いくら敵が自分たちを探し回っているにせよ、まさかずっとローマへと向かっているわけにもいくまい。
なにしろ、亀の中からの遠隔操縦になるので、運転はウオーヴォの『ダフト・パンク』のみに頼るしかないのだ。
適度に休憩を入れないと、他のメンバーはともかく、ウオーヴォがスタンドパワーを消耗しきってしまう。
故に、ステッラ達は適当に時間を見計らっては、バイクと『人形』を亀の中に収納し、付近の人家やトラックの荷台に忍び込むようにしていた。
もちろん、中で休憩するメンバーも、その間に交代で見張りを決めて仮眠をとっていた。
それは、ベルベットの見張り時間がそろそろ終わりに近づいてきた頃であった。
「……まだ、眠いです」
次の見張り役であるジョルナータは、どうも寝起きが良くないのか、眼をショボショボさせていた。
「シャワーでも浴びてきます……」
「あ、ちょっ! ジョルナータ!」
ぼんやりとした思考のままふらふらと室内を歩きだした彼女は、室内に一人足りないことや、ベルベットの呼び止めもほとんど気付かずに風呂場へと歩いていき……、
「キャーーーーーーーーーーっ!」
シャワー中のウオーヴォと遭遇した大声が、寝ていた仲間たちまで叩き起こした。
「ジョルナータ、僕は君の『男性の裸に興奮する』性癖にまで言及するつもりはない。だが、風呂に誰かが入っているのにも気づかないのはよくないな」
「そ、そんな変な性癖はありません! 私は、ちょっとBLが好きなことを除けば、ノーマルな人間です! 普通に、恋愛は興味は持ちますけど、わざわざ覗き見なんて……」
(((うるせぇ……)))
ウオーヴォの冷徹な言葉にあたふたするジョルナータ。おかげで、休憩中だった残りのメンバーはいい迷惑をこうむっていた。
「と、とにかく、今回は私が悪かったので、今から食事を作るって事で勘弁して下さい! 何でも作りますので!」
「俺らの要望は無視かよ、ああ?」
ストゥラーダの突っ込みは、わざわざ『右耳と左耳の間』を別のところに植え付けて聞き流すあたり、ジョルナータも根性が据わっている。
「そうだな、さっぱりした魚料理でも……、いや、油っこい肉料理にしてくれ」
「? いいですけど、真逆ですね」
「いや、死んだ兄の好物だったんだ……」
あ、と目を伏せるジョルナータの横で、
「いやー、どうにも暑いねぇこの辺は!」
「目の毒ったらねぇなぁ!」
とベルベットとストゥラーダが聞えよがしにボヤいていた。
**
彼は、長い年月を黙々と工場で働いてきていた。同じ仕事を何十年も繰り返し、つつましいが温かな家庭を築いてきていた。近年は初孫も生まれている。
今日も、彼は給料をどのように使っていこうかと、幸せな考えに浸りながら帰途についていた。
「ほう……、あの男が適任か」
その幸福な人物を、遠くから『矢』が指し示した。実験の為にウイルスを抽出した『矢』では、もはやスタンド使いとしての才能を引き出す役には立たないのだが、才能のある人物を感知する役には立つ。
それこそが、『矢』をボスから授けられた男には重要な事であったのだ。
キキィッ! 顔をほころばせながら歩く老人の前に、突如バイクが止まった。正直、危ない運転だ。文句をつけようとした老人であったが、それに覆いかぶさるようにして、バイクに乗っていた男が口を開いた。
「お前、これが見えるか?」
「?」
何も、見えない。特に変わったモノなぞ、男の指差す先には何もない。
「済まんのぉ、わしは老眼気味でな。お前さんの言うものなど、何も見えんわい。それより、いきなり人の前に飛び出すものではなかろうに。危ないではないか!」
老人の反応に、男がニヤリと笑った。そう思った瞬間、老人は自分が何かに抑え込まれるのを感じた。不可視の何か、それは、彼の頭をがっしりと鷲掴みにし……
『その才能を、引き剥がす!』
何かが、身体から強引に引きずり出される感覚が老人をとらえた。そして、それが彼の最後の感覚であった。
「お前達を、『エッジプレイヤー』と名付けよう。さあ、俺の命令に従い、この番号のバイクを見つけよ!」
男の声だけが、夜の路地に響いた。
**
朝もやの中、ステッラ達はバイクを走らせていた。まだ夜が明けたばかりの為、ほかの車は殆ど見かけない。
「ひょっとして、私達は敵を捲けたんじゃないでしょうか? 今まで尾行してくるモノなんていないみたいですし」
亀に片目と耳を植え付けて背後を警戒していたジョルナータが、気の抜けた呟きを洩らす。が、そう思い込むのは早計だった。
すぐに彼女の表情が引き締まったのは、後方から聞こえる断末魔の叫びと「助けて! UFOに殺される」という奇妙な悲鳴によるものだった。
「UFOに殺される? 如何いう事だ?」
