地獄少女 宵伽の第1話


蠱惑(こわく)に溺れし 哀れな(えにし)
夢か(うつつ)か 光か闇か
(あま)(こと)の葉 浮かんで消えて
時の(まにま)にゆらゆらと
沙汰を語るは宵伽(よいのとぎ)
晴らせぬ怨み 晴らします──



とある高校の授業中。
多くの生徒たちが、机の下に隠したスマートフォンを操作している。
LINEの同級生同士のグループで、生徒への陰口が飛び交っている。

「毎日イモ」
「なんかクセー」
「ガス丸クセー」
「イモ食ってぷー」
「イモプー」
「毎日イモ」
「朝からぷー」

生徒たちは、小声で笑い合っている。
陰口の標的、真山静香は、会話には参加しないものの、膝の上のスマホの画面を見て、唇を歪めている。

隣の席の生徒が、床に落ちていた消しゴムを拾う。

生徒「真山さん、消しゴム落ちたよ」
真山「あ…… すみません」

「消しゴム落として気づかない」
「ガス丸トロい」
「しかもクサい」
「トイレ流しちゃおう」
「流すんだったら地獄だろ」
「イイネ!」
「地獄少女に頼もう」
「誰かよろしく」


夜。
真山は自室で、スマホで地獄通信にアクセスし、生徒の1人の名前を書きこむ。
地獄少女・閻魔あいが現れる。

あい「呼んだ?」
真山「地獄少女……?」



見えない聞こえない



真山「本当にいたんだ……!」
あい「迷ってる」
真山「えっ?」
あい「地獄へ流したいのは、本当にその子なの?」
真山「たぶん…… うぅん、間違いない。秋野さん、こっち見て笑ってたもん!」
あい「そう」
真山「あと、他の人もお願い!」
あい「他の人?」
真山「コメントしてるみんな! 井本くんも遠藤さんも緒方くんも……」
きくり「アンポンタン!」

きくりも現れる。

きくり「地獄流しは1人1回だ! 欲張るな、アンポンタン!」
真山「駄目なの!? 何とかならないの!?」
あい「行くよ、きくり」
きくり「うん」

あいときくりが、姿を消す。

真山「待って、待ってよぉ! 私を助けてよぉ!!」
きくりの声「頭冷して出直せ、ボケナス」

母がドアをノックする。

母「静香、どうしたの? こんな時間に大声出して」
真山「……何でもない」
母「『助けて』って、何かあったの?」
真山「何でもないってば! 放っといて!!」


翌日、学校での授業中。

「ガス丸靴下黄色」
「ダサ」
「ダサ」
「プーで色がついた」
「イモ食ってプー」
「プ~」

真山がスマホに気を取られ、消しゴムを落とす。

真山「あ、すみません…… へへ、またやっちゃった」

昨日拾ってくれた隣の生徒は、一瞥もしない。

「また消しゴム落とした」
「ガス丸ウザ」
「ウザ」

「触るとニオイ移る」
「病原菌」
「キモい」
「太ってる」
「イモ」


あいの使い魔、輪入道、一目連、骨女の3人が、その様子を監視している。

骨女「いつ頃からなんだい?」
一目連「1か月くらい前かな」
骨女「文字はキツいよねぇ、何度でも読み返せるから」
輪入道「『ガス丸』ってのは?」
一目連「あの子、小太りだろ? 『風船みたいにガスが溜まってるから、丸いんだろう』って」
骨女「それでガス丸かい? 可哀想に……」
輪入道「で、何をしたんだい?」
一目連「コメントの中に、理由らしいものは見当たらなかったよ」
骨女「きっかけなんて、大抵は些細なことだからねぇ」

