問う。
「なんだ? その蛇、いったい何を言った?」
「修実の近くに、俺がやった蛇の生き残りがいる。居場所は、何とか掴めてる」
蛇の報告では、修実は周囲を気にしながら移動しいているらしい。そのためか、彼女が進むペースは随分と遅いようだ。
……今なら、まだ追いつける。
これで人気のない場所、この町の北にあった山の中にでも入られたら人目を気にする必要もなくなり、山を抜けて一気に遠くまで行かれてしまうだろう。
本気で修実が移動すれば、蛇たちでは見失ってしまい、久信ではもう追いつけなくなってしまう。時間はあまり残されていない。
「修実にたどり着くには、今追いかけるしかない」
蛇を拾い上げた久信は、そのまま外に出て行こうとする。その背へ昌夫が言葉を浴びせた。
「そのまま修実さんを行かせてやれ! あの人は元々都市伝説に好かれた人なんだ」
周りの人々が久信に言い聞かせてきた常套句を、昌夫は並べてきた。
「だから――」
「だから、もし都市伝説に呑まれたり、それが原因で死んでしまうようなことがあったとしても、それは修実姉が都市伝説に愛されて連れて行かれた結果だから諦めろって?」
久信はいつもそう言われ続け、いつ姉がいなくなっても傷が浅くて済むようにと覚悟を決めさせられてきた。
「昔は、俺もその言葉に納得してたんだけどさ。今はもうだめなんだ。どんなに覚悟を決めたつもりになっても、修実姉を亡くす人生なんて俺にはもう考えられない」
それに、
「修実姉に対する執着心は、都市伝説なんかに負けやしない」
蠱毒の呪詛に愛された姉を奪い返すことくらいできないわけがないと思う。
蛇の愛は執拗なのだから。仮に負けるとしても、挑まずに諦めることだけは嫌だった。
「都市伝説に俺の修実姉を奪われてたまるか」
姉が養子に出される時も似たようなことを言っていたような気がする。まるで聞き分けのない子供の意見だ。だが、それは何ら飾る事のない本心でもある。
言葉を聞かされた昌夫は、一つ盛大な溜息をついた。
「あーやっぱりそうなんだな」
吹っ切れたようにそう言う。長い付き合いでもある。久信が言うようなことにはもう気付いていたのだろう。
「でもな、そんな気持ちだけで修実を追いかけても結局毒に殺されるだけだぞ? そうだろ? 爺さん」
話を振られた医者が頷く。
「あの瘴気は呪詛と毒気の集合じゃ。あの都市伝説自身がそれを制御しきれていないということは、近づくだけであの娘は自分の周りの全てを祟ることになる。
封印されていた荒御魂を解放するからこうなる。触らぬ神に祟り無しというのに」
医者は昌夫から深い事情までは知らされていないのか。修実をどこかで鎮められたいた蛇神か何かと勘違いしたような一言を付け加えた。
昌夫が医者を手で止めて久信をうかがう。
久信は特に気にした様子もなく、口元を緩めた。
「うん、確かに、修実姉は俺の女神だ」
昌夫の目が点になる。次いで壮絶な呆れ顔になって、最後は自分で自分を扇ぎだした。
「おーあついあつい。しかし、お前その態度ってことは、姉弟仲良く心中するってのよりは上等な結末を用意してるんだろうな?」
「ああ、もしかしたら、なんとかなるかもしれない」
そう答えて、久信は振り返り、昌夫に頭を下げた。
「だから、頼む。もう少し力を貸してくれ」
「……ああ、まったく」
付き合いの良い友人はしぶしぶと頷いてくれた。
「しょうがねえな。乗りかかった船だし、修実についてはお前から嫌ってほど聞かされてたから、家族よりも身近に感じてるし、それに、まあ友人の頼みだ。
犬はコミュニティーを大事にする。だから、もう少し、お前たちの決着がつくまで見送ってやるよ」
ベッドから降りて自分の足で立ってみてようやく気付いたが、体が驚く程に重い。瘴気自体はユニコーンの角の粉末で抜けてはいても、体の疲労が抜けているわけではないようだ。
ふらつく体を引きずっていく久信の肩を、昌夫が掴んで止めた。
「まだ安静にしていたまえ。体中が瘴気に蝕まれていたのだぞ」
「そうだ! それに、お前、そんな体で何をしに行くつもりだ?」
諭す医者と怒鳴る昌夫を押しのけ、久信は医務室の扉に手をかけた。
