鳥のさえずりが響き渡る朝。
ソファの上の、顔の造形が微妙なぬいぐるみ。
ケースに飾られた沢山のアロマキャンドル。
机の上には本とダイオウグソクムシの人形。
新体操の大会のトロフィーと盾。
鳴りだした目覚まし時計のアラーム。6時を指していた。
少女の手がアラームを止める。
椎名心実、17才。私立聖櫻学園高等部2年B組。新体操部所属。
メロンパンが大好きだが、部活の大会が近くなるとスタイルや体重を気遣って食べられないことが目下の悩み。
アロマキャンドルのコレクションが趣味で、他人よりずれた可愛さの基準の持ち主。
低血圧で朝に非常に弱い彼女は、目覚ましを止めてもすぐ2度寝してしまう。
そこにノックの音がして、母が入ってくる。
母「心実、朝練あるんでしょ。起きなさい」
部屋の明かりをつける。
心実「…」
目をこすり、どうにか身体を起こし、そしてあくびする。
心実「…おはようございます…」
寝ぼけ眼のまま母に挨拶。
朝食の支度は既に済んでおり、制服に着替えた心実がダイニングに入ってくる。
心実「おはようございます」
父「おはよう、心実」
心実は父にも挨拶し、テーブルに着く。
母「心実、早く食べないと遅れちゃうわよ」
手を合わせる心実。
心実「いただきます」
父「朝練ってことは、大会が近いのかい?」
母もテーブルに着く。
母「…県大会入賞が目標なんですって。頑張らないとね」
心実「はい」
朝食を済ませた心実。玄関で靴を履く。
心実「行ってきま~す!」
母「行ってらっしゃ~い!」
そして家を飛び出し、学校へと足を急がせる。
ここは聖櫻学園。
心実「おはようございま~す!」
通りすがった男子生徒に挨拶し、心実は校門へと駆け込んでいく。
心実「おはようございます!」
女子生徒「おはよ~!」
花壇の花に水をやっている、1年生で園芸部の夢前春湖。
父は植物学者で、幼少から植物と付き合ってきた。そのせいか人付き合いは苦手な方。空想好きでぼんやりしていることが多い。
春湖「そろそろ、肥料を追加してあげないといけませんね~」
彼女の背後を心実が通り過ぎる。
弓道部に所属する、3年生の重藤秋穂と2年生の上条るい。
秋穂はその部長で、クールビューティーを絵に描いたような立ち振る舞いから同性に人気が高い。
後輩のるいはプライドが高く常に上から目線だが、面倒見は良い。
るい「…そうなんです」
秋穂「うふふ…」
るい「…?」
秋穂「?」
るい「橘先生!」
秋穂「おはようございます」
橘響子。2年B組担任で国語教師、そして弓道部顧問。
身長の低さを気にしている。
響子「おはよう。上条さん、重藤さん」
心実「おはようございます! 橘先生!」
響子「おはよう、椎名さん」
響子・秋穂・るいが並んで歩く。
「あ、おはよう」
柔道部員の2年生、熊田一葉。
幼少の頃からとにかく柔道一直線。考えるよりまず動くタイプで、テストの成績はからっきし。
心実「お疲れ様です、熊田さん」
水飲み場で水を飲んでいる陸上部員の2年生、春宮つぐみ。
ボーイッシュな外見ながら、少女漫画に目が無いという意外な一面も。
飲み終えたところに…。
「春宮さ~ん!」
心実が声をかける。
つぐみ「?」
心実「おはようございます!」
つぐみ「おはよう椎名さん! 朝練頑張ろうねー!」
心実「はい!」
体育館の一部にある、新体操部の練習場のドアを空けようとした瞬間…。
「あ、椎名先輩!」
声をかけたのは葉月柚子。ラクロス部の1年生。
快活で運動神経も中々。しかし意外と淋しがりや。実家は蕎麦屋を営んでいる。
柚子「新体操の大会、もうすぐですね!」
心実「再来週の日曜です。あまり時間が無いので、ちょっと焦りますね…」
柚子「椎名先輩なら大丈夫ですよ! 応援してます!」
心実「ありがとうございます、葉月さん」
そして心実は体育館へと入っていく。
レオタードの上にジャージの上着を着込み、ロッカーを閉める。
