首尾よくローマに潜入したステッラ達は、闇に紛れて下水道の中へと身を潜めた。ローマの地下を縦横に走る下水道には、流石の『ヴィルトゥ』の力も及ばない。そして、スーサイド・ダイビングをもってすれば何処からでも出入りする事が出来るから、敵よりも機動性で勝る事が出来るはずだ。
「いいか、今から今後の方針について話をする。『ヴィルトゥ』のボスは用心深く、『パッショーネ』が潜り込ませたスパイや暗殺チームでさえも、スタンド能力はおろか居場所さえ大まかにしか掴めなかった。
そこで、俺達はまずやつの居場所を見つけなければならない。つまり、適当に『ヴィルトゥ』のメンバーを捕まえて、情報を吐かせる必要があるという事だ」
「ステッラ、危険すぎはしないか? つまり僕らはわざと市内をうろつきまわって、敵を招き寄せないといけない、ということだろう?」
「その通りだ。それも、集団ではなく、バラバラになって、だ。かなり危険な話だが、成算がない訳ではない。どうも、現在ローマはかなり手薄な状況にあるらしい。つまり、それほど多くの敵と戦う事はないはずだ。危険ではあるが、如何にか逃げ切れるだろう」
何故手薄なのかをステッラは説明しようとしなかったが、おそらくボスの差し金なのだろう。しかし、それでも不安は残る。やはり、この方法はあまりにも危険が大きい。
「あの、私も危険だと思います。もし、私が敵のチームに居れば、数人がかりで一人を捕えることにします。私達の拠点のネアポリスならともかく、敵のお膝元では逃げ切れないんじゃないでしょうか?」
ジョルナータの言葉に、ステッラは理解を示しはしたものの、
「逆に、そうなればこっちのものだ。こういった場合、やつらは相手を殺そうとはせず、他の仲間が何処に居るかを尋問しようとするだろう。それがつけ目だ。尋問する為には、それなりの設備がないと不可能だ。筋金入りのギャング相手の尋問は、能力で異空間に放り込むなんてチャチな事をするだけじゃ意味がない。
だから、俺達のうちだれかが捕まった場合、やつらは自分らの拠点へと運びこまざるを得ない。それなら、全員に通信機を隠し持たせれば敵の拠点を発見し、仲間を助けつつ敵の力を削ぐ事は難しくないだろう」
と、あくまで当初の姿勢を変えようとはしなかった。
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ルーチェが、ウオーヴォを見つけたのは偶然の事だった。嫌がるキャッツ・グローブをつれて、ローマ中の建物のブレーカーを手当たり次第に切って遊んでいる時に、たまたま警戒心を剥き出しにして歩いている青年がいるのに気づいたのだ。
幼いとはいえ、彼女も一応『ヴィルトゥ』のメンバー。ローマが手薄になっている現在、潜入してきた『パッショーネ』メンバーの顔くらいは覚えこまされている。
ボスの敵を見つけたからには、誰か組織の大人に連絡をすべきなのだろうが、それじゃあ何となく面白くない。ルーチェは、しばし考えた揚句に、ポン、と手を叩いた。
「そういえば、ボスがこの前新しい玩具をくれたっけ。よーし、今日は狩りを楽しんじゃうぞー!」
まるで「今日はピクニックに行こう」と言うかのような気軽な物言いに、しかしキャッツは顔を土気色にした。彼女の言う『玩具』なんてものを使ったりしたら、どれ程の被害が出るか判ったものではない!
「ルーチェちゃん、それだけは駄目でし! あれを使ったら、多くの人が死んじゃうでしよ!」
「それの何がいけないの? 面白ければ、それでいいじゃない。ほら、キャッツ。早くいこ!」
ルーチェは、自分のスタンドの反対など意にも解さず、その尻尾を引っ掴んで歩き出した。その強引さに、キャッツは諦めたかのように口を閉ざした。
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ウオーヴォが、その攻撃を無傷で乗り切れたのは、傍目から見て完全に奇跡としか言えなかった。それは、キレ者の彼でも予測すらしていないモノであった。
ショーウィンドーの前を歩いていた彼を襲ったのは、爆走する小型トラックであった。危ういところで、ダフト・パンクを付近の車につなげ、引っ張らせることで難を逃れた彼をかすめ、トラックは店へと突っ込む。
驚愕して振り返ったウオーヴォは見た。スタンドらしいピンクのカバを模したぬいぐるみに運転を任せ、トラックの荷台に立った少女が、荷台に取り付けたM134機関銃を四方八方に向けて、周囲の人間を面白半分に薙ぎ倒す光景を。
「くそっ、なんてガキだ! 親のしつけはどうなってるんだ!」
舌打ちをしながら、近くに止まっていたバイクを失敬し、ウオーヴォはこの場から離れにかかる。こんな人通りの多い場所にいたら、関わりの無い民間人が更に巻き添えになってしまう!
