頬に射し込む冷たい空気に煽られて、アデルバート・スタイナーは目を覚ました。その身に浸透する冷たさがどこか懐かしいような気がして顔をしかめるも、そんな惚けた気分でいたのもつかの間、弾かれたように飛び起きる。
「じ、自分は職務中に居眠りをしてしまったのであるか!?」
彼には眠る直前の記憶はなかった。周りの景色は、彼が騎士団として勤めているアレクサンドリア城の大広間だ。
しかし、辺りを一望するや否や、現状が日常の延長上には無い事が嫌でも分かった。
「……これは何事であるか。」
周りにはつい今までの自分と同じように、多くの人間が散在していたのだ。ほとんどは先ほどまでの自分と同じように床に倒れ込んでいるが、中には今まさに起き上がろうとしている者も、既に立ち上がっている者もいる。ざっと見る限りでも数十人規模。次第に気絶していた群衆は一人、また一人と起き上がっていき、大広間は困惑の声に包まれ始める。
「………む。」
その中のほとんどは知らない顔であった。アレクサンドリアに住む者であれば、兵士であっても国民であっても、大なり小なり会ったことはあるだろう。
しかし、もう少し見渡してみると見知った顔を見付けた。それを確認するや否や、ざわめきの広がる大広間をつかつかと歩み寄っていく。金属音混じりの足音を察知した相手は振り返るが、気にも留めず男の肩をがしっと掴んだ。
「おい! この騒動はきさまの仕業なのか!?」
「いや、オレだって何がなんだか分からないんだ。」
盗賊団タンタラスに所属する青年、ジタン・トライバル。スタイナーから見ると腐れ縁とでも呼ぶべきか。この者が巻き起こしたガーネット姫の誘拐事件は、良くも悪くも己の人生を大きく変える転機となった。
「……嘘ではないだろうな。」
「これだけの人数を纏めて誘拐できるんなら、ダガーの誘拐であんなに手間取ることはなかったさ。」
「ぐぬぬ……。」
きっとそれは、願いだったのだろう。
この非日常が、この者の仕業であってほしかった。あくまで人々を惑わす程度の悪戯であったなら、多少の懲罰を与えて終わりとすれば良かったのだ。
だが、納得せざるを得ない。アレクサンドリアの警備を抜けてこれだけの人数を大広間に集めるなど、確かにいち盗賊にできる所業ではないのだろう。
「それに、見てみろよ。」
ジタンは自分の首を指さす。言われた通り視線を動かせば、そこには普段の彼には見られないアクセサリーが装着されている。
「いったい何なのだ、それは。」
「わからねえ。いつの間にか嵌められていたみたいだ。」
「……首輪のようだが。」
「見ろよ、おっさんにも着いてるぜ。」
「……なっ!」
ジタンの言う通りに首元に意識をやってみると、確かにそこには、普段の鎧とは違う金属の感触があった。
「見たところ、この部屋に集まってる奴らは全員この首輪をしているみたいだ。」
「しかし……いったい何のために?」
「さあな。誰の仕業か知らねえが、随分と悪趣味じゃねえか。」
まるで誰かに飼われているかの如く人々に嵌められた首輪は、現状が並々ならぬ事態であることを充分に物語っていた。周囲のざわめきに内包される会話も、困惑から不安へと変わっていく。
「――誰だっ!」
そのざわめきの中で、いっそう大きな声を発したのはジタンだった。周囲の視線が集まる中、ジタンは一人大広間の上方を見上げていた。
「ふふっ……、見つかってしまったね。」
そこには、上階から大広間を見渡す少女の姿があった。誰もが、少女の異質さをひと目で理解する。例えば、魔女を想起させる三角帽子と黒いローブに身を包んだその出で立ちは、見る者によっては異質に映ったことだろう。しかし、そんな大きな違和感すらも"些細"と吐き捨ててしまえるだけの特異性が彼女にはあった。この場にいる誰もが装着している首輪を、彼女だけが身に着けていなかったからだ。2階にいる少女がこの事態を現在進行形で巻き起こしている本人であることを理解するには、それだけで充分だった。
「……っと、そんなに睨まないでほしいな。別に君たちを取って食おうってわけじゃないんだから。」
