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【ガーネット】「柘榴石の心(グラナート・クオーレ)」【クロウ】第11話 二つの狂気 後編 - (2010/07/16 (金) 18:59:38) のソース

&sizex(5){第11話 二つの狂気 後編}





ポルポラ・アラゴスタの父親は、息子が生まれる直前に逝去している。
死因は不明。


父親がどんな職業に就いていたのか、どんな人物だったのかなど、息子のポルポラは知る由もない。
父親は生前の写真を一枚も残しておらず、母親ですら彼の出生についてはよく知らなかった。


その母親も、ポルポラが一歳の誕生日を迎える頃、若くして病死してしまう。

よってアラゴスタ少年は、孤児院に引き取られることとなった。


だが、充分な親の愛を受けることが出来なかった彼の“心の闇”は深いものであった。

身心共に他の子供より薄弱で、二歳になってもまともに歩けず、母親を求めて泣いていない時間のほうが短かった。

そんな彼に職員達も手を焼き、時として虐待に近い指導を加えたこともある。
他の子供達もアラゴスタに嫌悪感を抱き、近付こうとする者さえいなかった。

こうしたことから、アラゴスタが閉鎖的で孤独な人間になるという未来は誰の目にも見えていた。


&nowiki(){・・・}しかし周囲のその予想に反して、彼は思いもよらない“変化”を遂げていく。



ある時、職員がアラゴスタの様子を見に行くと、彼は一冊の“本”を熱心に読んでいた。


どうやら子供向けの「宇宙図鑑」のようだ。 

それは孤児院にあった本であったが、職員はその時、明らかな違和感を覚えていた。

今まで何に対しても興味を示さなかったアラゴスタが、なぜ熱心に本など読んでいるのだろう?

職員が近付こうとしても、彼は一心不乱に本を読み続けていた。


「ポルポラ君、ご飯だよ?」

職員は一言話しかけた。

アラゴスタはこちらを一瞥することも、返事をすることもなく本を凝視している。
彼は字を読んでいるのではなく、絵だけを眺めているらしい。

参ったな・・・と職員は思った。
いつもとは違う意味で言うことを聞かないアラゴスタに、困惑していたのである。


その時・・・急にアラゴスタが口を開き、職員に向かって話しかけた。

「ねぇ・・・“宇宙”って、どんなところ?」

「えっ・・・?」

いきなりの質問に職員は戸惑った。
何を尋ねてくるかと思えば・・・

「え~っと、“宇宙”はね・・・お空よりももっと高い所にあって、とっても広いんだよ」

「僕も行ける?」

「う~ん、今はまだ行けないけれど・・・ポルポラ君が大きくなったら行けるかもね」

「行けるの? ほんとに!」

アラゴスタはその時、初めてこちらを向いた。 

「・・・!」


職員が見たものは、宝石のように純粋なアラゴスタの瞳。
あまりにも綺麗だった。

未だかつて、アラゴスタがこんな表情をするのを見たことがなかった。
それどころか、これまで面倒を見てきたどの子供よりも、美しい目をしていた。


きっと彼は、ただ単に“宇宙”に興味があるんじゃあない。
“心の底から憧れているんだ”。

職員はアラゴスタに恐怖すら覚えた。
それは、彼の計り知れない感情と好奇心の爆発に対するものであろう。


この時、アラゴスタ七歳。



&nowiki(){* *}



ロッソとビアンコの姿が、完全に見えなくなった。

僕とイザベラは、二人が帰ってくるまでここで待たなければならない。

イザベラ「大丈夫かしら・・・」

イザベラが小さな声で呟いた。

アラゴスタ「あの二人なら平気だよ。心配要らないって」

僕はポジティブな返答をしたが、心の中には僅かな曇りがあった。


&nowiki(){・・・}“敵”は本気で僕達を殺しに来ている。
ヴェルデは一人でその危機を乗り越えたみたいだが、ギャングの彼ならともかく、僕達にそんなことが出来るんだろうか?