「ガス丸んち、喫茶店だって」
「ママだけ」
「パパは?」
「逃げた?」
「マジで?」
「遺伝だからママも臭い」
「店も臭い」
「珈琲も臭い」

真山が我慢しきれず、「みんな死ね!」とスマホに打ち込むが──

教師「こら!」

真山が我に返り、入力を思い留まる。

教師「湯川!」

教師が別の生徒、湯川麻子のもとへ詰め寄る。
湯川は隠すことなくスマホを手にし、堂々とヘッドホンを付けている。

教師「授業中だぞ! 携帯やめろ!」

一目連「危機一髪。もし、あんなコメントしてたら」
輪入道「周りの思うツボだったな」
骨女「あの湯川って子のおかげだね」


昼休み。
生徒たちは教室で、弁当や雑談を楽しむ。

真山は1人、コンビニ袋を手に、無人の屋上の隅に座り込む。
傍らでは相変らず、スマホの画面で、生徒たちの陰口が飛び交っている。

湯川「コンビニなんだ」

隣に湯川が座り、弁当箱のサンドイッチを見せる。

湯川「食べる?」
真山「……」
湯川「私が作ったの」

湯川は弁当箱を、真山のそばに置く。

湯川「ここ、眺めいいじゃん」
真山「……」
湯川「あれ? 子供がいる」

校庭で生徒たちの中、きくりが三輪車を山童(やまわろ)に押させている。

きくり「ブルンブル~ン! ちゃんと押せ、わろわろ。遅いぞ!」
山童「ここは駄目ですよ、姫。みんな見てるじゃないですか」
きくり「減るもんじゃなし、見たいんなら見せてやれ~!」
山童「何言ってるんですかぁ!?」
輪入道「こらっ! 入って来るなと言っただろ!」
きくり「あっ、ハゲが来たぁ!」

湯川「プッ! あの用務員さん、ちょっと良くね? あ、いいよ、食べて」
真山「……」
湯川「不味くないと思う」
真山「うちのお母さん、お節介で鬱陶しくて、それでお昼はコンビニにしてるの」

真山がサンドイッチを口にする。

真山「美味しい」
湯川「そっか、良かった」
真山「美味しい……」

真山が涙をこぼす。
湯川が真山のスマホを取り、画面を消す。

湯川「見なきゃいいじゃん。なんで見るの?」
真山「気になるから……」
湯川「関ろうとするから、傷つくんだよ」

湯川がヘッドホンで耳を塞いでみせる。

湯川「こうすれば、誰とも関らなくて済むじゃん」
真山「でも……」
湯川「1人じゃ寂しい?」
真山「……」
湯川「だったら、私が友達やってあげる」
真山「えっ?」
湯川「真山なら、いいよ」
真山「……どうして? 誰とも関りたくないのに。どうして、私に」
湯川「わかんない」
真山「……」
湯川「似てるから、かな」

あいが彼方で、その様子を見つめている。

「地獄少女なんて、いらない」

どこがで少女の声がする。
あいが振り向くが、声の主は見えない。


真山の母が自宅で営む喫茶店。

母「いらっしゃい。──あら」

真山と湯川。

真山「ただいま」
母「お帰り」
真山「友達の、湯川さん」
母「こんにちは」

湯川はわずかに頭を下げただけで、目を合せず、スマホをいじっている。

真山「奥の席、行こう」


湯川は真山と談笑もせず、テーブルの上のパフェにも手を付けず、相変らずスマホを操作している。

真山「ねぇ、それ何やってるの? ゲーム?」
湯川「──ん? 何か言った?」
真山「あ…… うぅん、何でもない」

真山がカウンターの母に。

真山「コーヒー入れて」
母「ちょっと、何なの、あの子? 初めて友達連れて来たと思ったら」
真山「そんな言い方しないで」

真山がテーブルに戻る。

湯川「何だって?」
真山「えっ?」
湯川「気に入らないって? 私のこと」
真山「ち、違うよ。『飲み物はコーヒーでいいか?』って。いいよね、コーヒーで」
湯川「嘘つかなくていいよ。わかるから」

別のテーブルには、客に扮した骨女と一目連がいる。

骨女「微妙だね」
一目連「だな」


翌日の学校。
真山がトイレから出ると──

湯川「ちょっと来て」


湯川は、真山を屋上へ連れてゆく。

真山「グループ?」
湯川「そう、真山用に作ったんだ。リンク送ったから、見てみ」

真山のスマホに、「関わりたくない系」と題したグループへの案内が届いている。

湯川「気にするなって言っても、どうせ気にするだろうなって思ってさ。言いたいことがあったら、これからはここに吐き出せば? 溜めるから辛くなるんだし」
真山「良かった……」
湯川「ん?」
真山「嫌われたのかと思っちゃった」
湯川「なんで? 友達じゃん」
真山「友達…… そっか」

湯川も自分のスマホを手にして、画面を見る。

湯川「つっかさぁ、ハンドルネーム『ポンタ』って」
真山「あっ、昔飼ってた犬の名前」
湯川「ダッサ!」
真山「フフ…… あ、湯川さんのハンドルネームは──」

画面を確かめると、グループのメンバーは「ポンタ」「イヴ」「ナイト」の3人。

真山「あれ? もう1人いる」
湯川「私は『イヴ』。『ナイト』っていうのは、B組の横田」
真山「横田さん? 知らないけど」
湯川「私と同じ、関りたくない系。真山のことは話してあるから、大丈夫だよ」
真山「湯川さんの友達なんだ。じゃあ、後で挨拶した方がいいね」
湯川「LINEでね。直接は無し」
真山「えっ、でも……」
湯川「だから、関りたくない系」
真山「あ…… そっか、わかった」

