「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん-05a

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 目が覚めるとそこはどこかの部屋の中だった。
 どこにでもあるようなリノニウムの床に鉄のポールがいくつか突き立っており、そこに、
「拘束されていますよっと」
 動こうとして引っ張られる感覚を得た。違和感に目を向けると手と足がそれぞれ鎖でポールに結び付けられている。
 外すのは骨が折れそうだなおい。
 見回してみると学校の廊下のように細長い通路が扉に区切られて続いているようだった。そして、
「なんで私があんたが追われていた都市伝説に巻き込まれなきゃいけないのよ!」
「勝手に絡んできたのは貴女じゃない」
 女児二人組は縦に俺を挟んで同じようにポールに縛られながら元気そうに喧嘩している。
「うおーい嬢ちゃんたち~無事かー?」
「…………」
 声をかけてみると帰ってくるのはこの無言ですよ。ははは、
「うわきっついな~。そんなに警戒しないでくれよ。今は運命共同体なんだからさあ」
 その後何とか見の上話をするまでに結構手間取りました。最近の子供って警戒心強いのな。
「――それで、ここはそのドナドナの屠殺場に連れて行くトラックの中なのか?」
 鎖につながった手錠をがちゃがちゃしながら俺。
「知らないわよ。貴女の契約してるっていうあのむちゃくちゃな都市伝説がトラック自体はほとんど破壊してなかったかしら」
「あ、それは私も見た」
 うん、俺も見た。んでもって荷台にスポッっと吸いこまれて……吸い込まれて、そして?
「ここはどこだ?」
「とりあえず屠殺場に向かうトラックか何かの中ってことでいいんじゃない?」
「とさつばって何よ?」
 赤い靴の嬢ちゃんが訊ねてきた。
 まあ、普通はそんな単語を小学校低学年が知るわけないか。
「あら、知らないの? 屠殺場っていうのはね、」
 答えようとした俺を遮ってはないちもんめの嬢ちゃんが屠殺場について尋ねた女の子に屠殺場についてひどく残虐に語っている。どうも楽しんでいるっぽい。
 Sか。
「そういえば」
 興が乗っていたっぽいはないちもんめの嬢ちゃんが何かに思い当ったように呟く。
「ん?」
 涙目な赤い靴の嬢ちゃんを愛でていた視線を背後に捻る。なんだろうか?
「あの黒服のおじさん、『あなたたちと同系統の都市伝説である≪ドナドナ≫とも契約している人間が最近暴れています』って言ってたけど……」
 何かが引っ掛かるかのようにしているはないちもんめの嬢ちゃん。俺も今の言葉を反芻する。『あなたたちと同系統の都市伝説である≪ドナドナ≫とも契約している人間が最近暴れています』……『≪ドナドナ≫とも』
「あ」
 "とも"……だと?
 この日何度目かの嫌な予感、その時頭上から先程聞いたドナドナの歌声と同じ、男の、少し機械じみた声が聞こえた。

