スカリカーレ・ストゥラーダは孤児であった。父母がどのような人間であったのか、いやそれどころか現在生きてるのかどうかすら解らないが、ともかく物心ついた頃にはもう双子の妹と共に孤児院で暮らしていた。
彼はごく普通の孤児でしかなかったのだが、彼の妹のトルナーレはいわゆる天才と呼ばれるタイプの人間であった。それが幸か不幸かは、神ならぬ身では判別できないが、確実に不幸だと言えたのはただ一つ、その孤児院の職員らに倫理が欠けていたことであった。
幼くして学業に非常な才能を示した少女を、彼らは放っておくはずがない。結果、少女はその才能を欲したとある富豪へと人身売買同然に引き取られることとなる。
両親の愛を知らぬまま育った少年が、今度は唯一の肉親を理不尽に奪われる。そのような目に遭って、子供が運命を甘受出来るはずがない。
ストゥラーダは、妹との別離を拒み、狂ったように暴れた。その結果彼に与えられたモノは、職員からの理不尽な折檻と、彼らの行いに影響を受けた他の孤児たちによるリンチであった。
このままでは殺される! そう思って孤児院を脱走した彼は、否応なしにストリートチルドレンとしての人生を歩むこととなった。
最悪の環境であったとはいえ、最低限の衣食住だけは満たされていた生活から、どれ程頑張っても最低限の衣食住を手に入れるのが精々の生活へ。地獄から地獄へと身を移した彼は、それでも妹を探そうと死に物狂いで自分なりに人脈を作って調べ回った。
しかし、そんなことに時間を費やせば、当然ゴミをあさって食べ物や衣類を見つけ、その日の寝床を他の浮浪者に先駆けて手に入れることは難しくなる。そんな生活の中得たようなつてでは、彼を援助する事など出来はしない。また、誰かに助けられる事は彼のプライドが許さなかった。
故に、彼は心身がボロボロになっていった。生涯苦しまずに生きていける幸福な人間など、ほんの一握りしかいない。誰もが程度の差こそあれ、自身の能力の限度や社会の状況、そして人間関係といった様々なモノによって苦しみ、もがきながら生きていかざるを得ないにせよ、彼がその底辺に位置する一人であったのは間違いないだろう。
そして、その夜彼は遂に心を折った。何時まで経っても妹の居場所を見つけられない事に絶望した彼は、ビルの屋上から転落死する事を計ったのだ。
だが、人生に於いて不幸はのべつ幕なしに踵を接して訪れてくるモノだが、幸運というモノはいつどこでどんな形で来るものか判ったモノではない。彼にとっての幸運は、この飛び降り自殺の途中に登場したのだ。
たまたま、そのビルには一人の警官が身を隠していた。キャリア組として順調な出世を遂げながら、裏では快楽殺人を行っていた彼は、自分の犯した犯罪をギャングにゆすられ、『パッショーネ』のボスの暗殺計画に手を貸すこととなったのだ。
彼のスタンド『サーペント』が部屋の窓から、ちょうど歩道を通りかかったボスを固定しようと光を放った時であった、ちょうど落下してきたストゥラーダが割り込んだのは。
一人の青年が空中で「固定」される奇妙な光景に、ボスとその護衛たちは即座に事情を察知し、機敏に動いた。暗殺者らは、警官に至るまでの全てが返り討ちにされ、固定されていたストゥラーダは救出された。
自分と同じくらいの年齢の若者が、数多くのギャングを手足のように動かしている。その様に瞠目したストゥラーダに、ボスはこう告げた。
「君が助けてくれた恩は忘れない」
と。まともな生活が出来るように援助し、他にも何か望みがあるのならばできる限りの力を貸そう。彼のその申し出に、ストゥラーダは、自分でもどうしてそう言ったのかも判らぬままこう返事をした。
「あんたのところで働かせてくれ! なんでもやるから、頼む!」
後にして思えば、自分と大して年の違いがない相手の温情で身を立てる事を、彼のプライドが許せなかったのかもしれないし、偶然で人生を変えるよりも、自身の決定で人生を変えたかったのかもしれない。
だが、彼の言葉にボスは微かな憐れみの念を見せ、呟いた。
「その場の思いつきで人生の選択を決めるべきじゃないんだ。この仕事は容易く選ぶべきモノなんかじゃない。よく考えてください」
