――星乃動物園。
県内では県立の織宮動物園に次ぐ2番目に大きな私立動物園である。
織宮動物園に比べると星乃動物園は敷地も広くなく、動物の種類も多いわけではないが、
園内のレイアウトや設備のデザインに工夫を凝らしており、来園者を楽しませている。
星乃動物園が特に力を入れているのが毎日行っているアニマルショーである。
定番のサルをはじめ、ライオンやサイなどの大型獣によるダイナミックなショーが特に人気を博している。
園内に残った雪も融けて、ようやく春の訪れを感じ始めるようになった今日も多くの来園者が訪れていた。
園内の広場で、まだ真新しい制服に身を包んだ女性従業員が箒で掃き掃除をしていた。
そこへ親子連れの客が近づいてくる。
「すみません、フクロウを探しているんですけど……」
「はいっ、ご案内いたします!」
快活に返事をした従業員の名は「百瀬レオナ(モモセ レオナ)」、入社してまだ1ヶ月の新人従業員である。
彼女は高校3年間を織宮動物園でアルバイトをしながら過ごしており、高校卒業と同時に園長の紹介でこの星乃動物園に契約社員として就職した。
『ふう~ん、織宮動物園園長のお墨付きかあ。ウチはふつうなら高卒は採らないんだけどねぇ~。そういうことなら採用してもいいかなあ~~』
『あ、ありがとうございます、園長!』
『ぶふぅ~よろしくねぇ~~』
馴染み深い場所を離れるのは寂しかったが、好きな動物と関われる仕事に就けたことに満足しており、意欲に満ちていた。
「はいっ、こちらが今月からこの動物園に仲間入りした『シロフクロウ』です! その名のとおり真っ白な羽毛が特徴で、北極圏に分布しています!」
「わぁ~キレイ~~!」
「目を閉じると笑ってるみたいでかわいいねぇ」
「そうですねぇー」ニコニコ
しかし今日この日、彼女が大事件に巻き込まれようとは誰も想像していなかった。
ただ一羽の鳥を除いては。
「ねえ、あっちはなあに?」
「ああ、ペンギンね。水の中を泳ぐ鳥さんよ」
「はいっ、『エンペラーペンギン』、皇帝ペンギンですね」
「へえーとりさんなんだ。だからそらをとんでるんだねー」
「……? いいえ、鳥類に属していますが、空を飛ぶことはできません。かわりに高い潜水能力を……」
「でも、とんでるよ?」
「え?」
レオナの目の前の子どもは指を宙に向かって指している。
となりの母親はそのほうを見てあんぐりと口をあけていた。
レオナが振り返ると、そこには確かに羽を羽ばたかせて宙に舞うペンギンの姿があった。

【挿絵】ID:/iRs6ADY0
――――――――――――――――
――――――――
――――
――数週間前。
星乃動物園に住む皇帝ペンギンたちは毎日変わり映えの無い自堕落な生活を送っていた。
『はーマジ体が重いわーダイエットしなきゃなー』
『そう思うんだったら水槽泳いでこいよ、今誰も泳いでないぜ?』
『えーでも今日の水マジ冷たくねー? 超入りたくないんだけど』
『そーいや知ってる? 俺達の先祖って、なんきょくっていうマジ寒いとこにいたらしいぜ』
『なにそれ、どんだけ寒いの?』
『よくしらねーけど、0℃は下回ってるんじゃね?』
『えーオレそんなとこで生きてられないわー』
『俺らずっとここ育ちだもんなー。つか、なんきょくってドコにあんの?』
『あのサル山の向こうあたりだろ、たぶん』
『マジ? すげー遠くね?』
キュウキュウ鳴いて会話をするペンギンたちの中でただ一羽だけ黙ってその様子を眺めていた者がいた。
(……くっだらねえ、毎日毎日同じ話の繰り返しでよ。どんどん腐り続けてることがわっかんねえのかなコイツらは)
『あー腹減った。メシまだかなー』
『メシったってどーせ今日もアジだろ? もう飽きちゃったよなー』
(俺は絶対こいつらみたいにはならない……俺にはな、目標があんだよ)
『おうおうどーした、『ヤク丸』。黙り込んじまってよ』
『…………フン』
『おまえの考えてることはわかるぜ……最近入ってきた、アイツのこと考えてるんだろ?』
