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第三の男 その①

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orisuta

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第十回トーナメント、開催の三ヶ月前

「小早川 武人」が警察からの電話を受け取ったとき、彼は話の途中で泣き崩れ、話を最後まで聞くことができなかった。
小早川はいつだって冷静で、少々冷ややかすぎるところもある青年だった。
内面に湧き出す感情を決して表に出さず、たとえ心とは裏腹でも、いかなるときも事務的な笑顔を絶やさない。
そういう生き方で世を渡ってきた男である。
その小早川が、数年ぶりに涙をぼろぼろと流して、泣き崩れたのだ。
警察からの電話は、こういう内容だった。

「妹さんの遺体が発見された。本人確認をしてほしいが、遺体の損壊が酷いため、覚悟してほしい」――ーと。






トーナメント・プロローグ:「第三の男」



小早川と妹が暮らすのは、S県のK市というところである。
人口35万人、東京からの鉄道路線の多くがここK市につながり、各鉄道の駅前は終日多くの人で賑わう。
兄妹は数年前から、K市駅前の古いアパートの一室で生活を共にしていた。

自分が生き残るためならどんなものでも利用する――そんな小早川が唯一、己の全てを犠牲にしてもよいと思える存在。それが妹だった。
事実、兄妹の両親が亡くなった数年前――まだ中学生だった妹を引き取ると決めたときから、小早川はあらゆるものを手放してきた。
大学進学を諦め、夢を諦め、地元に戻って小さな会社に入った。憧れの職とはかけ離れた、興味の湧かない、やりがいもない仕事を任された。
それでも必死になって働いたのは、帰りを待つ妹のためだった。
「ただいま」というと必ず帰ってくる、彼女の「おかえり」。
その一言を聞くだけで、全てが救われるような気持ちになった。自分よりも、夢よりも、大事なものがあるんだと感じさせてくれた。
小早川は、妹を愛していた。

その妹が、無残な姿で発見された。彼女がまだ高校に入ったばかりの日のことだった―――。







「――おい、何か情報は?」

妹の遺体が発見されてから、三週間が経ったある日。
市内のとある喫茶店、窓際のテーブル席で、小早川は向かいに座る男に詰め寄った。
ベレー帽をかぶった、ふくよかな中年男性。彼は私立探偵だった。
探偵の男はタバコの煙をくゆらせながら言う。

「ダメだな。あれから現場の周辺に再度聞き込みを行ったが……あの日、誰も妹さんの姿を見ていないそうだ」
「そんなわけないだろう!」

声を荒げて、小早川はガン!と机を叩いた。
店内の空気が一瞬水を打ったように静まり、気づいた小早川は気まずそうに声を潜めた。

「……妹が棄てられてたのは、“市営団地のすぐ側の駐車場”だぞ!
日に何十人、あそこの側を往来すると思う!? 誰も見ていないなんてありえない!」
「と言われても、事実は事実だ。ただ、気になる点はあるがな……」

ぼそりと呟いて、探偵の男は煙をぷわと吐き出す。
鬱陶しそうにそれを手で払い、小早川は餌を待つ子犬のように、男の言葉に食らいつく。

「なに? なんだ?」
「いや、これは俺の直感だが……どうも妙な感じがするんだ、あの辺の住民たち」

男はタバコの火を灰皿に押し付けた。

「“興味がない”、っつうのかなんつうのうか……みんな、行くたび疲れきったような顔してんだよ」







「警察の聞き込みにうんざりしてるんじゃないのか?」
「それも多少あるだろうが、違うな。ともかく興味を示さないんだよ。普通、自分の家の近くで事件があればみんな気味悪く思うだろう?
だからそういうとき、大抵の人は質問すれば熱心に答えてくれるんだがな……」
「……あの辺の住民たちには、それがない?」

小早川がそう聞くと、男は気難しそうに、うんと頷いた。
そして、言ってもいいものかどうか、悩むような表情を見せ、ようやく言葉を絞り出した。

「多分、あの人たちは“怠けてた”んじゃねーかな。関わるのがめんどくさい、ってな。だからあの日、妹さんが殺されるのを―――」
「――見て見ぬフリした、と? そう言いたいのか!?」
「おいおい……元刑事はそういう風に感じた、ってだけだ。それに、まだ気になることもある」