かつて僕を騙して、殺しをさせようとした組織。
考えると腹が立った。

やろうと思えば僕だって・・・ 

僕はそこまで考えて、何だか自分が猟奇的になっているのに気付いた。
いや、「士気付いている」と言うのが正しいんだろうか。

どちらにせよ、僕はここ最近で性格が攻撃的になっている。


とは言っても正直な所、僕はそんなことを全く気にしていなかった。
それよりも今は、次々に迫る敵を撃退することに集中しなければならない。


時間的にはそろそろ日付が変わる頃だ。
いつもならば僕はすっかり夢の中にいる時間帯だが、今日は違う。

周りの状況も、僕自身も。


今の僕たちに出来ることは、ロッソとビアンコが無事に帰ってくることを願うのみだ。


僕は大きく深呼吸をした。

湿った夜の大気が、僕の体内に取り込まれていく。
決して美味しい空気とは言えない。

これが僕を動かす動力源になるのかと思うと、空気というものが些か頼りなさげに感じてしまう。
「空気」は地球が生命に与えた最大の恩恵なのに・・・なんだか複雑だ。


「・・・・・・」


ところで・・・

深呼吸したとき、僕の感覚は“あるもの”を感じ取っていた。

それは“匂い”だ。

“甘い匂い”・・・
夜の大気に、お菓子のような甘い匂いが微かに混じっていたのだ。 

アラゴスタ(何の匂いだろ?)


そういえば、さっきイザベラがシフォンケーキを持ってきていた。
きっとそれの匂いなんだろう。と僕は一人で納得した。

しかしその直後に、また疑問が浮かんできた。

何で今更になって匂ってくるんだろう?
それに、この匂いはシフォンケーキとはちょっと違う気がする。

“もっと甘いクリームのような”・・・


アラゴスタ「ねぇイザベラ、この匂いってイザベラが持ってきたケーキのやつ?」

僕は空中を指差してイザベラに質問した。

イザベラ「えっ? 匂いって何?」

アラゴスタ「さっきから感じない? お菓子みたいな匂いがするよ?」

イザベラ「そうなの? 全然感じないわ」

イザベラは鼻から息を吸って、周りの空気の香りを確かめている。

アラゴスタ「えぇ~変だなぁ~?」

僕は不思議に思い、イザベラの近くまで歩いていこうとした。




ボチャンッ


アラゴスタ(な・・・!!)

突然のことに心臓が止まるかと思った。


“地面が無くなった”・・・?

いや、違う。
僕が踏んだアスファルトが何故かドロドロの液状になっており、底無し沼のようなものを形成していたのだ。


ゴボゴボゴボ・・・

アラゴスタ「ムゴゴゴッ!!」 

アラゴスタ(息が・・・ッ!)

僕はパニックに陥り、暗闇の中でもがくことしか出来なかった。

アラゴスタ(『スターフライヤー』!)

スタンドを出してひたすら周囲を探らせるも、掴めるものは何もない。
まるで氷の張った湖のようだ。

もう息が持たない。


アラゴスタ(死ぬ・・・ッ!)


その時だった。

スタンドの指先に何かが触れた。

アラゴスタ(! これは・・・!)

