ミラノにて、数時間前
「フリー・フォール!」
「フェルクリンゲン!」
朝霧の中相対するなよやかな女性型のスタンドと重厚なスタンド。その二体のスタンドは、ほぼ互角の実力だった。拳と拳が交差し、それぞれの頬を打ちぬく。
フィードバックでそれぞれの本体は、よろり、と数歩後ずさる。が、互いにすんでのところで倒れないように踏みとどまる。
両者が激突したこの横丁は、重厚な見た目のスタンド『フェルクリンゲン』の能力によって周囲に鉄のトゲが張りめぐらされた牢獄と化していたのである。
どちらかが死ぬまで、この場を逃れることは不可能。毛皮をまとった筋骨隆々の姿と、牢獄を作り出した青年は憎々しげに視線を交差した。
「坊や……、なかなかやるわね。流石は、その若さで『ヴィルトゥ』の幹部として、この大都市を任されているだけのことはあるわ」
女性のような言葉使い、されど野太いその声は、筋骨隆々とした人影から発せられた。
「おほめの言葉、光栄だな。俺も『パッショーネ』の幹部の一人として名高いドンナさんが、まさかオカマだとは思わなかったが、手を交えて納得したぜ」
青年は、相手へと不敵な笑みを浮かべた。その様に、だがドンナは悲しげな目を向けた。
「……残念ね。あなたがうちに寝返ってくれれば、いい関係を築けたでしょうに」
グラリ! 彼の言葉が終わるとともに、青年の体が揺れた。彼は、猛烈な吐き気と共に自分の周囲がグルグルと回転していくのを感じた。
「なっ!」
「あなたは素晴らしい好敵手だったから、特別に教えてあげる。アタシの『フリー・フォール』は、殴った相手の『耳石』を操作する能力。
まあ、他にもいろいろ出来るんだけど、簡単に説明すればめまいを起こす能力ね。
……知ってるかしら? めまいって、酷くなると派手に転んだりするのよ。周囲にトゲなんて作ったあなたが悪いのよ」
その言葉に愕然とした青年であったが、彼が必死に姿勢を保とうとしていたのもこのあたりが限界だった。
後ろへと倒れこんだ彼を待ち受けていたのは、自分の生やした鉄のトゲであった。
スタンドの本体が死んだことにより、鉄針の決闘場が消滅していく。壁に背を持たせかけて粋にタバコを吸っていたドンナの元に、息せき切って一人の女が現れる。
「殺ったの?」
ドンナの言葉に、女は軽く頷いてみせた。
「はい。『ハッピー・エンド』で、この都市に蔓延っていた『ヴィルトゥ』の構成員全ての『電源をオフに』し、バラバラにして下水道へと流し終えました」
「そう。なら、アタシたちのチームは一先ず任務完了ね」
そう言って、ドンナは携帯を取り出した。
「ああ、ミスタちゃん? ア・タ・シよ、ド・ン・ナ。たった今、ミラノの制圧を完了したわ。これから、あたしのチームをローマに向かわせて、ステッラちゃん達の支援に回っていいかしらぁ?
……え? ダメ? ヴェネツィアから出発したフーゴ達と合流して、トレントに撤退して休息を取っているらしい『ヴィルトゥ』の外部派遣チームを奇襲しろ?
なによー、疲弊しきってる相手くらい、フーゴのチームで十分でしょー? それでもアタシのチームを向かわせるって事は、もしかして嫉妬かしら?
