ステッラ達が付近での異常に気付いたのは、彼らにしてはやや遅かった。油断と言っても過言ではなかろう。
「お、おい、何なんだよありゃー……」
ストゥラーダが目にしたのは、紐と見まがうほどの細長い腕が、パトカーの中の警察官を掴んで連れ去る光景であった。
ちょうど、工作が終った事もあり、手に入れたバイクと共に急いでその方向へと駆けつけた彼らが目にしたものは、
「皆さん、遅いですよ! 何で私が攫われた事に気づいてくれないんですか!」
と頬を膨らませるジョルナータと、ボコボコにされた揚句に全身を手刀で斬りつけられて身動きどころか声すら出せなくなっている警官の姿であった。
「こいつは?」
「えっと、以前ベルベットさんたちが逃がした、『鋭角から出てくるスタンド』の本体の様です。どうやら、一人ずつ仕留めていくつもりだったみたいですけど、逆に再起不能にしてみました」
ジョルナータの返答に、ステッラは眉をひそめた。
「亀の中は安全、と考えていた俺達のミスだったが、何故止めを刺さず、そのままこの場所に留まっていた?」
「え? いえ、皆さんがすぐ来るかな、と思ったので、とりあえず再起不能にしてから指示を仰ごうかと……」
口ごもったジョルナータであったが、それまで警官の身体を調べていたウオーヴォが舌打ちした。
「初めて顔を合わせた時、『足を引っ張らないことを切に願う』と言ったのを忘れたのか?
こいつにとっての警察官が表向きの職か、扮装なのかは知らんが、少なくともパトカーに乗っていた以上、無線で連絡を取っていない訳がない。
ならば、すぐにも他の敵がここへと駆けつけてくるはずだ。無駄な時間を過ごす余裕などないだろう?」
彼の言葉に、ジョルナータはハッと立ちすくんだ。そうだ、確かにその通りだ! 自分は、能力の応用を試す事にうつつを抜かすべきではなかった。
顔を俯かせて黙り込んだジョルナータに、ウオーヴォはピシピシと更に厳しい言葉を向けた。
「覚えておけ。僕たちギャングは、戦いになった時点で必ず敵を殺しにかからねばならない。そして、殺すつもりになった時点で既にそのための行為は完成させていないといけない」
クルリ、とダフト・パンクが傷口からむき出しになった警官の心臓に巻き付く。そして、ウオーヴォはあくまでも警官に目を向けようともせず、
「いいか、ジョルナータ。僕が言いたいのは、つまりこういう事だ。敵は必ず『ぶっ殺す』。そしてッ! 『ぶっ殺す』と決意した時ッ! 既に行動は終えていなければならないんだッ!」
彼は、ただジョルナータの目だけを見据えていた。しかし、その腕は、スタンドは、メキメキと警官の心臓を締め付けていき……
「オゴッ!」
グチャリと血の花が咲いた。
目の前で、一人の命が潰えた事に、ジョルナータは思わず目を瞑った。自分は、まだ殺人には躊躇いを持っている。
これでも、一応は不良少女あがりだから喧嘩くらいはした事があり、その際は今回警官を倒したようにスタンドで過剰なまでに相手を痛めつけたが、それはまだ弱気の裏返しである。
以前、薬の売人を一人殺した事はあるが、それは反撃されないように、との弱気故の過剰防衛が裏目に出ただけである。そして、親友の仇を殺そうとビルから撃ち落とした時は怒りで我を忘れており、真っ当な精神状況ではなかった。
しかし、意図しての殺人は弱気を裏返した過剰防衛とは明らかに次元が違う。人を再起不能にするくらいなら、相手を自滅に追い込むくらいならともかく、自分の手を汚す事を、今の自分が行えるか? ジョルナータには全く自身がなかった。
「……ごめんなさい。多分、今の私じゃ、自分の手で人を殺すなんて出来ません」
「なら、早く慣れることだな。僕達の世界は、殺さなければ殺される世界なんだからな」
そう言って、ウオーヴォは踵を返しかけ、そこでふと振り向いた。
「……ああ、これだけは言っておく。慣れるのはいいが、変な方向に向かうなよ? 心を麻痺させるのも、逆に殺人に安らぎを見出すのも、人としてあるべき状態じゃない。
今のままの君を保ち、そして人を殺せるようになる。至難の業だが、努力してみろ。それまでの間は、僕が支えるくらいはしてやらないでもない」
「え? あ、あの……」
予想外の言葉に、ジョルナータは顔を赤らめた。それって、もしかして……
「ヒューヒュー! あんたら、なかなかお似合いじゃないかい」