「おい、待て泥棒! ぶげぇっ!」
バイク泥棒に、持ち主らしい男が慌てて追いかけたところを、バックして店から飛び出したトラックがわざわざ弾き飛ばし、バイクの去った方向へと向きを変える。
「そうそう、こうじゃないと面白くないよね。よーし、追いかけちゃうよー!」
荷台の上で、ルーチェはいかにも楽しそうに笑ったが、運転席にちょこなんと座るキャッツは、酷く苦渋に満ちた顔をしていた。
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甘かった! 決死の逃避行を続けながら、ウオーヴォは内心臍を噛んでいた。トラックに乗る少女は、彼を追う先々で、面白そうに人混みへとトラックを乗り入れ、ミニガンの弾丸をばら撒きながら疾走を続けていたのだ。まったくの無意味な殺人を、無邪気に少女は楽しんでいたのだ。
M134はミニガンなどと可愛らしい愛称でこそ呼ばれてはいるが、その威力は「生身の人間に当たれば、相手は苦痛も感じずに即死する」とまで言われている代物だ。それと、トラックの運用をスタンドに任せながらも、事もあろうに、激しく揺れる荷台の上で少女はケロリとこう言ってのけた。
「きゃーっ、たっのしーーーーーーーーっ!」
楽しい? 冗談はよしてほしい。小型トラックで暴走しながら、荷台に取り付けた小型ガトリングを乱射して、無関係な一般市民を呆れるくらいに巻き添えにして、楽しいもクソもあるのか?! 毎分4000発の弾丸をばら撒いてるんだぞ?!
ウオーヴォは、バイクを走らせながら少女に毒づいた。彼は知っていた。自分が射殺されないのは、少女がわざと外して、追いかけるのを楽しんでいるからだ。懸命に逃げさせる為だけに弾丸をまき散らして、罪もない一般人を多数巻き添えにしているのだ!
どうやら、少女のスタンドがトラックとガトリングを動かしているらしい。つまりは、自分と同タイプのスタンド使いのようだが、動かす為にスタンドの尻尾を機械につなぐ必要があるらしく、空いている尻尾はあと一本しかない。
ならば、こちらにもやりようがある! ウオーヴォは、バイクで走り回りながら、目につく機械や人間すべてにコードをつないでいった。コードをつなげた機械から更にコードを伸ばし、ビルのブレーカーから、内部に居る人間、機械全てを支配下に置く。
バイクからの射程範囲を、支配下に置いた機械などが出そうになれば、今度は別の経路からネットワークをつなぎ直す。
少女に怪しまれないように、適当な乗用車を割り込ませて時間稼ぎをしながら、彼はネットワークをローマ全体へと広げていき、自分の目的に最も合致する、と判った場所へと向かっていく。
しかし、ルーチェも負けてはいなかった。遠く先に建築中の建物があるのを見かけると、ウオーヴォをそちらへと追い込みつつ、
「キャッツ! 尻尾をクレーンにつなげちゃえ!」
と、座席で俯いて「ごめんなさいでし……、ごめんなさいでし……」と繰り返し呟き続けるキャッツに命令を下す。キャッツは、もはや虚脱しきった顔で尻尾を窓から外に伸ばしていった。
一方、ウオーヴォもクレーンの存在には気が付いていた。位置は、ちょうど一本道の中ほどにある。その位置が、追い込もうとする少女の行動が絶妙であった。
おそらく、少女はクレーンの利用を考えるのだろうが、これまでの彼女の行動原理は「快楽」を基準としていた。そして、『ヴィルトゥ』の側としてはなるべく自分達を捕えようとするはずだ。
ならば、自分を殺すよりも、むしろ釣り上げる事を目的にするはず。そこが、彼のつけ目と言えた。
グオン! 思った通りに、彼が一本道を通り過ぎようとした瞬間に背後からクレーンが引っかけに動き出す。その風音を感じてウオーヴォは、
「ダフト・パンク!」
逆に、コードを伸ばし、クレーンの先端の鉤へと掴まった。その様に、荷台から飛び降りたルーチェは、
「何よそれー! 自分から釣り下がるんじゃ、面白くもないじゃない! キャッツ、あいつを振り回しちゃえ!」
本体の命令に、もはや反抗する気力さえないのか、キャッツは言われるがままにクレーンを左右に動かし始める。ブルン、ブルンと激しく振り回されるウオーヴォであったが、
「……やれやれ、甘やかされていい気になっているガキほど度し難い者はないな」
と、平然たる口調で呟いた。
「あはは、おもしろーい! じゃあ、そのいい気になってるガキにしてやられてるおにーさんは何なの?」
地上から彼を指差し、ケラケラと楽しそうに笑うルーチェ。だが、
