ゲートキーパーズ21の第1話

2001年5月、夜の街。
1人の女性が携帯で話しながらトンネルに差し掛かると、不意に携帯が通じなくなる。

「……もしもし?」

天井の照明が明滅し、消える。
目の前に、奇妙な動きで謎の物体が現れる。

「な…… 何!?」

背後には、帽子とサングラスで素顔を隠した、コート姿の男。

「あ…… あ……!?」

前方にも同様の姿の男が10人以上も現れ、一同が無表情に女性に詰め寄る。

「来イ── 我ト来イ── 我ラノ世界ヘ──」
「い…… 嫌ぁぁ──っっ!!」

静かに鈴の音を響かせつつ、夜の闇の中から誰かが現れる。
コートを纏った眼鏡少女。
主人公の、五十鈴綾音。

綾音「やれやれ、また小物か」

男たちが綾音に矛先を向け、コートをはだけると、体から無数の砲門が現れる。

綾音「ふ──ん…… ま、いっか」

綾音が懐から携帯電話を出し、両手に構える。
男たちの砲門が一斉に火を吹く。
綾音が、携帯を男たちに投げつける。

天井の照明が次々に割れ、ちぎれた男の腕が、先の女性の近くに転がる。

女性「嫌ぁぁ──っっ!!」

腕が光の粒子となって、跡形もなく消えさる。

頭上の高架線を電車が行く。
走行音がやむと、すでに男たちの姿はない。
もうもうとした煙の中、綾音が投げた携帯が地面に突き刺さり、火花を走らせている。

女性「あ、あの…… すいません、あ…… あの……」
綾音「早く帰んな」
女性「は、はい!」


夜の都会の雑踏の中を、綾音が行く。
すれ違う通行人が綾音の肩にぶつかるが、通行人は気に留める様子もなく、通り過ぎる。


あっちもこっちも、人しかいない。
車うるさい。電車、ガッタンゴットン。
街中、グレーの箱ばかり。
削られた空は青くなんかない。

こんな街に生まれて、こんな街に暮らして、
人ばっかり。うるさい音ばっかり。
時々、息が詰まりそうになる。

だから──
もっと面白いことしたいと思った。




EPISODE : 1 出会



都会の片隅のホテル街を、男女が歩いている。
女性はもう1人の主人公、真鶴美羽(みう)

男「次の日曜なんだけどさ」
美羽「あ、でも妹と約束してるんで」
男「何それ?」
美羽「あ~妹、なんかゲームの同人誌やってて、日曜イベントがあるんで手伝いに行くんです~」
男「おいおい、付き合ってんのにそんな、デスマスで話ししなくてもいいじゃん」
美羽「え~? なんですか、それぇ?」
男「だからぁ、さっきまで、あ──んなことしてたのにさぁ」

男が美羽の腕をつかむ。
美羽は愛想笑いと共に腕をふりほどき、走り去る。

男「あ!? ちょ……」

美羽が路地裏に逃げ込む。
男は美羽を追うが、見失ってしまう。

男「おい! どこ行ったんだよ、おい!」

美羽が思念を集中すると、足元に光の輪が広がる。

男「なんだよ、あの女はよぉ…… ったくよぉ、携帯まで切ってんじゃんかよ」

男のはるか頭上を、一筋の光が飛び去って行く。


綾音が頭上を見上げると、夜空を光が飛び去って行き、その光の中に人影が見える。

綾音「……見っけ!」


翌朝。
美羽が級友の伊藤なおこ、渡辺ちなみと共に高校へ登校中。

なおこたち「サッカー部のマネージャー?」「あんた、そんなのやるの?」
美羽「うん、募集してたんで」
ちなみ「誰かお目当ての人でもいるんじゃないの?
美羽「あ~、違うって。なんか、おもしろそうかなって」
なおこ「マネージャーかぁ。ねぇちなみん、私たちもやろっか? ほら、あんたの好きなA組の井原くんもいるしさ」
美羽「3人みんなで入ろうよ。きっと楽しいし」
声「男漁りもできるし、か」

綾音が庭石に腰掛け、ノートパソコンを叩いている。

美羽「……あの、それって、どういう?」
ちなみ「相手にしないほうがいいよ」
美羽「え?」
ちなみ「D組の五十鈴綾音。変わり者でさ、クラスでも浮きまくってるんだって。行こ行こ」
美羽「う、うん……」