やーねぇ、アタシはミスタちゃんが一番気に入ってるのよ。嫉妬なんてしなくていいわ。でも、ミスタちゃんがアタシを嫉妬してくれて、ドンナうれしいわぁ。ネアポリスに戻ったら、しっぽりと熱い夜を過ごしましょ、チュッ!」
体を妙にくねらせながらの長電話に、部下はげんなりした顔で後ろを向いていたが、電話を終えた幹部の打って変った真面目な言葉に、ハッと顔を引き締めた。
「……新編成された暗殺チームが担当することになってるはずだわ、トレントは。3つのチームを合同させないといけない、ということは相当危険な任務よ。
おそらく、次の戦闘こそがうちの北イタリア侵攻作戦中最も重要な戦闘になるわ。あなた、早くみんなを集めなさい」
**
フェリータは、最初からその女だけを探し求めてローマにスタンドを放っていた。ボスの求める『エイジャの赤石』を入手するという大功を立てたのにもかかわらず、彼女が更に功績を立てようとしていたのには理由がある。
彼女は、ボスに思慕の情を抱いていた。そして、彼に自分へと目を向けさせる為に、自分が出来る事はただひたすら功績を立てることしかない。功績を立て続ければ、何時しか自分をボスが取り立ててくれる、愛してくれる、抱いてくれる。彼女は、そう信じていた。
彼女のスタンド『プライベートライアン』は「放置した場合、特徴に合致した人物を全て殺害しようとする」という特徴がある。故に、フェリータは安全なビルの屋上に隠れてスタンドを向かわせるだけに留め、自分はスタンドからの連絡が来るまでをボスの事を思いつつ自身を愛撫する事に没入していた。
「ああ、ボス……。そこです、ああ、もっと、深く……。おっ、あっ……、ああぁぁぁっ!」
折れそうなまでに咥えこんだバイブから与えられる快楽に、彼女は心を雲居の彼方まで飛ばす。剥き出しにした胸を潰れるほどに掴んで、荒い息をついていたフェリータの耳に、スタンドからの報告が届く。
「ハァッ……ハァッ……、ああ、ドゥオーモ様……。!? 『ジョルナータ・ジョイエッロの条件に合致する人物が数名見つかった』ですって? いいわ、確実を期す為に、そいつらを全て殺害しなさい」
一瞬で頭を切り替え、フェリータは恥蜜に濡れてもはや使い物にならなくなった下着を放り捨てながら、自身のスタンドに命令を与えた。
**
ジョルナータは、不安に周囲をキョロキョロ見まわしながらローマの市内を歩き回っていた。ステッラの方針に、彼女はあまり賛意を抱いていなかった。
自分はまだスタンドが強力なだけ構わない、ベルベットさんやストゥラーダさんだってそうだ。だけど、ウオーヴォさんは別だ。非戦闘員といっていい彼を危険にさらすのは危険すぎる。せめて、誰かが護衛につかないと。彼女はそう思っていた。
それが、気になっている人と二人きりになりたいという思いを裏返したものだと、薄々は気付いていた。会ってまだ数日しか経っていない相手に、股を開いてもいいと思ってしまう自分は変態なんだろうか。変態になる程に、義父に性的に調教されてしまったのではないか。
そんな風に自分を定義してしまう度に、彼女は濡れてしまうのを感じていた。それを恥じて、彼女は顔を赤くしていたが、如何にも体の火照りが収まらない。
義父の下で生活していた頃、彼は犯す度に自分が快楽の声を上げるまでねちっこく攻め立てたものだ。その所為か、男嫌いとまではいかないモノのあまり男性と関わりを持たないような生活をするようになってからも、時に頭がおかしくなってしまいそうなほどに自慰に耽ったものだ。
その時の感覚を思い出してしまうと、益々体の火照りが強くなってくる。指の一本でも植え付ければ、人にバレずに自らを慰められるかもしれない。そんな風に思いながらも、やはり人目に付くのを恥じて、急いで路地に入り込んだ彼女の後ろで、ガチャン!
突然の物音に振りかえった彼女は、先程まで自分が歩いていた場所よりやや先に鉢植えが落下して、粉々になっているのを見た。それが当たったのか、排水溝の傍で居眠りしていた野良犬が口から血を流して倒れて、ピクピクと痙攣している。もし、急に路地に入らなければああなったのは自分だっただろう。彼女は、火照っていた体を寒気が襲うのを感じた。
もしや、敵の仕業? 空を仰いだジョルナータは、スタンドらしき影が建物の間を飛び移る姿を目にした。動きは遅かったが、自分の能力では手が届かない! パッと路地裏を飛び出した彼女の背後で、今度は壁の一部が剥離して落下した。
(最悪です……。よりによって、人ごみの中で襲ってくるだなんて……。それも、捕える為じゃなく、殺すつもりでだなんて!)
今までの二度の攻撃は、どちらも当たれば命を失いかねないモノであった。だが、向こうもなるべく自然に殺害しようとしているのか、ほぼ事故に見られるようなやり方で攻撃していた。
あくまでも「事故死」に見せかけようとする敵に対し、こちらにはすぐに打つ手は思いつかない。何と言っても、自分のスタンド能力では、どうやっても異常性が際立ってしまう。
せめて、本体だけでも特定できれば、10m以内に忍び寄って、骨刀を植え付けて手足と声帯を切り裂いて、更に何処かに隠すことで誰にも連絡できないうちに失血死してしまうように出来るかもしれないが、スタンドしか見えないのではどうしようもない。
(今は……、逃げるしか。逃げ回って、本体の居場所を探す方法を考えるしか……)
焦りながら、ジョルナータは人混みの中に紛れ込んだ。人混みの中ならば、余計な騒ぎになるのを恐れて、相手も無茶な攻撃は出来まい。そう思った彼女の目の前で、グシャリ!