「実体化しているスタンドというものは皆無ではない。そういったものは、一般人や普通の武器でも対処可能だが……」
ウオーヴォとステッラが眉を顰めるのを横に、ベルベットが大きく伸びをした。
「要は、相手は空飛ぶ円盤で、『リボルバー拳銃』でも攻撃できるってこったろ? なら、そいつの相手はあたしの仕事さ。ジョルナータ、あたしの腕と目を亀に植え付けとくれ」
不敵に笑ったベルベットが、ジョルナータへと腕を突き出した。
バイクを追跡してきたのは、掌くらいの大きさの空飛ぶ円盤であった。側面から展開する刃は血に濡れている。おそらく、不運にも行き会ってしまった車やバイクの運転手を手当たり次第に殺してきたのだろう。
そして、円盤の刃の部分にある顔が、耳障りな声を上げた。
「ミツケタゾ! 今カラ、自動追尾もーどニ入ル! GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!」
高速で接近する『円盤』に対し、『人形』の服の間から出ているベルベットの手に突如拳銃が現れる。彼女のスタンド、『ベルベット・リボルバー』だ。
迎撃する弾丸は、しかしその全てを完璧に『円盤』は対応した。弾丸の先へと動きまわり、刃で弾いていったのである。が、弾かれた弾丸は通常の銃とは違って無駄にはならない。
着弾した場所で、その能力を発揮する。
「くらいな!」
着弾した先で生える『リボルバー』は、それぞれの銃口を『円盤』へと向ける。背後からの攻撃、まさか予想は出来ないだろう。そう確信していたベルベットは、『円盤』の動きに驚愕した。
なんと、『円盤』は、即座に反転して弾丸を撃ち落としたのである。開いた口がふさがらない。何と言う精密な動作だ!
しかし、その時事態が急転した。爆音と共に、横道からバイクの集団が現れたのである。
人の少ない早朝に爆走を楽しもうという暴走族たちは、朝もやの中『円盤』と戦うステッラらのバイクの様子にも気付かず、その脇を異常な速度で駆け抜けていく。
それらが通り過ぎて行った直後、何故か『円盤』はベルベットの迎撃を放り出して、彼らへと襲いかかっていく。その事に、騒々しく走ることに夢中の彼らは気付くはずもなく、後ろから順々に首なしライダーへと変えられていく。
その様に、ベルベットは眉根を寄せた。
「あの円盤、どうしてあたしらを放っといて、無関係の暴走族を襲ったんだい……?」
「もしかして、より『高速で移動する物体』を優先して攻撃するのではないでしょうか……。それなら、あの動きも説明は出来ます。多分、あれ自体の精密動作性は高くないのではないでしょうか?」
ジョルナータがポツリと漏らした言葉に、ベルベットは目を輝かせた。それなら、幾らでもやりようがある!
暴走族を血祭りに挙げた『円盤』は、即座に反転して前方よりバイクへと迫る。が、既に対策は出来ていた。
ガァン! 道路へと放たれた弾丸へと、『円盤』は高速で接近していく。が、弾丸を弾く前に次の弾丸がその上へと打ちこまれる。
そちらへと目標を変えた『円盤』は、更に道路から生えたリボルバーが真上へと放った弾丸へと目標を変える。円盤がその無防備な腹をバイクの前に晒すその状況をベルベットは待っていた。
「弾丸のケツッぺタでも追いかけてな!」
『ベルベット・リボルバー』の弾丸が『円盤』の腹へと直撃し、リボルバーを生やす。それが放つ弾丸を追いかけていく『円盤』に、ベルベットは何度も何度も弾丸を撃ち込んでいく。
やがて、大量に生えたリボルバーの重みで飛行もままならなくなった『円盤』は、弾丸を追って道の脇の小川へと飛び込んだまま、二度と浮かび上がる事はなかった。
「お魚さんと仲良くやるがいいさ、このUFO野郎め!」
ベルベットのあざけりの言葉を残し、バイクは走り続けた。
**
「追跡中ダッタ一機目ガ、ヤツラヲミツケタゾ! デモ、ヤラレチマッタ!」
手元に残していたもう一方の『円盤』の言葉に、フルトは口元を緩めた。場所と敵の様子さえ分かればそれでいい、後は一機目と情報を共有していた二機目に案内をさせるだけだ。
彼は、バイクに乗りこみ、『パッショーネ』からの刺客の追跡を開始した。
**
『円盤』を退けて以降、ジョルナータは念入りに背後を確認するようにしていた。今の戦闘で、少なくとも敵は自分らの居場所を知ったに違いない。すぐに追撃が来るはずだ。
そして、その予想は思っていた以上の速度でやってきた。
「また、『円盤』です! その後ろには、バイクに乗った男がやってきてます! 多分、あれが本体のようです」
ジョルナータの報告に、室内の空気が再び鋭くなった。幸い、もう周囲に他の車はないようだ。これなら、遠慮せずに戦える!