「調子に乗るな、小娘。此処へと僕が向かったのが、自分のしたことだと思っているのか?」
ウオーヴォの冷徹な言葉に、少女の顔が強張った。
「お前くらいの年齢じゃ知らないだろうが、並列処理というものがある。大量のコンピューターをネットワークでつなげて、計算を分かれて行わせることでスパコン並みの成果を発揮させるってやつなんだがな。
僕の『ダフト・パンク』は、それを人間で行う事が出来る。彼らの五感を利用して、都市の何処に何があるかを判断し、それを自分の脳へと連絡させ、更に必要な物を複数同時に動かさせる。僕が、他のスタンド使いに決定的に勝るのはこれだ。
これこそが、僕の『ダフト・パンク テレビジョン・ルールズ・ザ・ネーション(電影国家)』だ! 僕は、それが最大限に力を発揮するべき場所へとお前を誘い込んだに過ぎないんだ!」
ウオーヴォの言葉が合図だったかのように、その時周囲から何百本ものコードが伸びる。その大半はクレーンに巻きついて動きを止めるが、残る一部は、或いはトラックに接続して移動をさせ、或いはルーチェの手脚に巻きついて拘束する。
ギュッと手足を締め付けるコードの痛みに、罵声を上げようとしたルーチェは、コードが何かに猛烈に引っ張られる感覚に思わず悲鳴を上げた。
「ああ、言っておくがそのコードはそれぞれこの場から離れる方向に向かうスポーツカーから伸びてきたモノだ。そして、ついでに言うと今この場には、石油を満載したタンクローリーを前後から突っ込んでこさせるようにしている。
四裂きにされるのが先か、タンクローリーの衝突に巻き込まれて即死するのが先か、そこまでは計算していないがな」
「ウ、ウソ! やだやだ! それじゃ、私が死んじゃうじゃない! 許してよ!」
突如突きつけられた死の恐怖に、泣きわめくルーチェ。その姿にウオーヴォは鼻を鳴らした。
「ふん、自分を知ったらどうだ。お前は、今日弾丸を喰らわせた相手、トラックで轢殺した相手に、情けをかけたのか? ギャングの殺し合いに、堅気を巻き込むなどという掟破りを、それも自分一人の楽しみの為だけに行っておいて、自分だけが『死ぬのはいや』等と言う権利はないぞ」
ジロリ、と少女をねめつけておいて、コードを建物に引っ掛けて去っていこうとするウオーヴォであったが、その時身じろぎもせずにこちらをつぶらな瞳で見つめてくるキャッツ・グローブと視線が合う。
「……本体を助けたいのならば、僕を斃すしかない。来ないのか?」
彼の不思議そうな問いかけに、ようやくそれに思い至ったのか、ルーチェも、
「キャッツ! 早くそいつをやっつけなさいよ!」
と、騒ぎ出すが、キャッツは一度そっちを向き、
「……ルーチェちゃん。僕は、最初で最後のわがままを言うでし。僕は、ルーチェちゃんがこうなるのは当然の罰だと思うでしよ。ルーチェちゃんが死ねば、僕も死んじゃうでし。でも、ルーチェちゃんを止められなかった僕も同罪でし。だから、僕はルーチェちゃんを助けないでし」
と、答えてから、ウオーヴォへと向き直り、深々と頭を下げた。
「ありがとう、そしてさよならでし。ルーチェちゃんを止めてくれて、僕は感謝してるでし」
予想外のスタンドの行動。それに、ウオーヴォは酷く後ろめたさを感じた。
「……済まない」
そう言い残すと、ウオーヴォはヒラリ、と宙を舞った。
その後ろで、
「いたいいたいいたいいたい! しにたくないしにたくないしにたくない!」
ビチッ、ビチッ、と体が裂けていく音が鳴る。迫りくるタンクローリーのタイヤ音が轟と響く。少女の身体が千切れ飛んだのが先か、正面衝突したタンクローリーに少女の肉体が押しつぶされたのが先か。
だが、確実に先であった事が一つある。「でっ、でしぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」との悲痛な叫びを残し、主に恵まれなかった薄倖のスタンドがこの世から消え去った事であった。
だが、その悲鳴も、タンクローリーの爆発音にかき消され、誰の耳に届く事もないまま消え去った。
今回の死亡者
本体名―ルーチェ
スタンド名―キャッツ・グローブ
(手足を、スポーツカーから伸びた『ダフト・パンク』につながれ、引っ張られることで四裂きにされると同時に、前後からタンクローリーに押しつぶされるという惨すぎる手段で殺害される。爆発に巻き込まれ、骨の一欠片すら残らなかった)
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