そう言い残して、ボスは一人の幹部が運転する車に彼を乗せ、病院へと運ばせた。その道のりで、運転していた幹部は、
「『ギャングになる』……。そんな事を安易に考えるべきじゃねぇんだ。今度そんな事を口に出したら、俺がてめぇをぶちのめす!」
と、一度だけ怒りを見せた。
その後、栄養失調以外に特に健康上の問題など無かった彼は、見る見るうちに健康を取り戻していったが、入院の間ずっと二人の男の言葉を考えていた。
二人は、特に関係もない自分に対し、親身になって諌め、怒ってくれた。何故彼らはそうしたのだろうか? 判らない。
だが、彼らだけが「恩を忘れない」人間じゃない。自分を諌めた、その恩を自分は必ず返さないといけない。それも、同じ土俵の上で。そして、彼らの様な地位につけば自分の力で妹を探し出せる。他人を、自分が動かすのであって、他人に助けられるのではない。これならば、自分のプライドをも満足させられる。それが、彼の信じる結論となった。
退院した彼は、つてを頼って『パッショーネ』のとある幹部に会い、『コインロッカー・ベイビーズの試練』を受け……、今の彼があるのであった。
ストゥラーダがボスに会い、ステッラのチームへと所属する事が決まった際、ボスとステッラは等しくこう言った。
「それがお前の選んだ道ならば、たとえそれが死へと至る道であろうと自分は選択の結果を尊重しよう」
と。そして、彼らはストゥラーダにスタンド名を与えた。彼がその名を戒めとするように、『スーサイド・ダイビング(飛び降り自殺)』という名を。
**
そして今、ストゥラーダは人気のないローマの裏通りを闊歩していた。正直なところ、彼自身としてはスタンドでまず地下空間を作って自身を其処に安置し、それから地上に居るスタンドを一旦解除して、地下で再発現させることで姿を隠して移動するいつもの方式を取りたいところだが、今回ばかりは敵を引きつけないといけないのでそうもいかない。
ところで、纏衣装着型の能力でもない彼が、スタンドと共に液状化させた地面の中を移動するようにしているのは理由がある。それは、一言で言うと対峙した敵に自分のスタンドを纏衣装着型の能力と勘違いさせる為であった。
一定の戦闘力を持つスタンド使いにとって、ナイフや銃といった通常兵器による物理攻撃は、スタンドの影響下にある場合を除いてあくまでも二次的な脅威に過ぎない。如何に剣術の達人が名刀を持って襲いかかろうと、スタンドの手刀は優に名刀ごと剣客の頭蓋を両断するに足り、軍のスナイパーの狙撃でさえスタンドは弾き落とす事が出来る。
故に、彼らはスタンド使いと物理攻撃を使用する相手が組み合わさった複数の敵と対峙する場合を除いて、物理攻撃を歯牙にもかけない。
『パッショーネ』の一員となって以降、妹を探す為にも出世をひたすら望んだストゥラーダは、そこに活路を見出した。つまり、地面を液状化させてその中から襲ってくるスタンドを、敵は一時的にも纏衣装着型の能力と誤認し、本体の存在を見落とすことになる。それに対し、スタンドとは別方向の、射程範囲ギリギリの位置に陣取った本体が地底から銃器を使って狙撃する。
幸い敵の動きを止めるのは自分のスタンドの十八番だ。この策にまんまとかかって命を落としたスタンド使いも多い。
が、今回はそれを使えない。敵をおびき寄せる為に、姿を晒し続けなければいけない事に、彼は密かな不満を感じていた。自身のスタンドは、能力射程外の遠隔攻撃を防ぐには向いていない。その手の相手と戦う事になれば、劣勢になる事はまず間違いなかったからである。
故に、意識が研ぎ澄まされていたのが良かったのか、彼の耳は風に乗って運ばれてきた小さな声を逃すことなく聞き取った。
「ムヒッ、よりによって俺が見つけたのが、相性の悪ぃスタンド使いとはよォ……。これじゃぁ、俺自身が捕えるのは難しぃ~じゃね~の!」
「!?」
聞くと同時に、頭より早く体が動く。シュッ! 地面を蹴った飛沫が空中で針状と化して声の方向へと飛ぶ。それは過つことなく、電柱の影から姿を現した灰色のスーツ姿の男の眉間を打ち抜いた。
が……。
(なんだ……? 頭が、ブァッと揺らいで吹き飛んで、元に戻った?!)
