人面犬と不良JK 01
赤い陽が、世界を染めていた。
ここ、とある閑静な住宅街の、人気の無い路地の上に、私はいる。
頭上を錯綜する黒い電線と、
そして電柱の足元から伸びる黒い影とが、
この真っ赤な世界に新しいラインを描き出していた。
時刻は5時少し前。
いわゆる「逢魔が時」だ。
昼でも夜でもない、一日の内で最も奇妙な時間帯
――曰く、夜が近付くにつれて暗くなっていく世界に、
昼間の光に慣れた目がついていけないから、
人はよく事故やアクシデントに見舞われるのだという。
でも、私は知っている。
この真っ赤に染まった世界が、
既に「非日常」の扉の、その向こうの世界だということを。
辺りを見回せば、すぐにそのことに思い至る。
子ども達はもう皆帰宅し、学生達はこれから部活やサークルに。
父親達はまだ会社に、母親達は家のキッチンで夕餉の支度を。
そう。
この真っ赤な路地に、私は今、ひとりきり。
この真っ赤な世界に、私は今、ひとりぼっち。
そして。
この孤独で奇妙な世界こそが、怪異たちの格好の餌場なのだ。
頭上を錯綜する黒い電線と、
そして電柱の足元から伸びる黒い影とが、
この真っ赤な世界に新しいラインを描き出していた。
時刻は5時少し前。
いわゆる「逢魔が時」だ。
昼でも夜でもない、一日の内で最も奇妙な時間帯
――曰く、夜が近付くにつれて暗くなっていく世界に、
昼間の光に慣れた目がついていけないから、
人はよく事故やアクシデントに見舞われるのだという。
でも、私は知っている。
この真っ赤に染まった世界が、
既に「非日常」の扉の、その向こうの世界だということを。
辺りを見回せば、すぐにそのことに思い至る。
子ども達はもう皆帰宅し、学生達はこれから部活やサークルに。
父親達はまだ会社に、母親達は家のキッチンで夕餉の支度を。
そう。
この真っ赤な路地に、私は今、ひとりきり。
この真っ赤な世界に、私は今、ひとりぼっち。
そして。
この孤独で奇妙な世界こそが、怪異たちの格好の餌場なのだ。
がさごそ。
突然、そんな路地の赤い静寂を破るような、音。
家々の間の奥まった場所、薄暗いゴミ捨て場の中から、
家々の間の奥まった場所、薄暗いゴミ捨て場の中から、
「まーたおめーか。
今回もまたシチめんどくさそーなことで呼び出しやがってからに」
今回もまたシチめんどくさそーなことで呼び出しやがってからに」
中年の男性のような、獣の唸り声のような、低く野太い声がそうごちた。
ホームレスだろうか。いや、ありえない。
いくらこのゴミの山だろうと、
一般的な成人男性の体を覆い隠すにしては明らかに量が足りないからだ。
だが、やはり声はゴミ山の中から、こう続ける。
ホームレスだろうか。いや、ありえない。
いくらこのゴミの山だろうと、
一般的な成人男性の体を覆い隠すにしては明らかに量が足りないからだ。
だが、やはり声はゴミ山の中から、こう続ける。
「ったく、おめーは俺がいねーとほんとだめだな。
今回のコレが上手く行ったら、その場でパンティー脱いで寄越せよ」
今回のコレが上手く行ったら、その場でパンティー脱いで寄越せよ」
勿論、私は最初から、この声の主がホームレスなどではないことなど解っている。
ざっ。
ゴミ山の中から飛び出したのは、犬だった。
ごく一般的なサイズの、ごく一般的な雑種。
――そこに張り付いた中年男性の顔と、オヤジくさい言動を除けば。
ごく一般的なサイズの、ごく一般的な雑種。
――そこに張り付いた中年男性の顔と、オヤジくさい言動を除けば。
「どうでもいいけど、あんた、私はあんたの"契約者"だってこと忘れてない?
あんまり下らないこと言ってると、これでしばくからね」
あんまり下らないこと言ってると、これでしばくからね」
そういって私は、肩に掛けた竹刀袋を親指で指す。
「おお、不良JKは怖いねえ。
しかも"目醒めて"からは、そんな物騒なものまで振り回すようになっちゃって」
しかも"目醒めて"からは、そんな物騒なものまで振り回すようになっちゃって」
オヤジの顔をしたこのスケベ犬……人面犬は、
そのいやらしい目を細めて私を茶化した。
そのいやらしい目を細めて私を茶化した。
「そーだね。この能力に目醒めた天下無敵霊滅美少女のこの私が、
何が悲しくてあんたみたいなドスケベ犬と契約しなきゃならなかったんだか」
何が悲しくてあんたみたいなドスケベ犬と契約しなきゃならなかったんだか」
私が、皮肉をたっぷり込めてそう言い返すと、
「おっとぉ?おめー、トーシロのくせにエラソーな口きいてんじゃねーぞ?
俺の知識とハナが無かったらおめーは今頃……」
俺の知識とハナが無かったらおめーは今頃……」
そこまで言いかけて、人面犬は口をつぐんだ。
そして代わりに、ぴくんと鼻をひくつかせる。
そして代わりに、ぴくんと鼻をひくつかせる。
「おい。……そろそろお出ましのよーだぜ?」
ざあっと、温い風が路地を駆け抜けていった。
この澱んだ空気に押しつぶされないように、
私も竹刀を構える。
この澱んだ空気に押しつぶされないように、
私も竹刀を構える。
近くにいる。
確かにいる。
だけど、何も見えない。
どこ?