「よし、ウオーヴォは運転を続け、ベルベットは『円盤』の対応に専念しろ!」
ステッラの命令を受け、ベルベットが再び自分の腕と目を亀に植え付けてもらう間、ストゥラーダは何事かを考えていたが、やがて彼は意を決して口を開いた。
「ジョルナータよぉ、俺の腕も植え付けて、後輪のあたりへと垂らしてくんねぇか?」
「え? いいですけど、ベルベットさんと違って、出せるのはスタンドの腕だけになりますよ? それほど能力は使えませんけど、大丈夫ですか?」
「それでいいんだよ、後輪の辺りのアスファルトさえ水たまりに出来りゃぁよォ」
**
「む?」
フルトは、小首を傾げた。バイクを運転しているように見える人らしきものの脇腹から、突如腕が垂らされたのだ。
そこから発現されたスタンドの腕が道路に触れた直後、アスファルトが液状化し、後輪に飛沫が巻き上げられていく。巻き上げられた飛沫は空中で『刺』状に形を変え……
**
「地面のアスファルトはよォ、俺の能力によって液状化されるんだ。そして、範囲内であれば空中でも成形は可能なんだぜ。だが、範囲から一辺出ると……」
再びアスファルトに戻る! まき散らされた『刺』が背後のバイクへと降り注いでいく。『円盤』はベルベットの迎撃を弾くのに忙しく、バイクの方へと戻るのは至難の業。これで終わる。そんな予感は、しかし外れた。
「ガードしろ、『ゲルニカ』……」
そう呟いた男の背後から、人型のスタンドが発現される。美しいが、何処か不気味さを感じさせるそれは、恐ろしい程の速さで『刺』を払いのけていく。
「おいおい! スタンドは一人一つじゃねぇのかよ!」
ストゥラーダは驚愕の声を発したが、それでも『刺』を作り続けていく。それを払いのけるのに、相手の追撃が緩むのを期待してだ。
「ウオーヴォさん、スタンドパワーが落ちてきたように見せかけて、スピードを緩められますか? 具体的には、相手が10mほどの距離まで近寄れる程度ですけど」
追跡する敵から逃れようと、必死に操縦をするウオーヴォの背に、ジョルナータが声をかけた。
10m、それは彼女の能力の射程範囲だ。何か策があるのだろう。ウオーヴォは無言で頷き、速度を下げた。
その後ろで、ジョルナータは自らの身体に細工を始めた。
「ジョルナータ、何をしている?」
ステッラが疑問に思うのも無理はない。ジョルナータが行っていたのは実に奇妙な事であったのだ。
肋骨を一本体外に植え付け、それを部分的に斬り取って植え付け直して成形していくことでサーベル状にしていき、更に肘の一部をその端に植え付けると共に、得体のしれない肉片まで彼方此方に植え付けている。
「大した事はありませんよ。ただ、私なりに相手を攻撃するだけですから」
**
前を行くバイクの速度が徐々に遅れてきている。二機目の『エッジプレイヤー』を『ベルベット・リボルバー』で迎撃し、さらに泥をはね上げながらの逃走は流石に無理があったのか、スタンドパワーを消耗してきているようだ。
フルトは、泥の『刺』を『ゲルニカ』で易々と払いのけながらバイクの速度を上げた。どうやって複数の相手が、一台のバイクに乗っているかは興味があるが、それはやつらを仕留めてから知ればいい。
が、ちょうど先行するバイクとの距離が10m程にまで縮まった時、彼はふとある違和感を覚えた。骨の『刀』と口が、右肩に生えている?!