「いきなり乱暴な事をしてくれるねぇ、スカリカーレ・ストゥラーダ。俺は、『ヴィルトゥ』のチンピラの、チェスティーノってもんだ。ま、よろしく頼むぜ」
確実に即死するはずだった灰色の顔の男は、再び電柱の影に入り、傷一つないままニタニタとこちらへと気味の悪い笑いを見せていた。気の所為か、顔色が少し赤みをさしたように見えた。
「てめぇ、何で死なねぇ!」
「ムヒヒ。そんな事はどうでもいいじゃねーの。それより、こんなところで、日が燦々と照らす真昼間から殺し合いしていいのかぁ? ほれ、近くの家の住人が不意の銃声に驚いてやがらぁ。サイレンサーは持ってねェのかよ?」
パシュン。小さな音に釣られてその方角をみると、なるほど男の指差す先には、窓を開けてこちらを眺めている男が『いた』。頭から血を撒き散らして倒れ込んでいるのを目撃者というのかどうかは知らないが。ストゥラーダが驚いて向き直ると、その先にはライフルを提げ、掌で幾つかのボールを転がすチェスティーノの姿。
「何だよ? 何を驚いてやがる? アシがつかねぇよーに、目撃者や目撃者になり得る連中は、みんな始末するもんだろ?
俺はよォ、自分のスタンドで盗みを繰り返すけちなヤローだが、一つだけボスに自慢した事があるのさ。押し込んだ先に、住人がいた場合ッ! ボケて俺と家族の見分けもつかねぇジジイや、生まれたばかりの赤ん坊に至るまで、寝ていよ―が起きていよーが、気付いてよーが気付いてなかろーがみんなぶっ殺したッ!」
こいつ、いかれてやがる! スーサイド・Dがファイティングポーズを取る前で、チェスティーノはボール状の容器を掲げて見せた。
「こいつには、おもしれぇもんが詰まってる」
「あぁ? てめぇ、何を言ってやがるんだ?」
「なぁー……。俺はよォ、二年ほど前に、ヴェネツィアで未知のウイルスによるテロがあった、とか聞いてるぜ。それも、ウィルスをばら撒いたのはてめーらのとこの幹部だってとこまでな。知ってるぜェ? あの時期の行動の所為で、そいつが幹部としては比較的低い地位に立たされてるって話をよォ。
ま、そんなのはどうでもいいのさ。あの事件の後、うちの連中は思考錯誤の結果、巻き込まれた構成員の死体からそのウイルスを抽出し、培養・品種改良するのに成功したのさ。弱い光ならば耐えられる代わりに、どんな空間に居ようと短時間で死滅する様になァ……。
こんな真昼間に、人目に付く場所で殺し合いするってのもなんだしよ……。ちょっくら、周囲の人間を皆殺しにしてから始めようじゃねぇか。ムヒャァッ!」
ボールの中身を、ストゥラーダはようやく悟った。よりによって、以前自分らの組織の幹部が散布し、多くの命を奪った『P・ヘイズウイルス』をこいつはばら撒くって言うのか?!