辺りはしんと静まり返っていた。正確に状況を把握できている人間がその場に"ほとんど"存在しなかったからだ。彼女が階段上に足を踏み入れる度に、カツカツと冷たい靴音だけがその場に響き渡る。
「まずは自己紹介からさせてもらうよ。私は古砂夢。『時間』のib(インスタントバレット)……なんて言っても君たちのほとんどには通じないだろう。魔法使いとか青魔道士とか魔法少女とか、各々の近しい概念で定義してくれればそれでいい。そこはさして重要じゃないからね。」
聞き慣れない命名体系だ。それどころか、彼女の話す言葉自体が、自分の解する言語と異なっている。だというのに、何故か彼女の語る言葉の意味を理解できる。何を伝えたくて、どんなニュアンスで物事を話しているのかが、同じ言語を聞いているかの如く脳内で変換されている。その違和感についても、すぐに思考を停止した。今は、続く彼女の言葉を聴き逃してはならないと本能が告げていた。
「さて、本題に入ろうか。」
パチン、と軽く手が叩かれる。それは始まりを告げるにはあまりにか細かった。しかし、続く言葉に注目を集めるには充分だ。
しんと静まり返った大広間の中央で、彼女はひと言告げた。
「……皆さんには殺し合いをしてもらいます。」
その言葉が自分たちの"運命"を決定付けるものであることを、いったいどれだけの者が理解していただろうか。
「つまり、最後の一人になるまで殺しあってもらうのさ。単純明快だろう?」
これだけ大規模な拉致監禁や、首に嵌められた枷の意味。それが冗談の類でないことを裏付けるものはこの場に揃っている。
「うぬぬぬ……きっさまぁ~!」
しばし訪れた静寂を打ち破って、真っ先に異論を唱えたのはスタイナーだ。床と鎧が金属音を奏でながら、つかつかと2階へ向けて歩み寄って行く。
「姫さまの治めるアレクサンドリアにて、かような狼藉……プルート隊隊長として、看過できるものではない!」
(……おい、落ち着けおっさん。)
「ええい、離すのだ!」
と、制止するジタンを無理やり腕力でほどいて、古砂夢と名乗った少女の眼前へとたどり着く。
「殺し合いなど笑止千万! 今すぐその身、国外へと追放してくれる!」
その背に向けられた視線は、期待だっただろうか、それとも失望だっただろうか。どちらにせよ、その蛮勇は無謀だったのだと、誰もが思い知ることとなる。
「きさま、何を笑って――」
前兆も脈絡も見せないまま、それは執行された。
「――がっ……は…………」
唐突にぷつりと切れた言葉尻と、ぶすぶすと辺りに充満し始めた肉の焼け焦げたような匂い。果敢にも夢に立ち向かった者の末路をその場の全員に伝達する。
「……おっさんっ!」
最も近くにいたジタンが叫ぶ。他にも誰かが彼の名を呼んだかもしれない。しかし、その慟哭は、大広間を包み込む悲鳴で掻き消えた。
答え合わせは、間もなくして執行者の口から成された。
「……言い忘れていたけれど。その首輪にはいつでも自在に高圧電流を流すことができる機能がついているからね。無駄な抵抗はやめておいた方がいい。」
「……くそっ!」
ジタンには、それ以上の抵抗ができなかった。スタイナーが即死するその瞬間、彼女は殺害の素振りすら見せなかったからだ。仮に魔法であれば詠唱がいる。遠隔操作する道具であったとしても、スイッチが必要だ。
つまるところ、夢以外の誰かがいる。仮にここで夢を取り押さえることができたとしても、その誰かを無力化できない限りは次の瞬間にスタイナーの後を追うことになるのだろう。逆らったら殺される――単純明快な脅威を皆が認識することとなった。
「とはいえ電流って、こうして見ると存外地味なものだよね。やっぱこういう時の鉄板は爆発なんだけどなあ。」
そう言いながら夢は、握りこんだ右手をパッと開く。爆発を示すジェスチャーのつもりなのだろう。そんな動きとともに、夢はそっと視線を移す。
「ただ生憎、爆弾じゃ制御しきれない子なんかもいてね。」
大広間の端で黒髪の少女が一人佇んでいる。その少女は無表情のまま夢の方を見ていた。
「……さて、お遊び心地も覚めたなら簡単なルール説明の方に移らせてもらおうかな。