リブス・ブレード
「露骨な 肋骨!」
口が叫ぶと同時に、鋭利な『刀』が旋回した。狙うは、ハンドルを握る右腕。根元から生えてきた『刀』をよけることなど出来はしない。
「うぐッ!」
すっぱりと斬り落とされた腕を尖端に突きさし、『刀』は何処かへと消え去る。しかし、その次に彼を襲ったものは更に性質が悪かった。
「!!!」
彼は、声にならない悲鳴を上げた。傷口を中心として、肉体の様々な部位に謎の肉片がまとわりつき、身体を溶かしていく。傷口を酸で焼いた為に出血が止まった事だけは良かったが、苦痛は計り知れない。口が、また言葉を紡いだ。
ミート・インベイド
「憎 き 肉 片 は、効きましたか? 私の胃壁をあなたの身体に『植え付け』たんです。痛みだけは保証できますよ、ふふっ」
この声は、女の声だ。そして、こういう事が出来る可能性のある女は、報告にあるステッラのチームには一人しかいない。
「『新入りのスタンド使い』、ジョルナータ・ジョイエッロ……。そうか、これがアンゴロから報告のあった貴様の能力か。だが、逃がすものか!」
憤怒の叫びを上げるも、片腕を奪われ、全身に植え付けられた胃壁からのダメージで、彼の運転に乱れが生じる。その上、本体と共に『ゲルニカ』も片腕を奪われた為に『刺』を打ち払うのも無理が生じた。
再びスピードを出したバイクとの距離が離れていくと同時に、突きの連打を掻い潜ってとうとう『刺』がフルトを、彼のバイクを貫いていく。
が、バイクはともかく、本体に致命傷はない。隻腕となっても『ゲルニカ』のスピードは伊達ではなく、防ぎきれないと判断するや否や、咄嗟に微かに触れて軌道をずらす方針に転換した事が功を奏したのだ。
そして、彼は、
「え?! 座ったままの姿勢で跳躍を?!」
目を亀に植え付けて背後を見ていたジョルナータが驚愕の声を上げた。前輪が破壊されたバイクがクラッシュする勢いを借りて、膝だけの力で前方へと舞い上がったのだ。
フルトは、クルクルと回転しながらステッラ達のバイクの前へと踊り出ると、素早く手刀を二度翻した。鋭い音を立てて『人形』とバイクが両断される。
バラバラになる人形の中から外へと跳ね上がった亀、その中からバネのついた腕が飛び出し、近くの樹木を掴んだ。
木の根本へと引き寄せられた亀の中から次々に人間が飛び出していく様に、着地していたフルトは、「ホゥ」とため息を漏らした。
「『スタンド能力』は人間だけが持つものとは限らない。なるほど、そう言う事だったのか……。解らないはずだ」
「ばれちまったらよォ~、口封じしねぇ訳にはいかねぇよなぁッ! 『スーサイド・ダイビング』っ!」
功を焦ったストゥラーダが、スタンドを発現させ、腕を失った右側からフルトに襲いかかる。自分のスタンドが速くはない事を自覚していた彼は、更に地面を液状化させて、相手の移動を封じ込めていた。
これならば、やつを仕留められる! 勝利を確信していたストゥラーダであったが、その瞬間を待ち受けていたモノがいた。
「GYIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
『スーサイド・D』を襲ったのは二機目の『エッジプレイヤー』であった。これまでの間はベルベットにあしらわれていたわけだが、自我がある以上もはや無駄に動き回るはずもない。
しばらくの間、遠巻きにステッラ達のバイクを追跡しておいて、フルトへとステッラらの注意が向けられた機会を狙ってストゥラーダを襲ったのだ。
相手が怯んだチャンスを、フルトは逃さなかった。左腕を伸ばし、『スーサイド・ダイビング』の腕を掴む。それだけで十分だった。
『その能力を、引き剥がす!』
ストゥラーダは、何かが身体から抜けていった感覚を味わった。そして、その直後、彼は何が自分から抜け出たのかを理解した。
「GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
『スーサイド・D』が、突如向きを変えて彼に襲いかかったのだ。スタンドの反逆なんてありえない! 驚愕のあまり反応が遅れた彼へと振り下ろされた拳を受け止めたのは、『SORROW』であった。
「流石に、反応が早いな。『パッショーネ』の幹部というだけの事がある」
「『スーサイド・D』が本体を襲うとは……、貴様の能力は!」
「そうだ、『触れた生物のスタンドに、自我を与えて引き剥がす』能力だ。貴様らを襲っている『エッジプレイヤー』も、スタンドに目覚めていない一般人から無理やり発現させて引き剥がしたモノだ。今頃は、死体が発見されて大騒ぎになっている事だろうな。ククク」
相手の笑いに、ジョルナータは紛れもなく嫌悪を感じた。そうだ、列車の中でもそうだったけど、こいつらは関わりの無い民間人の命なんて、虫けらほどの価値も見出していない。だから、今回みたいに関わりもない人まで遠慮せずに巻き込むんだ!