思わず立ち上がった小早川を制して、男は若干話したことを後悔したようだった。

「県警時代の同期に聞いたが、ここ数年で“同じような状況の事件”が何件も発生しているらしい。
目撃者がいない、遺体の損壊が激しい――警察の中には、これらが同一犯の仕業だと考えているヤツもいるんだとよ」
「連続殺人か?」
「かもな。そうだとするなら、犯人はとんでもないサイコ野郎だ。しかも、魔法みたいに姿を消しやがる」
「……」

言われてみると、ここ数年、K市は殺人事件が多発していたような覚えもあった。
あのホームセンターの裏で死体が見つかっただとか、あのレストランの路地で学生が死んでいただとか、そんな話をいくつか聞いた記憶がある。
決まって、それらの話には後日談がない。犯人が見つかっていないのだ。
小早川は、自分の妹が、何か自分の想像を超える事態に巻き込まれてしまったのかもしれないと、ひとり背筋を凍らせた。

「ま、もう少し調べておくからよ。調査料だけしっかり用意しといてくれや」

探偵の男はそう言うと、グラスの水を飲み干して、席を立った。
小早川は一人席に残り、爪が食い込むほどに拳を握り締め、胸を覆う不気味さ、やるせなさに耐えた。



「……」

―――そして、そんな小早川の様子を、離れた席から観察する男の姿があった。
真っ黒なスーツを身にまとうその男は、小早川と探偵の男が待ち合わせるよりも前に店にいて、胃に穴が空く量のコーヒーを流し込み続けていた。
机の上には、空になったコーヒーカップと、血のように真っ赤な封筒が、並んでいた。







小早川が店を出ると、外はもうすっかり夜だった。
この時期になると、日が沈んでも蒸し蒸しとした暑さが空気に残る。
夏が近づいているのだと、小早川は思った。
こっちの心情など露知らず、眩しすぎる太陽の季節がやって来るのだ。
もうきっとこの先、一生好きになることのない季節が――。

「――待ってください、小早川 武人さん」

喫茶店裏の駐車場で、小早川が停めておいた車に乗り込もうとしたときだった。
小早川を追うように店から出てきたもう一人の男が、小早川に声をかけた。
先ほど、小早川と探偵の男を監視していた離れの席の男である。
腹に大量のコーヒーを詰め込んで、真っ黒なスーツが宵闇に溶け込むようだった。

「……? 誰だ? なぜ俺の名前を」
「あなたに受け取ってもらいたいものがある。私たちの企画する“とあるイベント”への招待状です」

スーツの男は小早川に歩み寄って、そう言いつつ“真っ赤な封筒”を差し出した。
小早川は男を睨むだけで、封筒を手にとろうとはしない。

「なんのことだ、人違いじゃあないのか」
「いや、人違いじゃない。小早川さん、これはあなたに宛てたものだ。受け取って中を見て欲しい」
「断る。いきなりなんなんだお前、警察を呼ぶぞ」
「私は、あなたが探している男を知っている」

スーツの男は小早川の言葉に反応せず、きりりとした声でそう告げた。
小早川の表情が一変し、相手を睨む眼は大きく見開かれた。

「……どういうことだ、詳しく話せ!」
「私の立場上、これ以上喋ることはできない。だが小早川さん、私を信用してほしい。
私はあなたの助けになりたい。あなたを救いたいんだ」
「何の話をしてる! なぜ俺を救いたい!?」
「――あなたを救うことで、私自身が救われるからだ」

小早川には話が全く読めないが、男の顔は真剣そのもので、なにか取り憑かれたような必死さもあった。

「私たちは、非常に似た境遇に置かれている。だから私はあなたの力になりたい。
でも大したことはできない……私にできるのは、“これくらい”だった。
その封筒の中身を読んでくれ。日時と場所が指定されているから、その日に必ず来て欲しい。お願いだ」
「――断ったら?」

「――いや、断らない。それがあなたの“運命”だ」


そう言って、男は小早川に封筒を押し付けるようにして、その場を去った。
小早川には、彼の言葉の意味がわからなかった。真面目に受け止める必要があるとは、到底思えない言葉の数々だった。
なのに、小早川は強引に渡された“赤い封筒”を、くしゃくしゃに丸めて捨てることができなかった。







―――その私立探偵の男は、とても優秀だった。
まず、彼はひたすら足を使い、地道な聞き込みを重ねた。
市営団地、周辺地区はくまなく調査したし、現場となった駐車場からかなり離れた場所の商店街にも探偵は脚を運んだ。
何分遠いので、商店街は警察の聞き込みの範囲外だった。誰ひとりとして目を付けなかった場所だが、探偵は違った。
やがて探偵は、情報収集の末、商店街に店を構える一件の小さなおもちゃ屋にたどり着く。

