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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - コドクノオリ15

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 北区にある山の麓に辿り着いた修実は隠形を解いた。
 周りに人が居る気配は一切ない。
 ……あとは、この山の中に入れば、全て終わる。
 思わず、といった調子で溜息を吐いた修実は、不意に背後を振り返った。
「これは……」
 修実を振り返らせた原因は、彼女めがけて急速に近づいてくる気配だった。
 早い。
 ほぼ一直線に突き進んで来るらしいその気配は、どうやら建造物の屋根を足場として跳ね飛んできているらしい。
 未だ遠くにある気配。その気配に修実が気付ことができたのは、その気配を彼女自身が知っていたからだ。
 育てられた組織と、そのお膝元の町くらいしか世間を知らず、その狭い世間の中で築き上げた人間関係も全て壊してしまった修実だが、そんな彼女にも、数少ない友人と呼べるような存在が居る。彼は自分たち姉弟に付き合ってくれる良い人だ。
 彼は良い人だから、今の修実に近付くことが危険であると分かっていても追って来てくれたのだろう。
「もう、ばかなんだから……」
 修実は目元をぬぐって、気配に対して視線を向ける。
 蠱毒が漏れ出ることがないように、特に意識を集中する。
 気配は迷う素振りを毛ほども見せることなく、一直線に向かってくる。どうやら、発信機か、あるいは犬か蛇の尾行でもつけられていたようだ。人間を集中的に探っていたため、追跡は修実の知覚から逃れていたのだろう。
「やられたなぁ……」
 視線は向かってくる気配の主を捉えた。やってくるのは友人と、そして、友人を焚き付けたのだろう。修実の最愛の弟だった。
 ……久くん……。
 切なく微笑んで、修実はその名前を呟いた。

   @

「修実さんが見えた! おい久。とっつかまえるからお前下りろ!」
 屋根の上を跳躍し、民家がなくなってからは深夜の夜気を突っ切って地面を猛スピードで走っている昌夫の言葉に、彼の背に捕まっている久信は耳元を通り抜ける雨音と風切音に負けないように、大声で叫び返す。
「じゃあスピード下げろよ!」
「スピード降ろしたらその間に逃げられるかもしれんだろうが。大丈夫だ。この程度じゃお前は死なん!」
「ああもうちくしょう!」
 久信は昌夫の肩越しに修実がこちらを向いていて、その顔にはあの微笑が浮かんでいるのを確認して、昌夫の背から手を離した。
 蛇を放って地面に敷き詰め、それらをクッションにしながら、地面を転がって何とか着地する。
「あの犬っころ。人が拒否できない理由つけやがって」
 悪態を吐く間にも、昌夫は修実に接近する。