心実「…よし!」
上級生が準備運動をしているところに心実が入ってくる。
女子生徒「おはよう、椎名さん」
心実「おはようございます」
心実も上級生に混じって準備運動を始める。
それからしばらくして、上級生がMP3プレイヤーのスイッチを入れる。
流れ出した音楽に合わせて、心実は棍棒の演技練習を始める。
上級生も見守る中…。
心実「!」
棍棒を空中に放り投げる。
すると突然カメラのシャッター音が。誰かが練習場に入り込んで撮影している。
心実「? あ、あ……」
人の気配を気にしてか、棍棒を落としてしまった。
「やぁ~、惜しい!」
心実「望月先輩!」
写真部の3年生、望月エレナ。
写真の腕は確かなのだが、女の子を撮ったり、妄想したり…と、とにかく女の子が大好き。
故に校内では色々な意味で有名人。
エレナ「ごめんね~。邪魔しちゃった?」
心実「すみません、練習中に撮られるのはちょっと…」
エレナ「うふっ。だって、あんまり心実ちゃんが可愛いからぁ~」
更に撮りまくる。
心実「先輩…」
エレナ「ねえねえ、もう一回さっきのポーズ、やってくれる?」
心実「え?」
エレナ「それ棍棒って言うの? 放り投げるところ、凄く綺麗だったわ~」
心実に歩み寄りながら…。
エレナ「もう一回、お願いしていいかなぁ~」
心実「え…あの…望月先輩…」
エレナ「いやぁ~ん! やっぱり心実ちゃん、可愛いぃ~!」
心実「あの…私、人に見られてると集中できなくて…すみません…」
エレナ「ほんと? だったら余計競技会の練習になるじゃない」
心実「え?」
エレナが心実に顔を近付ける。
エレナ「私が見ててあげるわぁ~。集中力の練習になるでしょ~?」
心実「いえ…そういうお話では…」
「ノン、ノン」
心実&エレナ「?」
「エレナサン、いけませんヨ?」
エレナ「もう、だぁれ?」
「クロエ・ルメールですヨ~」
エレナの後には、同じく3年生でフランス人留学生のクロエ・ルメールがいた。
先ほどからの特徴的なカタコトの日本語の主は彼女だった。
日本文化研究会に所属し、日々日本文化の勉強に余念が無く、特に神社仏閣巡りが趣味。
時に言葉や文化・風習を誤解することもあるが、その度に喜んで覚え直したりする。
心実「…」
クロエ「練習というものは、神聖なものです。何人たりとも、それを侵してはなりません。エレナサンのリクエストは、とてもワガママというものです」
エレナ「どうしてもダメ~?」
クロエ「いけませんです」
エレナ「え~? 残念。分かったぁ~」
去っていくエレナ。
エレナ「…ん?」
…と見せかけて再び心実に接近。
エレナ「今度練習が終わったら、ちゃんと撮らせてね」
心実「!?」
エレナ「心実ちゃん、じゃあまたね~」
再び去っていくエレナを見送る2人。
クロエ「エレナサンったら、困った人ですね…ごめんなさい。エレナサンは女の子が好きなだけで、悪いことは考えていないはずなのですケド…」
心実「いえ…こちらこそ、ありがとうございます。ルメールさん」
クロエ「ワタシ知ってます、あなたのコト」
心実「え?」
クロエ「椎名心実サン、2年生。綺麗で可愛い人でス」
心実「あ…ありがとうございます…」
クロエ「そうだ、心実サンは知ってますカ?」
心実「…」
メモを見せるクロエ。
クロエ「これ…"壁にミミあり障子にメアリー"」
心実「メアリー?」
クロエ「姉妹? 友達? 壁におるというのは、どんな状態ですカ?」
心実「…えっと、あの…そのミミは、女性のミミさんではなく、聴く方の耳のことです」
クロエ「ほあっ?」
心実「メアリーは目があるという意味で…」
クロエ「あらら…」
心実「正確には"壁に耳あり障子に目あり"といって、こっそり話をしているつもりでも、いつどこで、誰が見たり聞いたりしているか分からないから、気をつけましょう、という意味のことわざです」