「おいおい、マジかよ……。折角、大穴狙いでボスがジョルナータをオトすのに100ユーロも賭けてたってのによォ……」
仲間達がここぞとばかりに面白がってはやし立てるのに、ジョルナータは益々顔を赤くして必死に打ち消そうとするが、当のウオーヴォは「馬鹿馬鹿しい」の一言で済ませる。
その態度に、何故かちょっと胸が痛んだその時、
「お前達、それ以上バカな事を言うんじゃない! 敵がこの場に居た以上、すぐに次の敵がやってくるはずだ。愚図愚図している余裕などないぞ!」
ステッラの叱咤が全員の耳を打った。
**
スォーノは、もう一人の敵を求め、砂の迷宮の中を走り回っていた。こまめに『ディーズ・オブ・フレッシュ』で刻々と変化する迷路の構造と敵の居場所を確認しているから、無駄な移動は一切ない。
2対2という今の状況では、出来る限り素早くオレがもう一体の敵を見つけ、始末しなければ相方が不味い。戦闘向きのスタンドではないが、やるしかない。幸い、こっちが探知系のスタンド能力である事はまだ知られていないはず。
具体的な居場所さえ分かれば、本体を暗殺する事は不可能ではないはずだ! そして、遂に絶好の地点へと彼はたどり着いた。細い通路を挟んで敵と相対するその場所ならば、おそらく相手に気づかれはしない。
砂の中に空間を作って移動する敵は、どうも自分の居場所をおぼろげながら掴んでいるのか、慌ただしく動いていたようだが、具体的な場所まではつかめないのか、こちらへと攻撃をしてこないのがチャンスだった。
スタンド使いだろうが、相手が人間である以上スタンド以外でも殺す事は出来る! スォーノは拳銃を取り出し、砂の壁越しに敵へと銃を乱射した。一発は砂の壁に穴を開ける為、真に仕留めるのは二発目以降の弾丸だ!
が、次の瞬間、彼の眉がピクリと跳ね上がった。超音波が知らせてくれた状況だが、攻撃を探知されたのか、一発目の弾丸は相手の持つ剣で受け止められ、そして二発目以降の弾丸は、突如現れた……
「マジかよ?!」
反転してきて、彼自身の胸部を直撃した。幸い、銃撃戦に備えて防弾チョッキを着用しているから戦闘に支障はないが、それでも青痣の一つは出来たろう。
それより、問題は、それ以外の弾丸であった。スタンド能力で確認した限りでは、最初の弾丸は剣の平に触れた直後に『砂』みたいにバラバラになって迷宮の壁へと吸収されていき、それ以外の弾丸は、剣が砂の壁に触れた瞬間に現れた鉄板に受け止められたのである。
つまり、剣のスタンドの能力は『触れた者を砂に変え、そして元に戻す』ことであり、弾丸を反転させた能力はまた別にあるということらしい。
が、どうやら深く考えるべき状況ではないようだった。今の攻撃で、敵に居場所がばれたようだ。
「ほう、どうやら君は私の居場所までも正確に探知出来るようだな。砂の迷宮に迷うこともなく、私にここまで接近出来たのは褒めておこう」
「へっ、だったらどうした? それよか、てめーはなんなんだよ、ああ? 一人で、スタンドの能力を二つも持ってるってのは反則じゃねぇのか? オレの居場所もおぼろげながら探知してたみてーだしよォ!」
口では喧嘩腰ではあったが、スォーノは冷静に相手を感知しようとしていた。それを察したのか、相手はクツクツと笑いを洩らした。
「折角だから事情を教えてやろう。私が持つ『剣』は、古代ローマ時代から存在するらしい独り歩き型スタンドでな。私自身のスタンドは、『物体の軌道を操作する』能力でしかないのだよ」
なるほどな、そう言う事か。相手の余裕に満ちた口ぶりに、スォーノはこれまでの状況がようやく腑に落ちた。砂の迷宮は、剣によって作られた砂が落下する『軌道』を横に操作して作り上げたものであり、それ故に千変万化した事。
そして、おそらく自分らをある程度探知したのは、空気の微妙な流れを操作し、自分らが動く際の空気が揺らぐ『軌道』の変化を察したのであり、そして、弾丸を反転させたのは弾丸の『軌道』を変えたという事を。
「理解出来たのならば話が早いが、君が先程連射した弾丸は、当然衝撃波を発生させて周囲の砂を吹き飛ばしていった。そう、強烈なまでの『軌道』を与えてくれたのだ。私が、何を言いたいか判るか?」
相手の言葉に、スォーノの顔色がサァッと青ざめていく。なんて事を考えつきやがるんだ。こいつは不味いぜ!