綾音「2年B組、真鶴美羽。こんな近くにいたなんてね、本物の『ゲートキーパー』が」

ノートパソコンに下げている鈴が、小気味よく鳴る。


綾音のクラスの授業中。

教師「──今でいうマツムシ、スズムシ、キリギリスやコオロギなど、秋に鳴く虫の総称だということだ。そこのところは十分に注意しろよ。では次の歌。こちらは5・7・7、5・7・7という韻を踏んだものとなっている。元興寺の法師、つまり僧侶が書いたとされるが──」

綾音は授業そっちのけで、携帯をいじっている。
窓の外で囀る小鳥を見て、ふと、頬を緩める。

教師「えー、この歌を…… そうだな。五十鈴! 出席番号3番、五十鈴綾音! この部分だ。現代訳できるか?」
生徒たち「何やってんだか」「いつものことじゃん」

ムッとして綾音が立ち上がり、平然と答える。

綾音「『白珠(しらたま)は人に知らえず知らずともよし 知らずとも我し知れらば知らずともよし』── 『白珠』は真珠、才能や努力を示す。よって現代訳は『その秘められた能力は人に知られない、しかし世に知れなくてもかまわない。たとえ知れなくても、自分さえ自分の能力を知っていればいいのだから』── 以上」
教師「そ、その通りだ。よく授業を聞いてるな。座って良し」

平然と綾音が着席し、また携帯を手に取る。
生徒たちが小声で噂する。

「うわ、嫌な感じ」
「勉強しか取り柄ないんだもん、仕方ないっしょ」
「なんかさ、キモイよね」
「オタクなんだってさ、女オタク」
「え、何なの?」
「パソコンとか、そういうのでしょ」
「えぇ、引きこもってんの?」「みたいだよ」
「うわぁ……」


交通事故現場。
ひしゃげた車を、警官たちが囲んでいる。

「橋本警部! まもなく科警研から調査チームが到着します。あ、駄目です! 勝手に……」
「勝手もクソもあるか!? この事故で、8人も死んだんだぞ」

運転手はすでに死んでいるが、その顔は怪物のような奇怪な形に変貌している。

「やはり同じか……」
「えぇっ!?」
「しかし、ここまで原型を保っているのは珍しい」

運転手がいびつに動き出し、そして消え去る。

「こ、これは!?」
「やれやれ…… いつもと同じか。これじゃ話にならんな。肝心の犯人(ホシ)が消えちまうんだからな」


綾音の高校の前。
前作の登場人物の1人・影山零士に、綾音が逢っている。

影山「見つけたらしいな」
綾音「たぶん」
影山「で、使えそうか?」
綾音「まだ分からないけど」
影山「生粋の能力者は貴重だ。逃がすな。この数年、奴らの動きは活性化している。近い内に大物も出てくるかもしれん。能力者は有効な駒になる」
綾音「私みたいに?」
影山「お前は……」

影山がサングラスを外し、かすかに笑みを見せる。

影山「駒なんかじゃ、ないさ」
綾音「そう?」
影山「あぁ」
綾音「それと、ここ1週間のぶん」

綾音が、袋包みを渡す。
影山は引き換えに、札束を綾音に渡す。

影山「ご苦労。なるほど、結構な数だ。ただ、あまり無理はするなよ」
綾音「了──解……」
影山「これは誰にも知られることのない反攻作戦だ。我々の社会そのものがインベーダーに乗っ取られて、すでに30年…… 奴らはその数を増す一方だ。最早、我々に時間的猶予はない。お前にもこれまで以上に──」
綾音「矛盾してる」
影山「ん?」
綾音「『無理するな』って言うのと」
影山「そ……そうだな」
綾音「じゃ行くよ。駒、捕まえに」
影山「頼む」


夜のゲームセンター。
美羽、ちなみ、なおこの3人がクレーンゲームで盛り上がっている。

「次、これやってみる?」
「あっ、ゲバちゃん!」「すっごい腕時計!」
「駄目。あれ、取りにくいんだって、あのテの」
「あ、私これやってみよ。──あぁっ!? さよなら、私のゲバちゃん……」

「次、あれやってみる?」「踊る奴?」「あ、あれ得意~」
「今日は最後まで行けるといいなぁ」「曲は?」「うーん」

ゲームの筐体を覗き込む3人。短いスカートの淵が際どい。

声「意識せずにそうやって男を誘っている、と」

見ると、綾音がゲーム台の前に座っている。

美羽「あ、また……」
なおこ「ちょっと、あんた!」
美羽「な、なおちゃん……」

なおこが綾音に詰め寄る。

なおこ「あんた! 朝から妙に突っかかって、どういうつもり!?」
綾音「……」
なおこ「答えなさいよ!」
綾音「知能、低そう」
なおこ「な……!? あんたぁ!」
美羽「いいよ、なおちゃん。私、気にしてないし」
なおこ「けどぉ!」
綾音「それよりさ…… もっと面白いことあるんだけど、来る?」