「スタンド使い以外から引き剥がせば、相手は死ぬんですね?」
「その通りだ」
「なら、これまでに何人をその能力の生贄にささげたんですか!」
「さあな、既に1000以上の人間を殺したと思うが、詳しくは覚えていないな。お前は、これまでに何度食事をとったかなど覚えてもいまい? それと同じ話だ。
構う事はあるまい。どうせ、既に地球の人口は過剰となっているのだ。いずれ、口減らしをしたことで俺が『偉人』と讃えられる日が来るだろうよ!」
こいつは、狂っている。殺しを楽しんでいる。ジョルナータは限りなく怒りを覚えた。この男は、生かしてはいけない。私自身の手で殺すのは嫌だが、それでもこいつを野放しにする訳にはいかない。
彼女は、先程斬り落とした相手の腕を強く握りしめた。
「……ジョルナータ、お前があの男を叩け。俺は、『スーサイド・D』を抑え、ベルベットは『エッジプレイヤー』をあしらう。ウオーヴォではあの男の相手は出来ないからな。くれぐれも、スタンドを引き剥がされないように気をつけろ」
ステッラのささやきに、ジョルナータは無言のまま一歩踏み出した。
「無駄ァッ!」
『インハリット・スターズ』の拳が唸る。それをフルトはかわそうともせず、
「侮るな、小娘! 俺のスタンドはまだ戦えるのだぞ!」
一声叫んで拳を打ちだした。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!」
「フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンッ!」
拳と拳が音を立ててぶつかり合う。この追跡の間スタンドパワーを使い続けて疲弊しているジョルナータと、隻腕となった上に刺さった『刺』による出血で弱っているフルトのラッシュのぶつかり合いはなかなかの見物となった。
が、やはり隻腕というハンデはどうしようもなく、『インハリット・S』がラッシュを制することとなる。
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
ガードを崩した連打が遂に敵の身体を穿つ、と思った瞬間の事だった。ジョルナータの体勢が崩れたのは。やはり、相手の方が戦い慣れしていたのだ。『ゲルニカ』の足払いが、足元をお留守にしていた『インハリット・S』を刈り取ったのだ。
片膝をついた彼女の頭に、『ゲルニカ』の腕が迫る。
「ハッ!」
「言っただろう。侮るな、とな。お前のスタンドも引き剥がすッ! 勝った!」
風を切って振り下ろされる『ゲルニカ』の腕。体勢を崩したジョルナータにそれを回避する術はない!
