両価矛美(りょうか・ほこみ)と両価盾夫(りょうか・たてお)は、姉弟である。
考え方も好みも両極端な2人ではあったが、これが意外と仲がいい。
正義感が強く好戦的で、論理の筋は通ってないが生き方の筋を通すことは絶対に譲らない、姉の矛美。
無気力ぎみで厭世的で、理屈は常に正しいが実践となると1歩遅れることの多い、弟の盾夫。
暴走しがちな姉を弟がフォローし、身動き取れなくなる弟を姉が強引に引っ張る。
姉が攻め、弟が守る。
そんな二人三脚を、物心ついた頃からずっと続けてきたのだった。
2人の性格は、それぞれが従える精神の像――『スタンド』にも、如実に現われている。
矛美のスタンド、『シルバー・アンド・ホワイトスター』。
大きな篭手の目立つそのスタンドの能力は、「とにかく殴る」こと。
相手が何であろうと殴る。手が届く距離にあれば殴る。
スライムだろうが、ガスだろうが、炎だろうが、概念だろうが、ともかく「殴って」ぶっ飛ばせる。殴ってダメージを入れられる――
そんな、攻撃一辺倒のシンプルな能力だ。
盾夫のスタンド、『ニコ・タッチ・ザ・ウォールズ』。
ウロボロスの蛇を思わせる装飾をぶら下げたそのスタンドの能力は、「到達させない」こと。
アキレスと亀のパラドクス。どんなに近づいても、接触までにはまだ無限の通過点がある。
その無限の通過点を認識することで、拳だろうと銃弾だろうと何だろうと、実際の命中までの時間と距離を無限大に引き延ばす――
そんな、複雑な理屈と世界法則への干渉を基礎に置く、防御的な能力だ。
2人は仲が良かった。
時に愚痴を言うことはあれど、というか、互いに文句を言い合うことは日常茶飯事ではあったが、それでも、仲が良かった。
いい年をした者同士、常にべったりくっついているわけではなかったが、それでも互いの危機には必ず駆けつけた。
そうやって2人は様々なトラブル――大抵は矛美が突っ込まなくてもいい首を突っ込んだものだが――を、何度も乗り越えてきたのだ。
……とはいえ。
そんな両価の家でも、ケンカくらいは起きる。
むしろ普段仲良く、本格的な衝突をせずにダラダラと来てしまっていただけあって、一度起こった対立は深刻だった。
はて、そもそものケンカの発端は何だったか。
矛美が盾夫のプリンを勝手に食べてしまったことだったか。
それとも、盾夫が矛美が密かに憧れる男性アイドルのことをボロクソにこき下ろしたことだったか。
矛美が盾夫の財布から勝手に金を借りたことだったかもしれないし、盾夫が作った夕食が矛美のお気に召さなかったせいかもしれない。
ともあれ、互いに『力』を持つもの同士。
激しくも空虚な言い争いが殴りあいに発展するのは、必然だった。
「おー、盾夫。ワビ入れるんなら、今のうちだぜ?」
「姉さんこそ。あんまり僕を、甘くみない方がいい」
2人は青い空の下、広々とした河原の公園の真ん中で向かい合っていた。
どちらもパワーの高いスタンドである。家の中で暴れたりしたら、その余波だけで大変なことになる。
ここなら誰の迷惑にもならない。ここなら邪魔もされない。
ここなら、思う存分、『力』を発揮できる。
普段通りに、サラシにハッピ姿の両価矛美。
普段通りに、スタイリッシュなコート姿の両価盾夫。
ぶんぶんと音を立てて腕を振り回していた矛美は、そしてニカッと獰猛に笑うと、身構えた。
「そういやいままで、あたしらの能力。比べてみたことなかったなァ」
「比べるまでもないよ。結果は分かりきっている」
「そうかい、そうかい。盾夫クンは優秀だ……ねっ!」
嘲るような笑い声と共に、先に仕掛けたのは矛美だった。
スタンドを背後に出し、殴ると見せかけて――足元の土を、芝生もろとも盛大に蹴り飛ばす!