『次は活けづくり~活けづくりです』


           ●


「つまりドナドナで歌われる子牛が連れていかれる屠殺場が≪猿夢≫だと?」
 日本刀の青年の言葉に黒服はうなずく。
「ええ、小人たちの装備を見たでしょう? あれは人間の解体のためのものです。飛び道具がないのも日本では手に入りづらいというのもありますが、彼らは基本的に動けない獲物を解体するモノですから飛び道具を必要としないからです」
 ≪猿夢≫
 要は人間が解体されるお猿さん列車に夢の中で遭うというものだ。
 夢の中に現れるために目覚めると一時的に回避できるわけだが、
「そのまんま取り込まれたら目覚めるも何もないですね」
 黒服の言葉にうなずきつつ、
 猿夢なら一応拘束、解体の準備の時間が発生するためすぐにはアレにバラされはしないだろうが、
「やはり早く助けに行った方がいいですね」
 日本刀の青年の言う通りだ。しかし、
「どうやって行くんだよ?」
 赤い靴が言う通り、手段がない。相手は普通には行けない場所、いわば猿夢の結界の中にいる。
「俺の契約者のもとまで結界を抜いて行ければ幸せなんだが……」
 どうやらケサラン・パサランの能力では行かせてくれないようだ。くそっ、
「結界ですか、私の能力では夢の国以外には行けませんしね」
 身の上話をした時にも聞いたのだがそれでも非常に思い入れのある単語に男は反応しかける。が、今はそれどころではない。変に気が立ってるなと思いつつ深く息を吸い気を落ち着け、考えを巡らせる。
「結界ですか」
「結界……」
 そう、結界だ。つまり、異空間。
「あ」
 そう最初に言ったのは誰であっただろうか。いや、全員が同時に言ったのかもしれない。一同は一人の男に視線を向けた。
 異空間に相手を引きずり込む異人さんへと。
「なななんだ!?」
 いきなり向けられた視線にたじろぐ赤い靴に日本刀の青年が言う。
「赤い靴、あなたは異空間に相手を引きずり込めるんですよね?」
「ああ、確かにそうだけど」
「ならその異空間から契約者のいるもとの空間に戻ることも可能なんだな?」
 俺は赤い靴に詰め寄る。
「そうだけどそれがなにか?」
「まだ分かりませんか」
 苛立たしげにこちらも赤い靴に詰め寄る日本刀の青年。
「あなたのその能力で私たちをあなたの契約者がいる空間に連れて行ってもらいたいんですよ」
 黒服の言葉、赤い靴は数瞬考え、
「無理だな」
「そうなのか?」
 多少落胆しつつのこちらの疑問に赤い靴は、
「ああ、野郎を連れて行くなんて俺が俺である限り許されてはいけないことなんだよ! 俺の能力は幼女のためにこそあるのさっ!」
 その場にいた変態以外の存在は皆一様に強烈な殺意を変態に対して抱いたそうだ。
 そんな空気の中、Tさんと呼ばれる男はその場の一同の中で誰よりも素早く建設的な思考をすることができた。
「ならばこれでどうだ?」
 男はそう言いながら流れる動作で懐から写真を取り出し赤い靴に見せる。
 と、その写真を見た赤い靴の表情が変わった。
「こ、これは……っ!」
 その写真には浴衣姿の十歳前後と見える子が映っていた。
「こ……この赤の地に朝顔の柄、それに映える利発そうでいて幼さを残した顔立ち…………っ!」
 なにやら品評を始める赤い靴を見て男は思う。
 かかった。
「俺たちを連れていけばこの写真が手に入るぞ。そうすれば向こうに行ける俺たちも幸せ、写真が手に入るお前も幸せだ。な?」
「ぬ……」
 なにやら心の天秤が傾いているような赤い靴の目の前につるしていた写真を頭上に持ち上げ視線から外し、更に見せつけるように懐から複数枚の写真を取り出した。
「もう二、三枚ある「わかった。連れていこう!」んだが」
 懐柔に成功したか。
 そう思う男に赤い靴は身を寄せてぼそりと言う。
「連れて行ってはやるがお前たちを信用しきったわけじゃない。あの子を害するなら例え写真をもらってもあんたを殺す」
「肝に銘じておこう」
 前金として幾枚か写真を渡しながら答える。道化か忠臣かどうも評価に困る人物だ。
 日本刀の青年と黒服がなにやら熱い視線を向けてくるが、彼等もこの写真が欲しいのだろうか?
あとで機会があったら訊いてみるか。
 男は内心でうなずき、
「さて、行こう」
 急がねばならない。そう思いつつ男は努めて冷静に言った。


           ●


 嫌な予感しかしないアナウンスの声が終わると同時に背後にある扉が開き小人の兵隊さんが数名やってきた。
「あ~これ列車だったのか」
 椅子も網棚も無いので気付かなかった。噂話で聞いたことのある猿夢を思い出す。ほっとくと後ろの人間から順番に解体されていくんだったか。
 そして順番的に一番最初なのは、
「うわっ、なによあんたたち!」
 はないちもんめの嬢ちゃんに小人がまとわりついていく。手にはハサミや鉈が握られており、おそらくそれで活づくりを作成するのだろう。
 活づくりか、痛そうだな~。
「ちょ、放しなさいよ! こら!」
 小人がはないちもんめの嬢ちゃんの体に這い上っていく。
 手錠で拘束された動けない女の子の体に小人が上って行く光景は、なんと言いますか、
 ……ゴクリ
「あなたたち! これ何とかしてよ!」
 割と切羽詰まった声で助けを求めてくる。よーしちょっと待ってなさいよ~、こっちもあと少しで……
「よし」
 足もとに転がっていた俺の鞄から目的のものを不自由な手で引っ張りだす。
「くらえい!」
 そしてそれを放る。それは一直線にはないちもんめの嬢ちゃんに向かって床を滑走し、
「いたっ」
 激突する。と、同時に、