突然の飛び降り自殺に通行人が巻き込まれ、二人の身体が一つのグロテスクな肉塊に変わる。どうも、巻き込まれた人間はジョルナータ自身と似たような格好をしていたようだが、鮮血でコートとマフラーが赤く染められていて、はっきりとは分からない。
悲鳴と共に人だかりが出来る中、ジョルナータは目を見張った。この『事故』は、自分が巻き込まれない位置で起こった。何故? 困惑するジョルナータの前で、悲劇は更に加速する。
今度は、大通り沿いにある建物の屋上にあった看板が急に外れて、その前を通りかかった少女を圧し潰したのである。殺された彼女は、何処となく自分に似た風貌をしていた。
その事に、ジョルナータはようやくある発想を得た。あのスタンドは、私の特徴に似た人間を手当たり次第に殺害しているのではないだろうか?
そうなると、近距離型のスタンドではありえない事になる。本体は、私達の情報を持っているはずだから、そんな無様な事はしない。ならば、自分がこの場から完璧に姿を消せば、スタンドは私を殺害したと判断して本体の下へと戻るのではないだろうか?
幸い、連続する事故に周囲の注意が向けられている。この中では、一人の人間の姿が大きく変わろうと、さほど目立ちはしないだろう。
「インハリット・スターズ……」
ジョルナータは、小声で自らのスタンドを呼ぶ。そして、周囲の全ての注意が事故に向けられている間に、ジョルナータの変幻が開始した。
まず物陰でコートとマフラーを脱ぎ捨て、ついでに手近な野次馬の頭から帽子を失敬して、長髪を隠す。そして髪の一部を顎に、胸部などの肉を腹や頬に植え付け、そして手足をより太く、短くなるように部分的に植え付け直す。
最後にブラジャーを捨ててしまえば、長い髯を生やした、やや太り気味の小男の完成だ。もう誰が見ても、この人間がジョルナータだと気付けるはずがない。にんまりと笑い、彼女はチョコチョコと小走りで歩き出した。
**
「『見逃した』? ……なるほど、『インハリット・スターズ』の能力を使って、姿を変えたのね? なら、こっちにも考えがあるわ……」
服装を整え直し、フェリータはスタンドへと矢継ぎ早に指示を飛ばす。その内容とは……
**
野次馬のふりをしながらも、こっそりと高所に陣取る敵スタンドの様子を観察していたジョルナータは、相手が途方に暮れたかのようにしばしうろうろと動き回った挙句、何処かへといなくなっていく様に、正直ほっとした。
(よし、後は適当な虫に脳細胞の一部を取りつけて追跡させ、それとつかず離れずの距離で動けば……)
そう思い、周囲を再び見まわしだしたジョルナータだが、その耳が突如、ブロロロ……という低い音をとらえる。何だろう? そちらへと目を向けた彼女の顔が凍りつき、口が勝手に悲鳴を上げた。
「逃げてください!」
小男から発せられる、高い少女の声に、驚いてそちらの方向へと目を向けた群衆が見たものは……
「大型トラックだ!!!」
誰かの叫び声が聞こえたのと、トラックが全速力で群衆の中へと突っ込んでいくのは、殆ど同じタイミングであった。
**
「『大通りに居た人間は全て事故に見せかけて轢殺した。しかしジョルナータ・ジョイエッロらしい人間の死体は見つからなかった』ねぇ……。おそらく、姿を変えたまま死んだんだろうけど、一応戻ってくる途中にそれらしい人間がいないか探しなさい」
死体が見つかれば、トラックに乗っているスタンドを解除するだけで済むのに。フェリータはため息をついた。が、おそらくボスが危険視していた人間は始末出来た。これで、ボスはお悦びになるだろう。ご褒美に抱いて下さったらなおいい。そう思うと、彼女の顔が自然に緩んだ。
やがて、『プライベートライアン』が戻ってきたのを確認した彼女は、スタンドを解除し、ポケットから赤い宝石を取り出した。
「この『エイジャの赤石』、ボスが何に使うのかは分からないけど、使い終えたら私にプレゼントしてくださると嬉しいんだけどねぇ……」
何度見てもその美しさにはため息が出る。うっとりと手の上の宝石を見つめていた彼女は、不覚にもゆっくりと近づいてくる気配をみのがした。
