「んん?」
スオーノは眉根を寄せた。どうも、先程調べた時と迷路の構造が変わっているような気がする。再びスタンドで周囲を調べ直した彼であったが、急に苛立たしげに唾を吐き捨てた。
「くそったれ! こいつら、常に迷路の構造を変え続けていやがる! おまけに、剣らしきものが何かの塊に触れる度に、それが崩れて迷路の一部になってるじゃねぇか!
これじゃあ、ちょっと目を離しただけで敵の居場所すら分からなくなっちまわぁ!」
「ふむ、つまり、こういうことか? 『砂に変える』スタンドと、『砂で迷路を作る』スタンド、この二体が敵、ということか?」
アルジェントが問い返した時のことだった。
「外れ、だな。我がスタンドは、砂など作らぬ」
冷笑と共に、砂壁が炸裂したのは。
「『メタル・ジャスティス』ッ!」
散弾もかくや、との勢いで飛び散ってきた砂の雨を、咄嗟に前に飛び出したアルジェントが、向かってくる砂粒の中から引き寄せた金属で「盾」を作り出して受け止める。
別に、このようなものを恐れる必要はない。向こうから射程範囲に入ってくる物を瞬時に変化させれば済む事だ。だが、
「今回に限っては、早計であったな」
クツクツという含み笑いと共に、盾の表面が炸裂し、アルジェントへと吹っ飛んでいく。
咄嗟に、液状化させて再び周囲に浮かばせたとはいえ、直撃を完全に防ぐ事は出来なかった。ガードしていた左腕にはヒビでも入ったのか、ズキン、と痛みが響いてくる。
「だ、旦那!」
駆け寄ろうとしたスオーノに、アルジェントは右手を向けた。
「これは、俺の相手だ。お前は、もう一人を始末しに行け」
その言葉に、虚を突かれたのか、スオーノは数瞬だけポカンとした顔で固まっていたが、すぐに頷き、身をひるがえした。
**
「あ、あれ??? ここは……」
気がついた時、ジョルナータがいたのは仲間がいる駐車場からさほど離れていない所に位置する草原であった。
しかし、駐車場との間には壁があり、仲間の視界からだと気がつかれにくいだろう。おそらく、彼女を此処まで連れ去ったスタンドは、一人ずつ仲間と引き離して始末するつもりのようだ。
ちょうど、仲間の目から映らなくなっていたジョルナータが真っ先に狙われたのは、そう言う事だろう。
「これは、スタンド攻撃……。でも、敵スタンドは……」
キョロキョロと周囲を見回すジョルナータだったが、
「ココダァッ!」
足元の「草」と「地面」の間に出来た『鋭角』から突如現れた影が爪を振り上げた。
ザシュッ!
**
草原に現れた少女を、遠くから望遠鏡で観察する者がいた。停車したパトカーの中で、男は彼女を一心に見つめている。
「ククク……。アーゴを殺られた怒りはよォ……、俺の『アウル・シティ』をちっとは成長させてくれたんだぜ。ある命令を果たしてから攻撃にかかる程度の精密動作性と、掴んだものごと瞬間移動するくれェはよぉー……。
てめぇらのチームは、このアンゴロ様が一人一人ぶっ殺してやるぜぇ……」
**
突如現れたスタンドの攻撃に、咄嗟にのけぞったのが幸いし、ジョルナータはギリギリ首を刈り取られるのを免れた。だが、無傷ではない。
斬り裂かれたのは不味い事に声帯の辺りだ。このままでは声を出すどころか息さえも出来なくなる。早急につなげなくてはならないのだが、敵はそんな余裕など与えてくれなかった。
(い、『インハリット・スターズ』!)
彼女のスタンドが拳を乱打するが、相手のスタンドはそのことごとくを瞬間移動で逃れていく。この、狼男のような形のスタンドには心当たりがある。以前、ベルベットらが戦い、取り逃がしたとかいう敵だ。
だが、攻撃が当たらない。その全てが直前に回避されている。このままでは、治療もままならない! 焦る彼女の頭に、ある閃きが浮かんだ。
斜めから掬いあげるように『インハリット・スターズ』の右拳が『アウル・シティ』を襲う。が、脇ががら空きだ! 瞬間移動した敵スタンドは、彼女の隙に乗じようとし……。
バキィ! 脇腹から生えた彼女の左手刀に頭から両断された。遠隔自動操縦と言うのならば、誘いの隙だろうが、「隙」であれば確実に突いてくるだろう、との考えは見事に当たった。
ジョルナータは安心して傷の治療にあたろうとし……、生やした腕と形のいい腹の間に出来た『鋭角』から再び現れた『アウル・シティ』に、深々と身体を切り裂かれた。
(不味い、です……。このままじゃ、一人、一人始末されます……。私が、今ここで食い止めなければいけないのに、い、意識が……)
吹っ飛んでいく中、ジョルナータは意識が薄れかかりそうになるのを感じていた。
**
「ヒヒヒ、やっぱり引っかかりやがったなぁ? 遠隔自動操縦型スタンドってのは、何度でも出せるってのを忘れたかぁ?