イヴ「関わりたくない系のグループ作ったよ。よろしく♪」
ポンタ「ナイトさん。ポンタです。よろしく」


以来、真山は自宅でも登下校中も、「関わりたくない系」への書き込みに夢中になる。
下校時の駅のホーム、真山がスマホを手にしている姿を、あいたち一同は反対のホームから眺めている。

山童「何だか、楽しそうですね」
骨女「何書いてるんだろ?」
一目連「見てこようか?」
輪入道「いや、もういいだろう。潮時だ」
きくり「ちぇ~っ! 今回は空振りかぁ!」

イヴ「緒方は?」
ポンタ「死ねばいい」
イヴ「秋野は?」
ポンタ「死ねばいい」
イヴ「井本は?」
ポンタ「死ねばいい」

ナイト「どんな死に方?」

真山「えっ? そうだなぁ……」

線路に電車が入って来て、あいたちと真山との間を遮る。
電車の窓ガラス越しに、謎の少女・ミチルの姿が見える。

ミチル「閻魔あい── あれでいいの?」
あい「……」
ミチル「あなたなら、知ったことじゃないか」
きくり「誰だ、お前!?」

電車が発車し、ミチルの姿は見えなくなる。

骨女「消えた……?」
きくり「あい、今の誰だ!? 知ってるのか!?」

あいは、無言で歩き出す。

きくり「おい! 待て、こらぁ! どこに行くんだぁ!? 無視すんな、あい~!」

きくりが山童の脚を蹴飛ばす。

山童「痛っ! なんで僕なんですかぁ!?」


真山の自宅の喫茶店でも、カウンターで、スマホに夢中になっている。

母「良かったぁ……」
真山「ん?」
母「いい顔してる」
真山「そう?」
母「お母さん、安心した。ね、それ、相手はこの間の?」
真山「──ん、何か言った?」
母「うぅん、別に。邪魔してごめんね」

ナイト「流石ポンタw」
イヴ「神谷に仕返しするならどんな?」
真山「神谷さんかぁ……」
ナイト「ポンタエグイから」
ナイト「期待」
真山「フフ、期待された。神谷さん、そうだなぁ……」


翌朝、真山が登校する。
教室で、生徒たちが一斉に、白い視線を向ける。
真山の席にはパソコンが置かれ、その画面には──
ナイト「秋野は?」
イヴ「いいね!」
ナイト「ポンタよろしくー!」
イヴ「どうします、ポンタさん?」
ナイト「そうそう、ポンタ様ぁ~」
ポンタ「ん~…」
イヴ「ゴクリ」
ナイト「ゴクリ、ゴクリ」
ポンタ「死ねばいい」
しかも、ポンタのアイコンには、真山の顔写真が表示されている。

真山「これ……!?」

生徒たちの方を振り向くと、皆の白い視線が突き刺さる。

真山「湯川さんがするはずない…… ナイト? 横田さん!?」

真山は横田がいるという、B組の教室へと駆け込む。

真山「あの、横田さんって、どの人?」
男生徒「えっ? あぁ。横田ぁ、お客さん」

談笑している女生徒の1人が振り返る。

女生徒「あぁ? 誰?」
真山「あ、あの…… 私、ポンタだけど!」
女生徒「はぁ? プッ! アハハハハ! ポンタぁ!? アハハハハ!」

女生徒たちが談笑相手と共に、涙が出るほど笑い転げる。


LINEでは、真山への陰口が加速している。
「ガス丸サイアク」
「許せねー」
「もう教室入れるな」
「退学させよう」
「でも何されるかわかんない」
「殺されるかも」
「こわい」
「こわい」
真山がとっさに、画面をスクロールし、生徒たちの陰口を過去へとさかのぼる。
イヴ「真山静香ってウザくね?」
真山「最初に書いたのは、イヴ!?」

教室に戻るが、湯川はいない。
誰かの投げた黒板消しが、真山の頭に命中する。

真山「誰!?」
「ほら! こわ!」
「こわい」
「こわい」
「こわい」
真山「誰よぉ!?」
「こっち見るな」
「見るな」
「見るな」
湯川が現れる。何があったのかわからないような表情。
「消えろ」
「消えろ」
「消えろ」
真山が湯川を突き飛ばし、走り去る。


その夜。
真山は地獄通信にアクセスし、湯川の名前を入力する。
あいたちが現れる。

あい「呼んだ?」
真山「今度は、ちゃんと1人だけ。騙されてた…… 許せない」
あい「輪入道」
輪入道「あいよ、お嬢」

輪入道が、藁人形に姿を変える

あい「受け取りなさい。あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解けばいい。糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになる。怨みの相手は、速やかに地獄へ流されるわ」
真山「地獄……」
あい「ただし、怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらう。人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたの魂も地獄に堕ちる」
真山「私も、地獄に……?」
あい「死んだ後の話だけど。極楽浄土へは行けず、あなたの魂は痛みと苦しみを味わいながら、永遠に彷徨うことになるわ。──あとは、あなたが決めることよ」