迷うことなく、僕は“それ”をガッシリと掴んだ。

助かった、と思うと同時に、気分が楽になった。

僕が掴んだ“それ”は僕を引っ張り上げ・・・
僕を地上へと連れ戻したのだった。


アラゴスタ「ハァ・・・ハァ・・・ありがとうイザベラ・・・」

僕は全身にベットリと付いた泥のような物を拭いながら言った。
僕を“繭糸”で助け出してくれたイザベラは、焦った様子で尋ねてきた。

イザベラ「ポルポラ君! な・・・何が起こったの!?」

アラゴスタ「僕も分からないよ・・・ただ・・・」

僕は息を整えた後、体に付いていた泥をじっと眺めた。

それは泥と言うには水気がなく、アスファルトと同じ鼠色をしていた。 

アラゴスタ「ただ一つ言えることは・・・」

イザベラ「な・・・何・・・?」

アラゴスタ「これ・・・“クリームだ”・・・」


イザベラ「・・・え・・・?」

アラゴスタ「地面が・・・“地面がクリームになってる”ッ!」

イザベラ「!」


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・


信じられないことだが・・・

僕の体に付いているのは、紛れもなく鼠色の“クリーム”。
僕は“クリーム”の沼で溺れそうになったんだ。

アラゴスタ「溺れかけてたときに、これが口の中に入って・・・その時気付いたんだ。
    ほら、味を見てよ!」

僕は手のひらのクリームを差し出した。
イザベラはそれを指先ですくい、恐る恐る口に入れた。

イザベラ「ほんとだ、甘い・・・クリームだわ」

アラゴスタ「“アスファルトがクリームに”・・・こんなことが出来るのって・・・」



??「『スタンド使いしかいない』・・・でしょう?」

イザベラ「!」 アラゴスタ「!」


どこからともなく女性の声が響き、僕達は戦慄した。

??「あのまま死んじゃうのかと思ってたけど、二人とも見事なチームワークだわ。感心しちゃった」

イザベラ「て、敵・・・!?」

アラゴスタ「どこにいるんだァ─ッ!!」 

僕は思いっきり叫んだ。

駐車場の周りを囲む松林が、僕の叫び声に僅かなエコーをかけた。


??「私は・・・ここよ!」


ゴパァッ!

イザベラ「!」 アラゴスタ「!」

突然、近くの地面が盛り上がり、液体のように弾けて崩れた。

その中から現れたのは・・・

??「ブオナセーラ(こんばんは)お二人さん! 夜遅くまでご苦労様ね」

スーツ姿の若い女性であった。
一見すると、争いごとなどまるで関係ない、とても優しそうな女性だ。


だが、彼女の目から伝わってくる“凄み”は、今まで僕が体験したことのない程のものだった。

イザベラ「だ・・・誰なの!」

??「ウフフ・・・他人に名前を聞くときは、もっと丁寧に話しましょうね。
  私は『マジェンタ』。少し前まで小学校の先生をやってたわ。よろしくね!」

マジェンタと名乗った女性はニッコリと微笑んだ。

アラゴスタ「それで・・・僕達に何の用?」

僕はマジェンタを睨みながら言った。

マジェンタ「あなた達はね・・・とても悪いことをしているの。どういうことか分かる?
    “悪い人達の味方をしちゃった”・・・これは許せないことだわ。
    だから私は、あなた達にお仕置きをしに来たのよ!」 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


アラゴスタ「それはつまり・・・“裁き”を下しに来たってことだよね?」

マジェンタ「フフフフフッ! よく知ってるわね!」

マジェンタはますます表情を明るくする。
彼女の底抜けに明るく高い声が、逆に僕達の恐怖を煽った。

マジェンタ「“裁き”は絶対に正しいって、偉い人が言ってたのよ。
    ・・・だからあなた達は、ここで私から“裁き”を受けてもらうわ・・・」

キィッ

突然、マジェンタの笑みが不敵なものに変わる。

&nowiki(){・・・}そこからほとばしる殺気は尋常ではなかった。


アラゴスタ「うっ・・・」

“この人は本当にヤバい”・・・

彼女は「部隊」の一員だ。
過去に何人もの人間を殺しているだろう。

だが彼女の場合、きっと殺しを“楽しんで”いるに違いない。
他人の死が、そのまま自分の快楽になっている。

僕は正直、彼女から逃げたかった。


イザベラ「私達は・・・」

イザベラが不意に口を開いた。

イザベラ「私達は“やらなければならない”って決めたの。
    ヴェルデさんたちは悪い人じゃあない。私達はそう信じてここまで来たのよ。
    だから私は引き下がらない。“決して逃げたりしないわ”ッ!」

アラゴスタ「・・・・・・」 

イザベラの目つきは鋭かった。


アラゴスタ(・・・・・・)