足元が砂地ならいざしらず、それは、スタンドの圧倒的なパワーがあってこそ出来る「目晦まし」だった。
「そうら、まずは一発ゥッ!」
「……あのさ、姉さん。僕の『能力』は、別に見える・見えないは問題じゃないし、数も量も問題ないんだけど」
土煙に紛れて突進、勢いの乗った右ストレートを突き出す矛美。しかし盾夫は冷静に溜息をつくだけだった。
そもそも、舞い上がった土が盾夫に「到達しない」。
砂粒の1つ1つ、微粒子の1つ1つが全て『ニコ・タッチ・ザ・ウォールズ』の影響を受け、カケラも盾夫の眼に入ることはない。
そして目潰しが効かなかった以上、土煙の壁を突き破って出てきた矛美の姿を視認するのも容易なわけで――
矛美の拳が迫る。
2m……1m……50cm……10cm……
矛美の『シルバー・アンド・ホワイトスター』は、パワーも高いが速度も高い。盾夫の能力に捉えた上でも、なお速く脅威である。
5cm……1cm……5mm……1mm……
それでも、矛美の側にも弱点はある。それは、スタンドの動きが荒いこと。殴ることに専念すると、他のことが疎かになる。
0.5mm……0.1mm……50μm……10μm……
そして、盾夫のスタンドの強みの1つは、その動きの精緻さ。単純な速度では姉に1歩劣るが、その正確な動きでは誰にも負けない。
5μm……1μm……0.5μm……0.1μm。
既に傍目には拳が触れているようにしか見えない距離。それでも盾夫は冷静に、己のスタンドを操作し、そして――
1nm……1pm……1fm…………………………ゼロ。
矛美の拳が盾夫の顔面を捉えた、と思ったその瞬間、見事なカウンターパンチが、逆に矛美の顔の真ん中に突き刺さっていた。
静かな河原に、大型トラックが正面衝突したかのような轟音が響き渡った。
スタンドの中でもトップクラスのパワーを持つ、姉弟同士の衝突である。2人分のパワーの乗ったカウンターである。
矛美の身体が、比喩ではなく空中で何回転もしながら吹っ飛び、地面を数度バウンドして、そのままズサーッと芝生の上を滑っていく。
つうっ、と口から垂れた鮮血を指先でぬぐって、盾夫はちいさくつぶやく。
「姉さんのことだから、この程度では死なないと思うけど……さて、治癒の能力を持つ知り合い、この時間だと誰がいたっけな」
僅かに頬を掠めただけで、口の中を切るような衝撃である。
この手の反撃は得意な盾夫だったが、改めて思い返しても背筋が凍る想いがする。過去に対峙したどんな敵よりも恐ろしく感じられた。
理屈の上では自分の負けはありえない。そう分かっていたはずなのに、今頃になって震えがくる。
「姉さんの能力は、『手の届くところにある限り、どんなモノでも殴り飛ばす』……
対する僕の能力は、一言で言えば『手が届かなくする』。
比べるまでもなく、僕の能力の方が上に決まってるじゃないか」
姉の身体を視界の隅に収めたまま、盾夫は携帯電話を取り出す。
これまで様々なトラブルに首を突っ込んできただけあって、姉弟の人脈は様々なところに広がっている。
その中には、多様な能力を持つスタンド使いも含まれる。その中には、傷の治療に応用できる能力の持ち主もいる。
下手に病院に担ぎ込んで、色々詮索されるのは良策ではない、そう考えを巡らせたところで――
盾夫は、ハッとして振り向いた。
「……あー、キクなー。
盾夫、おめー、いいパンチ持ってんじゃねーか」
矛美が、立ち上がっていた。
ボタボタと盛大に鼻血を噴き出し、白いサラシを真っ赤に染めながら、それでも矛美は立ち上がっていた。
キツい顔立ちの整った鼻はネジ曲がってしまっていたが、矛美は激痛にも構わず、自分でゴキゴキ!と、曲がった鼻を元に戻してしまう。
そしてフンッ! と鼻息1つ。赤黒い血の塊をあたりに撒き散らして、矛美は呼吸の自由を取り戻す。
「ね、姉さん……。もういいだろ。これ以上やっても無駄だってば。僕は姉さんを、これ以上苦しめたくはない」
「おォ? なんだ盾夫、降参するってか? 愛する姉さんを傷つけたくないから? 優しい子だねェ。