  @

 久信を置いてきた昌夫は、これまでよりも更に早い速度で修実との距離を詰めた。
 背に人がいたのではなかなか出すことができない、手を地面に付けて体を前に倒した獣の走法だ。
 一駆けごとに雨が盛大に跳ね、地面が確かな手ごたえを返してくる。
 一歩が百メートルを駆ける力を生み出す現在の昌夫の姿は、犬の頭部に獣の腕と脚とを持つ、まさに人狼のような代物だった。
 彼の憑き物筋としての能力。本人が犬懸りと呼んでいる状態だ。
「おい! 俺を置いて、もうお前帰っていいんだぞ!」
 遠く背後から、大声が聞こえてくる。
「病み上がりのお前じゃどうせ逃げられるだろうが!」
 友人に聞こえるように大声を放り返してやる。どうせ自分たちのことに巻き込むのに最後の最後で躊躇いを感じたのだろう。そういう優しさは嫌いではないが、昌夫としては、ここで仲間はずれになる気はない。
 ……いや、あいつは修実さんに自分より早く俺が接触するのが嫌なだけか……?
 ありうる。そう内心で思い、昌夫は地を蹴りつけた。
 久信に返した言葉への返答が来る前に、昌夫は修実が居る場所にまで辿り着く。
「悪いな。修実さん」
 修実まで一歩の位置にまで辿り着いた昌夫は、速度を落とすことなく姿勢を上げ、腕を振りかぶった。
 雨に濡れた修実の顔を鷲掴みにする動きだ。
 直撃を受ければただでは済まないだろうが、あの状態の修実ならば死ぬことはないだろう。そのような判断のもとに打ち込まれる一撃は、だからこそ容赦のない勢いで振り抜かれ、修実の右側に生えている三本の腕に止められた。
 足が地面から離れ、修実を中心に半円に滑る。わずかにバランスを崩した昌夫に修実は言う。
「危ないよ、昌夫くん」
「……っ」
 左側の手が動く前に、昌夫は体を倒した獣の動きで修実の背後に回った。
 ゆっくりと振り返った修実に、昌夫は苦笑で言う。
「これでも俺の居る部署の中じゃ一番威力がある一発と同じ速度でぶつけてんだけどな」
「ごめんね。それじゃあ私には届かないの」
 申し訳なさそうに言われる言葉に、昌夫は苦笑を濃くする。
 あの速度で振るわれる腕を正確に追う目は尋常のものではない。修実は何度か暗殺に利用されていたという話だったが、暗殺では敵を仕留める訓練はしても、敵と戦う訓練はしないだろう。少なくとも、自分に向かって高速で突入してくる物体を見極め受け止めるというのは暗殺の技術ではない。しかし、彼女にはそれができる。それも、おそらくは何の訓練もなく自然にだ。
 ……これが天才ってやつか。
 彼女の場合はその天与の才が彼女自身を傷付けているわけだが、戦う者としては、その才能は羨ましくもある。
 ……いや、まあ勝手な話だが。
 一つ呼吸をして息を整え、昌夫は改めて修実に要件を告げた。
「修実さん。俺の親友が大好きなお姉ちゃんと離れたくないんだそうだ」
「姉離れができない子でごめんね」
「いやいや、昔っからぶれないおかげで付き合いやすい友人だよ」
 それに、
「修実さんも、本心では弟離れなんてする気ないくせに」
「そんなことないわよ。私は久くんのためなら、久くんから一生離れているって決めてるもの」
「それ、弟離れできてないことをカミングアウトしてるみたいなもんだろ」
「……そうね」
 困ったような笑みを浮かべて、修実はでも、と続ける。
「だからこそ、私は私の中の想いにかけてこの道を譲ることはできないわ。昌夫くん。行かせてちょうだい」
「無論、却下だ」
 昌夫は姿勢を倒して修実に向けて踏み込み、修実からの応撃がくるより早く、一番手近にあった修実の体。その長大な蛇身を抱え上げる。
「仕方なく選ぶしかない道以外の何かを見せてやるからちょっと捕まってくれや!」
 蛇身を中心して修実を振り回そうと、昌夫は地面を踏みしめて体に回転の動きを加えようとして、逆に自身の体が宙に振り回されていることに気付き、
 次の瞬間には地面に叩きつけられた。
「昌夫くん!」
 修実の心配する声が聞こえた。
 どうやら、昌夫が振り回そうとするより早く、修実の蛇身が昌夫を振り払ったようだ。
 ……どんな反応速度だよ。
「あ、ああ……だいじょーぶ……」
 応じて立ち上がろうとした昌夫は、体全体にのしかかるような重みと、体の芯から力を抜き取られるかのような虚脱感を得て、膝をついた。
「あ……いや、くそ。この毒はやっぱりちょっときついかもしんねえ」
 そう口にする昌夫の体にまとわりつくように黒い靄がある。蠱毒の呪詛だ。
「……あ」
 修実の小さな叫びと共に黒い靄が消失する。数秒の間を置いて、昌夫は立ち上がった。体は犬懸りの人狼状態から普通の人間のものに戻っている。
 荒い息を繰り返しながら、昌夫は言う。
「集中して、なんとか押さえつけてるって感じなんだ……体のほうもか?」
「……油断をすると、私の意思とは無関係に動いてしまうの」
 修実は六臂で自分を押さえつけるように抱きしめながら答える。
「ごめん……ごめんなさい。蠱毒の瘴気は、大丈夫?」
「ああ、すぐにあの靄がなくなったからな。それに、これが俺の目的でもあるから」
 昌夫の言葉に、修実は疑問の言葉を返した。
「……え?」
「俺じゃ修実さんを抑えこめないことくらい、さすがに分かってるからな」
 昌夫は自分を必死に抑えている修実をしっかりと見据えた。
「なるほど。このままじゃ一緒に生きていくってのは難しそうだな」
 うん、と頷き、昌夫は言葉を続けた。
「でも、それでも何とかしてみたいって奴がいるんだよ。なあ、久?」