「そうだ! 衝撃波の『軌道』による砂嵐を喰らうがいい!」
轟、と音が鳴った。次いで、砂の壁が急速にスォーノを襲った。反射的に地べたへと伏せたスォーノであったが、猛烈な勢いで襲いかかってくる砂嵐は彼の前後左右を往復することで、呼吸すらする機会を与えてくれない。
そして、砂は容赦なく彼の口に、鼻に、目に、耳に入り込んでいく。このままでは、呼吸さえ出来なくなって窒息死してしまう! この極限状況に置かれた彼は、だが希望を捨てはしなかった。
落ち着いてよく考えてみろ。砂が落ちる『軌道』をコントロールしてこの迷宮を作っているという事は、そもそも砂が『落下』出来るだけの高さが必要という事だ。そうでないと落下する軌道を操作するなど出来るはずはない。
ならば、当然落下する為の高度にはスタンドの能力を及ぼす訳にはいかない、という事だ。それは、何処にある?
「――答えは、当然『砂の壁の下』だろうがッ!」
ガン、ガン、ガン! 砂嵐を腹這うようにして耐え続けるスォーノから、地面を削るようにして放たれた弾丸は、過つことなく敵へと向かい、
「うっ!」
その踵をぶち抜いた。苦痛のあまり、一瞬コントロールがお留守になったのか、先程までの砂嵐は過ぎ去っていき、そして、彼は剣を取り落として這いずるように砂の壁に身を隠していった。
だが、今度は弾丸が地面を擦って通り過ぎるうちに舞い上がった土埃を利用する為に、先程まであった能力効果の盲点さえ塞がれている。今度は、弾丸での攻撃さえ届きはしないだろう。
そして、先程の衝撃波によってもう一度砂嵐を作られれば、今度こそ息が詰まってしまうに違いない! そして、相手にそれを防ぐ手段は存在しない。逆転の可能性はあり得る、そう自分を鼓舞するアシッド・ハウスに、スォーノは紛れもない嘲笑を向けた。
「おい、てめーは超音波メスってのを知ってるか? 物体の表面に岩石の粉とか置いて、それを振動させ、何度もぶつけることで切断させるってやつなんだけどなぁ……」
スォーノの言葉の意味を、アシッド・ハウスは理解してしまった、出来てしまった。現在、自分は砂の中に隠れている。それはつまり、岩石の粉に包みこまれているのも同然である。ということは……
「てめーを切り刻むのなんざ、造作もねぇぜぇッ! 『ディーズ・オブ・フレッシュ クラウン・オブ・ソウルズ』!」
スォーノが指を突き出すと同時に、彼のスタンドが羽をブンと震わせた。直後、絶叫と共に砂の間から鮮血が噴出していく。
頬にかかった紅を、スォーノはスッと指で拭い去ると、
「地獄の土産に覚えときな、オレの『パッショーネ情報管理チーム一イカす男』って評価は、単に顔だけじゃねぇって事をよ。決めるときは決める、それが本当のいい男の条件なんだぜ?」
と、クールに言い捨てた。その背後で、横方向への『落下』が止まった砂の壁がガサリと崩れていった。
**
「やはりアンゴロは敗北したか……。だが、やつは探索の為の手掛かりを残していってくれている」
夕方の事である。草原に転がっている遺体の傍に、一人の男がかがみこんでいた。裏返した遺体の下の地面には、バイクのナンバーらしき数字が指で描かれていた。
全身を拳の連打で打ち砕かれ、手刀で切り刻まれ、再起不能の状態に陥りながらのダイイングメッセージ。それをステッラ達は見過ごしてしまっていたのだった。