「おい! そのボールは、まさか……や、止めろッ!」
掴みかかろうとした時には既に遅い。チェスティーノは既にボールを左右の建物へと投げ込んで、一歩影から踏み出していた。心なしか元の灰色に戻ったように見える顔の男は、どこからかナイフを引き抜いており、そして左右からは、阿鼻叫喚の悲鳴が響きわたる。
「てめぇっ! 『スーサイド・ダイビング』!」
何の変哲もないナイフなど歯牙にもかける理由はない。男へと己がスタンドで殴りかかったストゥラーダであったが、確かに相手を捉えたはずのその拳は、何の抵抗もなくその体をズボリと突きぬけていた。
目を剥いたストゥラーダの目の前で、チェスティーノはニタニタと笑いながらその体を崩れさせていった。
「ムヒヒーッ。驚いたか? 驚いたよな! 残念だったな。このスーツは俺のスタンド、『ヴァンパイア・ウィークエンド』なのさ。『灰になる』ってぇチンケな能力だがなァ。エぇ? ぶちのめしてみろや、俺をよォ。不定形の灰の塊になった俺をよォ!」
物理的な影響を与えることのできない『灰になる』能力だと?! 俺達のチームに、こいつを仕留められるやつはいるのか?!
動揺するストゥラーダの前で、チェスティーノは下卑た笑いを見せた。
「そういやよぉ、スカリカーレ・ストゥラーダ。てめーの妹の、トルナーレってのは昔から天才児として注目されてたんだって? アレを引き取ったのは、実はうちのボスだったのさ」
「なん、だと?」
「ああ、あの小娘の頭脳にボスは目をつけて、麻薬の開発に従事させた。……けどよぉ、てめーが『パッショーネ』のメンバーになった事を知って、あのお嬢ちゃんは研究所を逃げ出そうとした。
それをとっ捕まえた俺様はなァ。研究員達と一緒に、てめーの妹を輪姦(マワ)してやった上で、研究中の薬物に漬け込んでやったぜ!」
聞いた瞬間、血の気が引いた。探し求めた妹が、目の前のやつに穢されただと?!
「てんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんめぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
「おお、こえぇこえぇ。こいつは逃げねぇとな!」
揶揄を残して、灰になった男は微かな風に乗って姿を消す。まずい! やつを逃せば、きっと仲間を呼んでくるに決まってる! 大量の敵に囲まれたら、絶対に勝ち目はない! そして、妹を辱めた相手を許す訳にはいかない!
頭に血を上らせて、敵を追いかけたストゥラーダであったが、その時、声が聞こえた。
「ムヒャヒャ……。俺の『ヴァンパイア・ウィークエンド』はなァ、掴んだ物まで灰化させられるんだぜ。つまり~ィ、俺の持ってるM16は弾丸まで灰になっているッ! 放った弾丸は、体から離れて自動的に能力が解除されるまでの一刹那の間に、風に乗って軌道を変化させ……」
ストゥラーダの前で、ふわふわと浮かんだ灰が、曲がり角を曲がろうとする。灰の一部となったその銃身は、確かにこちらへと向けられてはいない。が、その言葉はこう続いた。
「弾道は大きく曲げられるッ!」
ガァン! 飛来する弾丸を、弾こうとしたが弾ききれなかった。スーサイド・Dのスピードでは高速で飛来するライフル弾を防ぐのは難しい事だった。
「ぐっ!」
かすった二の腕からビュっと鮮血が吹き出す。しかし、ひるもうともせずに、傷口を押さえながら敵を追ったストゥラーダだが、曲がり角の先には敵の姿はない。街灯の柱を斜め後ろにおいて彼は、
「……消えやがった! だが、こんな短時間で逃げ切れるはずはねぇ! 『スーサイド・ダイビング』!」
ズブズブズブ……。既に周囲の人間は殺されている故、遠慮無しに彼は地面を液状化させる。周囲の壁を沈めてしまえば、嫌でも相手は姿を現すはず。
しかし、背後から音もなく風に乗って灰が迫る。何時の間に相手は背後に回っていたのだろうか? ストゥラーダは気付く様子がない。そして、灰の先端が柱の影へと入り、一瞬でナイフへと姿を変えた!
ヒュッ!