 ジリリリリリリリリリリリ

 鳴り出すそれ。
「嬢ちゃん、それを開け!」
「え?」
「急げ!」
 疑問を表情に出しながらも少女は拘束された身で顎と足と手を器用に使って開ける。それ――携帯が開いた瞬間に通話は繋がり、

『もしもし、わたしリカちゃん。今、あなたの後ろにいるの』

「え?」
 俺の鞄からはないちもんめの嬢ちゃんの背後にリカちゃんが移動する。
「刃物奪って鎖を切って!」
 リカちゃんはこちらに言われたとおりに肩の小人を短い脚で蹴落として小人が持っていた鉈を奪う。続く動作で鉈が振り下ろされる。都市伝説に語られる人体をバラバラにすることもできる人形の膂力によって鎖は断ち切られ、はないちもんめの嬢ちゃんはすぐに立ち上がり残りの小人を払い落す。
「このっ!」
 そしてゴキブリでも踏みつぶすかのように小人の兵隊さんを踏みつぶしていく。
 いくらすぐ消えるってもあれ一応見た目人間なんだがな~。
「リカちゃんこっちも頼む」
 リカちゃんによって赤い靴の嬢ちゃんと俺の拘束が解かれるまではないちもんめの嬢ちゃんは小人を潰して回っていた。
「よし、こっちはなんとかなったか」
 顔を向けるとはないちもんめの嬢ちゃんも多少息を切らしながらこちらを見て、
「……ありがとう」
 不承不承という感じがありありと見える視線を逸らしたお礼がきた。
「いやいや」
「とうぜんのことなの」
 にやにやしながら答える俺。リカちゃんの方はとても誇らしげだ。ひとの役に立てるのがうれしいのだろうな。
「あんた怖いわね」
 赤い靴の嬢ちゃんがついさっきまで小人がいた位置を見て言う。
「なに?」
 はないちもんめの嬢ちゃんは「あんたも同じようにしてやろうか?」とでも言いたそうにキッと睨む。
「あ~まあ喧嘩は後ということで、今は脱出の手段を探そうや」
「……まあ貴女には借りができたし従ってあげるわ」
「しょうがないからあんたについていってあげるわ。感謝しなさい」
 二人とも一応同意してくれるがしょうがなくという感じがありありと感じられる。
 このお子様たちは……
 そんなことを思っていると再びアナウンスが聞こえてきた。

『次はシャワー室、シャワー室ー』

 おいおい、冗談だろ?