とはいえ基本的には説明通りだよ。君たちには最後の一人になるまで殺し合ってもらう。特筆すべき点があるとすれば……優勝者には特典が与えられるってところかな。最後まで生き残った子には、どんな願い事も叶えてあげる。」
とはいえ基本的には説明通りだよ。君たちには最後の一人になるまで殺し合ってもらう。特筆すべき点があるとすれば……優勝者には特典が与えられるってところかな。最後まで生き残った子には、どんな願い事も叶えてあげる。」
「……どんな願い事も?」
誰かが口を開いた。その言葉の裏に秘めるはただの疑問か、それとも期待か。
「そうだよ。巨万の富も名声も思いのまま。死者の蘇生なんてのもアリだよ。」
その甘言を、虚言と切り捨てるのは簡単だ。死者の蘇生、それは古来より多くの人々が望んできた人類の夢だ。だが、それを成し遂げた者はいない。そう認識している者が、この場のほとんどだ。
そんな空気を見透かしたかのように、夢は続けた。
「さては信じてないね? それは自由だけれど……でも一部の人には伝わっているはずだよ。何せ、この中には既に死んでいる人もいるんだもの。その人やその知り合いなんかはこれが戯言じゃないって分かってくれるはずさ。」
その言葉に対し、辺りを見回し始めるものがちらほらと現れる。隣人が死人である可能性に抱いた恐れか、はたまた死に別れた誰かと会えることへの期待か。その真意はそれぞれだろう。
「危機感の無い人たちは乗り遅れても知らないからね。」
そう付け足すと、夢は詳細なルール説明に移り始める。殺し合いという大雑把な言葉に付随する具体的な意味が、それを画面の向こうの出来事ではない、現実のものなのだと物語っていた。
◇
――この催しを、許してはならない。
ポケモントレーナーを養成する学校グレープアカデミーの校長、クラベルは、眼鏡の下の瞳に光を燃やしながら、静かに決意を固める。殺し合いという、暴力の行使の最たるところ。それが今、自分の命を守りたいという当然の本能を刺激され、正当化されようとしている。
確かに、大切なものを守るために振るう拳は尊いものなのだろう。だが、これは違う。ただただ突然に訪れた不条理に、生きたいという欲求と願いごとという欲望をかき混ぜられて乱される。そんな理不尽を、許してなるものか。
ルール説明に夢中になっている主催者の少女が、背を向けたその瞬間、腰にひとつだけ備えられていたアイテムを手にした。人混みの中に紛れ、それを投擲する。
(次の一言を発すれば、私は死ぬのでしょう。ですが……)
そこから出現したのは、白く輝く炎色のワニ型モンスター。大地に降り立つと同時、未だ背を向けて喋っている夢を見据えて構える。
「ラウドボーン、フレアソング!」
クラベルは最後の言葉となるであろう命令を下す。ここで激情を抑えて静観を選ぶことができるだけの冷静さを有しているクラベルが、リスクを承知で反旗を翻すことを選んだのには理由がある。それはゴーストタイプで外形を持たないラウドボーンに電流を流す首輪が装着されていないであろうという推測。そして、自分が電撃で死んでもラウドボーンへの命令は継続され夢を攻撃できるという勝算でもあった。
だが、何よりも――この会場に愛する生徒たちの姿を見つけてしまったから。彼ら、彼女らを、友達同士で傷つけ合う残酷な催しに巻き込みたくなかったから。
大人として、教師として、あの子たちに示すことのできる道筋は暴力に屈して静観する姿ではない。理不尽に抗い、戦う強さだ。たとえその代償に、私が死ぬことになろうとも。
「……さて、ちょうど説明の手間も省けそうだ。」
次の瞬間、首筋に走った電流はクラベルの予測の通り。瞬時に全身を駆け巡り、儚き命がまたひとつ掻き消える。しかし彼が死に際に命じたラウドボーンへの命令は確かに遂行される、と。少なくとも、ポケモンを知る者達はそう確信していた。
しかしクラベルの死と同時、ラウドボーンも攻撃を中断しその場に倒れ込む。その瞳にはすでに光が宿っておらず、ぴくりとも動かなくなった。まるで、両者の命が繋がっていたかのようなその挙動、その理由を理解した者はここにはいなかった。ただ古砂夢への反抗は再び失敗に終わったのだと、その結果だけは誰もが理解することとなった。