任務その二『敵の殺害』が終了すりゃあ、次は任務その一『敵の誘拐』を自動で行ってくれる。わざわざ考える必要がねぇからこのタイプのスタンドはありがてぇ……なっ!」
笑いながら一人ごちていたアーゴの顔が突如引きつった。仕留めたはずの少女が、何事もなかったかのように立ち上がりやがった、だと?!
**
「……どうやら、向こうは私が治療能力のあるスタンド使いだったってことを知らなかったみたいですね。そりゃ、敵に自分の能力で治療する瞬間を見せた事はありませんでしたけど」
斃した、との油断から敵の攻勢が止まったのに乗じ、ジョルナータは傷をつなげて立ち上がった。切り傷であれば、面と面との間に別の部位を生やさせることで幾らでも応急処置は出来る。
後で、肉を戻しておけば万事解決だ。ゆっくりと敵に歩み寄りながら、ジョルナータはひとり呟いた。
「『全身を瞬間移動する』ですか……。まったく、あなたはいいヒントを与えてくれました。そのヒントと、死ぬ寸前までに追い詰められたことで、私は結構成長できた気がします……」
仕留めるべき「敵」の復活に、再び『アウル・シティ』が瞬間移動して襲いかかる。だが、今度攻撃が空を切ったのは『アウル・シティ』の方であり、
「無駄ァッ!」
背後から現れた『インハリット・スターズ』の拳がその背中を撃ち抜いた。
ジョルナータが行ったのは、付近の植物に植え付ける「肉体の部位」の量を次から次へと足していく事によって、最終的に「全身」を植え付ける形での瞬間移動であった。
が、左腕だけがない。何時の間にか、付近の木の枝から、ひしゃげた蜂の巣が落ちていた。
そして、再びジョルナータの姿が消えた。しかし、今度は瞬間移動ではない。
相手を見失った事に愕然とした相手が、草原のあちらこちらに『アウル・シティ』を差し向ける度に、決まってその付近の植物や、空中の昆虫からスタンドの拳だけが飛び出しては殴り倒していく。
アーゴに知る由もない事であったが、これは、実のところ至極単純な話であった。ジョルナータは、全身を細かく分割して、能力の範囲内の全ての動植物に植え付けたのだ。
その範囲内であれば、何処に敵が現れても、植え付けた部位からスタンドを出すことで対応出来る。これが、『インハリット・スターズ』の『結界』であった。
そんな事とは知らず、アーゴは驚きに汗をダラダラ流していた。スタンドがやられる度に何度も再発動してきたので、そろそろスタンドパワーは限界に近付いている。
身動き一つしていないというのに、呼吸は急速に荒く、顔色はどんどん青ざめていく。その時だった。
「ミツケタ」
窓の外から声がしたのは。その直後、細長い紐のようなものが窓を割って彼を拘束し、急速に草原へと引き寄せていった。
これは、先程蜂の巣が落下していたのと関係がある。ジョルナータは、木に生やした腕で蜂の巣を殴った際に、巣の中の蜂に自分の脳細胞の一部を植え付けて、支配下に置いたのだ。
それを周囲に飛ばして、急速に体力を消耗している人間を見つけ、身体の部位を細工して作った小さな「口」で声を出した。
同時に、腕の部位を骨から肉に至るまで細長く、バラバラに「植え付け直す」ことで、腕を幾つもの小さな関節を持つ長大な「紐」に変えたのだ。
当然、スタンドの射程は延びる。そうやって、ジョルナータは相手を引き寄せたのであった。
突如、謎の物体に草原まで引き寄せられたアーゴは、びくびくした顔で辺りを見回した。周囲の何処に敵がいるのか、まったく見当がつかない。
ビビっていた彼は突如、胸に耐え難い痛みを感じた。目を向けると、ちょうど気道のあたりが、内側からパックリ裂けていく。出血がないのがいやに不気味だった。
そして、其処から現れたモノは……
「あなたは、ホラー映画って好きですか? 私は、気が弱いからあんまり好きではないんですけど……、人を怖がらせる分には、面白いモノなんですね。ふふっ」
人の顔をした蛇、彼の目にはそう見えたモノは、実は己が相手にしていた少女であった。
ジョルナータは、相手の体内に段階的に瞬間移動し、内部から『インハリット・S』の手刀でその胸を裂いたのである。そして、傷口から出ていく分には体を細長くした方が動きやすい。
そう考えて、彼女は自分の体の部位を、まるで蛇のような形になるように植え付け直したのである。ホラーじみた形で姿を現した少女はにっこりと笑い、
「自分で人を殺すのは、ちょっと気が進みませんけど、再起不能程度なら容赦しませんよ? 覚悟はいいですか?」
そのスタンドが拳を構える姿を目にしながら、彼はこんな事を思ったのであった。ああ、こんな化け物を最初に攫う羽目になるとは思わなかった……
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!」
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