           ●


「無事に来れた……か」
「列車の中、ですかね」
「急いで彼女たちを探しましょう」
「写真! 頑張った俺に写真を!!」
 窓の外は霧がかかっているみたいに真っ白で何も見ることはできない。一応定期的な振動はあるから列車は動いているのだろうが振動から感じるスピードは人が走って追いつけるくらいだろうか。
「驚いた、まさかここに来ることができるとは」
 多少機械じみた、先程のドナドナを歌っていた男の声が聞こえると同時に扉が開く。機関車のようなものが扉の向こうに見える。そしてその運転席、そう、機関車だというのにただ椅子が置いてあるだけの運転席だ。そんな玩具じみた運転席に猿顔の男が座っていた。
「あなたがドナドナと猿夢の契約者ですね」
「おいおい、黒服さん。そんな突き放した言い方は無しだろ」
 黒服の問いには答えず猿顔の男は笑いながら言う。
「どういうことだ?」
 やけに馴れ馴れしい猿顔の男に訊ねてみる。すると、
「俺は元組織の人間だ」
 猿顔の男はサラリと答えた。その言葉にその場の黒服以外の人間が驚く。
「本当(です)か?」 
「ええ、情報も早く手に入りますよそれは、元身内のことですからね」
 黒服がうなずくと、
「ふぅん、やっぱり俺のことは知れ渡ってるのか。でもお前たちが悪いんだぞ? 身内にロクな情報を与えず死地に放り込んで殺そうとするんだから。復讐にちょっと暴れたくもなる」
 猿顔の男の言葉に男は視線で真偽を黒服に訊ねる。黒服は若干ためらいつつも頷き、
「え、ええ、それ自体が都市伝説である≪組織≫は誰かの意思で動いているのかどうかもわからない組織ですが、全体的な傾向として都市伝説全体のバランスの維持を重要視します。」
「≪組織≫の管理によるバランスだな」
 と猿顔の男。
「……ええ、ですから組織に属していようといなかろうとバランスを崩しかねない行動をとろうとしたり管理のできない強力すぎる能力を持つモノは≪組織≫によって粛清されることもあります」
 それは黒服の知るはないちもんめの少女のように、あるいは、
「俺のように、か」
「お? あんたも組織の被害者か?」
 猿顔の男がこちらの発言に興味を示したのか視線を向ける。
「さて、どうだろうな。一年程前組織の連絡で神隠しの討伐に向かったら正体は≪夢の国≫でした。というものだが」
「一年前、ならおそらく≪夢の国≫の情報を組織はつかんでいたでしょうね。≪夢の国≫は有名ですし、ある意味目立つ能力です。あなたが相手をした≪夢の国≫の契約者はこちらのブラックリストにも載っています。あなたは強力な能力を持っているがその能力の正体が割れない上に組織の命令に背くことも多かったと聞いていますし」
「消されるに足る条件は揃っていた。と」
「おそらくは」
 まあ今更ではある。予想もついていたことだ。別段驚くこともない
「それでわざと情報を与えずに強いのと戦わせて結果どっちが勝ってもオーケーですか。とんでもないところですね、組織」
 日本刀の青年がうんざり顔で言う。彼も一度その被害に遭ったことがあるのだ。
「一応あなたも所属しているのですが」
 そのことを知らない黒服がうんざりしたように他人事な口調で言う青年に呆れたように言うが、青年は、
「まあ僕は表向きしがないバイトの身ですからそんなには危険視はされないんじゃないんですかね」
 と表向きは楽観的に答える。
「どうだか」
 猿顔の男が言い、更に言葉を重ねてくる。
「俺なんかちょっと組織の指示にあった組織内の粛清対象の都市伝説契約者の家族に手を出そうとしたら契約者の方の怒りを買ってコレこの通り、体中大ケガだよ。まったく、あんなに攻撃的な能力の持ち主ならわざわざ俺が出向かずに兵隊共だけでやらせたのによ。それもこれも組織が碌な情報与えないせいだぜ」
 そう言って男が見せた両腕はその全体が火傷か何かのようにひきつっている。
「お前たちもこのままじゃ危ないんじゃないか? お前も消されるかもしれんぞ? そこのお前もだ。組織なんてやめて俺と一緒に来ないか? やりたいことを好き勝手にやれるぞ」
 まるで全て組織のせいだと言わんばかりの猿顔の男の言葉に顔を見合わせる日本刀の青年と男、二人は肩をすくめ、猿顔の男に向き直り、
「確かに組織も大概ですが今の話はどう見てもあなたの自業自得じゃないですか。それに俺と一緒に来ないか? 人質をとっといて何を言ってるんですか」
「何をラスボスみたいなことを言ってるんだか、交渉の余地なしだ。とっととあの子らを返せ」
 と、取りつく島もない二人の言葉に猿顔の男は気分を害したようだ。顔が醜悪に歪む。しかしすぐにニヤリという笑みを顔に貼り付け、
「物わかりが良くないな~。だいたい今頃あの子らは活けづくりになってるよ」
 より醜悪になった顔で愉悦と共に語られる。
 その言葉にその場の誰もが動揺する。そこに隙が生まれ、
「もういいか、説得するのも面倒だ」
 猿顔の男のその声と共に

「ドナ・ドナ・ドナ・ドーナ 荷馬車が揺れる――」

 童謡の一節が紡がれ、いきなり出現した小人兵隊が鎖を放ってきた。
「な?」
「っ!」
 反応の遅れたこちらをかばうように青年が前に出て日本刀を抜き放つ。迫った鎖とそれを放った小人を切って捨てて、
「大丈夫ですか?」
 まったく、面目ない。
「すまない、助かった」
 青年は刀を型など無視した形に構えながら、
「いいえ、気にしないでください。僕ではどの道相性的に彼には敵いませんのであなたに頼らせてもらいます。その代わり、まあ身辺警護くらいはしましょう」
 と言う。
「ではぜひ俺も守っていただきた「こっちは自分の身は自分で守るので気にしないでくださ」い」
 話について来れずにおとなしかった赤い靴が突然発言するのを黒服がカットした。
 こいつに構っているよりもあの子らの保護が優先か。
 話し合いの時間稼ぎが無意味、むしろこちらを不利に追い込むと悟った男は願う。 

