『通達。通達。通達。通達。通達。通達──』
「あぁ!? 誰だ!?」
突如として聞こえてきた声に、鉄条一歌は思わず声を荒げていた。老若男女のどれとも判別がつかず、しかしどれにも当てはまるような奇妙な声が、同じ言葉を繰り返し告げている。すわ敵襲か──と体を強張らせたところ、額をぴしゃりと叩かれた。
「いってぇ! 何すんだよ師匠」
「たかが通達で何ビビってんだ? お前は狼の遠吠えだけで逃げ帰るウサギかよ」
「たかが通達で何ビビってんだ? お前は狼の遠吠えだけで逃げ帰るウサギかよ」
相も変わらず底意地の悪い笑みを浮かべた藍島銀一は、腰に佩 いた刀の柄をゆっくりと撫でた。それを目の当たりにし一歌の警戒度が上がる。己を「師匠」と呼ばせるこの男は、基本的に一歌と共にいる際、戯れでも刀に手を掛けることがない。勿論「一歌を安心させるため」などという優しさではなく、彼女を警戒する必要がないだけのことだが、故に刀に手を掛けたことの意味は殊 の外 重たい。
「『通達』って──なんだよこれ。どこの誰の声だ?」
「さあな。大ベテラン様の俺でも尻尾は掴めてねえ。だがな、誰かなんてのはどうでもいい。こいつが聞こえてきたってことはな……『嵐』が来るんだよ」
「さあな。大ベテラン様の俺でも尻尾は掴めてねえ。だがな、誰かなんてのはどうでもいい。こいつが聞こえてきたってことはな……『嵐』が来るんだよ」
「『嵐』……って比喩ですよね? そのもの嵐が来るんじゃなくて、何か災害? みたいな」
「うむ。諸君もこの世界に慣れてきた頃合いだし、いつかは来ると思っていたが」
「とりあえず、聞かせてください。『これ』が何なのか」
「うむ。諸君もこの世界に慣れてきた頃合いだし、いつかは来ると思っていたが」
「とりあえず、聞かせてください。『これ』が何なのか」
「通達」から程なく、一条銘と灰谷傳は雇い主であるシュプリシエが机を構える「校長室」に呼び出されていた。さすがにこの状況で「授業の方針ですか?」などと聞くほどとぼけてはいない。シュプリシエも、湯気が立ち上るティーカップに手を付けることもなく話を続ける。
「『Système d'équilibre 』。あー……『System of Balance』かな。確か君たちの国の言葉だと『死災調停機構』などという物々しい名で呼ばれていたはずだ。この『通達』はそこが発しているもの、とされている」
「校長にしては珍しく歯切れが悪いですね。何か言い淀むことでもあるんですか」
「指摘はごもっともだ、灰谷君。はっきり言ってしまうと、私でも知らないことがほとんどでね。それが個人、あるいは組織、あるいは冥界のシステムなのか、誰にも分からないのだよ。ただ時折こうやって通達が聞こえる。恐らく全ての死者に、例外なく」
「え。仕事のメッセ? 自分休日出勤はちょっと……」
「バカ、茶化すんじゃねえよ」
「校長にしては珍しく歯切れが悪いですね。何か言い淀むことでもあるんですか」
「指摘はごもっともだ、灰谷君。はっきり言ってしまうと、私でも知らないことがほとんどでね。それが個人、あるいは組織、あるいは冥界のシステムなのか、誰にも分からないのだよ。ただ時折こうやって通達が聞こえる。恐らく全ての死者に、例外なく」
「え。仕事のメッセ? 自分休日出勤はちょっと……」
「バカ、茶化すんじゃねえよ」
灰谷は一条の頭を軽くはたいた。「アイスブレイクだろー?」などとぬかす相棒にシュプリシエが目くじらを立てないかと心配するが、幸い彼も小さく肩をすくめて紅茶を一口含むだけだった。
「ハハ、それはごもっともだ。だが安心してくれ。これは仕事ではない、依頼 だ。話を聞こう」
彼がそう言うと、先程と同じ声が、新たな内容を話し始めた。
『通達。処刑者の発生を確認。対象:《鐘楼 の管理人》。報酬: 討伐成功時に累積討伐点付与。「今」を維持するため、対象の排除を推奨する』
「ん、んん、何? 悪ィ灰谷、今なんて言ってた?」
「お前よくそんなんで社会人勤まったな……。ったく、鐘楼の管理人って処刑者が出たって話だよ」
「……とまあ、そんなところだ。この『機構』と呼ばれる存在は、我らの冥界、そして現世への脅威が迫った際に調停を促してくる。危険な怪物を相手にし、見事討ち取れば報酬を得ることができるわけだ」
「……それは、例えば、校長やソルシエールさんのような?」
「お前よくそんなんで社会人勤まったな……。ったく、鐘楼の管理人って処刑者が出たって話だよ」