クロエ「Oh! トレビアン!! 素晴らしいです。何て文学的な表現でショウ…ワタシの日本メモに、また新たな項目が増えました。ありがとうございまス!」
心実「えっと…どういたしまして…」
クロエ「これからも、心実サンはワタシに教えてくれますカ?」
心実「え? 私で良ければ…はい」
クロエ「メルシー、心実サン。また会いまショウ」
クロエを見送る心実。
心実「?」
床を見ると、紙切れが落ちている。
拾って確かめると、それは幼少時代のクロエが母や姉と一緒に映っている写真だった。
心実「これは……!?」
クロエにそれを返すために、心実は急いで体育館を出て行く。
しかし、外に出て周りを見回しても、クロエは見当たらない。
「あれ~、心実ちゃん?」
心実「?」
「どうしたの~?」
眠たげな口調で声をかけたのは見吉奈央。2年生。
アルバイトながら学校公認でファッションモデルをしており、普段は眠そうにしているが、身だしなみを整えると人が変わったようにシャキッとする。
心実とも仲が良い。
心実「えっと…ルメールさんを見かけませんでしたか?」
奈央「ルメールさんって? 3年生の? 来たばっかりだから…わかんないや…」
奈央の言葉は最後の方があくび混じり。
それと同時に始業のチャイムが鳴る。
奈央「あら~、もう着替えないと遅れちゃうよ?」
心実「! …そうでした…」
急いで更衣室に向かう心実。
もう一度あくびし、奈央は校舎へ。
2-B教室。
心実「はぁ…間に合った…」
胸を撫で下ろす心実。
入っていくと、正面からボールが飛んでくる。
心実「?」
「ごめーん!」
心実「おはようございます。相楽さん。ジャグリングの練習ですか?」
足元に落ちたボールを拾って少女に手渡す。
相楽エミ。心実とは大の仲良しで、人一倍元気だがそそっかしい。
幼少時に見た大道芸に感動し、入学してすぐ設立した大道芸研究会に所属。ジャグリングやバランス芸を得意とする。
エミ「ありがとう。ボール4つまでは上手くやれるんだけどね~」
その場でジャグリングを始める。
心実「手具の扱いは難しいですよね」
エミ「クラブとか、超難しいよね~」
ボールを落とすことなくウエストポーチにしまう。
エミ「心実ちゃんはどうしてる?」
心実「私は、遠心力を利用するのがコツだと思ってますけど…」
エミ「遠心力?」
心実「手首のスナップを利かせるんです」
エミ「なーるほどね。スナップか!」
「手首だけで重さを受け止めるようにすると、痛めやすいから気をつけてね」
エミ「?」
佐伯鞠香が間に入る。
彼女は保健委員会で、ボランティア精神には並々ならないものがある。心実やエミとも大の仲良し。
エミ「了解でーす!」
鞠香「この前突き指したところは大丈夫?」
心実「佐伯さんがちゃんと見てくれましたから、今はもう何ともないです」
心実の右人差し指を触診する。
鞠香「う~ん、大丈夫そうだね。熱も持ってないし、良かったー」
エミ「鞠香ちゃんは、聖櫻学園のナイチンゲールだね」
鞠香「保健委員として、当然のことだから…」
心実「あ…あの、質問が…」
エミ&鞠香「?」
心実「3年生のクロエ・ルメールさんをご存知ですか?」
エミ「もちろん!」
鞠香「学園内じゃ有名な人だよね」
心実「フランスからの留学生ってことだけは知っているんですけど…」
エミ「うん。だから寮に住んでるって」
鞠香「とても日本文化に興味があるみたい。この前は保健室に来て、視力検査表を写真に撮ってたよ。フランスと違うって」
興味津々で保健室で写真を撮りまくるクロエ(回想)。
エミ「興味ってそんなことまで?」
鞠香「うん」
心実「何組か分かりますか?」
鞠香「確かA組のはずよ。でもどうして?」
心実「ちょっと返したいものがあって…」
扉を開ける音が。
鞠香&エミ「?」
心実「?」
「皆さん、おはようございます」
響子が入ってきた。
生徒一同「おはようございまーす!」
慌てて席に戻る心実・エミ・鞠香。