そうだ、僕達は何のためにここまで来たというんだ。

これは僕達が決めた運命。
自分が信じた道で迷うことがあってはならないのだ。


僕は戦わなければならない。

僕は恐怖心を押し殺し、迷う心を落ち着けた。


マジェンタ「ウフフフフフッ! 素晴らしいじゃない、自分の信念を貫く人ッ!
    いいわ、私がお灸を据えてあげる・・・その考えを“殺してでも”変えてあげるわ!」


ズズズズ・・・

マジェンタの殺気がオーラのように揺らめき、やがて人型のスタンドを形成していく。


イザベラ「・・・!」
アラゴスタ「それが、あなたのスタンド・・・」

&nowiki(){・・・}まったくもって奇妙な姿だった。

「ヘンゼルとグレーテル」には、お菓子でできた家が出てくる。
単純に言えば、マジェンタのスタンドはそれに近い、「お菓子でできた人間」であった。

背中から生えたパイプからは、チョコと思われる液体が止めどなく溢れている。
渦巻き模様の飴のような目、ワッフルのような格子模様など、体の隅々まで「お菓子」だらけだった。


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・


マジェンタ「素敵なスタンドでしょう?」

アラゴスタ「く・・・ッ!!」


ダッ!

未だ迸る彼女の殺気に一瞬怯みつつも、僕は思いっきり足を踏み出した。 

ドボッ!


アラゴスタ「!」

まただ。
僕の足が再び“クリーム”の沼に吸い込まれた。


マジェンタ「行動する前に、周りによく気を配りなさい・・・貴方達の周囲の地面は既に“クリーム”と化しているのよッ!」

マジェンタはまた不敵な笑みを浮かべながら言った。

しかし、二度も溺れかけるような僕ではない。


アラゴスタ「『スターフライヤー』────ッ!」

グン!

『スターフライヤー59』は僕の体を持ち上げ、躊躇なくマジェンタの所へとブン投げた。

マジェンタ「あら・・・」

アラゴスタ「コノォォォォォォ───────ッ!!」


ブン!
バキィッ!

勢いよくマジェンタに放った拳は、あと少しの所で彼女のスタンドに弾き返されてしまった。


グオォン!

アラゴスタ「うわッ!」

僕は反動で大きく後ろに吹っ飛ばされ、元居た場所の近くに落下した。


ドサッ

イザベラ「ポルポラ君!」 

アラゴスタ「うっ・・・大丈夫・・・」

僕はすぐに立ち上がった。

しかし、イザベラは相変わらず怯えたような表情で叫んだ。

イザベラ「大丈夫じゃないわ! ポルポラ君、その“腕”ッ!」

アラゴスタ「えっ・・・
    ~~~~~~!?」


イザベラが指差した僕の右腕は、“明らかに僕の腕ではなくなっていた”・・・

形はギザギザした柱のように変形しており、その表面は木の幹のようにゴツゴツし、砂糖のような透明の粉にビッシリと覆われている。
少なくとも人間の肉体とは思えなかった。

腕は普段と同じように動かすことができたが、感覚はなくなっていた。


アラゴスタ「な・・・何だこれェッ!?」

僕が思わず声を上げたとき・・・


マジェンタ「『チュロス』よ!」

アラゴスタ・イザベラ「!?」

マジェンタの突然の一言に、僕達は息を飲んだ。


マジェンタ「二人とも知ってるわよね。スペインのお菓子よ」


アラゴスタ「!???」
イザベラ「ど・・・ど・・・」

僕達は、マジェンタの言っていることが全く理解できていなかった。

イザベラ「どういう・・・こと・・・?」

イザベラは蚊の鳴くような声で、ようやく質問を口にした。 

マジェンタ「これが私のスタンド能力なの。
    “触れたものをお菓子に変える”能力・・・素敵でしょ?」


イザベラ「・・・お・・・」

アラゴスタ「お菓子・・・?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


彼女に説明された後も、僕は状況が飲み込めないでいた。

“触れたものをお菓子に変える”?
いくらスタンドとはいえ、そんな夢か童話のようなことができるのだろうか?