「……とまあ、そんなところだ。この『機構』と呼ばれる存在は、我らの冥界、そして現世への脅威が迫った際に調停を促してくる。危険な怪物を相手にし、見事討ち取れば報酬を得ることができるわけだ」
「……それは、例えば、校長やソルシエールさんのような?」
シュプリシエの眉がピクリと持ち上がり、一条が打って変わって灰谷を睨む。だが聞いておかねばならなかった。場合によっては、一番頼れる目の前の人物を討たねばならない。
静かに目を伏せ、シュプリシエは答える。表情を隠したままで。
静かに目を伏せ、シュプリシエは答える。表情を隠したままで。
「その通りだよ。私たちのような群死嵐 、霊災 も場合によっては討伐対象となり得る。私は運が良かった。こうして狩る側に立っているのだから」
「だが今回の標的である『処刑者』とは、高いポイントを持った死者を狙う怪物なのだろう。討伐には相応の戦力が要るはずだ。それをどうやって用意している? 強制か?」
「いいや、あくまで促すだけだ。ただし参加には見返りがある。1人殺して1ポイントを手に入れるより遥かに多くのポイントを得ることができる。それを目当てに集う者によって、これまでも脅威が討ち取られてきた」
「いいや、あくまで促すだけだ。ただし参加には見返りがある。1人殺して1ポイントを手に入れるより遥かに多くのポイントを得ることができる。それを目当てに集う者によって、これまでも脅威が討ち取られてきた」
ベルフリートは壁に背を預けるガリアスを見やり、ガリアスは何も言わず、しかし自慢げに鼻を鳴らした。その一連の仕草と、彼らの戦いに対する姿勢から、恐らくは過去に参加したことがあるのだろう、とシオンは結論付けた。
「状況は理解した。逸脱した脅威を狩れ、という強制力のない指示か。……ふむ」
思案する。彼女はポイントを必要としていないため、報酬を目当てに参加することはない。しかし、降りかかる危機を見過ごすのは心情にそぐわない。そして感情とは別に、能力が足りているかの見極めを要する。更なる強者の参戦を見込んで、これまで通り保護活動に臨むのも間違いではない──。無数の条件がシオンの脳裏で踊る。
「へぇ~……、バケモン退治でポイント稼ぎとかできるんや。なんやゲームみたいやんな。最近使い過ぎやったし、ちょっと稼がんとあかんかなあ? ってうちはな~にマジメなこと考えてんねん、新戸 なのに」
往来で一人ノリツッコミをしても誰も注目を払わない。半引きこもり幽霊の新戸あかいは通天閣本通をブラブラ歩きつつ、初めて死者となった時と違い、今度は謎多き通達のルールをしっかりと確認していた。
「生き返りたいよーな気もするし、そうじゃない気もするし……。うちはどないすればええんやろ。タイガースの勝ち負けで決めよか?」
「そりゃそうか。実体 どもがいるんだ、死後の世界なら怪物の一匹二匹はおかしくない」
天國苦逆は退屈しのぎに飲んでいた清涼飲料水の缶を潰し、近くのゴミ箱に投げ捨てた。
「どうしたもんかな。もう怪物相手に首を突っ込む理由もないが……」
難儀なもので、彼はこの状況に少し期待していた。異常な空間と人を容易く殺せる怪物どもとの命をかけた攻防、そして駆け引きのスリルを忘れたと言えば嘘になる。何より、異常の中で生きていた時間の方がはるかに長い彼にとって、異常とは「日常」なのだ。数分で終わる、降りかかる火の粉を払うだけの繰り返しより余程体に馴染む。
「……参加してみるのも悪くないねえ。楽しそうだし」
「吹けば飛ぶ綿毛みてぇなザコ弟子よォ。高みの景色ってモンが見れる機会だぜ?」
「一条君、灰谷君。諸君も大人だ、決定は委ねよう。そして私も考えなければな──」
「必要があれば私たちも出る。シオンよ、お前の心が導く方へ行くといい」
「どうする?」
がらん、と鐘の音がした。一拍遅れて、音波が周囲のレンガ造りの家屋を引き裂いていく。
ただただ無機質で粗雑な鐘の音と、レンガが砕ける乾いた音以外を忘れ去った空間の中心に、《鐘楼の管理人》は不気味に佇んでいた。
その姿を、遥か遠方から見下ろす男が一人。
ただただ無機質で粗雑な鐘の音と、レンガが砕ける乾いた音以外を忘れ去った空間の中心に、《鐘楼の管理人》は不気味に佇んでいた。
その姿を、遥か遠方から見下ろす男が一人。
(あれが今回のターゲットか。いいねいいね、絵に描いたようなクリーチャー。最高だぜ !)