 あの子たちのいる場所が分かれば幸せだな。

「っ! いる場所が分かった、この列車の後ろの方の車両だ!」
 ドナ・ドナ・ドナ――
 童謡は紡がれ兵隊の数は増えていく。
「ん?」
 と、ここで猿顔の男はなにやら遠くを見る目をした。ややあって顔をしかめ、
「活けづくりを逃れたか」
 その男の言葉はつまりあの子らがまだ健在だということだ。まったく、どうしてなかなかしぶといものだ。
「ならば」
 安堵したこちらを嘲笑うかのように猿顔の男は大きく息を吸うと声を吐きだす。それは列車全体に響き渡るアナウンスになり、

『次はシャワー室、シャワー室ー』

 と告げた。
「シャワー室?」
 疑問詞をのぞかせる日本刀の青年に黒服が、
「シャワー室に見せかけたガス室です!」
 と返す。
「これも一種の伝説だな。洒落が効いててドナドナには合うチョイスだろ?」
 嗤って猿顔の男が言う。
 まずい、あの子たちに毒ガスが回る前に助けるかこの男を倒すかしなくては、
「悪いが急いで決めさせてもらう」 
「やってみるがいいさ」
 猿顔の男の返事を聞くまでもなく全力で敵を吹き飛ばすことこそ我が幸せと願う。
「破ぁ!!」
 気合いの一声によって兵隊はことごとく消滅する。しかし、
「あいつは?」
「いない!」
 猿顔の男がいなくなっていた。
 ドナ・ドナ・ドナ・ドーナ――
「後ろです!」
 聞こえる童謡と黒服の声に反応して振り向く、
「くっ!」
「いやいや、派手でいい目くらましだった」
 そう言う猿顔の男の前には先程に倍する兵隊が通路一面に布陣していた。男は再び息を吸い、

『ご乗車ありがとうございます。次は終点、皆殺しー、皆殺しー』

 その声と共に兵隊も猿顔の男もガスマスクをつける。網棚も椅子もない広い廊下のような車両の天井にスプリンクラーのような装置が大量に生えてくる。そして車両の奥の方に身体を向けた男が手を頭上に挙げて振りながら声を放つ。