でも、アスファルトの地面が確かに“クリーム”になっていたこと・・・
そして僕の腕に今起こっている異常を考えると、それは本当であるとしか言えないのだろう。


どちらにせよ・・・

マジェンタが極めて危険なスタンド使いであることは間違いない。
そして僕(とスターフライヤー)の片腕がこんな風になってしまった以上、僕らは極めて不利な立場に立たされてしまっている。

つまり、今の僕達は「かなりまずい状況にある」・・・


アラゴスタ「・・・・・・」

恐怖が再び押し寄せてきた。

マジェンタを見つめる僕の視線が、少しだけ揺らいだ。


マジェンタ「まぁ、すぐには信じられないわよねぇ・・・自分の体がお菓子になるなんて。
    当然だけど、普通に食べられるのよ。どう? 自分で味わってみたら?」 

アラゴスタ「イザベラ・・・」

イザベラ「へっ!?」

アラゴスタ「“足場”・・・作れるよね? 糸で」

イザベラ「わ・・・分かったわッ!」


シュルルルルルルルル・・・

イザベラは『シルキー・スムース』を発現させると、地面に向かって勢いよく繭糸を吐かせた。
糸の先端は生き物のような凄い速さでくねりながら、沼の上に網のような足場を作り出していく。

マジェンタ「へぇ、そんなことも出来るのねぇ・・・」

アラゴスタ「いくぞッ!」

僕は作られた網の上を駆け抜け、一気にマジェンタに近づいた。

アラゴスタ「腕が駄目でも・・・“脚がある”ッ!!」

バッ!


『スターフライヤー59』が強烈な廻し蹴りを放った。

マジェンタ「『フリーキー・スタイリー』!!」


ズドン!

マジェンタのスタンドはすかさず脚でキックを防ぐ。


ビシッ!

マジェンタ「ぐ・・・」

さすがのスタンドでもキックの衝撃を防ぎきることはできず、マジェンタは苦痛の表情を表した。

しかし・・・


マジェンタ「フフ・・・フ」


ドボッ

アラゴスタ「!」

マジェンタはキックを受けてよろめいた体勢のまま、自らクリームの沼へ落ちていった。

アラゴスタ「やっぱり・・・沼の中を自由に移動できるのかッ!」 

僕は周囲を見回した。
だが辺りは静寂しており、地面の中を人間が移動している様子は感じられなかった。

アラゴスタ「・・・まずい・・・!」

このままでは、いつマジェンタの奇襲を食らってもおかしくない。
さらにはイザベラの身も危険だ。

僕はすぐに足場の上を走って、イザベラの所に戻ろうとした・・・


ドバァ!!

アラゴスタ「・・・!」

マジェンタ「ウシャアァァァァァァッ!!」


イザベラ「ポルポラ君ッ!」


突然、マジェンタは僕のすぐ横から飛び出してきた。

ドボォン!

それは一瞬のことで、こちらから攻撃する暇など無いに等しかった。

アラゴスタ「・・・うっ」

気付くのが遅かった。
シャチのように沼から飛び出し、戻っていったマジェンタがくわえていった物は・・・

お菓子になった“僕の右手だった”。


アラゴスタ「・・・う」

一瞬、僕は小刻みに震えた。

お菓子になった手には既に感覚がなく、腕を食いちぎられる痛みは感じなかった。
しかし、僕がそれ以上に恐れを抱いたのは、“水面から飛び出すマジェンタそのもの”。
動物のようなその動作といい、あまりにも人間離れしていた。