響子「間もなく、秋季大会・文化祭とイベントが続きますが、皆さん、怪我だけはしないように、気をつけて下さいね」
ホームルームが終わって休み時間になり、心実はクロエのいる3-A教室を訪ねる。
心実「…わぁっ!?」
「!?」
教室に入ろうとしたその時、誰かにぶつかった。
心実「…す、すみません! ぼんやりして…」
「あら…こちらこそ、ごめんなさいね」
心実「あ…生徒会長!」
生徒会長・天都かなた。
超天然の癒し系で優柔不断だが、人望は非常に厚く、彼女の頼みは誰にも断れない。
かなた「…の、天都かなたです。えーっとあなた…椎名心実さんね」
心実「私のことご存知なんですか?」
かなた「ええ。だって有名だもの。新体操部のエースなのよね。あなたの演技、何度か拝見したけど、とても素敵だったわぁ」
心実「ありがとうございます…」
「会長」
心実&かなた「?」
生徒会書記を務める鴫野睦が割って入った。
1年生でありながら、かなたを中心にゆるみがちな生徒会を纏め上げているしっかり者、且つ苦労人。
睦「どこに行く気です? まだこんなに仕事残ってるんですよ」
かなた「あら~困ったわぁ」
睦「今日中にこの書類に目を通して下さる約束ですよ」
かなた「それは睦ちゃんにおまかせ…じゃダメ~?」
睦「そんなことできません! 私は書記ですから」
かなた「だってぇ~」
睦「私は副会長みたいに、甘やかしませんよ」
かなた「…睦ちゃんって厳しいわぁ~」
心実は茫然と2人のやり取りを見ていた。
かなた「…ところで椎名さん」
心実「…」
かなた「2年生のあなたが、なぜ3年生の教室にいらっしゃったの?」
心実「実は、あの、ルメールさんを捜しているんです」
かなた「そうね…さっきまでいたと思うんだけど…クロエさんは神出鬼没なのよね…何かお急ぎ?」
心実「はい。どちらにいらっしゃるか心当たりがあったら教えて頂きたいのですが…」
かなた「…そうね…」
睦「私は…」
心実「?」
睦「図書館でよくお見かけしますけど」
かなた「一度図書館に行ってみたらどうかしら。よく調べ物などをしているみたいだから」
心実「分かりました。ありがとうございます」
見送る2人。
心実が図書館へと急ぐその時、始業のチャイムが鳴る。
心実「! …」
数学Bの授業。
心実は淡々と黒板の内容をノートに書き写していた。
教師「起立! 礼!」
授業が終わり、再び心実は図書館へ。
その途中…。
心実「…おわっ!?」
誰かにぶつかった。
心実「…すみません…」
「随分急いでいるのね」
3年生、神楽坂砂夜。新聞部部長。
品行方正な才媛で情報収集力と人心掌握に長け、自分が気に入った人物をつい虐めてしまうこともあるが、根本には思いやりがある。
心実「すみません…」
砂夜「丁度良かったわ。学園新聞の取材をしたかったの」
スカートのポケットからペンを取り出す。
心実「取材?」
砂夜「ええ。秋季大会に向けて、有力選手のコメントを集めているのよ」
心実「コメントですか? …えーっと…」
砂夜「まずは意気込みを一言」
心実「そうですね…去年より上位を目指しています」
心実の発言をメモ帳に書き記す砂夜。
砂夜「全国大会を狙ってる?」
心実「はい。できれば行ってみたいです。そのためにも、県大会で良い成績を収める必要があると思っています」
「あら、心実ちゃんと砂夜さん」
砂夜「…」
砂夜と同じく3年生の笹原野々花。
陶芸部に所属し、柔和でおっとりとした性格で、心実にとっては憧れの先輩でもある。しかし料理の腕は…。
野々花「こんなところで何をしてるの?」
心実「…」
砂夜「椎名さんのインタビューよ」
野々花「まあ素敵!」
心実は照れ臭そうだ。
野々花「それはいつ掲載されるのかしら」
砂夜「来週の予定よ。…? どうしたの椎名さん」
心実「!?」
我に返る。
砂夜「顔が赤いわ」
心実「…いえ…何でもありません…」
野々花「あら、熱でもあるの?」