双眼鏡を通して「敵」を見つめる男、ミハイル・イェーガーは内心で快哉 を叫んでいた。
顔があるはずの部分に張り付けられた無意味な時計、死者をそのまま動かしているような土気色の肌とやせぎすの体、何より半ばから切断された右腕と、そこに鎖で繋がれた巨大な鐘──どれも生身の人間ではお目にかかれない特徴ばかりだ。彼の敬愛する空想小説からそのまま抜け出してきたかのような姿に、ミハイルの心は少年のように高鳴る。
顔があるはずの部分に張り付けられた無意味な時計、死者をそのまま動かしているような土気色の肌とやせぎすの体、何より半ばから切断された右腕と、そこに鎖で繋がれた巨大な鐘──どれも生身の人間ではお目にかかれない特徴ばかりだ。彼の敬愛する空想小説からそのまま抜け出してきたかのような姿に、ミハイルの心は少年のように高鳴る。
(鐘楼……名前通りだな。あの鐘と音波が武器と見て間違いないだろう。アレに当てて音を鳴らさないように気を付ける必要アリと)
彼は狙撃銃を握る手に僅かに力を込めた。
『ミハイル』
「エメラナ。確認したか?」
『ええ。背筋が曲がってるけど、直立すればそこそこありそう。身長3mってとこかしら。鐘はその半分程度』
「何か変わったところはあるか?」
『右腕の断面、鎖の端が確認できない。腕の中からそのまま出てるように見える』
「なるほど、見た目以上に長い可能性か。了解した。引き続き観察を頼む」
『了解』
「エメラナ。確認したか?」
『ええ。背筋が曲がってるけど、直立すればそこそこありそう。身長3mってとこかしら。鐘はその半分程度』
「何か変わったところはあるか?」
『右腕の断面、鎖の端が確認できない。腕の中からそのまま出てるように見える』
「なるほど、見た目以上に長い可能性か。了解した。引き続き観察を頼む」
『了解』
物陰に身を潜めるエルフの狩人エメラナは、通信を切って背負った矢筒に手を伸ばした。
(今のところ、私たち二人だけか……。距離を取って射かけ続ければ殺せそうだけど……もうニ三加われば、より効率的な狩りができる)
二人はこれまでに何度も「調停」に参加し、怪物の類を狩ってきた。腕には覚えがあり、領域の異能を用いた戦いにも習熟している。この脅威を狩ること自体はできるだろう。しかし、戦いとは常に「数」が物を言うのもまた事実。
(逸 らず行こう。参加者が増えなかったことはない、時間はいくらでもある)
「数」、そして「情報」。戦いに勝つのは常にそれらの「準備」をより高く積み上げた方だ。誰かが合流する前に、集められるだけ情報を集めておくのもまた戦いである。エメラナもミハイルも、そのための忍耐は充分に備えている。静かな戦いが既に始まっている──などという認識が即座に砕けることになると、彼女は予想していなかった。
「………ぁぁぁぁああああああ!! 落ちる落ちる落ちる死ぬ死ぬ死ぬーーーーーっ!!」
「!?」
どんよりとした空間とは正反対の、やかましい少女の声が上空から降ってきた。
驚いて空を見上げると、灰色の空の中でハッキリと目を引く赤髪の少女が、ものすごい勢いで落下しているところが目に入った。
驚いて空を見上げると、灰色の空の中でハッキリと目を引く赤髪の少女が、ものすごい勢いで落下しているところが目に入った。
(侵入時の出現で空に放り出されたか……!)
「処刑者」が創り出している空間は、死者の展開する領域とは似て非なるものだ。敗北した死者の魂の残滓 、その集合体である「処刑者」には存在の主体が無く、ゆえに死んだ瞬間の風景というものが存在しない。《鐘楼の管理人》と共にある空間は近世ヨーロッパのレンガ造りの街並みをしているが、その風景に必然性や意図はないのだ。この擬似空間における空間異常は領域とは比にならず、特にこんな「侵入時の座標異常」という現象はさほど珍しくもない。珍しくもないことであれだけ狼狽 えている、ということは即ち。
(新参 ──!)