斬! 鋭い音を立てて、手刀が宝石を握ったフェリータの右手を切り落とす。
「きっ、キャアああああああああああああああっ!」
激痛に悲鳴を上げて蹲った彼女だったが、すぐに傷を押さえながらも顔を上げ、手刀を振るったモノを見た。それは、勾玉状の飾りをつけた屈強なスタンドであり、その後ろには……
「お前、……は!」
「あなたが、あの大惨事を引き起こした犯人なんですね?」
フェリータを見下ろしたジョルナータの目は、何の関係もない一般人達を巻き込んだ事への怒りに血走っていた。
あの時、ジョルナータは咄嗟に、最初に植木鉢をぶつけられたまま打ち捨てられていた犬の下へとスタンドの能力を応用して瞬間移動し、次いで体を細長く植え付け直すことで排水溝から地下の下水道へと逃れて命を拾ったのだ。
そして、トラックの運転席に座っていたスタンドが撤退していくのを追跡して、彼女の下へとやってきたのだ。エイジャの赤石を拾い上げた彼女は、
「この宝石が何やら重要なものだという事は聞かせてもらいました。あなたを始末するついでに、私が貰っておきます」
冷たく呟いた言葉に、フェリータは過剰なまでの反応を見せた。
「それは、ボスが必要なものよ! 返しなさい、『プライベートライアン』!」
女の後ろから現れたスタンドの拳は、しかしジョルナータの目には止まって見えた。
「無駄ァッ!」
『プライベートライアン』の拳を弾くと同時に、フェリータの顔面に一撃を喰らわせる事など、『インハリット・スターズ』のスピードからすればあくびが出るほどに容易い。
だが、ジョルナータはその一撃を当てただけで、クルリ、と後ろを向き、スタスタと歩き出した。一応の警戒のつもりか、スタンドだけは出したままではあったが、本体はあまりにも無防備であった。
「な、何のつもり?! 敵に背を向けるなんて、あなたそれでもギャングなの!?」
「……私の攻撃は、既に終わっています。あの一撃で、私は『私の顔』をあなたの顔の上に植え付けたんです。さて、あなたのスタンドは対象をようやく見つけたみたいですよ?」
「え?」と思う間もなかった。『プライベートライアン』は、フェリータをがっしりと掴み、ビルのフェンスの方へと大股に歩きだしていく。
「ま、待ちなさい! 『プライベートライアン』、対象は私じゃなくて、あの女よ!」
フェリータが必死に叫ぶのもむなしく、『プライベートライアン』は「対象の殺害」を行おうと、力任せにビルから彼女を放り出す。悲鳴が長く響き、すぐに止んだ。それと同時に、女のスタンドも消滅した。
女は落下していく途中で能力射程の範囲外に出る為、自分の顔は自然に元に戻ってくる。それを撫でながら、ジョルナータは思った。
(『パッショーネ』に入ってから、少し荒んだ気がします……)
それが、何処となく悲しかった。大声で叫ぶか、好きな男に抱かれるか、そのどちらかでも出来れば、しばしの間だけでもこの悲しみを忘れられるだろうか? ジョルナータは益体もなくそんな思いに駆られた。
今回の死亡者
本体名―不明
スタンド名―フェルクリンゲン(『フリー・フォール』の耳石操作によるめまいで激しく転倒し、自分の生やしたトゲに貫かれて自滅)
本体名―フェリータ
スタンド名―プライベートライアン(『インハリット・スターズ』に、狙う対象だったジョルナータの顔を植えつけられ、ビルから自分のスタンドに投げ落とされ自滅)
使用させていただいたスタンド
No.612 | |
【スタンド名】 | フェルクリンゲン |
【本体】 | 不明 |
【能力】 | 触れた場所を鉄に変え、変形させる |
No.1690 | |
【スタンド名】 | フリー・フォール |
【本体】 | ウォモ・デッラ・ドンナ |
【能力】 | 殴った相手の『耳石』を操作する |
No.465 | |
【スタンド名】 | ハッピー・エンド |
【本体】 | ドンナの部下 |
【能力】 | 生物に触れるとその身体に「電源スイッチ」が現れ、それを「OFFにする」ことができる |
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