「これから、追跡に見合うスタンドを得る為にはやや時間がかかるであろうな。だが、このフルトがやつらを必ず始末する……」
男は、不気味な笑いを残してバイクに跨った。その手には、鏃の欠片のようなものが握られていた。
**
「どうだ、ジョルナータ。追手が来る様子はあるか?」
ステッラの問いに、ジョルナータは先程まで「亀」の表面に植え付けていた片目を戻しながら首を横に振った。
「今のところ、特に問題はないみたいです。私が失敗した所為で、敵は追跡にかかっているとは思いますが、駐車場での工作のおかげで、少なくとも時間は稼げたんじゃないでしょうか」
「そうだろうな。運転にウオーヴォの『ダフト・パンク』を使わざるを得ないから、何度か途中で休憩をとる必要がある。おそらく追いつかれるだろうが、明日中にはローマに入らなくてはならない。警戒を絶やすな」
その言葉に項垂れながらも、ジョルナータは先程から気になっていた事を何となく問いただしてみたい衝動に駆られた。
「あの、ところで皆さんは、どれくらい人を殺したんですか?」
彼女の質問に、まずベルベットがにんまりと笑った。
「そりゃ、寝た男の数と同じさね」
「はい?」
「数なんざ一々覚えてらんないよ、ってことさ」
ベルベットの答えに、ジョルナータは陰のある笑いを浮かべた。
「あはは……。じゃあ、私も同じ例えを使えますね」
「ああ、ジョルナータは生娘だったっけ?」
「……いいえ、初潮前から何度か義父に……。実家を出て、グレた理由の一つがそれです……」
頬を引きつらせたベルベットと、途端に居心地の悪くなる雰囲気。それを変えようと、今度はストゥラーダが口を開く。
「そうだな、俺は案外少ねぇや。俺らのチームが関わるのは、大抵スタンド使い相手の場合だしよ。10人いるかいねぇかだな。ステッラは、もちっと多いんだろ?」
「俺は、内部抗争の中盤からボスに従ったからな。それなりに多くのスタンド使いと戦ったことになるな。まあ、殺しに慣れるかは数じゃない。心構えの問題だからな。
ジョルナータ、焦る事はないぞ」
神妙に頷くジョルナータであったが、そう言えばまだ返事を返していない人がいる。彼女はスタンドを駆使して運転をしている後ろ姿に声をかけた。
「えっと、ウオーヴォさんは?」
彼女の声に、彼は何一つ気負う事もなく、平静に、
「先程が初めてだが、それがどうした?」
と返した。
本体名―アンゴロ
スタンド名―アウル・シティ(ジョルナータの無駄無駄ラッシュをくらって再起不能となった後、ウオーヴォの『ダフト・パンク』に心臓を締め潰され死亡。
しかし、仲間に連絡を済ませた上にダイイングメッセージまでも残していた)
本体名―アシッド・ハウス
スタンド名―オービタル(『ディーズ・オブ・フレッシュ』の超音波メスで全身を滅茶苦茶に切り刻まれ死亡)
ジョルナータ:ウオーヴォのことが気になりだす。敵を殺せない自分や義父にレイプされた過去を思い出すはで結構鬱な気分。
ウオーヴォ:初めての殺人を行う。
STORM BRINGER:あの後、スォーノが拾って、ネアポリスのボスの元に送られる。
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