『……!』
ペンギンたちはそろって首を持ち上げて塀の向こうを眺めていた。
『なぁー、こないだ入ったあの向こうの檻の全身真っ白なコ、マジかわいくね? お高くとまってるところがまたグッと来てよ』
『バーカ、ありゃ俺達の仲間じゃねーよ、フクロウっつーんだよ』
『えーマジ? でも関係ないわー一発ヤリてーわー』
『…………ちげえよ、俺はあんなヤツ興味ないぜ』
ヤク丸は呆れ顔をして頭を掻きながらそう言った。
『ヘッ、そうかい。まあクールぶって逆に注目されようってハラだろ』
(くだらねえ……)
『おっ来たぞ、メシだ!!』
『…………!』
『お、でっかいサバ! どけ! あれは俺んだ!』
『あ~~へったくそ! 水に落ちちまったじゃねえかよ!』
塀の上からバケツの魚を投げていたのは、星乃動物園に入ったばかりの百瀬レオナだった。
レオナはたどたどしい手つきで不器用にエサの魚を投げている。
(あのエサやりの女……確かに気になるんだよな。種族は違うが……何か俺と同じニオイがする……)
『…………』
他のペンギンたちが一箇所に集まり、エサの魚を食べようと上に向かって口を開けている。
その場所へ向かってヤク丸は助走をつけて大きく跳びあがった。
ペンギンのかたまりの中に投げ入れられる魚のひときわ大きなものをヤク丸は巧みに口で掴み、ペンギンのかたまりを飛び越えて着地した。
そしてその魚を一口で丸呑みすると、エサやりを眺めていた来園者から大きな歓声が上がった。
『……くっそ、ヤク丸め。いっつもオイシイ魚はあいつがとっちまう』
『見ろよ。あのシロフクロウ、完全にヤク丸に見とれてるぜ』
『ちくしょー……。へっ、あんなビッチもうしらねーよ』
そのときヤク丸は心の中で一つの決断をした。
(……決めた。俺はあの女の目の前で……『脱走』してやる。確かめるんだ、アイツの正体を……)
――――
――――――――
――――――――――――――――
すーっと浮遊する皇帝ペンギン……『ヤク丸』を見て、子どもはきゃあきゃあ喜び、母親は口を開けたまま固まっていた。
そしてそれはまわりの来園者や従業員、他のペンギンにとっても同じだった。
『すっげー……ヤク丸のヤツ、飛んでるぜ』
『俺も飛べっかな?』
『デブのおめーにゃムリだろ』
『デブとか関係ねーよ、飛べないはずだぜ、俺たちは』
本来、飛ぶはずのないペンギンが宙を舞い飛んでいる。
すでに塀よりも高い場所にいるペンギンを捕まえなければならないのだが、呆気に取られた従業員達はその思考にさえたどり着けないでいた。
ただ一人、百瀬レオナを除いては。
「…………宇宙服を、着ている!?」
『……この女だけ、まわりのヤツらと目が違う。この女にも見えてるようだな、この俺に纏わりついているモンが』
まわりの人間や他のペンギンにとっては、このペンギン『ヤク丸』がただ羽をパタパタ動かして飛んでいるようにしか見えなかっただろう。
だが、ヤク丸とレオナだけには、その『宇宙服のようなもの』が見えていた。
そしてレオナは理解する。ヤク丸が飛んでいるのは『スタンド能力』によるものだと。
『じゃあ……あばよっ』
ヤク丸はキュウと高く一鳴きすると羽をたたんで宙を泳ぐようにそこから飛び去っていった。
ふつうの鳥が羽ばたいて飛ぶようにではなく、それこそペンギンが水中を泳ぐように、自在に方向を変える魚雷のようにヤク丸は飛んでいった。
「まずいっ……捕まえなきゃ!」
レオナはヤク丸の飛び去ったほうへ向かって走り出した。
自分の目の前で脱走した動物を取り逃がしてしまうことは、自分の失態として勤務評価に関わってくる。
その想いもあったが、それよりも強かったのは、スタンドを持った動物を逃がしてしまうことはとても危険だという思いだった。
決して、この動物園から逃がすわけにはいかない。
あのペンギンを捕まえることができるのは自分だけだとレオナは確信していた。
それは、彼女自身も『スタンド使い』だったからだ。