なお「行くことないよ、美羽」「うん、ないない」


美羽はなぜか綾音にいわれるがまま、夜の街をついて行く。

綾音「自分の力。何なのか、知りたくない?」
美羽「え……?」
綾音「どう? 真鶴美羽、ちゃん」

いつしか、アーケード街に到着する。
夜も更け、どの店もシャッターが閉まっており、通行人もいない。

美羽「あの、えっと…… 見たん……ですか? 違いますよねぇ~?」
綾音「カエル?」
美羽「え?」
綾音「あんたの能力。カエル? それとも、ウサギ?」
美羽「や、やっぱり~! え、えっと…… 見たのって、どこで? その……」
綾音「その力が何なのか、あんた自身もよく知らない」
美羽「うんうん」
綾音「教えてあげる。実地でね」

どこからか、十数人の無表情な男女が現れる。
体がみるみる歪み、コートに黒帽子にグラサン姿のインベーダーと化す。

綾音「データ通りか」
美羽「え!?」
綾音「濃密なIPWの発生源。昔はこう呼ばれていた── 『怪電波』と」

インベーダーたちの体から、無数の砲門が伸びる。

美羽「え、え~!?」
綾音「どいてな。やるよ」

綾音がコートをはだけると、裏地には無数の携帯電話が縫い付けられている。
両手に1つずつの携帯電話を構え、キーを連打する。

美羽「あ、あの~、電話してる場合じゃ……」
綾音「黙って見てる」
美羽「は、はい! ……とは言ったものの~」

砲門が一斉に火を吹く。

美羽「きゃあぁ~!」

綾音が携帯をかざす。
砲撃が炸裂し、爆煙があがる。
美羽が恐る恐る見ると、携帯から光の輪が展開し、砲撃を食い止めている。

美羽「光の…… 輪っか?」

さらに綾音が、別の携帯を投げつける。
地面に突き刺さった携帯から、光の輪が展開。
インベーダーたちはたちまち、炎に包まれる。

インベーダー「ガ…… ガガ……!?」

炎がやむと、インベーダーは1人残らず消滅しており、地面には輝く結晶体が転がっている。
綾音は冒頭と同様、平然と結晶体を拾い集める。

美羽「あれ? あ、あの…… 教えてください。今のアレ、何なんですぅ?」
綾音「『アレ』ってどっち? 『インベーダー』? それとも『疑似(イミテーション)ゲート』?
美羽「え?」
綾音「奴らはどこにでもいる。そして── 奴らは、我々のすぐそばに」
美羽「インベー……ダー……? 宇宙人……?」
綾音「それともう一つ。私がさっき使った能力は──」

声「電子回路ト・エネルギー転送ニヨル・疑似ゲート能力── 危険・排除スル── 排除スル──」

地面を突き破り、数十メートルもの巨大な鉄球型のインベーダーが現れる。

美羽「わぁ~!?」

美羽は腰を抜かす。

インベーダー「攻撃ヲ── 開始スル──」

美羽「にに、逃げましょうよ、五十鈴さん!」
綾音「今逃げてどうすんのよ」
美羽「で、でもぉ~!」
綾音「それより、はい」

綾音が美羽に、携帯電話の束を手渡す。

綾音「これ、適当に1個ずつ落としながら逃げ回る」
美羽「えぇ~!?」
綾音「あんたの『跳躍のゲート』で」
美羽「げ、げーとぉ!?」
綾音「言ってごらん。『ゲート・オープン』って」
美羽「そんな急に言われてもぉ~!?」
綾音「急じゃなきゃまずいっしょ?」
美羽「え? きゃぁ~」

インベーダーの鉄球が変形し、不気味な触手が伸び、今にも2人を襲わんとしている。

美羽「五十鈴さん! さっきのバリアーみたいなの…… え!?」

綾音はいつの間にか、遠く離れたところに座り込んでいる。

綾音「じゃ、後はよろしく」
美羽「そそそそそ、そんなぁ!?」

インベーダーの触手が次第に迫る。
本能的に、美羽の力が目覚めてゆく。

美羽「……ゲート・オープ──ン!!