「君たちの中には一部、元の世界から連れのモンスターも一緒に連れてきている者がいる。ただ、後ろで命令しながら見てるだけ、なんて殺し合いのスリルも何もあったもんじゃないよね。」
夢が両の手をぱん、と合わせると、心地よい柏手の音がホールを包み込む。
「だから"HPリンク"という手法で、両者の命を繋いでおきました。トレーナーとポケモンの命は一心同体。これで幾分か緊張感も生まれるはずだよ。」
ホール内で消えた、二人と一匹分の命。
それらを前にこの場で反抗しようという者はもはや現れなかった。夢は悠々と、続きのルールを語り始める。
それらを前にこの場で反抗しようという者はもはや現れなかった。夢は悠々と、続きのルールを語り始める。
「それじゃあ、ルール説明は以上。お待ちかねの、殺し合いの時間だ。」
彼女がそう言うと、その場の全員の身体がふわりと浮き上がる。間もなくしてそれぞれの身体が光を帯びたかと思うと、散り散りになって飛んで行った。
「行ってらっしゃい。」
魔女の姿をした少女は満面の笑みを浮かべ、その光を見守る。間もなくしてその場には、魔女の衣装に身を包んだ少女と、未だ焦げた匂いを発する死体だけが残されることとなった。
【スタイナー@FINAL FANTASY IX 死亡】
【クラベル(ラウドボーン)@ポケットモンスター バイオレット 死亡】
【クラベル(ラウドボーン)@ポケットモンスター バイオレット 死亡】
※会場内施設「アレクサンドリア」の場内大広間に上記死亡キャラクターたちの死体が残されています。支給品は残っていません。
◇
「はぁ、緊張したぁ。」
周りに生きた者がいなくなったその後、夢はへなへなとその場に座り込む。この結末は、分かっていた。彼女の持つ魔法は、自身に反抗する二人の男の存在をあらかじめ伝えていた。
反逆因子となる二人、スタイナーとクラベル。その二人が反抗するタイミングが分かっていれば、対処法も容易い。あらかじめその二人の首輪に、所定のタイミングで電流が流れるよう仕組んでおけばいいだけだ。
「でも、こっちの役目の第一段階は果たしたよ。」
と、見上げた天の先に、夢が描くのはとある景色。
静寂。あらゆる生物が、呼吸の仕方すらも忘れていた。大地は枯れた草木に覆われ、建物や道路から成る文明は、かつて栄えていたその痕跡を遺すのみ。
――世界の終わりは、確定的に訪れる。
時間のインスタントバレット『ラプラス』。
いついかなる未来の情報も知ることができる、未来視の能力。
いついかなる未来の情報も知ることができる、未来視の能力。
かの魔法が見せた未来は、確定的な終末を告げていた。いかなる手を尽くそうとも覆すことのできない不変の未来。100年後、世界は滅びていた。
そしてその未来は、実現した。あらゆる世界は、すでに滅びを迎えた。
始まりは、悪意だったかもしれない。はたまた、善意だったかもしれない。僅かにそれを覚えていた者がいようとも、今や空白の中に掻き消えた。命が枯れ、夢が、希望が、決意が――あらゆる想いが灰塵に消えた終末の先。何かを契機に巻き起こった戦禍は、世界を慟哭の声に包み遺骸の色に染め上げた。世界が容易く滅亡の一途を辿るだけの脆弱さを抱えていたのだと、誰もが思い知ったいつかがそこにあった。
――されど、その終わりに、続きが与えられたなら。
この殺し合いは、言わば儀式だ。
滅んだ世界に再び命を注ぎ込む、再生の儀。
滅んだ世界に再び命を注ぎ込む、再生の儀。
滅んでもいい、この世界を。
この星を。
小さな街角を。
あの人の隣を。
家族を。
冒険譚を。
パルデアを。
アストルティアを。
そして――いつか帰るところを。
「それじゃあ、この後は任せるよ――魔仙卿。」
これは、終わった世界の追想録。
"あの日へ帰る"ための、望郷の物語。
"あの日へ帰る"ための、望郷の物語。
【バトル・ロワイアル ~Paradisiacal Memories~ 開始】