カンガルーの檻のそばを通ったとき、レオナは念じた。「おねがいカンガルーさん、力を貸して」と。
「……『ZOO STATION』っ!」
レオナがそうつぶやくと、彼女の下半身に変化が現れた。
すらっと長い脚に栗色の毛が生え、それと同時に脚は徐々に筋肉が膨らみ、太くなっていく。
骨格も変わり、人間の名残がなくなった。
まさにカンガルーのたくましい下半身に変化した。
「どいてくださ~~~~いっ!!」
来園者の中をぴょんぴょーんとレオナは跳び回っていく。
広場の石畳で強く踏ん張ると、カンガルーの跳躍力を利用してレストランの屋根へと上った。
そのたびに来園者からは歓声とどよめきが起こる。
そこからレオナは周囲を見渡すと、逃げたヤク丸がカバのいる水辺に佇んでいるのが見えた。
『ハァハァ……よう、もしかしてここは『なんきょく』か?』
息を絶やしながら話すヤク丸に、カバが口を大きく開けて答える。
『うう~~~ん? ここは『サバンナ』だよぉ~~~? きみはだれ~~~?』
『……ちっくしょう、アイツめ適当なこと言いやがって』
そこへカンガルー人間となったレオナが飛び降りた。
「スタンドを解除してる……ってことは、長くは使えないのかな……?」
(ところでこのカバ、園長そっくりだな)
『……ヤッベェ、もう追いついてきたか。ていうかやっかいな能力もってやがるぜこの女……』
ヤク丸は再びスタンドを発現させ、サバンナエリアから飛び去っていった。
「まずいっ……追わないと……!」
レオナはカンガルーの脚で踏ん張り、跳び上がろうとする。
だが、カバのいる水辺はぬかるみがひどく、跳び上がることができないうえに、泥に足をとられてしまっていた。
『ぶふぅ~~ねえ~~きみはなんて生き物なのぉ~~?』
カバが大きく口を開けてくさい息を吹きかける。
「うう……どうにかここから脱出する方法は……」
レオナは周囲を見回して、状況を打開する方法を探した。
ヤク丸は来園者や動物を見下ろしながら、動物園の敷地を気分よく飛んでいた。
(俺はあんな狭い水槽の中でダラダラと生きているなんてゴメンだぜ……俺はここから外へ出る! そしていつか行くんだ、『なんきょく』へ……)
だが、すぐにヤク丸は息苦しくなってくる。
『空間を自在に泳ぐ』ことができるのがヤク丸のスタンド能力だったが、短所としてすぐに息が苦しくなってしまうことがあった。
そのたびにヤク丸は地面に降りて休憩を挟まなければならなかった。
ヤク丸があたりを見回して休憩できる場所を探していると、後方から羽のはばたく音が聞こえてくる。
チラリと後方を見ると、真っ黒で大きな鳥が自分を追って来ていた。
「カァー!!!(止まれーッッ! そこのペンギーーン!!)」
「グエーッ!!(ゲッ、あの女カラスに化けて来やがった!!)」
レオナは園内を飛んでいたカラスに姿を変えてヤク丸を追っていた。
人間の名残は顔だけで、真っ黒な羽根に包まれた体や黒いクチバシはカラスそのものだ。
大きな羽をバタバタ羽ばたかせるレオナの飛ぶ速度はそれほど速くはないが、ヤク丸のスタンド能力の持続時間に限界が近づいていたため追いつくことができた。
ヤク丸は必死になって降りる場所を探す。
「ガァーッ!!(捕まえたーッ!!)」
レオナがくちばしを大きく開けてヤク丸に喰いつこうとした時、ヤク丸は急に角度を変えて降下していった。
「グエッ!!?(逃がした!!?)」
レオナも方向を変えて降下していく。
だが、ヤク丸が向かっていたのは大きな建物の壁だった。
ヤク丸のスピードだと壁に勢いよくぶつかってしまう。
「カァーーッ!!(と、止まって! ぶつかるよ!!)」
「グエエーーッ!!(ナメんじゃねえ! これが俺のスタンド能力の『真髄』なんだよッ!!)」
ヤク丸が降下する勢いそのままに建物の壁にぶつかったのをレオナは見た。
だが、ぶつかったと思ったのはレオナだけで、実際にはヤク丸は建物の壁を『すり抜け』て、建物の中へ姿を消してしまった。
(えっ、えっ、えっ!?)