イザベラ「早く戻ってきてェッ!!」

アラゴスタ「・・・ハッ!」 

イザベラの一言で我に返った僕は、真っ直ぐイザベラに駆け寄った。


イザベラ「すぐ腕に“繭”を作ってあげるわ!」

アラゴスタ「ハァ・・・ハァ・・・」

僕は呼吸が荒くなっており、イザベラの傍に寄らずにはいられなかった。

イザベラ「ポルポラ君・・・大丈夫?」

アラゴスタ「あ、あの人・・・本当にヤバイよ! 今まで出会ったことがないッ!
    何もかも桁外れだッ!」

イザベラ「ポルポラ君、落ち着いて! きっと彼女に勝つ方法はあるわ!」

アラゴスタ「ダメだよ・・・ロッソもビアンコも戻ってこない・・・きっと向こうでも何かあったんだッ!
    二人が殺られちゃってたら・・・僕達も終わりだよ!!」


僕はどうしようもなく混乱していた。
自分がベソをかいているのも分からないほどに・・・


イザベラ「ポルポラ君ッ!!!!」


アラゴスタ「っ・・・!」

イザベラがこんな大声を出したのは初めてだった。
イザベラ自身も滅多に怒鳴ったことがないのか、声は極端に裏返っていた。


イザベラ「弱気になっちゃ駄目じゃない!! 私達はミラノまで行って、無事に帰らなくちゃあならないのよ!!
    “私達は死んじゃいけないの”ッ!!」 

アラゴスタ「うっ・・・う・・・」


僕は困惑していた。

イザベラに対して申し訳ないと思う気持ちもあった。
でもその一方で、僕は“さっきと違う形で勇気づけられていた”のだ。

アラゴスタ「ごめん・・・イザベラ・・・」

僕は涙をボロボロ流していた。
それは「弱気な」涙ではなかった。


ズブッ・・・

イザベラ「あっ・・・!」

急に足元がグラついたかと思うと、直後に足は地面に飲み込まれていた。


ズズズズズ・・・

マジェンタ「イザベラさん、本当に素晴らしい精神の持ち主ね。
    とっても良い子・・・“食べちゃいたいくらいに”・・・」

マジェンタは沼の中から姿を現すと、口の周りをペロリと嘗めた。

アラゴスタ「まずい・・・飲み込まれるッ!」

地面が完全な“クリームの沼”となり、もうどこにも足場は存在しない。


しかし、イザベラは冷静に僕へ語りかけた。

イザベラ「諦めちゃ駄目・・・必ず“道”はあるわ!」

シュルン! シュルルルルルル!

『シルキー・スムース』が吐いた糸は僕達二人に巻き付くと、近くの松の木まで一直線に伸びていく。
やがてグン! と引っ張られる感覚と共に、僕達はその松へと移動していった。 

マジェンタ「無駄よ・・・何をしても、私からは逃げられないわ・・・」


ドプンッ

マジェンタがまた沼へと潜った。

アラゴスタ「イザベラ! 来るよッ! 次は直接襲ってくるッ!」

イザベラ「大丈夫よポルポラ君・・・彼女が真っ直ぐここまで来るのなら・・・確実に・・・」


ドバァッ!

マジェンタ「な・・・なにいィィィィ~~~~~~!?」

イザベラ「“捕れる”ッ!!」

アラゴスタ「!」

沼から姿を現したマジェンタは・・・
“網によって捕らえられていた”のだ。


イザベラ「さっき足場を作ったとき、沼の中に一緒に作ってたのよ。いつか掛かってくれることを願って・・・
    ちょうど漁師が使う『定置網』みたいにね」

マジェンタ「ふざくェやがってェェェェ~~~!!」

スタンドの手足までガッチリと拘束されたマジェンタは、網を「お菓子」に変えることもできず、必死にもがいていた。


マジェンタ「テメェらただじゃおかねェェ~~~~~~!! 『あいつら』みてぇに全身『お菓子』にして食ってやるゥ~~~!!」


アラゴスタ「・・・『あいつら』?」

マジェンタ「私の『教え子』達だよォォォ~~~! 大好きな子供達を『お菓子』にして食ってやったんだ! 一人も残さずなァァァ!!
    だから私は教師を辞めて“部隊”に入ったんだ! ギャハハハハハハハハハハハハ!!」 

アラゴスタ「ひ・・・ひどい・・・」


僕の予感は的中した。
いや、彼女は僕の予想を遥かに超えた極悪人と言っていい。

彼女は自分の“嗜好”のために、何の罪もなかったであろう子供達を殺した・・・
人間のすることじゃない。


イザベラ「マジェンタさん・・・」

正気を喪失しているマジェンタに対し、イザベラは異様に落ち着いた様子で語りかけた。


イザベラ「私はお菓子を作る立場の人間だから分かるの・・・
    お菓子はみんなの幸せのためにあるのよ。そのために不幸になる人がいてはいけないの。
    だから私はあなたが許せないわ。裁かれるのは・・・あなたの方よ!」