その店の主人は、遺体遺棄事件があった日、「見慣れない男子学生が店を訪れた」と語った。
近隣住民以外は滅多に利用しない小さな店である。一見さんはいやでも記憶に残る。しかもその学生は、店主曰く“非常に変わった少年”だったそうだ。
様々な国の軍隊の勲章で学ランをデコレーションして、本を片手に店内を物色したあと、ヨーヨーを一つ買っていったのだという。
元刑事の勘が告げる――その学生はかなり重要な参考人であると。

探偵は、早速重要参考人の学生の捜索を開始した。
店主の証言から学ランのデザインを書き起こし、そしてその学ランを採用している学校を割り出した。
K市内の市立高校だった。
ここまで判明すれば、あとはもう瞬く間である。無数の勲章などまるで道に落としたパンくずだ。見つけてくれと言わんばかりの大ヒントだ。
その学生が特定されるのは、もう間もなくと思われた。
しかし。


《――おかけになった電話番号は、只今電波が届かない場所にあるか……》


―――あと一歩というところで、優秀な探偵は調査料を受け取りもせず、突然小早川の前から姿を消した。
いや、消された。相手に勘付かれて、始末されたのだ。
畳み掛けるように、探偵の失踪の翌日、彼のオフィスが火事にあい、膨大な資料の山も灰と化して消えた。何一つ残らなかった。
一連の流れがあまりに完璧すぎるので、小早川はもう笑うしかなかった。

彼は悟る。こうなってしまったからには、もう残されたたった一つの道に足を踏み入れるしかない。
真っ暗で、足元も先も見えず、しかし必ず答えにつながってはいる、この謎めいた道を歩むしかない。
赤い招待状に導かれ、答えへ向かって進む以外にないのだ。求める答えを手に入れたいのなら。

小早川は、見えざる手により用意された、その“運命”に従う以外になかった。







第十回トーナメント 開催当日


朝はいつもどおりに白米を炊いて、味噌汁を作り、卵とウインナーを焼いた。
自分と妹の二人分の朝食を机に並べ、「いただきます」と呟いてからまずは味噌汁をすすった。

「お兄ちゃん、今日も美味しいよ!」

妹の喜ぶ声が聞こえた気がして、小早川ははっと顔をあげた。
自分の向かいには誰の姿もない。箸を入れられることもなく、ただ冷えていくだけの朝食があるのみだった。
小早川はふっ、と自嘲気味に笑って、塩気の強すぎた味噌汁を一気に流し込んだ。
それから読み終えた招待状をライターで燃やし、小早川は玄関へ向かった。

これから自分は、どこかの見知らぬ誰かが設定した舞台の上に立ち、どこかの見知らぬ誰かと闘うのだろう。
その行為にどんな意味や目的があるのか等は知らないが、どうでもいいことだった。
自分は自分の目的のために、この機会を利用してやるだけだ。

優勝すれば、きっと答えにたどり着く。そのときが妹の無念を晴らすときなのだろう。
恨みはないが、相手が誰であろうと容赦はしない。

決意とともに靴紐を固く結び、小早川は最後にリビングへ振り返り、「行ってきます」と呟いた。







襟元をぱたぱた扇ぎながら、小早川が図書館の自動ドアをこじ開け、館内へと入っていった。
よかった、彼は予定通りここにきた。スーツの男は、図書館入口付近から小早川の背中を確認すると、自分もそれに続こうと一歩踏み出した。
そのとき、スーツの男は「そこを動くな、甲斐谷(かいたに)」と自分の名を呼ぶ声を聞いた。
動きを止めて、甲斐谷は声の方へ振り返る。
声の主は、駐輪場の奥から姿を見せた。学ラン姿の若い男だった。彼は両耳からイヤホンを外して、強引に学ランのポケットに突っ込んだ。

「……沫坂(まつざか)……」

甲斐谷は、学ランの男の顔を見て、彼の名を呟いた。
「沫坂 蓮介(まつざか れんすけ)」。彼と甲斐谷は、トーナメント立会人としての同僚であり、プライベートでは10年来の親友同士である。
沫坂は、甲斐谷をぎろりと睨んだ。その顔は、軽いノリが売りで、プラベートではおちゃらけてばかりいる沫坂の、立会人としてのスイッチの入った顔であり、
同時にトーナメント運営業務において“私情を持ち込み”“不正を行った”甲斐谷に対して、怒りや失望を綯交ぜにした顔でもあった。