扉を開けると、廊下に一匹の蛇がいた。
主である久信の護衛についていた、おそらくは密輸船に放っていた蛇の生き残りだ。昌夫から離れていたために、瘴気の影響を受けずに生き残れた一体だろう。蛇は、人語とは異なる言語を通して久信に一つの情報を伝えてきた。
「……そうか」
それを受けて小さく頷く久信に、昌夫が問う。
「なんだ? その蛇、いったい何を言った?」
「修実の近くに、俺がやった蛇の生き残りがいる。居場所は、何とか掴めてる」
蛇の報告では、修実は周囲を気にしながら移動しいているらしい。そのためか、彼女が進むペースは随分と遅いようだ。
……今なら、まだ追いつける。
これで人気のない場所、この町の北にあった山の中にでも入られたら人目を気にする必要もなくなり、山を抜けて一気に遠くまで行かれてしまうだろう。
本気で修実が移動すれば、蛇たちでは見失ってしまい、久信ではもう追いつけなくなってしまう。時間はあまり残されていない。
「修実にたどり着くには、今追いかけるしかない」
蛇を拾い上げた久信は、そのまま外に出て行こうとする。その背へ昌夫が言葉を浴びせた。
「そのまま修実さんを行かせてやれ! あの人は元々都市伝説に好かれた人なんだ」
周りの人々が久信に言い聞かせてきた常套句を、昌夫は並べてきた。
「だから――」
「だから、もし都市伝説に呑まれたり、それが原因で死んでしまうようなことがあったとしても、それは修実姉が都市伝説に愛されて連れて行かれた結果だから諦めろって?」
久信はいつもそう言われ続け、いつ姉がいなくなっても傷が浅くて済むようにと覚悟を決めさせられてきた。
「昔は、俺もその言葉に納得してたんだけどさ。今はもうだめなんだ。どんなに覚悟を決めたつもりになっても、修実姉を亡くす人生なんて俺にはもう考えられない」
それに、
「修実姉に対する執着心は、都市伝説なんかに負けやしない」
蠱毒の呪詛に愛された姉を奪い返すことくらいできないわけがないと思う。
蛇の愛は執拗なのだから。仮に負けるとしても、挑まずに諦めることだけは嫌だった。
「都市伝説に俺の修実姉を奪われてたまるか」
姉が養子に出される時も似たようなことを言っていたような気がする。まるで聞き分けのない子供の意見だ。だが、それは何ら飾る事のない本心でもある。
言葉を聞かされた昌夫は、一つ盛大な溜息をついた。
「あーやっぱりそうなんだな」
吹っ切れたようにそう言う。長い付き合いでもある。久信が言うようなことにはもう気付いていたのだろう。
「でもな、そんな気持ちだけで修実を追いかけても結局毒に殺されるだけだぞ? そうだろ? 爺さん」
話を振られた医者が頷く。
「あの瘴気は呪詛と毒気の集合じゃ。あの都市伝説自身がそれを制御しきれていないということは、近づくだけであの娘は自分の周りの全てを祟ることになる。
封印されていた荒御魂を解放するからこうなる。触らぬ神に祟り無しというのに」
医者は昌夫から深い事情までは知らされていないのか。修実をどこかで鎮められたいた蛇神か何かと勘違いしたような一言を付け加えた。
昌夫が医者を手で止めて久信をうかがう。
久信は特に気にした様子もなく、口元を緩めた。
「うん、確かに、修実姉は俺の女神だ」
昌夫の目が点になる。次いで壮絶な呆れ顔になって、最後は自分で自分を扇ぎだした。
「おーあついあつい。しかし、お前その態度ってことは、姉弟仲良く心中するってのよりは上等な結末を用意してるんだろうな?」
「ああ、もしかしたら、なんとかなるかもしれない」
そう答えて、久信は振り返り、昌夫に頭を下げた。
「だから、頼む。もう少し力を貸してくれ」
「……ああ、まったく」
付き合いの良い友人はしぶしぶと頷いてくれた。
「しょうがねえな。乗りかかった船だし、修実についてはお前から嫌ってほど聞かされてたから、家族よりも身近に感じてるし、それに、まあ友人の頼みだ。
犬はコミュニティーを大事にする。だから、もう少し、お前たちの決着がつくまで見送ってやるよ」
@
修実は、隠形で姿を隠しながら、学校町の北にある山を目指していた。
山伝いに人が通常踏み込んでくることがない場所まで行こうとしていたのだ。