心実の額に手を当てる。
野々花「あ…」
心実「笹原先輩…」
憧れの野々花に直に触られ、心実の熱が急速に上がる。
野々花「大変! 熱いわ。大丈夫? 保健室に行く?」
心実「…」
緊張して返事もできない心実。
心実「…いいえ、大丈夫です…」
野々花「でも、本当に熱があるわよ?」
心実「本当に、何でも無いんです…」
チャイムが鳴る。
心実・砂夜・野々花「?」
心実「…失礼します。笹原先輩、神楽坂先輩…」
そのまま2-B教室に戻っていく。
数学Aの授業中。
心実「…はぁ…」
クロエが見つからず、ため息をつく心実。
鞠香「…?」
隣の席の鞠香が心実を見る。
昼休み。
グランドで練習しているサッカー部員。
人が集まりだした学食。
そして、校内放送のジングルが流れだす。
放送室。
お昼の放送を担当する放送委員会。
1人は櫻井明音。明朗快活で気配り上手且つ実況大好きな、ポニーテールがトレードマークの2年生。
もう1人は裏方として1年以上彼女をサポートしている、同じく2年生の押井知。スイッチを押すことが大好き。
お互い大の仲良し同士。
明音「Good afternoon! お昼休みのひととき、皆さんはどうお過ごしでしょうか。毎週月・火・木は、私櫻井明音がゴキゲンな音楽と楽しいお喋りで、聖櫻学園のお昼休みを盛り上げまーす!」
もう一度3-A教室を訪れた心実だったが、クロエの姿は無かった。
噂話に夢中な女子生徒たち。
明音「はーい! 早速ですが、私櫻井明音が皆さんのお悩みや質問に何でも答えちゃおうという、『Q & AKANE』のコーナーです!!」
図書館。
その管理を担う図書委員会の3年生、村上文緒。
読書好きで常に冷静沈着だが、人付き合いが苦手で感情表現が上手くできず、周囲から誤解されてしまうことも。
そんな彼女の元に心実が来る。
文緒「…」
心実「あの…図書委員の村上文緒さん、ですよね?」
文緒「はい」
心実「2年の、椎名心実と言います。今日ここに、クロエ・ルメールさんはいらしてますか?」
文緒「今日は、まだ見てませんね。昨日は、華道について調べたいって、顔を出してましたけど…」
心実「華道?」
文緒「ええ。クロエさんに何か…」
心実「はい。渡したいものがあって…華道部の部室にいらっしゃるでしょうか」
文緒「そうですね。最近、華道や茶道に興味を持っているようですから、いらっしゃるかも知れませんね」
心実「ありがとうございます。行ってみます」
文緒「…?」
華道部部室。
心実がドアを開けようとすると…。
心実「…?」
鍵がかかっていた。
明音「そろそろ、お昼休みも終わりに近づきました。それでは皆さん、午後の授業も頑張っていきましょうね! See you bye-bye!!」
ヘッドセットを外す。
明音「ふぅ…」
知「ふふーん! お疲れ~い!」
ガラス越しにサムズアップで応える。
明音「…お疲れ様。途中ちょっと噛んじゃった…」
舌を出して苦笑。
知「へぇ~? ぜーんぜん分かんなかったよ。大丈夫大丈夫だよ!」
午後の授業。
とある教室にて。
教師「この交渉の決裂により武力衝突が…」
バスケの授業が行われている体育館。
そして、心実は内心焦っていた。
チャイム後、生徒手帳に挟んでいたクロエの写真を見ていた。
表紙を閉じてブレザーのポケットに仕舞い、立ち上がって華道部室へ向かう。
心実「(きっと大事な写真だろうし、今日中に返したいな…)」
華道部部室。
長い黒髪にシャクヤクの髪飾りをあしらった2年生、不知火五十鈴。
華道部所属で、実家は由緒正しい華道の家元。そして春湖とは1才違いの幼馴染同士でもある。
出来上がった作品を見て…。
五十鈴「…春湖の持ってきてくれる花は、いつもながら生き生きとしているな…」
柱にもたれて寝ていた春湖が目を覚ます。
春湖「…んにゃ」
目をこする。
春湖「五十鈴ちゃんが丁寧に生けてくれるから…」
ノックの音。