「!」
突然の風切り音に、ストゥラーダは身を転じてからくもナイフをよけた。勢い余って、影から飛び出したチェスティーノの身体が再び灰化し、その腕に傷口から飛び散った血がかかる。その時、影は狼狽の声を上げた。
「ウォッ!」
血がかかった灰は、劇的な変化を遂げた。血液で濡れた腕の部位が固まって、引き戻す事が出来なくなったのだ。幸い、脚に血がかからなかった為に、チェスティーノが敏捷に飛び退くと、柱の影に入った間は灰化された体が再び元の身体に戻り、それを越えると灰の身体に変わる。
その様に、ストゥラーダは相手のスタンドの弱点を知った。
「なるほどな……。灰は、液体がかかると固まって、その上体の何処にも日光が当らないと、否応無しに解除されちまうのか」
「それが判ったからって、いい気に何のはやめときな。てめーのスタンドなら、俺を固めるのは造作もねぇが、近づかなきゃどうってこたぁねぇ!」
「近づく必要なんざねぇとしたら?」
「あ?」
不思議と静かな口調で返したストゥラーダに、チェスティーノは目を剥いた。もし、日陰に居たら次の言葉に彼の顔は蒼白になった事だろう。
「俺が生まれた町にゃよォ……、有名な建物があるんだ。倒れそうで倒れねぇ塔なんだがな、俺は今それを真似てみようと思ったぜ。地盤を液状化してなぁッ! 『堅気を巻きこまねぇ』というルールは、てめーが周りのやつらを皆殺しにしやがったおかげで、破らずに済むッ!」
「なっ! てめーのやろうとした事はまさかッ!?」
「そ の ま さ か だ!」
轟、と音が響いた。近くの家が、初めはゆっくりと、後に速く、倒れ込んでいく。ストゥラーダは、中の人間の死に絶えた建物の地盤を液状化させていたのだ。
当然、倒れ込む過程で家は日の光を遮る形になる。ストゥラーダはトンボをきって液状化した地面へと飛び込めたが、伸びてきた影の中へと入る形となったチェスティーノは……
「うっ、うぎゃぁぁっ!」
ドジャァン……! 盛大な飛沫を上げて家は倒れ込んだ。逃げるのが間に合わなかったのか、チェスティーノの姿はない。泥中を泳いで安全圏へと退避したストゥラーダは、敵の姿が見えない事に軽く舌打ちを漏らした。
「チッ! 妹の仇に、楽な死に様を与えちまったぜ」
だが、その時だった。飛来したナイフが彼の左目を貫いたのは。声にならない絶叫を上げ、片膝をついたストゥラーダが残るもう一方の目で見たモノ。それは、ガラスを割って家の中から出てきたチェスティーノの姿であった。
「ムヒヒ、驚いたか? あんときゃぁ、ヤベェと思ったがよォ、うめぇ具合に潰れる間際に窓ガラスから光を浴びる事が出来たのさ。おかげで、隙間を通って家の中に逃げ込めたぜ。
とっとと退避した所為で、てめーは気付かなかっただろーがよォ。言うなりゃ、覚悟が足りなかったのさね。そして、この距離なら弾丸は外れねぇぜ! くらえ、『ヴァンパイア・ウィークエン』……」
ライフルを構えたチェスティーノ、この絶体絶命の危機に、
「……だ」
ストゥラーダはボソリと何かを呟いた。自らの圧倒的な優位に、男は調子に乗ったのか、
「何ぃ? 聞こえねぇなァ。『パッショーネ』の人間は大きな声さえ出せねぇのか?」
「……『殺してから調子に乗るもんだ』、と言ったんだ、俺はな。今そこにある危機にすら気付けねぇバカはこれだから困る。潰れちまえば楽に死ねたのによォ。
光が差したのが本当についてねぇってのに、てめーは気付いてねぇ。倒れ込む際に、家は盛大に水飛沫を上げたんだぜ。俺の能力の範囲に居る間は、どうにでも出来たんだがな……。その外へ出ちまえばッ!」
ゴチン! 落下したコンクリートの塊が、チェスティーノの頭を強打し、彼は意識を失って倒れ込んだ。
**
「……ってぇ。ああ、くそ! コブが出来ちまったじゃねぇか!」
頭から滲む激痛に、意識を取り戻したチェスティーノは目も開かぬうちに開口一声罵声を漏らした。誰からも返事を期待しない罵声。だが、その言葉に応じる者がいた。
「コブだけで済むと思ってんなら、大間違いだぜ。ゴキブリホイホイに入って、偉そうな口を叩いていやがるゴキブリさんよぉ」