蛇の下半身で這い進むにしてはペースは随分と遅めだ。それは修実の体内にある蠱毒の瘴気を全力で抑え込んでいる上に、可能な限り、生物に近付くのを避けているためだった。
修実が細心の注意を払って抑え込んでいる瘴気も、何の拍子に外へと漏れ出てしまうのか分からない。それだけ不安定な状態なのだ。生き物を避けようとする修実の行動は正解だろう。また、隠形も、修実が瘴気の抑え込みに集中するあまりに若干おろそかになっており、敏い生物には修実の存在を気取られるような有様で、人目を避けようとするのは姿を隠す的な意味でも正しい。
……せっかく郭を捕まえて疑いが晴れたのに、私がうっかり通りすがりの誰かを殺してしまったら元も子もなくなってしまうものね。
内心の呟きに、修実は自嘲の吐息をついた。
……結局、こういう結果になっちゃった。
結界に閉じ込められた後、郭が張った結界を破壊して弟に再び会えた時、あの時は奇跡的に蠱毒を抑えこむことができた。あの時、今度こそ、最愛の弟と一緒に暮らすことができるようになるのだと期待した。しかし、期待は裏切られた。久信は修実が解放してしまった瘴気に中てられてしまって、一時は生命が危うかった。彼が命をとりとめたのは本当によかったと、そう思う。あの場で助けてくれた昌夫には、また一つ借りができてしまった。
……もし何かの形で恩を返すことができれば、そうしたいのだけど。
今生において自分が恩を返すことはできないだろうことが、修実にとっては弟のこと以外での数少ない心残りだ。
……あの封印から出られた時、この姿になることは二度とないって思ったんだけどな……。
あのクラブ跡に展開された結界の中、久信が殺されるかもしれないと思った時、修実はどうしても……そう、周りにどれほどの被害が出ることになろうとも、久信が居なくなってしまうのは嫌だと、そう思い、力を解放してしまった。
……私は――
人外になっても変わることなく修実を好きだと言ってくれる弟のことを、1人の男性として愛している。
それこそ、久信が自分の気持ちに気付く遥か以前から、修実は久信の事が好きだった。
きっかけは単純なもので、生まれつき大きすぎる力を持つ修実を周りが腫物を触るように揺する中にあって、久信だけは、何も知らない子供ならではの恐れの無さで接してきてくれたという、ただそれだけのことだった。彼は、成長した後も、修実に対して腫物を触るように接することもなく、やがては好意を寄せてもくれるようになった。
その好意は修実の中の好意を素直に表出させる呼び水となって、心も体も久信にだけは許すようになった。
インセスト・タブーを犯すことは初めから気にならなかった。
そもそも、憑き物筋の家は血に憑いた都市伝説との共生関係で生きてきた歴史からか、憑き物が発現しやすいように、血の濃さを保つ近親婚が推奨されている。
修実たちの両親も異母兄妹の関係だ。その意味では姉弟が離れて暮らすのは肉親意識を遠ざけるのに役立ったのかもしれない。
こうして修実の中で欠かすことができない程大きな存在となった、彼女の人生において無二の愛する人は、まっすぐな彼は、いつも修実のことを守れるくらいに強くなろうと考えていて、無茶をしてきた。今回のクラブ跡への侵入も、もっと彼が普段通り冷静に行動を起こしていれば、あそこで命を危険にさらすことはなかったのではないだろうかと、今更ながらに思う。
彼の行う無茶や、今回の一連の騒ぎについても、瘴気が久信を冒した時のように直接的ではないが、これもやはり、修実の持つ強すぎる力が原因となって周囲をおかしくしているということだろう。
……だから、私は久くんとこれ以上関わりを持ってはいけない。
郭正吾を捕える時、姦姦蛇螺と名乗るにふさわしい異形と化した彼女が自身の力を暴走させたあの時。修実は蠱毒に自分の全てを乗っ取られかけた。自分の中で暴れる害意のままに、危うく生け捕りにする必要があった郭を殺してしまうところだった。それだけではない。修実の中の害意は、制御も利かないままに、何にも優先して護るべき対象であった久信をも殺してしまうところだった。