   @

「そうだよ、修実姉」
 昌夫が時間を稼いでいる間に、久信は修実のもとへとたどり着いた。
 修実は今、蠱毒の瘴気が溢れることを恐れてせいいっぱい集中しているため、ろくに動くこともできない。
 修実の逃亡を防いだ上で、姉弟は向き合い、もしかしたら最後になるかもしれない会話の機会を得た。
「修実姉」
「久くん……」
 言葉が返ってくることに安堵しながら、久信は続ける。
「俺の前から消えるのか?」
「うん、もう一緒に入ることはできないから」
「聞いたよ。蠱毒の瘴気だろ? 今はほら、抑え込めてるじゃないか」
「だめよ。ほんの少しの刺激で瘴気が溢れ出てしまう、とても不安定な状態なんだから」
 そう言って顔に微笑みを張り付ける修実に、久信は強い語調で言った。
「それで、また自分が持ってるものを全部捨てて独りになるのか」
 いつだってそうだった。家族も居場所も全部放り出して、自分から引きはがすことができない力を抱えたまま、修実は独りになって、それでも自分が生まれ持った力で何かができるのではないかと、彼女は周りに尽くしてきた。
 力が強すぎる修実は、人の姿をしている人とは別の何かとして扱われ、根本的な部分で人としての生活を送らせてもらえていなかったから、そうやって周囲に尽くすことによって、異質な自分でも人の間に居てもいいんだろうかと、そういう許しを乞うてきたのだろう。
 そして、尽くしてきた事に対しては裏切りで報われ、それを清算した果てに、彼女は新たに自分とは切り離すことができないコドクを抱えてしまった。
 そしてそれはまた彼女を人の間から遠ざける。
「あと少しで、人並みの生活が送れるようになるってところじゃないか」
「それでも、もういいんだよ」
 修実はゆっくりと首を横に振った。
「私は人として生まれて、人を、久くんを愛して、そして、ここまで生きてくることができたのも、やっぱり人のおかげで、人は好きだから……できればこの力を使って人の間で生きていくことができればって思ったこともあるけど、しょうがないね。
 愛した人も、それ以外の人も、できることなら私は害したくないから、そこにいるだけで誰かを呪わずにはいられないどうしようもない私は、どこか、人のいない場所にのんびり隠れ住もうと思うの」
 修実の最後の発言は嘘だと分かっている。これだけ力が不安定な状態でのんびりもくそもありはしない。あるのは、衰弱による死か、全てを力に乗っ取られるか、その前に自分を終わらせるか、その三択だけだ。
 どれをとっても修実は死ぬ。そんな最悪の選択肢しかない状況で、修実はそんなことを微塵も感じさせない笑顔で言った。
「ねえ、久くん。私ね、私がこうなる前に家に帰って来いって、家族皆に言われた時、すごくうれしかった。でも、ねえ。知ってた?
 私、あの時、久信に帰ってこいって言ってもらえたことが、何よりも嬉しかったんだよ。
 小さいころは何も知らなったから、私を受け入れてくれていた。でも、中学生から高校生になる頃には、昌夫くんと一緒に普通の学校に通って友達を作ってた久くんがまるで私から離れていってしまうみたいで、ちょっと寂しかったんだよ」
「あれは――」
「ううん、いいの」
 修実は、だけど、と自分の言葉を続ける。
「そんな時期の少し後、久くんは里帰りした私に好きだって言ってくれたよね。私もね、ずっと言いたかったんだよ。
 私は、その思いでだけで十分だから。だから、久くんと離れても大丈夫。
 むしろね。もしかしたら私が私の中の蠱毒を抑えきれずに久くんを殺してしまうかもしれない。それが怖いの」
 修実の声がわずかに震え、六本の腕が一層強く濡れた体を抱きしめる。
「もし私のせいで久くんが死んじゃったら、私……いきていけない。だから……」
 ――さようなら。



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