あっけにとられたレオナの眼前に建物の壁が迫ってくる。
あわててブレーキしようとするが、勢いは治まらずに壁へ顔からぶつかってしまった。
壁をずり落ちて、レオナはスタンドを解除する。
レオナの鼻から血がたらりと垂れてしまっていた。
「あいたたた……」
レオナは立ち上がってヤク丸の飛び込んだ建物を見上げた。
「……あれ、この建物は……」
建物の中には多くの来園者が詰めかけていた。
その来園者たちは皆一つの方向を見ている。
急に飛び込んできた一羽のペンギンに目を奪われて。
ヤク丸が飛び込んだのは、動物園の人気スポットである『アニマルショーステージ』だった。
今はちょうど赤いギターケースを背負った『ジョージ』のショーが行われていたところで、
驚いて目を丸くして突っ立っていたトレーナーのそばでジョージがムヒムヒ鼻をほじっていた。
急に現れたペンギンに、何も知らない観客は演出だと信じてきゃあきゃあ喜んでいた。
それを受けてヤク丸も思わず舞い上がってしまう。
ヤク丸がダンスを踊り始めると、観客はさらに盛り上がる。
それを見て面白くないと感じたジョージは鼻をほじるのをやめて背中のギターケースを構えた。
「ムヒーッ!!!!」
ヤク丸にジョージはギターケースを振りかぶって飛びかかった。
『俺の相手はてめーじゃねェーッッ!!』
ヤク丸がスタンドを身に纏い、ジョージをはじき飛ばすと、観客の歓声がさらに沸いた。
ジョージは舞台袖までふっとばされて、赤いペンキの入ったバケツに頭からつっこんでしまった。
それを見てほくそ笑んだヤク丸だったが、ペンキをかぶったジョージの先にレオナが立っているのに気づいた。
レオナはカンガルーでもカラスでもなく、人間の姿をしたままだった。
レオナはずいずいと舞台袖からステージ上に現れた。
ヤク丸はニヤリと笑って言った。
『クェクェクェ……まだあきらめねえつもりか』
「今度こそ……つかまえてやるからね」
『もう無駄だぜ、アンタに俺はつかまえられないことはもうわかった。俺はここから出て、自由に生きるッッ!!』
ヤク丸は身構えて、再びスタンドを身に纏う。
そして狙いをレオナに定め、勢いよく飛び出した。
「キューーッ!!(そこをどけーーーッ!! どいたら最後、もうてめえには追いつかせねえぜーーーッ!!)」
だが、レオナはそこから動かずにヤク丸を捕まえようとしていた。
ヤク丸のスタンド能力では、壁や天井などをすり抜けることはできるが、生物をすりぬけることはできなかった。
しかしヤク丸はペンギンが水中を泳ぐ体勢と同じく、クチバシを向けて飛び出している。
このままでは危険すぎる。ヤク丸はそう直感したし、それをレオナもわかっているはずだった。
『どっ、どけえ!! ケガするぞーーーー!!』
しかしレオナは決して避けなかった。
両手を前に出し、ヤク丸を待ち構えていた。
ドシリ、と重い音と同時にレオナはヤク丸の体を捕まえた。
人間の生身の体では、泳いでいる魚をつかまえるための鋭いクチバシは危険すぎたはずだった。
だが、ヤク丸のクチバシはレオナの体に受け止められていた。
レオナはすぐさま両手でヤク丸を抱えて押さえ込んだ。
その瞬間、割れんばかりの歓声が起こり、観客達は大いに喜んだ。
レオナの体に触れてヤク丸は初めて気づいた。
レオナは人間の姿をしてはいたが、上半身の皮膚だけ別の動物に変身していたのだと。
「……あの塀の中からでたことのないキミは知る事はなかっただろうけど、ウチの動物園の売りは大型獣のダイナミックなショーなんだ。
おさるのジョージの次の出番は、『ミナミシロサイのハナコ』。硬くて分厚い皮膚をもつハナコが舞台袖でスタンバイしていたんだよ」
ヤク丸は観念してスタンドを解除した。
敗北を悟ったヤク丸がレオナの腕の中で感じたことはただひとつだった。
『…………ああ、超いい匂い』
ヤク丸はレオナの腕の中でうっとりとした表情のまま意識を失った。
その後、ヤク丸はもとのペンギンたちの場所に戻されて、皇帝ペンギンの大脱走事件は終結した。
園内を飛び回っていたヤク丸とレオナの様子は、アクション映画の技術を応用した動物園のショーの一環と発表されて、とりあえずは事なきを得た。
かえってこれが口コミで大きな話題となり、しばらく星乃動物園には客足が絶えなかったという。
しかし、レオナにとってはハッピーエンドとはならなかった。
星乃動物園の発表はあくまで対外的なものであり、レオナの大胆な行動に対して会社としての処分が下されたのだ。