真山は夜の公園に、湯川を呼び出す。

湯川「そうだよ。クラスを煽ったのは、私だよ」
真山「どうして……?」
湯川「あんたが、ウザかったから」
過去の回想。
湯川がスマホを操作しながら、廊下を行く。
スマホに気をとられ、真山にぶつかり、真山のスマホが床に転がる。

真山「あ……」
湯川「……」
真山「す、すみません」
湯川「ムカついた。ぶつかったのは、こっちなのに。落ちたスマホだって、私のじゃないのに。しかも同級生に向かって…… だから」
イヴ「そういえばさ」
イヴ「真山静香ってウザくね?」
イヴ「同級生にすみませんとか言う?」

「あー言う言う」
「すぐ謝る」
「大したことなくても謝る」
「ごめんじゃなくてすみませんて言う」
「むかつく」
「ウザ」

イヴ「あいつの新しい呼び名」
イヴ「真山静香=ガス丸」

「ガス丸? なんで?」
「ガス溜まってるから」
「だから体が丸い」
「ガス丸だ」
「ガス丸ウザい」
「ガス丸クサい」
「イモ食ってプーするから」
湯川「でも、こんなことになるなんて思わなかった…… すぐ終わると思ってた。だから、悪かったと思って、それで、真山用にグループ作ったんだよ」
真山「悪かった……? よく言うね。別のところにアップして、私のこと笑ってたくせに」
湯川「あれは違う! 私じゃないよ」
真山「じゃあ、誰がやったの? 横田さん?」
湯川「そういうことに、なるかな……」
真山「私、会ったよ。横田さん」
湯川「──?」
真山「それでわかった。イヴもナイトも、あなたが1人でやってたのね」
湯川「はぁ!? 何それ?」
真山「嘘つき……! 信じてたのにぃぃ!!」

真山が藁人形を湯川に突きつけ、赤い糸を解く。

輪入道「怨み、聞き届けたり──」


湯川が気づくと、どこかの空間で、自分の顔がスマホと化している。

真山「な、何これ!?」

呼び出し音が鳴り、スマホとなった湯川の顔を、輪入道が耳に当てる。

湯川「え~っ!?」
輪入道「もしもし? もしもーし?」
湯川「やめてぇぇ!!」
輪入道「スマホはベッタリくっつくから、汗が噴き出して暑苦しいなぁ」
湯川「苦しぃぃ!!」

骨女がパソコンに向かい、一目連と山童が画面を覗きこむ。

骨女「このスマホ、なんか重くなったから、データを整理しとこうかねぇ」

画面の「麻子の臓器」のフォルダを開くと、中には様々な内蔵のアイコンがある。

山童「胃袋は壊れてるから、捨てましょう」

胃のアイコンをごみ箱に入れると、湯川の腹に激痛が走る。

湯川「うぅぅっ~っ!」

骨女「重たいから、肝臓も腎臓もいらないか」
山童「腸もデータが重すぎますね」
湯川「や、やめてぇぇ!!」
骨女「じゃ、最後に心臓を」
湯川「うぅぅっ~っ!」

あい「闇に惑いし哀れな影よ。人を傷つけ貶めて、罪に溺れし業の魂── イッペン、死ンデミル?」

身に纏った着物の蝶の模様が、無数の蝶と化し、湯川の視界を埋め尽くす──


三途の川。
あいの漕ぐ木舟の上で、湯川が泣き崩れる。

湯川「お願い、帰してぇ……」

ミチル「間違ってるよ」

川岸、賽の河原をミチルが歩いている。

ミチル「間違ってる」
あい「正しいとか間違ってるとか、そういうのは関係ない。これは仕事なの」

ミチルが霧の中へと消える。あいの木舟が、地獄へ通じる大鳥居へと向かってゆく。

あい「この怨み、地獄に流します──」


あくる日の学校。

真山は湯川のように、ヘッドホンで耳を塞ぎ、周囲に目もくれずにスマホを手にしている。

廊下で他の生徒にぶつかるが、スマホを見たまま、一瞥もせずに通り過ぎる。
新しいメッセージが届く。
ナイト「変わったね。何かあったの?」


B組の授業中。

教師「じゃあ、次を── 横田」
女生徒「はぁ~い!」

真山のハンドルネームを笑った女生徒が、元気に手を上げる。

教師「いや、お前じゃない方。おい、横田!」

机の下でスマホを操作していた男生徒が立ち上がる。

「あ…… はい!」



あなたの怨み、晴らします──

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最終更新:2018年09月08日 05:00