でも、だーめ。
あたしにもさァ。その済ましヅラ、一発殴らせろってんだ!」
手負いの獅子のような凶悪な笑み。未だ尽きぬ闘志。
もはや姉弟ケンカのことも事の発端も忘れて、ただ盾夫を殴り飛ばすことしか考えてないような目つき。
盾夫は改めて覚悟を決める。
この姉を止めるには、生半可な「痛み」では足りない――意識を根こそぎ刈り取るような打撃でなければ、足りない。
狙うは顎先か、それともテンプル(こめかみ)か。
ともかく、脳震盪を起こして強引に意識を持っていくしか、ない。
「いくぜ! 『シルバー・アンド・ホワイトスター』ッ!」
矛美が再度突進を仕掛ける。ダメージを感じさせない力強さで突進してくる。
盾夫の能力を知っていようとなんだろうと、矛美にはとにかく前に出るしか選択肢がない。
対する盾夫も、素直に殴られてやるつもりはない――この勢いで殴られたら、軽い怪我では済む訳が無い。
再び『ニコ・タッチ・ザ・ウォールズ』の能力が発動し、そして。
矛美の拳が迫る。
2m……1m……50cm……10cm……
盾夫は再びカウンター狙い。焦ることはない、さっきも出来たことだ、じっくり狙いをつければいい! 矛美は右の拳を前に突き出し、
5cm……1c『ドガッ!』m……5mm 1mm 0.5mm 0.1mm ゼロッ!
「ッ!?」
「あたしの『拳』が届かないってならァ、見えはしねぇけどっ!
その進路上にっ! あんたの『能力』の『概念』があるってことだろっ!?」
矛美は吼える。
矛美の右の拳が、盾夫の想定していた『無限大に引き延ばされた距離と時間』を『殴り飛ばす』――そして間髪入れずに!
同時に引き絞られていた、矛美の左の拳が!
再度の『アキレスと亀』のパラドックスの展開を許す間もなく!
「そこに『ある』と分かってりゃ、『殴る』のは簡単だッ!!」
1m 90cm 80cm 70cm 60cm 50cm 40cm 30cm 20cm 10cm ゼロ。
世界の法則も時間も距離も一切歪むことなく、矛美の左拳はそのまま真っ直ぐに距離を詰め、盾夫の顎を綺麗に捉えた。
遠くで、カラスが鳴いている。
ぐったりと気を失った盾夫の身体を肩に担いで、矛美は時折ふらつきながら、河原の公園を後にする。
目指すは治癒能力を持つ知り合いのところ。
今頃になって盾夫のカウンターパンチのダメージが効いてきたが、そこは根性で耐えて歩を進める。
「なあ、盾夫……おめーはグチャグチャ考えすぎなんだよ。だからあんな隙を晒すことになる」
矛美はつぶやく。
気絶した盾夫が聞いてないのも承知の上で、それでも、虚空に向かって言葉を漏らす。
「隙があるってことはよ……逆に言えば、成長の余地があるってことだ。
姉ちゃんとしてはさ、賢いアンタに期待してんだから。
いつまでも『どこか物足りない』とか言ってんじゃないよ。
顔を上げて生きな、そうでなきゃ、日々の生活に張り合いなんてあるわけが無いさ。姉ちゃんがあんたに求めたいのは、それだけさ」
担がれたままの盾夫の指先が、一度だけピクリ、と動いた。
それを知ってか知らずか、矛美はただただ歩き続ける。
弟のために、愛する弟を治すために、ただそれだけを考えて歩き続ける。
時にケンカもするけれど、というより、口論だけならいつものことだけども。
両価矛美と両価盾夫は、やっぱり、仲のいい姉弟なのだった。
"Conflicted Sister & Brother" closed.
使用させていただいたスタンド
No.4862 | |
【スタンド名】 | シルバー・アンド・ホワイトスター |
【本体】 | 両価矛美(りょうか・ほこみ) |
【能力】 | 相手の状態にかかわらず「殴る」 |
No.4863 | |
【スタンド名】 | ニコ・タッチ・ザ・ウォールズ |
【本体】 | 両価盾夫(りょうか・たてお) |
【能力】 | 到達点をなくす |
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