光の輪が展開し、美羽が地面を蹴り、大きく跳躍する。
綾音はパソコンを打っている。

美羽「五十鈴さぁん!?」
綾音「は──い。早く携帯落とす!」
美羽「そ、そんなぁ!?」

空中の美羽を目がけ、触手が迫る。

美羽「わ、わかりました! 携帯ですよねぇ!? え、えぇ~い!」

携帯の1個を、触手目がけて投げつける。
コン、と空しい音を響かせ、携帯電話は地面に転がるだけ。

美羽「え!? なんでぇ~!?」
綾音「はい、いいのいいの。その調子ね」

インベーダー「抹消セヨ── ゲートノ一族ヲ── 抹消セヨ──」

さらに触手から、砲撃の雨が降り注ぐ。

美羽「きゃぁっ! 携帯、携帯……」

美羽が必死に携帯を投げつけるが、一向に何も起きず、携帯は地面に転がるばかり。
インベーダーの攻撃が続く。
美羽は必死に壁を蹴り、宙を舞い、避け続ける。

美羽「もう、やられちゃう~!」
綾音「文句言わない」
美羽「えぇ~ん!」
綾音「泣くな」
美羽「死ぬぅ~っ!」
綾音「まだ生きてる」
美羽「きゃあ~っ! お母さぁ~ん!」
綾音「今はいない」
美羽「お、お父さぁ~ん!」
綾音「……そんなもん、役に立たない」

美羽が力尽き、鉄球目がけてフラフラと落下してゆく。

インベーダー「目標── 自由落下開始 抹消セヨ── 抹消セヨ──」

無数の触手が美羽に迫り、絶対絶命。

美羽「もう、駄目~~っっ!!」

綾音「全システム構築完了。全デバイス、GPSと連動。アクセス開始。──ゲート・オープン

綾音がパソコンのキーを叩く。
地面に転がったいくつもの携帯が、一斉に作動する。
インベーダーを取り巻くように、巨大な光の輪が展開する。

美羽「え…… あれは……!?」

インベーダーが強烈な光球に包まれ、みるみる消失してゆく。

美羽「あれも…… 『ゲート』!?」

インベーダーが、無数の光の粒子となって四散する。
地面に降りた美羽が、大きく息をつく。
綾音は平然と、地面に散らばった結晶体を集める。

美羽「五十鈴さぁ~ん! や、やりましたね! 私たちがあの化け物を……」
綾音「あんたは、ただ跳ねてただけ」
美羽「え? ……でもこれ、すごいニュースになりますよね! 『都内の女子高生、お手柄』とか」
綾音「ならないよ」
美羽「え!?」
綾音「そういう仕組みなの。そろそろ行くよ。詳しい説明は、場所を変えて」
美羽「あ…… はい!」

そのとき、攻撃が一閃。
綾音のパソコンが転がり、下げていた鈴がちぎれ飛ぶ。
かろうじて生き残っていたインベーダーが、瓦礫の隙間にいる。
地面に転がった鈴に、綾音の目の色が変わる。

綾音「あいつ……! ブッ飛ばす!!」

綾音が傍らの鉄パイプを拾い上げ、突進する。

綾音「うぅおお──っっ!!」
美羽「五十鈴さぁん!?」

綾音「ウルトラぁぁ──っ! 旋風斬りぃぃ──っっ!!」

先ほどの携帯とは比較にならない激しいエネルギーを迸らせ、今度こそインベーダーが消滅する。

美羽「五十鈴……さん? 五十鈴さぁん!」

綾音が我に返って、鉄パイプを捨てる。

美羽「大丈夫ですかぁ? 驚きました、五十鈴さん! 携帯なくても、あんなことできるんですねぇ~」
綾音「また、使っちゃったよ……」

パトカーのサイレンの音が近づいてくる。
綾音が立ち去る。

美羽「あ、待ってくださいよ~、あの~」


後日。
影山が美羽に、ゲートキーパーズの隊員証を渡す。

影山「おめでとう。君は『イージス・ネットワーク』の一員として認定された。『跳躍のゲートキーパー』として。以後の連絡を待て」
美羽「でも、私そんな…… 今度からサッカー部のマネージャーもするんで、あの……」
綾音「言ったでしょ? 『もっと面白いことしよう』って」
美羽「でも……」

影山が車で走り去る。

美羽「あ~……」
綾音「よろしく頼むよ」

綾音も歩き去る。

美羽「って、五十鈴さぁん!? そんなぁ、もっと詳しく教えてくださいよぉ、五十鈴さぁ~ん!」



こんな街に生まれて、こんな街に暮らしてる。

人ばっかり。うるさい音ばっかり。
そこら中に、ささやかな悪意が蔓延ってる。
呆れるくらい、くだらない街。

だからせめて……
面白いことしたいと思ってた──



(続く)

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最終更新:2017年05月27日 23:07