マジェンタ「ッハハハハハハハ!! 本当にあなたはいい子! あなたはいい子よオォォ~~~!!
    だから私が食うッ! 苦しませずに食い殺してやるウゥゥゥ~~~!!」


イザベラ「『シルキー・スムース』!」

イザベラの掛け声と共に沼の上に現れたのは、マジェンタまで真っ直ぐ伸びる網の“道”であった。
恐らく、彼女を捕らえた網とセットで作っていたのだろう。

イザベラ「ポルポラ君、今よッ!」

僕に結ばれていた糸がほどける。

アラゴスタ「・・・うん!」

僕はさっきと同じように、マジェンタに突進した。 

そしてそのまま、『スターフライヤー59』の“宇宙”を込めた、とどめのストレートを・・・

アラゴスタ「コノ・・・!」

マジェンタ「WWWRYAAAAAAAAAAAAAAA!!」


ズドンッ!


アラゴスタ「えっ・・・?」


&nowiki(){・・・}気付いたときには、なぜか僕は“空中に放り出されていた”。


アラゴスタ(なんで・・・)

“やられた”・・・?
馬鹿な。確かにマジェンタは手足を締められて動けなかったはずなのに・・・


マジェンタ「アハハハハハハハ!! 残念だったねェェ~~~!
    私の身体をグニャグニャの“グミ”に変えて、既に抜け出してたのよォォォ~~~!!」


アラゴスタ(そんな・・・)

イザベラ「ポルポラく─────ん!!!!」


ビシ・・・ビシ・・・

胸の辺りを殴られ、上半身が悉く“お菓子”に変わっていく。

アラゴスタ(僕はこのまま・・・食べられて・・・)


死ぬ?


冗談じゃない。それじゃあさっきイザベラの喝が、全くの無駄になるじゃないか。


アラゴスタ(“道”は・・・必ず・・・)


ドボォーーーン!


僕はそのまま、沼の中に沈んでいった。


イザベラ「ポルポラ・・・君・・・」


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・ 

マジェンタ「ハハハハ! ゥアハハハハハッ!!
    貴方達の頑張りは認めるわ! でも、それは初めから“無駄なこと”ッ!
    みんな私からの『裁き』を受ける運命にあるのよォォ~~~~~~!!」

イザベラ「う・・・うそ・・・」

マジェンタ「さ~~~てと・・・あの子を頂きにいこうかしら!
    それとも、溺れ死ぬのを待って、その間に貴女もお菓子に・・・」


イザベラ「・・・あれ?」

マジェンタ「!? これはッ!」


ズズズズズズ・・・


イザベラ「沼の水位が・・・下がっていく・・・!」


マジェンタ「何よこれはァァァ~~~ッ!!」

イザベラ「ポルポラ君・・・“生きてるのね”!」

マジェンタ「・・・んだとォォォォォ~~~!?」


ズズズズズズ・・・
ズゴォォォォォォォォォ!!


轟音をたてながら、みるみるうちにクリームがなくなっていく。

やがて駐車場には、まるで隕石が落ちたような巨大な穴がポッカリと空いた。


アラゴスタ「・・・ぶっ! ハァ・・・ハァ・・・」

何とか沼から脱出した僕は、体のクリームを振り落として立ち上がった。
胴が「お菓子化」して柔らかくなっていたが、体の器官に異常はないようだ。


マジェンタ「テメェ、何しやがったァァ~~~!!」 

アラゴスタ「ほとんど駄目元だったよ・・・『ブラックホール』でクリームを吸い出したんだ」


イザベラ「ブ・・・」

マジェンタ「『ブラックホール』だとォォォ~~~!?」

僕の側には、漆黒の“宇宙”空間が広がっていた。
その中には、宇宙の漆黒よりさらに黒い、不可視の『穴』が存在しているのだ。


マジェンタ「ナメた真似しやがっ・・・ヌウッ!?」

ブシッ!