『終点までごゆっくりどうぞ』

 同時にスプリンクラーのような装置から得体のしれないガスが噴き出してきた。



           ●


「追います!」
「ああ」
 去ってゆく猿顔の男を追いかけて日本刀の青年と共に駆けだす。
 居並ぶ兵隊相手に裂帛の気合をぶつけると兵隊は瞬く間に消滅していく。
「ガスマスクを奪えればいいんですが」
「そんな幸せは……」
 連中のガスマスクが普通の人サイズになったら幸せだ。だが――
「残念ながら起きないらしい」
 日本刀の青年に答えつつ走る。
 焦りがある。それを深く自覚している。なぜなら彼女らは兵隊個々に対してはともかく、大量の兵隊という量に対しての有効打を持っていない。そうでなくともガスが噴出してきているのだ。状況はなかなかに悪い。
「くそ、せめてあの男が彼女のお金を受け取ってくれるならそれで形成は逆転するんですが」
 それはおそらく無理な相談だ。アレは完全に追い詰めるまでは表に姿をさらさないタイプだし、よしんばギリギリアレを操ることができたとしても毒がまわるか兵隊が襲うかのどちらかが早い。
 兵隊を薙ぎ払いつつ行く彼等の目の前、ドア越しに猿顔の男が見えた。
「いましたっ!」
 青年がこちらが背後に打ち漏らした兵士を斬り伏せながら言う。
「よし、一気に行く!」
 そう言った直後、意志に反してガクンと膝をつき身体が床に倒れ伏した。
「え?」
「あれ?」
 同じように倒れた日本刀の青年を見て思う。
 ガスが体に回ったか?
 ならば、
「俺たちの体から毒ガスが消えてなくなれば幸せだね」
 言葉の直後、体がすっと楽になる。が、すぐにまた体は重くなり、倒れる。
「あの毒ガスの発生装置を!」
 後ろから黒服の声が聞こえる。
 狙う! アレが気合いの声と共に消えてなくなれば幸せだ!
「破ぁ!!」
 男の気合いと共に列車の屋根が丸ごと吹き飛ぶ、しかし直後に屋根はスプリンクラー型毒ガス発生装置ごと復活する。
 男は立ち上がりながら幸せを望む。
 契約者のもとへ行けたら幸せだ。 …… 叶わない
 毒が効かない体になれば幸せだ! …… 叶わない
 身の内に溶けたケサラン・パサランは相も変わらずこちらの望む理想の幸せを運んではくれない。結果、望むのはいつものような力技、
 一撃であの男を吹き飛ばせれば幸せだ!! ……  手ごたえ。しかし、
 男の体力は毒ガスに喰らわれている。万全の力は出ない。しかし男はあきらめたくはない。
 だから届かないと半ば分かっている力を放つ。
「破ぁ!!」
 猿顔の男がいる手前の扉までを抜くが、兵隊が大量に楯になり届かない。兵隊は童謡と共にまた増え、壊れた車両も復活する。
 再び男は同じことを願う。体力は猛スピードで目減りしていくが諦める気はない。
 と、そこで、
「ああもぅ! 無茶苦茶ですねぇこの人たちはぁ!」
 毒のせいで青い顔の青年が兵隊を踏みつぶして日本刀を引きずりつつ歩み寄って来た。青年は修復されつつある車両の扉を睨みながら言う。
「掴まってください!」
 そう言いながら彼はこちらの手を強引に掴み上げ、言った。
「 祈ってくださいよ! あそこが密室として認めらることをっ!」



           ●


 二度目の嫌なアナウンスと共に天井からスプリンクラーが生えてきた。
「おいおい逃げるぞ!」
「ええ!」
「?」
 疑問符をを頭上に浮かべている赤い靴の嬢ちゃんの手を引っ張る。扉を開ける。それと同時に再三のアナウンスが
聞こえる。

『ご乗車ありがとうございます。次は終点、皆殺しー、皆殺しー』

 ふざけやがって!
 開けた扉の向こう、ガスマスクをつけた小人の兵隊がずらりと並んで更にその奥、車両の反対側の扉にガスマスクをつけた普通の大きさの男がいた。

『終点までごゆっくりどうぞ』

 振り返るとこちらにもガスマスクをつけた兵隊がいる。
 挟まれたっ!
「よいしょー!!」
 掛け声と共に反射的な動きで扉を勢いよく閉める。何人か小人さんを潰したが気にしない! 車内に振り返るとガスマスクをつけた男がアナウンスやドナドナと同じ声でのたまう。
「ああ、こちらの車両にも"シャワー"はあるのでご心配なく」
 ははは、
「むしろない方がご心配ないんだけど?」
 言ってる端ではないちもんめの嬢ちゃんが硬貨を男に放った。
「ふん」
 しかし男は硬貨を払い落す。
「さっき公園で使っていた能力だな? くらうわけにはいかんな」
 男は決して近づこうとせず、小人のみを近付けてくる。
「このぉっ!」
 はないちもんめの嬢ちゃんがポケットから幾枚もの硬貨を兵隊に放るが誰も受け取りはしない。むなしく硬貨が転がる音がする。
 兵隊の持つ刃物の類が鈍く光る、赤い靴の嬢ちゃんとリカちゃんが拾い物の鉈で応戦しているが一薙ぎで二桁の小人を吹き飛ばしているとはいえ多勢に無勢だ。
 俺も拾い物の鈍器で対抗するが一薙ぎで十数人も吹き飛ばせるような膂力はない。更に、戦争中の小話に聞くシャワー室の毒ガスが回ってきたのか目がかすむ。いつの間にやらぶっ倒れちまってすでにこちら側でまともな抵抗をし続けているのはリカちゃんだけだ。
 ガスマスクの男は愉快そうにまたドナドナを歌う、男の背後で扉が砕けたように見えたが次に見た時には扉には傷一つ付いていなかった。おいおい幻覚かよと思う傍では小人が目に見えて増え、しかし幻覚などではないという証にその手に持つには不釣り合いに巨大な刃物が床を引きずられる音がする。彼等が持つ刃物がもうガスにやられて体を支えられずに倒れた俺の体に向かって振りかぶられる――