「ア゛ぁ? 何だ……ってぇぇぇっ?」
ようやく目を開けた彼が見た光景。それは何処かの裏路地の奥、粘液状になった地面に手足を拘束された自分。そして、腕を組んで自分を見下ろすストゥラーダの姿。
「てめぇ、知ってるか? 『灰は灰へ、塵は塵へ』って言葉をよォ……。
……キリスト教の葬式の文句を、知らねェわきゃぁねえよなァ。カトリックの総本山たるバチカンのお膝元である、このローマの人間って言うならよォ……。
聖書に由来するこの言葉ってよォ、俺はな、てめーによく覚えてもらいてぇなァ……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。手足を粘着質の地面で拘束されたチェスティーノは、仁王立ちするストゥラーダと、何処からかバイクを抱えてきたそのスタンドを目にした。
まさか、こいつは俺を焼き殺す気なのか?! チェスティーノの肝が縮み、気がついた時には舌が勝手に回り始めた。
「ま、待て! 頼む、命だけは助けてくれ! ボスの居場所は、『真実の口』の地下に広がる空間だ! お、俺は、お前らに役に立つ情報をゲロッたんだ。だから、命だけは……」
「はぁ? 知らねぇな。てめーが勝手にゲロッたんだ。俺が無理やり言わせたんじゃねェ。それに……、妹を、トルナーレを辱めたやつに容赦する理由なんかありえねェッ! 俺がてめーに下す判決は、ただ焚刑だけだッ!」
バシャァッ! ガソリンがチェスティーノの頭からぶちまけられる。固まった灰へとマッチを投げてやりながら、ストゥラーダは呟いた。
「っと。もう一つ地獄のやつらには任せられない事があったな。てめーを、心ゆくまでぶちのめすって事だがよォォォォォォォォォォォォッ!」
バキィ! 『スーサイド・D』の一撃が焔をくぐり抜けてチェスティーノを貫く。
「これは、俺の左目の分だ……。一撃で済まされる事を有難く思え」
ベシィッ! 今度は『スーサイド・D』の回し蹴りがチェスティーノを襲う。
「これは、てめーに殺された堅気の分の手始めだ……。この程度じゃ終わらねぇがな」
ガガガガガ! 拳が、蹴りが、チェスティーノへと放たれる!
「そしてッ! これは、てめーに嬲られたトルナーレの分だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAshes to ashes
(灰はァッ、灰へェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ
ェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ)!」
炎に包まれ、肉の焦げる悪臭を迸らせて燃え盛る男へと、『スーサイド・D』は手足を力任せに叩きこみ続けた。一撃一撃が、ダンプカーに衝突されるよりもなお強烈であった。
肉体は、まるで駅に滑り込もうとする列車の前に飛び込んだ自殺者みたいにバラバラに引きちぎれていった。血管をつけたまま吹き飛んでいった眼球が、半分に千切れて落ちた肝臓が、真っ赤に濡れて壁に張り付いた肉片が、全て火にくるまれて灰と化していく様を、ストゥラーダは冷然と見つめていた。
今回の死亡者
本体名―チェスティーノ
スタンド名―ヴァンパイア・ウィークエンド(灰化しつつも、粘着液で動きを止められたところに、ガソリンで全身を固められ、火をつけられた揚句、『スーサイド・D』のラッシュをくらって死亡)
使用させていただいたスタンド
No.948 | |
【スタンド名】 | サーペント |
【本体】 | 名称不明 |
【能力】 | 肩のサーチライトで照らしたものをその場に「固定」する |
No.1211 | |
【スタンド名】 | ヴァンパイア・ウィークエンド |
【本体】 | チェスティーノ |
【能力】 | 日光を浴びると灰になる |
当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用、AI学習の使用を禁止します。