やつはどこに――
確かにいる。
だけど、何も見えない。
どこ?
やつはどこに――
「後ろだ!」
人面犬が叫ぶ。
それに合わせて、私は身をかがめた。
しゅっ、という音と共に、私の茶色い髪が数本、宙に舞う。
それに合わせて、私は身をかがめた。
しゅっ、という音と共に、私の茶色い髪が数本、宙に舞う。
「なるほどな……ここ最近のナイフ通り魔事件……やはりこいつの仕業だったのか
――透明人間」
――透明人間」
それは、見えざる都市伝説。
光にも闇にも、住宅街を満たすこのグロテスクなほど赤い夕日にも染まらない、
かたち無き異端者。
光にも闇にも、住宅街を満たすこのグロテスクなほど赤い夕日にも染まらない、
かたち無き異端者。
「俺の睨んだとーりだったな。これじゃあ、犯人が捕まるわけがねー。
なんせ目に見えないんだからな」
なんせ目に見えないんだからな」
「ちょっと!感心してる場合じゃないでしょ!
目に見えない相手とどう戦えっての?!」
目に見えない相手とどう戦えっての?!」
私は背中をブロック塀に預け、
竹刀を正眼に構えたまま、きょろきょろするしかない。
相手の目には、さぞ間抜けに映っていることだろう。
竹刀を正眼に構えたまま、きょろきょろするしかない。
相手の目には、さぞ間抜けに映っていることだろう。
「おいおい落ち着け、そのために俺がいるんだろ、"契約者サマ"よ」
人面犬は、さも得意げに鼻を鳴らして答えた。こいつ、やっぱり最っ高にむかつく。
「ヒントだ。透明人間は目には見えねえ。
だけど、霊やなんかとは違って仮の実体は一応持ってんだ。わかるか?」
だけど、霊やなんかとは違って仮の実体は一応持ってんだ。わかるか?」
「言ってることはわかるけどソレが何っ?!」
かすかな殺気を頼りに、相手のナイフの太刀筋を読む。
それに合わせて、竹刀で受ける。
相手が目に見えない以上、下手に反撃も出来ない。防戦一方だ。
それに合わせて、竹刀で受ける。
相手が目に見えない以上、下手に反撃も出来ない。防戦一方だ。
「やっぱり人間ってのは下等な生き物だぜ。
ハナも利かなきゃあ、頭も回らねーと来たもんだ」
ハナも利かなきゃあ、頭も回らねーと来たもんだ」
さも愉快そうに、私の苦戦を横目で眺める人面犬が言う。
こいつ……!
こいつ……!
「まあまあ。ここは俺に任せてみろよ。……ただし」
「さっきの約束ね!はいはい!わかってますから!」
私がそういうと、ドスケベ犬はそのニヤァと不気味な笑いを浮かべ、
尻尾をぴんとおっ立てて、
尻尾をぴんとおっ立てて、
「そーおこなくちゃなあ!ほれ、どいてろJK!」
そういってぴょん、ぴょんと塀へ飛び移り、
「おらあっ!」
中空へと飛び出した。
私は激しい鍔迫り合いの末、透明人間を押し返す。
どさっと、奴が地面に倒れたのが、気配でわかった。
私は激しい鍔迫り合いの末、透明人間を押し返す。
どさっと、奴が地面に倒れたのが、気配でわかった。
「よーしよくやった糞ビッチ!
とばっちりかからねえように、裸足で逃げ出しな!」
とばっちりかからねえように、裸足で逃げ出しな!」
空中で叫んだ人面犬は、その場で、
小便をぶちまけた。
ぷしゃあああああああっと、黄色いシャワーが降り注ぐ。
すると、見る見る黄色い何かが浮かび上がってくる。
すると、見る見る黄色い何かが浮かび上がってくる。
人面犬の小便のシャワーをまともに受けた、透明人間の輪郭だった。
「おおらあぁ今だ!殺っちまえ!」
やっぱこいつ……最低!
パートナーに対する怒りと侮蔑を乗せて、
私は思い切り、竹刀を振り下ろした――
パートナーに対する怒りと侮蔑を乗せて、
私は思い切り、竹刀を振り下ろした――
「――いやあ、これにて一件落着だな。
これでここらの住民が、見えざる凶刃に怯えることもねえだろう」
これでここらの住民が、見えざる凶刃に怯えることもねえだろう」
人面犬が、下品な顔を歪めてくつくつと嗤う。
それは、まるで、「下等な人間」をあざ笑うかのように――
それは、まるで、「下等な人間」をあざ笑うかのように――
「と、それはそうと、おめー、アレ忘れてねえだろうなあ、アレ!」
尻尾をびんびんにして、人面犬が私に吠える。
「……うん、もちろん、覚えてるよ?」
私はゆっくりと立ち上がり、
「これでも食らってろ!」
どごっ!
「ぐふうっ?!それ、パンティーじゃなくて……パンチ……」
それにしても、あの透明人間……
ドスケベ犬の小便と、私の本気の面打ちモロに食らって、ちょっと可哀想だったかな。
ドスケベ犬の小便と、私の本気の面打ちモロに食らって、ちょっと可哀想だったかな。
おわり。