**
「BRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
『スーサイド・D』が攻撃しようとするたびに、『SORROW』は動いた場所を的確に叩いていった。元々、パワーはともかく、スピードでは話にならない相手なのである。ゲル化した地面で身動きを封じられようとも、バネの瞬発力である程度は補える。
本来ならば遠慮せずにたたみかければいいのだが、相手はあくまでも自分の部下のスタンド。倒した後どうなるか判らない以上、下手に仕留める訳にはいかなかった。
それを察したのか、『スーサイド・D』の拳が地面を打ち叩く。液状化した地面に与えられた強大なエネルギーが、巨大な泥津波となってステッラへと襲いかかる。ゲルに半身を埋められた彼に、それを回避する程の機敏な行動など望めはしない。
「『SORROW』!」
が、彼はそれを見事にかわしてのけた。腕にバネをつけて、付近の樹木を掴んだのである。伸びたバネが縮んでいく力を利用して、彼はゲルの中から脱出したのである。そして、泥津波で根こそぎとなった木がぷかぷかと浮かぶ上に彼は陣取った。
唯一の地面に立つ『スーサイド・D』と、『水面』に浮かぶ木の上に立つステッラ。戦闘は膠着状態に陥った。
**
「GYOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
「ああもう、ちょこまかしてんじゃないよ!」
ベルベットは『エッジプレイヤー』へと『ベルベット・リボルバー』の弾丸を放ち続けていた。だが、先程までの自動操縦モードと違い、バイクから降りた相手と戦う為に自我を持って動くようになったため、なかなか弾丸が当てられない。
幸い、かわされた弾丸も着弾したところからリボルバーを生やすので、無駄にはならないのだが、それでもすぐには勝負は決められない。そう、弾丸をばらまいておかないと、自分の狙う場所へと相手が自然に動くようにそれとなく誘導しないと勝負は決まらない。
「無駄ダゼ、無駄ァ! 数打チャ当タルすぴーどジャネェンダヨ! ソノ半けつじーんずト、たんくとっぷダケヲ斬リ裂イテ真ッ裸ニシテヤルゼェェェ!」
調子に乗って縦横無尽に動き回る『エッジプレイヤー』であったのだが、
「……へぇ、言うじゃないかぃ。だけどね、あたしのヌードは、タダで見られるもんじゃないんだよ!」
ズガガガガガガガ! 四方八方から放たれた弾丸が『エッジプレイヤー』を貫いていく。かわされた弾丸から生えた沢山のリボルバーが、一斉射撃を行ったのだ。弾丸の『結界』へとベルベットは『エッジプレイヤー』を追いこんでいたのだ。
一人歩き型として実体化していたのが仇となったのだ。
「完全に仕留められたかはともかく、これで動けるもんなら動いてみなってんだい!」
ベルベットは鼻を鳴らし、『エッジプレイヤー』に銃を突きつけた。
**
振り下ろされる『ゲルニカ』の腕、だがそれは空を切った。ジョルナータが『自分の頭』を『自分の腹部』に素早く植え付けていたからであった。
「攻撃される場所を、事前に別のところに植え付けてしまえば、当たるはずがないですよね。そして、勝ったのは私です!」
腕が掴まれる感触に、フルトは怪訝な顔をした。掴まれたところで、足を使う事で危機は回避できる。そして、自由になった左腕で相手を掴めば、それでこちらは勝つはずである。
だが、そう思えたのは、自分の腕を掴んでいるモノを見るまでの事であった。これは、斬り落とされたはずの俺の腕ではないか!
「私のスタンドは『離れた相手の肉体を掌握することで、相手の能力を使用』出来るんです。そして、あなたの能力は『他のスタンドに触れることで、自我を与えて引き剥がす』こと。直接手を下すのはともかく、自滅させる分には容易いですね」
奪われていたフルトの右腕は、何時の間にか彼女の背中から生えており、彼の左腕を抑え込んでいた。それは、ゲルニカの腕もしかり。という事は……
「GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAA!」
『ゲルニカ』が、吼えた。それは、今まで相手にしていた『インハリット・スターズ』を放りだして元の主人に迫っていく。
スタンドを引き剥がされた人間は、スタンドが見えるだけの『スタンド使い以外の生物』ということになる。そして、それに能力を適応させるとすると……
「ま、待て! やめろ!」
無駄な叫びを続けるフルトを、『ゲルニカ』は抑え込み……
何か、スタンドらしきものが一瞬見えた気がした。だが、それはすぐに風に揺られたかのように消えていく。その後を追うようにして、『ゲルニカ』と『エッジプレイヤー』も薄れて消えていった。
後に残るは、スタンドを抜き出された男の遺体だけであった。何時の間にか、『スーサイド・ダイビング』はストゥラーダのコントロール下に戻っていた。
「バイクは破壊された……。出来るだけ早く次の移動手段を得なければならない、急いでここを離れるぞ!」
ステッラの号令に、ジョルナータ達は頷いた。
本体名―フルト
スタンド名―ゲルニカ(切り落とされた腕から、自身の能力をジョルナータに逆用され、自分のスタンドにスタンドを強引に引きずり出されて自滅)
本体名―不明(一般人の熟練工)
スタンド名―エッジプレイヤー(『ゲルニカ』に強引にスタンドを引きはがされて死亡)
使用させていただいたスタンド
No.969 | |
【スタンド名】 | ゲルニカ |
【本体】 | フルト |
【能力】 | 触れた生物のスタンドを引き剥がす |
No.735 | |
【スタンド名】 | エッジプレイヤー |
【本体】 | 一般人の熟練工 |
【能力】 | 側面から刃を展開し、物を切ることができる |
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