修実自身では制御の利かない毒。その力は最愛の弟を殺してしまう。それが、修実には何よりも恐ろしい。だから、修実は最愛の人から離れなくてはならなかった。
……ここまでこの身の力に翻弄されていると、もうこれが私の業だと思ってあきらめるしかないわね。
かつての修実は、久信を愛しているからこそ、実家に戻ることをよしとせず、完璧に自分を制御できるようになるまで家から離れた。今も似たようなものだ。以前は自分ならば時間をかければ力の制御ができるようになるだろうという目算をもって家を離れていたが、今度は修実が自分自身に見切りをつけている。違う点といえばそれくらいだろう。
自分自身に見切りをつけた彼女が選ぶ道は一つきり。
……私の存在が久信や、まっとうに生きている人たちの脅威になるくらいなら、私は独りでひっそりと死のう。
異形のこの身が人に害をなす前に消えるという道だった。
それを人生最後の望みとして、修実は急いでこの町からも、そして最愛の弟の前からも永遠に姿を消そうとしていた。
郭を捕えたことで、修実たち姉弟にかかっていた濡れ衣も剥がれるだろう。後のことは昌夫に頼んである。彼ならば良いように取り計らってくれる。
これで、後は修実が消えさえすれば、久信は平穏な生活を取り戻すことができる。
近い未来に、久信に平穏な生活が戻ることに、修実は安堵の息をもらす。
……久くんの人生は、私が抱える問題に常に巻き込まれるようなものだったから、謝っても謝りきれないけど……。
自分のことは忘れて、彼は彼の人生を生きてくれればいい。
……また、独りだな。
いつの間にか、周囲には人口の建造物がなくなっていた。
山が近い。あとは入山して、力尽きるまで人の気配のない奥地まで侵入して、体が衰弱していよいよ自分が乗っ取られそうになったら、その時は体を奪われる前に自決する。
……それで、全部終わる。
その工程を何度も何度も繰り返し反芻することで、頭の中に浮かんでくる人の顔を胸の奥底に封印する。
いつの間にか、雨が降ってきていた。
頬を伝う滴を隠すように。
山伝いに人が通常踏み込んでくることがない場所まで行こうとしていたのだ。
蛇の下半身で這い進むにしてはペースは随分と遅めだ。それは修実の体内にある蠱毒の瘴気を全力で抑え込んでいる上に、可能な限り、生物に近付くのを避けているためだった。
修実が細心の注意を払って抑え込んでいる瘴気も、何の拍子に外へと漏れ出てしまうのか分からない。それだけ不安定な状態なのだ。生き物を避けようとする修実の行動は正解だろう。また、隠形も、修実が瘴気の抑え込みに集中するあまりに若干おろそかになっており、敏い生物には修実の存在を気取られるような有様で、人目を避けようとするのは姿を隠す的な意味でも正しい。
……せっかく郭を捕まえて疑いが晴れたのに、私がうっかり通りすがりの誰かを殺してしまったら元も子もなくなってしまうものね。
内心の呟きに、修実は自嘲の吐息をついた。
……結局、こういう結果になっちゃった。
結界に閉じ込められた後、郭が張った結界を破壊して弟に再び会えた時、あの時は奇跡的に蠱毒を抑えこむことができた。あの時、今度こそ、最愛の弟と一緒に暮らすことができるようになるのだと期待した。しかし、期待は裏切られた。久信は修実が解放してしまった瘴気に中てられてしまって、一時は生命が危うかった。彼が命をとりとめたのは本当によかったと、そう思う。あの場で助けてくれた昌夫には、また一つ借りができてしまった。
……もし何かの形で恩を返すことができれば、そうしたいのだけど。
今生において自分が恩を返すことはできないだろうことが、修実にとっては弟のこと以外での数少ない心残りだ。
……あの封印から出られた時、この姿になることは二度とないって思ったんだけどな……。
あのクラブ跡に展開された結界の中、久信が殺されるかもしれないと思った時、修実はどうしても……そう、周りにどれほどの被害が出ることになろうとも、久信が居なくなってしまうのは嫌だと、そう思い、力を解放してしまった。
……私は――
人外になっても変わることなく修実を好きだと言ってくれる弟のことを、1人の男性として愛している。