『後ろの正面だぁれ?』

 そんなときドナドナに割り込むようにして聞こえてきたこの日何種類目かになる童謡のワンフレーズ。不思議なことにそれと共にドナドナの歌声は消えていた。
 眼球だけを、それでも必死の思いで動かしてガスマスクの男を見ようとする、
 そこには何故かガスマスクの男ではなく日本刀の兄ちゃんとTさんがいた。
 あー、体……重い、なぁ、し……ぬかも?


           ●


 列車の廊下を転がる首、ガスマスクが体からの落下の衝撃で外れた猿顔の男の首が最期に見たモノは刀を振り下ろした勢いのまま廊下に倒れていく青年の姿と今一人の、人あらざる男が掌を前方に向けて咆哮している姿だった。



           ●


 気がつけば公園にいた。昼下がりだったはずの周囲はいつの間にやら夕暮れになっている。
「無事に終わって何よりですよ」
「まったくだ。これで写真をねっとりと鑑賞できる」
 そんなことを言っている黒服と変態をボーっと見ているとこっちに気づいた黒服になにやら薬を渡される。
「≪ウニコール≫、ユニコーンの角と 言われている イッカクの牙です。能力として解毒作用がありますからぜひお使いください」
 説明を聞いてもなんだかよくわからんがありがたいお薬なんだろう、きっと。ともかくありがたく喉に流し込む。途端にやけに重い上にボーっとする身体がなんとか持ち直す。
「ほら、あなたも」
 黒服はのっそりと起き上がったはないちもんめの嬢ちゃんにも薬を渡している。赤い靴の嬢ちゃんはまだ寝ているようだ。「出せー出せー」とかなんとかやけにうなされている。どこかに閉じ込められる夢でも見ているのだろうか?
 黒服は薬を飲みたくないと言いたげに首を左右に振っている嬢ちゃんに無理やり薬を押し込んだ。その姿は何と言うか、
「親子みたい」
「え?」
「は?」
 はないちもんめの嬢ちゃんも黒服も変な顔をした。
「いやいや、なんでもないない」
 黒服はよく知らんが嬢ちゃんは反抗期まっただ中っぽい人間だ。あまりこういう話題は俺への心象的によくないよな。早々に話を切り上げるに限る。うん。
 それはそうと、
「Tさん!」
 日本刀の兄ちゃんと共に間にリカちゃんを挟んで仲良くコーヒーなんか啜りつつぼんやりしているTさんを呼ぶ。野郎はこちらを見てやや気だるそうに、
「何だ?」
 と、やけになんか黄昏た雰囲気で返事をしてきた。なんだなんだ疲れてんのか? と思うが取り合えず言うことは言っておく。
「俺の前後不覚な記憶によればTさんとそこの日本刀の兄ちゃんが助けてくれたってことでいいのか?」
「いや、直接救出したのは確かに俺達だが皆で助けに行ったんだ」
 Tさんの説明にうなずくそうかそうかとうなずく俺。ではまず、
「あ、皆さんありがとうございます」
 お礼を言うといえいえと返ってくる。ああいい感じに馴染んでるな~と思うがそれはそれとして、
「なんであんな超ギリギリのタイミングで助けに来るかな!? 実はもっと早く助けに来れたとか抜かすなよ?」
 いきなり絶体絶命のタイミングで現れやがって、こっちは寿命が縮む思いがしたんだぞ。
「そうよ、貴方またギリギリのタイミングがどうとかどう言うつもり?」
 無理やり何とかいう薬を飲まされたはないちもんめの嬢ちゃんも元気に糾弾している。即効性すぎるだろあの薬、
 元気なこちらに対して一方、糾弾されている当の男二人は顔を見合せ、うなずき、同時に一言。


「「そりゃあ、ギリギリで助けに入った方が絵になる(でしょう)だろう?」」


 寺生まれってやつぁ憎らしいほどスゴイな~と、改めて思った。

 あ、日本刀の兄ちゃんがはないちもんめの嬢ちゃんの投げた石にぶち当たった。痛そー



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