老竜と少女 1 1-15様
何処かの洞穴。
そこは一歩踏み入れると闇しか存在せず、深く、暗く、どこまでも続いているかのような錯覚を覚えさせる。
しかし、奥へ奥へ。長い長い漆黒の一本道を突き進むと、一条の光が舞い込んでくる。
そこは広く広く。高い高い半円状の空洞。真上にぽっかりと大きな穴が一つあるだけ。
その穴から今は満天の星空が覗かせており、そんな星の光ですらこの暗い空洞には十分な眩しさをもって
中を照らし続けていた。
そんな空洞に居座る主は、淡い星色の光に包まれるには少々迫力がありすぎた。
空洞の半分を埋め尽くさんほどの巨体は、強固な深緑の鱗を幾万も纏いまるで山のようだ。
背中には蝙蝠を思わせる翼が綺麗に折り畳まれている。広げると壁に届きそうな、大きな翼だ。
手足は巨木のように太く、その先で鋭いごつごつした鍵爪が夜光を鈍く反射している。
根本から先に行くにつれ細くなっていく尻尾も、一薙ぎすれば忽ち一陣の豪風を巻き起こすだろう。
長く伸びる首の先には、爬虫類を髣髴とさせる鋭利な顔が擡げている。だがそこにある象牙色の角も、
金貨よりも光り輝く黄金(こがね)色の瞳も、口から僅かにはみ出た牙も、どれも爬虫類のそれではない。
そこに君臨するは、壮大な雄姿にして畏怖すべき対象――竜であった。
その姿を見た者は誰もが竦み上がり、剥き出しになった牙から漏れる空気が震えんばかりの唸り声に悲鳴を上げ、
突き刺すかのように睨みつける目付きに我を忘れ逃げ惑う、恐怖の存在。
今もまた空洞の中に地鳴りのような息遣いが響き渡っている。と――
「今日は、少し寒いですね」
竜の懐からその場に似つかわしくない可愛らしい声が、空洞に発せられる。
竜は声の方へとゆっくりと首を動かす。
そこにはこれまた竜の側にいるのが不自然な小さな少女が、竜の横っ腹に凭れ掛かるように膝を抱えて座っていた。
歳にして十四、五歳。体全体は泥やら砂やらで汚れてしまっており、服もボロボロで見栄えが悪い。
しかし、唯一綺麗なままの深海のように蒼い双眸と端正な輪郭から、少女の容姿が優れていることはすぐ分かる。
黒ずんだ金髪も、洗えばきっと蜂蜜を垂れ流したようにきらきらと靡かせることだろう。
肌も真珠のような白さと艶やかさを蘇らせ、シャンデリアのように煌びやかなドレスを身に包めば、
たちまち絶世の美少女へと華麗に変化(へんげ)を遂げるだろう。
けれども今は薄汚れた一人の少女でしかない。いつからかこの空洞に姿を現しこうして一緒に時を刻むようになって、
この汚らしい格好しか竜は目にした事がない。
「もうすぐ冬が来るからな。ここも雪で覆われることだろう」
竜はあまり口を開くことなく人語を話す。
竜が言葉を話せることは広く知られてはいない。何百年と生きていた中で何度か人間と言葉を
交わしたことがあったが、どの人間も最初は驚きを隠せないでいた。
だというのにこの少女は竜が最初に言葉を掛けた時、目を爛々と輝かせ喜んだではないか。
その時ばかりは老竜も面食らってしまった。それも今では良い思い出ではあるが。
そこは一歩踏み入れると闇しか存在せず、深く、暗く、どこまでも続いているかのような錯覚を覚えさせる。
しかし、奥へ奥へ。長い長い漆黒の一本道を突き進むと、一条の光が舞い込んでくる。
そこは広く広く。高い高い半円状の空洞。真上にぽっかりと大きな穴が一つあるだけ。
その穴から今は満天の星空が覗かせており、そんな星の光ですらこの暗い空洞には十分な眩しさをもって
中を照らし続けていた。
そんな空洞に居座る主は、淡い星色の光に包まれるには少々迫力がありすぎた。
空洞の半分を埋め尽くさんほどの巨体は、強固な深緑の鱗を幾万も纏いまるで山のようだ。
背中には蝙蝠を思わせる翼が綺麗に折り畳まれている。広げると壁に届きそうな、大きな翼だ。
手足は巨木のように太く、その先で鋭いごつごつした鍵爪が夜光を鈍く反射している。
根本から先に行くにつれ細くなっていく尻尾も、一薙ぎすれば忽ち一陣の豪風を巻き起こすだろう。
長く伸びる首の先には、爬虫類を髣髴とさせる鋭利な顔が擡げている。だがそこにある象牙色の角も、
金貨よりも光り輝く黄金(こがね)色の瞳も、口から僅かにはみ出た牙も、どれも爬虫類のそれではない。
そこに君臨するは、壮大な雄姿にして畏怖すべき対象――竜であった。
その姿を見た者は誰もが竦み上がり、剥き出しになった牙から漏れる空気が震えんばかりの唸り声に悲鳴を上げ、
突き刺すかのように睨みつける目付きに我を忘れ逃げ惑う、恐怖の存在。
今もまた空洞の中に地鳴りのような息遣いが響き渡っている。と――
「今日は、少し寒いですね」
竜の懐からその場に似つかわしくない可愛らしい声が、空洞に発せられる。
竜は声の方へとゆっくりと首を動かす。
そこにはこれまた竜の側にいるのが不自然な小さな少女が、竜の横っ腹に凭れ掛かるように膝を抱えて座っていた。
歳にして十四、五歳。体全体は泥やら砂やらで汚れてしまっており、服もボロボロで見栄えが悪い。
しかし、唯一綺麗なままの深海のように蒼い双眸と端正な輪郭から、少女の容姿が優れていることはすぐ分かる。
黒ずんだ金髪も、洗えばきっと蜂蜜を垂れ流したようにきらきらと靡かせることだろう。
肌も真珠のような白さと艶やかさを蘇らせ、シャンデリアのように煌びやかなドレスを身に包めば、
たちまち絶世の美少女へと華麗に変化(へんげ)を遂げるだろう。
けれども今は薄汚れた一人の少女でしかない。いつからかこの空洞に姿を現しこうして一緒に時を刻むようになって、
この汚らしい格好しか竜は目にした事がない。
「もうすぐ冬が来るからな。ここも雪で覆われることだろう」
竜はあまり口を開くことなく人語を話す。
竜が言葉を話せることは広く知られてはいない。何百年と生きていた中で何度か人間と言葉を
交わしたことがあったが、どの人間も最初は驚きを隠せないでいた。
だというのにこの少女は竜が最初に言葉を掛けた時、目を爛々と輝かせ喜んだではないか。
その時ばかりは老竜も面食らってしまった。それも今では良い思い出ではあるが。