それこそ、久信が自分の気持ちに気付く遥か以前から、修実は久信の事が好きだった。
きっかけは単純なもので、生まれつき大きすぎる力を持つ修実を周りが腫物を触るように揺する中にあって、久信だけは、何も知らない子供ならではの恐れの無さで接してきてくれたという、ただそれだけのことだった。彼は、成長した後も、修実に対して腫物を触るように接することもなく、やがては好意を寄せてもくれるようになった。
その好意は修実の中の好意を素直に表出させる呼び水となって、心も体も久信にだけは許すようになった。
インセスト・タブーを犯すことは初めから気にならなかった。
そもそも、憑き物筋の家は血に憑いた都市伝説との共生関係で生きてきた歴史からか、憑き物が発現しやすいように、血の濃さを保つ近親婚が推奨されている。
修実たちの両親も異母兄妹の関係だ。その意味では姉弟が離れて暮らすのは肉親意識を遠ざけるのに役立ったのかもしれない。
こうして修実の中で欠かすことができない程大きな存在となった、彼女の人生において無二の愛する人は、まっすぐな彼は、いつも修実のことを守れるくらいに強くなろうと考えていて、無茶をしてきた。今回のクラブ跡への侵入も、もっと彼が普段通り冷静に行動を起こしていれば、あそこで命を危険にさらすことはなかったのではないだろうかと、今更ながらに思う。
彼の行う無茶や、今回の一連の騒ぎについても、瘴気が久信を冒した時のように直接的ではないが、これもやはり、修実の持つ強すぎる力が原因となって周囲をおかしくしているということだろう。
……だから、私は久くんとこれ以上関わりを持ってはいけない。
郭正吾を捕える時、姦姦蛇螺と名乗るにふさわしい異形と化した彼女が自身の力を暴走させたあの時。修実は蠱毒に自分の全てを乗っ取られかけた。自分の中で暴れる害意のままに、危うく生け捕りにする必要があった郭を殺してしまうところだった。それだけではない。修実の中の害意は、制御も利かないままに、何にも優先して護るべき対象であった久信をも殺してしまうところだった。
修実自身では制御の利かない毒。その力は最愛の弟を殺してしまう。それが、修実には何よりも恐ろしい。だから、修実は最愛の人から離れなくてはならなかった。
……ここまでこの身の力に翻弄されていると、もうこれが私の業だと思ってあきらめるしかないわね。
かつての修実は、久信を愛しているからこそ、実家に戻ることをよしとせず、完璧に自分を制御できるようになるまで家から離れた。今も似たようなものだ。以前は自分ならば時間をかければ力の制御ができるようになるだろうという目算をもって家を離れていたが、今度は修実が自分自身に見切りをつけている。違う点といえばそれくらいだろう。
自分自身に見切りをつけた彼女が選ぶ道は一つきり。
……私の存在が久信や、まっとうに生きている人たちの脅威になるくらいなら、私は独りでひっそりと死のう。
異形のこの身が人に害をなす前に消えるという道だった。
それを人生最後の望みとして、修実は急いでこの町からも、そして最愛の弟の前からも永遠に姿を消そうとしていた。
郭を捕えたことで、修実たち姉弟にかかっていた濡れ衣も剥がれるだろう。後のことは昌夫に頼んである。彼ならば良いように取り計らってくれる。
これで、後は修実が消えさえすれば、久信は平穏な生活を取り戻すことができる。
近い未来に、久信に平穏な生活が戻ることに、修実は安堵の息をもらす。
……久くんの人生は、私が抱える問題に常に巻き込まれるようなものだったから、謝っても謝りきれないけど……。
自分のことは忘れて、彼は彼の人生を生きてくれればいい。
……また、独りだな。
いつの間にか、周囲には人口の建造物がなくなっていた。
山が近い。あとは入山して、力尽きるまで人の気配のない奥地まで侵入して、体が衰弱していよいよ自分が乗っ取られそうになったら、その時は体を奪われる前に自決する。
……それで、全部終わる。
その工程を何度も何度も繰り返し反芻することで、頭の中に浮かんでくる人の顔を胸の奥底に封印する。
いつの間にか、雨が降ってきていた。
頬を伝う滴を隠すように。