五十鈴&春湖「?」
「失礼します」
心実が入ってくる。
心実「すみません。ルメールさんはいらっしゃいますか?」
五十鈴「彼女なら先ほど出ていったぞ」
心実「!? どちらに?」
五十鈴「さあ、図書館か中庭かグランドか…はたまた理科室か。とにかくジッとしていない御仁だからな…どこへ行ったのやら」
春湖「……ふわふわひらひら、ちょうちょみたいですね~」
心実「そうですか…」
午後4時。
心実は廊下に一人佇んで、外を眺めている。
心実「(図書館、体育館、理科室、どこにもいらっしゃいませんでした…)」
腹の虫が鳴る。
心実「!?」
誰もいないにもかかわらず、音を気にして周りを見回す。
心実「そういえば、今日お昼ご飯食べてませんでしたね…」
そして心実は、校庭のベンチで遅すぎる昼食をとっていた。
その頃、クロエが鼻唄混じりで階段を降りていると、ベンチにいる心実を見つけて足を止めた。
クロエ「心実サンですネ…」
食事が進まない心実。
心実「はぁ…(もし今日会えなかったら、明日早くに、教室の前で待っていようかな…)」
クロエ「タコさんウインナー!」
心実「!?」
突然目の前に現れたクロエに驚く。
心実「ル…ルメールさん!?」
クロエ「日本のお弁当、とても美しいですネ~! 写真、撮ってもいいですカ?」
心実「は、はい…」
スマホをTAPして撮影。
クロエ「ミートボール! プチトマト! おにぎり! どれも素晴らしいでス! 特にワタシは卵焼きが大好きでス!」
心実「め、召し上がりますか?」
クロエ「…ウィ、ウィ! …あーん」
心実「あーん」
口をあけたクロエに、心実は卵焼きを食べさせる。
クロエ「……!? 甘くないでス!」
心実「え?」
クロエ「お寿司の卵焼き、甘かったです。でも、心実サンの卵焼きは違いまス!」
心実「すみません。お口に合いませんでしたか?」
クロエ「ノン! 違う! おいしいです! ワタシは大好きです! セボーン!」
心実「良かった…」
隣に座ったクロエ。
クロエ「心実サンがワタシを捜してると聞きました。かなたサン、砂夜サン、文緒サン、五十鈴サン、沢山の人から。壁にミミあり障子にメアリー、聖櫻学園にクロエ・ルメールありで~ス!!」
心実「あははは…!? そうでした。実は…」
件の写真をクロエに渡す。
心実「これ、ルメールさんの写真ですよね?」
クロエ「あらら…」
受け取るクロエ。
クロエ「どこにありましたカ?」
心実「朝、体育館で…」
クロエ「ワタシ、これを落としましたか? 全然分かりませんでしたヨ…だから、心実サンはワタシを捜してくれましたカ?」
心実「はい。『早くお返ししなくちゃ』と思って…」
クロエは大喜びで心実を抱きしめ、頬にキスまでする。
心実「…ル、ルメールさん!?」
クロエ「メルシー! 心実サン! とてもとても大切な写真です。失くしたらワタシきっと、悲しみましたヨ!」
心実「そんなにルメールさんに喜んで頂けるなんて……?」
クロエ「ノン! "クロエ"と呼ぶがよろしいでス!」
心実「え?」
クロエ「ルメールは苗字。クロエは名前。ワタシは"心実"と呼びまス!」
心実「え…あ、じゃあ…クロエ…さん」
クロエ「ウィ! お礼したいです。何がよろしいですか? 心実のお願い、何でも聞きまス!」
心実「お礼なんて別に…」
クロエ「ノン、ノン! 絶対に何かお礼しますヨ」
心実「えっと…えーっと…」
クロエ「ワタシ、心実に何もできませんカ?」
心実「え? あ、あの、じゃあ…ちょっと考えさせてもらってもいいですか? 決まったら、ちゃんとお願いします」
クロエ「もちろん! 約束のハラキリでス!」
小指を差し出す。
心実「…違いますよクロエさん」
クロエ「?」
心実「ハラキリじゃなくて、指切りです」
クロエ「てへっ! 間違えました…」
心実「うふふっ…」
お互い小指を絡め、指切りする。
最終更新:2016年04月27日 23:09