すなわち、『雇用契約破棄』……解雇である。
納得できないと言ったレオナに対して園長は言った。
「君の今回の行動は目に余る。いくら逃げたペンギンを捕まえようとしたからって、ほかに方法があったはずだ。
契約社員から正社員へ昇格してもらうために、わざとペンギンを逃がして大道芸のようなことをやってのけてアピールしたと思われても仕方がない」と。
もちろん、レオナにとっては心外だった。
だが、いくら自分やヤク丸のスタンドについて説明しようとしても仕方ないし、
自分にもわずかながら非があったことも否めない。
おそらくは園長はもともと自分など雇いたくはなかったのだ。
動物系の大学どころか、専門学校すら出ていない自分を雇ったのはきっと、自分を推薦した織宮動物園の園長の顔を立てるためだったのだろう。
今回のことがなくとも、どこかで自分を辞めさせる理由を探していたに違いない……。
解雇を通告された帰り道、レオナは夕焼けの河川敷で泣いた。
せっかく動物園の飼育員の仕事に就けたのに、それを辞めさせられたこと。
自分を推薦した織宮動物園の園長に申し訳ないという気持ち。
そして、あのステージでヤク丸を捕まえたときに沸きあがった歓声を想い出すと、涙があふれて止まらなかった。
「キュウキュウ」
ふと耳に入る可愛らしい鳴き声。
レオナが涙を拭って前を見ると、そこに立っていたのは星乃動物園にいるはずのヤク丸だった。
ヤク丸はヒョコヒョコ歩いて近づき、心配そうにレオナを見上げた。
レオナはヤク丸をそっと抱きかかえる。
(…………『ZOO STATION』)
そして、レオナのスタンド能力を発現させた。
ヤク丸の体を通じ、ペンギンの心を自分に憑依させる。
そうすると、憑依させた動物の言うことが理解できるようになるのだ。
『どうしたの、ヤク丸……』
『……あのカバみてえな人間がよ、俺をショーに出そうとしやがったんだ。あの赤サルと一緒によ』
あの園長のことだ、とレオナは気づき思わず笑みが零れた。
『あの狭い塀の中に閉じ込められるだけじゃなく、毎日見世物にさせられるなんてガマンならなくてな、逃げてきたんだ』
『……そっかあ、今頃大騒ぎなんだろうね』
『今更関係ないだろ、お前には』
『ふふ、そうだね……』
『俺がステージに立つのは……アンタと一緒のときだけだ』
『え?』
『あの塀の中よりも大分狭いけど、アンタの腕の中のほうがずっと居心地がいい』
『……ヤク丸』
『俺と一緒に暮らさないか? 俺がずっとアンタを守ってやるぜ』
『ふふっ、でも世話するのは私でしょ?』
『ばっ……ばかやろう! 気持ちの問題だよ、気持ちの問題!』
レオナはにっこりと笑ってヤク丸の頭を撫でた。
『ありがとう……ヤク丸』
レオナの涙はもう止まっていた。
まさか自分が解雇される原因になったペンギンに慰められるとは思いもしなかったが、確かにレオナはなんだか心地がよかった。
レオナはヤク丸を抱きかかえたまま、家路についた。
『んで……俺はアンタから魚もらえばいいとして、アンタはどうするんだよ、誰か空から魚投げてくれる人がいるのか?』
『あはは、人間はそういうわけにはいかないんだよ。自分で海にもぐって魚を獲らなきゃいけないんだ』
『そっ、そうなのか!? 大変だな人間って』
『そうだね、これから大変だね……』
(とりあえずは勉強して……動物系の大学に入らなきゃいけないかなあ……勉強しながら、またあそこでバイトできればいいんだけれど)
レオナは暗く冷たい大海に潜り、自らの手で夢を掴む覚悟を決めた。
しかし、自分は決してひとりじゃない。
心の支えとなる同居人がずっと見守ってくれるだろう。
それを想えば、これからの困難を耐え抜く勇気が湧いてくる。
いつかきっと、もう一度、あの歓声の中心に立ちたい。
できることなら、このヤク丸と一緒に。
おわり
使用させていただいたスタンド
No.3521 | |
【スタンド名】 | ZOO STATION |
【本体】 | 百瀬レオナ(モモセ レオナ) |
【能力】 | 動物園の動物を憑依させて、その動物の身体能力や特性を得る |
No.6525 | |
【スタンド名】 | マイ・ビッグ・ヤード |
【本体】 | ヤク丸 |
【能力】 | 空間を問わず泳ぐことができる |
当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用、AI学習の使用を禁止します。
添付ファイル