『エメラナ! 俺が敵の気を引く、お前は助けに行け』
「了解!」
『エメラナ! 俺が敵の気を引く、お前は助けに行け』
「了解!」
すぐさま屋根まで飛び上がり、少女の姿を再び視界に捉える。何とかバランスを取ろうと手足をじたばたしているのが見えた。「こちらの世界」に漂着してから初めて見た道化や大道芸人のような、緊張感とはまるで関係がないような騒がしさに、エメラナはため息もそこそこに屋根から屋根を飛び渡っていく。
「いーやーーやーーー!! 飛び降りんなら道頓堀って決めてんのにーーー!!!!」
「叫ぶな」と叫びたいところだが、そうしてしまうとエメラナ自身が発見されるリスクが高まる。《鐘楼の管理人》とて叫び声に気付いていないことはないだろう。助けるために一旦は放置しなければならないジレンマ。だが、そこはもう相棒に任せて突っ切るしかない。
と、そこで、《鐘楼の管理人》の体が動いた。目などない頭部を、人間の真似事でもするように上空へと向けて、そこにいる少女の姿を確かめている。エメラナはまだ届かない。
と、そこで、《鐘楼の管理人》の体が動いた。目などない頭部を、人間の真似事でもするように上空へと向けて、そこにいる少女の姿を確かめている。エメラナはまだ届かない。
「ミハイル! やつが少女に気付いた」
『オーライ、それじゃあまずは「口」から作ってやろうか』
『オーライ、それじゃあまずは「口」から作ってやろうか』
怪物は右腕を緩慢に後ろへ引いた。前へ、そして上方へと勢いをつけて右腕を振るい、音波によって少女を攻撃する算段だろうが、させるわけにはいかない。
『鐘に当たっても許せよ!』
「情報ってことにしておくわ」
「情報ってことにしておくわ」
エメラナ、少女、そして《鐘楼の管理人》、三者の距離が急速に縮まっていく。機先を制するのは──狩人 の一射。
乾いた発砲音、直後に金属同士がぶつかる音、そして頭がぐらりと揺れる怪物。動きは僅かに遅れるものの、致命傷どころか負傷があったようにも見えない。
(金属。見た目通りか──)
それだけ確認して、ミハイルはすぐさま陣取っていた高台から飛び降りた。その後に起きることは既に見当がついている、一度撃った狙撃手はすぐさま居場所を変えなければならない。
「何何何!? 何の音ぉ!?」
怪物は頭上で騒ぐ少女から遠方に潜む敵対者に狙いを切り替える。「処刑者は大量のポイントを持つものを優先的に狙う」、これはミハイル・エメラナとも既知の情報だ。所持ポイントが100を超えるミハイルが攻撃すれば、機械的な反応によって狙いを変えるのは明白。
そして《鐘楼の管理人》は右腕を振り上げた。二人の読み通りに真上の少女めがけてではなく、ミハイルが配置についていた高台へと。
想定外があるとすれば、攻撃が音波ではなく「鐘」そのものによって成されたことだ。
そして《鐘楼の管理人》は右腕を振り上げた。二人の読み通りに真上の少女めがけてではなく、ミハイルが配置についていた高台へと。
想定外があるとすれば、攻撃が音波ではなく「鐘」そのものによって成されたことだ。
「うおっ!? こいつはグレイトな──」
右腕と鐘を繋ぐ鎖は優に100mを超えて伸び、鐘自体が砲弾のように高台をぶち破った。そして衝撃によって鐘が音を発し──高台が殺人音波によって紙細工のように粉々に吹き飛んだ。音波それそのものがミハイルを襲い、追い打ちをかけるように大量のレンガが降り注ぐ。
「……っ!!」
「は、え、なんっ」
「味方だ。やつを殺したいなら私についてこい。いいな?」
「味方だ。やつを殺したいなら私についてこい。いいな?」
あえて有無を言わせない硬い口調で告げると、流石に腕の中の少女も事態が飲み込めたのか無言でコクコクと頷いた。
少女を下ろし、エメラナは再び風を操る。今度は空間にうっすらと漂っている靄 を集めて霧 とし、怪物を取り囲むよう気休め程度に視界を塞いだ。あるいはその姿を見たくないのはエメラナ自身だったかもしれないが、どうでもいい。まずはこの新参 を、きっとうまくやり過ごした相棒の元まで連れて行かなければならない。優先順位は明快だ。
少女を下ろし、エメラナは再び風を操る。今度は空間にうっすらと漂っている
「行くぞ」
「は、はいっ。あの、うち、新戸あかい言います」
「エメラナ。詳しいことは後で話す。黙って後をついてこい」
「は、はいっ。あの、うち、新戸あかい言います」
「エメラナ。詳しいことは後で話す。黙って後をついてこい」
目指すはつい先ほど砕かれた高台の下。通信機からはどんな怪物を見ても楽しそうな男の声が飛んでこない。こちらから出向いてやらなければ。
戦いはまだ始まってもいない。身の程知らずの新参 と、お荷物を抱えた狩人 を嘲笑うように、巻き戻る鎖が空を割く、嫌に甲高い音が響き渡った。
戦いはまだ始まってもいない。身の程知らずの