「お前、何したかわかってんのか……?」
「……」
「参加者の一人に肩入れし、“やつらがぶち当たるように対戦カードに細工”した……。立会人としての領分を、お前は犯した」

冷ややかな声で告げる沫坂。甲斐谷は、言われずとも理解していた。
許されることではない。立会人が、システムが“公正”さを失えば、トーナメントは破綻する。
自分の行いは、この企画に関わる全ての人の人生を脅かしたのだ。
わかっていた。

「……わかってるさ、沫坂……!」

―――わかっていたのに、どうしても我慢できなかった。

「……でも、アイツは……朝比奈 薫は……、小早川の妹を殺したんだ……!
私の妻と同じように……! あいつは、あいつは……最悪なヤツなんだよ……!」
「……」
「彼には……小早川には! 権利があるはずだ……妹の仇を討つ権利が、あるはずだろ……?」

人を殺してのうのうと生きている朝比奈 薫のような存在も、その陰で悲しみに暮れる遺族がいるのも――我慢が、看過ができなかった。
妻を奪われたのに、奪ったやつが目の前にいるのに、我慢しなければならない自分の立場にも、甲斐谷はうんざりしていた。
朝比奈 薫の参戦が決定したとき、なんとかしてヤツを一回戦で殺したいと思った。正当なる裁きが下るべきだと考えた。
目には目を。ヤツを裁けるのは、ヤツに家族を奪われた者だけだ。
小早川 武人が、朝比奈 薫を殺してくれるなら――――


「――お前は、運営の立場を利用して、自分にできない復讐を小早川に押し付けただけだ」







―――ああ、その通りだよ。
甲斐谷は、瞳を閉じて、胸中にそう呟いた。

「……悪質な背任行為だ、甲斐谷。トーナメント立会人として、お前を粛清する」
「……」

そう告げて、沫坂は自身のスタンドを傍らに発現させる。
宝石のような煌びやかな装飾を身にまとい、特徴的な渦模様を全身に映す――スタンド『コズミック・ケイオス』。
『コズミック・ケイオス』がぐぐぐと拳を握り、右腕にエネルギーを蓄える。

「……甲斐谷、スタンドを出せ」
「いや……いいんだ。お前を殴りたくない、沫坂。このまま……このまま殺してくれ」
「……」

後悔はなかった。妻を失ったあの瞬間から、自分の人生に意味などとっくになかった。
もう失うものなどなにもない。悔やむことも、悲しむことも、もう何一つ残ってやしないんだ。
ただ一つ、最後に願いが叶うなら―――


「『コズミック・ケイオス』」


―――どうか、小早川 武人に勝利の祝福を……。



『コズミック・ケイオス』の拳が甲斐谷の胸に触れ、すると胸の筋肉が波打つようになり、直後胸板にぐねぐねと“渦”が発生した。
“渦”は筋肉を捻じ曲げ、血管を巻き込み、やがて心臓へ到達してその圧で押しつぶした。5秒とかからない出来事だった。

トーナメントに“渦”を作ったのはお前だ。
だから、俺はお前を殺したことを後悔しねぇ。

暗示のように、何度も胸中に同じセリフを繰り返した。
そして沫坂は動かなくなった甲斐谷を抱え上げ、そのまま駐輪場の奥へと姿を消した。

沫坂がその場を立ち去ってしばらくしたあと、図書館内部から、焼け焦げた学ラン姿の、朝比奈 薫が姿を見せた。
その日図書館から出てきたのは、朝比奈 薫、ただ一人だった――。
 
 

 
トーナメント・プロローグ:「第三の男」 おわり

出演トーナメントキャラ


No.6136
【スタンド名】 ディプレッション&ラジィ
【本体】 朝比奈 薫(アサヒナ カオル)
【能力】 怠惰・憂鬱状態にさせるガスを発生させる

No.6086
【スタンド名】 スティング
【本体】 小早川 武人(コハヤカワ タケヒト)
【能力】 触れた物を分解し、別の物に再構成する

No.4783
【スタンド名】 コズミック・ケイオス
【本体】 沫坂 蓮介(マツザカ レンスケ)
【能力】 拳で触れた対象、または間接的に触れた対象に渦を発生させる









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