不意の異常にマジェンタが驚く。
マジェンタの右手は裂傷ができ、その形が歪んでいた。


アラゴスタ「“宇宙”空間に手を入れたなッ!」

マジェンタ「・・・!」

僕がさっき殴られたとき、放ちかけのパンチの軌道に沿ってできた“宇宙”だった。

思わぬ幸運だ。


アラゴスタ「これでお互い腕一本・・・『スターフライヤー』なら勝てるぞッ!」


マジェンタ「・・・ハ・・・アハハ・・・
    アハハハハハハハッ! アハハハハハ八八八八ノヽノヽノヽ!!
    AHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」

突然、マジェンタは狂った笑い声をあげた。


イザベラ・アラゴスタ「!?」

マジェンタ「私を追い詰めた気でいるようだが違うなァァァ~~~!
    二人とも、一つ“忘れ物”があることに気がつかないかしらァァァ~~~? “これよ”!」


アラゴスタ「あっ!」

イザベラ「ヴェルデさんッ!!」 

まだクリームの残る沼の底からマジェンタが取り出したものは・・・

包んでいた“繭”をひん剥かれ、全身を砂糖菓子にされたヴェルデだったのだ。


マジェンタ「貴方達の目を盗んで失敬してたの・・・
    “最後の楽しみ”にしてたんだけど・・・この際だから今頂いちゃうわァ~~~~~!!」


イザベラ「ま・・・待ってェッ!!」

マジェンタ「うっせえ今更口出しすんじゃねぇ糞餓鬼ィィ!! 私が食うと言ったら食うんだァァァ~~~~~!!」

彼女はそのまま大きく口を開け、ヴェルデの頭に・・・



ドグシャアァァァ!!



アラゴスタ「・・・・・・」

マジェンタ「か・・・」


マジェンタの顔は、車に轢かれたケーキのように潰されていた。

イザベラ「!?」


アラゴスタ「わかった・・・スタンド能力は『できて当たり前』って思うことが大切なんだ」


紛れもなく、マジェンタは『スターフライヤー59』の拳に殴られていたのだ。
僕とは20m近く距離が離れているにも関わらず、である。

『スターフライヤー』の腕は、マジェンタの近くにある“宇宙”から、突拍子もなく伸びていた。


イザベラ「ポルポラ君・・・これは一体・・・?」

アラゴスタ「『ワームホール』だよ」

イザベラ「・・・?」 

アラゴスタ「“宇宙”の中で『ワームホール』を押し広げて、スタンドの腕をくぐらせたんだ。
    『ワームホール』はあの“宇宙”と繋がってるから、腕はそこから飛び出してくる・・・
    つまりは腕を『ワープ』させたんだよ」

イザベラ「・・・すごい・・・」


マジェンタ「・・・あ゛・・・」

マジェンタはまだ生きているようだが、ピクリとも動かなかった。

アラゴスタ「マジェンタ・・・悪いけどあなたは生かしておけない・・・
    あなたの言ったことが本当なら・・・殺された子達のためにも、“裁き”を受けるべきなんだッ!」


ガシッ

『スターフライヤー』の腕がマジェンタを鷲掴みにする。
そのまま腕は、彼女を“宇宙”に引き込んだ。


ズゥッ!!

マジェンタ「あ゛ぁ゛!! ・・・・・・・」




マジェンタの断末魔は一瞬だった。

アラゴスタ「“裁き”を行うのは僕じゃあない・・・“宇宙”だ・・・」


そう言ったとき、僕は既に意識を失いかけていて、後のことは全く記憶していない。





僕が目覚めたのは、それから20分くらい後だった。
腕はすっかり治っていたし、ロッソもビアンコも生きていた。


もちろん、夜はまだ明けていなかった。




応報部隊)マジェンタ/スタンド名『フリーキー・スタイリー』 → 死亡。


第11話 完 



使用スタンド

No.1685 『[[フリーキー・スタイリー>http://www2.atwiki.jp/orisuta/pages/459.html#No.1685]]』
考案者:ID:Hc6sUsDO
絵:ID:2/dlvIAO





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